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第44話 異世界ラジオのつたえかた・1

「ふぇー……」


 レンディアールの関係者が初めてラジオを聴くのを見るのは、これで5人目。

 最初のルティはわかばシティFMの目の前で目を輝かせていて、守護妖精のピピナは元々ラジオの音が聴けることもあって平然としていた。

 お姉さんなフィルミアさんは、ルティの声が流れてくるスピーカーを不思議そうに見つめていて、リリナさんは露骨に嫌そうな顔を浮かべていたっけ。


『先ほどはなにもなかった。なぁぁぁぁぁんにもなかった。よいな?』

『よいよい』

『……本当にわかっているのか?』

『わかってるって。まあ、こんな風にルティとなれなれしく話している俺ではありますが、とってもフツーの平民でございます』

『平民であろうがなんだろうが、友は友だ』

「えっと……これ、ルティとサスケくんの声ですよね?」

「はい。(わたくし)とサスケの声を保存したものを再生しております」

「保存? 再生? ……ってことは、ルティとサスケさんの声がコレに取られちゃったってこと!?」

「違います違います」

「それじゃあ、ステラの声も取られちゃうってことだよね!?」

「違います! ステラ姉様、落ち着いてください!」


 で、5人目のアリステラさんはあわてて両手を口にあてると、顔を真っ青にしながら応接室のソファを乗り越えてものすごいスピードで後ずさっていった。

 今までが今までだったから、これはまたえらい新鮮な反応だな。昔の人がカメラと写真を見て『魂を吸い取られる!』って騒いでいたのって、こういう感じなのかなー……


「落ち着いて、落ち着いて。ねっ、ステラ」

「ううっ、おかあさまぁ……どうしてそう平然としてるんですかぁっ!」

「どうしてって、わたしは慣れてるし」

「えっ」

「わたしもですね~」

「ええっ!?」

「その、(わたくし)はどちらかというとその発端なので……」

「そ、そんな……もしかして、ステラが知らないだけなんですか? 1年レンディアールにいなかっただけで、ステラってば流行から遅れちゃったんですか!?」

「ステラさまはあいかわらずどたばたしてますねー」

「なんというか……他人事には思えません」

「ステラはリリナも大好きだからねぇ。しっかり影響されたんじゃない?」

「……少々どころではない責任を感じます」


 呆れるピピナと手でおでこを押さえるリリナさんの後ろから、母親であるミイナさんがきっぱりと言い切る。確かに、リリナさんも追い詰められるとパニックに陥りやすいんだよなぁ。


「くー……すぴぃー……」


 で、なんでミイナさんの頭の上で緑色の髪の妖精さんが寝てるんですかね。


「あの、ミイナさん。その妖精さんは?」

「ボクの娘。ルゥナ・リーナだよ」

「と、いうことは」

「ピピナのねーさまです」

「そして、私の妹です」

「なるほど」

「むぃー……」


 ミイナさんの頭の上で寝ている手のひらサイズの妖精さん――ルゥナさんは、しがみつくようにして本格的に眠っていた。すっかり無防備で、ミイナさんゆずりの透明な羽も長い耳もへにょんと垂れ下がっている。

 肩のあたりまである緑色の髪はどこか青がかっていて、ミイナさんの水色の髪に自然と溶け込んでいくような色合いだった。このあたりは、やっぱり親子なのかな。


「んー……だれぇ?」


 しばらくその姿を眺めていると、ルゥナさんの目が覚めたみたいで眠そうな目をこすり始めた。


「あ、えっと、松浜佐助です」

「初めまして。ピピナちゃんとリリナちゃんの友達の有楽神奈です」

「サスケとカナねー……よろしくー……」

「私も、るぅさんとりぃさんの友人で――」

「くー……」

「また眠ってしまいましたっ!」


 中瀬もあいさつしようとしたところで、ただでさえ目がとろんとしていたルゥナさんの目がゆっくりと閉じてまた眠り始めた。


「この子は眠るのが大好きでね。旅をしてるステラについていって、目が覚めたら知らないところにいるのが楽しいんだってさ」

「変わった楽しみですね」

「わが妹ながら、どこかで落ちて迷子になってしまわないかと心配してしまいます」

「リリナねーさま、ルゥナねーさまをしんぱいしてよくさがしにいってたですよね」


 なるほど、ルゥナさんはアリステラさんのお付きの妖精さんなわけだ。ということは、ミイナさんにしているみたいにアリステラさんの頭の上でも眠ったりするのかな?


「神奈ちゃん、荷物を持ってきておいたよ」

「ミハルのも持って来たよ。この緑色のカバンでいいんだよな?」

「ありがとうございます、るいこせんぱい」

「申しわけありません、アヴィエラお姉さん。ついつい新しい妖精さんに見とれてしまって」

「かまわないって。ミハルもカナも、かわいいものに目がないのはよーくわかってるし」

「で、のんびりしてる佐助はもう用意できてるの?」

「俺はもう大丈夫だよ。これだけだし」


 声をかけてきた母さんへ、足下に置いてあったスポーツバッグを掲げてみせる。隣にいた有楽と中瀬も赤坂先輩とアヴィエラさんからブルーとグリーンのスーツケースを受け取っていた。

 見た感じ、ふたりの荷物は俺のそれと比べると2~3倍の量はある。女の子の荷物は多いぞとか前に戸田が言っていたけど、ヴィエルへ滞在するたびにそれを思い知らされていた。というか、だんだん多くなっているのは気のせいじゃない……よな?


