ある殺し屋の独白
俺は殺し屋。
相応の報酬さえもらえるならば、どんな理由、どんな対象であろうと、依頼人のために仕事をこなす。
非合法組織の幹部を敵対組織の依頼で始末することはいうに及ばず、依頼主が疎ましく思い始めた愛人を代わりに葬り去ることもよくある話だし、某国の諜報機関や政治家の代理人から、自他国問わず政敵の暗殺を頼まれることなんて日常茶飯事だ。更には、某王室の関係者の依頼で、生まれたばかりの王子とその母親を手にかけたことすらある。
血も涙もない外道、と人は言うかもしれない。
しかし、怨恨、嫉妬、金、地位、名誉、あるいは正義感……、どんな理由であれ、いつの世にも誰かを殺したいと欲する人々がいる。故に、俺たち殺し屋は存在する。需要と供給の関係。つまりビジネスであり、ここに倫理や感情など入り込む余地があるだろうか? 例えば、コンペに勝った会社が負けた会社のことを慮るだろうか? 相手は仕事が取れなかったせいで潰れるかも知れないというのに。だから、プロである俺はたとえ赤子に対しても銃口を向けることに躊躇いはない。まるで工場の製造機械のように淡々と依頼された仕事を片付けていく。
そんな仕事に忠実な俺を依頼主たちも高く買ってくれ、この業界ではそこそこ名が知れるようになっていた。俺はこの殺し屋という仕事を辛いとも楽しいとも思ったことはないが、仕事を認められることに悪い気分はしなかった。
ある時、一つの仕事を受けた。
依頼主は世界的にも有名なある大企業の幹部、対象はその企業グループの会長で依頼主の叔父にあたる。資産をめぐる身内による骨肉の争い、聞き飽きた話だ。感慨など全くなく、いつもと変わらない仕事だと思った。
ところがどこで漏れたのだろう、自身の暗殺計画に気づいた会長は、目には目を、と言うべきか、殺し屋のボディーガードを雇ったのだ。そいつは『ブラック』と呼ばれているようだが、聞いたことがない名前だった。まだ駆け出しなのだろう。
ボディーガードの件が伝えられ、依頼主は何度も不安を口にしたが、俺は変わらず淡々と準備を進めた。いかなる困難が待ち受けていようと仕事を遂行する、それがプロというものだ。
そして決行の日、首尾よく対象の屋敷に忍び込んだものの、俺の行動を予期していた『ブラック』が待ち伏せしていた。
俺と『ブラック』の決闘が始まった。
これまでも俺は何度か同業者とやりあったことはあったが、相手はいずれも未熟ですぐに決着がついた。ところが今回は勝手が違った。
それはまさに激闘と言えるものだった。相手の裏をかき、追い詰めたと思ったら、逆に追い詰められ、間一髪逃げ出す……、これの繰り返しだった。
しかし時間が経つにつれ、形勢は俺が不利になりつつあった。
相手が無名の殺し屋ということで、舐めていたわけではない、何時でも、誰でも全力を尽くす。それが俺の信条だ。だが、中庭の茂みに身を潜める俺は、息を切らせ、手の痺れでうまく銃に弾を込められないのに対して、『ブラック』は未だ猿のように俊敏に屋敷を駆け回り、息をひそめ、闇の中から俺を狙っている。
俺の脳裏に「失敗」の二文字がよぎった。もちろんこれは職業人としても生物としても死を意味する。
しかし不思議と絶望も恐怖も感じなかった。それどころか、追い詰められ、身体中は痛みで悲鳴をあげているというのに、気分はこの上なく高揚していた。殺し屋家業を始めて以来、こんな熱い気持ちになれたのは初めてだ。死力を尽くして戦えることがこんなに楽しいことだとは思わなかった。俺の中にこんな情念が残っていたとは俺自身が驚いていた。
昔、西部劇を見て、どうして連中は正面からフェアな決闘を挑むのか、俺には理解できなかった。任務遂行を優先するのなら、早撃ちなど競わず騙し討ちにする方が手っ取り早い、と思っていた。だが俺の考えは間違っていた。保安官もならず者も、任務など二の次で、決闘そのものを楽しんでいたのだ。生と死のはざまに身を置き、己の持てる力のすべてを相手にぶつける快感。それをようやく俺は理解したのだ。
そしてこの気持ちは『ブラック』も同じだろう。言葉を交わさなくても、あいつの影を見ていればわかる。『ブラック』も俺と同じ人種だ。この死闘に激しく興奮しているに違いない。
この素晴らしい時間にいつまでも浸っていたかった。
しかし、勝負にせよ任務にせよ、決着はつけなければならない。
俺は最後の力を振り絞って茂みを飛び出した。そして『ブラック』をあと一歩というところまで追い詰めたが、力尽きてしまった。
床に倒れ、身動きが取れない俺のところへ、暗闇からゆっくりと『ブラック』が姿を現した。初めて俺は決闘相手の顔を見た。思ったよりも若い男だった。
『ブラック』はしばらく無言で俺の顔をのぞいていたが、やがて銃口を俺に向けた。
無味乾燥な人生において、最後の最後にライバルに出会え、胸高まる戦いができたのだ。悔いはない。
薄れゆく意識の中、俺は最後の力を振り絞って、口を開いた。
「先に、地獄で待ってるぜ」
実は一度言ってみたかったんだよな、この台詞……。
気づくとそこは、いわゆるあの世というやつだった。
大勢の死人が列をなして、天国行きか地獄行きの審判を受けていた。俺も列に並ばされ、冥府の主によって裁定が下された。
もちろん地獄行きだ。
それから、文字通りの地獄の責め苦が始まった。灼熱の釜に突き落とされ、極寒の氷山に置き去りにされ、針の道を歩かされた。それらはとても言葉では言い表せないほど惨めで苦痛に満ちたものだった。罪人が心の底から後悔し、犯した罪に釣り合うまで続けられるという。
周りには俺と同じように責めを受ける大勢の亡者たちがいた。かつて俺に依頼をした者、俺に始末された者もいた。彼らは泣いて絶え間なく懺悔の言葉を口にしていた。
しかし、俺は黙ってこの責めを耐え抜いた。
その理由の一つは、俺は俺の仕事が悪だと思っていない、ということだ。拷問ごときで信念を曲げるほど俺の性根は脆弱ではない。そしてもう一つ、あいつ……、お互い終生のライバルとして認め合った『ブラック』との約束を果たすためだ。必ずや地獄で再会を果たし、奴に再戦を挑み、今度こそ勝利してみせる。
それからどのくらいの年月が経っただろう、かつての依頼者どもが軒並み罪を赦され転生していく中、俺は冥府の主も呆れるほど地獄に居座り続けてやった。
そして、とうとうあいつが現れた。
今や俺の中で伝説となった死闘の時より、だいぶ老け込んだ様子だったが、それでも『ブラック』だということは一目でわかった。
俺は地獄の獄卒に連行される『ブラック』に駆け寄り、言ってやった。
「再び出会ったな、俺のライバルよ」
すると『ブラック』は驚いた様子で、
「お前、誰だ?」
と返してきた。そして、「俺が悪かった、謝るから痛いのは止めてくれ!」と泣き叫びながら、獄卒によって引っ立てられていった。
ゴルゴ13のようなフリーランスの殺し屋なんて本当にいるのかしら?




