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第9話 異世界少女、初出演!

「「若葉南高校放送部プレゼンツ!」」

「松浜佐助と!」

「有楽神奈の!」

「「『ボクらはラジオで好き放題!』しゅっちょーばーん!!」」


 いつもの「わかばシティFM」の駅前スタジオで、いつもの陽気な声。

 赤坂先輩の計らいでいつものオープニングBGMを流しながら、俺と有楽でちょっと変則的なタイトルコールを叫ぶ。今日は珍しく、みんなでモニターヘッドホン着用だ。


「みなさんこんにちは。某ラジオ局アナのボンクラ息子、松浜佐助と」

「心はいつでも背水の陣! 声優のヒヨコ、有楽神奈です!」

「今回は『ボクらはラジオで好き放題!』出張版と題しまして、レギュラー放送とは別枠で番組を録ってみることにしました」

「番組枠は1時間っ! 今日はせんぱいたちといろいろしゃべっちゃいますよ!」


 いつも通りのハイテンションでいて、いつもとはかなり違う収録。収録時間も多くなってるし、それどころか放送するつもりもさらさらない。

 そして、一番の違いは――


「それではゲストをお呼びしましょう。『レンディアール』という異世界の国からやってきた女の子、エルティシア・ライナ=ディ・レンドさんです!」

「うむっ。我こそが、エルティシア・ライナ=ディ・レンドである!」


 俺たちの番組に、ルティがゲストで来ているってことだ。


「今日は異世界から来たルティちゃんをお迎えして、ルティちゃんのことやレンディアールのこと、そして日本に滞在してみてどう感じたかを聞いてみたいと思います!」

「我が答えられることであれば、なんでも答えてみせよう!」


 俺らのハイテンションにつられてか、それともマイクの前に座っているからか、ルティもテンション全開で有楽の言葉に応える。それだけ、楽しみにしていたってことなんだろうな。


 *  *  *


 さて、何故ルティがいつものスタジオに入っているのか。

 話は昨日の夜――学校でラジオドラマを収録したあとにさかのぼる。


「お手数かけてすいません、先輩」

「いいのいいの。どのみち、明日はバックアップで局にいる予定だったから」


 帰りの電車にガタゴト揺られながら、つり革に捕まっていた俺は隣り合った赤坂先輩へ頭を下げた。それをいつもの笑顔で受け止めてくれるのが、申し訳なく思いながらもちょっとうれしかったりもする。


「じゃあ、明日のお昼1時に局に集合で、2時から収録っと。生放送のときと同じ体裁で収録すればいいのよね」

「はい。ドラマのほうは今回のOKテイクの時間を仮乗せすればいいと思うんで、差し引いてその時間を収録すればいいかなと」

「実質、収録は17分ぐらいかな」

「終わってからの受けコメントもあるんで、そのままラジオドラマを流してもらえるとありがたいです」

「わかったわ」


 バッグからスマートフォンを取り出して、先輩が片手でスケジュール管理アプリに入力していく。


「けど、本当にいいんですか? 俺たちがスタジオを借りちゃって」

「明日はお昼もリネージュ若葉からの放送だし、スタジオの生放送は朝の時間帯だけだもの。局長も、わたしがついているならいいって」

「そいつはありがたいっす」

「何か起きない限りは6時まで大丈夫だから、焦らずやりましょうね」

「はいっ」


 有楽がオーディションに出るからと、俺たちの番組の事前収録が必要になったのは日曜日のこと。それを聞いた先輩がわかばシティFMの局長さんたちに掛け合った結果、火曜日――5月3日の昼から夕方であればとスタジオの使用許可が下りた。

 いつものレギュラー番組は、ゴールデンウィークの特別編成で市内にある大型ショッピングセンターからの生放送。そのおかげで、放送事故でも起きない限り気兼ねなくスタジオを使わせてもらえるってわけだ。


「それと、ルティさんの見学もいいそうよ」

「許可が出たんですね」

「わたしが番組で触れたのと、昨日の山木さんとの印象がよかったのが大きかったみたい。あとは……『今どき小さい子がラジオに興味を持つのは珍しい』って」

「あー」


 ふたりして苦笑いしながら、帰宅ラッシュのせいで少し離れたところにいたルティと赤坂のほうを向く。ルティは窓の外の流れていく夜景を見ていて、有楽は何かをたずねられては楽しそうに答えているみたいだ。