「ね、ねえ。どうしてみんな荷物を持ってるんです? なんで、みんなソファに座らないんですか?」


 俺たちがぞろぞろと集まっていると、まだサジェーナ様へしがみついているアリステラさんが涙目のままうろたえるように俺たちへ声をかけてきた。


「ごめんなさい、ステラ姉様。これからどうしても出かけなければいけないところがありまして」

「えっ」

「18時になったら、そちらへ行くことが決まっているんですよ~」

「ええっ!?」

「だから、みんな荷物を持ってここへ集まっているの」

「そ、そんなっ! まだステラはここに来たばっかりなのに、みんなでどこかに行っちゃうんですかっ!?」

「いやいや、ステラもいっしょに連れて行くよ?」

「み……ミイナ様?」

「ボクならあと4~5人ぐらいは余裕だし。まあ、ステラが行きたくないなら話は別だけと」

「い、いえっ! ステラも行きます! ステラひとりだけ残るなんて絶対にいやですっ!」


 飄々と言ってみせるミイナさんへ、アリステラさんはぶんぶんと首を振ると膝立ちになったまま高速でにじり寄ってぎゅっと抱きついた。

 背格好が俺と同じかちょっと高いぐらいだから、まるでぽよんと出張ったミイナさんの胸に顔を埋めているみたいで……アンバランスというか、なんというか。


 アリステラさんがアヴィエラさんに連れられて時計塔へ来て、初めて聴いたらしいラジオでパニックを起こしてそのまま気絶。さっきのミイナさんとリリナさんの話を聞いてるとリリナさんゆずりのパニック体質らしいから、目まぐるしい環境の変化に耐えられなかったんだろう。

 その後、サジェーナ様の膝枕を経てから俺とルティが番組の放送終了後に事情を説明。すると、そこでも見事なパニックっぷりを見せてくれて、今はミイナさんへしがみついているってわけだ。


「じゃあ、決まりかな。ジェナ、時間はどうだい?」

「あと1分あるかないかってところかしら。ステラはそのままミイナにしがみついてなさいね」

「は、はあ」

「ミア、留守の準備はしてきた?」

「はい~。ちゃんと不在用の陸光星も炊いてきました~」

「えっ」

「それなら安心ね。ルティ、戸締まりは?」

「全て見て回り、玄関も施錠して参りました」

「あ、あの~……これから、おでかけなんですよね? どうして玄関も鍵をかけちゃうのかなーって……」

「ああ、それはね――」


 サジェーナ様がそこまで言ったところで、淡い光が足下から俺たちの身体を包み始める。少し青がかった光は、1週間前にあらかじめピピナとリリナさんが作り出したもので、


「このまま、みんなでいっしょに違う世界へ飛ぶからよ」

「ち、違う世界……?」

「そ。違う世界。こっちとは言葉とか違うから、ボクの力を分けておくよ」

「うわっ!?」


 なんでもないように言ったミイナさんが透明の羽を羽ばたかせたとたん、その光はアリステラさんもいっしょに包み込んでいった。


「どどどど、どういうことなんですかっ!! 教えてくださいっ、ステラにはわからないことだらけです!」

「それはまあ、あっちへ着いてからかなぁ。もう時間もないし」

「そんなぁ!?」


 アリステラさんの悲鳴が響く中、その光はどんどん強くなって応接室中を青白く覆い隠していく。じゅうたんを踏みしめていたはずの足下も一面青白い光に包まれて、ただでさえ柔らかかった感触がふわりとした浮遊感へと変わっていった。

 それからしばらくすると、足下の光がはじけるように飛び散って灰色のコンクリートが姿をあらわしはじめる。


「いよっと」

「はいなっ」

「んしょっと」


 俺と有楽と赤坂先輩は慣れたもので、降りるようにして両足で着地。ルティたちレンディアール組や中瀬もやわらかい足つきでコンクリートの上へと降り立っている中、


「こわいこわいこわいこわいこわい……」

「く、苦しい、苦しいよステラっ!」


 いつも飄々としているミイナさんは、アリステラさんに思いっきり抱きつかれて苦しそうな表情を浮かべていて、


「よいしょっと。いやー、まさかみんなでいっしょにレンディアールから戻る日が来るなんてねー」


 母さんはひざを曲げながら両足で着地して、カラカラとうれしそうに笑っていた。


「えっ……!? ど、どこなんですかここは! ついさっきまで時計塔の中にいましたよね!? というか、地面が灰色っ!? 空も広っ!!」

「こ、ここは『ニホン』って国の『ワカバ』って街だよ……はぁっ、やっと抜け出せた……」

「ご、ごめんなさいミイナ様っ」


 まわりを見回したことでアリステラさんのハグから解放されて、やっとといった感じで深く息をつくミイナさん。本当、お疲れさまです。

 不思議そうにきょろきょろとアリステラさんが見ているのは、俺たちにとっては見慣れた先輩が住むマンションの屋上庭園。東の空にある太陽がまだ低いことを確認してからスマートフォンの画面を見てみると、電波を拾ったことで自動的に時間が午前6時へと修正されていた。


「よかった、おかあさまもルティもミアねえさまも……あれっ、ルゥナは? ルゥナはどこにいるんですか!?」

「はいはい落ち着いて。ルゥナならちゃんとボクの頭の上にいるから」

「くぴー……」

「あっ……よかったぁ」


 すっかり呆れ口調なミイナさんの胸元から顔を上げたアリステラさんは、ルゥナさんの姿が視界に入ったことでようやく安心したような笑顔を見せた。

 こんな大騒ぎでも、ルゥナさんは平気で寝ていられるのか……


「ステラってば、相変わらずあわてんぼうね」

「ジェナ、これだけ目まぐるしく環境が変われば慌てて当然だってあたしは思うんだけど?」

「ボクもさすがにそう思う。ジェナが順応しすぎなんだよ」

「うっ……そ、それはそうかもしれないけど」

「ステラもそう思います」

「わたしもですね~」

「僭越ながら、(わたくし)も……」

「娘たちにも言われたっ!?」


 ガーンって擬音が聞こえてきそうなほどに、サジェーナ様がショックそうな顔を浮かべる。まあ、スマートフォンとかミニFM局送信キットをひと目見てすぐ受け入れた上に、わかばシティFMへの見学でも大はしゃぎしていればそう思われてもおかしくないと思います。はい。


「それでおかあさま、ここっていったいなんなんです? どうしてみんなでこんなところへ来たんですか?」

「ここは、ルティが志学期のために訪れている街なの。サスケくんとカナちゃん、そしてルイコちゃんとミハルちゃん、わたしたちも含めてお世話になってる人たちが住んでいる街なのよ」

