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7.乙女ゲームヒロインの就職先

「アターシャ」

「あれ、ユリオン様。どうしたの?」

 王子ルートに入ることに失敗したアターシャだが、宰相ルートに入ったつもりはない。イベント発生場所でもないし、そもそも彼とは恋愛どうのこうのに発展するような仲ではない。はて? と首を傾げていれば、彼は胸元から一枚の紙を取り出した。


「就職先は決まっているのか」

「いやぁそれがねぇ……。ほら、大体学園に来る生徒って貴族かお金持ちの子どもじゃない? だからそもそも学園卒で就活した例がないらしくて、城下町のバイトとして雇ってもらおうにも敬遠されちゃって。一応知り合いの何人かは心配してくれて、うちで働かないか? って声かけてくれたんだけど、あんまり迷惑かけたくないし……と迷っていたら仕事先決まるよりも先に卒業しちゃった」

「なら、国のために働かないか?」

「え、国?」


 前世でいうと公務員のポジションに空きでも出たのだろうか?

 宰相から差し出された紙に書かれていたのは、癒しの巫女のために設立された部門の募集要項だった。

 休暇が多い割に給料がいいのは、おそらくアターシャの力が珍しいからだろう。この仕事なら卒業後もあの2人の役にも立てるし、定期的に彼らの姿が見える。ファンディスクもびっくりな長い期間見守れるとなれば、ファンとしては食いつく以外の選択肢はないだろう。それに、癒しの力も使わなきゃ損だし……。ということで、二つ返事で了承することにした。


「よろしくお願いします」

 深々と頭を下げれば、その日のうちに家具付きの住居は用意された。寮にあった服やなんかも全て運び込んでくれたし、食事は城の食堂でタダで食べられる。超好待遇である。


「なんか、いろいろすみません」

「いえ、その分働いてもらいますから。早速来月には特別部隊を設立するので、あなたにはその部隊を率いて国中を回って頂きます」

「了解です!」

 ちなみに国中を回るには、別に出張費まで出る。驚くべきほどにホワイトなのは、カウロとランカの活躍により国が潤ったから。働いたら働いた分、そして有能な相手や想定以上の働きを見せた者にはボーナスを出す、と。そりゃあやる気も出るというものだ。この方式で人員を募ったところ、例年以上の応募が寄せられたという。そこから優れた者を採用し、金を回していくとはなんとも投資家である彼女らしい。アターシャには出来そうもない。学園を卒業し、シナリオが終了したことにより一般人になったが、手元に残るものがあったことに胸をなで下ろす。仕事開始日まで足りない雑貨を揃えつつ、お金がなかった頃には出来なかったお菓子屋さん巡りや本屋巡りをして過ごす。


 そしていざ仕事の日。

 特別部隊に集められた十人と対面した。

 年齢や性別、出身国は皆バラバラ。だが共通して医療の心得がある者達ばかりだ。そんな中で一人だけ異色を放っている少年がいる。


「俺、アターシャさんに何度か助けてもらったことがあって……覚えていますか?」

「ごめんなさい。いろんな人と接してきたから……」

「そうですよね。俺、アターシャさんに憧れて、それでこの仕事に志願したんです」

「そう……」


 キラキラと輝く瞳に、申し訳なさを感じる。

 だがいくら過去を振り返ったところで記憶にあるのは推しカップルか友人達のことばかり。ただでさえあの三年は情報量が多いのだ。おそらくたまたま困っていたのを発見して、力を使ったとかなのだろう。


「俺、頑張りますから!」

 人一倍、それこそアターシャよりもやる気に満ちあふれた少年、クラウディオは拳をぎゅっと固めた。


 他のメンバーとも挨拶を交わし、一週間の合同研修の後、国内外構わず遠征を繰り返す。

 一回の期間はまばらで、それこそ負傷者が予定よりも多ければ滞在日数を増やすこともある。卒業式で関係が終わったかと思われた宰相はアターシャ達の直属の上司にあたり、報告も兼ねてお茶をすることも度々あった。


