第43話 みんなで作る、ラジオのかたち
無電源ラジオをヴィエルの人たちに販売するのは、もうちょっと先。
量産体制に入ったとはいっても、1日に40個ぐらい作るのが限度だし完成できる数もバラバラ。なによりクオリティチェックも必要なわけだし、早くても9月ぐらいになるかな……と、思っていたんだけど、
「うわー……ここもすごいですね」
「本当だな……昼飯、どうすっか」
個室席からカウンター席まで人でごった返している流味亭の店内を見て、俺は有楽と揃って唖然としていた。
「す、すいません! もう今日は開店から満席で!」
「いやー、まさかこんなになるとはねぇ」
「気にすることはない。盛況ならばなによりだ」
会計場のところでぺこぺこと頭を下げるユウラさんと困ったように笑うレナトに、あわててルティがフォローを入れる。俺もこのあいだ働いたけれども、壁際まで席の空きを待つ人がいるほどごった返したのは見たことがなかったし、いつも外の屋台を担当しているレナトが店内でユウラさんのヘルプに入るのも初めて見た。
『すいません、こちらはどういった品なのでしょうか』
『ん? ああ、こいつはミラップの砂糖漬けだよ。北レンディアールの人らと、あとイロウナの人たちに結構人気でさ』
『確かに、イロウナの民族衣装を着て買っていく方がよくこちらにいらっしゃってますね』
そんな店内に響いているのは、ソプラノボイスとアルトボイス――赤坂先輩とリメイラさんの声。このあいだ、ヴィエルに来て初めて収録したときの模様が無電源ラジオのスピーカーから流れていた。
今日は午前11時から『赤坂瑠依子 ヴィエルの街で会いましょう』の放送で、インターバルの音楽番組を挟んで午後1時からは俺とルティがサジェーナ様を迎えて録音した『ふたりと、お話ししませんか?』が放送される。市役所の掲示板やおたより箱を置いてくれた店先で宣伝した効果があったのか、はたまた買い物ついでに自分がラジオに出ると言いふらしまくった某王妃様のおかげか、
「静まりなされ! 皆の衆、もうすぐこのイロウナの商館が紹介されるのだぞ!」
「おいおい、じいさんが怒ったらかわいい妖精様たちの声が台無しだろ!」
「なにおう!?」
「アヴィエラ嬢ちゃんだって出てくるんだからさぁ」
「嬢ちゃんではない! 商鬼様だ! ……まあ、それも一理あろう。私もそちらで聴くから、皆静かにしなされよ!」
「そうこなくっちゃ!」
「よっ、さすがは〈らじお〉じいさん! 話がわかる!」
いつもは落ち着いた雰囲気のはずのイロウナ商業会館も、無電源ラジオが置かれていることが広まっているのか訪れた人たちでごった返している。
「今日はこんな感じでさ。ウチだと落ち着いて聴けないかもねー」
「あのイグレールさんがこんなにノリノリだなんて……」
「なんだか、すっかりおちゃめさんですー」
会館の入口で呆れたように笑うアヴィエラさんの横で、イグレールさんの反乱未遂を知っている俺と妖精さんモードのピピナは呆然としていた。
「こんなにも多くの人々が聴いてくれているのか……」
そのことを知らずに、この人混みを見て素直に感激しているルティ。
『外でラジオの放送が流れている様を見たい』って言い出したルティが喜ぶ姿を見られるのはやっぱりうれしいし、俺としても携わったラジオ目当てにこうして人が押し寄せているのはうれしい。
それでも、全部が全部素直に喜べることでもないわけで。
「おや、エルティシア様とピピナちゃんじゃないか」
「リメイラ嬢、ご機嫌麗しく」
「ああ、こんにちは。サスケとカナもいっしょだなんて、夕飯の買い物にでも来たのかい?」
「いえ。〈らじお〉がある店で昼食をと思っていたのですが、どこも満席で……」
「それで、うちの店に来たってわけか。それはうれしいんだけど、あいにく今日はねぇ」
市場通りにある青果店へと向かってみても、飲食スペースはすっかり埋まっていた。俺たちがこの間ゆったりとクレディアを食べていた席も、イスだけじゃなくて果物用の空いた木箱を使ってまで多くの人が座っている状態だ。
「ルイコちゃんがピピナちゃんとリリナちゃんを連れて、うちの店を紹介してくれたろ? 宣伝ついでにそのことを話したらジェナも乗っかってきて、ごらんの有様ってわけさ」
「あら……あの方、妹のほうの妖精様じゃない?」
「えっ」
うれしいやら困ったやらといった感じのリメイラさんと話していると、手前のほうの席で食事をしていた女の子ふたり組がこっちのほうを向いて指さしてきた。
「あのっ、ピピナちゃんですよね?」
「えっと、そーですけど……?」
「さっき〈らじお〉でピピナちゃんが話してたトマトがとってもおいしそうだったから、ミディ……えっと、この子といっしょに食べてみたんです!」
「そうしたら、本当にとっても甘くておいしくて! さすがは豊穣の妖精様ですね!」
「えっ、ええっ!? ぴ、ピピナはただのよーせーですよ!?」
「よいではないか、ピピナ。そなたが見込んだものは確かにおいしいのだからな」
「で、でも……ルティさま~」
「ルティ様……?」
見ず知らずの女の子に声をかけられて不安になったのか、ピピナが助けを求めるようにしてルティへすがりつくと、女の子たちの視線も自然とルティのほうへと向いて、
「えっ? もしかして、本当に?」
「それでは、あなたがエルティシア様なのですか!?」
「いかにも。我がレンディアールの第5王女、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ」
