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第42.5話 お母さんと、お姉さんと。

『松浜佐助と』

『エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの』

『『ふたりと、お話ししませんか?』』


 頭上の魔石から声が降ってくるのといっしょに、ガラスの向こうにいる松浜くんとルティさんが元気にしゃべり始める。


『みなさん初めまして。レンディアールからずっとずっと遠くの〈日本〉という国からやってきました、松浜佐助です』

『皆の者、初めて声を聴く者もいるであろうな。我はレンディアールの第5王女、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ』


 言葉を弾ませながら、お互いの顔を見合わせてテンポよく話し始める松浜くんとルティさん。松浜くんはいつも見ているようにすっかり手慣れた感じで、ルティさんはこの間の生放送のときに固まってばかりだった表情とは違って自信に満ちた笑顔を浮かべていました。

 何度も練習して少しずつ慣れているのもあるんだろうし、今回は信頼している松浜くんがパートナー。今までとは違って、とてもリラックスした表情で収録に臨むことができているようです。


『この番組では、まったく違う国に住む俺たちふたりがヴィエルに住んでいたり、また訪れたりした人たちと話していくおしゃべり番組です』

『今回から数回は試験のような感じであるが、もし好評であれば続けてやっていくつもりだ。聴いた後、もしよかったら街へ置いた『おたより箱』へと感想の手紙を入れてくれるとありがたい』

『さてさて、この番組のことなんですが……まず、どうして異国から来た自分がエルティシア様といっしょにラジオに出ているかといいますと』

『そこは、いつも通りにルティでよいぞ』

「エルティシア様、今日は落ち着かれているようですね」

「リリナさんもそう見えますか?」

「はい。先日ここから見ていた時には強張ってばかりでしたが、今日は普段通りにサスケ殿と話されているように見受けられます」


 小さなつぶやきに声をかけると、目の前にテーブルにぺたりと座っていた妖精さん形態のリリナさんがくるりと振り向いてうれしそうに応えてくれました。

 元々は12畳ぐらいあった部屋をリリナさんといっしょに改造してできたのが、松浜くんとルティさんがいるスタジオと、わたしたちが今いる見学室のふたつ。見学室とはいってもイスを並べたり、実習や本番に使う取材用の机を置いてあったりするから席数はそんなにありません。

 わたしと神奈ちゃんと海晴ちゃん、アヴィエラさんとユウラさんと智穂おばさまがイスに座って、妖精形態で小さくなれるリリナさんとピピナさん、そしてミイナさんは壁にくっつけた机の上に座って収録の様子を見ていました。


「ねーさまとるいこおねーさんもですか。ピピナも、いつものルティさまとさすけとおなじよーにみえるです」

「ええ。いつものふたりだから、きっと大丈夫でしょう」

「はいですっ!」


 親子で並んで座っている手のひらサイズのピピナさんも、ほっとした様子でにぱっと笑う。いつもルティさんのことを見ているふたりが言うんだから、きっと大丈夫。

 笑顔なリリナさんとピピナさんがまたスタジオのほうを向いたのを見て、わたしもサジェーナ様をはさんでトークを続けるルティさんと松浜くんのほうへと視線を戻します。

 ふたりにとって久しぶりで、初めてレンディアールで手がけるトーク番組を聴くために。


 大学が夏休みに入って、最初の土曜日。ずっと前から決めていた通り、わたしは松浜くんやルティさんたちといっしょにレンディアールのヴィエル市を訪れていました。

 久しぶりのヴィエルは日本と同じ夏を迎えていて、それでもほんのり涼しかったり空気が乾いていたりでとっても快適……とはいっても、観光目的で来たわけじゃないから浮かれるわけにもいきません。

 今回の滞在でわたしと松浜くん、神奈ちゃんと海晴ちゃんが担当するのは『番組づくり』。ルティさんたちが推し進めているラジオ局作りが進んで、試験放送も軌道に乗り始めている中、少しずつヴィエルの実情や手持ちの機材に見合った番組作りをしていくことになったわけですが、


