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第48話 異世界ラジオと夏合宿・2

 かすかに吹いたそよ風が、静かに木々を揺らした。

 それは向かいの木陰にいるルティとリリナさんの髪をなびかせて、銀と青の光を淡くきらめかせている。


『〈桜木さん、そしてゲストのフィルミアさん、ピピナさん、こんにちは〉。こんにちは』

『こんにちは~』

『こんにちはです』


 芝生の上に置かれたラジオからは、空也先輩に続いてフィルミアさんとピピナの声。


『〈この間、ボクは高校の修学旅行へ行ってきました。5泊6日で広島から京都までの弾丸旅行はとても楽しかったですけど、それぞれの町をじっくりとまわってみたいのも正直なところ。今年は受験だから行けないけど、来年は秋の尾道や京都を弟とのんびり歩いてみたいと思います。

 みなさんは、旅行でどんな思い出がありますか? もしよかったら教えてください〉――若葉市にお住まいの『さくら・ブロッサム』さんからのお便りですね。旅行かぁ……フィルミアくんとピピナくんは、この夏休みにみんなとどこか行ったのかな?』

『実は、この〈がっしゅく〉が日本へ来て初めての旅行なんです~』

『でもでも、さすけやるいこおねーさんが〈すいぞくかん〉とか〈やきゅー〉をみにつれていってくれたですよ』

『それはそれは。じゃあ、僕らも退屈しないように趣向を凝らさないと』

『さっそくのらじおで、ピピナはとってもたのしーですよ!』

『わたしも、クウヤさんとナナミさんと〈らじお〉でおしゃべりするのが楽しみでした~』


 初めて聴く3人での弾むようなトークは、聴いているこっちも楽しくなって頬がゆるんでくる。いつもはお姉さんが相方な空也先輩のトークも、久しぶりだっていうのに絶好調みたいだ。


「ふむ」


 で、そのお姉さん兼さっきのお便りを書いた張本人ーー七海先輩も、あごに手をあてながらポケットラジオを眺めていた。


「こうして聴いてると、なんだか不思議に思えてくるね」

「何故ですか?」

「いつも、空也はボクとしゃべってばかりだから。他の誰かとのトークを聴く機会は、あんまりないんだよ」


 ルティからの問いを、にっこり笑って答える隣の七海先輩。いつもより穏やかに答えてるあたり、よっぽど新鮮に感じてるんだろう。


「俺はフィルミアさんとピピナが喰われないか心配だったんですけど……こう来るなんて、意外でした」

「喰われる、とは?」

「存在感がです。空也先輩、七海先輩と揃っておしゃべりモンスターなもんで」

「ああ、その点は心配御無用」


 首をかしげるリリナさんに説明すると、七海先輩があっさりと俺の心配を打ち消してきた。


「今日はみんなとじっくりしゃべりたいから、落ち着いていこうってふたりで決めたんだ」

「だからですか、空也先輩がこんなに落ち着いてるのは」

「さすがに、初めてのトークでいきなり振り回したりはしないよ。まずはお手並み拝見ってところかな」


 おやまあ、やたら優しいことで。でも、確かに俺が入学したときもこんな感じで優しく接してくれてたっけ。

 すぐにふたりとも化けの皮を剥がして、やりたい放題やらかし始めたけどな!


『わたしたちの国にも海はありますが、高い山の向こうなのでなかなか行く機会がないんですよ~』

『それじゃあ、水族館はうってつけのお出かけだったんだね』

『はいですっ。ちっちゃなおさかなさんもおっきなおさかなさんもたくさんおよいでて、とってもきれいだったです』

『きれいすぎて、閉館の時間が名残惜しかったですね~』

『わかるなぁ。僕と姉さんも小さいころに行って、閉館のアナウンスが流れてるのにずーっと水槽にかじりついてたよ』

『くーやおにーさんもですかっ』

『僕も子供だったからね。もっとも、今でもテーマパークとかに行くとギリギリまでねばってるけど』

『わたしも、やはり時間いっぱいまで楽しんでいたいです~』


 あー、そういうのってあるなぁ。俺も小学生で初めてわかばシティFMのスタジオに入れてもらったとき、必死に卓へかじりついてたっけ。

 話題に出てきた七海先輩はくすくす笑っていて、ルティとリリナさんは……あ、ちょっと気まずそうにしてる。まあ、実際にレンディアール組はみんな閉館時間ギリギリまでかじりついていたし。