「「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」」
「っ!?」
そして、ふたりの女の子はルティの手をそれぞれひとつずつとると、たまらないといった感じではしゃぎ始めた。
「かわいいっ! まさか、こんなにかわいいお方だったなんて!」
「あ、あのっ、この間のアカサカ・ルイコさんとの〈らじお〉で興味を抱いた者です! ぜひとも握手をさせてください!」
「も、もう既に握手しているではないかっ!」
「はっ! も、申しわけありません。あまりのかわいさに、つい!」
「ここにも我をかわいいと言う者がいるのか……!」
「この後の〈らじお〉で王妃様と話されるんですよね? わたし、楽しみにしています!」
「私も!」
「う、うむ……ありがとう」
「ああっ、王女様に感謝されるなんて……! ミーディ、この後も絶対聴くわよ!」
「もちんよ、フィエム!」
どうやら、女の子たちはラジオを聴いてピピナとルティに興味を持ってくれたらしい。確かにこの間の生放送でのルティのたどたどしいしゃべりはかわいかったと思うし、その気持ちはよーくわかる。
「よかったな、有楽。こっちの世界にもお前の同類がいたぞ」
なにせ、俺の隣にはその『ルティちゃんかわいいクラブ』の権化がいるんだから。
「あたしって、はたから見てあんな感じなんですか……?」
「お前のほうが軽く10倍ぐらいはヤバい」
「そんな、まさか……いや、あたしのほうがもっとずっとピュアできれいで純粋で……」
いつもこんな感じではしゃいでいる有楽に声をかけたら、何故だか頭を抱えていた。ピュアからもきれいからも純粋からもほど遠いヤツが、いったい何を言ってるんだか。
「しかしまあ、うちの喰い処にこんなに人が来るたぁねえ」
「リメイラさんでも初めてなんですか」
「ああ。元々、うちの店は果物屋だろ。ちょっと試食したり軽く食事していくぐらいだから食べたらすぐ帰るし、こんなに盛況になったことなんて全くないよ」
「なるほど」
「あたしのところだけじゃなく、他の店もこんな感じらしくてね。ほんと、〈らじお〉様々だよ」
あははっと、豪快に笑ってみせるリメイラさん。確かに、人がたくさん来てこうして飲み食いしてくれるとうれしいってのはうちも喫茶店だからよくわかる。
でも、よくわかるからこそ出てくる悩みっていうのもあるわけで。
「うーん……」
相変わらずはしゃいでる女の子たちの後ろ――ラジオを聴いている人でごった返している飲食スペースをながめながら、俺はため息をついていた。
今日は、俺たちが日本へ帰る日。
それと同時に赤坂先輩や俺たちの番組が流れる日っていうこともあって、俺たちはこうして無電源ラジオを置いてくれている場所を歩いて回っていた。
本当ならどこかでそのまま聴きながら昼飯でもって考えていたはずが、どこも人だかりでヴィエルの街をうろちょろしてばかり。東の飲食店街も西の職人通りも、その上北の市場通りも、つい昨日追加分の無電源ラジオを納入したばかりのところを含めてすっかり人混みができていた。
まあ、王妃様――ひいては元・ヴィエルいちばんのやんちゃ娘・サジェーナ様の声が最近街で見かけるラジオから聴こえるっていうんだから、興味が湧いて当然だとは思う。
そう、思うんだけど……
「結局、ゆっくり聴けるのはここぐらいか」
「ここならば、街を見渡しながら聴けるであろう」
石畳にわら製の敷物を広げた俺へそう言いながら、すぐそばで無電源ラジオのダイヤルをいじり始めるルティ。その途端、イヤホン+メガホン製のスピーカーからはギターのような音色の楽器が奏でる音楽が結構大きめな音量で流れ始めた。
「ん……さすがにここは〈でんぱ〉が強すぎるか」
「なにせ、送信機から直線で5メートルあるかないかだからな」
戸惑うルティへ笑いながら、この場所のど真ん中にある石造りの台座へと視線を移す。そのど真ん中には、俺がルティにあげた『ミニFM送信キット』がはめ込まれていた。
「まあ、皆で聴くには良い音量と思おう」
「だな。まあ、このくらいのボリュームならちょっと離れたところへ置いておけばいいんじゃないか?」
「うむ、そうしておく」
俺の言葉にこくりとうなずくと、ルティは少し離れた石造りの階段のほうへと無電源ラジオを持っていく。
音量調整用のボリュームがない無電源ラジオだと電波の強さがそのまま音量に直結するから、送信元の電波が強ければ強いほどそれだけ大きなボリュームで音が流れてくることになる。まあ、音も割れてないし十分にクリアだからそんなに心配することもないか。
ゆっくりと聴きながら街の様子が見たいっていう希望が叶えられる場所としてルティが選んだのは、ヴィエルの中心部。そして、ルティたち王族の住まいで俺たちの寄宿先でもある時計塔の鐘楼だった。
鐘楼とはいってもそれなりの広さがある上に、置かれているものは中央に置かれた石造りの台座とそこにすえつけられたミニFM送信キットぐらい。ハンドベルのような形の7つの鐘は頭上の木製の梁からつり下げられているし、大きな屋根も陽射しから守ってくれる。
その上街の風景をぐるりと見渡せて、カラッとしたそよ風を受けながらみんなでラジオを聴くことができるんだから、のんびりするには実にもってこいの環境だった。
「しかし、街中で〈らじお〉を聴きづらいことだけは残念であった。よもや、あそこまで人だかりができるとは……」