『それでは、第1回のお客様をそろそろお呼びしましょうか。実はもう俺の向かいでルティの隣に座っている、ヴィエル出身でレンディアールの王妃様。サジェーナ・フェリア=ディ・レンディアール様です!』

『どうも皆様、お久しぶりです。レンディアールの王妃であり、故郷のヴィエルへ帰ってまいりました、サジェーナ・フェリア=ディ・レンディアールです』

『えっ』

『か、母様? どうなされたのですか? そんなにかしこまったあいさつをなされて……』

『先日の出演でエルティシアからお説教をいただいたので、ふさわしい振る舞いをしようかと』

「もー、ジェナったら初っぱなから飛ばすわね」

「よっぽどルティとの〈らじお〉がうれしいんだろうね」

「私の〈れこたろーくん〉に王妃さまの声が……なんと光栄なことでしょう……」


 このあいだフィルミアさんとリリナさんの番組に出たときとは打って変わったサジェーナ様の会話に、見学室にいる人たちの反応は苦笑いしたり、感激したりと様々。


「容赦ないねぇ、サジェーナ様は。いきなり振り回してこられるなんて」

「でも、松浜せんぱいもルティちゃんもちゃんと食らいついてるよね」

「わたしも、あんな風にできるのかな……ううん、がんばらなくっちゃ」

「ユウラさんなら、きっと大丈夫ですよ~」

「ええ。ユウラさんもここにいるみなさんも、たくさん学んで実際にラジオでしゃべっているんですから、大丈夫ですよ」


 フィルミアさんに続いて、わたしも少し不安げなユウラさんをフォローする。このあいだ松浜くんと神奈ちゃんを相手にした練習の録音を聴かせてもらったけど、堂々とした振る舞いと明るく元気な受け答えで楽しく聴くことができたんですから。

 それに、フィルミアさんとリリナさんはもう生放送ができるぐらいに場慣れしていますし、アヴィエラさんも収録ならかなり滑らかに受け答えができるようになってきました。

 慣れてきたら、もっとみんなで面白い番組ができるはず。

 そう思うと、もっともっとわくわくしてきて、


『それじゃあ改めて。ルティのお母さんでレンディアールの王妃、そしてヴィエルの街へ帰ってきました! サジェーナ・フェリア=ディ・レンディアールでーす!』

『なんでだろうな、こっちのほうが落ち着くのは』

『我もだ……かしこまった母様など、収穫祭などの儀式ぐらいしか見たことがないからだろうか』

『子供たちの前じゃ、いつもこんな感じよ。たぶん、ヴィエルの人たちもこっちのほうがおなじみじゃないかしら』

「ふふっ」

「? どーしたんですか? るいこおねーさん」

「いえ、サジェーナ様はお茶目だなって思って」

「ほんと、ジェナさまはこういうのがだいすきなんですよねー」

『わたしもよ。ミアとミイナと、リリナちゃんとピピナちゃんといっしょにどんどん楽しんじゃいましょう。もちろん、ニホンの子たちもいっしょにね』


 たずねてきたピピナさんへ笑って答えながら、わたしは後ろ姿しか見えない王妃様の声を聴いていました。

 ラジオとおしゃべりが大好きで、とってもゆかいな王妃様の声を。


 *   *   *


 話は、昨日の夜までさかのぼります。

 夕ごはんを食べ終わったわたしは、自室でICレコーダーを聴きながら今日の実習のことをノートへとまとめていました。

 アヴィエラさんはリリナさんとのトーク番組で、フィルミアさんがひとり語りでの音楽紹介番組。両方とも60分の持ち時間をめいっぱい使っていて、アヴィエラさんとリリナさんはイロウナとレンディアールの文化交流のこと、フィルミアさんは日本でたくさん買い漁っていたゴスペル音楽を紹介して、しっかりとした番組を作り上げていました。

 だから、書くことといえば再生時間をもとにしたキューシート――進行表の書き出しと番組への感想に、少し気付いたことぐらい。わたしたちがこっちへ来られない間に、フィルミアさんとリリナさんが主導した試験放送が実になっていたことを実感して、思わずほおがゆるんだぐらいです。