 それにしても、空也先輩のトークの回し方はやっぱり上手い。

 自分から話のネタになるようなことを振るだけじゃなく、ふたりの話を聞いた上でさらに話題を広げて行こうとする。七海先輩との番組でもほとんど話を途切れさせないし、こうしてのんびりとしたトークで聞いてみるとなおさら際立って感じられる。


「松浜君も、興味津々といった顔をしているね」

「ゲストを迎えた時の空也先輩のトーク、やっぱり上手いなって思って」

「そうかそうか、キミもそう思ったか。きっと、フィルミア君とピピナ君とはこのくらいのテンポがちょうど合うって思ったんだろう」

「クウヤ殿が、ミア姉様とピピナとの会話に合わせてくださっているということでしょうか?」

「それはそうだよ。パーソナリティが自分のやりたいテンポだけで進行したらゲストを置いてきぼりにしかねないし、なにより聴いてるほうが疲れてしまうよ」

「なるほど。来賓をもてなすのが主催の役目とよく言いますが、〈らじお〉でも同じというわけですか」

「おおっ、なかなかいい例えだね。さすがはお嬢様」

「い、いえ。しかし、とても参考になります。……来賓が来たら、もてなすのが主催の役目、と」


 ルティは少し照れたように視線を下げると、ぽつりとつぶやきながら手にしていたメモ帳へボールペンで書き込んでいった。

 ひらがなやカタカナ、漢字やローマ字とも違う文字は、レンディアールがある大陸の公用語。もう半分以上のページが使われたメモ帳の紙はかなりよれていて、それだけ書き込んで読み込んでるんだってことがよくわかる。

 その白い紙と黒い筆跡にも、風で揺れる木漏れ日がキラキラと降り注いでいた。


 どうして俺たちが木陰にいるのかっていうと、先輩たち主導のトークレッスンの実習をポケットラジオで聴くため。

 3つの班に分かれて、ひとつの班がルティ愛用のミニFM送信キットと桜木姉弟お手製のお便りを使った実習を体育館で担当。残るふたつの班は、こうして生放送を聴きながらリーダーに解説をしてもらってるってわけだ。

 もちろん俺の班は七海先輩がリーダーで、今放送している班は空也先輩がリーダー。少し離れた木の下では、リーダーの赤坂先輩のもとで有楽とアヴィエラさんが学んでいる。

 桜木姉弟プロデュースの夏合宿は、こうして広々とした合宿所を活かした実践形式で幕を開けた。


『そーいえば、くーやおにーさんもりょこーしたことはあるですか?』

『僕かい? 僕は小さな頃に父さんと母さんに連れられて、姉さんといっしょに日本のいろんなところをまわったぐらいかなぁ』

『〈ニホン〉中で旅をされていたのですか~』

『うん。僕と姉さんが小学校を卒業した春休みに、せっかくだから家族で旅をしてみようってことになってね。若葉市をスタートしてから、北海道から鹿児島――えっと、日本の北と南を通ってぐるっと一周した感じだね』

『それはたのしそーですねー。おやどのごはんとかもたくさんたべられそーです』

『ところがねぇ……ずーっと車だったんだ』

「「「『『えっ?』』」」」

『泊まってたの。ずーっと車の中で』

「「「『『えぇぇぇぇぇっ!?』』」」」

 ラジオからの声とここにいる俺たちの声がハモって、七海先輩へと視線が集まる。


「くっくっくっくっ」


 否定もせずに笑ってるあたり、リアルでやってたんだな……七海先輩と空也先輩がアグレッシブなのって、もしかしたら家系だからなのか。


『とはいっても、キャンピングカー……って、わかるかな? 寝床とかキッチンがある大きめの車を借りて寝泊まりをして、その土地その土地の名物とか特産品を買ってごはんにしてたってわけ』