「でも、ラジオ作りを間近で見てもらうにはいい機会でしょ」

「ですね。ルティは、もう見学のことは知っているんですか?」

「南高へ行く支度をしているときに電話が来たから、すぐに話したらもう大喜びで」

「そりゃそうでしょうね」


 こと、ラジオが関わると大きく食いついてくるルティがスタジオに入れるなんて知ったら、そりゃもうはしゃぐに決まってる。

 その様子を想像していたら、ふとひとつの考えが頭の中に浮かんだ。


「たぶん、収録時間ってかなり余りますよね」

「そうね。そのぶん、局内の見学とかスタジオの説明を考えてるけど」

「だったら、ルティに収録体験をさせてみたらどうです?」

「収録体験……ああ、事前実習みたいに?」

「はい」


 俺と有楽の『ボクらはラジオで好き放題!』を含む若葉市内の高校生が担当している番組は、担当前の4月前半に必ずわかばシティFMのスタジオで30分の収録実習が行われる。今回は、そのスタイルでルティに収録を体験してもらったらどうかって思ったわけだ。


「それ、いいわね。ラジオの収録がどういうものか、実際に体験してもらうにはちょうどいいかも」

「放送には、さすがにのせられないでしょうけど」

「そこはほら、ハードディスクにとっておいて、あとでわたしたちの記念品に」

「なるほど」


 先輩がかばんから取り出したCD-Rを見て、その手があったかと思い至る。

 俺も有楽も、そしてルティも持っているこのCD-Rには、さっきのルティの歌声が録音されていた。俺たちが帰る前に、中瀬がこっそり焼いておいてくれたものだ。


「さすがに上の人からの許可は必要だと思うから、明日かけあってみるわね」

「よろしくお願いします。ルティには、許可がもらえてから話しましょう」

「ええ」


 相変わらず仲睦まじいルティと有楽を見てから、俺と先輩は顔を見合わせて笑い合った。やっぱり、先輩も俺と有楽と同じようにルティには大甘なんだな。

 もし許可が下りなくても、南高で部活ってことにして放送室で収録するか、最悪父さんが持っている機材を借りて収録させてもらえばいい。どっちにせよ、ルティにはこの休みの間にラジオを体感して欲しかった。

 きっとそれは、ルティがこの若葉の街にいたっていう証しになるはずだから。


 *  *  *


 そして、今日。午前中に無事許可をもらえたってことで、ルティがスタジオのマイクの前に座っている。有楽は暴走を防ぐために俺の隣に座らせて、赤坂先輩は機材をスライドさせてルティの隣に座っていた。


「それじゃあ最初のコーナーは、『ルティちゃんにいろいろ聞いてみよう』!」


 オープニングといつもの提供クレジット、CMを流し終えてすぐの有楽のタイトルコールは、先輩の操作で豪華なエコーつき。それに続いて、ギターとフルートによる可愛らしいBGMが流れ始める。


「このコーナーではそのタイトル通り、ルティさんことエルティシア・ライナ=ディ・レンドさんから事前に聞いたプロフィールもとにいろいろと質問していきたいと思います」

「うむ、いつでもよいぞ」

「まず最初は、ルティさんのプロフィール紹介ですね。有楽、よろしく」

「はいはーいっ」


 隣の有楽が、台本とは分けられたホチキス綴じの資料をごそっと手にして視線を落とす。


「エルティシア・ライナ=ディ・レンドさん、通称ルティさんは、この地球とは異なる世界にある『レンディアール』っていう国の出身。地球と同じように12ヶ月の(こよみ)があって、再来月の7月に15歳になるそうです。とってもかわいい女の子なんですよー、ブログに載せたいくらい!」

「有楽、主観ダダ漏れだぞ」

「だって、実際かわいいじゃないですか」

「確かにかわいいがな」

「か、カナもサスケもかわいいかわいいって言うなっ」

「またまたぁ。ルティちゃんったら照れちゃって」

「ううっ」


 あーあー、ルティのやつったら顔を真っ赤にして。しかし、ここはネタにさせてもらおう。


「こんな感じでルティさんはかわいいって言われることが苦手で、有楽はそれにも構わずかわいいかわいいって言い放ってたりするわけです」

「人聞きが悪いこと言わないでくださいっ! 自分の気持ちにウソがつけないだけです!」

「……サスケよ、いつもよりカナの勢いが凄いのだが」

「大好きなラジオと大好きなルティが合わさって制御出来ないんだろうな」

「ずーるーいーっ! ふたりとも顔をつきあわせてずるいですっ!」

「おわっ!?」


 有楽のやつ、俺のジャケットの裾を掴んで強制着席させやがった! 本当に、いつも以上にパワーアップしてやがる……


「続いて行きますね。ルティちゃんが日本に来たきっかけは、賊に襲われた最中に友達が助けてくれたら若葉市に落ちたとのこと。ファンタジーでは定番のオチ物ってやつですねー」

