第49話 異世界ラジオと夏合宿・3
切って、切って、切って切って切って。
刻んで、刻んで、刻んで刻んで刻んで。
包丁をただ上下させて、どんどんタマネギをみじん切りにしていく。
できるだけ細かく、手数は多く。すればするほどじっくり刻めるし、長く切れる。
「松浜くーん?」
目が痛いのも気にならない。たくさんあるタマネギをとにかく刻んで、とにかくたくさん作らないと。
「おーい、サスケー?」
トントントントンと、合宿所備え付けの包丁とまな板がリズミカルにいい音を立てる。
はー、この音落ち着くわー。どこまでも刻んでいられるわー。
「聞こえてないみたいですね……」
「コイツは結構重症だねぇ」
あー、まだまだたくさんあるんだなー。これだけあれば、たくさんカレー用の炒めタマネギが作れるなー。よし、次だ、次、次。
新しいタマネギを手にして、半分に切ったら包丁を置いて皮を――
「それじゃあ、いっちょここを……えいっ」
「ふがっ」
取っていこうとしたところで、鼻の頭がぐいっと押し上げられた。
「……あにふるんれふは」
「ぷっ」
「くくっ」
顔を上げれば、テーブルの向こう側から手を伸ばして俺の鼻を押しているアヴィエラさんと、後ろを向いて肩を震わせてる赤坂先輩の姿。
その原因らしいマヌケな自分の声に、また気が滅入った。
「ご、ごめん。サスケが完全に自分の世界に入ってたから、つい」
「わたしもごめんなさい。つい、今の松浜くんの声が面白くて」
「さっきのでかわいいって言われてもですね」
「だからごめんって。ずいぶんやられてるみたいだから、大丈夫かなってさ」
「それにほら、これ以上タマネギを切ったらお鍋が埋まっちゃうよ?」
「えっ? ……おわっ!?」
赤坂先輩が指さした方を見ると、ザルふたつ分山盛りになったタマネギのみじん切りがそびえていた。
「いやー、サスケってばアタシがザルを変えても気づかないんだもんさ。それでいて危なっかしくはないから感心しちゃったよ」
「は、はあ。その……すいません」
「いいっていいって」
「それだけショックだったんだよね。さっきのこと」
「……はい」
俺がみじん切りマシーンになっていた理由。それは、
「そりゃそうだわなぁ、戦力外通告だなんて」
「あぐっ」
さっきまでやってた番組実習で、思いっきり戦力外通告を喰らったせいだった。
その理由はとっても簡単で、先輩から言われた『別の夢』を頭の中でまとめられなくてトークの邪魔になったから。
結果、七海先輩からやんわりととっても柔らかい言葉で、全部の飾りを取っ払ってストレートに訳せば『ここから出て行け』って言われてすごすごと体育館から退場した。
それで、実習が終わってからの夕飯づくりで人間タマネギカッターになってたってわけだ。
「とりあえず、そのタマネギをなんとかしよう。サスケ、これは浅い鍋に入れてじっくり炒めればいいんだよな」
「は、はい」
「よーし。っと、まわりには誰もいないよな」
アヴィエラさんはあたりをキョロキョロと見回すと、薪がくべられたかまどに手をかざして、
「魔が持つ力にて、われが命ず。この木々に、火を与えたまえ」
小さくささやいた瞬間、あっという間に薪が炎に包まれた。
「わっ、こんな風に火がつくんだね」
「こっちでも魔術が順調に使えてるってことさ。ルイコ、ザルちょーだい」
「はいっ」
すっかりなじんでる赤坂先輩とアヴィエラさんのやりとりになごみそうになる一方で、
「言えたら、どんなに楽なんだろうなぁ……」
「ん?」
「はい?」
抱えていた俺の本音が、一気にダダ漏れになった。
* * *
「はー。それであんだけしどろもどろになってたと」
「それは……確かに、いきなり振られたら仕方ないかもね」
「まあ、そんな感じです」
底が深い鍋をぐるぐると、そしてゆっくりとお玉でかき混ぜながらふたりへ答える。
少し前まで刻んでいたタマネギは、この鍋でじっくり炒めて今は茶色いカレーのルウの中。混ぜていると、時々トマトやカボチャ、ナスやトウモロコシといった野菜やぶつ切りの鶏肉が顔をのぞかせる。
夏場の屋外だから生野菜が使えないかわりに、うちのカレーを具だくさんの夏野菜カレーへアレンジしてアヴィエラさんと赤坂先輩といっしょに作っている真っ最中。その合間に、俺はさっきのいきさつをふたりへ話していた。
「本番直前に十八番を封じられちゃあたまらないわな」
「それもそうなんですけど、先輩たちにどう説明しようかって迷っちゃって」
「ということは、松浜くんの『もうひとつの夢』は固まってるの?」
「ええ、だいたいは」
「なんだいなんだい。おねーさんたちに教えておくれよ」
「も、もうっ、ヴィラちゃんってば」
期待に満ちた目で俺をのぞき込んでくるアヴィエラさんと、その隣で困ったように笑う赤坂先輩。って、そんな赤坂先輩もどこかワクワクしてそうなのは気のせいですかね?