『すごいですっ! にほんのいろんなおいしーもの、ピピナもそーやってたくさんたべてみたいです!』

『そういう旅も、のんびりしてて楽しそうですね~』

『楽しかったねえ。北海道じゃ雪の中を走ったり、鹿児島で若葉市より先にお花見ができたりして。みんなで次はどこへ行こうかってわいわい決めたりして、今でもその時のアルバムは僕の宝物だよ』

『思い出というのは、何物にも代えがたい大切なものですから~』

『ピピナも、にほんにいるまいにちがたからものです』

『どこの国でも、そのあたりは同じってことなのかもね』


 満足したように、空也先輩が声を弾ませる。国どころか世界を越えて……なんて、言えるわけがないよな。ふたりとも、ルティたちが異世界出身だなんて知らないんだから。


「フィルミア君とピピナ君のトークも、実に上手だね」

「えっ? え、ええ」


 そんな考えに被さるような七海先輩のつぶやきに、一瞬心臓がどきりと跳ねる。


「ただ人の話を聞いて答えるだけじゃなく、自分からも関係する話題を振って話を広げていく。慣れていないと、なかなかできないことだよ」

「それは……確かにそうかもしれません」


 気を取り直して聞いてみれば、七海先輩の言うとおり。フィルミアさんもピピナも、自然と空也先輩の話に乗っかって参加していた。


「みんなで番組をやってる成果が出てるんだと思います。ピピナはルティと並ぶメインパーソナリティですし、フィルミアさんもリリナさんたちとたくさん練習を重ねてるんで」

「そのパートナーふたりとボクがしゃべるわけか。なるほど、断然楽しみになってきた」

「きょ、恐縮です」

「ナナミ様のお眼鏡にかなえばいいのですが」


 少し顔をこわばらせたルティと、照れ笑いを浮かべたリリナさんが顔を見合わせる。ラジオで初めてしゃべるとなると、やっぱり緊張するんだろう。でも、場数を踏んでる今のふたりならきっと大丈夫。

 ……さすがに七海先輩も、初めてラジオでしゃべる相手に引っ張り回すことはしないだろ。多分。おそらく。きっと。


『さてさて、そろそろ時間もいっぱいになってきたことだしお開きにしようか』


 こっちでそんな話をしているうちに、空也先輩たちの番組は終わりを迎えようとしていた。


『えー、もうそんなじかんですかー』

『10分というのはあっという間ですね~』

『僕も名残惜しいけど、さすがに時間だからさ』


 ピピナとフィルミアさんの残念そうな言葉に、少しためらいがちに応える空也先輩。さっきまでいい具合に噛み合っていただけに、ここで終わるのが惜しいらしい。


『というわけで、このお時間は僕、桜木空也と』

『げすとのピピナ・リーナと』

『フィルミア・リオラ=ディ・レンディアールがお送りしました~』

『それではまたみなさん、またいつか!』

『『『ばいば~い!』』』

『……というわけで、僕たちの出番はおしまい。みんな、体育館に戻っておいでー』


 3人でのエンディングトークから少し間を開けて、空也先輩がスピーカーの向こうにいる俺たちへと呼びかけてくる。それからすぐにはしゃぐような声が聴こえてきたかと思うと、送信キットの電源が切られたみたいで『ザーッ』ってノイズがポケットラジオから流れだした。


「いやぁ……いいね。実にいい」


 そのラジオを手にとった七海先輩が、そうしみじみと言いながら電源を消す。


「こんな面白いモノを今まで黙ってたなんて、ルティ君も松浜君もズルいじゃないか」

「ええっ!?」

「いやいや、そう言われても!」


 って、いきなりスネられても困るんですけど!? ルティも思いっきり驚いてるし!


