森の闇
「ふぅ、そろそろみんな森を越えた頃かな?」
俺が森から出るため方角を確認していた時、僅かな叫び声と人間の腕が木々の隙間から飛んできた
俺は拳銃を両手に持ち、腕の飛んできた方に向かって駆ける
◇
任務の効率を優先してみんなと別行動を取っていたジェドは周囲の魔物を倒しきり近くにあった木にもたれ掛かる
「はぁ、魔物の数が多くて辛かったな」
突然背後から殺気を感じ、俺は無意識にその場でしゃがみこむ、刹那、先ほどまでもたれ掛かっていた木がキレイに切り落とされた
俺は剣を抜き木から急いで離れると木は真っ二つにされていた、受け身を取り、敵を見据える
「な、何だ、これは」
それはまるで、この世の怨念をかき集めたようにドス黒い人形の何かが立っていた、その顔は嘲笑うように嗤っていた
「ちっ、なめた面しやがって、今ぶっ殺してゃ
赤黒く光る眼に俺は背筋に寒気がはしる、こいつには勝てない、生き物としての本能的な恐怖が俺の意志に関係無く身体を突き動かす
(何なんだよあれ)
俺は暗い森の中を必死に逃げた、この時俺は重大なミスに気づけなかった、訓練所から出発したのが朝の10時、この任務は三時間もかからないはずの護衛任務、なら何故こんなに辺りが暗いのか、それは魔物の能力か幻術なのだろう、なら腰に付けている聖水で解除出来るはずだ、しかしこの時の俺は恐怖で逃げる事以外考えられなかった、そして、とうとう俺はこいつに捕まってしまった
「や、やめろ!離してくれ!頼む、殺さないでくれ!」
俺は涙を流し、ただひたすら命を乞う、俺の四肢を掴む漆黒の化け物の触手から黒い蔦の様な物が伸びてきて、手足の指を一本ずつ全て抜き取っていく
「ぐああぁっ!あぁ!」
血が一滴も出ない、傷口に黒い液体のようなものが貼り付いている、激痛に悶える俺を嘲笑うかのように顔を歪ませる、次は脚と腕を黒い蔦を広げたもので包み込まれた、中で何をされたのかわからない、ただひたすら激しい痛みで意識が飛びそうになる、いや、いっそ飛んでしまったほうが良かったのかもしれない
「あああああああぁぁぁぁ!」
頭を掴まれた、全く動かせない、耳の後ろからきた何かがまぶたをこじ開ける、目の前には、黒い、矢のような細く尖った物が段々近づいて来てゆっくり俺の瞳に入ってくる
◇
俺が駆けつけた頃にはジェド先輩はすでに死んでいた、辺りには先輩の片手と片足が木や地面に突き刺さっている
「こっちはたぶん脚が木にぶつかって散った跡、か」
俺は先輩の隣へ座り込む
「すみません、間に合いませんでした」
背後から殺気を感じ、俺は横に飛び銃を構える
「誰だ!隠れても無駄だ、出てこい!」
周囲の気配を探り相手が一人である事を確認する、木に刺さっている物を見ると飛んできた物は鎖の付いた片手鎌のようだ
「私だ、ジェドの死体の近くに居たから敵かと思って攻撃してしまった、謝る、すまなかった」
「先輩、次からは気を付けてくださいね、本当に危ないので」
すまないと再び謝る彼女はジェド先輩の死体の前で手をあわせる
「ジェドが殺られるほど敵が多かったのか?」
「いえ、彼は恐らく死神に殺られたものと思います」
彼女の顔を見ると今にも泣き崩れそうな悲しい顔をしていた
「そうか、ジェドは、あいつに」
彼女は俺に背を向け座り込む
「すまない新人、少し一人に、いや、二人だけにしてくれないか?」
俺は失礼しますとだけ言い残しその場を立ち去る様に木の後ろに隠れる
「ジェド、辛かったろう?もう大丈夫、私が、私、は、ここ、に、いるか、ら」
泣き崩れる彼女が魔物に襲われないように気配を探っているが周りに魔物はいないようだ
数十分後
「そこにいるんだろう、新人、出てきてくれないか?」
少し気が落ち着いたのか涙をぬぐって俺の隠れている木を見ている
