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4.そしてヒロインは推しを見守ることにした

「カウロ王子! 奇遇ですね」

「ああ、そうだな」

「なにをしているんですか?」

「冠を作っている」

「可愛いですね」

「ありがとう」

「……………………………………」

「……………………………………」


 そこにいたのは花畑の中で一人、黙々と花冠を作っている男の姿だった。

 イベントを発生させようとわざわざ王都から離れたこの花畑までやってきたというのに、アターシャのことは視界にすら入っていない。応答する声だって虫のささやきのように小さいもの。話しかけられたから返すだけ。


 その他大勢と同じにされる普段よりも酷い。

 半年かけてアプローチした結果がコレだ。

 だがアターシャ自身、返してもらえるだけマシなのだろうと思ってしまうのだ。


 転生前から『カウロ王子』を推し続け、転生してからはゲームのように彼と寄り添って暮らせることを夢見た。ゲームとは違い、王子にトラウマを植え込むことなく、それどころか投資なんて始める悪役令嬢に戸惑いはした。


 王子が婚約者に惚れていても、悪役令嬢がアレなら!――と思っていたのだが……。


『王子様』に夢を抱き続けるのは限界だった。


「推しは眺める専門! って誰かが言ってたけどあれって本当ね。恋愛対象なんかにするもんじゃないわ」


 なにせもう、アターシャの心の中に恋愛感情など無くなってしまったのだ。

 その代わりに寂しそうな背中を見て開花したのは、母性にも似た何か。


 二次元と三次元は違う。

 けれど異次元に存在するだけで推しは推し。二次元で受けた恩を三次元で返すだけだ。

 ヒロインに転生した少女は特徴的な桃色の髪を靡かせてイベント発生場所をあとにした。



「転生してもオタクはオタクよね。でもこんなに可愛い顔しているんだし、王子と元悪役令嬢のカップリングを応援しつつ、アターシャの結婚相手を探せばいいわ!」

 彼女は寮に戻ると鏡で自分の顔を眺めた。するとその口元は確かに動いていた。その事実に思わず彼女は目を見開いた。

 なにせ今話したのは『アキ』であって、アターシャ本人ではない。

 共存関係にありながらも、本体はアターシャで、あくまでアキは彼女の中に居座っていたにすぎない。

 カウロ王子攻略の際には主導権を譲ってもらうーーそんな関係だった。

 なのに、なのに!

「アターシャ? ねぇ、アターシャ。返事をしてよ!」

 鏡を抱えてアキは叫んだ。


 どこかにいるんでしょう?

 勉強だってまだまだじゃない。

 この半年、一緒に暮らしてきたじゃない!


「なんで今更いなくなるのよ!」

 どんなに叫んだところで彼女の探す『アターシャ』はもういない。

『アキ』が前に進むと決めたその瞬間、乙女ゲームヒロインの『アターシャ』は消えたのだ。

 いや、本当は違う。

 アキ、いや、アターシャ自身も分かっているのだ。

 そもそも『アターシャ』と『アキ』の人格はあの日、完全に混ざり合っていた。本来ならばこんな、二重人格のようになることはなかったのだ。

 アターシャの人格が残っていたのはあくまで『アキ』が完全に『アターシャ』になることを、自分がゲーム世界に転生したことを認めたくはなかったから。


 けれど彼女はこの世界に来て、初めて『この世界で生きる』ことを前提として決意を下した。つまり彼女はゲーム世界ではなく、ここは現実世界であると認めたのだ。


 だから彼女の言うところの『アターシャ』は消えた。

 彼女が存在する必要がなくなったから。


「お別れくらい言ってよね……」

 その日、ようやく『アターシャ』になった彼女はボロボロと大粒の涙を流した。

 もうそこに励ましてくれる人は、誰よりも彼女のことを分かってくれる女の子はいない。


 田舎で産まれて、底抜けに優しくて、けれども恐がりで、努力家な彼女。

 転生者なんて異物が混入しなければ、ヒロインであり続けることが出来ただろう。


 けれどこの世界の歯車はとっくに狂っているのだ。

 そんな世界であの子は笑っていた。


 だからアターシャは決意した。

 あの子に胸を張れる人間になろう、と。


 手始めはそう、やっぱり王子と悪役令嬢にならなかったあの子をくっつけなきゃ。

 もちろん自分の幸せだって勝ち取ってみせる!


