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第47話 異世界ラジオと夏合宿・1

 セミの鳴き声が、四方八方からひっきりなしに降ってくる。

 風が吹いていないこともあって、まわりを囲む木々は静かそのもの。ほとんどの音はセミの大合唱で占められていて、その他に聴こえてくるものはというと、


「はぁ……はぁ……」

「がんばれー」

「ルティちゃん、あとちょっとだよ!」


 俺たちの足音と、みんなの声ぐらい。


「さ、先ほども、カナはそう言ったであろう……」

「本当にあとちょっとだって。ね、先輩」

「ああ。あと10分ぐらいかな」

「ま、まだ10分もあるのか……」


 息も絶え絶えなルティが、階段づくりの遊歩道を歩きながら俺と有楽へ絶望したような視線を向ける。って、そこまでショックを受けなくてもいいじゃんか。

 赤いデニム地の半袖シャツにベージュ色のハーフパンツ、そして探検のときに被るような帽子も相まってとても活発的に見えるけど、今ので一気に地が出てきたな。


「サスケくん、ルティはこういう山道が初めてだから仕方ないと思うよ」

「そうなんですか?」

「レンディアールって、円環山脈以外はほとんど平坦だから。ステラみたいに外の国へ行ったことがあるなら別だけど、ずっとレンディアールにいたらなじみがないもん」

「なるほど。じゃあ、フィルミアさんもステラさんみたいにイロウナとかフィンダリゼに行ったことが?」

「いえいえ~。わたしは、小さな頃から歌のために鍛えていますので~」


 いっしょに山道を歩くステラさんとフィルミアさんに聞いてみたら、ふたりともけろっとした感じでそう言ってみせた。

 そんなフィルミアさんの服装はというと、水色のワンピースの上に白地の長袖カーディガン。ステラさんはうちの近所にあるスポーツ用品店で買ったリベルテ若葉の緑色のレプリカユニフォームと黒いショートパンツ姿で、それぞれ白くてつばの広い帽子を被ったり、深緑色のバンダナを巻いたりしている。

 一見するとお嬢様とサッカーのサポーターって感じで、3姉妹それぞれが自由に着飾っていた。


「なるほど。じゃあ、リリナさんもフィルミアさんのトレーニングに付き合ってたり?」

「もちろんです。それに、時間があれば自己鍛錬にはげんでおりますから」

「リリナねーさま、げんきすぎですー……」

「……こういった姿を晒すことがないように」

「ピピナ、だいじょうぶー?」

「あ、あははははは……」


 リリナさんにたずねてみれば、やっぱり当然といった反応。その上歩き疲れたピピナを背負っても平気そうな顔をしているんだから、それだけ鍛えているってことなんだろう。

 代わりにリリナさんとピピナのぶんのリュックを持ってあげているあたり、ルゥナさんも体力には自信があるらしい。

 それぞれのパートナーと似たような感じになってるんだなぁ……まあ、ピピナの場合は妖精さんモードで飛んでることが多いのもあるか。

 妖精さん3姉妹の服装はデザインが揃ったサマードレスで、色もグリーン系統で揃えられている。みんなでいっしょに駅前のデパートへ買い物へ行って、妖精さんモードの時に着ているドレスに似て日本の暑さに合う服を探してきたそうだ。


「ルティ、キツいんだったらリュックぐらい持つぞ」

「か、かまわぬ。皆こうしているのだから、我だってこのぐらいは……」

「いや、そのリュックは誰のよりも重いだろ」


 見れば、ルティが背負っているリュックは小さな体とは不釣り合いなぐらいに大きくて垂れ下がっている。試しにちょいと下から押し上げてみると……おおぅ、思った以上にずっしりとしてるじゃないか。