「お、オチモノ……?」

「確か、アニメやマンガでよくある『異世界から来た女の子は空から落ちてくる』っていうネタだっけか」

「そうです。あたしたちアニメ・マンガ好きにとってはあこがれのシチュエーションなんですよ。それを経験した子が、まさか目の前にいるなんて!」

「有楽、ハウス」

「もぎゃっ!?」


 さっきの仕返しとばかりに、ルティへのほうへ身を乗り出した有楽の顔をクリアファイルで押し戻す。


「せ、せんぱい、今声優が出しちゃいけない声が出ました……」

「自業自得だ」


 赤坂先輩からも「静まって」っていうジェスチャーが出てるし、抑えろっての。


「あこがれと言われてもだな……我にとっては、恥ずかしいことこのうえないのだが」

「実際災難でしかないですからね。そもそも、どうして賊なんかに?」

「我が中央都市から住まいを移してから数日経っていたのだが、その地から少し離れたところで住民とは違う者どもと出会ってな。我を見た一部の者が、捕まえようと手を伸ばしてきたのだ」

「で、追い掛けられたと。その人たちとは、何か話したりしたんですか?」

「全く。ただ、我を見ただけでだぞ」

「うわー、ゲスい。でも、それだったら街へ逃げ込めばよかったじゃないですか」

「ですよね。レンディアールって、治安が悪いの?」

「そのようなことはない。中央都市は平穏そのものだし、主要都市でも大きな事件は聞いたことがなかった。だが――」


 そこまで言ったところで、ルティがほんの少し目を伏せる。


「足を踏み入れたのは国境に接した場所であったから、何者かが潜んでいたという可能性は考えられるかもしれぬ」

「辺境までは目が行き届きにくいってことかぁ」

「うむ。あと、街へ逃げ込めばとのことだが……その、とにかく逃げたくて、ピピナに『どこか遠くへ』と願ってしまったら〈ワカバ市〉の上に来てしまったのだ」

「遠くにも程があるだろ……」

「でも、確かに異世界なら遠くだよね」

「うむ。遠すぎではあるが、おかげで賊から確実に逃げられたとも言える。奴らの馬でも、ここに来るのは不可能だろう」

「馬まで使ってきたのかよ」


 おっと、いかん。思わず素に戻っちまった。しかし、そうなるくらい酷い話だ。


「そういえば、レンディアールの情報網とか交通網ってどうなっているの?」

「主に馬だな。我が国は農耕と畜産が活発だから、物流の兼ね合いもあって多く馬が生産されている。情報の伝達には、専用の厩舎で生育された早馬が用いられているな」

「妖精とか精霊さんがいるみたいですけど、そっちにはお願いしないんですか」

「我ら人間は精霊と古来より友誼を結んでいて、むやみに互いを使役してはいけない決まりになっているのだ」

「そのわりには、ピピナ……えっと、ルティの妖精って、自分で『守護妖精』って言ってますよね」

「あれは……自称というか、なんというか」

「自称ですか」

「何故か、我が生まれた時からそう自認していたらしい。他の姉様や兄様にも友の妖精がいるように、我もピピナのことは友だと思っているのだが」

「ルティちゃん、ピピナちゃんのことが大好きだもんね」

「うむっ、大好きだ」


 にっこりと笑いながら、ルティがそばに置いていた空色のポシェットをそっと撫でた。今日もまた、チビ妖精は先輩の家で引きこもり中らしい。


「ではでは、次の項目。ルティちゃんの身長は146センチで、体重は43キロ。スリーサイズはななじゅ――あ、ここはヒミツかな」

「当然だろうが! つーか、なんでそこまで知ってる!?」

「あたしの妹の服を借りるときに必要だったからですよ。ついでに、あたしは身長157センチで体重52キロ。スリーサイズは上から85-61-83です」

「お前、なんで自分からバラしていくかなぁ!?」

「別に減るものじゃないですし――」


 というか、胸を張って言うな! 強調されてるから!


