ダンタリオン地下迷宮ー12
「もうダメじゃ。限界、じゃ」
手足を大の字に広げ氷の大地に寝そべったドワ娘は先ほどまで寒がっていたのはどこへやら。胸元を開け放つと服をパタパタさせ火照った体の熱を外へ逃がしていた。
「みんな、お疲れ様。これで夜もゆっくり休めそうだな」
「そうですね。さすがにこの寒さの中では身体も休まりませんから。ところでラック様。この建築物はノジカ様から教わったのですか?」
「いや、これはちょっとネットで――」
「ねっと?」
「あぁ、違った。えぇっと、そう、あれだ、あれ。ドワーフ王国のカラドボルグで見た石積みの建物。それがふと頭に浮かんだんだ。氷も四角く切り出せば石材みたいなもんだろ? だったら十分代わりになるんじゃないかと思ってさ」
「これなら氷さえあれば資材がなくても幾らでも造ることが可能ですね」
「だろ? あまり長い期間は無理だろうけど短期間ならこれで充分だ」
「そうですね。……ところでオルメヴィーラ公、こちらの二棟は寝床だとして、あの離れにあるもう一棟は何に使うのですか?」
「造りはここの二棟と殆ど同じようでしたけど……」
「パパ、ヴェルも知りたい」
「そうだな。それじゃ今から最終仕上げをするか」
「あれで完成ではなかったのか?」
「一番肝心なものがまだないからな。んじゃドワ娘、ちょっと手を貸してくれ」
少し離れた場所にあるこのドーム。
構造自体は全く一緒なのだが、他の二棟とは違い氷が切り出され剝き出しとなった岩盤の上に建てられ、氷に囲まれた室内は足元が平らな岩という以外変わったところは何もなく、ただドーム状の空間が広がっているだけだった。
「それでわらわは何をしたら良いのじゃ?」
「この場所に魔法で落とし穴を作って欲しいんだ。そうだな、大きさはこの部屋の半分くらいで深さは腰くらいまであればいいか」
「……落とし穴って、この寒さで頭がおかしくなっちまったんじゃねぇか?」
「随分な言い様だな、ラトゥ」
「悪気はないんですぜ、旦那。これでも心配してるんだ」
「チュー太郎、こやつはいつもこんな感じじゃ。ゆえに多少おかしなことを口走っても気に留める必要などないぞ」
「チュー太郎って言うんじゃねぇっ!」
「なんじゃ、チュー太郎。この呼び名気に入っておったのではないのか?」
「そんな訳あるか!」
「おいおいドワ娘、その辺にしておけよ。それより注文通り出来そうか?」
「当然じゃ。わらわを誰だと思っておる」
「さすがドワ娘。それじゃ早速頼むよ」
俺の突拍子もないお願いに慣れた様子のドワ娘は一人その場に残り魔法の詠唱を開始すると、それから数分後、室内には綺麗な円形の穴がぽっかり大きな口を開けていた。
「……オルメヴィーラ公、これは一体何なのですか?」
「浴室だよ、浴室」
「ようくしつ?」
「そうだぞ、ヴェル。ここにさっきの氷を全部入れていっぱいにするんだ」
「なるほど。そういう事ですか」
どうやらラフィテアとフレデリカは俺の意図にようやく気付いたようで、外から次々と運び込まれた氷が穴に投げ込まれ山の様に積み上がっていった。
「つまりこれはサビーナ村にある温泉と一緒なんじゃな」
「そういう事」
「確かに身体を温めるには最高かもしれんが、この氷、どうやってお湯にするつもりなんじゃ?」
「それはもうこいつの出番さ」
そう言って取り出したのは小さな魔鉱石。
「ラフィテア、これに初級の火属性魔法の魔方陣を刻印してくれないか」
「おぬし、また随分と豪快な使い方をするの」
「そうか? でもそのおかげで温泉に入れると思えば安いもんだろ?」
「まっ、そうかもしれんがの」
「――ラック様、どうぞ」
「ありがとう、ラフィテア」
刻印の施された魔鉱石を握りしめ魔素を流し込むと、次第に魔方陣全体に魔力が伝わり、魔鉱石全体が赤く光り始める。
魔法発動寸での所で穴の底に魔鉱石を投げ込むと、放たれた臙脂の炎がじゅっと音を立て次々と氷の塊を溶かし、ものの数分もしないうちに氷はみるみる水へと変わり徐々に浴室を満たしていく。
己の魔素が尽きるまで魔法を発動し続ける超希少な鉱物、魔鉱石ヴェンダーナイト。
それは水の中であろうと関係なく、一度発動された火の魔法はその寿命が尽きるまで永遠と行使し続けている。
いつしか立ち上る湯気がドーム内を覆いつくし、お湯が頃合いの温度になっていることを知らせてくれていた。
湯が沸いてからも魔鉱石は穴の底でずっと炎を放ち続けていたが、浴槽となっている岩盤から流れ込む冷気のおかげでそれ以上温度は上がらず、ずっと適温を保ってくれていた。
あの大きさの魔鉱石なら一晩くらいはもつだろうから、これでゆっくり温まることが出来そうだ。
「皆のおかげで完成したことだし、折角だから一人ずつ順番に入ってくれ」
「ラック様はお入りにならないのですか?」
「もちろん入るけど、まだ向こうの準備が出来ていないしな。それに今晩の夕食も考えないと」
「夕食の準備でしたら、私もお手伝い致します」
「いいのか? 助かるよ、ラフィテア」
「パパ、ヴェル、パパと一緒に入りたい」
「あっ、ヴェル、おぬしばかり狡いぞ! わらわも、わらわも、一緒に入りたい♪」
「ダメに決まってるだろうが」
「ちっ!」
「ちっ、ってお前な」
「けちん坊。オルメヴィーラの領主はとんだけちん坊じゃ」
「けちん坊?」
「そうじゃ。ヴェル、こんなけちん坊は放っておいて女同士仲良く一緒に入ろうぞ!」
「う、うん」
「折角一緒に入るのじゃ。ヴェルよ、わらわが大きくなるようにいっぱいいっぱい揉んでやるからの」
「お前、ヴェルに何しようってんだ」
「さぁの。……そんなにヴェルが心配ならおぬしも一緒に入るか? ヴェルもその方がいいじゃろ?」
「うん。ヴェルもパパと入りたい!」
確かにヴェルの事は心配だが、一緒に入るのは色々とまずい気がする。
いや、絶対にまずいだろ。
そもそもだ。
ドワ娘がヴェルに変な事をしなければ何も問題ないはず。
一緒に入りたいオーラ全開で迫る二人にたじろぐ俺をセレナは苦笑しながら一隻の助け舟を出してくれた。
「オルメヴィーラ公、私がヴェルと一緒に入りましょうか?」
「セレナが? いいのか?」
「えぇ、もちろんです」
「そうか。セレナなら安心して任せられるよ。ヴェルもそれでいいだろ?」
「う、うん」
ヴェルは少し残念がっていたが、いくら彼女が幼いとは言え男女が一緒にお風呂に入るというのは倫理的にまずい。
「そういう訳だからドワ娘、お前は一人で入るんだ」
「なんじゃ、なんじゃ! みんな揃ってわらわを悪者扱いしおってからに」
「フレデリカ。それはあなたの自業自得というものです」
「ふんっだ!」
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