「ほら、やっぱり」

「し、仕方ないであろう。いろいろと詰め込んできたのだから」

「ルティってば、〈むでんげんらじお〉とか〈みにえふえむそうしんきっと〉とか、向こうと同じ機材を持っていくって言って聞きませんでしたからね~」

「いい鍛錬になるとは言ってたけど、さすがに限度があるよね」

「ううっ」

「ほれ、俺が持ってやるからこっちと交換な」

「い、いや、しかし」

「フィルミアさん、お願いします」

「は~いっ」

「わわっ!?」

「よっと。はいっ、サスケくん」

「ありがとうございます、ステラさん」


 ルティの後ろへまわったフィルミアさんがリュックの肩紐を両サイドへ引っ張ると、その重みでリュックがするりと下に落ちてステラさんにキャッチされた。それを受け取れば、結構な重みがあって……これ、ルティの小さな体でよく持ってこられたな。


「我が持って来たのだから、我の責任なのに……」

「ステラさんが言ったとおり、限度があるだろうが。ほれ、そこまで言うなら俺のと交換な」


 俺は肩からさげていたスポーツバッグを外して、そのままルティの肩にかけてやった。


「うむ、それならば……って、軽い!? サスケ、あまりにも軽すぎではないか!?」

「着替えと筆記用具とタブレットと、あとはスリッパぐらいしか入ってないし」

「そなたは逆に物を持って来なさすぎだ!」

「はっはっはっ」


 わざとらしく笑いながら、そのままルティが背負っていたリュックを抱きかかえる。

 元々男の荷物なんてそんなものだし、別にフィルミアさんとステラさんから聞いていたからなんてことは一切ない。ただの偶然だ。偶然。


 そんなこんなで俺たちが歩いてるのは、栃木県の南側にある『泰平山(たいへいざん)』って呼ばれている山の遊歩道。若葉駅から最寄りの蔵町駅までは東都スカイタワーラインと繋がっている東都磐野線(ばんやせん)に乗って1時間ちょっとで、そこからバスで15分ぐらいあれば登山口へ行ける結構身近な山だ。


「せんぱい、看板が見えてきましたよー」


 有楽が指し示した斜面には『泰平山神社』って書かれた看板が立てられていて、その下にひとまわり小さい『泰平山青少年自然の家』の看板がくっつけられていた。


「おー、この看板が見えてきたってことはあともうちょいか」

「まことか!」

「おいおい、無理して急ぐとケガするぞ」

「心配ない。サスケのおかげで身も心も軽くなったからな」

「ありゃりゃ。ルティったら、もう元気になっちゃって」

「この〈がっしゅく〉を発案したのもルティですから、無理もありませんよ~」


 階段を早く上り出したルティをなだめてみたら、声を弾ませていたずらっぽく笑いかけてきた。まあ、フィルミアさんの言うとおり無理もないんだろうけどさ。


「俺らが放送部の合宿へ行くって言ったら、えらい食いついてきましたからね」

「ほんと。サスケくんたちがいない間、ステラやミアねーさまに〈がっしゅく〉したいってねだってきて大変だったんだから」

「だからって、費用全部持ちにまでしなくていいのに」

「こちらでの生活も安定してきましたから、心配なさらなくても大丈夫ですよ~」


 ちょっと呆れ気味な有楽の言葉に、フィルミアさんはいつもどおりにふんわりと笑って当然とばかりに受け止めてみせた。

 全部で13人の合宿費を引き受けておいてそう言えるなんて……『異世界ラジオのつくりかた』の制作資金の時も思ったけど、やっぱりフィルミアさんはいろんな意味で大らかだよなぁ。


 今日俺たちがここへ来たのは、ステラさんとフィルミアさんの言うとおり合宿のため。このあいだ俺と有楽が放送部の合宿で泊まった泰平山青少年自然の家へ、今度は『ヴィエル市時計塔放送局』のメンバーを連れて泊まりに訪れた。

 どうもルティは『みんなでいっしょに親睦を深めながら練習する』っていうシチュエーションに惹かれたらしく、俺らが帰ってきて早々合宿を提案してきた。

 最初は夏休みなんだしもう埋まってる……と思っていたんだけど、お盆休み前の平日はぽっかりと空いているっていうことで、すんなりと8月11日から13日まで2泊3日の合宿が決定。そして、こうしてみんな集まって合宿所へ向かっているってわけだ。