「ピピナも、あんなにこえをかけられるとはおもいませんでした。らじおだとこえだけなのに、どーしてピピナがピピナってわかるんですかねー……」
「この街に居着いている妖精が我らだけだからだろう。エルティシア様も、大変御苦労様でした」
執事服姿のリリナさんが、敷物に座るルティとピピナへと木製のコップに入った飲み物を手渡していく。オレンジ色がかった透明なジュースは、柑橘系の香りからしてミラップの果汁をこして作られたジュースらしい。
「サスケ殿とカナ様も、ぜひどうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがと。リリナちゃんも、お買い物ついでに南通りを見てきたんだよね? あっちはどうだった?」
「あちらもなかなかの盛況ぶりでした。多くの方がサジェーナ様目当てなようでしたが、私の姿を見て声をかけて下さる方々もいらっしゃったので、見てきた甲斐がありました」
「そっかそっか。それならなによりだね」
「リリナも、すっかり風格が出てきたな」
「これも、フィルミア様やルイコ様が私を導いて下さるおかげです」
くすりと笑って、有楽とルティへ微笑みかけるリリナさん。余裕そうな面持ちはすっかり自信に満ちていて、言葉からは初めて会った頃以上の気持ちの強さが伝わってきた。
「ねーさま、まえはこういうのってとってもにがてでしたよね。いまはだいじょーぶですか?」
「大丈夫というよりも、慣れたといったほうがいいだろう。フィルミア様とともにエルティシア様の〈らじお〉を手伝うようになってから、人が聴いているのだということを意識するようにもなったからな」
「ピピナも、いつかはそーゆーのになれるんですかねー……」
お疲れ状態な妖精さんモードのピピナは、長い耳と背中の羽をへにょんとさせたままぐい呑み大の木製コップに入ったミラップジュースをちびちびとなめていた。
「まあ、私は私。ピピナはピピナだ。慣れはしなくても、こうして私に言って気を晴らすといい」
「ねーさま……ありがとーですよー」
少し堅い言い方ではあるけれども、柔らかい声と微笑みで伝わったのか、ピピナが人間モードのリリナさんの手へとほおずりしていく。リリナさんもそれに応えるかのように、よしよしといった感じでピピナのほおをなでていた。
「しかし、各所とも盛況でよかったです。やはり、作った以上は聴いていただきたいものですからね」
「うむ。我も想像以上の人が聴いてくれて驚いたし、とてもうれしかった。もちろん、母様の影響というのも忘れてはいけないだろうが」
「サジェーナ様のことを加味したとしても、それだけ人の『声』には惹きつけられるものがあるのでしょう。エルティシア様がワカバの街でルイコ様の声に惹かれたように、この街でもルイコ様やエルティシア様の声に惹かれる人はきっといると思われます」
「リリナの声に惹かれたという女子ふたり組ならば、つい先ほど出会ってきたぞ」
「えっ」
さっきリメイラさんのお店で出会った女の子のことをルティが口にしたとたん、リリナさんがびしっと固まった。
「ピピナと我と、そしてリリナの声に惹かれたらしい。ふたりとも『麗しい声』だと表現していたな」
「麗しいだなんて……そんな……」
そして、ジュースを配り終わって空いた木製のトレイで口を隠しながらふるふると首を横に振る。直接言われるのは慣れてきても、こうして人づてに自分の評価を聞くのには弱いのかもしれない。
「とはいえ、まだまだ始まったばかりなことには変わりない。〈らじお〉に興味を持ってくれた人々を繋ぎ止められるよう、我々も日々精進せねば」
「はいっ。精進しつつも自然体を忘れずに、ですね」
「うむっ」
気を引き締めるようなルティの言葉をきっかけにして、ふたりがうなずき合う。あまり浮かれることなくこうして締められるのはルティのいいところだし、先生兼お姉さんなリリナさんがこうして締めてくれるのなら安心だ。
フィルミアさんはヴィエルにいる間はほとんど毎日試験放送を担当しているし、リリナさんもパートナーとしてフィルミアさんを支えたり、日本でわかばシティFMや大手民放FM局を聴いて勉強したことを活かしてサポートまでしてくれている。
技術面をサポートしてくれているのがリリナさんなら、メンタル面を支えてくれているのは妹のピピナ。この間みたいにお茶をいれてくれたりクッキーを作ってくれたり、ルティといっしょに日本住まいが長いこともあってか、気付いたことがあれば言ってくれたりして頼もしい存在だ。
そして、興味を持ち始めた頃よりも遥かにパワフルになったルティも今じゃ頼れる相棒のひとり。技術面のつたなさはあったとしても俺で十分にカバーできるし、トーク中に時々顔を見せる純粋さは俺や有楽じゃ真似できないほどの武器だと思う。
みんなのモチベーションの高さは俺たちにも影響していて、ユウラさんが加わったりアヴィエラさんも新しい魔石作りに邁進したり、王妃様まで巻き込んで『大規模な試験番組』まで作り始めているあたり、ソフトの面では開局まであまり心配することはないだろう。
そう、ソフトの面においては。
「なあ、ルティ」
「うん? どうした、サスケ」
「やっぱり、ラジオを聴いてくれる人がいるっていいもんだよな」
「ああ、とても佳きものだ。我が〈わかばしてぃえふえむ〉で耳にしたときのような想いを味わってくれていると考えただけで、胸の奥から熱くなる」
