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第42話 「松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの『ふたりと、お話ししませんか?』」

 窓辺に置かれた大きなテーブルに、向かい合うようにして俺とルティが座る。

 すぐ近くの窓から見える空は少し雲が多いけど、それでも広がる青空の中で太陽が元気に輝いていた。


「ルティ、準備はいいか?」

「うむっ」


 いつもの赤い皇服姿で向かいに座っているルティが、俺の問いかけに力強くうなずく。


「サジェーナ様も、よろしくお願いします」

「ええ。よろしくね、サスケくん、ルティ」

「はいっ。母上も、本日はよろしくお願いいたします」


 はす向かいで窓と向かい合うように座っているサジェーナ様も、オレンジ色を基調にした皇服姿で俺とルティへ笑いかけてくれた。


 俺たちがいるのは、時計塔の9階に作られたラジオ専用スタジオ。元々は客室だったのが、大きなテーブルの真ん中にICレコーダーを置いて収録したり、FMラジオの送信キットを置いて生放送ができるようにと、赤坂先輩とリリナさんでこっそりと設計して改造されたっていうシロモノだ。

 12畳ぐらいあった部屋のうち、3分の2ぐらいはリリナさんが結界で防音を整えてくれたこのスタジオで、残りの3分の1は木材とガラスで間仕切りされた見学室兼ロビーになっている。

 俺たちの仲間や家族は、そのロビーから収録の様子を見守ってくれている。アヴィエラさんお手製の魔石でこっちの音もロビーに届くから、見学のための環境もバッチリだ。

 日本のラジオをよく知っている赤坂先輩と、先輩から日本のラジオを学んでいるリリナさん。ふたりの手で、異世界なはずのレンディアールでラジオ放送のための環境が整えられていた。


「じゃあルティ。最初の録音ボタンはお前が担当な」

「うむ。最初の〈ろくおん〉は、まず我から始めたほうがよいだろう」

「そういうこと。じゃあ、よろしく」

「わかった」


 このラジオ局――『ヴィエル市時計塔放送局』の局長であるルティは短く返事をすると、中瀬がセッティングした高性能のICレコーダーに手を伸ばして小さな録音ボタンを押し込んだ。

 それを見た俺も、同時にカウントアップモードにしたストップウォッチのボタンを押し込んで収録時間を計測していく。

 これで、もう後には戻れない。

 それぞれが手にしていたものからゆっくりと視線を移して、目を合わせる。

 あとは、軽く息を吸って――


「松浜佐助と」

「エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの」

「「ふたりと、お話ししませんか?」」


 タイトルコールを宣言すれば、俺たちの番組の始まりだ。


「みなさん初めまして。レンディアールからずっとずっと遠くの『日本』という国からやってきました、松浜佐助です」

「皆の者、初めて声を聴く者もいるであろうな。我はレンディアールの第5王女、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ」


 少し物腰をやわらかくした俺のあいさつに、堂々としたルティの宣言が続く。


「この番組では、まったく違う国に住む俺たちふたりがヴィエルに住んでいたり、また訪れたりした人たちと話していくおしゃべり番組です」

「今回から数回は試験のような感じであるが、もし好評であれば続けてやっていくつもりだ。聴いた後、もしよかったら街へ置いた『おたより箱』へと感想の手紙を入れてくれるとありがたい」

「さてさて、この番組のことなんですが……まず、どうして異国から来た自分がエルティシア様といっしょにラジオに出ているかといいますと」

「そこは、いつも通りにルティでよいぞ」

「てな感じで、ラジオのことを知ってるルティの友達ってことで相方をやらせてもらってます」

「このラジオは、サスケたちニホンの友人たちとともに作っている。聴いている皆にも、サスケたちの人となりを知ってもらえれば幸いだ」

「俺としては、ルティのかわいらしい面も知ってもらえればありがたいなーと」

「そ、そういう余計なことは言うなっ!」


 ちょいと軽くつついて、ルティのかわいらしい一面を誘い出していく。威厳があるのもルティらしいけど、こういったコミカルな一面もルティのいいところだ。


「まあ、俺が教えなくても今日のお客様が広めてくれるだろうけど」

「問題あるまい。そのようなお便りは事前にのけておいた」

「と、自分からそういうネタを振るエルティシア様でありましたとさ」

「えっ」

「それでは『松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの〈ふたりと、お話ししませんか?〉』、第1回の始まりです」

「さ、サスケ。さっきのはどういうことだ? 我をたばかろうとでもいうのか!?」

「それは、これからのお楽しみということで」

「サスケっ!?」


 おー、立ち上がりますか。『ボクらはラジオで好き放題』の時に見せる有楽とは違って、なかなか反応が新鮮だな。


「この番組は、ヴィエル市時計塔放送局がお送りします」

「我の話をきけぇぇぇっ!」


 素知らぬ顔で提供読みならぬ放送局読みをすれば、さらにルティがノリよく乗っかってくれる。これを聴けば、ヴィエルの人たちもこの番組が決して格調高いものじゃなくて、気軽に聴けるものだってわかってくれるだろう。

 そこまで終わったところで、俺はICレコーダーの停止ボタンを押して一旦録音を止めた。生放送じゃなくて録音だから、編集用にここで一回ファイルを作っておかないと。


「はい、オープニングトーク終了っと」

「うわぁ……〈らじお〉ね。これぞまさに〈らじお〉よねっ!」


 ボタンを押したとたんに、はす向かいにいるサジェーナ様が感激したように両手をぽんと合わせる。


「だいたい、俺が有楽とやってるときはいつもこんな感じです」

「そうなんだ。まさか間近でこんな風に見られるなんて、ますます楽しみになってきたわ!」

「さ、サスケよ……今ので、本当によかったのだろうか?」


 興奮して目を輝かせるサジェーナ様とは対照的に、真正面のルティがおそるおそるといった感じで低く手を挙げてみせた。


「おう、上出来も上出来。うまくノってくれてありがとな」

「それならばよかった。意識してああ言うのは初めてであったから、うまく言えたか心配してしまった」

「ルティのもくろみどおり、砕けた雰囲気が出せてたと思うぞ」

「サスケがそう言うのであれば、ひと安心だな」


 ようやく、ルティがほっとしたような表情を見せてイスの背もたれに背中を預けた。って、まだまだホッとしてちゃダメだってのに。


「ルティ、気が抜けないうちに本編へ行くぞー」

「! す、済まない!」


 やんわりとした俺の指摘に、ルティがあわてて背筋をピンと伸ばす。

 本人が言ってたとおり、心配と緊張で気が張っていたんだろう。でも、まだまだラジオの収録は始まったばかり。

 ほどよい緊張感で、どんどん収録を進めていかないと。


 夏休みに入って早々、ヴィエルへ来てから6日目。

 先輩とリリナさんお手製のスタジオで、俺とルティはサジェーナ様を迎えて新番組の収録を迎えていた。

 目の前にいるのはこの国の王女様で、はす向かいにいるのはこの国の王妃様。レンディアールのお偉方なふたりが揃ったトーク番組とくれば高貴で格調高いもの……となりそうなものだけど、ルティと話し合っていった結果『いつも通りの自分たちを出していこう』っていうことになって、さっきみたいなオープニングトークを構成した。