「あはははっ、ごめんごめん。どっちかというと『教えてくれてありがとう』のほうがふさわしいか」

「私もどちらかというと、お二方へ感謝したいです。サスケ殿とエルティシア様のおかげで、楽しい世界を知ることができました」

「リリナくんもボクと同じ立場なんだね。よーし、次のボクらの出番でたくさん恩返しするとしよう」

「ええ。ナナミ様の仰せのとおりに」

「あぅ……その、はい」

「……それはそれで怖いような」

「何か言ったかな?」

「いえいえいえいえ、何も言ってませんよ?」


 今まで一度も聞いたこともない七海先輩の『恩返し』って言葉に、思わず本音をつぶやいたら先輩が首をギギギと小刻みに振って反応してきた。だって、先輩から今の今まで一度も聞いたことがない言葉だったからさ。

 リリナさんも聞こえていたのか困ったように笑っていて、気付いてなかったらしいルティは恥ずかしそうに視線をさまよわせている。よっぽど、先輩から言われて照れてるみたいだ。


「それじゃあ、みんなを待たせるのも悪いから体育館へ戻るとしようか」

「そうしましょう」

「エルティシア様、お手をどうぞ」

「うむ。ありがとう、リリナ」


 七海先輩に言われて立ち上がると、ポケットラジオを大事そうに持ったルティもリリナさんの手を取って立ち上がった。木陰から陽射しへ出たら……うん、流石に暑い。肌がじりじりしてくる。

 ルティとリリナさんは色違いで長袖なジャージを着ていて、そのあたりはばっちり対策をしていた。それに対して、七海先輩は『日焼けなんてドンと来い』とばかりに半袖シャツに膝丈で切ってあるズボン姿で、なかなか豪快さんな格好だった。

 赤坂先輩の班は先に体育館へ向かったみたいで、俺たちよりずっと前のほうで楽しそうなしゃべりながら歩いていた。さっきのアヴィエラさんと有楽との出番でも楽しそうにしゃべっていたから、今もそのテンションが続いてるんだろう。


「くーやおにーさんはおはなしじょーずですねー」

「本当ですね~。時間が経つのを忘れるぐらい、夢中になってしまいました~」

「ピピナくんもフィルミアくんも、ふたりならではの視点でとても楽しかったよ」


 後を追って入った体育館では、フィルミアさんとピピナ、そして空也先輩がど真ん中にある仮設スタジオ――長い机をふたつ合わせて作った卓で楽しそうに笑っていた。


「おつかれさま、空也」

「ありがと、姉さん」


 にかっと笑った七海先輩が拳を突き出すと、空也先輩もにっこり笑って拳を突き合わせる。いつもはあまり見ない、ふたりが満足したときのサインだ。


「フィルミア君とピピナくんもおつかれさま、とても楽しかったよ」

「ありがとうございます~。楽しいおしゃべりが伝わったのなら、とってもうれしいです~」

「ななみおねーさんっ、くーやおにーさんはとってもたのしーひとでした!」

「そうだろうそうだろう。でも、その楽しさをめいっぱい引き出したのはキミたちだ。きっと、今までみんなとやっていた番組で経験を積んできたんだんだろうね」

「そうですね~。『異世界ラジオのつくりかた』とわたしたちの番組づくりのために、リリナちゃんとは毎日練習していますから~」

「ピピナも、ルティさまやかなといっしょによくれんしゅーしてるです」

「それはいい積み重ねだ。これは、松浜君も有楽君もうかうかしていられないんじゃないかな」

「俺もみんなと練習しててそう思いますよ。もっともっと磨いていかないと」


 ちょっとおどけて、100パーセントの本音を言ってみる。

 実際、フィルミアさんはリリナさんと練習することでトークに慣れてきたし、ピピナはおしゃべり好きなこともあってみんなとの会話をしっかり楽しんでいる。ふたり……いや、レンディアールから来たみんなのトーク力はこれからも伸びるだろうし、俺だって負けちゃいられない。


「それで姉さん、どうだった? 僕たちの番組は」

「こんなにスムーズに行くとは思いもしなかった、っていうのが正直なところだ」


 空也先輩からの質問に、きっぱりと七海先輩が答える。


「フィルミア君とピピナ君のトークはみんなの番組で知っていたけれども、仲間内だけでしゃべるのと初対面でしゃべるのとはまた違うはずだ。それなのに臆することなく、むしろ楽しんですらいるのにはびっくりしたよ」