一点の曇りもない、ルティの楽しそうな笑顔。
それを見て俺もうれしくなって、同時にちょっとだけ心が痛む。
この笑顔に、俺は水をささなくちゃいけないから。
「そうだな。でも――」
「みんなー! お昼ごはん持って来たわよー!」
「うぉっ!?」
そう切り出しかけたところで、背後の階段から陽気な声が響いてきた。
「か、母さん?」
「お腹ぺこぺこで帰ってきたんでしょ? おにぎり、たくさんにぎってきたからいっぱい食べなさい!」
「わたしは『オミソシル』を作ってきたの。ニホンのとはちょっと違うかもしれないけど、いっしょに食べながら〈らじお〉を聴きましょう」
「オムスビもオミソシルもうまうまだよー。食べるなら今のうちがオススメだよー」
振り向いてみれば、白のブラウスに黒のスカート、そして若草色に白地で染め抜かれた『喫茶 はまかぜ』のエプロンといったうちの店の正装を身にまとった母さんとサジェーナ様、そして既にもぐもぐとおにぎりを食べているミイナさんが階段を上がってこっちへとやってきた。
「母様、ありがとうございます!」
「チホ様、サジェーナ様、私もお手伝いいたします」
「ありがとう、リリナちゃん。助かるわ」
「かーさまってば、またさきにたべてるんですねー……」
「仕方ないよ。うまいんだもん」
思い思いに敷物から立ったりおしゃべりしている中で、俺はすっかり出鼻をくじかれた格好なわけで。
「せんぱい、おでこをおさえてどうしたんです?」
「いや……なんというか、こうタイミングが合わないってのはな……」
「さっきもそんな顔してましたけど、なにか心配ごとでも?」
「わかるのか」
「まあ、相方ですし」
ふふーんと自慢げに言いながらも、隣に座りっぱなしで俺を見る有楽の目は何故だか優しかった。
「有楽に心配されるとは……不覚……」
「もう二度と心配しませんからねっ!?」
「冗談だ、冗談」
それは、初めてルティが日本へ来た日に赤坂先輩の家へ泊まって、寝こけたルティを眺めていたときみたいな表情。それが気恥ずかしくなって……なんて、誰が言えるかっ。
「そうそう、そっちの顔のほうがいいです。あんまり怖い顔してると、ルティちゃんも怖がっちゃいますよ」
「ご忠告ありがとさん。まあ、できるだけソフトに行ってみるわ」
「あいあいさー」
昼ご飯の用意を始めたルティたちに聴こえないよう、音量を抑えて言うと有楽も軽くそれだけ言って『了解』って感じのハンドサインをしてみせた。
俺と有楽も立ち上がっておにぎりや味噌汁の配膳を手伝ったけど、これだけの人数がいればすぐに準備完了。
母さんとサジェーナ様以外が座ったみんなの目の前には、笹のような葉っぱに乗っかった3個から8個のおにぎりと木の椀に入った豆腐とネギの味噌汁。レンディアールでも定番なおにぎりはともかく、味噌汁はこっちへ来る前に飲んで以来だから久しぶりだ……って、あれ?
「母さん、フィルミアさんと赤坂先輩と……あと、中瀬は?」
「みんな、1時からの放送の準備が終わったら来るって。ほら、ちょうど来たみたいよ?」
「ごめんなさい、ちょっと編集に手間取っちゃって!」
「不覚……不覚でした……!」
「遅くなりました~!」
母さんが軽く振り向くと、石造りの階段のほうからからばたばたと音がして赤坂先輩、中瀬、フィルミアさんの順で鐘楼へと上がってきた。
「お疲れ様です、先輩、フィルミアさん。中瀬もご苦労さん」
「申しわけありません~。ルティとサスケさんの〈ばんぐみ〉の編集に没頭していたらこんな時間に~」
「まさか、ここまでBGM選びに手間取るとは思いませんでした……でも、それだけの出来になったと私は自負できます」
すっかりへとへとなフィルミアさんと中瀬ではあるけど、ふたりともやりきったのか並んで笑みを浮かべていた。
「ふたりとも、ああでもないこうでもないって曲選びをがんばってたの。放送開始の1時間前にわたしが声をかけなかったら、もっと曲選びをしていたんじゃないかしら」
「そいつはまた……」
少し困ったように笑う先輩だけど、もしも気付かず放っていたらいつまでも選曲していたってことか……マイペースなフィルミアさんと中瀬ならありえそうだから、なかなか恐ろしい。
「ささっ、みんなも座って座って。すぐにお昼ごはんを用意してあげるから」
「オムスビもオミソシルもたくさんあるから、遠慮なくおかわりしてね。みんなでごはんを食べながら、のんびり〈らじお〉を聴きましょう」
「チホさんもお母様も、ありがとうございます~」
「王妃様の手作りお味噌汁……なんというご褒美でしょう」
「それなら、わたしはおばさまと王妃様のごはんを用意しますね」
「ありがとう、助かるわ」
母さんとサジェーナ様、そして赤坂先輩の手でおにぎりと味噌汁がみんなに行き渡っていく。ユウラさんはお仕事だし、アヴィエラさんは日本へ渡る前にやってくるそうだから今のところはこれで勢揃いか。
「みんないいかしら? ……『日々の実りに感謝を。そして、これからの実りへ祈りを』」
「日々の実りに感謝を。そして、これからの実りへ祈りを」
自然と切り出したサジェーナ様は、みんなが小さくうなずいたことを確認してからレンディアールでの食事前の祈りを捧げ始めた。続いて祈りを捧げた俺たちも、こっちに来てかなり経っていることもあってずいぶん慣れたもんだ。
「それじゃあ食べましょうか。チホ、久しぶりのオムスビをもらうからね!」
「食べて食べて。具もたくさん買ってきたから、食べてからのお楽しみ!」