 まだこの街の人たちにとってラジオは未知なもので、街中で『氷の妖精』だとか呼ばれていたリリナさんのイメージは優しいトークですっかり塗り替えられている。それだけ初めて聴くものへのインパクトは大きいから、一歩間違えれば変にお堅いイメージがつきかねない。そのためにも、最初に一芝居を打ってくだけた雰囲気にしてみようってなったわけだ。

『異世界ラジオのつくりかた』で演技に慣れてきたこともあってか、ルティの演技も上々。まあ、ちょいとばかり本気に聞こえたのはご愛嬌……かな?


「『松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの〈ふたりと、お話ししませんか?〉』進行役の松浜佐助と」

「エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ」


 その余韻をいい感じに引き継いだまま、本編の収録に入る。うんうん、いい感じにルティがげんなりしてる。その調子で行けば大丈夫だ。


「先ほどはなにもなかった。なぁぁぁぁぁんにもなかった。よいな?」

「よいよい」

「……本当にわかっているのか?」

「わかってるって。まあ、こんな風にルティとなれなれしく話している俺ではありますが、とってもフツーの平民でございます」

「平民であろうがなんだろうが、友は友だ」

「これがどこか遠くの別の王国なんかだと『王族を敬わねーから、お前死刑な?』とかいう『不敬罪』なんてものがあるわけだけど、こっちにそういうのってあったりするのか?」

「そんなものはない。平民と同じく、侮辱罪が適用されるぐらいだ」

「へえ、一般の犯罪としてはあるんだ」

「うむ。平民と同じくな」


 って、あれ?


「……なんで俺をじーっと見てんの?」

「平民と同じくな」


 おどけた感じの問いかけに、ルティはただただひたすらに真顔で応える。と思ったら、くちびるの端がニヤリと笑って……ああ、そういうことね。


「あのー……」

「自分で平民と言ったであろう」

「その、ごめんなさい」

「わかればよろしい」


 ルティの怒ったような演技にノる形で、今度は俺が謝罪を演じてみせる。机に両手をついて頭を下げながら、そのアドリブがうれしくて笑いをこらえるのに必死だった。


「まったく。我をからかおうとするから謝るはめになるのだ」

「いやぁ、いつもの俺らをわかってもらおうかなーと」

「普段通りにも程があるだろう。まあ、サスケが言うとおりに普段の我らはこんな感じだ」

「だなー。あとは、いっしょにラジオをやってる有楽神奈と赤坂瑠依子先輩、それに裏方の中瀬海晴が俺と同郷で、いっしょにラジオ番組を作ってたりします」

「カナは声使いの達人で、ルイコ嬢はしゃべりの達人。このふたりは別の〈ばんぐみ〉で耳にした者も多いであろうが、聴いたことがない者は是非聴いてほしい。また、滅多に表には出ないがみはるん――ああ、ミハルのことだな。みはるんも音使いの達人なので、これから〈らじお〉で流れる音には注目してほしいものだ」


 手元の構成台本を見ながら、ふたりで交互に『ヴィエル市時計塔放送局』の仲間たちを紹介していく。

 俺が見ているのは、ルティとふたりで話し合いながらどんな話をしていくかをノートへ書いていった粗めの構成台本。それをピピナがレンディアール製の糸づくりのノートへと翻訳したものをもとに、目の前のルティはよどみなく人物評を語っていった。


「それで、レンディアール側でラジオ作りをしているのはルティとフィルミアさんのレンディアール王女姉妹に、ピピナとリリナさんの妖精姉妹。イロウナ商業会館のアヴィエラ会長と流味亭のユウラさんも、しゃべる側としてお手伝いをしてくれています」

「姉様とリリナは、昼の〈ばんぐみ〉で耳なじみがある者もいるかもしれぬな。ピピナとユウラ嬢はこれからしゃべる機会が増えてくる予定で、アヴィエラ嬢も〈らじお〉を通じてイロウナのことや商業会館の情報を話してくれることになっている」

「で、俺とルティがこれから始めるのは、さっきも言ったとおりレンディアールに住んでたり訪れたりした人と話していく番組。だいたい月に1回か2回ぐらいやっていくつもりです」

「時間は最低1時間で、長くて2時間。話題が尽きるか収拾が付かなくなったらそこで終了だ。空いた時間は……音楽でも流すとするか」

「それか、ルティが歌うコーナーでも作るとか」

「誰が作るかっ!」


 人さし指を立てながらおどけて言うと、即座にルティがツッコミを入れてくれた。それが終わるのと同時に、ニヤリとくちびるの端がつり上がる。

 ルティのアドリブの合図はこのくちびるの吊り上げで、俺のアドリブの合図は人さし指を立てること。ってことは、ルティも俺に挑んできたわけで……よし、ここでひとつアドリブ合戦と行きますか!


「それに、〈こーなー〉と言われても初めての者にはわからぬであろうが」

「ああ、悪い悪い。コーナーっていうのは、番組の中に設けられた『お題』みたいなもんで、そのお題に沿って話していく部分です。じゃあ、例としてルティが歌うコーナーは決まりだな」

「決まってない! するなら雑談だけだ!」

「えー」

「えー、ではない。本気で残念そうな顔をするなっ」

「声だけでもその残念っぷりをお伝えできれば幸いです」

「わざとらしく残念がるでない」

「わざとじゃねえって。まあ、実際にルティの歌声はきれいだしかわいらしいんで、おいおい機会を見て」

「そんな、機会など……えっと、そんなに聴きたいのか?」

「えっ」

「サスケや皆が聴きたいのであれば、その……少しは、練習してみてもいいが」

「本当かっ!?」


 いきなりしおらしくなったルティの言葉につられて、前のめりで聞き返す。

 その瞬間、ルティはくちびるの端を釣り上げながら不敵な笑みを浮かべて、


「そ、の、か、わ、り」


 釣りやがった。


「言い出したサスケも、もちろん歌うのだろうな?」


 ルティも前のめりになって、俺を釣ってきやがった!


