11.終わりと始まり
「暇……」
内勤に移ったまでは良かった。
けれど待ち受けていたのはひたすらの待機時間だった。三日もすれば待機も飽きるもので、自主的に医務室から出て城中を練り歩いてけが人を癒し続けた。けれど一週間もせずに宰相を通じて苦情が寄せられた。
「まさか癒しの力がもったいないなんて理由で止められるとは……」
癒しの力は使えば使うほど減るなんてものでもない。一応魔素の消費はあるし、使用者であるアターシャには多少の疲労感もある。だがいかんせんベースが乙女ゲームなだけあって、身体に負担がかかるようなことはない。なんなら暇つぶしに役立たせてくれと思っての行動なのに、怪我人達から苦情が来ては止めるほかあるまい。アターシャの学生時代を知る人達からは「いい加減落ち着きな」と呆れられてしまった。
学園を卒業して十年以上が経過した。
そろそろ落ち着きをみせろと言いたい気持ちも分からないでもない。
だがアターシャはつい最近まで朝から晩までバリバリ働く医療チームに所属していた。所属が変わったからごゆっくり~なんて定年退職後でもあるまいし、ずっと座って重傷者を待てとか無理。我慢が出来るはずもない。
早くも暇すぎて精神が限界を迎えそうだ。
それでもアターシャの願いで変えてもらったのだから文句を言うことも出来ない。推しを布教する必要がありそうな相手も城にはおらず、どうしたものかと腕を組んで考える。
そして辿り着いた答えが婚活だった。
とりあえずいい人でも探そうと、城勤めの人達と積極的に交流を持ち始めたわけだがーー。
「アターシャ、私達、結婚するの!」
「あなたのおかげで好きな人と付き合えて……」
「聞いてくれ! 初めてのデート、楽しんでもらえたんだ!」
「服、どれがいいかな?」
「彼女が靴擦れ起こした場合ってどうしたら……」
結局学生時代と何も変わらない。
本人には恋愛の『れ』の字の影すら見えることはないのに、周りの男女は着実に一組、また一組と幸せ街道を歩いている。
私、乙女ゲームのヒロインなんだけどなぁ? なんて首を捻るアターシャだが、なんだかんだで周りに集まる人達はいい人ばかり。幸せそうに笑う彼らを眺めているとなんだか胸の辺りがぽかぽかと暖まるのだ。
代わる代わる知り合いが医務室を訪れてくれるおかげで暇だなんだと文句を垂れる時間もなくなり、アラサー生活は充実していた。
そんな中、クラウディオだけが例外だった。
「今回は南西の国を周りまして、あ、これそこの村で買った石けんです。よければ使ってください」
「いつも悪いわね」
「俺が好きでしていることなので! アターシャさんはお気になさらず……」
「そう?」
「はい。喜んでくれるかなって考えると楽しくて」
「大事に使わせて貰うわ」
遠征から帰る度に医務室を訪れる彼の話にはいつも患者や仲間ばかりが登場する。
医務室にいるアターシャの耳にも頻繁に彼の噂は入ってくる。アターシャが在籍していた頃よりも成長した彼は今や城に務めるメイド達の結婚したいランキング第一位にいる。
ちなみに宰相は三位。理由は『優良物件だけど結婚しても大変そうだから』や『あの人とやっていける気がしないから』と意外に現実的なものだ。言い換えれば、クラウディオはその二つを突破していると言える。恋人もいないため、注目度も高く、帰ってくる度に女性達からのアプローチを受けているようだ。なのに、いつも真っ先にやってくるのはアターシャのいる医務室。元上司であり、彼がアターシャに憧れていることは周知の事実なので、誰も変な詮索をしようとはしないが。
アターシャも毎回、クラウディオが持ってきてくれるお土産は感謝の気持ちで、毎回報告してくれるのはきっと成長した自分を褒めて欲しいからだと思っている。犬がご主人様に捕獲した虫を見せに来るのと同じ感覚。
きっと、そうに違いない。
そう思わなければ無謀な恋に落ちてしまいそうで、アターシャはクラウディオの前では良い上司でいようと心がけた。ニコニコと笑いながら「アターシャさんのことが好きなんです!」とのお馴染みの台詞も軽く流す。
いつか限界を迎える時まではこの関係で居続けよう、と。
だが終わりはあっさりと訪れた。
「アターシャさん、受け取ってください!」
いつものように遠征から帰ってきたクラウディオは手乗りサイズの箱をズイッと差し出した。
今日はどこのお土産だろうか。手を伸ばせば、彼は「あ!」と何かに気付いたように大きな声をあげた。そして箱をパカリと開いて、中身が見えるようにアターシャに開いた方を向けた。
「……っ」
顔を見せた中身にアターシャは思わず声を失った。
なにせ真っ青なクッションの上に鎮座していたのは、ダイヤモンドの指輪だったのだから。まるでプロポーズでもされているかのよう。だが残念ながらクラウディオとアターシャはそんな関係ではないのだ。
一体どこのお土産だろうか?
アラサー女子には少しばかり心臓に悪い。
「えっと、クラウディオ。さすがに指輪は受け取れないわ」
「俺じゃダメ……ですか?」
「ダメというか、こういうのは恋人とか、そうでなくとも好きな人に渡さないと」
「俺はアターシャさんが好きです」
「それは憧れでしょう?」
「憧れもありますけど、俺は一人の女性としてアターシャさんが好きなんです」
「え?」
「アターシャさんから見れば俺なんてまだ頼りないし、宰相さんみたいにはなれないけど、でも他の誰かに取られたくないんです!」
「私で、いいの?」
「俺はアターシャさん一筋ですから」
花開いたように笑って私に抱きつく姿はやはりわんこのようで。前世の推し、カウロ王子とはまるでタイプが違う。けれど真っ直ぐと慕ってくれて、そんなところにアターシャは強く惹かれた。
「絶対幸せにしますから!」
「私も、あなたを幸せにしてみせる」
「俺は今、とてつもなく幸せです……」
アターシャを抱く手は次第に強くなり、クラウディオは耳元でずっと「好きです。アターシャさん」と繰り返す。
まるで長い間こらえていた思いを吐き出すかのように。