「ボクはイナゴの佃煮入りが好きだなー」
「ちょっと、いきなりネタばらししないでよっ!?」
と、唄うように美しい祈りを捧げたのもどこへやら。すっかり『ゆかいなお母さんモード』に戻ったサジェーナ様は、両隣にいる母さんとミイナさんとわいわいとやりとりを始めた。うんうん、仲がいいことはいいことだ。あとは俺に矛先さえ向けなければ、パーフェクトだと言っていい。
そんなことを考えながら、笹のような葉っぱに乗っかった4つのおにぎりからひとつを手にしてさっそくひとかじり。パリッと焼かれたおにぎりの表面の香ばしさと、中の具――ネギ味噌の甘辛さとほろ苦さが噛むたびに合わさって、とても美味い。
続いて『オミソシル』が入った木製のお椀を手にして中のスープを見てみると、見た目も香りもまさしく『お味噌汁』。中に入ってる具も豆腐とネギで、まさにパーフェクトな味噌汁・オブ・味噌汁だった。
飲んでみても味噌汁そのものの味で、ほんのりとしたあたたかさと優しい味わいが口の中から全身へと広がっていく。いつも飲み慣れた、ホッとする味わいだ。
「レンディアールにも味噌汁があったんだ」
「我も年に数度、母様に振る舞っていただいたことがある。今思えば、母様が日本へ転移した時に持ち帰ったか作り方を学んだのであろう」
「なるほど。じゃなきゃ、ここでこんなに美味い味噌汁が飲めるわけがないか」
俺の右隣でつぶやきに応えてくれたルティも、両手で漬け物が巻かれたおにぎりを手にして少しずつおにぎりにかじりついてはゆっくりとその味を噛みしめていた。
初めて日本へ来た日ははらぺこってこともあってがっついていたけれども、こうして心に余裕があるとどんな食べ物でもていねいに食べようとするから本当にかわいらしい。
「ところでサスケよ。先ほど、我に何か言おうとしていたようだが」
「んー? あー……」
あまりにもシンプルな美味さにやられて頭の片隅に追いやっていたけど、ルティのほうから切り出してきたか。
とは言っても、さっき覚悟を決めたときみたいな心構えなんて今すぐできるはずがない。その上、のんびりとした昼飯時にいきなりシビアなことを言うのもなんだし……
「いや、ほら。人混みが結構凄かったろ? あれはあれで確かにうれしいんだけど、そのまま全員聴いてる人が居座ったりしたら、店の人も大変じゃないかなーってふと思ってさ」
あくまでもソフトに、そして軽い感じで切り出すことにしてみた。
「居座る……我が喫茶店の給仕をしている際に、時折見かけるような者のことか」
「あまり混んでなければ、別に居座っても構わないと思う。ただ、全部の席が埋まってみんなお腹いっぱいになったりしたら誰も料理を注文しなくなることも考えられるだろ?」
「確かに。そうすると、店の売り上げにも関わってくるということか……」
ルティは残っていたおにぎりを口にすると、んむんむと食べながら考え込むようにうなり始めた。
キャパシティが小さい店でお客さんの回転率が下がると、それだけ売り上げも減る。食べ終わった人が退店して新しく入店した人が注文するのと、食べ終わった人が居続けて時々思い出したように注文するのとじゃ雲泥の差だ。
今回はたまたまサジェーナ様がゲストの番組があるからってことで盛況にはなっているけど、今後もこういうことを繰り返せばお店側のほうにも影響が出かねない。
「本放送が始まれば受信機も出回って解消されるとは思うけど、今日みたいに注目度が高そうな番組を試験放送をするときは、そのあたりも考えたほうがいいのかなーって」
「ならば、実際にどうであったかを店舗などに確認しておいたほうがよいな。もし売り上げに響いていたのだとしたら、さすがに申しわけない」
「ああ。場合によっては、受信機の制作ピッチを上げるか先行販売とかも考えておいた方がいいかもな」
「それも仕方あるまい」
「まあ、今日の今日はさすがに急だから……週明けに聞いてみたほうがいいか。ルティが日本から帰るのは、こっちの時間だと明日の夕方だっけ」
「うむ。ならば、我が再びヴィエルへ戻ったときに聞きに行ってみよう」
「その時は俺も行くよ。ミイナさんからもらった宝石を使えば、ピピナにもリリナさんにも負担はかからないしな」
デニムシャツの胸ポケットあたりをトン、トンと軽く叩きながら、ルティにそう申し出る。
ピピナとリリナさんのお母さんで、この世界を司る精霊様でもあるミイナさんがくれた『世界転移の石』は緊急時用にこういったシャツや制服のポケットへ忍ばせている。ふだんはふたりがレンディアールへ連れてきてくれるけれども、いざとなった時用にと俺は7日に1回だけ使えるこの石を持ち歩いていた。
「よいのか? ピピナやリリナが使うような時間遅延の術はかからないのであろう?」
「夏休みだから構わないし、こういうときこそ使いどころじゃないか。俺も直にどんな感じか、店の人たちに聞いてみたいんだ」
「サスケがよいのであればいいのだが……」
「それに、今回のきっかけは俺とルティの番組だろ。こういうのは相方といっしょにやらないと」
「そういうものなのか?」
「そういうものなの。なあ、有楽」
「ほふぇっ!?」
さっきからルティを挟んでこっちをチラチラと見てくる有楽に声をかけると、言われると思ってなかったのか目を白黒させて、豊かな胸をドンドンと叩いてから味噌汁をぐいっと飲み干した。
あー……さっきから気にかけてくれていたんだろうけど、悪いことしちまったか?
