(2)女子力?
「翠莉ちゃん、天文台行くよね?」
ここは、星が綺麗に見えることで有名だ。月も丁度半月位、今日は雲もかかっていないので、是非天文台へお越し下さい、とアナウンスがあった。正直、まだフェリーの揺れが頭に残ってるからさっさとお風呂に入って寝たいんだけどな……私が断ったら隆志さんと二人で行くかな?
「えー、ここで梶さんと待ってるよ。隆志さん、サクラちゃんと行ってあげてよ」
「え、僕も行くよ」
馬鹿か、このオヤジは。ほんっと気が利かないんだから。
「えー、梶さん、語り合いましょうよ」
「えー、僕もお星様見たいもーん」
いい歳したオッサンが何小学生みたいな事言ってんだ。仕方ない、せめて一緒に行ってこのオヤジが二人の邪魔しないようにしてやるか。
「わかりましたよ、じゃあ私も行きます」
「なに、ちょっとヤダ、翠莉ちゃん僕に気があるの」
「ヤダってなんだよ! 願い下げじゃ!」
さすがにもう辛抱たまらん、オヤジの尻にキックを見舞った。まあまあ、皆で仲良く行きましょう、と隆志さんになだめられる。
サクラちゃん、その笑い方さあ……や、まあいいや。ごめん、ほんとのこと言ったら私、サクラちゃんみたいな子苦手なんだよな。隆志さんの事好きなのわかる、でもその微妙に首かしげて声もワントーン上げて、キャハハ、みたいなのって……いや、ごめん、私が悪かった。うん、性格悪いよミドリ。応援するって約束したじゃん。
天文台へはここから徒歩で15分ほど、緩やかな坂を上がった崖の上に建っていた。ちょっとした岬になっていて、周りには何もない、その向こうは太平洋が広がっている。夜なので海は見えないが、肉眼で見てもその空に広がる星は福岡の何倍、いや何百倍もありそうだ。
つい、口をあんぐり開けて空を見上げる。
「すごい……」
そう呟いた途端、三半規管に残っていたフェリーの揺れが身体を後ろに引き倒しよろけた。
「おっと、危ない……大丈夫?」
サクラちゃんと後ろを歩いていた隆志さんが、とっさに肩を抱いて受け止めてくれた。
「わー、ごめんなさい! 大丈夫大丈夫! ちょっとよろけただけ」
後ろ振り向くのコワい! サクラちゃん一応笑ってるけど、笑ってるけども! わざとじゃないし!
天文台に来た人はそう多くはなく、順番に望遠鏡を覗き込んでは歓声を上げたり携帯のカメラレンズを押し当てて撮影したりして、楽しんでいた。私は綺麗だな、とは思うけどさほど興味はなく飾られたパネルをぼんやりと眺めていた。梶さんは一人で興奮して職員さんを質問攻めにしていたけれど、職員さんもそこまで突っ込んで聞かれることは嬉しいらしくオヤジ二人で盛り上がっていた。
「ははっ、梶さんほんっと星好きなんやな」
「隆志さんは星好き?」
「普通。まあ、綺麗やなあ、とは思うけど」
「なんだぁ、そうなんだ。ごめんね、無理に付き合わせちゃって」
ふーん、隆志さんも別に興味はないのか。それなら梶さんとサクラちゃんで来ればよかったんじゃない……いやいや、そうじゃない、そういうことじゃない。帰りはちょっと二人から離れて歩こうっと。
まだまだ食い下がりそうな梶さんの襟首をひっつかんで天文台を出た。
サクラちゃんと隆志さんから徐々に距離を置いてゆっくり目に歩くが、梶さんは察しないので、Tシャツの袖を引いた。
「ちょっと、ゆっくり歩こうよ」
するとこのオヤジ、何を勘違いしたのかゴホッ、と咳払いをして挙動不審になった。
「み、翠莉ちゃん、もしかして僕のこと……いや、悪いけど、その気持ちには今は応えられないっ」
「違いますっ! 勘違いしないでよこのボケオヤジ!」
「ボッ」
「サクラちゃんに頼まれてるんです、この3日で隆志さんオトしたいから協力して、って!」
「……なぁーんだ……そういうこと……」
「あからさまにがっかりしない! いい加減諦めてくださいよ、彼女の事は」
