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第45.5話 パジャマ・トーク (ただしお母さんたちに限る)

 ボクにとって、その日までは世界はたったひとつだった。

 大風に煽られて、果樹園を守ろうとした友達が木から落ちそうになって。そして、気がついたらこの街にいて。


「久しぶりね。ジェナとミイナといっしょに寝るなんて」

「本当。まさか、またこんな日が来るなんてね」

「このことについては、うちの半熟娘たちに感謝しないといけないかな」


 それから25年も経って、ボクや友達と同じお母さんになった女の子はほとんど変わらなくて。

 口先ではそう言ってみたけど、ボクはピピナとリリナにとても感謝していた。


「今頃、みんな神奈ちゃんのお家で楽しくお泊まりかしらね」

「でも、カナさんの家にあんな大人数で行ってよかったのかしら」

「そこは大丈夫じゃないかな。カナに聞いてみたら家も大きめらしいし、ピピナもリリナも御家族と仲がいいそうだし」

「ならいいんだけど……」

「本当、そういうところは相変わらず心配性なのね」

「今でも、ラフィや子供たちが遠く離れたりするとこんな感じだよ」

「もうっ、余計なことは言わないでよ」

「いいじゃない。あたしだって、佐助に対してよくそう思うもの」


 ボクのからかいに、ジェナは困ったように言ってチホがそれを補おうとする。

 余計なことをボクが言えば、どっちかが困ってどっちかがフォローする。もちろん言うことは程々にしないとふたりとも怒るから、さじ加減は慎重に。

 そうすればあの日のボクたちに戻れるって、チホと再会したときによくわかったから。


 今、ボクたちは〈フトン〉と〈マクラ〉を並べていっしょに眠りにつこうとしている。ボクとジェナが端っこで、真ん中にチホ。チホにいろんなことを聞きたいとき、あの頃はこうしてふたりでチホを挟んで眠ることが多かった。

 いつもだったらボクやジェナの娘たちが眠っている部屋がお泊まりで空いていることもあって、今日ここで眠っているのは3人だけ。チホの旦那のフミカズも〈ヤキュウ〉のお仕事で遠くに行っているらしいから、あとこの家にいるのはひとりさみしく寝てるはずのサスケだけだ。


「やっぱり、ふたりとも子供は心配?」

「当然。わたしのそばから巣立ってもわたしの子はわたしの子だし、離れていればなおさらよ」

「あたしもそうね。もう17歳になるけど、それでもやっぱり佐助はあぶなっかしいところがあるから。そういうミイナは、ピピナちゃんとリリナちゃんにルゥナちゃんは心配したりしないの?」

「んー……あんまりしないかなぁ」


 チホからの問い返しに、ボクはおどけて答える。


「ボクにとってはたくさんいる娘たちのうちの3人だし、ジェナの子たちといっしょなら心配いらないかなってね」


 何でもないように口にしたのは、本音のうちの半分。

 数百年の時間を生きる妖精にとって、人間の子たちといられるのはそのうちの一瞬だけ。ボクが変に介入したら、その大切な時間を壊すだけだ。


「相変わらずドライねぇ」

「そのわりには、こっちに来てからよくリリナちゃんとピピナちゃんと話をするようになったじゃない」

「まあ……ふたりとも仲が悪かったし、さ。本当に大丈夫なのか、確認してるだけ」


 横になりながらにまっと笑うジェナに照れくさくなって、ボクは仰向けに顔を背けた。

 そこにあるのは、レンディアールのものとは違って天井にまで貼られた壁紙と〈ケイコウトウ〉の覆い。それも今は真っ暗になって、見える明かりは枕元にある〈えるいーでぃー〉とかいう、陸光星に似た茜色の明かりだけ。

 その明かりが白い覆いに反射して、ほんのりと茜色に染まっている。きっと、明かりがついていればボクの頬もそう見えているんだろう。


 リリナとピピナは、親のボクから見ても本当に仲が悪かった。

 レンディアール王家へ、中でも生まれてくるミアへ仕えるためにと研鑽を積んできたリリナと、ルティといっしょにずっと楽しく歩もうとしたピピナとでは、水と油もいいところ。厳しいリリナと自由きままなピピナとで、ことあるごとに言い争いや力を使ったケンカなんかはしょっちゅうだった。


「まあ、わたしもミイナの気持ちはわかるかな。たった数ヶ月見なかっただけで、顔を合わせればいがみ合ってたピピナちゃんとリリナちゃんがあんなに仲良くなっているんだもの」

