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9.結婚適齢期

「いやぁ今回も良い推し活遠征だったわ~」

 ふうっと息を吐きながら、バッグを漁る。

 今回はお茶の有名な国もいくつか回る機会があったため、宰相とのお茶会用に紅茶を買い漁ってきていた。何年もお茶をしていれば好みも分かるもので、一緒に飲むものの他に彼へのプレゼントも用意していた。ラッピングなんて洒落たものはしていないが、まぁ相手が相手だ。アターシャは大缶を腕に抱えて部屋から出た。目指すは宰相室である。ちょうどもうすぐで休憩時間に入るし、切りが悪かったら待てばいいだろう。ついでに報告書でも渡すか、と一度部屋に戻り、書類を脇に挟んだ。



「それで、今回は何かいいことでもあったのか?」

「え、なんで?」


 持参したお茶を淹れてもらい、ずずずとお茶を啜っていたアターシャは宰相の言葉に、はてと首を傾げる。


「お土産が異様に多いから」

 宰相はチラリと視線をずらす。その先にはアターシャが持ち込んだ大缶が三つ。

 多いと言われれば、確かにいつもよりは多いだろう。大体用意するにも一つだし、お土産がない時もあるくらいだ。あくまで遠征。旅行ではないのだ。そもそもお土産が用意出来るような場所にいかないこともある。だがない時があるなら、多めの時があってもいいだろう。


「だって好きでしょう?」

「まぁ好きだが」

「ならいいじゃない」

「ところで、アターシャは結婚とかしないのか?」

「話の切り替えが急すぎない?」


 実家から来る手紙かと突っ込みたくなるほど。恋人がいないどころか出逢いがないと返して心配されても困るので、その辺りは見事にスルーして返信している。あちらも最近ではこちらの気持ちを察してくれたのか、その手の話題も減ってきていた。と、思ったら今度はお茶仲間から言われるとは。確かにアターシャは、この世界で結婚適齢期と呼ばれる年齢を過ぎてしまっている。だが適齢期なんてあくまで目安に過ぎない。結婚する人はそれよりも早くするし、過ぎても結婚する人はするものだ。


「いや、前から聞こうとは思っていたんだ。毎回俺とお茶する以外、ほとんど部屋に引きこもっているようだから。今日だってこんなにお土産沢山買ってきて……」

「結婚というより恋人いないのかって聞きたいのね。って、恋人がいないのはあなたも同じじゃない」

「俺はそのうち結婚する、というかさせられる。見合いの釣書も毎年新しいものが送られてくるし」

「早く結婚すれば?」


 宰相なんて社交界でも人気がありそうなものだ。それがなくとも公爵令息なわけで、見合いの釣書が毎年更新されていく理由も頷ける。気軽にお茶が出来なくなるのは寂しいが、貴族なのだから仕方のないことだろう。

 こちらに聞く前になぜ彼は結婚しないのか。

 お菓子に手を伸ばしながら純粋な疑問を向ければ、彼も同じように手を伸ばした。


「その言葉、そのまま返す。結婚すれば城からお祝い金が出るぞ」

「お金には困っていないわ。結構良い金額もらってるけど使う機会もないし。後数年貯めれば家買えそう」

 給料が良いのは有り難いが、やはり使う機会がない。

 今回の遠征は特に複数の国を長期間かけて回ったため、ボーナスが大量に入った。王子達の公務がストップしているというのもあるだろうが、明細に書かれていた金額に思わず声が漏れた。まさか高額の報酬を前にカエルが潰れたような声が出る日がこようとは、アターシャ本人すら想像したことがなかった。いっそ孤児院に多額の寄付でもしてしまうか。推しの作った学校に寄付するのもいいが、変に勘ぐられても困る。ただ推しにお金を捧げたいのに、ヒロインという立場がここに来て邪魔をする。


「俺も数年前に家買ったけど、意外と帰る機会ないから無駄になってる」

「あ~手入れが面倒臭いとか?」

「週に数回、家のメイドに掃除をしてもらってる」

「それ、もう売っちゃえばいいのでは?」

「アターシャが欲しいっていうなら、このお茶のお礼に家具ごと譲るぞ?」

「いらない。というか私、ほとんど国にいないし。しばらくは城暮らしでいいかな。ご飯は作らなくてもいいのは楽よね」


 家が買えるくらいお金が貯まりそうという話であって、欲しいかどうかはまた別の話だ。

 それに今まさに買って全く使わずに、手入れのコストだけかかっている実例を話された後では買う気にもならない。夢のマイホームなんてよく言うが、今の部屋でも全く不便を感じていない。家賃を払っている訳でもないし、その他の恩恵も大きい。