「わかってるけどさぁ」
「私がいるじゃん!」
「えー」
「えー、じゃない! じと目で見るな!」
「胸が」
ドカッ
再びオヤジの尻に私の蹴りが入る。
こんなにシュンとするとは、結構本気だったのかなあ……かわいそ、梶さん。優しいし面白いし小金持ちなんだけどね。これでエロオヤジでなければ……
祭り会場から宿泊所を回る帰りのワゴン車は21時半が最後と聞いていたが、誰もそれを気にする様子はなくまだ会場には人が残っていた。調理学校の生徒達が控室からわらわらと出ている所に遭遇し、すらっとした青年がすれ違いざまにペコリ、と頭を下げる。
「あ、さっきの」
「はい、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ、ご馳走様でした」
掌を向けてバイバイ、と手を振ると心なしか彼の顔が赤くなった気がした。かわいいなあ、うちの弟にあれくらいの純朴さがあったなら。
ワゴン車に向かうと、運転手のおじさんがのんびりと煙草を吸っていた。
「あのぉ、これ、最終ですよね?」
サクラちゃん、君はこんなオヤジにもシナを作るのか。これが女子力なのか?
「いんやー……ま、人がおる限り、やなあ。時間? ああ、書いてたけどなー、ハッハッハ」
なんとのんびりしているんだろう。福岡でまがりなりにもOLとしてあくせく働いている身としては新鮮だわ、こういう感覚。
ようやく22時頃発車したワゴン車が、公民館の前につく。隆志さんが二人のリュックを手渡してくれたのをサクラちゃんがさっと受け取って、おやすみなさぁい! と最高の笑顔で微笑むと、隆志さんも少し疲れの出た顔を緩めた。
「じゃあ、明日はいよいよ潜るから良く眠って。忘れ物のないようにね、翠莉ちゃんも」
「はい、おやすみなさい」
ワゴン車が去っていくのを脇を閉めてかわいく手を振るサクラちゃん。車がカーブを曲がった途端にリュックを投げてよこした。
「うおっと」
「あ、ごめん。あー、疲れた。さっさと温泉入って寝よ」
おい、さっきの声とツートーンくらい違うぞ。
公民館の目の前には、海に面して温泉があった。当然だがナトリウム泉で海水と混じっているのでよく真水で洗い流して下さい、と注意書きがある。靴擦れというか、サンダルの紐が擦れたところにしみるゥ!
サクラちゃんのたわわなおっぱいを盗み見て、思わずため息……
「ねえねえ、隆志さんイケると思う?」
「あー……うーん、よくわかんないや。私、そういうの鈍いから」
「隆志さん、翠莉ちゃんのこと好きってことはないよね?」
「へ、なんで。ないない、絶対」
「だって、さっき……わざわざミドリちゃんもね、って声かけたりしてさ」
「客商売ってそんなもんじゃん! 気が利くってことでしょ」
正直言ってこういう話もめんどくさい。好きならさっさと言えばいいじゃん、といいつつ自分は好きな人ができてもなかなか言えないんだけどさ。ただこういう風に友達に相談したりはしない。
「翠莉ちゃん、さっさと梶さんとくっついちゃってよ。梶さん、まんざらでもなさそうじゃん?」
はああああっ? あのオヤジはサクラちゃんのことが好きだっての、って言葉をぐぐぐっと飲み込む。
「やだ、やめてよ、あんなエロオヤジ。サクラちゃんもさっさと告白しちゃえば」
「えー! やだぁ、恥かしい……ねね、潜った時にボードに書くのとぉ、帰りのフェリーの甲板で言うのとどっちがいいと思う?」
な、なんか腹の底から鼻に抜けるようにグフッ、と変な笑いがこみ上げてきたぞ。潜った時って明日か。もし振られたらあとの数日、私までもが地獄だよな……
「えっと、フェリーかな! 丁度ほら、夕日が海に沈む時とか超ロマンチックじゃん」
「やだぁ、翠莉ちゃん頭いい! そうしよう!」
あ、のぼせてきた……くそっ、明日は潜ってバンバン写真撮るぞ!