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boy meets girls


 影が薄いわけではない、むしろ有り過ぎるほどに存在感がある。なのに誰も自分を覚えてない。

 ある老人を暴漢から救った、その老人が助けを求めたからだ。しかし老人は忘れてしまう、命を救われたという事実を残して。

 ある少女の願いを叶えた、病に苦しむ母を治してほしいと頼むからだ。しかし少女と母親は忘れてしまう、病を治したという事実のみを残して。

 ある少年を弟子にした、守れる力が欲しいと少年が主張したからだ。少年を強くした、自分には到底敵わないが守れるだけの力を与えた。しかし少年は忘れてしまう、力を得たという事実を残して。


 誰もその青年を思い出せない、否、思い出そうとしない。その与えられた事実自体どうやって手に入れたのか思い出すことが出来ないのだから。

 当然、誰も疑問に思わない。人に「どうやって心臓を動かしているのか?」と聞くようなものなのだ。

 しかし、その青年は願いを叶える。報われないと知っていても、皆が自分を忘れてしまうと分かっていても、青年はやめない。それが唯一自分にできることだと分かっているからだ。自分のことを認知できなくても、その人が救われたという事実が残るだけで青年は救われた。結局は自分を救うために行動しているだけなのかもしれない。それでも良かった、自分を必要としてくれるだけで自分の存在理由が確かめられるからだ。





 青年は一人で旅をしている。寂しくないと答えれば嘘になるが、それは仕方のないことだ。誰も自分を記憶という情報として脳に留めておくことが出来ないのだから。そう自分に言い訳して寂しさを誤魔化す。それが何の益ももたらさないと知っていても。


 青年は道中で少女が二人倒れているのを発見した。青年は風のような速さで駆け寄る。ひどい有様だった。二人ともガリガリにやせ細っており、骨と皮だけで体が構築されているように感じた。青年は首に手を当て脈を診る。辛うじて生きているようだ。青年は声を掛ける。



「生きたい、それとも死にたい?」



 その問いかけに二人の少女は異なった反応を示す。

 一人のくすんだ黒髪を持つ少女は強い視線で青年を見つめる。声が出ないのか、視線で訴えかけようとしているようだ。『生きたい』と。

 もう一人のくすんだ白髪の少女は諦めたような弱い視線で青年を見つめる。黒髪の少女と同様に視線で伝えようとしているのだ。『死にたい』と。

 その反応を見た青年は行動に移す。黒髪の少女に向かって手をかざした。青年の手が光り出す。すると、黒髪の少女の髪に色や艶が現れる。肉が付き、生気がその身に宿る。先ほどとは比べものにならないような美少女がそこにいた。