「最近、どうです?」

「どう、って?」

「部隊の一人はあなたに憧れて志願したそうですが」

「クラウディオのこと? 彼、知識はあるし頑張るのはいいんだけど……怪我が多い」

「……まぁ危険な場所への派遣も多いですからね」

「それにしても注意散漫だわ。今はまだ小さな怪我ばかりだけど、長いこと目を離したら大けがでもしそうで怖いわ」

 この前の遠征でも崖から降りる際に足を引っかけて血まみれでやってきたのだ。その前は足を捻ったまま歩いていたし、傷だらけの腕を隠していたこともある。

 彼の場合、純粋な注意散漫なだけではなく、人助けをして出来た傷も多いが。馬車から子どもを守る時なんて自分から飛び込んで身体中に小さな傷を作っていた。人助けは褒められる行為ではあるものの、それでも傷を作らずに上手くやる方法なんていくらでもありそうなものだ。

 癒しの力を使って傷を治す度「ありがとうございます」と緩んだ頬をつねってやりたい衝動にかられる。人の傷を癒やす側の人間が傷を作って喜ぶとは何事か。私だけではなく、他のメンバーも傷を絶やさない彼に呆れているようだ。でもそんなところも彼が好かれる要因でもあるのだが……。


「目が離せない相手だ、と。あなたにもそんな相手が出来て羨ましい限りです」

「羨ましいって。慕われるのは嬉しいけれど、でもねぇ……」

「迷惑ですか?」

「そういうのではないわね」

「ではメンバーは継続ということで」

「あ、でも補充人員がいるなら欲しいかも」

「最近海外遠征も多いですからね。募集をかけて、良い人がいたら採用という形で」

「お願いします」


 ぺこりと頭を下げて部屋を後にする。

 報告が終われば遠征日数に応じた休みが与えられる。今回は三ヶ月間海外にいたので、2週間は休みだ。城に確保してもらっている自室への廊下を歩きながら、今回は何をしようかと考える。休みが多く、お給料が良いのは大変喜ばしいことなのだが、国外にいることが多いため、いざ休みをもらうと毎回困ってしまう。宰相は服やアクセサリーでも好きなものを買えばいいと言うが、おしゃれをして出かけるという機会があまりない。実家にはそこそこ仕送りをしてはいるものの、あまり送りすぎても……。いざ困った時には送れるようにと貯金に回し、結局毎月増えていくだけに終わる。


「そろそろ趣味でも見つけないとなぁ~」

 今のアターシャの楽しみといえば、推し観察と友人への手紙を書くことくらいだろうか。だが趣味ではない。本を読むのも好きだが、毎月休みの度にベッドでゴロゴロしながら本を読むというのも代わり映えしない。そうは思いつつも、今日もベッドに飛び込んで、今月発売の本一覧を眺める。


「あ、これ後で買って送ろう」

 友人が好きそうな本にチェックを付け、この前送ってもらった野菜のお礼に送ろうと決める。頭の中でお買い物リストを作成していき、一日買い物で潰せそうだな~なんて思う。せっかくの休暇を潰れそうではなく、潰せそうと考えてしまう辺り、やはり趣味でも探さないとダメになりそうだ。他のメンバーは家族や恋人と過ごすなり、ここぞとばかりに体内アルコール補充したり、身体がなまらないように鍛錬したりとそれぞれ時間の有効活用をしている。アターシャの休暇の過ごし方も『休息』にはあてはまる。だが最終日が近くなると布団から離れたくなくなる。夏休みの最後が定期的にやってくる感じといえばいいのか。働くことは嫌いではないのに、動きたくない・働きたくない症候群が発生する。というか、すでに最終日を想像して身体がだるくなってきた。ふわぁと大きなあくびをしながら、これじゃダメだと頬を叩く。


「買い物ついでになんか時間潰せそうなもの探そう」

 アターシャはむくりと起き上がると、お買い物バッグを手に取った。


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