2.悪役令嬢は投資をしているらしい
入学式から一ヶ月近くが経った頃、アターシャは勉学に勤しんでいた。
村から出たことのないアターシャにとって、学園で教えてもらえることのほとんどが未知であった。それも入学直前に追加されたアキの記憶にある知識とも少し違うのだ。
多くの生徒達がうつらうつらと船を漕ぐ中で、アターシャはしきりにノートにメモを取った。色のついた太めのペンで教科書に線を引くのはアキから得た知識だった。
『試験パートで出てくる問題と答えは分かっているんだから、勉強なんて適当にやっておけばいいのよ』
真面目に勉強に勤しむアターシャに初めこそ冷たい言葉をかけたアキだったが、元来真面目で世話焼きな彼女はすぐにアターシャ専属の先生と化した。
やれ文字が間違っているだの、計算が間違っているだの、この教師の性格からしてここは出るからペンを引いておけだの、アターシャの勉強を邪魔しない程度に指示を飛ばしてくるのだ。何とも優秀な先生である。
だがアターシャには基礎知識が致命的なほどに欠けていた。
メモを取り、教科書とにらめっこしながら復習をするアターシャにしびれを切らして、図書館に行くよう指示を飛ばしたのもアキだ。アターシャは彼女と記憶を共有している。だからアキだってこの世界の学問に精通している訳ではないのだ。それどころかアターシャと同レベル。けれどアキは勉強するんでしょ! とアターシャに檄を飛ばしながら、初等部の勉強を一緒にこなしてくれるのだった。
アターシャはいつしかそんなアキを親友のように思うようになった。
だから彼女が推しているというカウロ王子の攻略の手伝いを積極的にするようになった。
アキがカウロ王子へ、ノルマ達成のために燃える営業職のような猛アプローチをかけている時に、悪役令嬢が全く登場しないことに気づいたのはアターシャだった。
確かにアキのアプローチは『癒しの力を使える特別性』を重点においたもので、ゲームの中のヒロインとはひどくかけ離れている。けれどゲームの中の悪役令嬢、ランカ=プラッシャーが王子に寄ってくる女を気にしない訳がないのだ。
それにアターシャが疑問に思ったのはそれだけではなかった。
思えばアターシャはこの一ヶ月、誰にも勉強の邪魔をされていないのだ。
いくらカウロ王子のフラグを立てられていないとはいえ、シナリオ通りに進めば平民出身のアターシャに絡んでくる者が存在するはずなのだ。
実際、授業でも平民と貴族の役割の違いや立場の違いには触れていたはず。直接的ではないにしろ、貴族が平民を下に見ているという事実も伝えられた。
アターシャ自身もアキがやってくるよりも前からそのことを知っていたし、アキの乙女ゲーム知識でもそうであった………………ハズなのだ。
平民で、こんなにも目立っているアターシャに、他の生徒の目が向くことはあってもそれが牙を向くことはなかった。それどころか彼らにとってアターシャもといアキの猛アタックは日常の光景と化しているようだった。
悪役令嬢の権力が弱いのかしら?
疑問に思ったアターシャとアキは一度アプローチの手を緩め、悪役令嬢について探ることにした。
すると耳にするのはどれも乙女ゲームの悪役令嬢とは全く違うことばかり。
いやそれどころかアキの持ちうる『ジャパニーズ乙女ゲーム知識』を総動員してもあんなキャラクターがいる訳がない。なにせあの悪役令嬢、何を思ってか投資に手を出しているのだ。それも成功を続け、隣国に手を伸ばした上で新たな産業を確立。その後、彼女の力を借りた隣国は石油の発掘に成功した……と。
完全にジャンル違いもいいところである。
どこのシミュレーションRPGだよ! 開発者は何を思って作ったんだ! とのツッコミは喉元まで出かけてしまったことも一度や二度ではない。
だがそれは紛れもない事実なのだ。
なにせランカ=プラッシャーの実績を聞いたアターシャが、そういえば『投資を繰り返す貴族令嬢』が隣村に来たと聞いたことがあるなと思い出したからだ。何でも颯爽と現れて契約を結ぶとその店を成功に導くのだとか。村のおばさん達から得た情報ではあったものの、学園で情報収集をした後の信頼度はずば抜けて高いといえる。
だがなぜ悪役令嬢はそんな行動を取ったのか。
それも平民相手に投資活動なんて利益を得られる確証なんてないでしょうに……。
アキはなぜ? と首を捻る。けれどもアターシャにはとある考えが浮かんだ。
かつてのアターシャだったら考えもしない、けれど今ならあり得ないと言い切ることが出来ない、一つの可能性。
ランカ=プラッシャーもまた転生者なのではないか。
それが正しければ全く手を出してこないのも、予想外の行動を取るのも納得である。
だがそれには確証がなかった。
もしも何かのバグで、ランカが隣国の王子と婚姻を結ぶ可能性も……。
そう考えはしたものの、ならばなぜ悪役令嬢は突如として投資を始めたのかが分からないままだ。
うーんと腕を組んで考え出した二人だが、その答えは存外あっさりと導き出されることとなった。