 攻略対象は王子だけではないのだ。

 シナリオでは半年経過しちゃったけど、学園生活はまだ2年半も残っている。まだまだ始まったばっかりだ。


「転生者の力、見せてやるわ!」



 ――なんて気合いをいれてみたはいいものの、現実はそんなに甘くはなかった。


 王子と悪役令嬢を推しカップルとして掲げたアターシャは知り合いにも協力を仰ぎ、自然に見えるような席の配置や時間調整を行った。

 元よりあの二人を好いている人は学生だけではなく、教師や使用人にも多い。

 むしろ「いいのか?」なんてアターシャの心配をする人もいたほど。


「いいの。もう吹っ切ったから!」

 アターシャが熱意を宿した瞳で真っ直ぐと見つめれば誰もが協力をしてくれた。

 文化祭や体育祭などの学園行事は彼らの協力をなくしては成り立たなかったと言っていいだろう。

 何せカウロ王子が自然と距離を詰めようとするのに対して、ランカがすすす~っと少し離れた位置へと移動してしまうのだ。


 そのスキル、明らかにここ数ヶ月で身についたものではない。


 正直、アターシャ一人では何度彼女を見失ったことか!

 そんな時、決まって活躍してくれたのは最大の協力者にして、攻略対象者の一人――宰相のユリオン=シュタイナーだった。馬車とプロローグ、シーンで分けると二度しかまともに顔を合わせていないあの男である。

 ユリオンとの距離が一気に近づくきっかけとなったのは、私が協力者を募りつつも、他への鞍替えもとい他キャラの攻略を進めようとしている時のことだった。


「王子への自己プロモーション方法を変えたのか?」

「……ええ。応援することにしたの」

「そうか」


 たった数秒にしてアターシャは悟ったのだ。

 宰相・ユリオン=シュタイナーの攻略は不可能だということ。

 そして同時にこの男、使える! とも。



 実はユリオンはアターシャが動くよりもずっと前から画策はしていた。

 それは決してカウロへの忠誠心などではなく、ただ単純に幼い頃から見てきた少年が初恋を拗らせているところを見ていられなかっただけではある。

 そしてアターシャにはいい当て馬にでもなってくれないだろうかと期待の眼差しを向けていた。

 けれどそれは叶わなかった。

 おそらく営業にしか見えないあれが問題だろうとユリオンは結論付けた。そして婚約者という切り札がある以上、外敵さえ駆除してしまえば問題はないだろうと考えていた。


 けれどアターシャが役割を変えたのなら話は別だ。

 彼女のプロモーション技術と人脈を使わせてもらおうと考えたのだ。



 ――こうして利害が一致した二人は手を組むことに決めたのだった。

 日々投資生活に精を出すランカと、一歩が踏み出せないカウロ王子。

 けれど日々のちょっとした時間に物理的な距離を縮めることには成功している。外敵の駆除はもちろんのこと、少しずつではあるものの、アターシャは日々仲間を増やしていった。


 推し生活は順風満帆!

 異世界転生は理想の推し生活の始まりでした! なんて同人誌を王子と悪役令嬢のカップリングで出せるくらいだ。

 何ならこの世界で自費出版をしてもいいくらい。


 卒業後、やることがなかったら本当に出しちゃおうかな~。

 そんなことを思いつつ、アターシャは「はぁ……」と深いため息を吐いた。


 確かに推し生活は順調だ。

 このまま行けばお互いの気持ちに気づかなくとも、婚約破棄や解消、断罪エンドなんて迎える訳もなく、結婚という名の第2章を開始することが出来る。

 そうなればアプローチを夫婦というコマンドに切り替えていくらでも切り込むことが可能だ。

 もしも困った時には『お世継ぎ』なんて人生最強カードまで用意されているほど。他の攻略者ならまだしも、王子である。これは避けては通れない一大イベント。


 つまり正式に婚姻を結ぶまでに邪魔者さえ入らなければいいのだ。


 けれどアターシャのシナリオは違った。

 本編にしてもファンディスクにしても、学園在学中に相手を見つけなければならないのだ。けれどこの世界、ゲームのように上手くはいなかった。


 イベントの発生までは上手くいくのだ。なにせアターシャの頭の中には基本の動きが全て頭にたたき込んであるのだから。少し記憶と違っても補正を効かせてしまえばいい。けれどその先がダメだった。



 なにせゲームと違っていたのは、悪役令嬢、王子、宰相の3人だけではなかったのだから。


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