「えほっ、えほっ……えほっ。うー、いきなり声をかけないでくださいよぅ」
「悪い悪い」
「まあ、ジロジロ見てたあたしも悪いですけど……そうだねー。せんぱいの言うとおり、ふたりで番組をやるなら近いレベルの情報は、できるかぎり持ってたほうがいいんじゃないかな」
有楽が持ち直したのを確認してから、俺ももう一つのおにぎりへ手を伸ばしてかじりつく。ノリの代わりに巻いてあるサクッとした歯応えの葉っぱはそのまんま野沢菜で、中にシソの佃煮が入っているのもまさに母さん流。いつも食べ慣れた日本の味だ。
有楽の言うとおり、サプライズでもない限りは情報は共有しておいたほうがいい。メールが来てたらふたりで選んだのを事前に読んでおいて、読み上げ用の原稿や用意したコーナーがあれば、事前にどんな内容なのかやどんな曲を流すかとかの情報を台本にまとめてもらってふたりで読んでおく。
そうすれば、読んでいて詰まったりしたときにはフォローがしやすいし、番組をスムーズに進めることができるしな。
「あとせんぱい。情報共有ついでなんですけど、ミイナさんからもらった宝石はイメージしたところへ飛びますから、時計塔か市役所の前あたりをイメージして飛んだほうがいいですよ」
「お前、もう使ってたのか」
「はいっ。仕事が終わって、ピピナちゃんとリリナちゃんに癒やされたいなーって思って使ってみたら、そのままお風呂に入ってたふたりのところへどぼーんと」
「おいコラ」
お前はどこの少年マンガの主人公か。
「あのピピナとリリナの悲鳴は凄まじかったな……本当、何の騒ぎかと思ったぞ」
「ウチのアホ娘が本当にすいません」
「娘って! あたし、先輩の娘じゃありませんよ!」
「アホなのは認めるんかい!」
「アホじゃないあたしなんて、あたしじゃありません!」
なかなか難儀な娘さんだ。
たまに妹の真奈ちゃんが他の妹さんも連れてうちの店へ来たりするけど、こういうお姉さんがいると苦労しているんだろうなぁ……
「というわけで、かわいい後輩からの人柱報告でした。まる」
「参考にもならない与太話をどうもありがとう」
「してくださいよ! 先輩も男の子でしょっ!」
「男ではあるがデリカシーも十分持ってるんでな」
女の子が風呂に入ってるところへ突撃する勇気なんて、ひとかけらも持ってねえよ。
「ふふふっ。やはりサスケとカナはよき相棒だな」
「まだまだ組んで4ヶ月だけどねー。せんぱいがなかなかデレてくれないのが悩みどころだよ」
「誰がデレるか。お前はちょっと突き放したほうがちょうどいいんだよ」
「そのあたりが、あたしとルティちゃんの差ですよね」
「???」
「まあ、あたしも先輩の気持ちはよくわかりますけど」
『デレる』という単語がよくわからないのか、困ったように首をかしげているルティ。それに構うことなく、有楽はまたおにぎりを手にすると半分ぐらいかじりついてもぐもぐと食べ始めた。
「どっちかっていうと漫才タイプの相棒なのがあたし。のんびりトークの相棒としてはルティちゃん、といったところかなーと」
「それは否定しない」
「わ、我も相棒と言ってくれるのか?」
「当たり前だろ。今回初めて番組をやってこれだけできれば、立派な相棒だよ」
慌てるルティへ、包み隠さず正直に言ってゆく。
この間のサジェーナ様との番組収録を乗り越えられたのはルティのおかげだし、番組だけじゃなく、これまでのラジオ局作りでだって立派な相棒だ。
「我の場合は、どちらかというとサスケに導かれているようなものだが……」
「そんなことないよ。ルティちゃんはルティちゃんで、あたしじゃ引き出せない松浜せんぱいの優しさを引き出せてるんだもん」
「優しさよりもツッコミを求めてるお前がそれを言うか」
「あたしの場合は、優しくしてもらっても全然しっくりこないんですよ。鋭いツッコミをもらったほうが、ずっとずーっと楽しいです」
「確かに、我もサスケとカナの丁々発止なやりとりは聴いていて楽しい。かといって、我がそのやりとりをできるかというと無理な話で……」
「でしょ? それと同じで、あたしもルティちゃんとせんぱいがやってるようなのんびりしたやりとりは無理だってこと」
「あれが無理だというのか」
「うんっ、絶対無理!」
なんつー満面の笑顔で言い切るんだ、コイツは……でも、有楽の言うとおり、今更ルティとやったようなのんびりとしたトークは絶対に無理だと思う。かといって、ルティに対して有楽とやるようなハードヒットなトークはしたくない。
それぞれのスタイルに合わせてトークするのも、パーソナリティの能力のひとつ。有楽が俺の『動』の部分を引き出してくれたように、ルティは俺の『静』の部分を引き出してくれた。
よくよく考えてみれば、俺は正反対な相棒を得ることができたぜいたく者なのかもしれないな。
「ならば、我もサスケの相棒としてまだ見ぬ表情を引き出さねば」
「あたしも、どんどん先輩を困らせてもっともっと先輩からにツッコミをもらわなくちゃ」
「ルティはともかく、どうして有楽はそこで不穏な方向へ持っていくかな……」
「そうっ、それです! 今みたいなツッコミが欲しいからです!」
目を輝かせて言ってくるあたり、有楽が演技じゃなく本気でそう考えてることがひしひしと伝わってくる。こいつ、どんだけ俺のツッコミが好きなんだよ。
でもまあ、堅苦しく考えていたことをソフトに話せたし、一応感謝だけはしておこう。心の中だけでひっそりと。
「こんな感じで、パーソナリティにもいろんな性格の人がいるわけだ。誰かといっしょに番組を担当するときは歩み寄ってどんな方向性の番組にするかを決めて、お互いをリスペクト――えっと、尊敬しながら番組を作り上げていく。日本でやってるルティとピピナの番組も、そういった番組のひとつじゃないかな」