「いや、別にいいですよ」
俺はかき混ぜていたお玉を鍋の縁へ寄せると、隣にいたふたりのほうへと向き直った。
「『みんなといっしょにラジオ局やラジオ番組を作りたい』っていうのが、今のもうひとつの夢なんです」
「なるほどねぇ、エルティシア様たちの〈らじお〉づくりを手伝ってたら、サスケもすっかり感化されたってわけだ」
「はい。しゃべることはもちろん好きだけど、それと同じくらいにみんなと作っていくのが楽しくなってきて」
「そこまで固まっていたら、さっきも言えたんじゃないかな?」
「えっと、その……レンディアールの件とか、先輩にどう言おうか考えたら頭の中でこんがらがっちゃったんですよ」
「そっか、ナナミとクウヤにはアタシらが外国から来てることにしてるんだもんな。それなら、とっとと全部話しちまえばいいのに」
「そりゃあ、話せるならとっとと話したいですよ。でも、なんというか……タイミングってものが」
「ずいぶん歯切れが悪いな。サスケらしくもない」
どうしたんだとばかりに、アヴィエラさんがため息をつく。いやいや、俺って実はわりとめんどくさい性格なんですよ。
それに、話したら話したで面倒なことになりそうだし。
「今先輩たちに話したりしたら、今回の合宿が全部パーになるかもしれないんで」
「はぁ? おいおい、そんな大げさな」
「いやいや。あのふたりって、一度ハマッたものにはとことんまっしぐらなんですよ……」
「あー……」
「って、ルイコまで!?」
そりゃあ、ふたりの性格をよーく知ってる赤坂先輩なら納得しますよね。
「だって、七海ちゃんも空也くんもきっと大はしゃぎするもの」
「このあいだなんて、空也先輩が仕掛けたじゃれあいで七海先輩が暴走して部活終わりまで戻ってこなかったし」
「ふたりが初めて『ボクらはラジオで好き放題!』に出たとき、熱中しすぎてわたしの番組の直前まで席から離れようとしなかったし」
「ありましたねぇ。あと、ふたりが変装して入れ替わった時なんかは、体育の着替えで七海先輩が男子更衣室に突撃して男子の先輩たちに悲鳴を上げさせたりとか」
「そんなことまでしてたんだ……」
「そこまで行くと、あながち大げさとは言えないか」
俺と赤坂先輩が呆れながら言うと、アヴィエラさんも呆れたようにため息をついた。ここまで言えば、どんな風に面倒なことになるかわかってもらえるだろう。
「合宿に夢中になってる間はいいんですけど、もしみんなの正体をばらしたりしたら……」
「アタシらみんな異世界から来たってことで、根ほり葉ほり聞かれるのは確実だろうねぇ」
「七海ちゃんも空也くんも、こういうことに興味津々だし」
「『dal segno』を作ったふたりなら納得さね」
アヴィエラさんにつられて外にあるかまどの方を見ると、七海先輩と空也先輩はルティやフィルミアさんたちといっしょにはしゃぎながら飯ごうでごはんを炊いていた。
キャンプ経験者な桜木姉弟と、いつもごはんをかまどで炊いているレンディアールのお姫様たちにかかれば飯ごう炊さんはお手の物らしい。メイド姉妹なピピナとリリナさんもいるし、あっちは問題なさそうだ。
今はこんな感じで楽しめているからいいけど、もし今バラしたりしたら……確実に、残りの時間は全部ルティたちへの質問タイムへと早変わりだろう。
「てなわけで、明日の追試までにタテマエを考えてる真っ最中です」
「アンタも大変だ」
「ストレートに言えたら楽なんだろうけど……」
諦めたように笑ったら、人生の先輩ふたりになぐさめられましたとさ。
さてさて、気持ちを切り替えてもういっちょカレーの味見を――
「じー」
「おわっ!?」
って、この空色の髪の毛は……ルゥナさん?
