認識の違い
日が暮れる前に町に着いた青年たち一行は、長く歩いたことによる疲労を癒すために宿屋に来ていた。
青年は、受付と思われる恰幅の良い女性に話しかけた。
「一泊したいんですけど、部屋は空いてますか?」
「今日はお客さんがいっぱいでね、一部屋しか空いてないよ。それでもいいかい?」
「分かりました、それでお願いします」
青年がそう答えたことにより、後ろに居た少女達は驚いた表情を浮かべた。青年の性格から鑑みるに、一緒の部屋は断ると思っていたのだ。
青年達は受付の女性に案内されて、部屋へと入った。青年は少女達に振り返り口を開いた。
「それじゃ、僕はこの宿屋の周辺で一夜を過ごすからゆっくり休んでね」
そんな事じゃないかと予想はしていたため、二人して溜め息をこぼした。
青年はその様子を見て勘違いをしたらしく、慌てて口を開いた。
「ごめんね、一人部屋なのに、二人で泊まらせるような真似させて」
「違いますよ、お兄さん」
「違うって何が?」
「何処に、資金提供者で泊まらずに野宿する人がいるんですか?」
「ここにいるけど?」
何がおかしいのか分からないといった様子で、青年は首を傾げた。
見かねたカグヤは溜め息交じりで口を開いた。
「はあ、私達は気にしないから一緒の部屋でいいわよ」
「僕、男だよ?」
「知ってるわよ、見れば分かるじゃない」
「君達は女の子だよね?」
「喧嘩を売ってるのかしら?」
「違う違う!違うから、さっきあげた剣に手をかけるのは止めて」
そう、青年はカグヤに剣を与えていた。カグヤは安物の剣だと思っているが、剣の本当の価値に気付くのはもう少し後のことである。
「とにかく、一緒の部屋に泊まりなさい。お金は、あんたが出しているのだから」
「君達は、もう少し警戒した方がいいんじゃないかな?僕達、今日会ったばかりだよ?」
「もう終わったと思っていた人生なのだから、そんな小さなこと気にしてられないわ」
腰に手を当て、フンと鼻息を漏らしながらカグヤは言い放った。
「私は少なからず、あんたのことを信じているのよ」
カグヤの後ろからそんな声が聞こえた。
カグヤは顔を真っ赤に染めながら、バッと振り向き、後ろに隠れるように居たシーナをつまみ出した。
「何やってるのよ!」
「お姉ちゃんの本音を代弁してあげようと思って」
「私はそんなこと思ってない!」
「またまた~、お姉ちゃんは素直じゃないな~」
「もう寝る!」
そう言ってカグヤは一つしかないベッドに飛び込み、毛布に包まってしまった。
その様子を見て、シーナはクスクスと笑った。
「お姉ちゃん、とても可愛いですよね?」
「程々にしてあげなよ...」
「こうして笑えるのもお兄さんのおかげなのです。ですから、私達はお兄さんを信用しています」
シーナはニッコリと微笑んだ。
「お姉さんの方はそう思ってないって言ってたけど?」
「あれは素直になれないだけです。本当はお兄さんに感謝してるんですよ。妹の私が言うんです、間違いありません」
「そういうことにしておくよ。それより夕食はどうする?」
「今日は疲れちゃったので眠ります。お兄さんは食べてきていいですよ」
「いや、僕も今日は遠慮しておくよ。君達をあまり二人きりにしておきたくない」
青年は二人の心境を心配していたのだ。助かったとはいえ、命の危機に直面したのだ。何が起こってもいいように、今日一日は自分の目の届く範囲に居ようと思っていた。
シーナはそれが分かったので、再びクスクスと笑った。
「お兄さんは優しいですね。その優しさに漬け込んで、一つお願いしてもいいですか?」
「何かな?」
「添い寝、してもらってもいいですか?」
「添い寝...?」
「ダメ、ですか?」
シーナはうるうると瞳を潤ませた。
青年は断ろうと思ったが、よく見るとシーナが震えていることに気付いた。宿の部屋という安心できる場所に着き、ようやく頭の整理が出来て、自分が死にかけたことが恐ろしく思ったのだろう。年齢の割にしっかりしている所のあるシーナだが、それでも年相応の幼さを持っているのだと青年は思った。
「君が眠るまでならいいよ」
「ふふ、本当にお兄さんは優しいですね。そうと決まれば、ささ、早く眠りましょう」
シーナは先ほどまで震えていたのが演技であったかのように元気な様子を取り戻し、青年の手を引いてベッドに誘った。
シーナがカグヤの包まった毛布を剥ぎ取ると、そこには気持ち良さそうに眠るカグヤの姿があった。
「お姉ちゃん、寝入りがすごく良いんですよね」
シーナは微笑ましいものを見るような様子で、姉のカグヤを見つめた。
「お兄さんは真ん中に寝てください」
青年は言われた通りにベッドの真ん中で横になった。
青年が横になると同時にシーナは青年の左腕を取り、そこに自分の頭を寝かせた。
「へへ、お兄さんの匂いがします」
「ちょっと、いくらなんでも...」
「お願い、します、今日だけでいいので...」
歩き疲れたのか、シーナもすぐに寝入ってしまった。青年は役目を果たしたとばかりに、自分の右腕と枕を入れ替えようとすると、右腕に柔らかい感触を感じた。
カグヤが青年の右腕を抱き枕代わりにしていた。これで青年は身動きが出来なくなってしまった。青年は諦めてそのまま眠ることにした。
「助けてくれてありがとう」
遠くなっていく意識の中で、青年はそんな言葉を聞いたような気がした。
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