「は? えっ、俺も?」

「なんだ。言い出しであるそなたは、自ら歌う覚悟もなく我へ願ったというのか」

「えーっと……その、俺はそういうのが苦手なんで」

「苦手なのであれば、無理強いして誘うことのないように。わかったな」

「ごめんなさい」


 軽いお説教のようなルティの言葉に、俺は素直に引き下がって謝ってみせた。ちらりと見学室のほうへ視線を向けたルティにつられて見てみると、有楽が満足そうに何度もうなずいて……ってことは、有楽仕込みの技か! こいつら、味なマネをしやがって!

 なんだか悔しいから、今度うちの店に来たらパフェのひとつでもおごらせろ!


「とまあ、こんな風にいつものような感じで我とサスケがしゃべりつつ、この〈らじおきょく〉へと訪れた人々とも話していくというのが『ふたりと、お話ししませんか?』の趣向だ」

「俺は日本っていう国の出身で、ルティはここレンディアールの出身。この国のことをまだ勉強中な俺とよく知ってるルティとでお客様の人となりを紹介していきますんで、聴いてくれてる人たちもルティも、今後ともよろしくお願いします」

「うむ、こちらこそだ」


 ふたりであいさつしあって、ここで前半戦の導入はおしまい。よし、なかなかいい感じに行けたんじゃないか。

 手応えを感じながらふたりで視線を合わせて、その視線をはす向かいへと向ける。


「それでは、第1回のお客様をそろそろお呼びしましょうか。実はもう俺の向かいでルティの隣に座っている、ヴィエル出身でレンディアールの王妃様。サジェーナ・フェリア=ディ・レンディアール様です!」


 すっかりお待ちかねといった感じで目を輝かせていたサジェーナ様へと話を振って、勢いのあるあいさつを待ち受け……ようとしたら、なぜかすうっと背筋を伸ばす姿が見えて、


「どうも皆様、お久しぶりです。レンディアールの王妃であり、故郷のヴィエルへ帰ってまいりました、サジェーナ・フェリア=ディ・レンディアールです」

「えっ」


 な、なぜか気品のあるたたずまいで静かにあいさつし始めたんですけど!?


「か、母様? どうなされたのですか? そんなにかしこまったあいさつをなされて……」

「先日の出演でエルティシアからお説教をいただいたので、ふさわしい振る舞いをしようかと」


 そう言いながら、微笑みを崩してにまーっと笑ってみせるサジェーナ様。まさか、俺とルティのアドリブを真似したのか!


「えっと、番組が始まる1分前まではいつも通りだったんですけど……サジェーナ様、いつも通りでいいんですよ?」

「ですが、エルティシアからの許しがなければ」

「だ、大丈夫です! 母様はいつもの母様でいてください!」

「あら、そう? それじゃあ改めて。ルティのお母さんでレンディアールの王妃、そしてヴィエルの街へ帰ってきました! サジェーナ・フェリア=ディ・レンディアールでーす!」


 ルティの懇願に近いお許しが出たとたん、サジェーナ様はバンザイみたいに両手を挙げながら堂々とあいさつしてみせた。

 こうして目の当たりにすると、サジェーナ様が王妃様でルティとフィルミアさんのお母さんっていうのが信じられないぐらい若々しいし、


「なんでだろうな、こっちのほうが落ち着くのは」

「我もだ……かしこまった母様など、収穫祭などの儀式ぐらいしか見たことがないからだろうか」


 娘さんなルティがそう言うぐらいに、はしゃいでる姿のほうがとても自然に見えた。


「子供たちの前じゃ、いつもこんな感じよ。たぶん、ヴィエルの人たちもこっちのほうがおなじみじゃないかしら」

「どうしてですか? 中央都市での収穫祭では、母様は王妃として荘厳な振る舞いをなさっているではないですか」

「こっちの収穫祭だと、わたしはただの町娘だもの」

「えっ」

「えっ」


 町『娘』、ですと……?


「だって、各都市の収穫祭の主催はあくまでもそこの市長や町長、そして村長でしょ? わたしはここ生まれの元・町娘だから、いっぱい楽しないと!」

「なるほど。母様にとってはこの振る舞いが常だということですか」

「町娘……娘かぁ……」


 納得したルティに対して、俺はサジェーナ様の自称『町娘』が引っかかって思わず声を漏らした。確かにとっても若々しいけど、それでも母さんさんとは近い年齢なわけで、もしも母さんがそう自称したらと思うと――


「何か言った? サスケくん」

「い、いえ、なんでもっ!」

「そう? 今年はわたしもヴィエルの収穫祭に出られるから、またたくさんお店をまわっていっぱい楽しむわよー!」


 慌てて否定する俺に、サジェーナ様は小首をかしげてからすぐにさっきの話題へと戻って大いにはしゃぎだした。よっぽど、ヴィエルで迎える収穫祭が楽しみなんだろう。


「母様とヴィエルの収穫祭をまわるのは幼少の頃以来なので、とても楽しみです」

「わたしもよ。ミアとミイナと、リリナちゃんとピピナちゃんといっしょにどんどん楽しんじゃいましょう。もちろん、ニホンの子たちもいっしょにね」

「ラジオの正式な開局も収穫祭の頃になりそうなんで、その時はよろしくお願いします」

「それでは、久しぶりの里帰りで心をおどらせている母様の経歴を紹介するとしよう。サスケ、頼んだぞ」

「わかった」


 ひとつうなずいてから、構成台本のいちばん後ろのページをめくる。ここからはサジェーナ様から聞き出した、ルティがまだ知らない経歴メモの出番だ。


「サジェーナ様はここヴィエル出身で、レンディアール王家への輿入れ前は『サジェーナ・フェリア・クラムディ』という名前でした。40年前にヴィエルの北にある果樹園の娘として生まれたサジェーナ様は、農学校に通いながらご両親のお仕事を手伝っていたそうです。毎日毎日収獲とかお手入れを手伝っては、おこづかいといっしょに渡されるリンゴやミカンを食べるのが楽しみだったとか」

