ぽんちゃん、やっぱり疲れるよ
夜の支度すべて終え、パジャマにくるまった。曖昧な白で絹製のネグリジェ。部屋は多分全世界でいちばんの心地良さで、脱力と眠気を誘発する。
後はもう寝るだけだ。消灯する。
数十分前。
リビングテーブルには私用の埃よけのフードカバーがあって、だから取り除けると──、遅帰りだからと母が用意しといてくれた夕飯が、冷めきって一通り揃っていた。
茶碗によそられたご飯。おろし大根の乗っかった焼き鯖。大根づくしの味噌汁。夜に怯えるサニーレタスと、人工栽培によって季節知らずのレタスによるサラダ〜シーザードレッシングを添えて〜。皮付き1/4カットりんご。
湯気ひとつない。
これらに愛情は込められているかな、無くてもしょうがないかなとか思ったりする。
親子の関係性はわたし=子が成長していくにつれて解れていく。幼い時の顔は母性という本能を引き出して育てる/育てられるという親子関係を築きあげるが、その補正が無くなった今は本能的な感覚としては他人そのものでしかなくなったんだろな。長く親しんできただけの、他人。
どの家庭でも普遍的に起こっている現象で、仕方の無いことだ。
仕方ないことだ、なんてふうに割り切れるわけないよ。くそが。
人工的な愛情。現代の希薄な関係性のせいで癒えつくせないわたしたちは、必死に誤魔化して生き続けている。
電子レンジ。その暖かさはあまりにも表面的だ。
冷めた夕飯たちは器をサランラップにくるまれ、細やかな周波数に料理内の水分を振動させられて、次々と暖まっていく。
ご飯に、鯖。湯気が嘘偽りの暖かさを醸し出している。
最後にいちばん時間のかかる汁もの──お椀inした味噌汁を投入して、ピピっと加熱スタートした。
暇だ。
赤熱する電子レンジ内をぼうと見つめて、
──......おかあ、さん。とぼやいてみた。
──わたしの親子関係は、積みあげてきた愛の総量に後ひとつまみの熱量があったのなら、なにかが大きく変わっていたのかも知れないな......と仮定的な想像をする。
愛情の影響力はほんとうに計り知れない。後ひとつの愛があれば結実していたカップルなんて無数にあっただろうし、幸せな家庭と人生の美しい終末があり得たかもしれない。
少し違えば大きく違う、なんてのはすべてにおいてではあるが、愛の量においてのそういった比重はあまりにも巨大だから。
いまは ひとり さびしく 食べきりました。
真っ暗に消灯した自部屋。ベット上で朦朧としながら横たわっている。
暗い空間には、どこか行き詰まりのようなものが表立って感じられる。
臼歯同士の間に、引っ掛かりを感じる食べカスがあったから舌先で弄って取って、そのまま飲み込んだ。歯磨きする気にはなれなかった。口内を洗浄したら、満足感があまりにも不足してしまいそうだったから。
眠いや。
布団とか毛布の重ねを肩が覆うまで引っ張って、深い暖かさのなかで
おやすみ。
●○●○●○●○●○●
夢。
現実の底へついた。ぐる、りと無限のように渦巻くのは、すべて感情を綯い交ぜにした奔流。質感が知覚に翻訳されることなく、そのまま圧倒的にダイレクトな原感情を抱かされる。
多彩な色がすべて存在している。笑顔を振り撒き、現実に絶望し、性感帯を赤らめて、幼い子どもの夢を見る。
曖昧な質感達は例えようのない混濁をしていて、──けど具体的な光景が次第にあらわになっていき
夢が
残酷な像を結ぶ。
──、────。 .........──、────。
── ...... ──、──。
はた、はた。と歩いている。甘い質感の地表を、わたあめのような足取りで踏みにじっていく。裸足で。わたしは就寝前から身をまとっていた白のネグリジェを引き継いで、後は下着類も。それだけ。
やわらかな夢に浸りつつある、わたしの全身。微睡みのような光をほのかに帯びている──髪が顕著で、淡い茶色で夢的自然の流れに沿ってなびく。
重力が軽い。わたしの望む通りの法則で、都合のいい物理の影響下にいられそう。
ほっぷ、すてっぷ、──じゃんぷ。段階を経て、数メートルの高度まで跳ねる。
気持ちいい。この高さを自分だけで体感することはかつてないことで少し怖かったけど、──そこからしか一望できない光景を、ちゃんと見る。
地平線。白く粉砂糖のような、果てのないエンドレスな一面。
ふわふわ。ふわふわだなぁ。思わず笑みが零れる。
フレームがひとつ進んだ。
たったの1フレーム。まばたきだった。
はい、もう おしまい。
●○●○●○●○●○●
自分の部屋。暗さに目が慣れて、あまりにものの質感が目の前にあって、ここが現実だという認識をせざるを得ないところ。
寝れなかった。所詮それだけ。差し掛かった夢の光景から、心地良さに浸る間も無く引き剥がされてしまう。
現実時間にして数分くらいだろう。眠くなって、少しだけ幻想が垣間見えて──でも、ふっと醒めるんだ。
まただ。また今日も不眠だ。もう心地よく眠れそうな気配は一切湧いてくることがない。
でも、取り敢えず目を瞑る。する事がないから。ここでスマホなりを弄りだしたらもうほんとうに一睡をできなくなる。
身体のなかにしまい込んでいるぽんちゃんは、あまりにも気持ちよさそうに休止している。
羨ましいよ、と。ぼやいて、
眠ろうとする。
眠ろうとする。
眠ろうとするのに、
眠れないんだ。
やがて、瞼越しの目に微かだけど確かな光量を感じた。半開きにして少し見てみると、カーテンを透かして窓からやわらかい光が差し込みはじめていた。曙の曖昧で滲んだオレンジ色。ああ、随分と希望の無い朝だ。記憶を処理して脳のメモリーをリセットすることなく、昨日のままの考え方や憂鬱をそっくりそのまま今日に引き継いでしまう。
寝ることで人は記憶を整理する。整理がなければ、とっちらかったままの、お片付けの済んでいない子ども部屋のようなカオスが広げっぱなしなだけ。
あーあ...。
反面、夜は希望に満ちていた。暗いけど、『何が待ち受けているんだろう』という期待を抱かせてくれる。ちょうど、宇宙が完全な無から始まったのと同じように。
今はもう、夜明けが来たというのに、感情は絶望だけだ。
どうしようもないよ。どうすればいいんだよ。
どうにでもなれよ。でも明日からはもっとうまく行きますように。明日からというフレーズは言語視野で数えきれないほど反芻したけど、今まで一切報われることはなかった。
結局、寝れた。就寝時間は午前04:30ぐらい。明日もちゃんと学校だ。欠損していても片手で数えきれるだけの時間の塊を寝るだけで、一般生徒として振る舞えるだろうか。
『きゅ、...っるめるん── ッぽぅ〜ん! ! おッ〜はッようっだっぽぅう〜っん!♪!』
午前08:00。
『 ......目覚め心地はどうっっぽっん──?』
「最悪だからあんまし話しかけないで」
〈終滅群〉と向きあうようになってからというものの、ずっとこうだ。