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時計のない島  作者: GALA
12/18

(12)乾杯っ!

 夕方開催された、世界的に有名な水中写真家の村中さんと二コールさんの対談式講演会では、この世の物とは思えないほど美しい写真を堪能した。私たち素人では到底及ばない高い技術と、何よりもそのバイタリティと忍耐力に感動すら覚える。ただ、ファンダイビングでそんな高度な写真を撮ろうと気負う必要はなく、いかに水中を愛しているか伝わるを撮る、そのポイントをわかりやすく教えてくれた。

 私達が撮った写真のデータは今晩提出し、明日の昼に各賞の発表となる。各自3枚まで出せるとあって、専用の端末の周りは熱気があふれていた。


 カメラから一旦wi-fiでタブレットに送った写真を吟味していたものの、講演を聞いて写真の見方が変わってしまった。どれにしよう……バブルは外せない。サクラちゃんの餌付けもきれいに撮れてる。うーん、ハタタテダイの行列やエビの威嚇はちょっと平凡かも? 悩み抜いて、バブルとサクラちゃんの餌付けと、構図が気に入っているフタスジリュウキュウスズメダイを各1枚出品した。

 ちょっとだけ自信のあったバブルも「もうちょっとああすればよかった、違う角度から撮ればよかった」なんて後悔が芽生えてくる。せっかくのコンクールなのに! 講演会、1日目にしてくれたらよかったのにぃ! 運営ぃ! 

 

 講演会のホールを出ると、そこらじゅうに既に美味しそうな匂いが充満していた。その中に甘いバニラエッセンスの香りを見つけた時、なぜかふやっと口元が緩んだ。いや、なぜか、じゃないな。わかってる。そしてそのあとには、視界がぼやけた。胸がキュッと苦しくなって、彼の声、言葉、手の感触が蘇る。


 落ちた。落ちたな、私。

 あの人は……私の事をどう思っているんだろう。知りたい。


 白い服を着て、繊細なケーキを真剣な目で作るカイ君を妄想する。ヤバい、かっこよすぎて動悸がする。

「ミドリちゃん? どしたの、ボーっとして」

「あ、はっ、え? 何でもないよ、うん」

「ねえ……あの、料理学校の男の子」

「えっ!? な、何っ」

 さすがサクラちゃん、ピンポイントで突いてくるわあ……心臓がひっくり返りそうだった。

「カッコいいよねえ。背も高いしさあ、スッとしてて真面目そうだし。ミドリちゃん、頑張りなよぉ?」

 サクラちゃんはちょっと口をすぼめ、上目遣いに私を見た。きっと男の子ってこういう表情に弱い。私には一生できそうにないんだけど。


「……年下、だよ? それに熊本だし」

「彼、落ち着いてるから歳は気にならなくない? 熊本なんてすぐじゃん、そんな遠くないよ」

 なんでこんな変な汗が出て来るんだ。素直にうん、頑張る、となぜ言えないのか。

「や、でもほら、彼女いるかもしれないし」

「そぉ? 後で聞いてみようかなっ」

「なんでサクラちゃんがっ」

「じゃあ、自分で聞くんだよ?」

「うっ」

 頭の中で一瞬にして「彼女いるの?」「はい」って話してるのを想像して撃沈……いやもう、ほんと苦手なんだって、こういうの――幸せな恋、がわからない。成功体験が少なすぎて。

 

 夜はこれが最後の食事。ずらっと並ぶ和洋折衷な料理達の一番端の方にケーキのコーナーがあり、そこにカイ君が立っているのはわかっていた。でもさすがに最初からケーキを取りに行くのは恥ずかしく、サラダやカルパッチョなどの大人しいメニューから取って行った(本来はがっつり唐揚げとかが好きっス)。テーブルに戻ると、梶さんが生ビールを奢る(アルコール類は有料っス)、と大きなピッチャーを用意して待っていた。グラスに注ぐといきなり梶さんが立ち上がる。


「えー、皆さん!」

 すると、周囲のテーブルから「いよっ!」「カジケン!」と数人が掛け声を上げた(ちなみに名前は堅三郎。お察しの通り三男)。さすが、男性にはウケのいい梶さん。男性には。

「この度はー、この島で皆と会えたこと! 潜ったこと! 最高やった!」

「おー! 梶、いいぞ! 男前!」

「初日は、ご迷惑もお掛けしましたが! 2日目は無事に終わり、いい作品も撮れました! 今夜は心ゆくまで旨い酒と、料理を楽しもうじゃありませんかあっ! かんぱーーーーい!」

 どおっ、と歓声が上がりあちこちでグラスを合わせる音がした。ぐいっと一口飲むと、喉をカーッと刺激が走っていく。皆で「うぇーい!」とハイタッチしたり、拍手が起きたり。


「すみませーん、隆志さぁん、一緒に写真いいですか?」

 隆志さんに声を掛けてきたのは、サクラちゃんに「ほーんと迷惑」と言い放った、東京から来た二人組のスクール生だった。今日もこの二人はビーチには来ておらず、なんだかんだと理由をつけイントラ組にくっついて船に乗っていたらしい。

「あ、はい、どうぞ」

 ……もうっ、隆志さんもそんな子達に愛想よくすることないのに。キャッキャとまとわり付きながらはしゃぐその二人をサクラちゃんが据わった目で見ている。手に握るグラスには、もうビールが三分の一しか残ってない。


「ミドリちゃん……」

「どっ、どうした、サクラちゃん」

「ブッ殺していい?」

「ど、どっちをっ、じゃない、ダメよー、ねっ」

「ミドリちゃんにあてつけるみたいに女の子とはしゃいじゃって。バッカみたい」

「いやいや、それは考えすぎだって。サービス業だから! ある意味人気稼業だから!」

 いくつかポーズを取らされた後、隆志さんは「お料理取りにいきましょうよ」とその子達に引っ張られて行ってしまった。あー、もう戻ってこない気がするわぁ。


「ほーら、のこのこ付いていっちゃった。ま、いっけど? もう私には関係ないし」

「おっ、サクラちゃん隆志の事諦めたの」

 横で他の人と話していたはずの梶さんが、ちょっと声を落として身を乗り出してきた。

「だあって。ミドリちゃんの事好きって言ったくせに振られたからってあんなのについて行くんだもん、もう知らないっ、どーでもいいっ」

「しーっ、サクラちゃんっ、声大きいって。もう酔ってるよね?」

「酔ってないぃっ!」

 周りの人達もなんとなくこっちの話を気にしているのがわかる。私の事を好きだの振っただの、大きな声で言われるこっちの身にもなってよぉっ。サクラちゃんは一段と目が据わり、顔が赤くなっていた。


「だいたいやね!? あの笑顔は女を惑わせるけん。悪魔だよ、あの人はあっ……勘違いするっちゃん! 優しい男っちゅうのは、誰にでも優しいんだっ!」

 半泣きで語りだしたサクラちゃんを、ふんふん、と頷きながら見ている梶さんの目は優しくて、あ、やっぱり大人、余裕だなあ、って思う――あれっ、もしかして私、ここにいないほうがいい?


 お皿とグラスを持ってそっと席を立つ。

 梶さんっ、がんばれ♪


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