「じー」
「こ、こらっ、ルゥナってばっ!」
さらには炊事場の入口からステラさんが飛び込んできて、深鍋を見つめるルゥナさんを引っ張りだした。
「とってもおいしそう」
「た、確かにおいしそうなにおいがするけどっ! ごめんね、サスケくん。今すぐ連れてくから!」
「えーっと……ルゥナさん、味見をしたいんですか?」
「ん」
俺の問いかけに、俺より頭半分ぐらい背の低いルゥナさんが見上げながらこくこくとうなずく。そして、カレーがぐつぐつ煮込まれている大鍋へまた視線を落とした。
いったん味見もしたし、それから結構時間をかけて煮込んでる。せっかくだから、ここで味見をしてもらおうか。
「いいですよ。よかったら、ステラさんもごいっしょにどうぞ」
「やったぁ!」
「えっと、いいの?」
「母さんのレシピからちょっとアレンジを加えてるんで、感想ももらえたらなと」
「じゃあ、ステラももらっちゃおっかな」
「わかりました。ちょっと待ってくださいね」
照れ笑いを浮かべるステラさんにそう返しながら、カレーがグツグツ煮立っている深鍋をお玉で2回、3回とかき混ぜていく。少し前までサラサラだったカレーには軽くとろみがついて、スパイスが利いた匂いとかすかに甘い香りが漂ってきた。
まずは自分で小皿にとって味見して……よしっ、これならきっと大丈夫。そう思いながら、改めてもうふたり分の小皿へカレーを注いで調理台へと置いていく。
「ルイコさんとアヴィエラせんぱいは食べないんですか?」
「わたしは、さっき味見したから」
「アタシも夕ごはんまでのお楽しみにってね。はいっ、ステラ様とルゥナちゃんのスプーン」
「ありがとうございます!」
「ありがと」
アヴィエラさんが差し出した木製のスプーンを、笑顔のステラさんとルゥナさんが受け取る。そして、そのまますくったカレーを口へ運ぶと、
「甘みを強くしたのかな? ……あ、でもちょっと辛いや」
「あまからでうまうま」
「そうだね。ししょーのとはまた違うおいしさかも」
「ありがとうございます」
口々に、うれしい感想を言ってくれた。
「生野菜のサラダだと食中毒が怖いんで、こっちにトマトとかナスやコーンを入れてみたんです。あと、甘いのはカボチャも入ってるからかもしれません」
「へえ、〈かれぇ〉って夏のお野菜も合うんだね。参考になるよ」
「とりにくもじゅわってしてて、とってもおいしい。サスケおにーさん、ごはんのとき、たくさんおかわりしていい?」
「ええ、たくさん作ったんでどんどん食べてください」
「やったぁ!」
「ステラも、ステラもいいよねっ?」
「もちろんいいですよ」
「わーいっ!」
ふたつ返事でうなずくと、ルゥナさんもステラさんもうれしそうにはしゃぎだした。俺が作ったカレーでこんなに喜んでくれるなんて……やっべえ、すっげぇ癒される。
「あー……サスケ、ちょっと休憩しとけ。な?」
「えっ?」
「しょ、しょうがないよね。癒されたい時もあるよね?」
「も、もしかして、声に出てました?」
「出てた出てた」
「うわぁ」
マヌケじゃん! まるっきりマヌケじゃん!