「そ、そうなんですか……あの、すいません。ステラ、みなさんのことを怪しそうな人だなーって思っちゃってました」


 ステラさんは手で両膝を払いながら立ち上がると、俺たちに向かってぺこりと頭を下げた。


「あー……まあ、仕方ないと思いますよ。いきなり知らない人が自分の家のようなところにいたりしたら」

「女の子ばかりの中でひとりだけケダモノがいれば、それはそれは戸惑うでしょうね」

「おいコラ中瀬」


 息を吐くようにホラを吹くのは本当にやめなさい。


「大丈夫だよっ。あたしたちはそういうの気にしないし」

「こうして話せばあっという間だものね」

「ありがとうございます。それに、ルティやミアおねえさまもお世話になってるみたいで」

「この世界へと迷い込んだときにルイコ嬢の声に導かれ、サスケとカナと出会い助けられました。ミハルにも、我の志学期を手伝っていただいております」

「わたしも、音楽のことでこの街にはとってもお世話になってるんですよ~。お母様の友達で、サスケさんのお母様のチホさんの家にも泊めていただいてるんです~」

「そうだったんですか。あのっ、いつも母や姉妹がお世話になってます」

「いいのいいの。うちの息子やお友達も、レンディアールのみんなにお世話になってるしねー」


 姿勢を正してぺこりと頭を下げるアリステラさんに、母さんはひらひらと手を振りながらなんでもないように言ってみせた。

 改めてアリステラさんのたたずまいを見てみると、俺より少し背が低いだけで視線はほとんどぴったり。ぴんと伸びた背筋やぱちっと開いた緑色の目はとても活発そうで、紫色の半袖ジャケットと黒いハーフパンツから伸びるすらりと引き締まった手足がよりいっそう元気さをプラスさせている。

 同じ銀髪と緑眼の姉妹でも、おっとりとしたフィルミアさんとも覇気のあるルティとも全く違う雰囲気をまとっているのが面白い。サジェーナ様の3人の娘さんの中じゃ、いちばんサジェーナ様に近いかもしれないな。


「それじゃあ、改めて。ステラの名前はアリステラ・シェザーネ=ディ・レンディアールで、ルティのおねえさんとミアおねえさまの妹。つまり、レンディアールの第4王女ってことになります。見てのとおりのあわてんぼうで騒がし屋ですけど、よろしくお願いしますっ!」

「よろしく!」

「よろしくお願いします! ……って、拍手とかしちゃってるけど大丈夫かな」

「問題ありません。私とピピナが施した認識外の結界は、まだ十分に生きておりますので」

「そっか。だったら遠慮なくしちゃおっと」


 みんなが歓迎の拍手をする中で、有楽はいつも以上にはしゃいだ感じでアリステラさんへ向けて拍手をしていた。


「やけにうれしそうだな」

「だって、フィルミアさんの妹さんでルティちゃんのお姉さんなんですよね。そうしたら、あたしと同い年ってことじゃないですか」

「えっ。もしかしてカナちゃんも16歳なの?」

「誕生日はもうちょっと先だけど、再来月には16歳だよ。同い年同い年」

「そうなんだ! よろしくっ、カナちゃん!」

「こっちこそよろしくだよ、ステラちゃん!」


 うれしそうに言う有楽に、アリステラさんも目を輝かせながら手をとってぶんぶんと振りだした。突然の事態で心細い中に希望を見出したような感じだけど、コイツの毒牙にかからないようにしてもらいたいもんだ。


「みなさんも、ステラのことはステラって呼んでくださいね」

「わかりました。じゃあ、ステラさんで」

「よろしくお願いします、ステラさん」

「私は『らぁさん』と呼ぶことにしましょう。よろしくです、らぁさん」

「はいっ。サスケくんもルイコさんもミハルさんも、みなさんよろしくお願いします!」


 きびきびとした動きで頭を下げたアリステラさん――ステラさんは、えへへっと照れたような笑顔を浮かべた。このあたりは、ルティの照れ笑いに通じる雰囲気があるな。


「ステラ姉様、ようこそいらっしゃいました。……とは言っても、今や異世界に来てしまったわけですが」

「ただいま、ルティ。みんながいるならステラも安心だし、もう大丈夫だよ」

「なにかわからないことがあったら、わたしやルティに聞いてくださいね~」

「ありがとうございます、ミアねえさま。ピピナちゃんもリリナさんもお久しぶり!」

「おひさしぶりですよ、ステラさまっ」

「健やかそうでなによりです、アリステラ様」

「……んー?」


 人間モードで並び立つピピナとリリナさんを見て、ステラさんがちょこんと小首をかしげる。妖精さんモードじゃなくて人間モードだからか、それともいつもの執事服やメイド服じゃなくて、お揃いの白いワンピースと緑のキャミソール姿っていう日本仕様だからか――


「ふたりとも、雰囲気が変わった?」

「わかっちゃったですかっ!」

「いろいろとありまして。この旨は、追々お話しいたしましょう」

「そっかそっか。でも、ふたりがなかよしならなによりだよ」

「ご心配をおかけしたようで、申しわけありません」

「ピピナもねーさまももうだいじょーぶだから、あんしんしてくださいですよ」

「うんっ。じゃあ、今度3人でいっしょにお買い物に行こうねっ!」

「はいですっ!」

「よろこんで」


 そうか、そっちか。確かにレンディアール王家の人だから、ピピナとリリナさんの確執のことを知ってて当然だし、実際今のふたりを目の当たりにしたら驚くよな。


「アヴィエラさんも、ステラのことをみんなのところまで連れてきてくれてありがとうございました。かっこわるいところ、たくさん見せちゃったかもですけど……」

「皇章をつけてたからもしかしたらと思ったら、まさか第4王女様とはなぁ……こっちこそごめん、じゃなくて、申しわけありませんでした。初めからなれなれしく話してしまいました」

