3.悪役令嬢は転生者
悩みを抱えつつも、王子へのアプローチを続けていると、いつからかランカ=プラッシャーの視線を感じるようになった。
ゲームの中のように、嫉妬や憎しみを孕んだものではない。どこか懐かしいものを見るような、それでいて何かを諦めているようなそんな瞳。
だからアキは確信した。
ランカ=プラッシャーもまた転生者なのだと。
そして投資こそ、彼女が身を守る手段なのだと。
シナリオを知っているからこそヒロインであるアターシャに手を出してこないのだ。
なら今後も悪役令嬢を気にせずにアプローチを続けられる!
元よりアキもアターシャも、二人揃って争い事が好きではなかった。
だがアキは推しであり、恩人でもあるカウロ王子と一緒になるためなら、意地悪な悪役令嬢と戦うのも厭わないと思っていた。
だからこそ、意地悪ではない悪役令嬢と戦う必要のないことにほっと胸をなで下ろした。
そして今までのようにアプローチを続けた。
――のだが、カウロ王子は一向に靡いてはくれない。
少しでも雑な対応を取ってくれれば諦められるのだが、彼はいつだって他の生徒達と同じようにアターシャに接するのだ。
まぁ脈がないと言ってしまえばそれまでだ。
なにせ王子は婚約者に惚れているのだから。
悪役令嬢のランカ=プラッシャーではなく、投資を繰り返す転生者のランカ=プラッシャーに。
つまり彼は彼女の本質に惚れたのだ。
嫌いになるルートこそが公式でありながら。
けれどランカはカウロ王子と距離を置いていることに変わりはない。
だからこそアキとアターシャは過去の知識を使って押して圧して推しまくった。
イベントだって期日に発生させ、好感度が上がる選択肢を選んだはずだった。けれど一向に王子からの好感度が上がっている実感はなかった。むしろ他の生徒達からの好感度の方が高いほど。
王子攻略に難航しているアターシャは、いつからか校内を歩いているだけで声をかけられることが増えた。
「アターシャ! 今日も王子にアタックか?」
「もちろんよ!」
「あ、そうだ。さっきミリアがアターシャのこと探していたぞ」
「何かしら?」
「美味しいお菓子が手に入ったから、この前のお礼に渡したいんだと」
「でもこの前、クッキーもらったわ。あの子、気にしすぎなんじゃない? まぁもらうけど」
「もらうのか! まぁそれだけ嬉しかったんだろ」
「私、好意は邪険にしないタイプなの」
「どんなタイプだよ……」
「アターシャ! 見つけた!」
「どうしたの?」
「校庭でけが人が出たの!」
「何ですって!? すぐ行くわ!」
あるものは変わらずに王子にアプローチを続けるアターシャに頑張れよ~と声をかけ。またある者はお礼にと食べ物をくれる。そしてまたある者は特別な力を持つアターシャに助けを求める。
治れ! と強く念じるアターシャに、現代知識を用いて他の生徒に指示を飛ばすアキ。
二人にとって何も特別ではなかった。
けが人が居て、助ける力があるのだ。助ける以外の選択肢などない。
ただし乙女ゲーム補正なのか、怪我が多い生徒達に説教や助言をすることはある。
もっとしっかりと準備運動をしなさい。
最後に水分取ったのはいつ?
靴ひもが緩いんじゃない? 結び方変えた方がいいわ!
けが人が出たと聞けばすぐに飛んでくるアターシャ。
誰かのために、なんて自覚はなくとも誰もが彼女に感謝をする。
そして入学当初から変わらずに営業を続けるアターシャを、お菓子を渡せば目をランランと輝かせて頬張る彼女を、他の生徒達は好きになっていった。
けれど彼らがアターシャを見守り続けたのは彼女が好きだから、だけではない。
誰もがカウロ王子の隣に立つのはランカ=プラッシャーであると確信していたからだ。
確かにアターシャはいい子だ。
『癒しの力』は珍しいもので、勉強だって頑張っている。
けれどランカには、公爵家の娘として産まれ、才女として名高く、投資家としても名を馳せる少女には到底敵うはずもない。
――それこそランカが他の男性の元に行かない限りは。
転生者であることを知らない彼らは想像もしていないのだ。
ランカが断罪と王都追放に備えていることを。
そしていつか王子の元から立ち去ろうとしているなんて。
知っているのはアキとアターシャだけ。
ラッキーって割り切れれば良かったのに、日に日にアキの心にはモヤがかかっていった。
これでいいのか、と。
自分が何をすべきなのか、分からなくなったのだ。
アキにとってカウロ王子は推しだった。
前世では心の支えだった。
けれどこの世界のカウロ=シュランドラーという人物は見た目と声、そして王子という地位以外、アキを支えてくれたあの人とは共通点がなかった。
もしも攻略出来たとして、ランカが退場した後の舞台に残った『カウロ王子』は彼のままで居られるだろうか。
二次元のカウロ=シュランドラーと三次元のカウロ=シュランドラー。
交わることがないのなら、自分はこのまま突撃を続けていていいのだろうか。
唯一悪役令嬢の歩もうとしている道を知っている者として、ヒロインではなく、彼女と同じ元日本人として行動した方がいいのではなかろうか。
「あなたの幸せを選べばいいわ」
アキの自問自答にアターシャがかけたのはそれだけ。
過去を知っているからこそ、自分であって自分ではないからこそ、中途半端な答えなんて投げてはくれなかった。
けれどアキにはそれが何よりも励みだった。
「予定通り、夏のイベントを発生させる。それでダメだったら……諦めるわ」
だからアキはアターシャと自分自身に宣言して立ち上がった。
カウロ王子との夏のイベントは、夏休み前に彼との好感度を一定以上に保ちつつも、他の攻略者達の中で一番高い数値にする必要がある。そして条件を達成した状態でカウロ王子に話しかけるとお誘いを受けるという寸法だ。
「君の夏休みを私に一日だけ譲ってはくれないだろうか?」
これはアキが好きだったカウロ王子のセリフTOP5に入る。
ちなみに1~4はプロポーズ、告白、断罪シーンに町でのデートシーンである。
少し低めの声で微笑まれながら尋ねられるそのシーンを何度夢見たことだろうか。
けれどヒロインに転生した彼女はそんな甘いセリフを告げられるほどの関係ではないのだ。
だからイベントの発生場所に自ら足を運んだ。
偶然を装って、風が甘い香りをふんわりと運ぶ花畑に。
けれど二人が目にしたのはカッコいいカウロ王子なんかではなかった。