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忘却

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「う、うーん」



 シーナは、目を覚ますと寝る前に感じていた暖かな感触が消えていることに気付いた。眠たげな瞳をこすりながら上半身のみを起こし、周囲を確認すると、大好きな姉と自分達を救ってくれた青年の姿が無かった。どこいるのか部屋を見回していると、窓の外から風切り音が聞こえてくる。

 シーナは、ベッドから降り、立て付けの悪い窓を開け放ち、宿の庭を見渡した。

 そこに居たのは、剣を振るう青年の姿とそれをバレないように木の陰から見ている姉のカグヤの姿であった。

 カグヤはバレてないように思っているが、青年は当然気付いており、シーナからは丸見えの位置にいるため何ともシュールな絵面であった。



「綺麗...」



 青年の剣を振るう姿に、シーナから思わずそんな言葉が漏れ出した。武術の心得など持ち合わせてはいないが、そんなことは関係なく、青年の流麗な剣捌きはシーナを魅了した。

 それは姉のカグヤも同じであったのだろう。シーナの声が聞こえる位置にいるはずであるのに、反応を示さず、青年の鍛錬を食い入るように見つめていた。

 二人は青年の鍛錬を、片時も目を離すことなく眺め続けた。

 どのくらい時が経ったのだろう。青年が鍛錬を終了すると、二人はハッと意識を取り戻した。



「昨晩は何も食べてないし、何か食べに行こうか」



 青年がそう話しかけると、二人は何も悪いことはしていないのに、何故か慌て始めた。

 その様子が可笑しかったので、青年はクスリと笑った。二人はその微笑みに再び見入ってしまった。出会って短い期間であったが、初めて青年がちゃんと笑った顔を見たからだ。

 まじまじと見つめられて、青年は気恥ずかしくなり誤魔化すように言葉を続けた。



「ほ、ほら、早く支度して、朝食を食べに行こう」



 今度は青年が慌て始めたので、姉妹は可笑しくなり声を上げて笑った。



 適当に定食屋で朝食を済ませ、三人は服を買いに来ていた。青年は、いつまでも二人をみすぼらしい恰好のままにしておきたくなかった。折角の美少女というのもあるが、一番はトラブルの原因になると考えていたからだ。襤褸切ぼろきれ同然の服を美少女が着ているのは余りに扇情的過ぎた。

 二人は言葉では断っていたが、そこは年頃の女の子、視線は店の中にある様々な装飾を施された洋服に向いていた。

 青年は先ほど述べた理由を少女たちに告げて、好きな服を買うように誘導した。

 そこからが長かった。最初は青年も、代わる代わる服を見せに来る二人の相手を真剣にしていたが、終盤になると、虚ろな目をして「似合ってるよ」「いいんじゃないかな」とこの2パターンしか反応を示さなくなった。女の子の買い物は長いと言うけれど、この二人は特に長かったようだ。

 全て決まり、青年が会計を済ませた。金額は金貨10枚という高額であったため、姉妹は諦めようとしたが、青年は何の躊躇もなく全額支払った。姉妹は目を丸くしていたが、青年にとっては端金はしたがねでしかなかった。この世界において、金貨4枚あれば、4人家族が一年間、不自由なく暮らせることを考えれば、姉妹の反応は一般的である。「実はお兄さん、とてもお金持ち?」と白髪の少女が涎を垂らしたとか垂らしてないとか...

 店を出ると日が傾きそうになっていた。今日はこれで終わりかなと青年が思っていると、路地裏から声が聞こえた。

 「助けて」という音が青年の耳に届いた瞬間、青年は姉妹の視界から消えた。姉妹は青年の行方を捜したが、見つからなかったため、声の聞こえた方角に向かった。

 姉妹が着く頃には全てが終わっていた。青年が町娘を暴漢から救い出した後であった。ゴミ山に沈む暴漢を眺めながら、姉妹は青年に近付いた。青年は泣いている町娘を慰めているようであった。

 犯されそうになった恐怖から町娘は泣き止まず、青年も四苦八苦していた。姉妹が近付き、自分たちも青年の手助けをしようとした時、それは起こった。

 先程まであれほど泣きじゃくっていた町娘が泣き止み、「何故自分はこんなところに居るんだ?」といった様子で辺りを見回したのだ。町娘には視界に入っているはずの青年が見えていない様子であった。

 姉妹が不思議に思っている間に、町娘は大通りに戻ろうとするのをカグヤが止めた。



「ちょっと貴方、お礼くらい言ったらどうなの?」


「何の話ですか?」


「何の話って...とぼけんじゃないわよ!貴方、さっきまで、っふぐ...」



 青年がカグヤの口を塞いだ。

 町娘は、頭のおかしな人間に絡まれたとばかりにその場を駆け足で離れた。

 カグヤは必死にもがき、青年の拘束から解き放たれた。



「どういうことよ?」


「どうとは?」


「あんたもとぼけんじゃないわよ!あの町娘のことよ!」


「あれが普通さ。『彼女を助ける』という目的を達成したから彼女は僕を認識できなくなった。ただそれだけのこと」


「認識、できない?」


「そう、これは僕に課せられた罰なんだ。禁忌を犯した僕に神が与えた罰」



 青年は悲し気に表情を歪ませた。

 そこで生まれた疑問をシーナは青年にぶつけた。



「わ、私達はどうなんですか?私達はお兄さんを認識してますよ?」


「君達の願いは、まだ叶っていない。願いを叶える途中だから、君達は僕を認識できている」


「...願いが叶ったら?」


「...僕は君達の記憶から消える」


「そんな!」



 シーナは泣き崩れた。

 青年が俯いていると、頬を平手で叩かれた。ゆっくりと顔を上げると、カグヤが涙を瞳一杯に溜めて、立っていた。



「気に入らないのよ、その顔。その、何もかも諦めたような顔が大嫌い。過去の自分を見ているようで腹が立つのよ。禁忌だとか罰だとか、小難しいことは私には全っ然分からない。でも、その顔だけは私は許さない。生きることを諦めるなと私達に押し付けたあんたが、その顔をするのは絶対に許さないんだから!」



 カグヤは青年の胸を叩きながら、主張した。

 泣いていたシーナも立ち上がり、青年に口を開く。



「ぐすっ、そうですよ、何でお兄さんが諦めているんですか?もしかしたら...」


「僕だってそう思ったさ!――」



 青年は声を荒らげた。



「――僕だってどうにかなるんじゃないかと思って色々試したさ。紙に出来事を書いて見せてみたり、魔法で僕の記憶を見せてみたりもした。でも、ダメなんだ。何をしても僕を思い出そうとしない、いや、思い出せないんだ。これは禁呪の一種なのだろうと調べてみて分かった。解く方法があるのかも分からない...」


「だったら、それが見つかれば...」


「人に忘れられる寂しさを、報われない事の辛さを、君達は分かるかい?あれは心をむしばむんだよ。僕だって一年くらいは何とか希望を持って、解呪の方法を探したさ。でも、この呪いは僕の心を全て壊したのさ。」



 青年は自虐的な笑みを浮かべ、何かを誤魔化すように語り始めた。




 

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