「やややややめてくださいっ! さっきまでみたいに話してくださいってば!」


 アヴィエラさんがひざまずいて頭を下げると、ステラさんはあわてたように立ち上がらせようとしてから、


「そう? じゃ、よろしくね。アリステラ様」

「あっさりすぎませんかねっ!?」


 顔を上げながらにまーっと笑ったアヴィエラさんへ、即座にツッコミをいれてみせた。うちの面々ってツッコミが俺ぐらいしかいないし、これは貴重な人材かもしれないぞ。


「ごめんごめん。いやぁ、エルティシア様やフィルミア様にもそうは言われてたけど、一応は確認しとかないとなーって思ってさ」

「ううっ、アヴィエラさんも意地悪ですよぅ……」

「イロウナじゃ、小さい頃から王族の人たちには敬意を払って接するようにって教わるんだ。アタシにとっちゃ、こっちでの王族方への対応こそ戸惑うってもんだよ」

「そういうものなんですかぁ」

「そういうものなの。まあ、アタシはこっちのほうが気楽かな」

「ステラもです。あのっ、今度はイロウナにも行くつもりなので、ステラにイロウナのことをいろいろ教えてもらえませんか?」

「もちろん。レンディアールにいる間はだいたい商業会館にいるから、いつでもおいで」

「はいっ!」


 満面の笑顔を浮かべて、アヴィエラさんからの返事を受けるステラさん。お礼を言ったり懇願したり、ツッコミを入れたりげんなりしたりところころ表情が変わるのは、ルティにそっくりかもしれない。


「ステラってば、もうみんなとなじんじゃったみたいね」

「みなさんがルティやミアねえさまのお友達なら、まったく怖がることなんてありません」

「背はまた伸びてても、そのあたりは昔から全く変わらないわね。改めて、久しぶり。ステラ」

「お久しぶりです、おかあさま。秋の収穫祭までヴィエルでお世話になろうって思って来てみたら、まさか違う世界へ連れてこられるなんて……」

「あははは……ごめんなさい。でも、ひとりで置いていくわけにはいかないと思ったの」

「それはありがたいですけど。あの、ぜーんぶ説明してもらえますよね?」

「ええ、もちろん説明してあげるわ。だから、じーっと見下ろすのはナシにしましょう。ね。ねっ?」


 サジェーナ様はサジェーナ様で、自分よりも背が高いステラさんに見下ろされている上に気圧されていた。そりゃまあ、ここまでバタバタしてりゃあ言いたいこともいっぱいあるんだろうな。


「じゃあ、ゆっくりとお話しができるうちの店へ帰りましょうか。佐助、開店準備は手伝ってくれるわよね?」

「えっ」


 と、ふたりのことをはたで見ていた母さんがふたりへ声をかけると、なぜかそのまま俺にまで話を振ってきた。


「店、開けるの?」

「あったりまえじゃない。夜8時にお店を閉めて翌朝の用意をして、ミイナにレンディアールへ連れて行ってもらって帰ってきたのは翌朝の6時。定休日でもないのに休んだら、バイトの子もお客様も困るでしょ」

「だからヴィエルへ遅れて来たってわけか! まったく……わかったよ、そのくらいだったら手伝うよ」

「助かるわー。ごほうびとして、今日は朝シフトには入らなくていいからね」

「はぁ!?」


 いやいやいや、それはそれで俺が困るんだって! その、主にバイト代とかバイト代とかバイト代とか。もうすぐ放送部の合宿だってあるんだし!


「夏休みだから、大学生の子たちが多めにシフトを入れてくれてるのよ。だから、佐助は今日はお休み。その代わり、ジェナとステラちゃんのお話が落ち着いたらみんなと街へおでかけしてらっしゃい。ステラちゃんの日本での洋服のこともあるし、ついでに若葉市のことを案内するのもいいんじゃないかしら」

「それは別にかまわないけど、でも――」


 ステラさんやサジェーナ様の案内で出かけるのは別にいい。でも、俺にとって朝のバイトは貴重な収入源……と思っていたところで、母さんの顔が俺の耳元へと迫ってきて、


「時給分のバイト代に、案内分のおこづかいもちゃーんと上乗せするわよー」

「しっかり案内してきます!」


 あまりにも魅力的なささやきに、一発で陥落してしまいましたとさ。

 ……ああ、情けないと思うヤツは思えばいいさ。でもな、高校2年生にとっちゃ時給プラス臨時収入とかノドから手が出るほど欲しいもんなんだよ! ああ、こうなったら案内でもなんでもやってやるさ!


「ふふふっ。じゃあ、今日の佐助のバイトはこれで決まりっと。ルティちゃんもミアちゃんも、リリナちゃんヴィラちゃんも今日はみんなでゆっくり羽を伸ばしてらっしゃい」

「あの、まことによろしいのですか?」

「いいのいいの。午前午後にひとりずつ来てくれるし、ジェナとミイナもいるんだから全然問題ないない」

「そうそう。25年ぶりの〈うぇいとれす〉だなんて、腕が鳴るわぁ」

「ねえねえチホ、ボクのぶんの〈えぷろん〉はちゃんと残ってるんだよね?」

「もちろんっ。ジェナとミイナのエプロンは、ちゃんと毎月虫干ししてお手入れしてあるわよ!」


 心底楽しみそうに、オレンジ色ベースの皇服を腕まくりしてみせるサジェーナ様と、透き通った羽をぱたぱたと羽ばたかせるミイナさん。前に誰もつけているのを見たことがないオレンジとライトブルーのエプロンを母さんが干していたことがあるけど、もしかしてそれがサジェーナ様とミイナさんのエプロンだったのかな。