 合宿所への山道を歩いているのは、俺と有楽とルティにフィルミアさんとステラさん、そしてピピナとリリナさんとルゥナさんの計8人。赤坂先輩とアヴィエラさんと中瀬には先輩のお母さんが持ってる車で荷物とふたりの先生を運んでもらっていて、俺らより先に出発していたからそろそろ着いている頃だろう。


「おー、みんな着いたかー!」

「ヴィラ姉! やっほー!」


 そんなことを思いながら歩いているうちに、白いノースリーブのブラウスにジーンズ姿のアヴィエラさんが階段の上から手を振りながら声をかけてきた。


「アヴィエラ嬢、もう到着されていましたか!」

「20分ぐらい前にね。ルイコたちは先に上へ行って、もう入所の手続きを始めてるよ」

「へえ、結構早かったですね」


 言いながら階段を上りきった先は小さな駐車場になっていて、赤いカラーの少しずんぐりした車がアヴィエラさんのそばに停まっていた。 


「どうでした? 初めての車は」

「すいすい走って楽しかったねぇ。速さで言ったら自分で飛んでいったほうがいいけど、みんなでワイワイ言いながら行けるのが〈くるま〉のいいところかな」

「あのふたりがいるなら、退屈しなかったでしょう」

「ほんとほんと。まるでルイコといっしょに〈なまほうそう〉へ巻き込まれた気分だったよ」


 満足そうに笑っているあたり、アヴィエラさんにもあのふたりのトークに満足してもらえたらしい。この分なら、今日からの合宿も上手く行きそうだ。


「じゃあ、みんなも来たことだしそろそろ行こうか」

「はーいっ」

「ようやく着いたか……って、今度は坂道があるぞ!?」


 ルティが駐車場から看板がある入口のほうを向くと、そこには左へ曲がるようにして続く坂道があった。


「心配するなって。あの曲がったところが正門だから」

「そ、それならばいいのだが……ふぅ」


 あからさまにほっと胸をなで下ろしたルティに、思わず微笑ましくなる。なんだかんだ言っても、やっぱり疲れているんだろうな。

 ゆっくりとした足取りで残りの坂道を登っていけば、そこは広場になっていて奥の方に自然の家の白い建物が見えてきた。


「みんな、お疲れ様」

「お待ちしておりました」


 その建物のほうからきたのか、淡い水色のワンピース姿の赤坂先輩となぜかベージュ色の半袖シャツと半ズボンで揃えた探検隊ルックの中瀬、そして、


「へえ、なかなか壮観じゃないか」

「みんな、いらっしゃい」


 お揃いのジーンズと左から右へと大きさが入れ替わる白黒のチェック柄のシャツを着た桜木姉弟――七海先輩と空也先輩の姿があった。


「ナナミ嬢! クウヤ殿! 来ていただいてありがとうございます!」

「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。ルティ君」

「ルティくんたちのラジオ同好会の合宿なら、僕も七海も喜んで参加するよ」


 ルティが駆け寄ってぺこりと頭を下げると、七海先輩も空也先輩もにっこり笑って優しく答えてみせた。

 このふたりが、今回の合宿の『特別講師』。赤坂先輩といっしょに、ラジオに携わる先輩としてルティが参加をお願いしたふたりだ。


「お久しぶりです~、ナナミさん、クウヤさん~」

「お久しぶり、フィルミア君。隣にいるキミが、アリステラ君かな?」

「はいっ。初めまして、ルティのお姉さんでミアねーさまの妹のアリステラです」

「初めましてだね。僕が桜木空也で、こっちが双子の桜木七海。ルティくんとは時々遊んだりしてるんだ」

「よくルティとミアねーさまから聞いてます。ステラはごはんづくりのお手伝いとかですけど、今日から3日間よろしくお願いします!」

「うん、よろしく」


 初対面のステラさんとのあいさつも、いつものように飄々とこなす桜木姉弟。

 でも、まだふたりはルティたちが異世界から来たっていうことを知らない。相変わらずヨーロッパのどこかの街から来た子たちっていうことを信じているから、もしみんなの正体――特に、妖精さん3姉妹の正体を知ったらどうなるんだろう。