 黒髪の少女は自分の変化に驚いている様子で絶句していた。

 青年はその様子を見て振り返り、白髪の少女に手をかざす。



「待って、その子を殺さないで!」



 黒髪の少女の制止する声に反応を示すことなく青年は行動する。青年の手が光り出す。その光に耐えきれず、黒髪の少女は自分の手で目を覆い隠す。やがて光が収まる。



「どうして殺したのよ!?あの子は私の...」



 黒髪の少女は泣き崩れる。この世に絶望したかのような大声で泣いた。手を血が出るほどに地面に叩きつけながら。

 青年はその様子を何も言うことなく眺め続けた。

 黒髪の少女は口を開く。



「私を殺して、もう生きててもしょうがない。」


「どうして?」


「あの子を守るために私は生きてきたの、あの子がいないのなら私は生きてる意味が無い。」


「なぜ?」


「妹を守るのは姉として当然でしょ!?」


「妹?」


「そうよ、あんたが殺したのは私の妹。両親でさえ侮蔑の視線を向けてくる忌み子の私を慕い続けてくれた大切な妹なのよ。」


「だから?」


「私を殺して、あんた凄い魔法使いなんでしょ?」



 黒髪の少女は引きつった笑みで青年に願う。先ほど見せた強い意志を持った瞳は諦めた色を映していた。

 青年は黙り込む。

 その反応に黒髪の少女は激昂する。



「もういいわ、腰に下げてる剣を貸しなさい。」



 黒髪の少女は青年に近付いていく。しかし、最初は踏みしめるような強い足取りだったが、青年に近付くにつれて弱々しい足取りとなり、青年の目の前で立ち止まった。



「どうしたの?」



 青年が問いかけるが、黒髪の少女は俯いたままである。青年は黒髪の少女の顔を覗き込む。青年が見たのは涙を瞳に溜め込んだ黒髪の少女の姿だった。拳を握り何かに耐えるように震えていた。青年は問いかける。



「どうしたいの?」



 先程の問いに一文字加えた問いを青年は黒髪の少女に投げかけた。まるで黒髪の少女が思っていることを見透かすように。

 黒髪の少女は口を開くが声に出ない。青年は黙って黒髪の少女が伝えたいことを待つ。



「...生きたい。」



 振り絞るように黒髪の少女は自分の願いを声に出した。その回答を聞いた青年は黒髪の少女に背を向けて問いかける。



「さて、君はどうしたい?」



 その声に黒髪の少女はパッと顔を上げる。青年は自分に対して問いを投げかけてはいなかった。では誰に?僅かに見えた可能性に、恐る恐る青年の問いの先に視線を向ける。溜め込んでいた涙が零れる。昔見た愛らしさを取り戻した姿に安堵する。思わず駆け寄ろうとするが、青年に止められる。



「放しなさいよ!」


「駄目だよ。」



 黒髪の少女は死の予感に体が震えた。自分の命はここで終わりだと本気で思った。自分はとんでもない化物に腕を掴まれているのではないか?そう思うくらいに青年の有無を言わせない態度に恐怖を感じた。



「僕は彼女の願いを聞いている。そこに君の介入する余地はない。」



 黒髪の少女は再び声が出なくなった。原因は分かってる。青年が魔法を行使したからだ。このままではせっかく見えた希望が潰えてしまうかもしれない。そう思い必死に足掻くが、青年の手はしっかりと自分を掴んで離さない。



「もう一度聞こう。君は死にたいのかい?」



 青年は黒髪の少女の抵抗をものともせず、白髪の少女に問いかける。問いかけられた白髪の少女は口を開く。



「取り敢えず、お姉ちゃんを離してもらえませんか?」



 青年は手を離す。黒髪の少女が金髪の少女に駆け寄るが見えない壁に阻まれる。



「何よこれ!?」


「私が頼んで張ってもらったの。」


「どうしてそんなことするのよ!?」


「お姉ちゃんに私の話を聞いてもらいたくて。」


「何?」


「お姉ちゃんは私に救われたって言ってたけど、本当は私がお姉ちゃんに救われてたの。いつも鈍臭い私を気に掛けてお姉ちゃんはすぐに振り向いてしまう。それが申し訳なく思うこともあったけど、やっぱり嬉しかった。でも、奴隷になってからはそれが辛くて辛くてしょうがなかった。お姉ちゃんは私の仕事まで引き受けて自分の体をかえりみない。私は傷ついていくお姉ちゃんを見るのが辛かった。私の存在がお姉ちゃんを傷つけてるんだって自殺しようとした。」


「そんな!」


「でも出来なかった、奴隷は自分で命を絶つことを出来ない魔法が掛けられているから。私は絶望した。私が生きている限りお姉ちゃんを傷つけ続ける。その事実にどうしようもなく後悔したの。奴隷になる前に死んでおけば、自分なんか生まれてこなければ良かったってね。」


「そんなことは絶対ない!あなたは私の生きる意味なんだから。」


「それはお姉ちゃんを見てれば分かるよ。でも、私はお姉ちゃんが傷つく姿を見ていられなかった。でも、チャンスが巡ってきた。そこにいるお兄さんが捨てられた私たちの前に現れた。お兄さんは私たちに聞いたよね「生きたい、それとも死にたい?」って。私にはその問いが天啓のように聞こえたの。やっとお姉ちゃんを解放できる。そう思ってお兄さんに視線で「死にたい」って伝えたんだけどなぁ。――」



