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10.憧れから恋愛へ

「アターシャさんが部隊から外れるってどういうことですか!?」

「そのままの意味だよ。まぁ元からそんなに長くないとは思っていたが」

「長くない?」

「あの人は癒しの聖女だ。通常なら何かあったときのために城で囲われているもんなんだよ。外回りを何年もしている方がおかしい。だからこそ、他国から感謝されているんだが……。お前がアターシャさん追いかけてきたっていうのは知ってるけどさ、離れたくないならちゃんと伝えないと取られるぞ」

「取られるなんて、俺は……」

「憧れならそれでいい。ただ残るなら仕事はしろ。抜けるなら他の仕事を探せ」

 アターシャが抜けたことで部隊は大きくメンバー編成しなおすらしい。とりあえず元サブリーダーはリーダーに昇進し、他のメンバーを一人一人呼び出してはどうするか聞いているようだ。遠征が多く、国を留守にしてしまうことが多いため、これを機に抜けるメンバーもいるようだ。新リーダーは家族との時間を大切にしたいという気持ちを尊重するとのこと。そしてアターシャに憧れて部隊に入ったクラウディオの意見もこうして聞いてくれようとしている。一覧表をスッと差し出しながら、頭を掻く。


「城では兵士を募集しているらしい。お前は回復魔法も使えるし、希望すればすぐ異動出来るだろうよ」

「……はい」

「とりあえず返事は三日待つから」

 よく考えろ、と部屋から追い出され、クラウディオはもらった紙に視線を落とす。

 兵士の他にも薬師や文官、使用人など数は少ないながらもそれぞれの仕事に空きがあるようだ。

 給料も今よりは少し落ちることになるだろうが、クラウディオは無駄使いをすることはない。この数年で貯金はそこそこ貯まっている。そして、数年間一度も渡すことが叶わなかったアターシャへのプレゼントも。


 クラウディオが初めてアターシャと会ったのはもう十年以上も前のことだ。

 男爵家の五男坊として生まれた彼は兄達に甘やかされて育った。ほっぺにはふくふくと肉が付き、貴族としての義務を果たすためだけに学園に入学をした。年の近い相手といえば兄姉くらいしかいなかったもので、いつもどこかぼんやりとしていた。学園で虐められたりしないものかと兄達に心配されはしたものの、いざ入ってみればそんなことはなかった。つい数年前までは爵位の低い貴族や平民はいじめの標的となっていたらしいが、クラウディオ達の代にいた平民が規格外だったこともあるのだろう。癒しの力という特殊な力を持ちつつも、威張ることはなく、けれどどこまでも目立つ少女。少し、いやだいぶ変わっているが、誰よりも平等だった。クラウディオも何度となく手を貸してもらい、傷を治してもらった。


 初めは変な人だと思った。

 けれど見返りも求めず人々に手を差し伸べる姿はまさに聖女そのもので、次第に惹かれていった。


 憧れ、だった。

 彼女に少しでも近づきたくて、隣に立っても恥ずかしくない男になりたくて、ぽっちゃりとした身体を引き締めた。さらに成長期だったこともあって、身長は入学前よりも30センチも伸びて、家族や友人にはすっかり別人だと驚かれた。この頃から女の子に声をかけられる機会が一気に増えたが、クラウディオにとってはアターシャよりも輝いて見える女性はいなかった。彼女の力になりたくて新設された部隊に志願した。魔法適正はほんの少しではあるもののクラウディオにもあって、学園で初級回復術を取っていたことで入隊が認められた。志願理由にアターシャの名前を出せば、採用担当兼上司である宰相は呆れていたが「よく働いてください」の一言を与えられただけ。一部の学生の間でアターシャと恋仲ではないかと噂されていた彼だが、特に何かを言うわけでもない。その時はそんなものか、で流していたクラウディオだが、今になって実感する。


 初めから相手にされていないのだ。

 宰相にも、アターシャにも。


 初めは憧れでしかなかった想いは恋心へと形を変え、その想いをアターシャに伝えようと必死にアピールを繰り返している。だがいまいち伝わっていない。年齢は同じなのだが、弟か何かくらいにしか想われていないことがありありと伝わってくる。何年も一緒に仕事をしてきた同僚達にはクラウディオの想いがバッチリと伝わっており、ドンマイドンマイと肩を叩かれるほど。だがそれでもいつかは気付いてくれるはずだ、と信じていた。


 アターシャが部隊から外れることがあるなんて考えたこともなかった。

 いや、少し前からやけに距離があるとは感じていた。カウロ王子とランカ様のことばかり話すようになって、一体何があったのだろうかと他のメンバーと話題にすることもあったほど。もしかしたら、と考えなかった訳ではない。けれど信じたくなくて目を逸らし続けていた。所詮、クラウディオは同じ部隊のメンバーでしかないのだ。彼女のことだから所属が変わっても話しかければ反応してくれるだろうが、それでも接点はグンと減る。