「えへへー。ピピナ、いろんなひとたちとおしゃべりするのがだいすきですから」

「わたしも、よく地元の人たちと話したりしているので~」

「それならば納得だ。まあ、今の番組で言っておくべきことは特段ないだろう。赤坂先輩はどうですか?」

「私も、空也くんが七海ちゃん以外の人と楽しそうにトークしてるのを見てびっくりしたぐらいかなぁ」

「僕だってびっくりですよ。フィルミアくん、ピピナくん、またしゃべる機会があったらよろしくね」

「もちろんです~」

「はいですっ!」


 声を弾ませる空也先輩へ、のんびりと応えるフィルミアさんといつも以上に元気いっぱいに応えるピピナ。最初は空也先輩と組んで大丈夫かって思ったけど、みんなで楽しめたのなら本当によかった。


「しかしまあ、クウヤはよく時間ぴったりに収められたもんだね。〈すとっぷうぉっち〉で計ったら、9分55秒とかほとんど誤差範囲じゃないか」

「僕も時計を見ながらやってるんで。このあたりで話題をふくらませようとか、そろそろ話をまとめたほうがいいかなとか、だいたいの時間で判断しているんです」

「なるほどねえ。そのへん、アタシも神奈もまだまだか」

「ううっ……だって、ヴィラ姉とるいこせんぱいとおしゃべりするの、とっても楽しかったんだもん」

「わたしも楽しかったよ。でも、さすがにジェスチャーには気付いてほしかったかな」

「ごめんなさい。次はちゃんと気をつけます」

「あたしも精進しなくちゃね」


 空也先輩たちの前に担当したアヴィエラさんと有楽は、タイムオーバーしたこともあってかリーダーの赤坂先輩といっしょに反省モードだった。さすがに2分オーバーはかなりのやらかしだから、まだ慣れてないアヴィエラさんはともかく有楽には反省してもらわないと。

 そんな風に3人のことを見ていると、ポケットに入れていたマナーモード中のスマートフォンがぶるぶると震え始めた。取り出してスリープ状態から復帰させると、起動させておいたトークアプリに、


『くーちゃん先輩もみぃさんもぴぃさんも、とってもぐっじょぶでした』


 と、中瀬からのグループ会話が届いていた。って、ステラさんとルゥナさんといっしょに親指立てて自撮りまで送ってきてやがんの。中瀬だけ無表情なのは相変わらずだけど。


「空也先輩、中瀬たちからグッジョブってメッセージが届いてます」

「本当だ。自撮りまで添えてくれるとはうれしいね」

「ステラさまもぐっとしてくれてます!」

「ルゥナちゃんも楽しんでくれたみたいですね~」


 手にしていたスマートフォンを空也先輩たちに向けると、3人ともうれしそうに画面をのぞき込んだ。

 技術班の中瀬と付き添い組のステラさんとルゥナさんは、いっしょに泰平山の中腹にある雑貨店まで夕飯の仕込みのためのお買い物中。その途中で、ポケットラジオを使って聴いてくれていた。


「買い物組も聴けているのであれば安心だな」

「それにしても不思議だよねぇ、こんな小さな機械なのにちゃんと電波が届くなんて……おっと。松浜くん、『さすがにお店の近くまでが聴ける限界でした』って来てるよ」

「数百メートルぐらいが限度ですからねえ」


 そうは言ってみたものの、空也先輩がちょいちょいとつついているのはアヴィエラさんが魔術で出力を増幅してくれたほうの送信キットだったりする。

 で、その当のアヴィエラさんはというと、


「だ、そうですよ。アヴィエラさん」

「それだったら安心さね」


 空也先輩が読み上げた中瀬からのメッセージに、こっちも満足そうににかっと笑っていた。ということは、ちゃんとうまくいったみたいだな。

 このキットをヴィエルで使うのなら、ラジオについての法律なんてないからまったく問題はない。でも、日本には『電波法』って法律があってラジオを放送するためには免許が必要だったり、出力制限があったりと決まりがある。

