エニグマの忌み子ー2
日がな一日、こうしてベッドで横になっている訳だが、なかなかどうして忙しい。
街の被害状況、行方不明者の有無、怪我人の数、食糧状況、領民からの嘆願書などエトセトラ、エトセトラ。
マグレディーだけならいざ知らず、ドウウィンの街もあの状況だ。
その為、次から次へとひっきりなしに書類が運ばれてくる。
分類ごとに整理されているとはいえ、目を通して判子を押すだけでも一苦労である。
ただ、ラフィテアが重要度に応じて優先順位をつけてくれている為、これでも俺の負担は大分少なっている。
本当、ラフィテアには頭が下がる。
そんなこんなで日々黙々と事務仕事をこなしていると、ある日、屋敷の前に止まった一台の馬車が懐かしい人物の来訪を告げていた。
「――随分と早い到着だな」
「へへっ、そりゃ領主様がお呼びとあらば、このクロマ、何を置いても真っ先に駆け付けるに決まってるではありませんか」
「そりゃ仕事熱心で結構な事だ」
「それよりも領主様、お体の具合はどうなのです? このクロマ、領主様がお怪我をされたと聞いた時は、それは、それは憂患で」
「もう大したことはない。折角こうして来てくれたのに見苦しい格好で悪いな」
「とんでもございません! いやいや、しかし領主様がこうしてご無事で心の底から安堵致しました」
クロマが安堵したのはうそ偽りのない気持ちだろう。
なんせ、俺にもしもの事があったら折角の儲け話がご破算になってしまうからな。
まっ、それはさておき――
「忙しい中わざわざこうして足を運んでもらったことだし、早速仕事の話に取り掛かろうか」
予め用意してあった資料を手渡すとクロマは荷物を降ろすのも忘れ、糸の様に細かった目を大きく開き一字一句漏らさないよう紙の隅々まで目を通していた。
「クロマの事だ。もう知っているとは思うが、俺はしばらくこのエンティナ領を預かることになった」
「そのようですね。いやはや、領主様は私の想像以上に幸運の持ち主の様だ。やはり私の目に狂いはなかった」
「それでだ、そこにも書いてあると思うがクロマ商会にはオルメヴィーラからドウウィンを経由してこのマグレディーまでの定期船を運行して欲しい」
「定期船でございますか?」
「そうだ。オルメヴィーラ領とエンティナ領の人、モノ、金、それから情報の流れをもっと円滑にしたい。――もし引き受けてくれるなら商品の運送はすべてクロマ商会がすべて独占していい」
「ほ、本当でございますか!?」
「あぁ。ただしこの二つの領土を行き来する人は全員無償で運ぶこと。どうだ、引き受けてくれるか?」
「もちろんでございます。このクロマ、領主様の頼み事を無下に断るはずがございません」
「そりゃ良かった。あっ、そうだ。もう一つ条件がある。原則、定期船は毎日欠かさず運航し、昼夜問わず1時間おきに出すこと」
「一時間おきに毎日ですか。……それはなかなか費用がかさみそうですな」
「ま、そうだろうな。だが、悪い話じゃないだろ? それにその費用の負担というわけじゃないが、定期船に使う魔導帆船はすべてこちらで用意しよう」
「それはまた至れり尽くせりで」
「どうだ、出来るか?」
俺がクロマに問う前からこの男の脳内のそろばんはせっせと計算を始めて、すぐさまその答えを導き出していた。
「もちろんです、領主様。 ……ただ、それだけ動かすとなると今の人でじゃ到底足りませんから、少しばかり時間を頂きたい」
「それは構わない。むしろオルメヴィーラかエンティナの人を雇ってくれればこちらとしてもありがたい」
「わかりました。では、出来るだけ早く運行できるよう手筈を整えさせていただきます」
「あぁ、よろしく頼む。それからもう一つ――」
「はい、何でございましょうか?」
「クロマ、各地を回っているお前たち商会に情報を集めて来てもらいたい」
「情報ですか? それは構いませんが、どんな情報をお探しで?」
「メフィスト・フェレスという女の情報だ」
「メフィスト・フェレス、聞いたことがない名前ですな。その女の情報だけでよろしいので?」
「……そうだな。あと他にも何か不可解な出来事や奇妙な事件、魔族に関しての噂話なんかがあれば可能な限り集めて欲しい。もちろん情報料はきちんと払う」
「分かりました。何か怪しい情報が入れば、すぐにお耳に入るよう皆に伝えておきます」
「頼んだぞ」
「いえいえ、私と領主様の仲ではありませんか。これからもこのクロマを、いえ、クロマ商会をご贔屓に」
「わかってるさ」
「では、私はこれで失礼いたします。領主様くれぐれもお大事に」
心から俺の事を気遣ってくれているのかはアレだが、ここは素直にその言葉を受け取っておくとしよう。
「そうだ、クロマ。お前オズワルド・モンスレーという人を知っているか?」
「オズワルド・モンスレー。随分と懐かしい名前ですな。それはもちろん存じ上げております。このエンティナ領に住まう者ならロメオ様と同じく知らぬものはおらんでしょう」
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