「確かに、母様の果樹園にはリンゴとミカンの木がありますね。もしや、あの木がそうなのでしょうか?」

「そうよ。お母さん――ルティのおばあちゃんがよく連れて行ってくれてね。あの木の下で、よくお話を聞かせてもらったり膝枕でお昼寝をさせてもらってたの」

「なるほど……」

「今度、ふたりでいっしょに行きましょうか。でも、そうしたらミアが妬いちゃうかしら?」


 くすりと笑うサジェーナ様のはるか後ろ、ガラスを隔てたロビーへと目を向けるとフィルミアさんがぶんぶんと首を横に振って何か言っていた。えーっと、あの口の形は……


「えー、このスタジオ――演奏所の隣にはガラスを隔てて見学室があるんですけど、そこにいるフィルミアさんは首をぶんぶん振りながら『妬きません!』って言ってるみたいですね」

「あらあら」


 どうやら俺の推測は当たってたみたいで、今度はこくこくと首を縦に振るフィルミアさん。先輩がまた作ってきた『異世界ラジオのつくりかた』の台本で顔を隠しだしたあたり、結構恥ずかしかったらしい。


「私は、姉様と母様といっしょに行ってみたいです。もちろん、ミイナ様とピピナとリリナとも」

「ええ、ぜひそうしましょう。……って、ごめんなさい。サスケくんを置いてきぼりにしちゃったみたいね」

「いえいえ。きっとヴィエルの人たちもサジェーナ様とルティの親子だんらんを聴けてうれしいんじゃないかと」

「だったらいいんだけど。それじゃあ、次の話題に行きましょうか」

「わかりました」


 おお、脱線しかけたところを復帰させるとは。サジェーナ様もこの間ラジオをやりたがってたし、パーソナリティとして聴いてみるのも面白そうだ。


「その後、11歳になって農学校の研究所へと入所。なんでも、理由は『もっともっと美味しい果物が食べたかったから』だそうで」

「そうそう。確かにヴィエルは果物がたくさんあっておいしいんだけど、もっともっと美味しいのがあってもいいじゃない? 特にうちの果樹園だとミハランとアラップ――ミカンとリンゴがとっても美味しいから、それを掛け合わせたらもっともっと美味しい果物ができるんじゃないかなって」

「その研究の結果、母様がヴィエルで名産となりつつあるミラップを作り出したというわけですね」

「最初はなかなかうまく行かなかったけど、街の人たちや研究所の先輩にもアドバイスをもらってようやくね。最初はジャリジャリする上に水っぽくて全然おいしくなかったのが、だんだん今のミラップの味わいに近くなっていって本当にうれしかったわ」

「よくフィルミアさんがミラップのパイを作ってくれるんで、俺も美味しく食べさせてもらってます。最初はみかん味のりんごって感じで不思議だったのが、だんだん癖になっちゃって」

「でしょ? リンゴのシャクシャクした食感にミカンのあのみずみずしい味わいが加わったって一度想像したら、もう止まらなくなっちゃって。理想の味にたどりついたときには、研究所のみんなとそれはもう大騒ぎよ」


 あの味わいって、サジェーナ様の思いつきで生まれたのか。俺たちも今じゃこっちに来たら必ず一回はミラップを使ったお菓子を食べるぐらいハマッてるし、こうして声を弾ませるサジェーナ様の気持ちもよくわかる。


「そのミラップが完成したのが、サジェーナ様15歳のとき。で、研究所の別の班にいたラフィアス王子――現在はレンディアール王を務められていて、サジェーナ様の旦那様なラフィアス王とその新しい果物づくりで張り合っていたと」

「ちょうどミアとルティみたいに志学期でこっちにいて、わたしと同じように新種の果物を作るために入所してたの。あのときのラフィはずいぶん高飛車で『絶対負けない!』って何度思ったか」

「でも、それから1年後の16歳のときには結婚に至ったわけですよね? それって、いったい何があったんです?」

「顔を合わせればすぐに口げんかしてたのが、ちゃんと話してみたらとっても楽しい人でね。研究所でもいっしょに組むようになって、ラフィの志学期が終わる前にいきなり『レンディアール全土を、ふたりでもっと実り豊かにしよう』って言われちゃって」

「ラフィアス様からのプロポーズ……えっと、告白がその言葉ってわけですか」

「そういうことになるのかしら。わたしも『望むところよ』って応じて、レンディアール王家に輿入れが決まったの」


 当時のことを思い出してるのか、うふふと笑いながら頬に手をあてるサジェーナ様。プロポーズのときのサジェーナ様の様子が思い浮かぶあたり、俺もこの人との接し方にずいぶん慣れてきたのかもしれない。


「なるほど。それからはラフィアス様との間に2人の王子様と5人の王女様をもうけて、今も農作業に携わりながら仲睦まじく中央都市で暮らしていると」

「仲睦まじくだなんて、そんな。ふだんからふたりでいっしょに領内を回って、街のにぎわいや作物の出来を視察しているだけよ?」

「ですが母様。ほぼ毎日、父様と手を繋いで城へと戻っていらっしゃってましたよね?」

「あっ、あれは……そう! ラフィが何気なく繋いでくるから、仕方なくよ!」

「そのわりには、母様もうれしそうで満更ではなかったような……」

「っ!? そ、それは、その……」


 腕を組んで大真面目に首をかしげるルティに対して、サジェーナ様の言葉がだんだんか細くなっていく。もしかしたら、娘さんなルティから聞かれているのに戸惑っているのか……じゃあ、ここいらが頃合いか。


「では、ちょうどこの話題に合いそうなお手紙が届いているので、ここで一通紹介してみましょう」


 そう言いながら、机の下に据え付けられている棚から一枚の紙を取り出す。

 昨日『おたより箱』を置かせてもらえることになったお店へ箱を持っていったら、話が広まっていたのかその場で手紙を書いて投函する人が相次いでいた。

 手分けして運んでいったルティとピピナとリリナさんも手紙を抱えて帰ってきたあたり、サジェーナ様がそれだけ人気なんだろう。その中から大陸公用語がわかる3人に選んでもらって、リリナさんに日本語へ翻訳してもらったのがこの手紙だ。