「おおっ……みなさん、そのまま妖精さんがでっかくなったみたいです!」

「リリナねえさまとピピナといっしょにえらんでみたんだー。かわいいでしょ」

「〈ニホン〉の暑さをしのぐのにもちょうどよさそうでしたので。ミハル様も、凛々しきお姿ですね」

「ありがとうございます。ふたりともとってもかわいいですし、りぃさんの背中にいるぴぃちゃんもかわいらしくて……わしゃわしゃわしゃわしゃ」

「や、やめるですよー!」


 みんなの正体を知るひとりの中瀬は、おかまいなしとばかりに相変わらずリリナさんに背負われているピピナの頭をなで始めた。コイツはいつもマイペースだから、全然参考にはなりそうもない。

 そのあたりのこともルティたちは考えているみたいだけど、桜木姉弟もみんなのことを受け入れてくれたらいいなって、そう思う。いざというときのために、みんなのことを説明する準備もしておかないと。 


 全員が揃ったところで、俺たちは自然の家の建物へ入ってそのままホールへ。2週間前と同じ職員さん立ち会いのもと施設の説明やスケジュールの確認といったオリエンテーションをこなせば、あとは割り振られた部屋へ行くだけだ。


「やっぱり、12畳の部屋にふたりっていうのは広く感じるねえ」

「そうですね。このあいだは6人でひと部屋でしたし」

「最後の合宿がにぎやかでよかったよ。4校合同っておまけもあって」


 肩からかけていたスポーツバッグを外すと、空也先輩も背負っていたリュックを畳の上に下ろす。

 俺と空也先輩が入った部屋は、12畳の和室。このあいだの合宿は交流会の名目で南高の他に若葉北高と若葉総合高、そして紅葉ヶ丘大附属高と合同で行われたから他校の男子部員もいてにぎやかだったのが、今回は俺と空也先輩だけだからとても広く感じる。

 ちなみに、女子のほうはというと赤坂先輩とアヴィエラさんが年長用の『指導員室』に、その指導員室を挟むような形でルティとフィルミアさんとステラさん、ピピナとリリナさんとルゥナさん、そして有楽と中瀬と七海先輩が俺たちと同じ12畳の和室に泊まることになっている。

 2人と9人だと、えらく人口密度が違うんだろうなぁ……


「今日は招待してくれてありがとう。夏休み中はふたりで退屈してたから助かったよ」

「礼なら俺よりルティに言ってくださいよ。それに、受験生なのに退屈とか言ってていいんですか?」

「指定校推薦の枠はとれそうだし、あとは日々の勉強をこなせば心配ないんじゃないかな」

「思いっきり余裕な発言っすね……」


 当然だと言わんばかりの余裕さで、逆に来年受験生なこっちへプレッシャーを与えてくるのはきっと気のせいじゃないと思う。


「双子で受験生だと、自然とふたりで楽しみながら勉強ができてね。夕ごはんを食べ終わったあとは過去問から抜き出した小テストを突きつけ合うのが日課なんだ」

「それは結構いい勉強法かもしれませんね。でも、双子だと同じ問題を出したりして」

「最初にがっつりやったねえ」

「本当にやったんですか」

「同じ年の文鳳大学の過去問から出し合ったらいくつか被ったんだよ。だから、今は別の年度から出すようにしてるんだ。ふたりで腹の探り合いって感じで、これもまた楽しいよ」