でもしょうがないよな? 目の前で「おいしいねー」なんて笑いあいながら、カレーをもぐもぐ食べてくれてんだぞ? さすがルティとピピナのお姉さんって感じでかわいいんだぞ? 癒されて当然だよな?
「つーことで、煮込みはアタシとルイコで見とくから、サスケは外で気分転換してきな」
「でも」
「いいのいいの。松浜くんがここまでやってくれたんだから、あとはわたしとヴィラちゃんに任せて」
「……まあ、ふたりがそう言うなら」
あまり納得はしてないけど、仕方なく俺はうなずいてみせた。
ふたりとも心配そうに見てるし、アヴィエラさんが言うとおりあとは煮込むだけ。ここはお言葉に甘えて、ぶらぶらほっつき歩いてみることにした。
とは言っても、さっき情けない姿を見せたこともあって飯ごう組のほうには行きにくい。そうなると……
「だったら、調理室に来ない?」
「ん、ちょーりしつちょーりしつ」
と、思い浮かんだ場所がステラさんとルゥナさんの口から飛び出した。
「いいんですか?」
「もちろん。ステラたちのぶんはもう終わってるし、ゆっくりするのにいいとこだよ!」
「さすけおにーさんはとってもがんばってた。だから、みんなでのんびりする」
「んじゃ、行きますか」
ちょうど行こうかと思っていたところだし、ふたりに誘われて断れるわけがない。そう思いながら、俺はお玉を鍋の縁に立てかけた。
「あとはお姉さんたちの番だ。のんびりしてこい」
「いってらっしゃーい」
「すいません、よろしくお願いします」
「アヴィエラせんぱい、ルイコさん、またあとでね!」
「またあとでー」
ふたりが手を振ると、アヴィエラさんも赤坂先輩も笑顔で手を振り返す。俺もつられて手を振りながら、調理室がある宿泊棟のほうへ歩き始めた。
「そういえば、サスケくんの手料理ってはじめて食べたかも」
「ん。いつもちほおねーさんか、たまにふみかずおにーさんだった」
そして、並んで歩き出すステラさんとルゥナさん。
「基本的に、俺の出番は父さんと母さんが忙しいとき専門なんで。最近は夏休みでお客さんも程々だから、出番がないんですよ」
「ししょー、厨房でぱぱっと作っちゃうもんね」
「さすがちほおねーさん。ステラのししょーなだけある」
「あははは……」
目をキラキラさせてるふたりには申し訳ないけど、曖昧に笑うことしかできない。
ステラさんがうちの喫茶店を手伝うようになってから、母さんは唯一のキッチン志望だからとはりきっていろんなことを教えだした。料理の作り方はもちろん、喫茶店に大切なコーヒーや紅茶のいれかたに接客のイロハまで熱心に。
そんな母さんのことを、ステラさんはいつの間にか『ししょー』って呼び始めて、アヴィエラさんや前からいるバイトさんたちまで『せんぱい』って呼ぶようになった。ついには俺まで呼ばれそうになったけど、さすがに気が引けて今までどおりに呼んでもらっている。
「楽しみだなー。みんなといっしょに作って食べるのは初めてだし」
「旅をしてる最中は、そういうことはなかったんですか?」
「いつもステラとふたりとで、あとはその街にいるししょーやお客さんとぐらいだったかな。家のみんなとはいつもだけど、友だちとってのいうのは初めてだよ」
「ルゥナもだから、とってもわくわく」
「じゃあ、めいっぱい楽しんじゃってください」
「もちろんっ。ねー」
「ねー」
にこにこと笑いあいながら、ふたりは顔を見合わせた。
主従タイプなルティとピピナ、フィルミアさんとリリナさんとは違う友達のような関係は、見ているこっちまでほのぼのとしてくる。
「カナちゃん、ミハルちゃん、サスケくん連れてきたよー」
「いらっしゃいませ、せんぱい!」
「おつかれー」
そのまましゃべりながら合宿所の調理実習室へ行くと、エプロン姿の有楽が振り返りながら声をかけてきた……かと思ったら、壁際に寄せられているパイプイスを組み立てて、
「どーぞどーぞ」
「お、おう?」
座ってくださいとばかりに、頭を下げながら手で指し示した。なにか企んでるのかとおそるおそる座ってみても、ただの普通のイスだ。
「じゃあルゥナ、さっそく始めよっか」
「ん」
そんな俺をよそに、いっしょに来たステラさんとルゥナさんはでっかい冷蔵庫のほうへ駆け寄っていく。
「…………」
横にいる天敵はいつもの無表情で見下ろしてくるし、いったいなんなんだ?
