自己紹介
「君たちはどうなりたい?」
青年のその一言で二人は思い悩む。青年は二人の少女の面倒を見る上で、二人の希望を聞くことにしたことから発せられた質問であった。しばらく無言で考え込む二人を青年は見守る。すると白髪の少女は口を開く。
「お兄さん、私たちにお勧めできる選択肢はありますか?」
「自分たちで選ばないの?」
「私たちは奴隷でした。そのため、私たちはどんな選択肢があるのか知りません。」
「僕が提案したら、その選択肢を選びたくならない?」
「選びたくなるでしょうね。」
「だったら...」
「それでも知りたいのです。お兄さんから見て、私たちは何を目指すべきだと思いますか?」
「本当なら自分で選んで欲しいんだけどな。大抵は何とかなると思うし。」
「お兄さんのその自信はどこから出てくるのですか?」
「ただの事実だよ...まあ、参考までに僕の意見を言わせてもらうとお姉ちゃんの方は『剣』妹ちゃんの方は『魔法』に適性がありそうかな。」
「お姉ちゃんが『剣』で私が『魔法』ですか?」
「あくまで僕個人の見解だからね、参考程度にしてね。」
ここで黙っていた黒髪の少女が口を開いた。
「『剣』ってどういうこと?」
「僕は君が『剣』を上手く使えそうな体だと思ったから『剣』に適性があるって言ったんだ。」
「体ってどこ見てんのよ、変態。」
黒髪の少女は自分の体を隠すように抱きしめた。
「お姉ちゃん、私たちがお兄さんに意見を求めたんだから文句言わない!」
「...分かったわよ。」
黒髪の少女は怒られてしょぼくれてしまった。
「お兄さん、お姉ちゃんがごめんなさい。」
「僕は気にしてないからいいよ。それより不快にさせたのなら謝るよ、ごめん。」
青年は黒髪の少女に頭を下げた。
青年の態度に黒髪の少女は戸惑ってしまう。
その様子を見ていた白髪の少女は溜め息を吐きつつ、仲裁に入る。
「はいはーい、お兄さんが謝ってるんだからお姉ちゃんも謝って。」
「なんで私が...」
「失礼な態度をとったんだからお姉ちゃんも謝るの!」
「はい...」
力関係は妹の方が上らしい。
黒髪の少女はしぶしぶといった様子で口を開く。
「悪かったわね。」
「君の態度はもっともだったから気にしてない。むしろ今までの君たちの生活を考えれば、他人を警戒するのは当然なのに無神経だった。本当に悪かった。」
再び青年は頭を下げた。
「や、やめてよ、男がそんな簡単に頭を下げるんじゃないわよ。」
「悪いと思ったら謝らないと気が済まない性質なんだ。」
「分かったからこれでこの話は終わり!」
黒髪の少女から話を切り上げた。
「ふふ、お姉ちゃんったら可愛い。お兄さんもそう思いません?」
「そうだね、いつもこうなのかい?」
「お姉ちゃんは追い込まれるとああやって誤魔化すんです。それが可愛くて可愛くて...」
「そ、そうなんだ...」
恍惚の表情を浮かべる白髪の少女に青年は引いてしまった。青年はこの妹が姉を追い込んで楽しんでいるのではないかと思ってしまったからだ。またしても白髪の少女の黒い部分が見えたような気がした青年であった。
「そういえば、私は『魔法』が合ってるんですか?」
白髪の少女は思い出したような様子で青年に話しかけた。
「君の場合は魔力が普通の人より多いから『魔法』が合ってると思ったんだ。」
「私、『魔法』使ったことないんですけど?」
「大丈夫、魔力があれば誰でも使えるようになるから。」
「わあ、魔法使いとか憧れだったんですよ!」
白髪の少女は幼い子供のように瞳を輝かせた。自分にもこういう時期があったなと青年は思い出しながら微笑んだ。同時に青年の顔に影が差す。二人の少女はそれに気が付かなかった。青年は表情を戻し、二人の少女に話しかけた。
「それじゃ、君たちの育成方針はそういうことにして近くの町まで行こうか。」
青年が自分の荷物を持って歩き出そうとすると白髪の少女が呼び止めた。
「お兄さん、大事なことを聞いていません。」
「大事なこと?」
「名前ですよ、名前。私たち、お互いの名前を知りません。」
「ああ、そうか...」
再び青年の表情に影が差す。流石にそれには気付いた二人は訝し気に青年を見た。
「何か不都合があるのですか?」
「少しね。」
「よく分かりませんが、私たちから自己紹介しますね。では私から名前はシーナと言います。苗字はありません。これからよろしくお願いします。」
白髪の少女改めシーナはぺこりと可愛らしくお辞儀をした。続いて黒髪の少女が口を開く。
「カグヤよ、一応よろしく頼むわ。」
黒髪の少女改めカグヤは胸の前で腕を組んで威圧するように言い放った。
「さあ次はお兄さんの番ですよ。」
シーナは青年に自己紹介するように促した。青年はシーナの期待するような眼差しに居心地悪そうにしながらも口を開いた。
「僕は...一応、冒険者という職業に分類されるかな。」
青年はそう言ったっきり話さないので、カグヤはイライラした様子で青年に話しかける。
「名前はどうしたのよ?」
カグヤのその言葉を聞いた青年は悲し気に表情を変えた。カグヤは青年の表情に気付き、うろたえながら尋ねる。
「な、なによ、名前を聞いただけじゃない...」
「別に君が悪いわけじゃない、これはしょうがない事なんだ。」
「どういうことよ?」
「君は僕の名前が分からないんだよね?」
「当たり前じゃない、言ってないんだから。」
「僕はちゃんと言ったんだよ。」
「はあ!?私は聞いてないわよ。シーナはどう?」
カグヤに尋ねられたシーナは答える。
「私もお姉ちゃんと同じく聞き取れませんでした...」
シーナは申し訳なさそうな顔を青年に向けた。
「いや、それが普通なんだ。」
「どういうことですか?」
「悪いけど、それは教えられない。――」
青年はきっぱりと拒絶の意志を示した。
青年がこの件について話すつもりがないことが分かり、姉妹は疑問に思うことを胸にしまった。この話題の追及は益をもたらさないと思ったからだ。
「――別に名前はどうでもいいんじゃないかな?呼び方は君たちに任せるよ。そろそろ出発しないと日が暮れる。」
青年はそう言って歩き出した。
姉妹の瞳に映る青年の背中は、このまま消えてしまいそうな儚さを醸し出していた。
数秒の間二人でその背中を呆然と眺め、慌てて青年の後を追うのであった。
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