「まさか、お母様とミイナ様が給仕をなさるのですか~!?」

「サジェーナ様はわかるとして、よもや母様が働くとは……」

「失敬な。チホとシローのおかげで、ボクも人とのふれあいの大切さを知ることができたんだ」

「チホから誘われたら、もうやるしかないでしょう。だから、ミアもリリナちゃんも遠慮しないでおでかけしてらっしゃい」


 自然と寄り添うにして、母さんの左腕に抱きついたミイナさんと右肩に手をかけたサジェーナ様が柔らかく微笑みながらふたりへと優しく告げた。


「そこまで仰るのであれば仕方ありませんね~……ステラ~、お母様とのお話が終わったら、みんなでおでかけに行きましょうね~」

「はいっ、よろこんでお供しますっ! ルティもいっしょなんだよね!」

「もちろんです。(わたくし)もこの街を案内いたします」


 仕方ないとばかりに受け入れたフィルミアさんもステラさんへ微笑んでみせて、ステラさんはステラさんですぐそばにいたルティの頭を抱えるようにして抱きついていた。


「サスケ殿、私も案内の手伝いをさせていただきます」

「ありがとうございます。でも、別に俺だけでも大丈夫だと思いますよ?」

「そうであればいいのですが……おそらく、先々助言が必要になるかと思いますので」

「助言ですか? まあ、リリナさんがそう言うのなら」


 いやに真剣な表情で申し出るリリナさんへ、俺はただ首をかしげることしかできなかった。

 別にただ案内するだけだし、若葉市もそんなに大きな街じゃない。行くとしたら市内の4つの駅前と商店街ぐらいだから大丈夫なはず。

 そう、思っていたんだけど……


 *   *    *


「すいませーん! 〈カエダマ〉もうひとつ、〈やわ〉でくださーい!」

「ありがとうございます! 替えヤワ一丁!」

「……えー」


 ヴィエルから日本へ戻ってきてから5時間後の、午前11時。

 開店したばかりのラーメン屋で、俺はうれしそうにとんこつラーメンの替え玉を注文するステラさんの姿を愕然としながら横目に見ていた。


「はー……ステラちゃん、よく食べるんだねぇ」

「こうなったら、ニホンの食べ物とかたくさん味わっておかなくっちゃってね」


 有楽もまた、1杯目のとんこつラーメンも半ばといったところで唖然としながら豪快な食べっぷりのステラさんを向かいの席から見ていた。


「アリステラ様、幾度か〈カエダマ〉をすると薄くなりますので、そこの瓶に入っているタレで味を調整したほうがよろしいかと」

「そうなんだ。ありがと、リリナちゃん!」


 それに対して、助言をくれるって言っていたリリナさんは確かに助言をしていた。

 主に、初めてラーメンを食べるステラさんの隣で。


「はふっ、はふっ……あ、あつくない? だいじょうぶ?」

「だいじょうぶですよー。ぎゃくにひやしすぎちゃうと、あんまりおいしくなくなっちゃうです」

「そ、そうなの? じゃあ……あっ、おいしいっ」

「でしょー?」

「ああっ……かわいい、ふたりともかわいいよぅ……」


 その向かいの席では、人間モードになったピピナとルゥナさんが有楽と並んでとんこつラーメンを食べている真っ最中。

 ピピナよりひとまわり背が高いルゥナさんではあるけれども、相変わらず眠そうでピピナにかいがいしく世話をされながら麺をすすっている。本当なら有楽がそうしたほうがいいはずなのに、やはりというかなんというかハァハァモードに突入していて……まあ、放っておこう。麺がバリカタからヤワになっても、俺は知らん。


「おまちどおさま、替え玉ヤワをお持ちしましたー」

「あっ、はいはいっ、それステラのですっ!」

「熱いので気をつけてくださいね」

「はーいっ! 〈カエダマ〉と、〈タカナ〉、〈タカナ〉っと」


 目をキラキラさせながら替え玉入りの鉄皿を受け取ると、丼に麺を入れてから唄うようにしてトングで高菜をひょいひょいっとのせていった。

 それから一気に麺をすすっているのを見ると、白地に黒の豪快な筆字で『食べ放題』って書かれたTシャツにデニム地のキュロットスカート姿ってこともあって、どう見ても異世界から来た女の子だなんて思えない。いいところ、外国から来たラーメン好きの女の子っていうのが関の山だろう。


 そんなこんなで、時間はお昼時前。俺とステラさんとリリナさん、そして有楽とピピナとルゥナさんは、うちの店の並びにあるラーメン屋『清海屋』でいっしょになって麺をずるずるとすすっていた。


「んふふー、うまうまだねぇ。もうっ、ルティたちも来ればよかったのに」

「仕方ありません。エルティシア様たちは〈でぱぁと〉でアリステラ様がまとう服を見つくろっているのですから」

「別に、ステラはこれでもいいんだけどなぁ」

「こちらはヴィエルよりも暑い気候で、着替えも多くなります。その一着だけではきっと足りなくなるでしょう」

「俺もそのほうがいいと思います」


 言いながら横目で視線を送ってくるリリナさんに応えるようにして、俺も同意しつつこくこくとうなずく。

 ステラさんの言うとおり、ルティを始めとしてフィルミアさんとアヴィエラさん、赤坂先輩と中瀬の姿は清海屋にはない。今頃は、真裏にある駅前のデパート『ラゴス』の洋服売り場で実際にステラさんに似合う服を選んでいるはず……というのは、表向きな理由。


「でも、次のお店はルティもミアねえさまもみんなも来るんだよね。次はみんなでおいしいのをいっぱい食べたいなぁ」

「あ、あはははは……」


 期待に満ちたステラさんとは裏腹に、俺はただただカラ笑いをするしかなかった。

 言えるわけがない。今ラゴスにいる5人は、次のステラさんとの食事のために待機してもらってるだなんて、口が裂けても言えるわけがないんだ……


 それもこれも、今朝のステラさんのこの発言が発端だった。


『せっかく異世界に来たんだから、ステラはいろんなものを食べてみたいです!』


 ルティやフィルミアさんのような『志学期』の勉強のためなのかなと思った俺と有楽、先輩と中瀬の日本チームは即OK。オススメのお店を選んでどのお店に行こうかって聞いたその返事が、


『じゃあ、全部行きましょう!』


 だっていうんだから、そりゃもうみんなで揃って唖然。そこでリリナさんが俺の肩にぽんっと手を置いて小さくうなずいたことで、俺は全てを察した。


「ふうっ……どうしようかなぁ。もうひとつ〈カエダマ〉行っておこうかなぁ」

「そろそろやめたほうがいいんじゃないですかね。次のお店もありますし」


 ステラさんが志学期だけじゃなく、元からとても食べる人だっていうことを。

 サジェーナ様との話し中、母さんが作ったホットドッグを2つもぺろりと平らげたそうだし、その上デザートのビッグプリンもあっさり食べて、今こうしてこってりとしたとんこつラーメンを食べた上で替え玉も3回堪能してみせた。