「そんなに仲が悪かったの?」

「逆に聞くけど、チホが初めてピピナとリリナを見た時ってどんな感じだった?」

「んー……あたしが作ったパンケーキを食べたリリナちゃんが羽を広げちゃって、ピピナちゃんが両手を広げてかばおうとしてた、とか」

「えー……」

「初めのときからそれとか、信じられないわね……」

「仕方ないじゃないの。あたしにとっては、ふたりは仲良し姉妹よ?」


 ボクと同じようにジェナも言うけど、チホはボクたちのそんな思いをあっけからんと打ち返す。その場面を見ていたら、きっとボクはボク自身の羽でボクの頬を張って夢じゃないかと確認していたはずだ。


「ピピナとリリナからひととおりの話は聞いたけど、未だに信じられないや……」

「わたしとミイナは、そこまでの過程を飛ばしてふたりと再会したからね。それを言ったら、ミアとステラとルティも同じだけど」

「ミアちゃんとステラちゃんは……『志学期』だっけ? その修行の一環だって言ってたし、ルティちゃんは気晴らしにってミアちゃんのところに送り出したんでしょう? ジェナはちゃんと考えて旅立たせてあげたってことじゃないの」

「それはそうだけど、やっぱり成長をそばで見ていたかったって思いもあるのよ」


 チホが半ば言葉を補うようにしても、ジェナはさみしそうな声色を隠そうともしない。

 たぶん、ボクもそうなんだろう。ふたりがいがみあうところばかりを見て、言葉の上ではなだめたり仲裁したりしても、最後までその核心に触れることはしなかった。

 もしかしたら、これ以上ふたりの仲をこんがらがらせるんじゃないかって。


「こっちでその成長を助けてくれたサスケくんやカナちゃん、それにルイコちゃんとミハルちゃんには感謝しないとね。あっちも含めると、ヴィラちゃんとユウラちゃんもかな」

「……そうだね」


 本当はボクがやるべきだったことを、気付けば誰かが手掛けて全てを終わらせていたこと。

 それが、きっとさみしくて、


「ありがとう、チホ。みんなを保護してくれて」

「お礼の言葉なら、瑠依子ちゃんにも言ってあげて。あたしはどっちかっていうと、瑠依子ちゃんからその役を引き継いだだけだから」

「でも、ボクたちを泊めてくれたこの家でみんなを泊めてくれているのも変わらないじゃないか。礼を言うことには変わらないよ」

「んー……あたしは、そんなガラじゃないんだけどなぁ」

「何を言うのよ。あの日行き倒れていたわたしたちを助けておいて」

「そんなボクたちを、1ヶ月も置いてくれたし。そこらへん、シローとチホ、チホとサスケは親子だよね」


 そうできる立場が、ちょっぴりうらやましいんだと思う。

 いつでも門戸を開けて、ボクとジェナ、そしてルティたちとピピナたちを受け入れてくれる、その立場が。


「なんか、くすぐったいわねぇ……」

「あきらめな。チホはそう言えるだけのことをしてるんだ」

「サスケくんにはレンディアールで〈らじおきょく〉づくりをしてもらって、チホには日本での拠点を用意してもらって。ほんと、ミイナの言うとおりね」

「それを言ったら、あたしこそ佐助や日本のみんなを受け入れてくれたことを感謝しなくちゃ。今回ヴィエルへ連れて行ってもらって、あたしの時以上に佐助たちがレンディアールになじめるようにって気を遣ってくれているのがわかるもの」