「エンジョイしてるなぁ」

「姉さんといっしょだからこそだね」


 そう言って笑ってみせた空也先輩は楽しそうで、七海先輩のことが本当に大好きなんだってひしひしと伝わってきた。

 ふたりで馬鹿なことをやって、いつも楽しそうなことを探していたり、時にはちょっかいを出してお互いじゃれ合ってみたり、そして時には真剣勝負を挑み合っていたり。放送部に入ってから桜木姉弟にはひたすら振り回されっぱなしだけど、はたから見ていて退屈しないし、今の俺と有楽のラジオで参考にさせてもらっている点もたくさんある。

 なんだかんだ言ってはいても、空也先輩と七海先輩は俺らの頼れる先輩だ。


「さて、と。お昼ごはんまでひと休みってとこかな」

「そうですね。20分ちょっとでも登山は登山でしたし、暑さを考えると少しはのんびりしたほうがいいかなーと」

「ルティくんとピピナくんは特にそうだろうね」

「ふたりとも楽しみではしゃぎすぎたんですよ。ルティは大荷物を持って、ピピナは山道を駆け回って」

「年相応、と言うべきかな」

「ああ、その言い方はぴったりかもしれません」


 ふたりには失礼だけど、あまりにもその単語が当てはまってて思わず空也先輩と笑い合った。いつもは七海先輩とふたりで俺と接しているから、こうしてサシで話すのはなんだか新鮮だ。

 ちなみに、今回の合宿の大まかなスケジュールはこんな感じになっている。


〈8月11日(木)〉

 10:30 現地集合・オリエンテーション

 11:30 昼食

 13:00 フリートークレッスン1

 17:00 夕食準備[カレー]

 19:00 夕食

 20:00 自由時間・入浴

 22:00 就寝


〈8月12日(金)〉

 6:00 起床

 6:30 散策

 7:30 朝食

 8:30 基礎練習・エチュードレッスン

 11:30 昼食

 13:00 フリートークレッスン2

 16:30 夕食準備[バーベキューなど]

 18:30 夕食

 19:30 ナイトハイク・実況レッスン

 21:00 自由時間・入浴


〈8月13日(土)〉

 6:00 起床

 7:00 朝食

 7:45 掃除

 8:30 退所・下山開始

 9:30 蔵の街市場で休憩・現地研修

 11:00 蔵町駅発

 12:00 沖田駅着・昼食

 13:00 沖田駅構内で現地研修

 15:30 現地解散


 基本的には先輩たちにレッスンをつけてもらいながら親睦を深めていくっていう形で、レッスンの形式については先輩たちにおまかせ。3日目は合宿所から出て解散……なんてことはなく、そのあともラジオに関する『研修』を計画している。

 この研修のことを知っているのは、俺の他には赤坂先輩と桜木姉弟だけ。ほかのみんなにはおみやげを買いに行くための休憩って言ってあるけど、どういうものなのかは現地についてからのお楽しみってことで。

 N4リーグの試合中継が土曜日にズレこんで、俺と有楽のレギュラー番組がお休みになったからこそ計画できたとも言えるから、この合宿で俺もたくさん勉強しないとな。


 そのままふたりでいろいろとしゃべりながら、畳の上をゴロゴロしてのんびりと過ごす。家には父さんと母さんの部屋にしか和室がない俺にとっては、畳のにおいを感じながら独特の感触を楽しむ数少ない機会だった。


「松浜くん、すっかり畳の魅力にやられているようだね」

「いやー、洋室住まいだとなかなか。ルティたちの部屋も洋室だから、今頃珍しがっていると思います」

「海外から来た子だとなおさらじゃないかな。それはそうと、君の家にはルティくんの他に誰が泊まっているんだい?」

「ルティとフィルミアさんとステラさんと、ピピナとリリナさんとルゥナさんと、あとはサジェーナさんとミイナさん――ルティとピピナのお母さんと、アヴィエラさんですね」

「……いくらなんでも、それは多すぎじゃない?」

「あっ……ま、まあ、空き部屋はあるんで」


 珍しく戸惑ったような、はたまた呆れたような空也先輩のツッコミにハッとした俺は、慌ててなんとか言いつくろった。当たり前のように言ったけれども、確かに8畳の洋間に9人は多すぎる。

 それもこれも、小さくなれる妖精さん一家のおかげで実質6人分のスペースで済んでいるからってのもあるけど……危ない危ない。


「ふーん。じゃあ、そういうことにしておこうか」

「あ、あはははは……」


 って、全然回避できてねえし! 空也先輩のニマニマ笑顔ほど疑ってそうなことはないんだよ!