「そっか、そうですね。だったらちょっとはお腹を空けておいた方がいいかも」

「ほっ……」

「リリナちゃん、これからの3件もめいっぱい楽しもうね!」

「承りました」


 俺が安心して息をついた方、ステラさんを挟んで反対側にいるリリナさんはとても穏やかな声でステラさんからの言葉を受け止めていた。

 何でもないように振る舞っているリリナさんからの助けがなかったら、今頃全員で討ち死にしていたんだろうなぁ……



『これより、アリステラ様との食べ歩き対策会議を行いたいと思います』

『は、はあ』


 リリナさんから俺たちへのアドバイスは、いつもルティたちが泊まっている部屋でサジェーナ様がステラさんへ説明している間に、リビングへ集められて始まった。


『〈らぁめん〉と〈はんばぁがぁ〉、それに〈いんどかれぇ〉と〈タイヤキ〉……でしたら、3つの班に分けて食べることとしましょう。その上で、最後に甘味として〈タイヤキ〉を食べれば皆様には負荷がかからないはずです』


『いいですか、サスケ殿、カナ様。おふたりとも〈キヨミヤ〉の〈らあめん〉は〈やわ〉が好みなことを存じてはおりますが、ここは耐えて〈ばりかた〉を選んでください』


『アリステラ様はゆっくりとじっくりと、それでいてたくさんの食べ物を味わう方です。同じような速度と量で食べては、きっと途中で力尽きてしまうでしょう』


『私ですか? 私は、ピピナとルゥナとともにアリステラ様に付き従うまでです。幼い頃から、アリステラ様の食べ歩きにはよく付き合っておりましたので』


 言葉の端々から、俺たちのことを心配してくれているのはよくわかった。

 その上で、黒いタイトスカートに白いブラウス、そしてメガネ状にカスタマイズされた魔石――眼石を身につけた先生スタイルで会議の進行をしていたのはあまりにもノリノリすぎなんじゃないかな。

 こうして食べている最中も先生姿のままでステラさんにアドバイスをしているあたり、俺と有楽と中瀬にヴィエルの歴史や風土を教えてくれているときの『リリナ先生』が、実は結構気に入っているのかもしれない。



「こちらがアリステラ様の分、小倉たい焼きとチョコたい焼き、それとお好みたい焼きになります」

「ありがとう、リリナちゃん。えへへっ、どれもこんがり焼けてて美味しそうだなぁ」

「どれも焼きたてですので、火傷にはお気を付け下さい。ピピナ、ルゥナ、お前たちのぶんも買ってきたぞ」

「わーいですっ!」

「ありがとうございます、リリナおねえさま」


 それは最後に買ったたい焼きまで変わらなくて、リリナさんは3種類のたい焼きが入った袋をステラさんとピピナ、そしてルゥナさんに渡しながらにこやかに微笑んでいた。


「ルティと中瀬はバニラクリームたい焼きで、赤坂先輩とアヴィエラさんはベーコンチーズたい焼き、と……ルティも中瀬も、本当に半分ずつでいいのか?」

「さすがに、〈ちぇいんふぁーむ〉の〈はんばぁがぁ〉が相当効いてな……それでも、姉様が食べるのだ。少しでも食べないわけにはいかぬ」

「半分ずつなら食べられなくもなさそうですし、るぅさんと半分こなら喜んで食べましょう」

「さいですか」


 包装紙でくるまれたたい焼きを渡すと、中瀬は当然といったばかりに言いながらたい焼きを手で半分に分けてその一方をルティへと手渡した。おお、なかなかキレイにやるもんだ。


「ステラさんもルゥナさんも、そんなに食べきれるんですか?」

「まだまだ入るぐらいですよっ。ここまでいっぱいおいしいものを食べたから、もっと食べたいぐらいです!」

「あははははははははは……」

「……強く生きろよ、ルティ」


 元気いっぱいなステラさんに対して、ちょっと虚ろな目で棒読み気味に笑うルティ。チェインファームのハンバーガーは肉厚だってのに、4つもペロッと行ったってんだからな……そりゃあ圧倒もされるわ。


「フィルミアさんは豆乳クリームでしたっけ」

「ありがとうございます~」


 ルティたちがいるところから少し離れたベンチにも持っていくと、フィルミアさんが待っていましたとばかりに手を伸ばして俺からたい焼きを受け取った。


「確か、サスケさんもこの〈たいやき〉でしたよね~」

「松浜くんもフィルミアさんも、ひとつまるごと食べきれます?」

「まあ、俺はラーメンを食べてから結構時間をおいてるんで」

「わたしは半分にしてもらいましたし、この〈とうにゅうくりぃむタイヤキ〉はとっても食感が軽いんですよ~」


 心配する赤坂先輩へ、揃ってたい焼きを軽く掲げながら平然と言ってみせる。実際、中のクリームがふわっとしてるからとっても食べやすいんだ。


「さすがは食べ盛りだねぇ。アタシもさすがにひとつまるまるは無理だよ」

「そのわりには、先輩もアヴィエラさんもなかなかヘビーなものを頼んでるじゃないですか」

「あのお店だったら、これがいちばん大好きだから……わわっ」

「あははっ。ルイコ、そういうときはチーズが垂れないようにぐるぐる巻くといいんだよ」


 割ったら出てきたチーズの伸びに先輩が悪戦苦闘していると、アヴィエラさんは手を貸しながら伸びた分をぐるぐると片方のたい焼きへと巻き付けていった。


「アヴィエラさん、ずいぶん手慣れてますね~」

「アタシもルイコにすすめられて、ここの〈タイヤキ〉は気に入ってるんだ。ルイコの大学へ遊びに行くときに、ここでよくこうして食べたりしているし……あむっ」

「なるほど~」


 待ちきれないといった感じでベーコンチーズたい焼きにかじりついたアヴィエラさんは、ベージュのノースリーブシャツにブラウンのロングスカート姿。深緑のキャミソールの上に空色のサマーニットを羽織って白いロングスカートでまとめている赤坂先輩といっしょにいると、同じ大学生に見えるんだから不思議なもんだ。