 その中で送信キットは『出力が弱い』っていうこともあってあまり制限はされていないんだけど、数百メートルしか届かないからこそ許されているわけで、アヴィエラさんが増幅してくれたこのキットだと数キロに電波が飛ぶから余裕で法律に引っかかる。ヘタしたら、パトロールカーが電波の出所を探しにすっ飛んできてもおかしくはない。


「リリナ、ちゃんとできてたってさ!」

「そのようですね。お役に立てたのであればなによりです」


 それを、リリナさんがイグレールじいさんの宝玉を封じた力をICチップに込めたことで元々の範囲に抑え込んでくれた。中瀬たちがいるあたりで聴こえたり聴こえなくなったりしてるのは、その力のおかげってわけだ。


「ありがとうございます、リリナさん」

「いえ。皆様のためであれば、これしきのことは」


 お礼を言うと、リリナさんは微笑んで返してくれた。

 ルティがこっそり持って来たときはどうしようかと思っていたけど、リリナさん様々だ。


「練習や街のイベントでミニFMをやるぐらいならば、数百メートルあれば十分だろう」

「今はネットとかあるけど、こういうのもいいねぇ。姉さん、いっそ僕たちも買ってみようか」

「ほほう。それは楽しそうだ」


 あっ、七海先輩がニヤッて笑った。

 桜木姉弟に送信キットって、なんかとんでもないオモチャを教えちまったような気がするのは……いや、気にしないでおこう。深入りはヤバい。絶対ヤバい。


「それじゃあ、次はいよいよボクたちの出番だね。松浜君、ルティ君、リリナ君、さっそく打ち合わせをしようじゃないか」

「気合い入ってますねぇ」

「当然。こんな面白そうなモノを前におあずけを喰らっているほど、ボクは行儀良くないんだ」

「まあ、姉さんだからねぇ」

「空也はよくわかってるね。では、ルティ君、早速この箱からお便りを引いてくれたまえ」


 放送卓代わりのテーブルに置いてあった箱を手に取った七海先輩は、丸く穴が空いているてっぺんのほうを差し出した。


(わたくし)でよろしいのですか?」

「当然、キミはこの合宿の主催なんだから」

「そうだな、主催なんだし」

「主催なのですから、エルティシア様が適役かと」

「そ、そうか、我が適役か。では……」


 俺たちがうんうんとうなずくと、ルティがちょっぴりうれしそうに笑いながら箱の中に手を入れた。そして、一枚のハガキ大の紙を取り出して、


「サスケ、後は頼む」

「あいよ」


 まだひらがなとカタカナしか読めないルティは、すぐに俺へと渡してきた。で、書いてある内容はというと、


「『夢』?」

「夢、とな?」


 おたよりの表面にでっかく『テーマ・夢』って書かれていた。


「ああ、それもボクが書いたネタだ」

「また七海先輩ですか」


 おたよりの裏面を見てみると、片隅には『ラジオネーム サクラーズ・(あね)』って書かれていた。

 夢……夢、ねえ。先輩たちの場合、夢っていうより野望のほうがしっくり来るような気がするんだけど――


「いかにもボクには似つかわしくない題材だろう」

「自分でもそう思ってたんですか」

「おや、それは松浜君もそう思っていたということでいいのかな?」

「げっ」


 やべえ! つい本音が出ちまった!