 追求を止めてくれたことにはひとまず安心するとして……ルティが言ってたとおり、そのへんのことはやっぱり明かしておいたほうがいいのかな。俺としては、何か変わったことがあるとすぐに引っかき回しにくるふたりだから、慎重に見極めてからにしておきたい。


「それにしても、松浜くんの家も男2人と女性10人だなんてえらい男女比が逆転しちゃったねえ」

「もう慣れましたよ。汗を流す以外の風呂は基本的にみんな近所のスーパー銭湯に行ってますし、夏休み中はみんなで食事当番とか店の手伝い当番を決めてうまくまわしてますから、むしろにぎやかで楽しいものです」

「ふうん。それじゃあ、お風呂や脱衣所でばったりなんてことはないと」

「あるにはあります。有楽限定で」

「あー……神奈くんだったら仕方ないか」

「ええ、あの有楽ですからね」


 名前を出しただけですぐに納得されるあたり、有楽の(ごう)も相当なものだと思う。

 日本の夏はレンディアールのそれとは違って汗をかきやすいこともあって、女性陣は日中にもお風呂やシャワーを使うことがあるんだけど、夏休みになってからよくうちに入り浸るようになった有楽が隙を見つけては『ごいっしょ』しにいったりしている。

 一度、妹の真奈ちゃんがピピナとの遊びついでに様子を見にきたときにもやらかして、思いっきりスリッパで頭をはたかれていたけれども、それでも懲りることなく『ごいっしょ』は続いている。サジェーナ様だろうがミイナさんだろうが突撃しにいくあたり、いい根性してるよ、アイツは。

 苦笑いしながらそんなことを思い出していると、木製のドアがコンコンとノックされた。


「はーい」

「やあ、お疲れのところ悪いね」


 ドアに近いところにいた俺が起き上がってドアを開けると、同じくらいの背格好の女の子――七海先輩が軽く手をあげてみせた。


「いや、そんなでもないんで別に構いませんけど。どうしました?」

「ルティ君が、空也にもちゃんとあいさつをしておきたいと言うのでね。異性のいる部屋へはひとりで行ってはいけないルールだから、ボクがついてきたのさ」

「と、いうわけだ。お世話になります、ナナミ嬢」

「なあに、お安い御用だよ」


 七海先輩が脇のほうを見下ろすと、ドアの陰からひょっこり現れたルティが七海先輩へぺこりと頭を下げる。


「そういうことでしたか。だったら、部屋のほうにどうぞ」

「うん、邪魔するよ」

「失礼いたします」


 俺がドアを開けきって迎え入れると、七海先輩は堂々と、そしてルティはいつものように礼儀正しく一礼してから部屋へと入ってドアを閉めた。


「なになに? 僕に用だって?」

「はい。クウヤ殿、この度は(わたくし)の願いに応じてくださって誠にありがとうございました」


 起き上がってあぐらをかく空也先輩の前で正座したルティは、そのまま畳へ両手をつけて深々と頭を下げてみせた。ルティの日本式の礼も、結構板についてきたな。


「別にそんなかしこまらなくたっていいのに。さっき松浜くんにも言ったけど、僕も姉さんもヒマだったから渡りに船だったんだよ。それよりも、本当に合宿費は払わなくてもいいのかい?」

「その辺りはご心配なく。我が家の会計にて全て整えておりますので」

「それはそれでうれしいけど……いいのかなぁ、本当に」

「まあまあ、いいじゃないか。ルティ君の求めとあらばボクたちはいつでも応じる用意があるし、整えてくれた分はボクたちが全力をもって応じればいいだけのことだ」

「んー……じゃあ、僕もそうさせてもらうよ」

「はいっ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 堂々とした七海先輩の言葉に引っ張られるようにして、まだ迷っていた空也先輩がすっきりしたように吹っ切ってみせる。ルティもうれしそうに応じるあたり、やる気いっぱいってところか。