「……言いたいことがあるなら言えよ」
「いえ、どう言葉へすればいいのかと」
「は?」
「さすがの私も、ああも見事に追い出された松浜くんへどう声をかければいいのやら」
って、意味深そうに目をそらしやがったよ。
「中瀬が気遣うとか……やめろよ、ゲリラ豪雨でも呼ぶ気か? メシはこれからなんだぞ?」
「調子に乗ってると罵倒しますよこの負け犬」
「予告直後に罵倒してんじゃねーか」
ちょいと軽口を叩けば、いつもみたいに冷たい視線を向けて中瀬が罵ってくる。よかった、こうじゃなくちゃ調子が狂う。
「あははは……でも、元気そうでよかったです」
「別に落ち込んじゃいねえって」
「そのわりには、ずっと真顔でタマネギ刻んでましたよね?」
「まるで魂が抜け落ちたかのように真顔でした」
「お前らも見てたんかい」
「みんなで様子を見に行ったら、サスケくんがひたすらズダダダダッて」
「まるでフィンダリゼのからくりにんぎょう。みてておもしろかった」
「ステラさんとルゥナさんまで!?」
冷蔵庫のほうにいるふたりにまで言われるし!
結局ここにいる全員に見られてたわけで、思わず頭を抱えたくなる。俺、どんだけ醜態さらしてんだ……?
「まあまあせんぱい、せっかくここに来たんだから味見していってくださいよ」
「味見?」
「ステラたちね、〈ふろーずんよーぐると〉っていうのを作ってみたんだ」
そう言いながら、ステラさんが抱えていた大きめのプラスチック容器を目の前にある調理台へと置いた。ふたを開けると、現れたのは赤いマーブル模様で彩られた白いフローズンヨーグルト。霜が降りているのを見ると、確かにちゃんと凍っているらしい。
「フローズンヨーグルトって、よくこんな短時間で作れましたね」
「ふもとの商店へ行ったら、牛乳とか〈よーぐると〉の試し飲みがあったんだ。飲んでみたらとっても濃くて美味しかったから、デザートはこれにしようって思って」
「かなおねーさんが〈よーぐると〉のあじをととのえて、ステラとみはるおねーさんでいちごの〈そーす〉をつくってみた。ルゥナは、こおらせるたんとー」
「中瀬がソース担当……だと……?」
「いろいろ言いたいところではありますが、まずは食べて驚けと言っておきましょう」
中瀬の名前にわざと表情を固まらせたら、胸を張って自信ありげに言われた。
「そ、そこまで言うなら食べてやるよ」
「じゃあさすけおにーさん、たべてみて」
ルゥナさんは容器からスプーンでフローズンヨーグルトをひとすくいして、その小さな塊ごと小皿にのせると俺に手渡してくれた。
手にしたスプーンはひんやりとしていて、ほどよく凍っているのが伝わってくる。それをそのまま口へと運ぶと、
「うまっ!?」
ヨーグルトの濃い味が冷たく広がったと思ったら、イチゴソースの甘酸っぱさと合わさってふくらんで、ゆっくりと溶けるように消えていった。
「なんだこれ……こんな美味いの初めてだぞ」
「でしょ? どの果物と合わせたらいいかなって考えてたら、ミハルちゃんがここはイチゴの名産地だって教えてくれてね」
「そんなのよく知ってたな」
「甘いもの好きとしては外せません。さっきのお店にとれたてのがあったので、なっちゃんの目利きでいいのが揃ってるパックを探して」
「ステラが教えながらイチゴのソースを作ったら、こんなにおいしくなったんだもんね」
「基本のレシピ通りに作るとこんなに美味しいとは……自分でも驚きです」
「お前、まさかアレンジャーか!?」
「ついさっきまでは『料理はひと工夫』が信条でした」