「しかしまあ、たい焼きをこの季節に食べるっていうのは珍しいですよね」

「そう? わたしは年中食べてても飽きないよ?」

「暑いときに熱いものを食べるのも、また美味いもんだよ。それを言ったら、アタシたちがさっき食べた〈いんどかれぇ〉なんて熱いわ辛いわで夏向きじゃなくなっちまうだろ」

「あー……言われてみれば」


 確かに、カレーは春夏秋冬関係なく食べたくなったりもする。夏だからっていって冷えたものばかりを食べると体調を崩すとも聞いたことがあるし、たい焼きの美味しさも暑いからって変わることはないはず……うん、美味い。やっぱりクリームが軽くてほんのり甘いや。


「それにしても、文鳳大学の駅前にこんな公園があったんですね」

「わたしも、高校の時にオープンキャンバスで来て初めて知ったんだ。スーパーとか図書館の裏手だから、地元の人か文鳳大学の学生しか知らないんじゃないかな」


 少しうれしそうに言いながら、赤坂先輩がはむっとかわいらしくベーコンチーズたい焼きにぱくつく。

 若葉駅前のとんこつラーメン屋で俺と有楽が食べたあとは、ハンバーガーショップの「チェインファーム」でルティと中瀬が、そしてふたつ先にある綾瀬台駅前のインドカレー屋「プラティナ」で赤坂先輩とフィルミアさんとアヴィエラさんがステラさんの食事に付き合った。

 そして、今は綾瀬台駅と若葉駅の間にある文鳳大学駅前でたい焼きをテイクアウトして、近場の公園でみんないっしょにデザートとして食べているってわけだ。

 レンディアールでのカラッとした涼しめな気候と違ってジメジメ、ジリジリした暑さでも、こうして涼しい木陰で食べられるとなかなか気持ちいい。


「ニホンの図書館というのは、ルイコさんの〈まんしょん〉ぐらいの大きさがあるんですね~」

「えっと、ここの場合はマンションの下のほうに図書館とかスーパーマーケットがたくさん入っているっていう感じなので、実はそんなには……」

「何言ってるんだいルイコ。2階ぶんしかなくても、冊数はたっぷりあるじゃないか」

「あれっ。アヴィエラさん、ここの図書館に来たことがあるんですか?」

「ルイコとの待ち合わせで使わせてもらってから、時々来てるのさ。さすがに文字はまだまだだから、4階の子供向けの部屋で勉強ついでに絵本とか子供向けの小説を読んでるんだ」

「なるほど~、そのような使い方もあるんですね~」

「レンディアールとかイロウナの図書館とは違って、本が借りられるのもなかなかいいところだね。もっとも、ワカバの市民じゃないアタシらは借りられないんだけどさ」

「えっ」

「えっ?」


 残念そうに言うアヴィエラさんへ思わず声を上げると、アヴィエラさんも俺を見て首をかしげてみせた。


「いや、ここに若葉市民がいるのになーと」

「どういうことだい?」

「だから、俺がアヴィエラさんの代わりに借りたい本とか借りられるんじゃないかなって」

「あっ」

「だったら、わたしもできますね。もしフィルミアさんたちも借りたい本があったら、わたしが代わりに借りますよ」

「ほ、本当ですか~!?」

「そっか、その手があったか! いや、前に借りようとしたら、受付のお姉さんから『ワカバ市かそのまわりの町に住んでる証明がないと貸し出せない』って言われちゃって」

「なるほど、そういうことでしたか」


 確かに、本をある程度自由に借りられる図書館でもそういった制限は設けられている。若葉市の場合は沿線とか隣り合ってる市区町に住んでる人たちしか借りられないはずだ。幸い、今日だったら俺も生徒手帳をカバンの中に入れているから貸し出し用のカードを作ることができる。

 それにしても、図書館に行ったら本を借りられないで読んで帰るだけとか、きっと切なかっただろうな……


「借りて返すのがわたしたち若葉市民なら、期限内に返せばそれほど問題ないと思います。アヴィエラさんは、何か借りたい本があったんですか?」

「いや、ほら、前にヴィエルの〈らじお〉でも〈らじおどらま〉をやったらどうかって話があって一回御破算になったろ。その時に言ってた朗読とか、図書館にある子供向けの話でやってみたら面白いんじゃないかって思ってさ」

「朗読ですか~。確かに、いろんなお話で朗読ができると面白いかもしれませんね~」

「だろ? 子供向けの〈ばんぐみ〉も作れるし、物語を楽しむにはうってつけだと思うんだ。それに――」


 少し困ったように笑いながら、アヴィエラさんの視線が少し離れたベンチにするステラさんやルティたちのほうへと向く。

 初めて出会ったときはおどおどしていたステラさんだけど、ルティやピピナとリリナさんといった顔見知りや有楽に中瀬といった友達に囲まれて楽しそうにおしゃべりしている。中でもルゥナさんからはたい焼きを食べさせてもらって、幸せそうにもぐもぐと口を動かしていた。


「みんなも知ってるとおり、ステラ様は〈らじお〉を聴いて怯えてた。アタシが市役所に来たときにもすがるような目で受付の子に話してたし、きっと声だけが街中で聴こえてきて怖かったんだろうね。そういう怖さを和らげるのに、楽しい物語を読んで〈らじお〉で流すのは効果的なんじゃないかなって、そう思うんだ」

「怯えてた、ですか……」


 慈しむようなアヴィエラさんの言葉が、俺の心にちくりと刺さる。

 ルティといいフィルミアさんといい、今までヴィエルでラジオに触れた人たちは喜んで受け入れてくれる人たちばかりだった。始めは毛嫌いしていたリリナさんも俺への個人的な感情でのものだったし、今じゃルティたちといっしょに率先してヴィエルの人たちにラジオのことを広めてくれている。

 でも、今日時計塔で見たステラさんは確かに怯えていて、俺とルティで説明したときもその怯えが消えることはなかった。

 最初は、少しばかり大げさだって思っていた。でも、そうじゃない。

 俺たちは、今までレンディアールに存在しなかったものを持ち込んでいる。何もなさそうなところから音が聴こえるようなシロモノにいきなり触れたりしたら、驚いたり疑問を持ったりする人がいたって当然だ。