 クラウディオは宰相のように高い身分を持たない。ただの男爵家の令息なのだ。何年もアタックを続けていても振り向いてくれなかった彼女との距離が開けば、振り向いてくれないだろうことくらい重々理解している。


「はぁ……」

 クラウディオは肩を下げて小さくため息を吐く。

 するとどこからか聞き慣れた声が聞こえてくる。場所は離れているのだろう。声は本当に微かで、よほど真剣に耳を傾けていなければ聞き逃してしまうほど。そんな声をキャッチできたのは好意を寄せる相手の、アターシャの声だったからだ。キョロキョロと視線を動かしながら、姿と声を辿る。移動中も耳をそばだてて、彼女の声を一つも聞き逃すまいと探っていく。けれどはっきりと聞こえたのは「結婚」の一言だけだった。


 アターシャさんが結婚?

 どういうことかと問いただしたいのに、彼女の姿はどこにも見当たらない。

 迷惑だとは思いつつ部屋の前まで行ってーー自分は何をしているのだろうかとハッとした。これではストーカーと変わらないではないか。好意を寄せているなんて、他の誰かに取られるかもしれないと焦ったなんて言い訳に過ぎない。


 自分はどうすべきなのか。

 ここでドアを叩いて、好意を打ち明けるべき?

 けれどそれは今までと何が違う。分からない。分からないまま、ドアを叩くことは得策とは言えない。ここで嫌われてしまっては、彼女に個人として認識してもらえたこの数年間が全てなかったことになってしまう。いや、知られていなかった時よりも悪い。


 クラウディオはもう、自分の恋心を自覚してしまっているのだから。


「でも俺じゃあ、逆立ちしたって宰相様に勝てる訳がないんだよな……」

 生まれも育ちも実力だって、あちらが何段も上に立っている。今から頑張ったところで勝てる訳がない。だがそんなことは気持ちを自覚するよりも前から分かりきっていたことだ。ふうっと長い息を吐き、自室に戻る間、考えをまとめる。


 自分は何をしたいのか。

 そしてアターシャにどう思われたいのか。

 自室の椅子に腰を降ろし、そして声に出して答えを導き出した。


「俺はあの人に誇れるような人間になりたい」

 この気持ちが伝わらずにアターシャが他の誰かと結婚してしまったとしても。

 ずっと手のかかる弟のように思われていても。


 どんなに恋心が育ったところで、クラウディオの中からアターシャへの憧れと尊敬が消える訳ではないのだ。

 だからクラウディオは部隊への残留を決めた。

 尊敬するアターシャに彼女がいなくとも自分はやっていけることを示したくて、彼女が築いてきたものを守りたくて。


 そしてがむしゃらに働いた。

 初めのうちは怪我が多かった。けれどすぐに慣れた。次第に少なくなっていく怪我の数に、今まではアターシャに甘えてしまっていたのだと自覚していく。

 もちろんアターシャとの関係をなくすつもりはない。

 遠征の際には必ず土産を用意し、彼女の元へと向かった。迷惑をかけているかもしれない。そんな気持ちがないわけではないが、それでも毎回アターシャは喜んで話を聞いてくれる。それが嬉しくて、同時に彼女の口から「結婚」のワードが出てくることに怯えた。


「最近頑張っているんだってね。クラウディオの噂をよく聞くわよ」

「俺なんてまだまだです」

「謙遜しないで。今日だって、女の子達があなたの話をしていた。格好いいって、恋人とかいないのかなって」

「いません! 俺はアターシャさん一筋ですから」

「あはは、ありがとう」


 軽く笑い飛ばすアターシャに、クラウディオは軽く唇を噛んだ。

 確かに彼女の言うように、最近女性達がやけに話しかけてくるようになった。それも今までとはまた少し違う層の女性達が。恋人になるどころか、結婚まで見据えているのだろうことがありありと伝わってくる。もちろん物件としてではなく、純粋な好意も持ってくれていることは理解している。

 けれどクラウディオはアターシャが好きなのだ。内勤に移った元同僚達から聞かされるアターシャの話に一喜一憂してしまうほどに、彼女だけを想っている。



 アターシャ本人から結婚の話題が出てこないのはもちろんのこと、聞いた話によれば彼女には現在、それらしい相手がいないようだ。

 気をつけるべきはやはり宰相一人。


「どうしたものか」

 深いため息を吐いた時だった。


「あなたの悩みを解決させる手助けを私にさせて頂けませんか?」

「あなたは!!」


 クラウディオの前に、宰相・ユリオンが現れた。

 彼は不敵な笑みで言葉を続ける。


「もちろんこちら側の要求も呑んでいただきますが」

「要求?」


 不穏な言葉にクラウディオは眉間にしわを寄せた。そんな彼に宰相は「そんなに身構えなくても、簡単なことですよ」と楽しそうに笑うのだった。


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