腕を組んでしみじみと言う中瀬にツッコミを入れたら、これまた堂々とどうかと思う主張が飛び出した。それは料理の基本を極めた人が言えることだっての。
「で、煮たり凍らせたりで時間があったから、かわりばんこでせんぱいの様子を見に行ってたんです」
「そんなに重症そうだったか?」
「とっても。あんな先輩の声を聴いたの、はじめてでしたよ」
「ラジオ大好きな松浜くんがあそこまで落ち込むとは」
「いつものサスケくんじゃなかったよね」
「〈らじお〉からきこえてきたこえ、とってもしどろもどろだった」
「おおぅ」
容赦ないみんなからの言葉に、思わず頭を抱えたくなる。俺、そこまでダメダメだったのかよ……
ため息をついてから見上げてみると、相変わらず無表情な中瀬を除いてみんな心配そうな表情を浮かべていた。
「それで見かねて、俺をここへ連れてきたと」
「おせっかいだったかもしませんけど……」
「いいっていいって。美味いもん食べられて気分転換になったし」
言いながら、小皿に残っていた少し溶けかけのフローズンヨーグルトをまた口へ運ぶ。ひんやり甘酸っぱくて、ぼーっとした頭を覚ませって言ってくれているみたいだ。
「こっちこそ気を遣わせちまったな。ステラさんとルゥナさんもすいません」
「いえいえ。やっぱりせんぱいには元気でいてもらわないと」
「サスケくんにはお店でお世話になってるもん」
「たべものにはたべものでしっかりおれい。これがルゥナのりゅーぎ」
頭を下げる俺へ、優しく声をかけてくれる有楽とステラさんにルゥナさん。情けなくはあるけど、こうして気にかけてくれるのはありがたい。
「謝罪など結構です。それより、どうしてああなったかを話していただけるんでしょうね?」
こんな風にバッサリ切り捨ててくる、容赦ないヤツもいるとなおさらな!
「……別にいいけどさ。赤坂先輩とアヴィエラさんには話したし」
「ではとっとと吐き出しやがってください。真面目な話、あなたがずっと引きずっていてはみんなの士気にも関わります」
「わーったわーった」
マトモにちくちく刺してくる中瀬に、さすがの俺も『どうして戦力外通告を喰らったか』のいきさつをみんなへ話した。
話しを進めていくうちに、最初は心配そうにしていた有楽は『あー……』とこめかみを押さえながら苦笑いして、中瀬も『あー……』と疲れたような表情に変わって頭を抱える。うーん、さっきの赤坂先輩に似た反応だ。
「せんぱいの『夢』っていったらそれですよねー……」
「よりによって桜木姉弟の前でそのくじを引いてしまうとは」
「面目ない」
「いやいやいや。あたしももうひとつの夢って言われたら『レンディアールのみんなとわいわい遊びたい』ですし」
「むしろ、松浜くんのくじ運ぐらいしかツッコミどころがないというのが非常に困りものです」
有楽も中瀬も俺の夢は理解してくれているみたいで、いじってくることもなくため息をついていた。やっぱりふたりも放送部だから、桜木ブラザーズに言うことの恐ろしさをよくわかってるらしい。
「えっと、ナナミさんとクウヤさんってそんな怖い人なの?」
「そういうわけじゃないんですけど、面白そうなことや楽しそうなことに目がないんですよ。特に、レンディアールのみたいなファンタジー世界に興味がありまくりで」
「あー……そっか、だからかなぁ?」
「って、もう心当たりがあるんですか!?」
俺の説明に、ステラさんは微妙な笑顔で首をかしげてみせた。あのふたり、もう毒牙にかけてたのか!?
