(10)LOVE DAIVING!
「さて、これでお嬢さんがたはラストエントリーやな。今日もちょっと波あるから気を付けて。このポイントは潮流が速くなるような場所じゃないけど、念の為今日は4人離れずにいくから、いいね?」
「はい」
機材チェックを終えた梶さん、こういう時はキリリとして見える。第一印象で騙されたんだよなあ、このイントラはとてもしっかりした紳士だって。蓋明けたら、ふざけたエロオヤジ――そのクセ純情とか。ナニソレ。照れ隠し?
「ミドリちゃん、タオル落としたよ」
「わ、ありがとう、ございます」
隆志さんは、今まで通り普通に接してくれてるから助かる。きっと私の方がぎこちないだろう。
「今日のポイントは小さいけど人工魚礁があるから、結構いい画が撮れると思うよ」
「わぁ、良かったね、ミドリちゃん」
「サクラちゃん、カメラ貸すからさ、サクラちゃんも撮ろうよ」
「えっ、いいの!?」
「うん、マクロレンズじゃないけどいい?」
「あー、マクロ撮りたい時は僕のを貸すよ」
梶さん……頑張れ! バディはいつも通りだけど今日は4人だからいいとこ見せるチャンスだ!
今日のエントリーは3番目と4番目。一番大きなクルーザーで飛び込み用の足場がある、ということはジャイアントストライドエントリーだ。1歩前へ大きく足を踏み出すようなスタイル。サクラちゃんはこれが苦手で、ちょっと前のめりになってしまいいつも注意されるのだが、今日はキレイに決まった。それを梶さんが大袈裟に褒めてる姿を見て、お似合いなんだけどな、なんて思ったり。
25m位の場所に、かなり古い正方形の魚礁がいくつか積み上げられている。そこに生えた海藻やイソギンチャクと一緒に揺れながら色とりどりの魚達が、舞い踊るのを夢中で撮った。5、6枚撮ってはサクラちゃんに渡していたのだが、この魚の多さだ。自然、梶さんのマクロレンズを付けたカメラで撮る回数が多くなる。元々二人ともマクロが好きなんだから丁度いい。そしてそんな二人を、さりげなく撮る隆志さん。
海面を見上げる。皆のバブルがポワポワと昇っていく。まるで天国からの梯子の様に降り注ぐ太陽の光が、海の碧さをより引き立てる。エメラルドラグーン――婚約指輪はダイヤモンドより青みの強いエメラルドが欲しいなぁ……ってその前に相手よ……
顔を上に向けタンクの重みを利用して、思い切りフィンを蹴り海面からの光を全身に浴びながらシャッターを切る。今度はバブルを吐きながら。ははっ、宙返り面白いんだよね、宇宙を飛ぶってこんな感じかな。
普段のダイビングでは餌付けができない事が多いけれど、今回このフェスタでは漁協が作った固形の餌を、一人当たり15gほど配布されている。昨日は事故の騒動で全く使っていなかったので、4人で60gあるそれをサクラちゃんに一斉に撒いてもらう。背景は珊瑚のテーブル、太陽の光降り注ぐ中で色とりどり、無数の魚たちがサクラちゃんに群がるのを、私と隆志さんが夢中でシャッターを切る。
髪をふわりとたなびかせ、きれいに両足を揃え流し水中に留まるサクラちゃんはさながら人魚のようだ。あえてカメラ目線にせず少し顎を上げ、指先も美しい形で腕を伸ばす。やっぱり、可愛い人は「撮られ方」を知ってるな! さすがだわ。
更に、バブルに驚いて逃げる魚がいるのでレギュレターを数秒外してくれた。口元も綺麗に微笑み、本当に美しかった。
うーん、私だったらこうはいかないな。
更に深く潜る。白い砂に潜ったていたエイが、私達に驚き砂煙をあげ羽ばたいていく。岩場では夜行性のブダイが、粘膜でその身を守りながら眠っている。白黒縞々のハタタテダイの群れが、細く白い背びれを振りながら目の前を通って行く様は、まるで小さな小学生が旗を持って横断歩道を渡っているみたい。
珊瑚の間をあるく半透明の海老が、両手のチョキを振りかざし威嚇する可愛さ。「俺に触ると怪我するぜ?」と背びれを立て睨みを利かせるミノカザゴ。アイゴの仲間は黄色い背びれや尾びれが海の碧によく映える。アジだって魚屋で見るのとは違って、活き活きとその銀色の鱗を輝かせながらそこらじゅうを美味しそうに……じゃない、雄々しく泳いでいる。海のお掃除屋さんはベラやハゼ。ギンポにヤッコ、チョウチョウウオ。ちっちゃなフタスジリュウキュウスズメダイを発見できたのはラッキー。イソギンチャクと言えばニモ、じゃなかった、クマノミでしょう!
豊かな海、母なる海。浮力を調整して水中にぽわん、と身を投げ出すと懐かしく穏やかに感じるのは胎内記憶なのかも。波動が不規則に体を揺らす。
人間って、なんてちっぽけで頼りないんだろう。とてつもなく広い海には、まだ人知及ばぬ場所がたくさんある。未知の生物もきっとたくさんいる。世界中と繋がる海。この星を覆う海。
命が産まれ、そしていつかは還るところ。
*
午後、梶さんと隆志さんがインストラクタープログラムで潜っている間、私達スクール生は自由時間だ。そうは言っても何のレジャー施設もない島だから、ビーチで遊ぶしかない。島の西側にある白い砂浜のビーチへ行くと、他のスクールダイバーが10人、調理専門学校の学生さんが20人位いる――カイ君は、探さなくても目立った。なぜなら、女の子5人に囲まれながら歩いていたからだ。
ふぅん……モテるんじゃん。昨日話した時は今は恋愛どころじゃない、なんて言ってたけど。あれは余裕からくる発言かぁ。
当然、そのほとんどの子が私よりずっと若い、よな。一番若くて18歳ってことだよね。ふぅん……うん、いいね、若いって。そりゃあね、若けりゃいいってもんじゃないだろうけどね。こちとら色気のないスポーツタイプのセパレート水着、あちらは今年流行の胸の辺りにヒラヒラのついたかわいらしい花柄ビキニ。いやいや、比べちゃダメだって、ってか比べる意味がなかろうもん。
何スネてんだ。
「あっ、あの背の高い男の子、初日に料理の感想聞きに来た子だよね?」
……そうか、サクラちゃんは昨日の夜私と彼が一緒にいた事、隆志さんに聞いてないんだ。
「あ、うん、そうだね」
「なんか迷惑そうだよね、女の子に群がられて」
「そうかな、内心喜んでるかもよ」
「……どしたの? ミドリちゃん、何怒ってんの」
「え? 別に、怒ってなんかないよ」
彼から遠ざかるようにビーチの端っこの方に荷物を置き、シュノーケルとマスクを取り出す。こんなビーチだって海の中を覗かずにはいられない性分。浅瀬には浅瀬なりの魚達がいるのだ。
遊泳区域の浮きを繋ぐ小さな埠頭の下には、数種類の小さな魚が遊んでいた。波の揺れに逆らえずなされるがままに揺れているのがカワイイ。ただ、思っていたよりは少なくて、あの浮きの外に出られたらもっといそうなのになあ、と思っていたその時、後ろから手首を掴まれグイッと引っ張られた。
何!? 誰!?
まさかっ ぼんじぇんさん!?