「それは、ボクたちじゃなくてピピナとリリナに言ってもらわないと」

「ねー。わたしよりも、ルティとミアに言ったほうがいいわよ?」

「むぅ」


 そして、今はボクらの子供たちがその立場にいることも。

 ボクとジェナのあとをついて歩いてきた子供たちが、今はチホの子供や異なる世界で出会った友達といっしょに遥か先を走っている。

 あの頃学生だったチホと果樹園の娘だったジェナは、喫茶店の店長と一国の王妃様。いくらボクが自由な立場にいたって、あの時に戻ることはできない。

 もし、あの時ジェナがサスケのように〈らじお〉を持ち帰ることができたら。

 もし、あの時ボクが〈しーでぃーこんぽ〉をシローにお願いして持って帰れたら。

 もし、あの時ボクらが怖がらずにニホンとヴィエルを行き来していたら。

 考えれば考えるだけ無駄なのはわかってるけど……そう思いたくなるぐらい、チホへ会いに行かなかった25年の間には、いろんな『もしも』が降り積もっていた。


「あたしを泊めてくれたお礼も、ミアちゃんに言うべきなのかしら」

「今の時計塔の主はミアだから、ぜひぜひそうしてあげてちょうだい。もちろん、執事兼侍女のリリナちゃんにも」

「その執事兼侍女って、さすがにどうなんだって思うよ」

「あら。ちょっと前まではやりすぎだったけど、今はすっかり堂に入ってるじゃない」

「そうそう。執事さん姿とメイドさん姿のピピナちゃんとリリナちゃん、こっちでも時々見せてくれて結構好評なのよ」

「ボクにとっては、それがいちばん信じられないんだよねぇ……」


 その『もしも』を選んだ結果が今のボクやジェナとチホの子供たちを取り巻く状況だとしたら、楽しいやら、先がまったく見えないやら。

 自由気ままなリーナ一族であんな風にビシッと(はべ)る子たちがふたりも出てくるなんて思いもしなかったから、親のボクとしてはちょっぴり戸惑いの種だったりするわけで。


「ふふふっ……えいっ!」

「うわっ!?」


 チホの声がしたその瞬間、ため息をついていたボクの胸元に2本の腕が回されて――


「どっせぇい!」

「わわわっ!?」


 そのままぎゅっと抱きしめらたかと思うと、視界が一気にぐるりと横回転して、


「やっほー」

「はぁい」

「……久しぶりだね、この体勢も」


 体に〈たおるけっと〉を引っかけたまま、ボクの小さめな体はあっという間にジェナとチホの間へと収まった。


「ミイナはやっぱり、いつもどこか他人事よね」

「あいにく、これがボクの性分なんだ」

「素直じゃないなぁ。ふたりの成長に戸惑っているんだったら、そう言えばいいじゃない」

「そんなんじゃないって」


 からかい口調のジェナに反発したくなって、そのまま〈フトン〉へと顔を埋めて長い耳も伏せる。その隙を狙ったのか、ふたりして両側からボクの頭をなでてきて……ああもうっ、手で払ってるんだから何度もなでてこないでよっ。耳! 耳もだめっ!


「子供たちっていうのは成長して変わっていくんだから、それを見守ったり助けたりするのも結構楽しいものよ?」

「そうそう。わたしも少しさみしかったりはしたけど、今じゃどんな風に育っていくのかそばで見守りたくなったし」

「ジェナだけじゃなくて、チホもすっかり母親だねぇ」

「それはもう、佐助の母親ですからっ」

「わたしだって、7児の母親だもの」


 相変わらずよく合った呼吸で、ボクの皮肉をストレートに返してくるふたり。

 ……こういうときのジェナとチホって、もう何を言っても無駄なんだよな。


「だから、数百人の娘さんをもつミイナも、ちょっとは娘さんたちひとりひとりに目を向けてみてもいいんじゃない?」

「せっかく〈らじお〉も手元にやってきたんだから、ピピナちゃんとリリナちゃんに教えてもらうとか」

「……やだ」

「えっ?」

「娘たちに教えてもらうとか、なんだかちょっとやだ」


 言ってからしまったと思ったけど、もう遅い。

 数百年も生きてる精霊のボクが、まだ小さな子供たちに教えてもらうなんて恥ずかしいじゃないか……って思ったら、自然と口をついて出てきた。


「まあまあ、そんなこと言わずに。わたしもルティとミアに教えてもらったけど、結構楽しかったわよ?」

「ピピナちゃんとリリナちゃんだったら素直に教えてくれるはずだし、気にすることはないんじゃないかしら」

「ううっ」


 それもこれも、みんなみーんなボクの心を惑わすジェナとチホのせいだ。

 遠い遠いこの世界にやってきて、帰れなくなったボクがたくさんの娘たちを心配していた姿を知っている……ボクの弱さをよく知っている、ふたりのせい。


「……考えておく」


 だから、今はこれがせいいっぱい。

 これ以上さらけ出したボクなんて、ボクじゃないもん。


「やっぱり、ミイナはミイナね」

「あたしは、そんなミイナが大好きだなー」

「…………」


 ボクはふたりの言葉を無視すると、〈マクラ〉を頭の上にのっけてふたりの言葉と手のからかいから逃げることにした。


 あれから、25年も経った。

 変わったことはたくさんあるし、こうして変わらないものもたくさんある。

 それをさみしく思うこともあれば、うれしく思うこともある。


 でも、絶対全部さらけ出すことなんてしない。

 それがボク、ミイナ・リーナだから。


「ふーんだっ」


 もしもピピナとリリナに教えてもらう日が来ても……ぜったい、ぜーったいふたりには見せてやらないんだからっ。

 きっと微笑ましそうに見てくるふたりのことを想像しながら、ボクはじゃれついてくるジェナとチホの攻撃から身を守ることにした。

 申し訳ありません。体調不良により本編が進まずこちらのお話を急遽こしらえました。


 かわいらしいお母さんたちだったので書いてみたかったというのはここだけの秘密。

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