「あ、体重が減ったらみんな減るか」

「お願いだから、恥じらいぐらい持とうよ……」

「声優の先輩方には、恥を切り売りしている人だっていますよ」

「その前に女子高生だから! まだ16歳なんだから!」

「あの、ルイコ嬢。〈すりぃさいず〉とはなんなのですか?」

「え、えーっと……」


 ほらっ、スタッフなはずの赤坂先輩にまで飛び火してるし! 困ってるじゃねえかもう……


「男の子には秘密の、女の子の大事な数字……かな?」

「???」

「スリーサイズってのはねー」

「あっ、こらっ」


 有楽のヤツ、素早く席を離れてルティのそばに行きやがった。しかも、そのまま耳にくちびるを近づけて、


「――と、――と、――の――」

「なっ!?」


 言い終わった瞬間、ルティの顔がトマトみたいに真っ赤になってるじゃねぇか!


「だ、ダメだっ! 我の貧相な体をそのような数字で表すなっ!」

「だから言わなかったよ?」

「言いかけたではないか! というか、そなたのその数字は何なのだ! 我と歳がひとつしか違わぬのだぞ!?」

「んー、家系かな? お母さんも妹たちもみんなこんな感じだし」

「か、家系だと……母様も、姉様方もほとんど同じな我は……」

「気にしない気にしない。あたしはそんなルティちゃんが好きだよ!」

「神奈ちゃん?」

「ひっ」

「そろそろ、落ち着こうね?」

「は、はいぃっ!」


 ルティには見えないように、先輩が俺たちのほう――特に、有楽のほうを向いて満面の笑顔を向けてきた。これ、カミナリが落ちる直前のサインだ……


「そ、それでは次に行きましょう! 次は、次は……はいはい、好きな食べ物ですね」


 有楽から資料を奪い取って、強引にコーナーを進める。こうでもしないと、脱線してばかりで話題が止まったままだからな……


 とは思ったものの、ルティが知らない国から来たこともあってひとつひとつの話題はとても濃かった。

 ルティが好きな食べ物は日本だとおむすびで、レンディアールだと遠火で焼いた豚肉に完熟トマトで作ったソースをかけて食べる『太陽祭り焼き』。運動は苦手で、遠くから見ているタイプ。そのこともあって、この間のリベルテ若葉の観戦はとても気に入ったそうだ。

 他にも朝陽が出たら起きて夜眠くなったらすぐ寝るとか、家でやってる農作業は嫌いじゃないけど、どっちかというといろんな物語を読むのが好きとか、小さな頃からいろんなところに移り住んでいるとか、いろんな話題でルティと盛り上がっていった。お風呂はいつもチビ妖精と入っていて、今回有楽と入ったのが楽しかったと言い出したときには、有楽がまた暴走しかけて鎮圧する羽目になったけど。


 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていって、残る収録時間は15分。エンディングへのまとめに入らないといけない時間になってきた。


「それじゃあ、そろそろ最後の質問ってことで。ルティは、これから何かやりたいことってあるのか?」


 収録が進んでいくうちに普段通りに戻っていった口調で、ルティにたずねてみる。


「無論、レンディアールで〈らじお〉をやることだ」

「ルティちゃん、ラジオ大好きだよね」

「カナとサスケ、そしてルイコ嬢にサクラギ姉弟とミハルに楽しいものだと教えてもらったからな。この楽しいものを、レンディアールの皆にも味わってほしいと考えている。道は、とても険しいだろうが」

「それでも、やるだけの価値がラジオにはあるってことか」

「うむ」


 自信満々で、そう断言するルティ。この日本に来てからまだ4日目だってのに、ここまでラジオにハマるとは。


「ちなみに、ルティちゃんがここに来る前に何かやりたいことってあった?」

「む?」


 と、有楽が何気なく放った質問でルティの表情が固まった。


「ここに、来る前……」


 今までに見たことのない、本気の困惑。


「んー」


 そして、そのまま腕を組んで考え込んでしまうと、


「そう聞かれると、困ってしまうな……」


 ぽつりと、戸惑うようにつぶやいた。


「あー……もしかして、聞かれたくなかったか?」

「いや、そうではない。そうではない」


 慌てて手を振ったルティは、苦笑いを見せて否定する。ごまかしているってわけじゃなさそうだし、なんなんだ?