 そう言って白髪の少女は青年にジト目を向ける。青年は気まずそうに視線を逸らす。



「――私の願いは「死にたい」って言うよりもお姉ちゃんを私という枷から解放したいの。だからお兄さん、責任・・とってくださいね。」


「「へっ!?」」



 黒髪の少女と青年は素っ頓狂な声を上げた。黒髪の少女はわなわなと震えだして、鬼の形相で青年の方に振り向いた。



「あんた、私の大事な妹に何したのよ?」


「僕は元の体に戻しただけで何もしてないけど?」


「それじゃ責任ってどういうことよ?」


「僕にもさっぱり分からないんだけど!?」



 二人のやり取りを眺めていた白髪の少女は堪え切れずに笑い出した。



「ふふ、期待通りの反応ありがとうございます、お兄さん。私が願うのはお姉ちゃんを解放すること。つまり、お姉ちゃんに頼らなくてもいいようになりたいんです。」


「それはいいけど具体的には?」


「そうですね、お兄さんは何をしている最中なんですか?」


「何って旅をしているだけなんだけど?」


「わあ、カッコいいですね。自分探しの旅ってやつですか?」


「なんか馬鹿にしてない?」


「そんなことないですよ、お兄さん。」



 ニコニコと愛らしい笑顔で白髪の少女は笑うが、青年には白髪の少女の腹黒さが垣間見えたような気がした。



「それで僕は君に何をすればいいのかな?」


「そうですね、私達姉妹ををお兄さんの旅のお供にしてください。」


「何故か聞いても?」


「お兄さんに付いていけば、私の願いが叶うような気がするんです。」


「別に僕の旅に同行しなくても、自分を高めたいという君の願いを叶えることは出来るよ?」


「わぁ、凄い自信だー。どこからそんな自信が出てくるのか分かりませんがそれでは駄目です。お兄さんの旅の邪魔をしてしまいます。」


「別にいいよ、目的がある旅じゃないし。」


「もしかしてお兄さん、仕事もせずにふらふらしてるダメな大人ですか?」



 白髪の少女と黒髪の少女はジト目を青年に向ける。



「そうかもね、僕はダメな人間だ。」



 悲し気な青年の表情に白髪の少女は自分が地雷を踏んだのだと気付いた。そこで慌ててフォローを入れる。



「私はダメな人好きですよ、守ってあげたくなっちゃいます。」


「私もよ、ダメな人には目が無いの。」



 フォローが下手くそな姉に、内心ひやひやな妹であった。



「別に慰めてくれなくていいよ、僕がダメな人間だというのは事実だからさ。」


「しかし...」


「それより君の願いをどうするかだ、お姉ちゃんの方はどうなんだい?」



 青年は黒髪の少女に問いかける。



「私はあなたに付いていくことに賛成よ。理由は私たちに頼る人がいないから。」


「なるほどね、とても合理的な判断だ。」


「私は生きるためなら何でもするわ、だから私たちをあなたの旅に連れてってちょうだい。」



 黒髪の少女は青年に頭を下げる。気の強そうな黒髪の少女だが、目的を達成するためには手段を選ばないタイプのようだ。



「別に頭を下げなくても、それが君の願いなら僕は最大限協力するよ。」


「頭を下げるのは最低限の道理だと思ってるからやってるの、私はあいつらとは違うから。」



 黒髪の少女の瞳に狂気が満ちる。どうやら過去に何かあったらしい。青年は問い質す気は全くなかった。



「分かったよ、君たちの願いは『自分たちで生きられるようになるまで面倒を見て欲しい』と僕は解釈するよ。これからよろしく。」



 ニッコリと青年は笑う。

 しかし、内心では、いつも通り彼女たちも自分を忘れてしまうのだろうなと諦めていた。この出会いが青年の人生を変えるとも知らず。


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