「ヴィエル市音楽学校の生徒さんで、現在3年生のシャリルさんからのお手紙です。『サジェーナ様へ。最近音楽学校でも〈らじお〉が聴けるようになって、今回おたよりを受け付けていると聞いて質問のおたよりを出してみました』」

「あらあら、わざわざありがとう」

「『もう7、8年ぐらい前になるでしょうか。私が幼年学校に通っていた頃に、ヴィエル出身のサジェーナ様がどうしてラフィアス様の旦那様になったのかを描いた絵本が流行ったことがありました』」

「あったわねぇ、そういう絵本も」

「『その絵本は、新しい果物を作ろうとしてなかなかうまく行かなかったサジェーナ様のところにお忍びのラフィアス様がやってきて、いっしょに果物作りをして恋に落ちたという素敵な物語でした』」

「うんうん」

「『しかし、私の両親はその物語を見て〈違う違う〉と笑っていたのです』」

「えっ」


 あ、満足そうだったサジェーナ様が固まった。


「『幼い頃、サジェーナ様とラフィアス様がみかんとぶどうのどっちが美味いかで口論になってからミラップとクレディアを作るようになって、先にクレディアを完成させて自慢しに来たラフィアス様の口へとミラップを叩き込んで、アゴを外したラフィアス様の看病をすることになったことがなれそめだったとか。私にとっては信じられない話なのですが、せっかくだから本当のことを教えてはもらえないでしょうか』」


 読み終わってもう一回手紙から視線を上げると、呆然とした表情で固まったままのサジェーナ様の姿があった。

 リメイラさんから聞いたことがあったし、レナトやユウラさんにラガルスさんたちも知っていたから一応ネタにしてみたけど……これ、マズかったかな。


「えーっと……このあたり、真相ってどうなんでしょうか」


 とりあえず、おそるおそる聞いてみて――


「ゴソーゾーニ、オマカセシマス」


 とてつもない棒読みで返されたよ!?


「母様、やはりそれが真実だったのですね……」

「し、真実ってどういうこと!? ルティ、誰からそのことを聞いたの!?」

「青果店のリメイラ嬢からです。姉様もピピナもリリナも、そしてここにいる皆も存じておりますし、ラガルス殿やレナト殿にユウラ嬢も存じておりましたよ」

「り、リメイラったらどうしてあのことを……」


 ルティからのトドメに、大きく肩を落とすサジェーナ様。きっと娘さんたちには知られたくなかったんだろうけど、


「はー……まあ、こうなったら仕方ないわね。そう、わたしがラフィアスをケガさせて、そのケガを看病しにこの時計塔へ通っていたのが決定打よ」


 ひとつ大きくため息をついてから、半ばあきらめたようにそう言い切ってみせた。


「それだけ激しいケンカをしたというのに、好き合うことができたのですか?」

「むしろ、小さい頃のケンカが発端ね。それまでラフィのまわりには『はい、はい』ってただ認める人たちしかいなかったみたいだから、わたしみたいに突っかかってくる子は物珍しかったみたい。だから、わたしを驚かせたくてずっとそんな態度だったって交際してから打ち明けられたわ」

「まるで子供ではないですか……」

「わたしが15歳でラフィが18歳の頃の話だから、実質子供みたいなものよ。もっと言えば、初めてケンカしたのはわたしが9歳でラフィが12歳のときだし」

「でも、そこまでやっておいてよくラフィアス様と仲良くなれましたね」

「それも、ミラップとクレディアのおかげって言ってもいいかも」


 ちょっと困ったように、それでいて恥ずかしそうに笑いながら、サジェーナ様が思い出そうとするかのように視線を宙へさまよわせる。


「ラフィをケガさせちゃったのは、流石にわたしの責任。それでもやっぱり癪で『流動物しか食べられない今のうちに、ミラップの美味しさをお見舞いしてやろう』って思って」

「そっちの意味でのお見舞いですか!」

「ミラップを食べもしないのに『自分のほうが先にできた』って馬鹿にされて、すっごくムカムカしてたからね。ここの3階にあったラフィの部屋でおかゆとかを食べさせてあげて、食後の果物としてミラップのすりおろしを出してあげて……きっと、ミカンかリンゴだって思っていたんでしょう。ひとくちすすったらびっくりしたようにわたしを見て、あわてて筆談用の黒板を手にして『これはなんだ』って書いてみせたの」

「それは、してやったりでしょう」

「もちろん! わたしも、いい機会だからこの間の仕返しにってミラップのことを自慢げに説明しちゃった。そしたらすりおろしたミラップを全部食べきって『おいしい』『こんなにおいしいのに、食べないで馬鹿にしてごめん』なんて書いてきたのよ」

「いきなり、ラフィアス様がしおらしくなっちゃったと」

「そうそう。最初は何の罠かって身構えていたけど、申しわけなさそうにわたしを見上げて『僕が作ったクレディアを食べて、どんなことでも言ってほしい』って書くんだもの。仕方なく厨房からクレディアを持って来て、ラフィの目の前で食べながら文句のひとつでも言ってやろうって口にしたら……とっても美味しくて、びっくりしちゃった」


 その時のことを思い出したらしいサジェーナ様が、肩をすくめながらくすりと笑う。


「素直に『美味しい』って言ったら目を見開いて、ほっとしたように小さな声で『よかった』って言うのよ。それを聞いたら『見返してやる!』なんて気持ちはすっかりしぼんじゃった」

「では、母様の仕返しはそこで終わったということですか」

「ええ。それからは普通にラフィを看病してたし、ラフィの筆談にわたしが応える形でたくさんおしゃべりをして……さっき話したわたしに突っかかる理由も、そのときに教えてくれたわ。あとはサスケくんに話したとおり、普通に接するようになってから1年後にラフィアスから告白されて、わたしも望むところだって思って結婚したってわけ」

「それじゃあ、果物でいがみ合ってたふたりの仲は、ふたりが新しく作った果物が取り持ってくれたんですね」

「あら、いいこと言うじゃない。その通り、ミラップとクレディアがわたしとラフィの絆を結んでくれたって言っても過言じゃないわ。ルティとミアは、きっと真相を知ってがっかりしたかもしれないけど――」

「そんなことはありません」


 申しわけなさそうに言うサジェーナ様をさえぎって、ルティが首をぶんぶんと振ってみせた。


「確かに面白おかしき仲かとは思いますが、ようやくおふたりの仲の良さの秘密を知ることができました。ケンカするほど仲が良いというのは、きっと父様と母様のことを言うのでしょう」