 そんな中で、石造りの部屋に木製のドアをノックする音が響きました。


「どなたですか?」

「サジェーナです。ルイコちゃん、まだ起きてる?」

「っ!? は、はいっ、起きてますけどっ」


 あわててイスから立ち上がってドアを開けると、わたしとほとんど同じ目線の高さでサジェーナ様がたたずんでいました。


「こんばんは、ルイコちゃん」

「こ、こんばんは。あの、わたしにご用ですか?」

「ええ、突然ごめんなさい。ちょっと聞きたいことがあって来たんだけど……お邪魔してもいいかしら?」

「えっと、別に問題はないですけれども……」

「それじゃあ、失礼します」


 わたしがドアを開けて迎え入れると、自分で部屋の片隅にあったイスを持って来てわたしの席の後ろへと置くサジェーナ様。白いワンピース型のドレスにオレンジ色のカーディガン姿はフィルミアさんと色違いで、ゆったりとした雰囲気をかもし出しています。


「あの、何かお飲み物でも」

「いいのいいの、来る前にのどは潤してきたから。それよりも……あ、ルイコちゃんも座って座って」

「は、はあ」


 軽い物言いとは対照的に流れるような所作で座ったサジェーナ様は、まだぽつんと立っているわたしを手招きしてきました。ドアを閉めてすぐにイスを反転させると、向かい合う形になって座りましたけど……いったい、どうしてわたしの部屋へ来たのでしょうか。


「ねえ、ルイコちゃん。おねがい!」

「えっ」


 そんな風に疑問を抱いていたら、突然わたしの目の前で手を合わせたサジェーナ様が、


「〈らじお〉の作法、わたしに教えてくださいっ!」

「え、ええっ!?」


 拝むように、そして切実そうにお願いしてきました。

 一国の王妃様が、ただの女子大生のわたしに。そう思っただけで、わたしはもっと焦って、


「か、顔をあげてください! 突然どうしたんですか! わたしになんかお願いしなくても、リリナさんやフィルミアさんが――」

「だって、娘やその幼なじみに教えてもらうわけにはいかないじゃない」

「それは……確かに、そうですね」


 やんわりとお断りをしようとしたはずが、そのひとことに納得せざるを得なくて。


「そうなると、サスケくんとカナちゃんも無理でしょ? だから、いちばん年上で〈らじお〉の先生なルイコちゃんに聞いてみようって思って」

「わたしを頼っていただけるのは光栄ですけど……でも、このあいだのフィルミアさんとリリナさんの番組ではなにも問題がなかったじゃないですか」

「ううん、問題大アリだったの」


 フォローしたはずなのに、サジェーナ様ががっくりと落としてしまいます。


「あのとき大はしゃぎして、チホとミイナのことを呼んだでしょ? ルイコちゃんがやんわりとたしなめてくれたあとに、ルティからとっても怒られちゃって……」

「あー……」


 その理由がふに落ちて、ついついわたしも納得して声を漏らしてしまいました。

『ラジオでは、投稿や応募関係以外でみだりに特定個人に対して呼びかけたりしない』。確かにサジェーナ様は出演1回目、たったの10秒でその約束を破って智穂おばさまとミイナさんに呼びかけて、視察の邪魔をなさったとかでルティさんに怒られていたとピピナさんからうかがっています。

 その時はルティさんに怒られて喜んでいたそうですけど、あとからじわじわとこたえてきたのかもしれません。


「それで、明日はルティとサスケくんと〈ばんぐみ〉を作ることになったでしょう? その前に、ちゃんとルイコちゃんから心構えと作法を聞いておこうって思ったの」

「なるほど。でも、わたしとしてははしゃぎすぎさえしなければ、このあいだのような感じでいいと思うんですけれども」

「本当に……?」


 肩を落としたまま、上目遣いでわたしを見つめるサジェーナ様。

 なんといいますか……7人のお子さんを産んだとは思えないぐらいかわいらしくて、本当にわたしよりふたまわりぐらい年上なのかと思ってしまいました。


「少なくとも、その場の雰囲気を壊さなければ大丈夫かと。松浜くんとルティさんがしゃべっているうちに作り出す雰囲気へ、そのまま気持ちを任せれば大丈夫かと」

「サスケくんとルティが作り出す雰囲気に……ねえ」

「松浜くんは神奈ちゃんとのしゃべりで慣れていますし、ルティさんも松浜くんとは話し慣れた仲です。きっと、ふたりのトーク――おほんっ、会話ならサジェーナ様も話しやすいと思いますよ」