「やっぱりばれてましたか、先輩、あまり無理をせず、もう少し自分を出してもいいんですよ?」
彼女は少し戸惑っていたが、首を横に振り
「いや、私も君と同じネクストを目指す者、それに後輩にそんな所を見せる訳にはいかないよ」
少し悲しみの残る笑顔で答える、彼女の心の傷はまだ完全には癒えてはいないが、それでも前を向いて行く事はできそうだ
「そうですか、ではそろそろ戻りますか?教官達がすぐ近くまで来てますから」
先輩は立ち上がり頷く
「でもちょっと待って、ジェドも連れて行かないと」
彼女は少し悲しい顔で先輩をみつめる
「なら、ここで少し待っててください、俺は教官達を呼んで来ます」
先輩はありがとう、と俺の背中を見送る
◇
教官が訓練兵の終えた事を知らせに来て残りの三人を探して森の道を歩いていたが森の奥から何かが走ってくる気配がした
「何か来る!」
森の奥から向かって来る気配に警戒して拳を構える
「あいつは敵をではない、拳を下ろせサイド」
教官の言っている事を理解出来たのはそれが姿を現してからだった
◇
「教官、来てください、先輩も手伝ってください!」
茂みを突破してすぐ目の前にいた先輩と教官に俺は説明を省いて教官達に付いてくるよう促す
「何があった、説明しろキルディア」
「説明は来てもらえればすぐにわかります、あ、あった」
ジェド先輩の片腕を拾って包帯を巻き付ける
「おい、何なんだそれは、誰の腕だ!まさか、ジェドかマールに何かあったのか!?」
俺は重く頷く
「マジかよ」
「とにかく、早く付いて来てください」
俺は森の中へと走ってゆく
◇
「ジェド、もう少しで迎えが来るからな」
マールはまた泣いてしまっていたのだろう目元が少し濡れている
「先輩!ジェドさんの片腕と教官達を連れて来ました」
マール先輩は辺りを見渡して
「教官達は?」
「私達はここだ、まったくキルディア、お前はもう少しまともに走れんのか」
教官が呆れたように説教するが目の前の光景に大体の事を察したようだ
「そうか、ジェドは死んでしまったか、それにこの跡は恐ろしく強い魔物、恐らく死神だな」
教官が戦場跡を見ていると遅れて先輩が追い付く
「はぁはぁ、教官達足速すぎだ、ろ」
サイド先輩は目の前の光景に戸惑っていた、仲間が見るも無惨な姿で死んでいる光景に
「何だこれ、何でジェドが、マールは、あいつはどこだ」
マール先輩の姿を見るとサイド先輩が彼女の肩を掴む
「なぁ、誰に殺られた、ジェドはどいつに殺された!」
彼の掴む力が強くマール先輩は顔を痛みに歪めている
「先輩、落ち着いてください」
サイド先輩は自分を落ち着かせようとする俺を睨みつけ
「お前か、お前がジェドを殺したのか!?」
俺の胸ぐらを掴んで顔を近づける
「違います、俺はジェド先輩を殺してません」
サイド先輩はこの場の惨状に正気を失っている、胸ぐらを離し、先輩は拳を握り俺を殴りにかかる、俺は先輩の拳と自分の拳を打ち合わせ押し返す、恐らく彼の手首の骨に亀裂が入っただろう
「ぐぁっ!痛っ!何だ、ジェドの次は俺か!?殺れるもんなら殺ってみろ!ただし、そう簡単に殺られる俺じゃねぇぞ!」
わめき散らす先輩にキレて俺は先輩の眉間に銃口を向ける
「黙れ、弱いくせにぴーぴーわめくな、耳障りだ、今はそんな事言ってる場合じゃねぇだろ、てめぇを殺して余計な荷物を増やしたくねぇんだ、死にたいなら俺達のいない所で死ね」
急に放たれた濃密な殺気にサイド先輩は腰を抜かしていた、マール先輩は木にもたれ掛かかって震えていた
「キルディア、その辺にしておけ、今はジェドの死体を運ぶ準備をするぞ」
正気に戻った俺は銃をしまい、教官の元へ歩いてゆく
「すみません、頭冷して来ます」
俺は森の奥へ進んでゆく
今回はちょっと長くなっちゃいましたが許してください(。>д<)