「あ、あら……?」

「まことの話を聞いたとしても、がっかりなどはいたしません。むしろ、おふたりの思い出話が聞けて楽しかったです!」

「ええ……」


 ルティの純粋でストレートな感想を受けてか、サジェーナ様の顔がどんどん真っ赤になっていく。

 きっと、本当のなれそめを知ったら失望されるって思っていたんだろう。ところがフタを開けてみたら、目を輝かせて肯定的な感想を言われたものだから相当びっくりしたんだと思う。

 ふと窓ガラス越しのロビーを見れば、真ん中あたりに座っているフィルミアさんは微笑ましそうにこっちのほうを見ていた。


「ロビーにいるフィルミアさんも、あたたかい目でこっちを見てますね」

「サスケくん、〈らじお〉ってこういう話もありなのかしら……?」

「ありといえば、とってもありです」


 顔を真っ赤にしたまま、口元を両手で覆ってあたふたしているサジェーナ様へきっぱりと言い切ってみせる。

 人気のあるラジオだと、フリートークのコーナーあてに時々真面目な人生相談とか恋愛相談みたいなメールが舞い込んできたりする。それが俺とルティの番組では1回目から来たようなものであって、それを除けば別にそう珍しいことじゃない……と、思う。たぶん。


「サスケ。ちょうどいい手紙が来ているので、次は我が読んでもよいだろうか」

「ああ、もちろん」


 すぐさまうなずいてみせると、声を弾ませたルティは待ちきれないとばかりに机の棚から一通の手紙を取り出して広げてみせた。


「おほんっ。えー、このおたよりは、西部居住区に住むボドゥール殿からのものです。『サジェーナ様……いや、ジェナくんと言うべきか。お久しぶり、君とラフィアス王の指導をしていた、元農学校教師のボドゥールだ』」

「ボドゥール先生!? お久しぶりです!」


 差出人の名前を聞いたとたんに、まだ顔を赤くしていたサジェーナ様が興奮気味に食いついてくる。


「知り合いの方なんですか?」

「輿入れするまで学んでいた農学校で、果樹園づくりのことを教えていただいた先生なの。ねえねえルティ、続き続きっ」

「わかりました。『街を歩いていたら、警備隊の詰め所にある〈らじお〉なる機械から君の声が聴こえてきてびっくりした。大人びた声ではあるが、その笑い声から君のものだとすぐにわかった。ただただ、息災でなにより』」

「先生……ありがとうございます」

「『そこでふたつほど質問。ラフィアス王とは相変わらず相思相愛だろうか。そして、久しぶりのこの街を君はどう見ているだろうか。君の声での答えを待ち望む』……とのことです」


 遅すぎもせず、早すぎもせず、しっかりとした発音と流れるような口調で手紙を読み上げたルティ。少し得意げな表情を見ると、自分でも満足いく読み上げができたみたいだ。


「サスケくん……〈らじお〉を使って、おたよりの返事って言っていいのかしら」

「どうぞどうぞ。そういう趣旨の番組ですし、この間みたいに羽目を外したものとは全然違いますから」

「そう」


 俺の返事を聞いて、サジェーナ様がほっとしたように息をもらす。きっと、この間ルティに怒られたことを気にしているんだろうけど、おたよりの質問に答えてもらうんだから全く問題ない。


「なら……今も、わたしはラフィのことが大好きです。中央都市にいる時も、先生からの教えを毎日守っていますよ」

「教え、ですか」

「さっきも言ったように、わたしとラフィはいつもケンカしてばっかりだったから、よく先生に叱られていたの。『もっとお互いを敬いなさい』とか『作物作りに勝ち負けなどない』とか『口げんかばかりでは、聞いてる木々も成長するのが嫌になるぞ』とか。そんなわたしたちが結婚するって報告しに行ったときには、もう目を白黒させちゃって」

「いがみ合っていたふたりがいきなり結婚するとか言い出したら、そりゃあ驚くでしょう」

「先生も心配してたでしょうし、今ならその気持ちがよくわかるわ。『これからずっといっしょにいるつもりならば、できる限りふたりで同じものを見て過ごしなさい。そうすれば、ふたりで話すことも多くなっていくだろう』って、わたしが中央都市へ向かう日に教えてくれて……だから、ふたりでいられる時はいつもいっしょに出かけるようにしてるのよ」

「母様と父様が連れ立って出かけることが多かったのは、そのお言葉がきっかけでしたか」

「朝の支度と公務が終わったら、ラフィったら必ず誘いに来るんだもの。子供たちには恥ずかしいから公務だ、公務だって言って出かけていたのに……まさか、ルティに気付かれちゃうなんてね」

(わたくし)だけではありませんよ?」

「えっ」


 ルティからの告白に、またサジェーナ様の動きが止まる。


「母様と父様が出かけたあとは、いつもおふたりの仲むつまじさの話題で持ちきりでした。兄様方も姉様方も、妖精の皆も家中の皆もよく話していたものです」

「そ、それ、本当? でも、みんな、わたしたちにそんな素振りはかけらも……」

「ディオ兄様が『馬に蹴られて死んでしまうから、父様と母様の邪魔はしないよう』と、私たち弟妹へと諭していたからでしょう」

「ディオ……もう、あの子ったらぁ……」


 あーあー。サジェーナ様ったら、もっと顔を真っ赤にしちゃったよ。

 ディオさんって、確かルティにとって一番上のお兄さんなディオニスさんのことだっけ。きっと、ふたりの仲むつまじさを見てそう察したんだろうな。


「母様、続きです。先ほどのおたよりの質問には、まだ続きがありますよ」

「そ、そうだったわね……こほんっ。『久しぶりに見たこの街を、わたしがどう見たか』だったかしら」

「その通りです」

「久しぶりとはいっても毎年里帰りしてるし……そのたびに、変わっているところと変わらないところがはっきりしているって感じね」

「そんなにはっきりしているものなのですか?」

「ええ。たとえば、南の住居区域や北の市場通りなんかは世代が代わっても家とお店はほとんど変わらないから、通るたびに懐かしいって思えるの。それに対して、西の職人通りと東の音楽通りと飲食店街は顔ぶれがころころ変わっているからいつも新鮮な感じで歩いちゃうわね」