「そんなこと考えていると婚期逃すぞ」

「別に私、貴族じゃないし。親も半ば諦めてきているわ。いい人いなかったら結婚はいいかな」


 攻略対象者全員に相手にされなかった時点で結婚はもうほとんど諦めた。

 乙女ゲームヒロインだけあって顔はいいし、特殊な力も持っている。お金もあるし、学歴もある。職も城勤めだから安定はしていると言える。それに安定した職に就いている限り、村に戻らなくてもいいし。村に戻らなくてもいいということは未婚であることを気にする必要もない。この国では女性は結婚するものだとの考え方をする人が多いが、他国はそうでもない。同じ大陸でも文化が違えば、結婚観も変わる。アターシャはこの数年で大陸中の国を巡ってきたため、結婚へのこだわりも年々薄くなってきていた。


「恋人とまではいかずともいい人とかいないのか?」

「いないわ。というか、仕事以外で人と会う機会がないし」

「学生時代の友人や知り合いは?」

「大体出会った時にはすでに婚約者か恋人いたし、そうでなくとも他の子達とくっついていったわ。卒業直後から結婚報告が来て、最近は第二子・第三子産まれました報告が多い」


 いかんせん学園に在籍する生徒のほとんどが貴族なのだ。

 攻略対象達に婚約者がいたのと同様に、ほとんどの生徒に婚約者かそれに準ずる相手がいた。商人の子どものように平民の生徒はフリーの者もいたが、大抵は貴族との縁を欲しがるものだ。アターシャは癒しの力なんて特殊な力を持っていてもただの平民にすぎない。友人として仲良くしてくれる人はいても、結婚相手としては見られていない。いや、恋人になれそうな相手が全くいなかったといえばウソになる。ただその人達全員の恋の世話を焼いてしまっただけで。アターシャの性格ではなかなか恋愛対象になるというのは難しかったのだ。なにはともあれ、今のアターシャにはそんな仲になってくれる人などいない。


「出逢いがないならいっそ、城の内勤に変えるか? 城常勤の医師なら一つくらい枠作れるぞ。王族の他に急病人や重傷者を看る専門の癒しの聖女枠」

「え?」

「そろそろカウロ王子だけ公務に復活される予定だし、この数年の活躍で癒しの聖女の存在も大陸中に周知することが出来た。だからもうこの前の遠征みたいに頑張ってもらう必要がないんだ。もちろん今までのように国内外問わず医療メンバーを派遣するつもりだが、正直、残りのメンバーだけでも問題ない。それでも他国で何か起きた時には遠征してもらいたいが」

「だからさっさと結婚しろ、と?」

「癒しの聖女に外回りばっかりさせていないで、そろそろ落ち着かせろとの声も多くなってきてな……。城の幹部連中を丸め込むのも正直めんどい」

「それが本音か!」


 全く本人に届いていない上に落ち着かせるための男すら用意されてこないのは、おそらくユリオンが止めてくれていたのだろう。まぁ仲のいい彼から言われたから突っ込みもいれられるだけで、知らない男から言われてもスルーして終わりだっただろう。そう考えると、ユリオンが選んでくれた部隊メンバーの選出はありがたかったとも言える。クラウディオだけが妙に懐いてくれるが、あれは恋愛感情とは別のものだろう。アターシャも嫌な気はしない。


「まぁ良い相手が居なければ、俺と結婚すればいい」

「うわぁ~雑なプロポーズ……」

「長男だが宰相の職に就くにあたって家督は弟に譲っているし、子を成す必要もない。給料はいいし、貯金はそこそこあって城下町に家がある。自分で言うのもなんだが、そこら辺の男で手を打つくらいだったら俺を選んだ方が何かと得だぞ?」

「超優良物件ね」

「だろ?」


 フッと笑う顔に小さな苛立ちを感じるが、実際ユリオンはそれだけの立場にいるのだ。

 空になった相手のカップにお茶を注ぎながら「お互い30まで独身だったらよろしく」とよくある台詞を吐いておく。結婚出来ないフラグを折るという意味はない。


 ただ多分そこら辺の年を過ぎたら面倒臭そうなので、隣を埋めようという予約の意味である。


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