6.卒業式は大団円エンドで
こうなってしまえばもう、攻略イベントが正常に機能するはずがない。
宰相とのイベントは全てカウロ王子とランカの二人の話になり、脳筋騎士の筋肉自慢は幼馴染自慢に変わり、先輩に至ってはただの世間話で終了である。
「はぁ……」
すっかり枯れてしまったアターシャは気づいてはいないが、王子以外の三人は決して好感度が上がっていない訳ではないのだ。
ただ好感度のベクトルが乙女ゲームのそれと異なるだけで……。
だが『今は幸せではないのか?』と聞かれれば、アターシャはすぐさま『いいえ』と答える。
なにせ彼女は争いを好まないどころか人の幸せを見るのが好きなのだ。だからもうなんか、いいかな! 幸せそうだし! と普通の学生に混じって学園生活を送るのだ。
季節は巡り、先輩にいい子が見つかったらお見合い写真を抱えたおばちゃんの様に世話を焼いて、ゲームでは顔も名前も出てこなかったモブ学生とくっつけたりもした。
アターシャはまさかここでもゲーム知識をフル活用することになるなんてね! とやる気満々に、謙虚になってしまったけれど才能溢れる先輩の背中を押したのだ。
そしてご丁寧にも「お付き合いさせてもらうことになりまして……」と宣言してきた二人を見守ってから、仕事の後の一杯に耽った。
ーーもちろん学生なので飲み物はビールではなく紅茶で。つまみはもちろんクッキーである。
たまたま見つけた宰相を捕まえて、お手製クッキーと共に食堂で買ってきた紅茶で簡易お茶会を開く。最近ではすっかりお茶友達と化した宰相に、アターシャはご機嫌にそのことを告げた。
「聞いて。あの二人、やっとくっついたのよ!」
クッキーと紅茶で満たされた頬を両手で囲って、内緒話をするように打ち明ける。今の彼女は少女マンガを読み終わった後に友達に感想を伝える乙女のよう。けれどそんなアターシャを見た宰相はクッキーへと伸びた手を引っ込めてから小さく息を吐いた。
「はぁ……」
「何よ?」
「アターシャ、今、自分が学園中でなんて呼ばれているか知ってるか?」
「え、何? 悪い噂でも立ってるの?」
王子に散々アプローチした時ですら立たなかったのに?
基準がよく分からないわ、と首を捻れば彼は残念な者でも見るような視線をアターシャへと向けた。
「学園のお母さん」
「お母さんってそんな年じゃないわ。せめてキューピットにして欲しいわね……」
前世でも子どもを成したことがないアターシャは少しショックを受けた。
けれどそんな通り名がついてしまうのも仕方のないことと言える。
なにせアターシャが日々していることといえば、学園で人の恋愛の世話を焼き、勉強に遅れが出ている子を見つければ教えてやり、怪我した人がいればすぐさま癒しの魔法をかける。
さらに節約のために作ってきたおやつをお腹を空かせた生徒に分けてやるからやはりキューピットなんてあだ名よりもお母さんの方がしっくりくるのだ。それも世話焼きおかんの意味で。
乙女ゲームではヒロインは聖女様と称えられることもあったが、今のアターシャが同じことをしても彼らが『聖女』なんて特別な名称を口にすることはない。
投資を始めてすっかり『悪役要素』がなくなったランカと同様に、アターシャもまたヒロイン要素がすっかりと抜けきってしまったのだ。
そんなアターシャがその後も変わる訳もなく、結局在学3年間、ずっとこんな調子で過ぎていった。
乙女ゲームのヒロイン要素があったのはプロローグ部分だけだった。
そして比較的ゲーム通りに動いていた初めの半年ですら恋愛というか営業で。
卒業証書入りの筒を抱くアターシャは「三年間って意外と短いものよね」なんて深いため息を吐いた。
アターシャの周りには当たり前のように、将来を誓った男性なんていない。
今の彼女を無理矢理乙女ゲームのエンディングに当てはめるとしたら、BAD ENDだろう。
けれどゲームとは違い、アターシャの周りには沢山の友人がいて、ゲームのBAD ENDはおろか、大団円よりいいんじゃない? なんて思えてしまうのだ。
「アターシャ、元気でやれよ」
「あなた達もこれからも仲良くしなさいよ」