 未だに不安そうなサジェーナ様を安心させるように、ゆっくり、そして優しくふたりのことを説明していきます。

 松浜くんは、まだパーソナリティを始めてから3ヶ月。それでも若葉南高校の放送部や神奈ちゃんとの番組でしっかり鍛えられていて、今は安心して見ていることができるレベルにまで来ています。

 ルティさんはというと、まだまだ生放送が苦手。それでも、わかばシティFMで初めて番組収録をしたときや松浜くんといっしょに出たお昼の生放送でいいトークを聴かせてくれたから、うまく雰囲気に乗ることができればきっと大丈夫なはず。


「だから、普段通りのんびりとおしゃべりしてみてください。ふたりも、きっとそう心がけて話題を振ってくるはずですよ」

「本当に、〈らじお〉の作法ってそれだけでいいの?」

「どちらかというと、〈らじお〉には決まった作法がないという風にも言えるかもしれません。番組ひとつひとつで雰囲気も違いますし、松浜くんとルティさんが作る雰囲気に溶け込めばきっと大丈夫です」

「確かに、チホの家で聴いた〈らじお〉もいろんな雰囲気だったわね……じゃあ、それを壊さなければいいのかしら」

「でも、ちょっとだけならはしゃいでもいいと思います」

「ちょっとだけ?」

「はいっ」


 かわいらしく小首をかしげるサジェーナ様へ、右手の人さし指をびんと立てながら応えます。


「自分らしさを声だけでアピールするのも、ラジオならではのものです。このあいだみたいに突拍子もなく言ったら混乱を招くかもしれませんけど、流れの中で言えばちょっとしたアピールになると思いますよ」

「それは、ルイコちゃんの経験から?」

「わたしも、そうやって先輩たちに教えられてきました。とはいっても、わたしの場合は街に出ていろんな人とおしゃべりしていくっていう、ちょっと変わった番組ですけど」

「このあいだ〈すたじお〉で見せてくれた〈ばんぐみ〉ね。街の人の話を聞きながら音楽を流していくのはとっても新鮮だったわ」

「ありがとうございます」


 ヴィエルへ来るちょっと前、サジェーナ様とミイナさんにはわたしの番組と松浜くんと神奈ちゃんがやっている番組を見学していただきました。それを褒めていただけるのは、ちょっぴりこそばゆかったりして。


「松浜くんとルティさんの番組は、ふたりらしくきっとまっすぐな番組になると思います。だから、真正面から受け止めてあげればきっと大丈夫ですし、ちょこっとだけならアピールしても受け止めてくれますよ」

「ルイコちゃんは、ふたりのことをよく見ているのね」

「えっと……松浜くんは学校の後輩ですし、ルティさんとはわたしの家へ泊まっていただいた時にラジオの話をしたりしていたので」

「そういえばそうだったわね。今更かもしれないけど、その節はルティをかくまっていただいてありがとうございました」

「いえ。ルティさんたちのお泊まりは楽しかったですし、わたしもこうして泊めてもらっているので」

「それはそれ、これはこれよ。母親として見ていられなかった時期を見てもらっていたんだもの。これくらいはお礼を言わせて」

「サジェーナ様が、そう仰るのであれば……」


 あまり謙遜するのもどうかと思ったわたしは、サジェーナ様の勢いに折れて受け入れることにしました。

 どちらかというと、わたしのほうが楽しませてもらったと思うのですが……お母さんであるサジェーナ様が仰るのであれば、仕方ありません。


「ルティとミアがあなたを慕う理由もよくわかるわ。〈らじお〉の先生ぶりも、泊めてもらったときのお姉さんぶりも、ふたりがよく称えていたぐらいにね」

「そ、そんなっ」


 そこからこうして褒められるとは考えてなくて、思わず両手のひらを前に出して首を横に振ってしまいます。

 確かに、わたしはお姉さんみたいになろうって思ったこともありましたけど……それをふたりに気付かれていたのかなと思うと、顔が熱くなってきちゃいました。


「元々、ルティが〈らじお〉を始めたいっていうきっかけはルイコちゃんの番組だって聞いていたの。最初はどういうことなのかって思ったけど、実際にルイコちゃんの〈ばんぐみ〉を聴いて、それにこうしてふたりで話してみてよくわかったわ」


