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時計のない島  作者: GALA
9/18

(9)バカヤロー!

 私より先に宿舎に戻ったサクラちゃんは、散歩に行く、と出て行ったと聞き野暮かなとは思いつつその辺を探した。もしかしたら隆志さんといるのかもしれないけれど、せめて所在だけでも確認しておきたかった。

 人通りがないということは安全なようであり危険でもある。最初に温泉を覗いてみたが、誰もいなかった。足早に海岸沿いを歩く。役場の前を通り、港に行っても見当たらなかった。反対方向だったのかもしれない……とぼとぼと戻る途中、前からもそもそと歩く小さな人影……子供? いや、妖怪……まさか。


「こんばんはー、あれ、あんたは」

「あっ、こんばんは」

 温泉の前で会ったあばあちゃんだった。黒っぽい服を着ていて夜なのに帽子をかぶって、草履をズルズルひきずってくるもんだから一瞬ドキッとした。


「こんな暗い中をー、若い娘さんが歩きまわったらいかん」

「友達を探してて……見ませんでしたか、肩より少し長い髪で、派手なピンクのTシャツを着てて」

「さあ……今頃は『ぼんじぇんさん』に連れさらわるっでー」

「ぼんじぇんさん?」

「盆になる前になー、悪いことして死んだ魂がなあ、自分が戻られんもんじゃけ若い娘を生贄にして、海の神さんに捧げて盆に帰してもらうんよ。海の中から、こうニュウっと手を出して引き込むんじゃあ」

「ひぃっ」

 両手をずいっと突き出して、ニヤッと笑うおばあちゃんも怖いし!

「はっはっは、心配せんでもここ33年の間悪いことして死んだんはおらん。ほれ、もう月が落ちる。はよお帰り」

「はい、ありがとうございます」

 そしてまた草履を引きずりながらもそもそと歩いて行くおばあちゃんを見送り、ああ、ぼんじぇん、って「盆前」ってことかな、などとブツブツ言いながら進んだ。


 一度宿舎に寄ってサクラちゃんが戻っていないか確認した。あんたも苦労するねえ、と眠たそうなマユミさんに同情されつつまた外に出て、今度は役所と反対方向へ歩く。10分ほど歩くと民家が数件建っている所に港があり、そこの埠頭に膝を抱えてひとり座っているサクラちゃんを見つけた。


「サクラちゃん」

「……ミドリちゃん」

 近付くと、頬が濡れていてさっきまで泣いていたのがわかった。

「どした?」

 私とは目を合わせようとせず、じっと海面をみつめている。理由など、この私が聞くべきじゃない……このままそっとしておいた方がいいのかもしれないけど。


「皆心配してるから。そろそろ、帰ろう?」

「振られちゃった、も同然だよね」

「……」

「まあね、そんな気はしてたんだ。信じたくないから気付かないふりしてただけ。私とミドリちゃんじゃあね……タイプ全然違うもん、無理だよね」


 サクラちゃんはぴょこん、と立ち上がった。ちょっと我儘な所もあるし男性の前で声のトーンが上がる所はいただけないけど、女子から見たって断然サクラちゃんの方がカワイイのに。女子力半端ないし細いのに胸はおっきいし、色も白いのに。まつ毛だって長いしネイルもいつもきれいにしてて、時々作ってきてくれるスイーツは美味し過ぎてダイエットの敵だし。スクールの学科の時だって私はいつもシャーペンと消しゴムと蛍光ペンをペンケースにすら入れず持ってくるのに、サクラちゃんはかわいいペンケースにたくさんの色ペンを持ってきて、嫌な顔一つせず貸してくれるのに。マスキングテープを集めるのが趣味で、私がプレゼントしたテープをもう既に持っていたらしいけど、すっごく喜んでくれる子なのに。ピンクが似合うのに。笑うとえくぼが可愛いのに。


 そして亡くなったお父さんにここの海を見せたいから、ってカメラを持ってくる優しい子なのに。


「ちょっとやだ、なんでミドリちゃんが泣いてるの」

「あたっ……私が男だったら、絶対サクラちゃんを彼女に、するっ」

「もう、何言ってんの」

「だってサクラちゃん可愛いもん……私なんかより、ずっと女の子らしくて優しいのに」

「やめてよ、余計傷つくし」

「ごっ、ごめ……」


「そうだよねえ、私だって一生懸命努力してんのになぁ。なんでミドリちゃん? 悔しい。めっちゃ悔しい」

 サクラちゃんは、足元にあった小石を拾ってえいっ、と海に投げた。その仕草ですら可愛い。


「……」

「……しょうがないかあ……私だって、ミドリちゃんが男だったら隆志さんよりミドリちゃん選ぶし」

「えっ」

「私が男だったら、私みたいなのよりミドリちゃん選ぶもん」

「なっ、おかしいよ、そんなの」

「ふふっ、おかしくないよ。私、ミドリちゃん大好きだもん。ごめんね、色々気遣わせちゃって」

「そんな」

 ゆっくりと歩き始めたサクラちゃんの後を追う。薄暗い月明りはお互いの表情を見えにくくしてくれる。


「いいもん、私モテるから。すぐに彼氏できるもん」

「そう、そうだよね」

「やだ、真面目に返さんでよ。そこはツッコミどころやん? 私、女子に嫌われやすいからさ。ミドリちゃんみたいな友達ができてほんとに嬉しいんだよ」

 ほんの少し、胸が痛んだ。ちょっとでも苦手だな、と思った少し前の自分を殴りたい。


「もし隆志さんの恋人になれてたとしても、ミドリちゃんとももっと遊びたいし」

「うん、もちろん……その……逆に、私……」

「あっ、もちろん大丈夫、隆志さんの事でミドリちゃんを嫌いになったりは……うん、悔しいけど。めっちゃ悔しいけど、隆志さん見る目あるなあ、さすが私が好きになった人! って思う呪いを自分にかけたから大丈夫!」

「呪いって」

「ふふっ、自分にだよ。いいじゃん、それくらい」


 サクラちゃんは私を振り返り、ちょっとスキップするみたいに後ろ向きに歩いた。くそっ、何度も言うけどこんなにカワイイのに。

「告白してもないのに振られるなんて、人生初なんだからね!」

「隆志さんのこと、諦めるの?」

「……ミドリちゃんさあ、自分の好きな人から、あっちに振られたからじゃあ次君と付き合うよ、って言われて嬉しい?」

「いや、嬉しくない」

「これから自然に好きになってもらえる事も、もしかしたらあるかもしれないけどさ。全然違うタイプの女の子好きになるような男を振り向かせるまでの労力が惜しい。そんな暇があったら次を探すよ」

「へぇ……うん、私もそうかも」

「でしょ。ふふっ、泣いたらスッキリしたし。海に向かって叫んだし、バカヤローって」

「あははっ、古典的」


 宿舎に戻る頃には、二人の涙も乾いてちゃんと目を見て笑えるようになっていた。私はただ巻き込まれただけ、と言えないこともないけれど、サクラちゃんに対して今まで持っていたような苦手意識はなくなっただけでも、よかったと思うんだ。


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