「すっかり元気になったみたいだな、ルティ」

「サスケが荷物を持ってくれたおかげでな。ピピナも、チホ嬢が氷冷箱へ入れてくれた氷菓を食べて元気を取り戻したらしい」

「それならよかった。じゃあ、午後からのレッスンは問題なさそうか」

「うむ。みんなで昼食をとって英気を養い、その後の教習に備えるとしよう。ステラ姉様とルゥナも、教習の間のミハルとの散策を楽しみにしているようだ」

「ふたりとも山道を元気に歩いてたもんな。あんまり放送には興味がないステラさんたちを引っ張り込むわけにもいかないし」

「かといって、姉様とルゥナをワカバの街へ置いていくわけにもいかなかった。ミハルには、後でまた礼を言っておかねばな」

「おう、俺の代わりに言っておいてくれ」

「むぅ。ミハルのことになるとサスケはいつもそう言う」


 ちょっと呆れ気味に、それでいて仕方ないって感じで笑うルティへと笑い返す。俺と中瀬はこういう距離感のやりとりがちょうどいいんだよ。


「へえ。佐助君とルティ君は、ふたりきりだとそういう風にしゃべるのか」

「『異世界ラジオのつくりかた』だとクロストークだから、こうして聴けるのはなかなか新鮮だねえ」


 そんな風にルティとやりとりをしていたら、側にいた桜木姉弟からいきなり感想が飛んで来た。


「先輩たちの受験勉強みたいに、家で夕飯を食べたあとはトークの練習ついでにこうして日々のことを話しているんです」

「週に2・3日は〈ろくおん〉などをして、サスケとその出来について話し合ったりもしております」

「それは本格的だね」

「あはっ、あははははは……」


 感心したような空也先輩の言葉に、ただただ笑うしかない。言えないよなぁ、練習どころか、異世界で俺たちがパーソナリティのトーク番組を始めました、だなんて……


「よかったら、この機会にその練習した音源を聴かせてくれないかな?」

「ええ、是非とも」

「おいおい、ルティ。今は無理だって」

「えっ? ……あっ、そうか」


 ふたつ返事を俺にさえぎられたルティは、不思議そうな顔で見上げるとようやく気付いたようにはっとしてみせた。


「申しわけありません。本日はその記録が入った〈ぷれーやー〉を置いてきてしまったので、またの機会にでも」

「そうか、それは残念だ」


 ルティの謝罪を、七海先輩が残念そうに受け入れる。ううっ、珍しく本気で残念そうな顔をされると、こう、なんというか、罪悪感が……

 本当はルティの荷物の中に音楽プレーヤーがあるらしいんだけど、それを収録したのはヴィエルでのこと。日本でこれを再生しようとすると、大陸公用語――レンディアールの言葉で流れてくるもんだから、関係者以外にはあまり聴かせられないんだ。

 フィルミアさんとリリナさんの番組や、赤坂先輩のお散歩番組もそんな調子だから、もし聴いてもらうとしたらピピナたち妖精さんに口づけをされるか、羽で触られるしかないわけで――


「じゃあ、このあとのレッスンで軽く10分ぐらいのフリートークをやってもらおうよ」

「えっ!? ちょっ、空也先輩!?」

「いいねえ空也。そのアイデア、確かにいただいたよ」

「まことですか!」


 って、いきなり何言ってるんですか3人とも! 確かにレッスン内容は桜木姉弟に任せたけど、そんなホイホイと軽い感じで決められても!