「母様が仰るとおり、飲食店街は屋台を含めてよく顔ぶれが変わりますね。しかし、西の職人街はそれほどでもないのでは?」

「職人さんの顔ぶれはね。でも、店頭に並べている品物とかお弟子さんとかは顔ぶれがよく変わるでしょ? それがまた面白いの」

「なるほど!」

「そういう見方がありましたか」


 人さし指をピンと立てて言い切ったサジェーナ様に、ルティも俺も思わず感心する。さすが、ほとんど毎日街の視察をしているだけあるな。


「そのあたりを意識しながら街を歩いてみると、いつも新鮮な感じで見られるわよ。ルティとサスケくんも、それとこの〈らじお〉を聴いている人たちも、よかったら試してみてね」

「とても参考になります。サスケ、今度ともに散歩するときにはそのあたりに注目してみよう」

「そうだな。サジェーナ様、面白いアドバイス――えっと、助言をありがとうございます」

「いいのいいの。そんなわけで、ボドゥール先生。サジェーナは今もラフィといっしょに青春まっただ中ですよー!」


 得意な散歩の話題ですっかり自分のペースを取り戻したのか、大喜びのサジェーナ様がICレコーダーのマイクに向かって元気に言い放った。


「やっぱり、昔の先生からのおたよりはうれしいですか」

「もちろんっ。もうずいぶん会っていないけど、わたしたちの先生には変わりないもの」

「今も昔も元気いっぱいなサジェーナ様と先生からお話を聞けたところですし、続いて街の人たちから届いたおたよりを読んでいきましょうか」

「ええ、どんどん行きましょう!」

「次はサスケの番だな。よろしく頼むぞ」

「おうよっ」


 ルティから話を振られて、俺はまた机の下の棚からもう一通の手紙を取り出す。このペースで行けば、いい雰囲気のまま番組が進められそうだ。


 ヴィエルで初めての番組収録だし、しゃべり上手なサジェーナ様だからって警戒していたはずが、すっかり和やかムードでトークが成立していた。

 小さい子供からの『妖精さんとなかよくなる方法』の質問を読めば、ミイナさんとの出会いを振り返りながら真面目になって考えてくれたり、『これからのレンディアールの歴史をどう作っていくつもりか』というお堅い質問には作るだけじゃなくて維持もしていかなくちゃいけないということで、妖精さんと協力して昔の遺跡を保存していくことも明かして王妃様としての一面も見せてくれたり。

 時々はしゃいだサジェーナ様に気圧されたりもしたけど、ほとんど脱線することなく番組を進めていくことができた。


「わたしとラフィの後輩たちもがんばってるのね……あなたが作ったっていう新種の果物、この番組が流れた次の日に食べに行くから待っててよ!」

「この果物もまた、新たなヴィエルの名産品となるとよいですね」

「ええ。わたしもまた、中央都市で新しい野菜や果物の研究を始めちゃおうかしら」

「面白そうですね。今度はラフィアス様とサジェーナ様といっしょに研究して作ってみるとか」

「……それ、考えたこともなかったわ」

「えっ、そうなんですか?」

「だって、ずーっとケンカしてたのが普通に話すようになって、そのまま告白だったんだもの! いいわね。夫婦の共同作業、すっごくいい。あとでラフィに手紙を書いて送ってみようっと!」

「私も、母様と父様が新しく作った果物を食べてみたいです。楽しみにしておりますね!」

「楽しみにしててねっ。いつかヴィエルにも持って帰って、ヴィエルのみんなにも食べてもらわなくちゃ!」


 おたよりから派生した話題で盛り上がりながらストップウォッチを見てみれば、収録を始めてからもう1時間56分。ここまで来たら、あとは番組をしっかり締めるだけだ。


「サジェーナ様の新しい夢が生まれたところで、番組も残すところあと5分ぐらいとなりました。そろそろ締めくくりの時間ですね」

「もうそんな時間なの? えっと、どれだけおたよりを読めたのかしら」

「1通、2通、3通……今読んでいたのを含めれば、9通になりますね」

「9通だけかぁ。来たのが全部で133通だから、1割も読めてないのね。ねえ、サスケくん、ルティ。このお手紙、わたしが持って帰ってもいいのかしら」

「もちろんです。これはサジェーナ様への手紙なんですから、あとでまとめてお渡ししますよ」

「ありがとう。ふふっ、中央都市へ帰ったらラフィにも見せてあげなよっと」


 サジェーナ様は楽しそうに言うと、ラフィアス様へ思いをはせながら微笑んだ。元々はサジェーナ様へのおたよりをラジオで公開する形で読んだんだし、気に入ったのならその本人の手元へと置いてもらいたい。

 変な手紙やいたずら書きなんかは事前にリリナさんが除けておいてくれたし、手元にある133通の手紙は全部サジェーナ様へと渡しておこう。


「そういうわけで、ヴィエル市時計塔放送局からお送りしてきました『松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの〈ふたりと、お話ししませんか?〉』、そろそろおしまいの時間です。サジェーナ様、初めてのお客様として出演していただいたわけですが、いかがでしたか?」

「あっという間だったわねー……とっても楽しくて、すっかり夢中になっちゃった。これも、ふたりが上手に導いてくれたおかげよ」

「そう言ってもらえたのなら、私もうれしいです。なあ、サスケ」

「うん。俺もヴィエルの人たちからのおたよりを読んでて、サジェーナ様がどれだけ慕われているのかがよくわかりました」

「わたしも故郷のあったかさを実感できたわ。また遊びに来てもいい?」

「もちろんです。その時には、ラフィアス様もぜひいっしょに」

「ええ、その時にはよろしくね」

「はいっ」


 サジェーナ様のふたつ返事に、ルティと顔を見合わせた俺はいっしょに笑い合った。この番組を楽しんでもらえたのなら、ふたりでいろいろ考えた甲斐があったってもんだ。


「それじゃあルティ、締めの告知を」

「うむ。この番組では、訪れた人々や我々へのおたよりをいつでも待っている。市役所より南の地域であれば警備隊の詰め所に、北の地域であれば商業会館や〈らじお〉を置いている大きな店に『おたより箱』を置いてもらっているので、そこへとおたよりを入れてもらいたい」