 それでも、サジェーナ様の言葉は止まりません。

 わたしにとっての大切な場所を見ていたただいて、そう言ってもらえたのはやっぱり光栄で、


「わたしも、もっと〈らじお〉をやりたくなっちゃった」

「ありがとう……ございます」

「ふふふっ。ルイコちゃんはほめられるのにあまり慣れてないのかしら?」

「そういうことではないんですけど、レンディアールの王妃様にそう言っていただけると……」

「ルティとミアのお母さんとしての言葉だから、そんなに気にしなくていいのに」


『いえ、それは無理です』……なんて、言葉に出せるはずもなく。


「このあいだはリリナちゃんとミアの〈ばんぐみ〉に出て、明日はサスケくんとルティの〈ばんぐみ〉。そうしたら、次はルイコちゃんといっしょの〈ばんぐみ〉ね」

「えっ、ええっ!?」

「もちろん、ルイコちゃんがよかったらよ。わたしとしては、ピピナちゃんとリリナちゃんとやってた街歩きの番組をやってみたいなーって思うんだけど……どう?」

「は、はいっ」


 ずいっと身を乗り出してきて、ルティさんとフィルミアさんそっくりなエメラルドグリーンの瞳をキラキラさせるサジェーナ様に、わたしはつい返事をしてしまいました。


「その、わたしもサジェーナ様とでしたら喜んで……よろしく、お願いします」

「本当? ありがとっ!」

「きゃっ!?」


 ぺこりと頭を下げて、顔を真っ赤にしているわたしへとサジェーナ様が抱きついてきます。

 その姿は、神奈ちゃんやユウラさんにも負けない女の子ぶりで。


「あ、あの、サジェーナ様って押しが強いってよく言われませんか?」

「よく言われるわね。ここじゃあじゃじゃ馬娘みたいによく言われてたし」

「それは……なんだか、簡単に想像できちゃいますね」

「でしょー?」


 うふふと笑いながら身体を離すと、真正面に見えたのは満面の笑顔。

 それは、まさにわたしたちと同じ女の子の笑顔でした。


「チホと久しぶりに会って、ルティたちとルイコちゃんの姿を見てたらあの頃のワクワクがよみがえって来ちゃった。ここ最近はずっとお母さんしてたけど、せっかく子育てもひと段落ついたんだからもっともっと楽しむわよっ!」