「それでは、私にもナナミ嬢とクウヤ殿の〈とーく〉を聴かせてはいただけないでしょうか。なにぶん、私は演技しかお目にかかったことがないものでして」

「うん、それも採用しよう。大学に行ってもやるつもりだし、腕をなまらせておくわけにはいかないからね」

「あのー、それって『Wakaba School Zone』の大学編のことですか?」

「もちろんそうさ。30分番組を1年間完走したボクたちなら、1時間番組だってできるに決まっているだろう」

「ボクラジの最終回以来、5ヶ月ぶりかあ。いいねいいね、やろうやろう」


 大胆不敵な七海先輩の言葉に応じる形で、空也先輩が大きく何度もうなずく。あー、こりゃあ眠れる獅子を起こしちまったのかなー。


「ありがとうございます! それでは、是非とも〈そうしんきっと〉を使いましょう!」

「「〈そうしんきっと〉?」」

「ふたりには言ってませんでしたっけ。さっきの練習で、FM放送の電波を飛ばせる小さな送信機を使ってるんですよ。今回はルティがそれを持って来てるんで、実際にラジオ形式で練習ができるんです」

「おお……それは素晴らしい。素晴らしいじゃないかルティ君!」

「わぷっ!?」


 珍しく感激したと思ったら、七海先輩はこれまた珍しく笑顔を浮かべてルティのことをぎゅっと抱きしめた。ああっ、身長的に先輩の胸がルティの顔に! 顔に埋もれてるって!


「先輩、ルティが呼吸できませんって!」

「あっ……これは失敬。それでも、やはりルティ君のファインプレーには敬意を表するよ。キミは、本当にラジオが大好きなんだね」

「は、はいっ。サスケを初めとした皆にその楽しさを教えていただき、今は自分の中で糧にしているまっただ中です。無論、ナナミ嬢とクウヤ殿の教えもその糧のひとつです」

「うれしいことを言ってくれるじゃないか。なあ、空也」

「本当、伝えがいのある子がまたひとり増えたよ」


 いつもの飄々とした感じじゃなく、実感が込められた先輩たちの笑顔に俺の頬までゆるんでくる。

 俺と有楽が初めて番組をこなしたときにも見せてくれたこの笑顔をルティにも向けてくれているのが、俺としてもとてもうれしい。


「ラジオが好きな子のそばには、ラジオの好きな子が集まってくるのかもしれないね」

「それは……確かに、そうかもしれません」


 七海先輩の優しい言葉に、俺も大きくうなずく。

 あの日、ルティが赤坂先輩の番組に惹かれて俺たちに出会ったように、俺も体験入学で先輩たちが番組形式やっていた部活紹介で面白そうだって思って南高を志望校にした。

 先輩の言うとおり、ラジオを聴いて惹かれて集まってくるっていうのもあると思う。今ここにいるみんなも、ほとんどがその繋がりだから。


「それじゃあ、レッスンの構成もいろいろ変えてみるとしよう。ルティ君、松浜君、協力してくれるかい?」

「ええ、もちろんです」

「私も、協力できることがあればなんなりと」

「じゃあ、さっそく――」

『あー、あー、きこえるかー』


 と、良い感じで意気が上がっていたところで頭上のスピーカーからよく聴き慣れたアヴィエラさんの声が響きだした。


『もうそろそろ11時半だから、みんな食堂に集まれー。みんなでお昼ごはんの用意をするぞー』

「ああ、もうそんな時間か」

「仕方ない。それじゃあ、お昼ごはんを食べながら打ち合わせといこうか。ルティくんとも、もっと話してみたいしね」

「はいっ、喜んで! サスケもいっしょに行こう!」

「おうよ」


 うちの高校が誇る最終兵器のふたりが教えてくれるいい機会なんだし、ルティのためにも、そしてパーソナリティ候補生なリリナさんとフィルミアさん、そしてアヴィエラさんのためにもじっくりレッスンしていこうじゃないか。

 うれしそうに見上げてくるルティへしっかりとうなずきながら、俺はこれから桜木姉弟が投げかけてくるレッスン内容をどうまとめようかと心が躍っていた。


 さあ、もうひとつの夏合宿の始まりだ!

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