「次回のお客様は、妖精のピピナ・リーナさんとリリナ・リーナさんです。最近街で仲良く買い物をしていたりおでかけをしているふたりへの質問とかがあったら、ぜひぜひおたより箱へ手紙を入れてください。次回は再来週なんで、だいたい8月の6日あたりまでの募集しています」

「他にも、この人の話が聞いてみたいなどの要望も受け付けている。こちらはいつでも、遠慮無くおたよりを入れてほしい」


 目配せをし合いながら、よどみなくふたりで終わりの告知を読み上げていく。このあたりもふたりで原稿を作って、何度も読み上げる練習をしたおかげで詰まることなく読み終わることができた。


「それでは、本日のお客様はサジェーナ・フェリア=ディ・レンディアール様でした。サジェーナ様、今日は本当にありがとうございました」

「わたしこそありがとう。またよろしくねっ!」

「はいっ、よろしくお願いいたします。『松浜佐助とエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールの〈ふたりと、お話ししませんか?〉』。この〈ばんぐみ〉は(わたくし)、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと」

「俺、松浜佐助でお送りしました。また次回、俺たちといっしょにお客様とおしゃべりしましょう」


 ここまで読み上げたところで、次に読み上げるルティがしばらく間を置く。これはあとで中瀬が編集するときにBGMを入れて、


「この番組は、ヴィエル市時計塔放送局がお送りしました」


 こうして、提供読みの代わりに放送局読みを入れるため。これなら、きっとBGMのボリュームコントロールもうまく行くだろう。

 ルティが言い終わったのを見計らって、ICレコーダーへと手を伸ばす。本編を録り始めて1時間55分。オープニングトークも含めれば2時間をほとんどノンストップで乗り切れたことにほっとしながら、停止ボタンを押した。


「お疲れ様でしたー」

「うむ、お疲れ様だ」

「お疲れ様。サスケくん、ルティ」


 ひとたび息を吐けば、出てくるのはため息。

 時々水筒の水でのどを潤してはいたけど、やっぱり2時間ほとんどぶっ続けでしゃべると思いっきりのどが渇く。


「お疲れ様でした、サジェーナ様。それと本当にすいません、最初にいきなりあんな感じでネタを振ってしまって」

「いいのいいの。変な感じでウワサが伝わってたみたいだし、ルティとミアにもちゃんとした説明ができたんだから結果的によしとしなくちゃ」

「ありがとうございます」


 手をひらひらと振るサジェーナ様は、気分を害した様子もなく笑ってその手をルティがいるほうへと伸ばした。


「ふへ~……」

「ルティもお疲れ様。2時間の長丁場、よくがんばったわね」


 そして、最後の力を使い果たして机へと突っ伏しているルティの銀髪を優しくなでる。


「母様に……ここへ来た人たちに楽しんでいただくためならば、これくらい……平気です」

「ふふっ。もう、ルティったら無理しちゃって」

「無理などでは……えへへ」


 口をとがらせて反論しようとしたルティだけど、サジェーナ様のなでなで攻勢にやられたみたいですっかりゆるゆるな表情になっていた。

 先輩たちやフィルミアさんに見せるものとも違う、安心しきった笑顔と甘えるような声。こうして見ると、ふたりはやっぱり親子なんだな。


「サスケくん。これからも、ルティのことをよろしくね」

「もちろんです。俺のほうこそ、今後ともよろしくお願いします」


 そのお母さんに言われたら、こう返事するほかにない。俺としても、ルティはかけがえのない相棒のひとりなんだから。

 初めての番組ゲストがサジェーナ様で、そしてそう実感できて本当によかった。


「おつかれさまですよー!」

「皆様、お疲れ様でした」


 真っ先にロビーからスタジオへやってきたのは、次回のお客様のリーナ姉妹。


「次の次はアタシかー……やっぱり、こういうのは緊張してくるね」

「お疲れ様でした。サスケさん、エルティシア様、わたしもがんばりますねっ!」


 そう言いながら満更でもなさそうなアヴィエラさんと、今から意気込んでいるユウラさん。お手伝い組のふたりも、今度俺たちの番組に出てくれることになっている。


「なんというか、普通のラジオ番組といった印象ですね」

「普通を目指したから別にいいんだよ」

「まあ、そう言うのなら文句はありません。編集は私に全てお任せください」

「おう、頼んだぞー」


 編集担当の中瀬も、いつもの悪態をほどほどにしてそう申し出てくれた。


「松浜くん、お疲れ様。だんだん会話がフィットしていったね」

「ありがとうございます。こういう番組は初めてなんで、ずいぶん緊張しました」

「そのわりには、せんぱいもルティちゃんもジェナさんもとっても楽しそうでしたよね。あたしも、今度ルティちゃんと番組でおしゃべりしてみたいです」

「ルティがいいならいいんじゃないか? 俺も、有楽とルティのラジオなら聴いてみたいし」


 ねぎらってくれた赤坂先輩へはお礼を、おねだりしてきた有楽には同意をして笑ってみせる。

 日本でふたりが鍛えてくれた経験がなかったら、きっとここまでできなかったはず。そう思うと、先輩へも有楽へもいくらでも感謝の気持ちが湧いてくる。

 ……いや、ふたりだけじゃない。

 ここにいるみんなへも、そしてここにはいないけど、俺たちに関わってくれた人たちみんなへと感謝したいぐらいだ。


「ジェナも、すっかり楽しんだみたいね」

「ええ。サスケくんもルティもとっても話し上手なんだもの。わたしもびっくりしちゃった」

「でしょー?」

「これなら、わたしもひと安心かな」

「まだまだ。これからもずーっと見守っていきましょ」

「それもいいわね。ふふっ、これからもっと楽しみになりそう」


 そんな中で聞こえてきたのは、母さんとサジェーナ様のやりとり。きっと、これからも俺たちの番組を見守ってくれるってことなんだろう。局アナの奥さんな母さんと王妃様からも見守ってもらえるなら、こんなに心強いことはない。


「がんばりなよ、サスケ」

「はいっ」


 何故か俺の肩をぽんぽんと叩いてきたミイナさんに返事をして、もう一度ルティへ視線を向ける。


「次回もよろしくな、ルティ」

「うむっ。よろしく、サスケ」


 ふとしたことがきっかけで出会えた、もうひとりの心強いラジオの相棒。

 その相棒と笑い合って、俺はこれからのラジオ作りが広がっていくことを確信していた。

 佐助とルティのコンビ、本格始動です。

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