「じゃあ、わたしはそのお手伝いをさせていただきますね」

「ええ。もちろんルイコちゃんだけじゃなくて、みんなも巻き込んでね。それで中央都市に戻ったら、今度はわたしが〈らじお〉を広めるんだから」

「だから、このあいだからずっとラジオに出たがってたんですか」

「ご名答っ」


 ちょっと呆れがこもったわたしからの問いに、サジェーナ様はさっきのわたしみたいに人さし指をぴんっと立ててみせます。


「昔追い求めた夢を、親子でいっしょに作り上げていくのも面白いじゃない?」

「確かに、そう思います」


 ルティさんといっしょに、お母さんのサジェーナ様がラジオ局をつくる。

 それはきっと、とても素敵な話で。


「それに、ルナの娘さんもいっしょだなんてもっと素敵じゃない?」

「えっ」


 突然出てきたお母さんの名前に固まってると、今度はにまーっと笑うサジェーナ様。


「ど、どうしてここでお母さんの名前が出てくるんですかっ!?」

「だって、チホといっしょにニホンでお世話になってた子だもの」

「え、ええっ!?」

「わたしもびっくりしたわー。〈はまかぜ〉でのんびりお茶してたら、いきなり夫婦揃って来て。ルナもヒサナガも、相変わらず仲がいいのねー」

「でも、お母さんもお父さんも何も言ってませんでしたよ!?」

「それは当然」


 そして、立てていた人差し指を横へ一往復揺らすと、


「ルイコちゃんのびっくりする顔を見たかったから、ヒミツにしてもらっちゃった」

「サジェーナ様ぁっ!」


 いたずらっぽい笑みに、わたしはついつい大きな声を出してしまいました。


 *   *   *


 そんな風に手玉に取られたわたしですが、その後もラジオの話やお母さんとお父さんの話で盛り上がって、気がついてみれば真夜中。少し寝不足気味で見学室へとやってきたわたしに対して、サジェーナ様はやる気いっぱいで収録に臨んで松浜くんとルティさんとのトークを楽しんでいました。


『そういうわけで、ヴィエル市時計塔放送局からお送りしてきました『松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの〈ふたりと、お話ししませんか?〉』、そろそろおしまいの時間です。サジェーナ様、初めてのお客様として出演していただいたわけですが、いかがでしたか?』

『あっという間だったわねー……とっても楽しくて、すっかり夢中になっちゃった。これも、ふたりが上手に導いてくれたおかげね』


 大詰めになった収録で、サジェーナ様が松浜くんの問いに感慨深そうに振り返ります。

 その言葉どおり、ていねいなトーク運びとおたより選びで2時間ずっと会話を弾ませた松浜くんもルティさんのおかげで興味深く聴くことができました。

 なによりも収穫だったのは、サジェーナ様のお茶目な面をふたりで引き出したところ。松浜くんはこれまでの経験を活かして、そしてルティさんは松浜くんが作った流れにのって。ゲストさんの魅力を引き出すことができたのは、大きな成長だと思います。


『それでは、本日のお客様はサジェーナ・フェリア=ディ・レンディアール様でした。サジェーナ様、今日は本当にありがとうございました』

『わたしこそありがとう。またよろしくねっ!』

『はいっ、よろしくお願いいたします。〈松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの「ふたりと、お話ししませんか?」〉。この〈ばんぐみ〉は(わたくし)、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと』

『俺、松浜佐助でお送りしました。また次回、俺たちといっしょにお客様とおしゃべりしましょう』

『この番組は、ヴィエル市時計塔放送局がお送りしました』


 よどみなく最後まで進んだところで、松浜くんがICレコーダーのボタンを押して収録を終えたようです。手元の時計は、オープニングと本編を含めて全部で1時間58分。決められた時間をめいっぱい使ってこれなら、上出来と言っていいでしょう。


「るいこせんぱいっ、あたしたちもスタジオに行きますよ!」

「ええ」


 神奈ちゃんに呼ばれて立ち上がると、人間形態に戻っていたピピナさんとリリナさんがドアを開けてスタジオのテーブルへと駆け寄っているところでした。


「松浜くん、お疲れ様。だんだん会話がフィットしていったね」

「ありがとうございます。こういう番組は初めてなんで、ずいぶん緊張しました」


 みんなに続いてわたしも松浜くんに声をかけると、言葉とは裏腹に疲れと充実感がこもった言葉が返ってきました。きっと、手応えを感じることができたんでしょう。


「ルイコちゃん、ルイコちゃん」


 そして、そのはす向かいに座るサジェーナ様も満面の笑顔。


「約束通り、次はルイコちゃんとだからねっ!」

「はいっ!」


 わたしが顔を向けたとたんに右手でピースサインを作ると、白い歯を見せて笑いかけてくれました。


 とっても元気で、お茶目なこの国の王妃様。

 最初はその距離感に戸惑いましたけど、アクティブでポジティブな姿を見ているとどんどん引っ張られる気がして、わたしまで楽しくなってきました。

 ――お父さんとお母さんに、サジェーナ様といっしょにお仕事をすることになったって言ったらどんな顔をするんだろう。

 想像しただけで楽しくなってきたのは、きっとサジェーナ様のおかげ。

 ずっと離れていて話のきっかけが掴めなかったふたりともたくさん話せそうで、わたしの心もめいっぱい弾んでいました。

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