「ふたりでななみおねーさんとくーやおにーさんとごはんをたべてたとき、りょうりのおはなしになったから『こっちでもレンディアールのごはんをつくったりする』っていったら、とってもおめめがきらきらしてた」
「で、こんどステラがつくったごはんを食べてみたいなーって。いいですよって言ったら、両手をにぎって握手されちゃった」
「おお……」
「もう……」
毒牙どころか、すっかり巻き付いてぱっくり口を開けてるところじゃねえか。
「ふたりとも、すぅさんとなぁさんに目をつけるのが早すぎです」
「ルティちゃんとフィルミアさんへ興味を持つのもあっと言う間でしたし」
「そう言われたら、ルティたちをふたりへ任せたのが怖くなってきたぞ」
思わず炊事場のほうを振り返ろうとしたけど、壁と廊下の向こう側だから見えるわけがない。
そのうち、満面の笑顔でルティやフィルミアさんを質問攻めにしている空也先輩と、ピピナとリリナさんへギュッと抱きついてほおずりしている七海先輩のイメージが浮かんでくるぐらいだんだん不安になってきた。
「ルゥナたちのこと、ななみおねーさんとくーやおにーさんにはずっとないしょ?」
そんな中、こてんと首をかしげたルゥナさんが困ったように聞いて来た。
「そういうわけでもないんですけど」
「いつかはちゃんと言うよ。でも、せんぱいたちに話したらきっとみんなに夢中になっちゃうから……」
「ふたりに打ち明けるとしたら、やはり合宿の後でしょうか」
「そこなんだよな、問題は」
背もたれに背中を預けながら、ため息をつく。タイミングで言ったらそこが一番なんだろうけど……
「先輩たち、合宿明けから夏期講習が入ってるだろ」
「ですが、部活には来ると言っていました」
「そこだよ。いくら余裕があるって言っても、受験モードなのにみんなのことを明かしたら……」
「あー」
「せんぱいたち、受験そっちのけになりそうかも」
うちの店へ入り浸ってまでルティたちへ質問しまくるふたりの姿が、ありありと頭の中で思い浮かぶ。もちろん、開店から閉店までどころか、うちの部屋に押しかけてきてまでだ。
「で、夏休みが明けたら明けたで文化祭モード。今年の校内ラジオは先輩たちが担当ではりきってたから、そこに集中させてあげたいし」
「そうしたら、すぐに引退と受験じゃないですかっ」
「ほんと、思ったほど時間がねぇんだよ」
いつ言おうか、いつ言おうか、まだ時間があるから大丈夫……先輩たちを警戒しすぎて、そんな風に結論を先送りにした結果がコレ。このあたりは、完全にタイミングを外しまくった自分の責任だ。
となると、浮かんでくるタイミングはただひとつ。
「いっそ、明日の補習で全部言っちまうしかないかなぁ」
「「はぁ!?」」
予想通りの反応が返ってくるような時期しかなかった。
「せ、せんぱい、正気ですか?」
「なんとも蛮勇な……」
「正気だし冷静だよ」
ふたりともヒドい言いぐさだな、オイ。
「しかし、言うのはいいとして、あの桜木姉弟をどう制御しようというのですか」
「そこは俺が拝み倒すよ。合宿後に時間はいくらでも作るから、今はこらえてくれって」
「それでせんぱいたちがおさまるかなぁ……」
「おさめてもらうしかないだろ。せっかくの合宿をつぶすわけにもいかないし」
「じゃあ、もしもダメだったらどうします?」
「……は、始める前から負けを考えるヤツがいるかよ」
「目が泳いでる時点で説得力はゼロですが」
うるせぇやい。
「だったら、ルゥナもおてつだいする」
「えっ」
かわいらしい声に横を向くと、眠たそう目をしたルゥナさんが俺のジャージのすそをつまんでくいくいと引っ張っていた。
「おいしいかれーをつくってくれたおれい。ルゥナもななみおねーさんとくーやおにーさんにおねがいして、がんばってがっしゅくほしい」
そう言いながら「だめ?」と小さく首をかしげるルゥナさん。こ、これは……やばい。かわいすぎてやばい。そんなことされたら、ダメなんて言えるわけがない。
「でもルゥナ、おてつだいするっていってもどうするの?」
「がっしゅくのじかんがないなら、じかんをつくればいい」
「作ればいいって、時間は限られてるんだよ?」
「ルゥナなら……ううん、ルゥナとリリナねーさまとピピナなら、じかんをつくりだすことができる」