「言われてみれば、これといって何がしたいというのはなかったのだ」

「なかった……って、ええっ?」

「カナに指摘されて、初めてそのことに思い至ってしまった」


 はははと笑うその声に、力はない。


「4人の姉様と2人の兄様、皆それぞれが持っているひとかどの才の手伝いが出来ればというのは、ぼんやりと考えてはいたが……具体的なことは、考えたことがない」

「いや、ルティはまだ14歳だろ。だったら、まだ将来何がしたいだなんて漠然にしか考えてなくてもおかしくないって」

「では、サスケやカナはどうだった? 我と同じ頃、そなたらは将来なにがしたいと思っていた?」

「俺の場合は……まあ、今と同じラジオのパーソナリティだったけど、それも父さんがいたからこそだしな」

「あたしは、10歳の頃からずっと声優だったよ」

「ほら、ふたりともしっかり考えてるではないか」

「いやいや、親がやってるってのは結構大きいんだって」

「あたしの場合は、小さい頃は体が弱くてアニメを見たり、ラジオドラマを聴いたりしたのがきっかけだったから。やっぱりちょっと特殊かも」

「カナが……?」

「有楽が、体が弱かったと……?」

「ああもうっ、ふたりとも疑ってますね!?」


 そらそうだ。俺もルティも、出会ってからずっとパワフルな姿の有楽しか見たことがないんだから。


「小学生の頃は、あんまり体力がなくて風邪をひきやすかったり流行病によくかかってたりしてたんです。そのときに見ていたアニメのラジオ番組があって、出ていた声優さんに悩み相談の手紙を送ったら、その声優さんも過去に病気にかかってたらしくて『元気になったらこうしようと強く思うこと』『そして、元気になった未来の自分を想像すること』ってアドバイス……えっと、助言をくれたんです」

「だから、カナは〈セイユウ〉を目指すようになったのだな」

「うんっ。『大好きなアニメやラジオに、今度は絶対あたしが出るんだ』って思って食べ物から運動方法からぜーんぶ変えたら、こーんなに元気に!」

「まさか、その声優さんもこんな暴走娘と化すとは思ってなかったろうな……」

「知ってますよ。というか、今の事務所の社長さんです」

「社長さんかよ!」


 思わずツッコミを入れはしたけど、そうか、その声優さんとの出会いがあったからこそ俺も有楽と出会えたわけか。


「だから、あたしも松浜せんぱいもそういうきっかけになる人がいたからで、もっとあとになってから将来のことを考える人だっているよ。日本の場合だったら、だいたい17歳か20歳ぐらいまでは考える余裕がある人が多いかな」

「そういうものなのか」

「うんっ。だから、ルティちゃんがラジオをやるっていう目標に出会えたってことはそれがきっかけになると思う。これまでの自分にくよくよするより、これから何がしたいかを想像したほうが楽しいって!」

「そうか……うむ、そうだなっ!」


 有楽のパワーに引っ張られたからか、ルティの声に力が戻ってくる。よし、ここでひとつ大事なことを聞いておこう。


「じゃあルティ。もしラジオ局を作ったら、ルティはどんなラジオ局にしたい?」

「決まっておる」


 俺の問いかけに、ルティが自信に満ちた表情で口を開いた。


「我だけではなく、訪れた者たちが様々な話をし、それを多くの者に伝えられる場にしたい。この〈わかばしてぃえふえむ〉が、多くの者の声を伝える場であるように」

「みんなのラジオ局にしたいってわけか」

「うむ。そのためには、まだまだ学ぶことや探さねばならぬことはたくさんあるとは思うが」

「それでも、ルティはラジオをやりたいと」

「こんなに楽しいもの、我がひとりじめしてはもったいないではないか!」

「なるほどな」


 にっこりと笑っての言葉はとても弾んでいて、つられた俺まで笑顔になる。有楽と赤坂先輩も、笑顔でルティを見守っていた。


「こうして〈まいく〉の前に座っていると、しゃべりたいことが次から次へと湧いてくる。誰かと話すことがこんなに楽しいものだとは知らなかったし、きっと我だけではなく、伝えたい者にとっては楽園のような場だと思うのだ」