「まあいい。それよりも今はルティ君とリリナ君との番組が優先だ」

「今俺をわざと外しましたよね!?」

「誰が口答えしていいと言ったかな? AD見習いの松浜君」

「ADでも見習でもないです! パーソナリティです!」

「いい声で鳴いてくれてありがとう。今日もキミの反応が上々でなによりだ」

「わかっててもつられるこの受け身体質が憎い。めっちゃ憎い!」


 桜木姉妹と有楽に鍛えられたせいで、すっかりツッコミ体質になっている俺だったとさ。めでたくないしめでたくないし。


「あ、あの、ナナミ嬢。冗談ですよね? サスケを除いたりはしませんよね?」

「もちろん。今のはちょっとしたアドリブの小芝居だとも」

「こんなふうに振ったらこう反応する、っていうのを去年1年でみっちり教え込んだからねえ」

「そのおかげで、あたしも松浜せんぱいにフルパワーでぶつかれるんですよねー」

「……我にはできそうもない芸当だ」

「お願いだから、ルティはできるだけそのままでいてくれ……」


 思わず両手を合わせて拝み倒したくなるぐらい、俺はルティへそう願った。ルティとのマイペースなトークも大好きだから、それだけは、それだけは勘弁を。


「では、そろそろボクたちも始めるしよう。10分ぐらいしたら電源を入れるから、空也の班と赤坂先輩の班はまた木陰で待っていてほしい」

「わかった」

「それじゃあ、また後でね」

「ルティちゃん、七海先輩のペースに巻き込まれすぎないようにねっ」

「う、うむ……?」


 みんなが出ていく中、有楽はルティの手を握ってそう言ってから体育館を後にした。さっきもお手並み拝見とか言っていたし、さすがにいきなりルティをマシンガントークには巻き込まないだろう。

 ……そう願いたい、ってのが本音といえば本音だ。


「さて、と」


 最後に出ていった有楽が体育館のドアを閉めると、見送っていた七海先輩が俺たちのほうへと向き直る。


「松浜君はボクの隣がいいかな。ルティ君とリリナ君は、向かい側の好きなほうへ座るといい」

「わかりました。リリナ、我はナナミ嬢の前でいいだろうか」

「よろしいかと存じます。私は、サスケ殿の前のほうということで」


 そして、それぞれの席へとつく。

 会議用の長机をふたつ合わせて作った簡易スタジオは真ん中に置かれた送信キットが小さいこともあってか結構大きめで、わかばシティFMにあるスタジオの卓よりも向かい側との距離が結構離れている。

 そういえば、ルティや七海先輩とはよくいっしょに座るけど、リリナさんとこうして卓で向かい合うのは初めてかもしれないな。


「では、今回のおたよりは松浜君に読んでもらうとしよう」

「別にかまいませんけど、俺がですか」

「さすがにボク自身のおたよりをボク自身で読むのはね。あと、話を振る立場の松浜君を見てみたいというのもある」

「なるほど。それじゃあ……」


 言いながら七海先輩が差し出してきたおたよりを受け取って『テーマ・夢』って書かれた表面を裏返す。先輩らしいかっちりとした字で手書きされた文章はそこそこ長めで、それでいて文字同士の間隔もとられているからかなり読みやすい。


「『初めておたよりを出します。私は若葉南高校に通う3年生で、放送部に所属しています』」

「まさにナナミ様のことですね」

「ボクもボク自身のことを書いたからね」

「『私たちが放送部に入った頃は先輩たちも少なくなっていて、双子の弟といっしょにのびのび育てられた記憶があります。それが、ラジオが大好きな後輩と演技をするのが大好きな後輩が入ってきて、私たちも後輩を育てる立場になりました』」

「そんなに部員が少なかったのですか」

「技術側をやりたがる子たちはいたんだけど、アナウンス側の部員のほうが少なかったんだ」


 実際、七海先輩が言うとおりに部員自体はそこそこいる。3年生は桜木姉弟のふたりだけど、俺ら2年生は6人で1年生も5人。それでも、どっちかというと中瀬みたいに放送を作る側に興味を持っていて、こういう風に積極的に表舞台へ出たがるのは俺と有楽とあと2~3人ぐらい。

 中には名義だけ放送部に置いている実質帰宅部のヤツもいるけど、体育祭や文化祭みたいなイベントになると顔を出してちょいちょい手伝いはしてくれるからあんまり文句は言えなかった。


「『そして今、ラジオが大好きな子たちが外国からたくさん来て、放送のことでみんなと話せる場ができました。私たちはあと半年もしたら卒業するけど、この繋がりでこれからもラジオができたらいいなって夢を持ち始めています。来年からは大学生で、いつかは社会人になっていっても、そんな場を作ってきたいと思います。パーソナリティのみなさんは、今抱いているこれからの夢ってありますか?』」