「もちろんよ! 手紙送るから」
「あ、その時は是非おいもも」
「分かっているわよ」
本当にいもが好きねと笑う彼女は田舎の男爵令嬢だ。
アターシャに出会うまで彼女は自分の生家が嫌いだった。
様々な位の貴族が各地から集まるこの学園で、北方の田舎の領地から出てきたことを恥ずかしく思っていた。そして高位の生徒達の目に触れないように、顔をうつむけながらアターシャと同じ寮で暮らしていた。そんな彼女は、ある日実家から送られてくる大量の芋を恥ずかしそうに隠していた時にアターシャと出会った。
元日本人のアターシャはこの世界で初めて目にする『ジャガイモ』に興奮した。アターシャを噂でしか知らなかった彼女は「それ分けてちょうだい!」と鼻息を荒くするアターシャに怯え、いもを差し出した。そして早速いももちを大量生産したアターシャはいももちがこんもりと盛られた大皿を抱えて学園を歩き回った。
『美味しいものはみんなで分け合おう!』がモットーであるアターシャはいももちの布教活動を始めたのである。
「同じ寮の子に美味しいおいもを分けてもらったの!」
アターシャがランランと目を輝かせて話回ったおかげで、彼女には友人と呼べる存在ができた。
アターシャがしたことは、いももちを作って配っただけ。
けれど教室でひっそりとうつむく少女の存在を誰かに伝えるには十分だったのだ。
友人のできた少女はうつむくことを止めた。
きっとあの仕送りがなかったら時間が早く過ぎることを願うだけだった三年間になったことだろう。それに……恋人も。
少女は地元の特産品が、何より自然あふれる領地が誇りになった。
けれどアターシャに言葉を贈ったところでろくに受け取ることはない。
彼女自身、何かしたという実感がまるでないからだ。
それが何ともアターシャらしく思えた彼女は、言葉の代わりにじゃがいもを送った。
恩人にして、学園で初めてできた友人の好物を。
それは離ればなれになってからだって止めるつもりはないのだ。
「なら俺は紅茶を送ってやろう」
「そういえばあなたの家って紅茶農家になったんだっけ?」
「ああ。今流行りのアウソラード国産だ。大事に飲めよ」
「楽しみにしているわ!」
アウソラード王国――それはこの三年と少しで超有名になった国の名前。そして悪役令嬢が投資をした国でもある。
そんな高級品を! お茶菓子は何にしようかしら? なんて、アターシャは今から浮かれている。
けれどそれがお礼の品なんてまるで考えもしていない。
なにせ彼女は目の前の友人が紅茶農家となった実家の手伝う決心をする背中を押した事なんてまるで覚えていないのだから。
「アターシャ、寄せ書き書いて~」
「あ、私のも書いといて」
「さすがアターシャ、もういっぱいね」
「連絡先も、ってお願いしているから」
「それもそうだけど、やっぱり人数が桁違いだわ」
「そう?」
「アターシャはそれだけ色んな人と付き合ってきたものね」
「そうね。でも三年間で一度も彼氏すら出来なかったわ」
「アターシャのおかげでできたカップルなんて数えられないほどいるのにね」
「私はただ背中を押しただけよ」
「それでもそのおかげで踏み出した一歩は貴重なのよ」
「そんなものかしらね~」
「それにあなたのおかげで貴族と平民との距離が縮んだのよ?」
「それはランカ様のおかげでしょ?」
「おまえもだよ!」
「でも自覚ないのがアターシャらしいわ」
「そうだな~」
最終日だからってこんなに持ち上げちゃって。
アハハと軽く笑い飛ばすアターシャには自分が『何かをした』という実感はまるでない。
そう、結局何かを成し遂げたのは『彼ら』なのだから。
だから彼らの感謝は伝わることはない。
それでも彼らはアターシャにしてもらったことを忘れることはないだろう。
じゃあ! っと手を振って、一人、また一人と生徒達は学園から、そしてアターシャの前から去っていく。そのたびに胸には寂しさが積もっていく。けれど新しい道へ歩み出す友人の足を引く事なんてしない。
マイナスの感情を胸の奥底で眠らせて、一番の笑顔で手を振った。
また会える日を楽しみにしながら。