5.狂った歯車
転生者はおそらくアターシャとランカの2人だけだ。
けれど他の攻略者や悪役達もまた、カウロ王子やユリオンのようにランカの影響を受けていたのだ。
王子と宰相役はともかくとして、他の攻略者だが――。
脳筋騎士でお馴染みゴーランド=ベルドットはツンデレ拗らせた年下幼馴染を大切にしている。中庭ではツンツンしているローリーの頭を撫でて、快活な笑みを彼女に惜しげもなく向けているのだ。
それは恋愛的な意味ではなく、むしろ妹を見守るかのよう。
けれどローリーの方は違う。ぷっくりと頬を膨らませながらも、ゴーランドを見つめる視線はどこか先を期待しているのだ。
これにはアターシャの見守りセンサーはビンビンに反応し、とてもではないがこの2人の関係を押しのけてまでアタックをする気にはなれなかった。
そしていじらしい2人を推しカップリング2組目に登録をしたのだった。
けれどこちらは完全に見守りや暗躍に徹することは出来なかった。
ローリーが鍛錬で疲れているゴーランドのために、と得意でもないお菓子づくりを調理室でこっそりと行っている時には思わず、お助けキャラのように材料抱えて登場を果たしてしまったのだ。
本当は手を出すつもりなんてなかったし、見かけたのだってたまたまだった。けれどローリーの今後を想像して、つい身体が動いてしまったのだ。
なにせツンデレ不器用キャラではよくある『炭と化した小麦粉の固まりを渡して食べてもらう!』なんてエピソードはあの脳筋には通じないのだ。
あの男、なぜかこの手の空気だけは読めないところは変わらないのだ。
バグか、病気だ。
つまりあのまま渡せば、ツンデレ少女・ローリーが傷つくことは目に見えていた。
推しが悲しみに暮れるところを見逃せる訳がない。
こうして推しに認知され、なぜか目が合う度にぱああっと顔を輝かせて子犬のように駆け寄られるまでとなったが、悪い気はしない。
そして次行こう、次! と気持ちを切り替えたアターシャは最後の砦へとたどり着いた。
正直、ヤンデレは得意ではない。
完全に別次元の人間として割り切ればまぁ無理な話ではないが、自分が小さな部屋に監禁されるとなったら気が狂ってしまいそうだ。
だから最後まで手を出さなかったのだが、そうも言ってられない。
このままだと悪役令嬢ではなく、ヒロインのアターシャが路頭に迷ってしまう……ことはないだろうが、喪女道まっしぐらだ。
実家に帰れば衣食住は保証されているだろう。だが3年間も村の外で暮らして、その上、色々あったとはいえ通常貴族様しか通えない学園に通っていたのだ。
こんな女、嫁にもらいたいなどという男がどこにいるというんだ!
貴族なら利用価値が~なんて打算をする余地はあるだろうが、田舎の村人にそんな余地はない。
せめて幼い頃に村で将来を誓った幼なじみでもいれば良かったのだが、そんなものはいなかった。むしろ同年代の男児がほぼいなかった。
完全に詰んだアターシャは仕方なしに例の先輩、ユーベルト=フランクリーへと声をかけた。
「私、二年のアターシャ=ベンリルといいます。入学式での先輩の言葉を聞いて感動して……」
ユーベルトに話しかけるに当たって、アターシャは脳内からゲームの『chapter.1』のヒロインのセリフを引っ張り出した。プロローグから実に1年以上も空いているが、そこは気合いで何とかすることにして『乙女ゲームヒロイン』を必死で演じることにしたのだ。
けれど会話を弾ませても、chapter.1以降のネタを引っ張り出しても一向に彼の瞳がダークサイドに落ちることはない。
それどころか――。
「僕なんて少し魔力が多いだけで、特別な力を持っていて行動力もある君や、教養と人脈に飛んでいるランカ様と比べたらまだまだだよ……。あ、でもこんな僕でよければ今後もこうしてお話したいな」
ヤンデレをどこかに置き忘れたただの謙虚な人になっていた。
しかもダークサイドへの堕落を阻止したのがアターシャ達である。
「私でよければ」
必死で笑みを作り上げたアターシャだが、その顔は一分と持たなかった。先輩と別れてからすぐにボロボロと崩れ落ちる。
まさかこんなところでも設定が狂ってしまっているとは……。
歯車がたった2個変わってしまっただけ。
けれどこんなにも世界は変わってしまったのだ、とアターシャは頭を抱えるしかなかった。