エニグマの忌み子ー16
「――オルメヴィーラ公、この娘は一体何者なのです?」
「俺にもわからない」
オラブから伝え聞いた情報以外未だにヴェルの素性に関して分かっていることは何一つとしてない。
気を失ったヴェルを抱きかかえセレナは彼女をゆっくりベッドに横たえると、静かに傍に腰かけ優しく頭を撫でていた。
「あの剣を軽々と扱う事の出来る腕力、身のこなし、そして私の一撃を受けて掠り傷一つ負わない身体。どれをとっても常人とは思えません」
「確かに、そうだな」
――ヴェル、どうするつもりだ。
少女は再び大剣を後方に構えると今度は微動だにせず、セレナとの間合いを図っていた。
先程の戦いを見る限り、今の彼女の剣速ではセレナを捉えることは不可能に近い。
更にその大きすぎる武器のせいで接近戦は圧倒的に不利である。
傍から見ればもうすでに勝負はついているのだが、彼女の目は一切諦めてはいなかった。
ヴェルの鬼気迫る視線に誰もが息を押し殺し、いつしか辺りはしんと静まり返っていた。
そんな手に汗握る緊張感を打ち破ったのはギリッという割れるような歯を食いしばる音であった。
咆哮にも似た叫び声と共に放たれたヴェル渾身の一撃は、初手を超える音速の一撃となってセレナに襲い掛かった。
「あなたの剣では私を捉えることは、……なるほど少しは考えましたね」
いくら先ほどより斬撃スピードが上がったとはいえ、セレナにしてみれば所詮素人の剣。
脅威にはなりえない。
当然、彼女もその事を理解していたに違いない。
そもそも、ヴェルはこの一撃を彼女に浴びせようとは鼻から思っていなかったのだ。
彼女は剣先を地面に這わせ力任せに振り抜くと、抉り取られた大地は無数の石礫の弾丸となってセレナを強襲した。
広範囲に降り注ぐ大小さまざまな石塊はそのスピードも相まってそれ一つ一つ当たり所が悪ければ致命傷になるほどの威力を有し、さらに一緒に巻き上げられた砂塵が煙幕の様に広がり、ヴェルの姿を覆い隠していた。
驚きの表情を見せたセレナだったが一転、嬉しそうにニヤリと口角を上げると、高速で迫りくるおびただしい数の銃弾をたった一本の木刀でいとも簡単に撃ち落としていく。
土煙の中から次々と襲い掛かってくる石礫を見事な剣捌きで躱していたセレナだったが、際限なく続く攻撃に業を煮やしたのかその場で剣を降ろすと地面を強く蹴り上げ高くジャンプした。
この空中への回避行動。
これらも全てヴェルの予測の範囲内だったのだろうか。
セレナの視線の先にはあの仰々しい大剣を構えた少女の姿はなかった。
「――なるほど。だからわざと上への逃げ道を作っておいたのですね」
セレナよりも更に上空。
太陽の光は漆黒の刃で遮られ、暗い影と共に頭上からヴェルの一撃がセレナに襲い掛かろうとしていた。
「すばらしい。あの短時間でここまで考えつくとは」
如何に相手が素早くこちらの攻撃が当たらないとしてもそれは自由に動き回れる地上での話。
身動きの取れない空中ならこの攻撃を容易に躱す術はない。
「いっけーーー!」
――俺を含めその場にいたすべての者達がヴェルの勝利を確信したその刹那、セレナはヴェルの渾身の一撃をさっと身を翻し躱すと、さらに一歩、上空へと駆け上がっていった。
そんな、馬鹿な。
「……努力賞、と言った所でしょうか」
ヴェルの背後にまわったセレナは片手を高々と掲げると、それまでの少女の健闘を称賛するように首元に向かって木刀を容赦なく振り下ろした。
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