「楽園かぁ、いいこと言うじゃんか。自分がしゃべったことを他人にも聴いてもらえるのって、めちゃくちゃ楽しいんだよ」

「ルティちゃんも知っちゃったかー。こうなったら、たくさんの人に伝えていかなくちゃね」

「ああ。そのためにも、皆から〈らじお〉のことをたくさん学んでみせよう!」

「ルティが知りたいと思う限り、協力するよ」

「うんうんっ、あたしも全力で協力しちゃう!」


 俺と有楽だけじゃなく、スタッフに徹している赤坂先輩も大きくうなずいた。やっぱり、俺たちはルティに大甘ってわけだ。


「それではちょうどいいところで、以上『ルティにいろいろ聞いてみよう』のコーナーでした!」

「1コーナーしかできませんでしたぁ……」

「しゃべりすぎたな。まあ、またやろう」

「はいっ」


 ふたりで先輩にアイコンタクトを送って、エンディング用のBGMを流してもらう。いつもは先輩に巻くように手でサインを送られてるけど、今日は1時間と余裕もあったおかげでずいぶん楽にエンディングを迎えることができた。


 その後は、いつも通りの番組の締め。メールをくれた人に送りつけているラジオドラマのCDをルティに贈ったら、あとで赤坂先輩の家で聴くと大喜びで抱きかかえていた。それを見た俺も有楽も楽しく番組を締めることができた……の、だけど。


「はぁ……」


 収録が終わって、局内も見学してからの帰り道。


「大丈夫かー」

「だいじょーぶじゃないです……」


 赤坂先輩とルティとマンション前で別れたあと、すっかり陽が落ちた道で有楽も思いっきり沈んでいた。


「なんであたし、ルティちゃんへあんなに偉そうなことを言っちゃったんでしょう……」

「なんでって言われても、的確だったじゃんか」

「だって、あたしはまだヒヨコですよ!? 卵の殻割ったばっかのヒヨコ! なのに、あんな上から目線でアドバイスしちゃって……あーもうっ、あたしのあほんだら! あたしのばーかばーかばーか!」


 どうやら、有楽はルティに対して自分が言ったことでダメージを受けていたらしい。


「そんなに自分を責めなくてもいいだろ」

「でも、こんな形で暴走したなんて初めてですよぅ……」

「アレが暴走なのか」


 わからん。コイツの暴走の基準が、本気でわからん。


「俺は、あのアドバイスはよかったと思うぞ。自分の体験をもとにどうして声優になりたいかって話なんだし、ラジオっていう夢を持ちはじめたルティには的確だったって」

「そうでしょうか」

「ああ。俺も、ラジオのパートナーがこういうアツい奴なんだって知れてよかった」

「アツ……そ、そうかもしれませんけどっ!」

「まあ、これでも飲んで落ち着け」


 自販機に差し掛かったところで、小銭を入れてミネラルウォーターを2本買った俺はそのうち1本を有楽に差し出した。


「……惚れさすつもりですね!? そうはいきませんよ!」

「だーまーれ。そんなことを言えるなら平気だな」

「あっ、すいません。いりますっ、いりますっ」


 さっとミネラルウォーターのペットボトルを持ち上げると、有楽はボトルを取ろうとぴょんぴょん跳ねだした。


「まったくお前は。相方からのプレゼントは、素直に受け取っとけ」

「あうっ」


 こつんと頭にぶつけてから、そのまま手渡す。非難するように口をとがらせるけど、真面目に話した俺をおちょくったんだからそのバツだ。

 壁に寄りかかって俺の分のボトルを開けて、ひとくち飲む。ひんやりとした感触が口からのどへと伝わって、沸いてた心を落ち着かせてくれた。


「でも……教えられるのも、あと数日なんですよね」

「そうだな」


 少し間を置いて、壁に寄りかかった有楽がぽつりとつぶやく。

 有楽の言うとおり、あのチビ妖精の力が回復したらルティはレンディアールへ帰ることになる。それまでに、俺たちがどこまでルティにラジオのことを教えられるんだろうか。


「せんぱいは、レンディアールでもラジオができるって思います?」

「正直、わからん。あの世界にあるっていう魔法や機械に賭けたいが、それが存在する他の国との関係にもよるんじゃないか」

「ですよね……あんなにやる気なんだから、成功してほしいところですけど」

「先立つものがないと、どうにもな……」


 ふたりして、ほとんど同時にためいきをつく。

 日本でのラジオ作りとは違って、レンディアールではゼロからの出発になる。たとえこっちの世界にあるものを持ち込んだところで電気や開発の問題もあるし、受信機だけじゃなく送信機だって必要になる。