「すいません、アヴィエラさん。本当なら俺たちがそういうことを考えなくちゃいけないのに」

「気にするな。アタシだって、向こうでステラ様を見て思いついたんだからさ」

「でも、確かにラジオを初めて見たり聴いたりして怖がったりする人はいるでしょうね……わたしも、アヴィエラさんの提案はとても有効だと思います」

「〈らじおどらま〉をやる設備はなくても、朗読だったら読んで録音するだけですから簡単ですものね~。子供たちのためにも、それにわかりやすく〈らじお〉のことを広めるためにも、わたしもアヴィエラさんの提案は賛成ですよ~」

「それじゃあ!」

「ええ。この後まだまだ時間もありますし、図書館で本を借りていきましょう」

「よっし! ありがと、サスケ、ルイコ、フィルミア様!」

「いえいえ~。むしろ、アヴィエラさんからこういう意見がいただけでとてもうれしいですよ~」

「あははっ。アタシも、すっかりみんなに染められちまったねぇ」

「痛っ、痛いですって!」

「ごめんごめん」


 豪快に笑いながら、照れているのかアヴィエラさんが隣に座る俺の背中をバシバシと叩いてきた。

 痛いけど、異世界の住民なフィルミアさんからこうされるとちゃんとここにいるんだってわかってうれしくもある。意見を出してくれるのはとてもためになるし、ラジオに関わって楽しんでくれているのならなによりだ。


「それじゃあ、俺がルティたちに図書館のことを話してきますね」

「おうっ、頼んだよ」

「わたしは、アヴィエラさんとフィルミアさんとどんな本を借りるか考えておくね」

「よかったら、ルティたちとも考えてきてください~」

「わかりました」


 アヴィエラさんと赤坂先輩、そしてフィルミアさんにうなずいてみせてから、俺はルティたちが集まるベンチのほうへと向かうことにした。相変わらず、楽しそうにみんなでおしゃべりをしているみたいだ。


「みんな、ちょっといいか?」

「どうした? サスケ」

「女の子の園にまた踏み入るとは、松浜くんも図太い神経をしていますね」

「今更ソレを言うか」


 確かに中瀬の指摘どおりでも、今更それを言われても動じねえっての。


「このあとのことなんだけど、アヴィエラさんとフィルミアさんと話していたら図書館はどうかなって話になってさ」

「図書館? それは別にいいが、ここから結構あるのか?」

「えーっと……」


 暑さもあってか、少し心配そうなルティへとひとさし指をゆっくりと立ててみせると、


「ここ」

「ここだよー」

「ここですね」

「は?」


 若葉市民な俺と有楽と、東都線の沿線住民な中瀬が揃って真後ろにある建物を指さした。


「ここが図書館だというのか?」

「正確には、ここの3階と4階だがな」

「結構いろんな本があって楽しいんだよ。わたしも、よく妹たちを連れて本を借りに来たり読み聞かせ会に来たりしてるんだ」

「なるほど。しかし、ミア姉様もアヴィエラ嬢もニホン語はあまり読めぬのではないか?」

「日本語の勉強でよくアヴィエラさんが来てるんだってさ。あとはヴィエルで子供向けの朗読番組を作りたいって思ってるらしくて、その話をしていたらフィルミアさんも乗ってきたってわけだ」

「ふむ。それはとても面白そうなのだが……」

「?」


 そう言いながら、ルティがふとステラさんのほうを見やる。かわいらしくちょこんと首をかしげているステラに対して、ルティはどこか心配そうな表情を浮かべている。

 もしかして、ルティも気を遣ってるのかな……だったら、極力ラジオについては触れない形で話をしてみよう。


「あの、このあと図書館へ行こうかって話がフィルミアさんとアヴィエラさんから出てるんですけど、ステラさんも来ますか?」

「図書館ですかー。えっと、料理の本とかってあるのかな」


 ここに来てまた料理か。って、そういやステラさんの志学期が料理のことなんだっけ。それじゃあ、むしろ好都合じゃないか。


「たくさんありますよ。写真……えっと、レンディアールでいう写実機を使って手順をわかりやすくしたものとか、特定の食材を使った料理の本とかたくさんあります」

「えっ、なにそれっ!」

「うおっ!?」


 い、いきなりステラさんが身体を乗りだしてきたよ!?


「文字だけじゃなくて、絵もいっしょに描かれたりしてるってこと!?」

「は、はい」

「それって面白そうだなぁ……あっ。でも、ステラはこっちの文字とかわからないし……」

「それでしたらお任せ下さい。私がらぁさんのためにわかりやすく読みましょう」

「あたしも料理はよくやるから、海晴せんぱいといっしょにお手伝いするよっ!」

「本当? じゃあ、ステラも行ってみたいです!」


 一旦は意気消沈したステラさんだけど、有楽と中瀬の申し出を受けてまた目を輝かせた。こっそりとふたりでVサインをしているあたり、有楽と中瀬も思うところがあったんだろう。正直言って、ナイスフォローだ。


「ステラ姉様が行くのであれば、(わたくし)もともに行きましょう」


 そのおかげで、ルティもほっとしたように同意してくれたしな。

 ふたりには、あとでちゃんと礼を言っておこう。


「リリナおねえさま、図書館って本がいっぱいあるところですよね?」

「ああ、そうだ。私も絵本ぐらいであれば読めるから、ルゥナとピピナに読んであげよう」

「ほんとーですかっ? なんだか、とってもひさしぶりですねー!」

「ほんとうだね。たぶん、20年ぶりぐらい?」


 妖精さん姉妹は妖精さん姉妹で、リリナさんが先頭に立ってふたりを誘ってくれていた。俺もリリナさんの読み聞かせには興味があるから、あとで顔を出してみようかな。


「それじゃあ、もうちょっとしたら図書館行きで決まりだな。みんな、荷物は忘れないようにしとけよー」

「「「「「「「はーいっ」」」」」」」


 俺が声をかけると、みんな元気よく応えてくれた。あの中瀬ですらも応えてくれたんだから、ずいぶん楽しみなんだろう。

 そんな俺も、やっぱりみんなと図書館へ行くのは楽しみなわけで。


「先輩、フィルミアさん、アヴィエラさん、みんな図書館行きでおっけーですってー!」

「おー!」


 元気に応えてくれるアヴィエラさんみたいに、俺も満面の笑みを浮かべていた。

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