「言われてみれば、あの番組の主宰は我とピピナだからな……なるほど。あのような心持ちでいればいいというわけか」
「そういうこと。それができているルティなら、これからのラジオもきっと大丈夫だ」
「ならば、明日からの〈しゅうろく〉もそのような心持ちで臨んでみよう。ちょうど〈あなうんす〉と演技の回だから、意識してやってみるのもいいかもしれないな」
「うんうんっ、その意気その意気。ちょうど第5回は山木さんがゲストだからね」
「うむ。ヒロツグ殿とカナから〈あなうんす〉と演技の神髄を学べるというのも実に楽しみだ」
ルティと有楽と笑い合って、いっしょにおにぎりを食べながらラジオ番組づくりのこれからに想いをはせていく。
この後日本へ帰って一夜明ければ、東京で『異世界ラジオのつくりかた』の収録。8月に入れば栃木と群馬で放送部の合宿と研修があって、週末になればルティたちがまた日本へやってくる。有楽とのラジオや赤坂先輩とのラジオを手伝って『異世界ラジオのつくりかた』を聴いたらまたレンディアールへ。
夏休みでも、ヒマな日はほとんど無い。もちろん大学進学に向けた勉強だってあるし、その合間にも部活はあるけど、ずっとゴロゴロしているよりは面白い日々が過ごせると思う。
それができるのは、こうしてここでいっしょに話しているルティと有楽のおかげ。俺ひとりだったら、きっとこんなに充実しそうな夏休みを送ることができなかったはずだ。
日本でも異世界でも、普通じゃ経験できないことを経験している。そう考えると、いつかはふたりにお礼を言わなくちゃいけないんだとは思うけど……まあ、いつかその時が来たらちゃんと言おう。
今はまだ、その途中だから。
『イロウナの技術の粋を集めた、工芸品や衣類の数々。様々な効果をもつ魔石を多々用意して、レンディアールの皆様のご来店をお待ちしております』
そうこうしているうちに、ラジオのスピーカーはインターバル用の音楽番組からCMに切り替わってみんなのおしゃべりがピタッと止まった。
「もうすぐですね」
「ああ、もうすぐだ」
「いよいよか……」
『一の曜日から六の曜日の朝の10時から夜の19時までの営業。イロウナ商業会館が、まもなく13時の鐘をお知らせします』
ゆったりと、そして優しいアヴィエラさんのアナウンスに導かれるようにして、スピーカーからハンドベルのような鐘の音が響き始めた。
13時だから、頭上にある本物の鐘は鳴らない。それでもラジオから流れる音色は時間の経過を知らせてくれるのには十分で、
『松浜佐助と』
『エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの』
『『ふたりと、お話ししませんか?』』
俺とルティの番組の始まりを告げてくれるのにも、ぴったりな音色だった。
収録したときは声だけだったのが、タイトルコール直後からギターと笛のようなのんびりとした音色と、ぽこぽこと小さな打楽器が使われた音楽が流れ始めている。全く聴いたことがないメロディではあるけど、映画のサントラか何かからとったのか?
「このBGM、中瀬が用意してくれたのか?」
「確かに用意したのはわたしですが、曲はCDからじゃなくてるぅさんとりぃさん、ぴぃちゃんが演奏したものです」
「えっ!?」
「しっかりと音が保存されたようで、なによりです~」
「エルティシア様とサスケ殿が〈ばんぐみ〉を始められるので、フィルミア様が作られた曲を私たちで演奏してみたのです」
「ぽこぽこしたおとは、ピピナがたたいたです!」
相変わらず無表情な中瀬の横でフィルミアさんがのんびりと微笑んで、人間モードなリリナさんの膝の上で妖精さんモードのピピナが両手をあげながら主張している。
初めからルティのそばで支えていたピピナだけじゃなく、レンディアールで初めて会ってラジオに興味を持ってくれたふたりがこうして音楽を作ってくれるなんて……
「なんという贈り物を……姉様、みはるん、感謝いたします。リリナとピピナもありがとう」
「俺からも、本当にありがとうございます。手作りのBGMをプレゼントしてもらえるなんて」
「いえいえ~。ふたりのおかげでこうしてここで〈らじお〉を作ることができているんですから、これくらいのことはさせていただきますよ~」
「今回の音楽は、全て私たちが演奏させていただきました。お気に召していただければ幸いなのですが」
「贈ってくれただけでも十分なのに、こうしてかわいらしい音楽で〈ばんぐみ〉を飾ってくれて文句を言ってはバチが当たるわ」
「そうだな。のんびりとした音楽も番組の雰囲気によく合ってるし、ぴったりじゃないですか」
「ほんとーですか? えへへっ、そしたらみんなでつくったかいがあるですよー」
「よかったですね、みなさん」
うれしがってるピピナとリリナさんの隣でにこにこ笑っている赤坂先輩が、音づくり組のみんなを優しくねぎらう。そういえば、フィルミアさんと中瀬といっしょに上がってきたんだよな……ってことは、
「赤坂先輩、もしかしてこの編集で時間がかかってたんですか?」
「ええ。海晴ちゃんがどうしてもって言って聞かなくて」
「せっかくるぅさんと王妃様がいっしょに番組に出るんです。違和感無く曲を流すために、クロスフェードやタイミングにぐらいこだわってもいいじゃないですか」
俺からはぷいっと視線をそらしながら、中瀬がルティにだけ視線を向けて恥ずかしそうに口をとがらせる。それを微笑ましく見ているあたり、先輩も中瀬のことをわかっているというかなんというか。
「ありがとう、中瀬」
「……まあ、新番組おめでとうございますと言っておきましょう」
相変わらずの無表情で、それだけを言った中瀬は何ごともなかったかのようにお味噌汁を飲み始めた。こいつはこいつなりに、こうして編集したりしてくれたんだからありがたく受け取っておこう。