 包み隠さず言ってしまえば、詰みに詰みまくっている状態だ。


「それでも、あたしはルティちゃんにいっぱいラジオを知ってほしいです」

「ルティがお気に入りな有楽なら、なおさらそうだろうな」

「もちろん、それも確かに大きいですけど――」


 街灯に照らされた有楽の顔が、ゆっくりと俺の方を向く。


「異世界から来たルティちゃんが、せっかくラジオを好きになってくれたんです。向こうでラジオを作りたいってまで言ってくれたんだから、報われてほしいじゃないですか」

「だよな……そう、だよな」

「はいっ」


 断言する有楽につられて、俺の声にも力がこもる。

 ここに来てからラジオを知ったルティが、毎日目を輝かせて楽しんでいる。せっかくやりたいことを見つけたんだから、とことんまでやって向こうでもラジオを発信してほしい。


「いつかこっちにまで電波を届けてくれたらなんてのは、さすがに夢物語か」

「あれっ? 先輩も、結構ファンタジーに染まってきてません?」

「違ぇよ。単なる希望だっつーの」


 ニヤニヤ笑う有楽に苦笑いして、お互い軽口を叩き合う。もし本当にラジオができたりして、そうなったら面白いだろうなって思っただけで――


「ふたりとも、ルティさまのことをかんがえてくれてるんですねー」

「おわっ!?」

「ぴ、ピピナちゃん!?」


 突然声がしたかと思ったら、初めて出会ったときみたいに街灯に照らされたチビ妖精が俺たちの前へと飛んで来た。


「どうしてここにいるんだよ。ルティと先輩、とっくに家に帰ってるぞ」

「しってるですよ。というか、ピピナはずっとみてたです」

「は?」


 当然とばかりに腕を組んでみせてるけど、こいつはいったい何を言ってるんだ?


「ど、どういうことなのかな、ピピナちゃん」

「ふたりとも、ピピナのいったことをちゃんときーてないですね。ルティさまとピピナ、あのまんしょんのうえで『すがたをかくしていた』っていったですよ」

「言ってた、か?」

「なんか、言ってたよーな」

「いったです。だから、ピピナはこのみっかかん、そうやってルティさまのまわりをみてたのです」

「3日間……って、俺たちが出掛けてたとき全部か!?」

「そーですよ。まったく、さるすけってば〈すたじあむ〉でルティさまにだきつかれてどきどきしちゃって」

「そんなうらやましいことが!?」

「食いつくな! チビ妖精も、余計なこと言うな!」

「ふーんだっ。まあ、これからのことでちゃらにしますけど」


 いつもだったら蹴りを入れたり羽ビンタをしてくるはずが、チビ妖精は悪態をつきながらも相変わらず俺たちの前でふよふよ飛んでいる。


「かなとさるすけに、ちょっとそーだんしたいことがあるです」

「相談って、ルティちゃん抜きでいいの?」

「ルティさまぬきじゃないと、ダメなんです」

「そっか。まあいいけど、俺は佐助(さすけ)だからな」

「わかったですよ、さるすけ」

「おい」


 わかってねえ。こいつ、全然わかってねえし。


「ちょっとそこまで、つらをかすです」


 ついでにそれが人にモノを頼む態度かと言いたくなったけど、チビ妖精の真剣な表情を見て口をつぐまざるをえなかった。

 ……こいつ、いったい何を考えてるんだ?


 昔々、20年ほど前の中学生時代のこと。

 某、東京都新宿区の四ッ谷に存在した放送局でパソコン通信(インターネットの前身)のオフ会が開催されて、局内見学のときに番組放送中のスタジオに参加者数人で放り込まれるなんてことがありました。


 目の前には、2016年時点でつい先年の春まで土曜の夜に「おまっとさんでした!」とテレビで言っていた方。たった5分ではありましたけど、「どこから来たの?」とか「年齢サバ読んでるでしょ」なんて風に話しかけられて、緊張しながら楽しく受け答えしたのが今でも鮮明に思い出されます。


 その時のワクワクが、本作を書く原動力のひとつになっています。

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