「おお……」

「ナナミ様は、これからも〈らじお〉をやっていきたいのですね」

「ラジオに限らず、表現できることならなんでもしていくよ。でも、こうして言葉だけでやりとりできるラジオが、ボクは一番大好きかな」


 くくくっと笑う七海先輩は、どこまでも楽しそうで。


「先輩……これ、相当ガチなやつじゃないですか」

「ガチだねえ。今のボクのガチ中のガチだよ」


 おずおずとした俺のツッコミにも、余裕で答えてみせた。

 いや、まさか俺たちを引き合いに出してこんな風に将来の夢を語るとか、中高生のリスナーが多い番組の定番メールじゃないか。


「ラジオにはこういう人生相談的なものがあるだろう? だからといって人生相談そのものを送ってしまうと、10分では収まりがつきそうもない。となると、こういう風に自分の夢を語りつつ、パーソナリティからの話題を引きだそうと思ったのだよ」

「まあ、そりゃあそういうのもありますけど……まさか、七海先輩がこんなにガチなのを書くなんて」

「だからさっき言ったじゃないか、ボクには似つかわしくないと」


 どこまでも余裕たっぷりに、七海先輩が腕を組んでふふふっと笑う。

 こういう場のためなら、自分の夢とかも表に出して……って、表に出して?


「あの、先輩? もしかして、これって俺たちも将来の夢を語るような展開ですか?」

「そういうことになる」

「うわぁ……そう来ましたか。そう来ましたか!」


 にんまりと笑ってるし、この人自分の身を切り売りするだけじゃなくて俺らまで巻き込んできたよ! 恥ずかしげもなく言ってきたかと思ったら、それが狙いだったのか!


「サスケは何を焦っているのだ? 将来の夢であれば、我もサスケもカナとの〈ばんぐみ〉で語り合ったことがあるではないか」

「えっ」

「それは初耳だね。どういうことをキミと松浜君は言っていたんだい?」

「我は地元の街で〈らじおきょく〉を作りたいと、そしてサスケは父御のような〈あなうんさー〉になりたいと言っていました」

「ふむ」


 ルティが春先に収録した番外編のことを暴露すると、七海先輩は考えるようにあごへ手をあててから、


「それじゃあ、松浜君のその夢は今回封印ということで」

「げっ!?」


 人さし指をぴんと立てて、あっさりと俺のメインの夢を封じてきやがった!


「キミのその夢は、ボクももう聞き慣れている。だったら、他にもある夢を聞いてみたいのは世の常だろう?」

「で、でも、ルティの夢は?」

「ルティ君の夢のほうならばいくらでも話が広がる。それに、ボク自身も興味があるから仕方ないじゃないか」

「それはそうですけど……えー」


 確かにことあるごとに何度も言ってきたし、他のみんなもよーく知ってるけど……いや、みんなどころか『好き放題』のリスナーさんもみんな知ってるぐらい言ってるか。

 確かに別の夢のほうがいいのかもしれないけど、いきなりそんなことを言われてもなぁ。あと言える夢っていえば……


「……ん?」

「ん? ……どうした、サスケよ」

「あ、いや、なんでもない」


 視線をさまよわせたところで、ふとルティと目が合う。そして、ぼーっとしてる俺へと自信たっぷりに笑顔を浮かべてみせた。

 話題が決まってるから余裕なのかと一瞬思ったけれども、いつも見ているその笑顔からふともうひとつの夢が思い浮かんできた。

 それは、ルティの夢にも関わること。そして、きっと俺ひとりじゃ出来ないこと。

 できるかどうかすら、予想がつかない。でも、ルティがいて、みんながいるならそれができるかもしれない。

 だって今、現実にその一歩を踏み出せているんだから。


「リリナ君とはこうして話すのが初めてだから、楽しみにしているよ」

「あまり話題の種にはならないかもしれませんが」

「何を言ってるんだい。異国から来たお嬢様の侍女が抱く夢だなんて、ロマンにも程がある」

「ろ、〈ろまん〉、ですか?」


 でも、ここにはそれに関わりのない先輩がいる。


「うーん……」


 はてさて、どう言ったもんだか。

 俺は腕を組みながら、思考の中へと埋もれていった。


 大変お待たせしました。少しずつ、少しずつ復帰していきます。

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