エンティナ領編ー32
俺が一人静養している間、王都からとある騎士団の一行がエンティナ領主を連行する為、マグレディーの街にやって来ていた。
何でもセレナを隊長とする由緒ある騎士団で、名を聖リヴォニア騎士団という。、
リヴォニアとは王国が信仰する神々の名の一つで、聖リヴォニア教会がこの騎士団の母体となっているらしい。
代々聖リヴォニア騎士団の隊長には純潔の女性が就くことが不文律のようで、歴代の女性剣聖はもれなくそこに名を連ねている。
「――セレナ・ベータグラム様、出発の準備が整いました」
聖リヴォニア騎士の象徴である十字の紋章が刻まれた白銀の鎧を身に纏った男の騎士はセレナを前でも臆することなくピシッと胸を張り敬礼した。
「わかりました。わたしももう向かいます。あなたは直ぐ出発できるよう隊に号令をかけておいてください」
「はっ、かしこまりました」
「――そうでした。オルメヴィーラ公、この者が我が聖リヴォニア騎士団の副隊長を務めるガラハッド・パーシヴァルです」
「ガラハッド、こちらがオルメヴィーラ領の領主ラック殿です」
「これは、お初にお目にかかり光栄です、オルメヴィーラ公。わたしはパーシヴァル家のガラハッド。以後お見知りおきを」
ガラハッドの印象はセレナの正反対と言っていいだろう。洗練とは真逆のどちらかと言えば無骨かつ屈強な戦士と言った感じだ。
しかし、愛想がないかと言えばそうではなく、その屈託のない笑顔はどこか人を惹きつける魅力がある。
ガラハッドは再度丁寧に会釈をすると、出発の準備をすべくその場を後にした。
「では、わたしもそろそろ王都へと出立いたします」
「そうか」
「今回、部外者であるオルメヴィーラ公には大変なご迷惑をおかけしました。
……本当に心からお詫び申し上げます」
「別にいいさ。自ら首を突っ込んだ感も否めないからな。それにしても今このタイミングでエンティナ領を離れて本当にいいのか?」
「……はい、エンティナ領主及びメフィストに関して、わたしが自ら陛下に報告しなければなりませんから」
セレナの言っていることはわかるが、エンティナの領民たちからすればオバロがああなってしまった以上、剣王ロメオの遺児であるセレナがこの領地の領主になることを切望しているだろう。
「セレナはエンティナの領主になる気はないのか?」
「わたしは――」
セレナは目を伏せしばらく考えたのち、俺の目を見て再び口を開いた。
「ベータグラム家の本当の人間ではないわたしがエンティナ領を、父様の後を継ぐ事などないと思っていました。いえ、それは今も変わっていないのかもしれません」
「皆がそれを望んでいたとしてもか?」
「はい。……わたしにはその資質も資格も初めからないのです」
「血縁がそれ程大事な物なのか? それにそれを言ったら俺はどうなる。俺にこそ、そんな資格も資質もあったものじゃない」
「そうでしょうか? あなたを見ていると何処か父様と同じ匂いを感じます」
「剣王と同じ匂い?」
「はい。わたし達とは違う特別な匂い。……わたしは、元来弱い人間なのです。あなたの様に多くの領民たちに慕われ、その期待に応えていく自信がないのです」
「俺だって期待に応えられてるかはわからない。けど今は、そうだな、成り行きとはいえ領主になったからには俺にやれることを無我夢中でやっているだけさ」
セレナは俺の言葉を否定するように首を横に振って見せた。
「あなたの様に領地領民の為に尽力する事は口で言えてもそう出来るものではありません」
「そう言うものかな」
「はい、わたしはそう思っています」
「……俺はシエルと約束した。セレナ、お前とそしてエンティナ領を守ると。
だから俺は約束した以上、それがたとえ口約束だったとしても反故にするつもりはない」
「オルメヴィーラ公……」
「けど、やっぱりエンティナの領主にはお前がなるべきだ、セレナ。みんなそれを望んでいる。
たとえ血のつながりがなくても、お前は間違いなくベータグラム家の人間だ。今すくじゃなくてもいい、いつか必ず……。その為だったら俺はいくらでも助力は惜しまないつもりだ」
「ありがとうございます」
「それまで俺が必ずこの領地、領民を守ろう」
セレナは胸の前で両手を握りしめ目を瞑ると祈るようにしばらく天井を見上げていた。
「――甘えかもしれませんが、わたしに時間をください。
わたしがあの女、メフィストと決着をつけるまで。
魔族との戦いに終止符を打ったら、わたしは必ずこのエンティナ領の後を継ぎます」
「そうか」
「いつまでも逃げていたらシエルを悲しませてしまいますからね」
「あぁ、そうだな」
「……オルメヴィーラ公、それまではどうかエンティナ領をお願いいたします」
「わかった、約束しよう」
覚悟を決めた彼女の瞳にもう揺らぎはなく、ただ真っすぐと前を見据えていた。
その日の夕刻、白銀の一行は鉄の柵で覆われた馬車にエンティナ領主を押し込めるとセレナの号令の下、王都に向け帰国の途に就いた