「?」
言われてみんなで首をかしげると、ルゥナさんは相変わらずのぽやっとした顔のまま『上』のほうへ指さすと、
「ななみおねーさんとくーやおにいさんをレンディアールへつれていっちゃえば、ぜんぶかいけつ」
「ええっ!?」
「か、解決になってないんじゃないかな!?」
「むしろふたりを暴走させるだけではないでしょうか!」
一見とんでもなさそうな提案に有楽は驚いて、ステラさんと中瀬も即座にツッコミを入れる。でも、
「……悪くないですね、そのアイデア」
俺は、そのアイデアにわりと乗りたくなった。
「松浜くんもなぁさんも目を覚ましてください。それとも、暴走したふたりに起こしてもらいますか」
「目ぇ覚めてるよ! あとふたりをけしかけようとすんな!」
「ふたりのなでなではきもちいいからだいかんげい」
言った途端にいつものジト目を向けてくる中瀬へ、いつものように応じる俺となかなか大胆なことを言い出すルゥナさん。ふたりがルゥナさんを抱きしめるとすっぽり収まるのは見えてたけど、そんなにお気に入りだったのか。
「レンディアールにいる間はこっちの時間が止まるだろ? ということは、そのぶん向こうで時間を作ることができるってことだ」
「それはそうかもしれないけど」
「せんぱいたち、もっと暴走しちゃうんじゃないかなぁ」
「逆に、思う存分暴走しきってもらえばいいんだよ。そうすりゃあ満足して、全部打ち明けられるだろ」
「本当にうまく行くんでしょうか」
「もちろん、ルティたちにも相談する必要があるし、タイミングによっちゃこの合宿中は無理かもしれない。でも、時間を作るっていうルゥナさんのアイデアはとってもいいと思う。……ルゥナさんとピピナとリリナさんには、負担かけちゃうと思いますけど」
「それぐらいどんとこい。さすけおにーさんもそうだし、かなおねーさんもみはるんおねーさんも、ここにきているみんなもとってもたのしいから、ルゥナももっともっとたのしんでほしい」
ぽやんとした表情のままでも、淡々と言っていることはとても頼もしい。ピピナもリリナさんもだけど、妖精さんってなかなかゆかいな性格をしてるよな。
「もうっ、ルゥナったら食べ物と楽しいことにはほんと目がないんだから……それじゃあ、ステラもミアねえさまとルティへ話すのを手伝おうかな」
「いいんですか?」
「ステラだって、ナナミおねえさんとクウヤおにいさんのことが好きだもん。次は、レンディアールのことを知ってもらって、好きになってもらう番かなって」
「せんぱいもステラちゃんも乗り気なら、あたしも乗っちゃいます。レンディアールのガイドなら、お手伝いできますから」
ステラさんに続いて、有楽も胸に手をあてて仕方ないなぁとばかりに笑いながら申し出てくれた。
「仕方ありませんね。乗りかかってしまったからには、多少なりとも手伝いましょう」
そして、言葉通りに『まったくもう』って顔をしながら中瀬も乗ってくれる。
「ありがとうな」
「謝罪も礼も結構です。それよりも、決めたからにはどう連れて行くのかぐらいは、るぅさんたちと相談したうえであなたが決めてください」
「わかってるって」
言い出しっぺの法則ってやつだ。それくらい、俺がどうにかしなくちゃいけないのはよくわかってる。とは言っても、正攻法で先輩たちを連れていこうとしたところで、俺の世迷い言だとかで笑われかねない。
ルティたちに言ってもらって連れて行けば別だろうけれども、それは最後の手段としてとっておきたい。なにより、普段暴走したり俺たちを驚かせたりしている先輩たちだ。できることなら、俺たちのほうから先輩たちを驚かせてやりたい。
さっきまでの実習でうまくしゃべれなかった俺を残念そうに見ていた七海先輩を思い浮かべると、なおさらそう思う。今度こそ、みんなとラジオ局をつくったり番組を作りたいって、胸を張って言いたい。
『私たちはあと半年もしたら卒業するけど、この繋がりでこれからもラジオができたらいいなって夢を持ち始めました』
先輩だって、俺たちに似た夢を持ってるんだから。
「今度は、俺たちが『夢』を見せる番ってのはどうだ?」
自然と口からついて出てきたのは、そんなストレートな提案だった。