みんなのおかげで番組を作ることができて、こうして支えてくれている。さっきみたいに俺ひとりでネガティブなことを考えたりすることもあるけど、誰かに相談すれば道が開けることもあるのかも……って、この間ルティに言ったことそのまんまじゃないか。
俺もいい加減、ため込んだりするクセをどうにかしたほうがいいな。
『それでは、第1回のお客様をそろそろお呼びしましょうか。実はもう俺の向かいでルティの隣に座っている、ヴィエル出身でレンディアールの王妃様。サジェーナ・フェリア=ディ・レンディアール様です!』
『どうも皆様、お久しぶりです。レンディアールの王妃であり、故郷のヴィエルへ帰ってまいりました、サジェーナ・フェリア=ディ・レンディアールです』
『えっ』
『か、母様? どうなされたのですか? そんなにかしこまったあいさつをなされて……』
『先日の出演でエルティシアからお説教をいただいたので、ふさわしい振る舞いをしようかと』
「……やっぱ、かしこまったジェナってジェナっぽくないわよね」
「えっ」
「ボクもそう思う。猫かぶりにも程があるよね」
「ちょ、ちょっと、これでも一応王妃としてみっちり教育を受けたんだからね!?」
こっちが和やかに話している車座の向かい側では、俺たちと同じようにラジオを聴いていた母親トリオがあーだこーだ言い始めていた。出会って間もない俺でもそうだったんだから、久しぶりな母さんにとっては特にそうなんだろう。
からかう口調なミイナさんは……まあ、母さんの言葉に乗っかってサジェーナ様で遊んでるんじゃないかな。多分。
そんな風に向かい側を眺めていると、手ぬぐいで手を拭いていた隣のルティがすっと立ち上がってサジェーナ様のほうへと向かった。
「母様、自分の声が〈らじお〉から聴こえてくるのはどのような気分ですか?」
「そうね……まずは、不思議っていうのが先に来るかしら」
なるほど、サジェーナ様に感想を聞きに行ったのか。
母さんとサジェーナ様の間の後ろに座ったルティは、まるで子供みたいに顔を輝かせながら次の言葉を待っている。
小さい頃、俺が初めてわかばシティFMのラジオ体験へ行った時にも、あんな風に母さんからどうだったかって聞こうとしてたっけ。
「ここにわたしがいて、ルティがいて、サスケくんがいるのにその声が聴こえてくるのって不思議でしょ? でも、あの時話していたことがこうしてよみがえってきて……やっぱり、楽しいわね。〈らじお〉って」
「私もそう思います。〈らじお〉というのは、不思議で楽しいものだと」
「これから、こんな楽しみがどんどん増えていくのね。わたしも手伝えることは手伝っていくから、いっしょにがんばりましょうね、ルティ」
「はいっ」
優しいお母さんな表情で、サジェーナ様が褒めるようにしてルティへと笑いかける。大きくうなずくルティともとてもうれしそうなあたり、いちばん聞きたかったことを聞けたんだろう。
それを見ていた母さんも、にまっと笑いながら親指をぐっと立ててくる。俺の歳になるとさすがに小っ恥ずかしいし、今はそれだけで十分。
ルティのおかげで、母さんともこんな頃があったなって思い出せたしな。
「おっ、みんな勢揃いかい」
そんなこんなでラジオを聴きながらわいわいとしゃべっていると、アヴィエラさんがひょっこりと階段のほうから姿を現した。
「アヴィエラ嬢、もう日本行きの準備は済んだんですか?」
「ああ。ルイコの番組が終わったから、あとはじいに任せてきた……んだけど、ちょっと変わった子が外にいてさ、どうしたもんかなーと」
「変わった子?」
ちょっとばかり困ったようなアヴィエラさんの声に、みんなが階段のほうを向くと、
「あわわわわわ……」
おそるおそるといった感じで、少し背の高い女の子が涙目で声を震わせながら階段下から姿をあらわした。
上下を黒いシャツとハーフパンツでまとめて、半袖で濃い紫色のジャケットみたいなものを羽織っている。その背中にはでっかいリュックらしきものを背負っていて、細めに編んだ銀色の三つ編みが……って、銀髪?
「あら、ステラじゃない」
「えっ」
「あの、ステラさんってもしかして……」
「わたしの娘で、ミアとルティの間の四女。アリステラ・シェザーネ=ディ・レンディアールよ」
なるほど、ルティのお姉さんであってフィルミアさんの妹でもあって、
「なななな……な、なんでおかあさまがここにいるのっ!?」
「ど、どうしたのよ、ステラ」
「だって、街中からおかあさまの声が聴こえてきて――」
『あっ、あれは……そう! ラフィが何気なく繋いでくるから、仕方なくよ!』
「ひぃっ!?」
『そのわりには、母様もうれしそうで満更ではなかったような……』
「な、なんで!? どうして!? ルティもおかあさまもここにいるのに、なんでふたりの声が別に聴こえてくるのっ!?」
「あー……」
「えーっと……」
レンディアールで久しぶりに、前情報も何もなく初めてラジオに触れた人でもあるわけか。
『し、真実ってどういうこと!? ルティ、誰からそのことを聞いたの!?』
「わぁぁぁぁぁっ!!」
「ど、どうしましょう……」
「す、ステラ、落ち着いて、落ち着いて、ねっ?」
たぶん『超常現象』っぽくとらえてるステラさんに、妹のルティもお母さんのサジェーナ様もただただうろたえるばかり。かといって、この混乱状態でうまく言えることもないわけで……
どうしたもんかね、まったく。
ルティ:興味津々で聴き入る
フィルミア:妹から誘われて聴き入る
ステラ:母と姉妹を訪ねて来てみれば、街中から何故か母と妹の声が聴こえてくる
心構えもなく街の入口やそこかしこで母や妹の声が聴こえてくる、その心境やいかばかりか。




