エンティナ領編ー31
俺は夢を見ていた。
それは小さな少年と幼い少女の夢。
二人は大きな父親の背に憧れ、互いに手を取り合って成長していった。
老齢の紳士に見守られ、時に厳しく、そして優しく育てられた彼らは何時しか別々の道を歩んでいく。
一人は誰もが憧れる清廉な剣聖に、そしてもう一方は父親の志を継ぎ領主となった。
傍から見ればそれは誰もが羨む未来だった。
しかし、それは空に浮かぶ太陽と月。
二人が同時に空にあることはなかった。
仮にあったとしても太陽のその強い光のせいで月は人に見つけられることはない。
だが、太陽が無ければ自ら輝く事のできない月。
夜になり日が沈み、太陽の光を受け月は煌々と輝く。
夜の旅人の足元を優しく照らすように。
しかし、人々は夜の帳が下りる頃、深く深く目を閉じ眠りにつく。
月が一生懸命輝いてることなど、少しも知らずに。
そして太陽は登り、一日が始まる。
月の涙に気づくことなく。
窓から差し込む冬の日差しに目を覚ますと、俺は胸に包帯を巻かれた状態でベッドの上で横になっていた。
こんな光景以前にもあった気がするが……。
部屋の中を一周見回した後、俺はフレールが突き刺さったはずの胸におもむろに手を当ててみる。
「うぐっ!」
手が触れた瞬間、体中に電気が走り抜ける様な激しい痛みに襲われ思わず悶絶してしまった。
――どうやら、生きているらしい。
正直無事とは言い難いが、この痛みは俺に生の実感を与えてくれている。
動くのを諦めしばらくぼーっと天井を眺めていると、足音が一つ、この部屋に向かってトコトコと近づいてくる。
足音が部屋の前でピタリと止まると扉はノック無しにゆっくり開き少女一人、手にトレーを持ち室内をキョロキョロと窺っていた。
「なにやってんだ、お前」
声を掛けると少女は身体をビクッとさせ、いたずらを見つかった子供のような顔を浮かべていた。
ドワ娘は中に俺以外誰もいないのを確認すると、なぜか突然意気揚々とした態度に代わりずけずけと部屋に入ってきた。
「なんじゃ、もう目を覚ましておったのか」
「あぁ、ついさっきな」
「それで傷の様子はどうじゃ?」
「ちょっと身体を動かすと激痛が走る。でも、思ったより傷は深くなさそうだ」
「それは何よりじゃ。おぬしがその程度の傷で済んだのもきっと月と太陽の女神フレイ様とフレイヤ様のおかげじゃ」
「そうなのか?」
「うむ。そこにあるペンダントを見てみるのじゃ」
ペンダント?
あぁ、シーナが出発前にくれた、あのペンダントか。
俺はドワ娘に言われるがままサイドテーブルに置かれていたペンダントを手に取り見やると、チェーンの先端に付いていた太陽と月の装飾品が真ん中で綺麗に真っ二つに割れてしまっていた。
「――おぬしが胸に受けた剣。もしそのペンダントが無かったら剣先は心の臓に達していたかもしれんそうじゃ」
マジか。
このペンダントがなかったら、俺は本当に死んでいた?
「言ったじゃろ? 月と太陽は二人の戦いの女神様を象徴する星。それを身に着けていれば女神様の加護が受けられると」
確かにそんな事を言っていた気がする。
「フレイ様、フレイヤ様、それからシーナにはちゃんとお礼をするんじゃな」
「あぁ、そうだな。二人の女神様はともかくオルメヴィーラの領に帰ったら真っ先にそうするよ」
シーナ、俺の事を守ってくれてありがとう。
それから折角のペンダントをこんなにしてしまって、ごめんな。
「まぁ、何はともあれ、まずはしっかり食べて早く怪我を治すことじゃ。ほれ、暖かい食事と薬じゃ」
「何から何まで悪いな」
「なに、当然の事じゃ」
「ところでドワ娘。
ラフィテアとセレナ、それにシエルはどうした?」
「あぁ、そうじゃな。あのセレナとかいう小娘はエンティナの領主を拘束した後、王国に拘引する手筈を整えておる。耳長は傍でその手伝いをしておったの」
「そうか、二人は無事なんだな」
良かった。
「うむ。二人はぴんぴんしておる。人の心配をするより、まずは自分の事を心配するのじゃな。なんせ、おぬしが一番の重傷者なんじゃから」
俺が一番の重傷?
その言葉に俺は違和感を覚えずにはいられなかった。
「……おい、フレデリカ。シエルは、シエルはどうした」
「あやつは――」
「フレデリカ!」
ドワ娘は持っていたトレーをテーブルに置くと下を向いて数度首を横に振った。
「……そ、そんな。おい、嘘だろ。 なぁ、フレデリカ! おい、嘘だと言えよ!」
「――受けた傷が深すぎたのじゃ。診てもらった時にはとうに手遅れじゃった」
「そんな……」
確かに誰がどう見てもシエルは重傷だった。
だけど、まさか本当に。
くそっ、なんでだよ!
「残酷な事じゃが、これも皆が懸命な処置を施した結果じゃ」
「それはわかってる、わかってるけど……。なにか手段はなかったのか?」
「出来る限りの事はした。たとえ回復魔法を使えるものがおったとしても、助からなかったじゃろ」
「そんな……」
「回復魔法を使えるものなど早々おらん。それに回復魔法は本人の治癒力を高める魔法。あそこまで酷い怪我を負っていては、手遅れなんじゃ」
……シエルが、死んだ。
嘘だろ、おい。
「――セレナは、ラフィテアはこのことを知っているのか?」
「うむ、知っておる。隠し通せる類の話ではないからの」
「そうか。……ドワ娘、お前が伝えてくれたのか?」
「そうじゃ」
「……辛い役目をやらせて悪かったな」
「そんな事気にせずとも好い。それよりも、おぬしはまず自分の身体を治すことに専念するのじゃ。良いな?」
「あぁ、わかった」
「あやつは自分の大切な者の為に命を賭けた。
そしておぬしはあの小娘を助けるため、精一杯力を尽くし、命を救ったのじゃ」
「そうかな」
「そうじゃ。あやつの望みは叶い、魂は救われた。だから、おぬしには何の咎もない」
魂は救われた?
本当にそう言えるのか?
俺があの時、あと一歩前に出ていれば、あの油断さえなければ、いや、俺がもっと強ければ、シエルは死なずに済んだかもしれない。
しかし、いくら悔やんでも、もう手遅れなのだ。
どんなに望んでも、どんなに願っても俺が望む別の世界線に行くことは出来ないのだから。
ふと気が付けばドワ娘は持っていたハンカチを取り出しさっと俺の頬に当てていた。
「領主ともあろうものが人前で容易に涙を流すものではないぞ」
「悲しい時自由に泣けないなら、領主になんてなるもんじゃないな」
「……そうかもしれないの」
俺は涙を拭き、再び目を瞑る。
記憶の中のシエルの顔はなぜだか酷くぼんやりしていた。
人の記憶など曖昧で、やがてこの悲しみの気持ちも徐々に薄れていく事だろう。
だが、俺は決して忘れない。
シエル・ホーエンハイム。
あなたとの盟約は俺が必ず責任をもって果たそう。
だから、後の事は任せて安心して眠りついてくれ。
さよなら、シエル・ホーエンハイム。
そして、ありがとう。




