い!
新学期初日恒例の自己紹介と各教科のオリエンテーション。おかげで六時間ずっと授業と言えるような授業はないし、和暉はただ暇を持て余していた。
この学校の出席番号は男女混合で、番号順に並ぶと当然席も男女混合になる。
和暉は廊下から五番目の一番前の席だった。周りは右と後ろが女子。左は男子だ。左側に座っている男子は去年から同じクラスの山内。後ろは確か、兵頭さん。自己紹介の時には、かなりおっとりした雰囲気だった。そして右側の樽水さん。彼女は一際人目を惹く風貌に、去年のミスコン優勝、更には一年次のテストで四回連続学年一位と学校での知名度はかなり高い。先の学級役員決めでは、彼女が推薦されて学級委員長になった。同時に五郭の推しでもある。まったく、恋多き男だ。
帰りのLHRを終えるとすぐに教室を後にする。
昇降口を出ると、四月には些かふさわしくない陽光が目をさした。しかし春らしく日照時間は長い。おかげで、気分がいい。
夢にまで見た一人暮らし。両親がイギリスで暮らすことになり、一人で家に住まわせるのは抵抗があるということで、学校の近くにあるアパートに入ることになった。ムードも何もないが、そんなものは最初から求めていない。要するに大事なのは結果であって、過程ではない。
両親は今朝、イギリスに飛び立った。帰ってくるのは日本のお盆休みや、正月休みくらいということだ。つまり、これからしばらくは自分も自宅に帰らないということで、登校する際には感慨深いものもあった。しかし当然、新生活への期待の方が大きかった。十六年間住んだ家はあっさり切り捨てた。
校門を出ると念のためスマホの地図を開く。目的地はここから徒歩十分程度の距離で、なかなか便利な立地だ。
和暉はナビを再確認すると、気分よく鼻歌交じりに歩き出した。
さよならマイホーム。今いくよニューホーム!
「君が晩翠くんだね?」
「え?」
ニューホーム直前、和暉は怪しげなシルクハットをかぶった男たち――現代の日本には不似合いな――しかしヨーロッパにはいそうな、そんな男たちに声をかけられた。
和暉の身長は170と少しだが、見上げないと顔が見えない。
「確かに晩翠ですけど……」
動揺を隠しきれず尻すぼみになっていく声。
人数は五人。全員黒で統一され、シルクハットをかぶっている。おい、待てよ。これは黒ずくめの男たちの怪しげな取引現場なんじゃ……。いや、取引されそうになってるの俺だ……。
「ちょっとついてきてもらおうか」
黒ずくめの男の中でも一番がたいのいい、明らかにリーダー格の男が口を開いた。
「いやでも……、知らない人について言っちゃだめだよって言われているから……」
そんなの通じるわけがないだろ、と内心、自分に喝を入れながらも術がなく、答えざるを得なかった。同時に側頭部に何か固いものを当てられる。
「ちょっとついてきてもらおうか」
男が再度、口を開いた。どうやら話を聞くつもりはないらしい。あまりの状況に戸惑っていると、ガチャリとハンマースパーを引くような音がした。
「はい」
これしか、答えようがなかった。
ちょっと仕組みがよく分からないんですが、楽しんでいただけたら幸いです。