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第41話 異世界ラジオのひろがりかた

 芯を引っこめたシャーペンの先で、ノートの片隅をこつこつと叩く。

 力を入れてないのにへこみが出来ているのは、繰り返し叩いてるから。開かれたノートの右半分は罫線しかなくて、左半分も『王妃様とルティとのラジオについて』って題名以外は真っ白になっていた。


「ふむー……」


 そのタイトルを目にしているうちに、ため息が出てくる。

 昼間に王妃様――サジェーナ様からのお願いでラジオの練習をすることが決まったその夜。俺は時計塔の自室で、ベッドに寝転びながらどういう風に収録を練習するかを迷っていた。


「ユウラさんの時みたいにトークを引き出すにしても、今回は俺主導になるだろうからなー……どうしたもんか」


 左手でほおづえをつきながら、何度目になるかわからないため息。

 今回の相方はルティで、そのお相手はサジェーナ様。普通に進行したとしたら親子の話題のみで終わりそうだし、できればそれだけで終わらせずにもっとトークを広げいきたい。

 練習とは言っても、俺にとってはいつも通りの真剣勝負。相方といっしょにゲストに来てくれた人を楽しませて、そして聴いてくれた人も楽しませたいところだ。

 ただ……親子トーク以上の話題をどう引き出せばいいのか、日本から来てまだなじみの薄い俺としては取っかかりを見つけ出せずにいた。

 国のことについて話すにしても、まだレンディアールのことはリリナさんから学んでいる真っ最中。国の成り立ちは知っていても、今の王室についてはルティとフィルミアさんのことぐらいしか知らない。その状態で話したとしても、薄っぺらいトークになりかねないわけで。

 これじゃあ、通りいっぺんの練習になりかねないよなぁ……


「サスケ、入ってもよいか?」

「おちゃ、もってきたですよー」


 またまたため息をつこうとしたところで、ドアをノックする音といっしょにルティとピピナらしい声が聞こえてきた。


「おう、入っていいぞー」

「では、失礼する」

「おじゃまするです」


 身体を起こして声をかけると、がちゃりとドアが開いて皇服姿のルティがお皿を、メイド服姿のピピナがティーセットを手にして部屋へと入ってきた。


「ちょっと待ってろ。今イスを出すから」

「ああ、自分で出すからそれはよい。ピピナ、お茶の準備のほうを頼む」

「わかりましたっ!」


 スニーカーをはいて立ち上がろうとしたところで、ルティに手で制されて座り直す。ピピナがひとつ羽ばたいてベッドサイドの小さな丸テーブルの上へとティーセットを置くと、ルティもお皿を置いてからそのまわりへふたつのイスを並べた。


「夕食のときに、ずっと上の空であっただろう。きっと、母様からの難題に頭を悩ませているのではないかと思ってな」

「ルティさまからそうだんされて、ほっとできるおちゃをもってきたんですよ」

「なるほどな。ありがとう、ふたりとも」

「気にしなくともよい。むしろ、我のほうこそ礼を言わなくては」


 申しわけなそうに言いながら、はす向かいの席に座るルティ。その間もピピナはティーポットにお湯を入れたり、お茶菓子をテーブルへ置いたりと羽を駆使して文字通り飛び回っていく。


「この香りって、もしかしてミントティーか?」

「サジェーナさまが、むかしにほんへいったときにたねをかってこっそりもってかえってたそーです。それをちゃばにして、ピピナとねーさまにおすそわけしてくれたですよ」

「あの人は生態系も省みずまあ……」

「母様はこういう種子や花には目がないから、仕方あるまい。きっと、若き頃のニホンでも興味津々だったのであろう」

「簡単に想像できるな、それ」


 あのフリーダムな王妃様だったら確かにやりかねない。ミントって繁殖力が強いはずだけど、そのあたりも研究してうまく育ててるのかな?


「それじゃあ、そろそろいれますねー」

「おー、いい香りだ」

「このすうっとする匂い、久しぶりだ」


 ピピナがふわふわと飛んだままティーカップへミントティーを注いでいくと、さっきまでも香っていたミントのすがすがしい匂いがよりいっそうふわっと広がっていった。


「おちゃがしはくっきーをやいてみました。ねーさまがたいこばんをおしてくれたから、きっとだいじょーぶだとおもうですよ」

「これ、ピピナが焼いたのか!?」


 ルティが置いた皿にのせられていたのは、ほどよく山盛りになった丸形のクッキー。珍しく焼き色がバラバラだと思ったら、ピピナが作ったってのか。


「はいですっ。ルティさまとさすけががんばってるあいだ、ばんぐみがおわったミアさまとねーさまがみてくれましたっ」

「呼ばれて厨房に行ってみれば、甘くも香ばしい匂いの主がピピナだと知って我も驚いた。疲れて帰ってくるであろう我らのために、ピピナが自ら作ってくれたそうだ」

「そうだったんだ。ありがとな、ピピナ」

「おるすばんのピピナができるのはこれくらいですから。ルティさま、さすけ、おしごとおつかれさまでした。どうぞめしあがれですっ」

「ああ。それじゃあ、いただきます」

「いただきます」


 ピピナにねぎらわれて、まずはミントティーをひとくち。砂糖の甘みがないぶん、ストレートにミントのさわやかさが口の中へ広がっていく。


「熱いのにスーッてするのはやっぱり不思議だけど、面白いな」

「うむ、まるで二度も目が覚める思いだ。そして、実に美味しい」

「じゃあ、クッキーももらうぞ」

「どーぞどーぞ」


 わくわくと期待に満ちた目で見られながら、続いてクッキーをひとかじり。まだ冷たい感覚が残る口の中を、今度はさくりと崩れていくクッキーの感触と砂糖の甘味が跳ね回る。香ばしさもあとから加わって、いろんな味が駆けめぐるから食べていてわくわくする。


「このクッキー、ミントティーによく合うよ。すっげえ美味い」

「ほんとーですか? それならよかったです!」

「ピピナのていねいな仕事が伝わってくるかのようだ。留守の間、我らに素晴らしきものを作ってくれていたのだな」

「いえいえ。ねーさまが、つかれたときにはあまいものがいちばんっていってたから、つくってみたらだいせーかいでした!」

「ありがとう、ピピナ。我らのことを案じてくれて」

「えへへー」


 ルティに礼を言われたピピナが、うれしそうに目を細める。

 いつもだったらいっしょについてくるピピナも、今日の流味亭はカウンターのスペースがそんな広くないってことでお留守番。店へ向かう俺たちをリリナさんといっしょに見送ってから、このクッキーを作っていたらしい。

 もう一度ミントティーを口にすると、甘みがすうっと流されてゆく。そしてもう一個クッキーをかじれば、冷たい感覚を甘みが上書きして……この味わい、結構くせになりそうだ。


「さすけもきにいってくれたです?」

「ああ。ミントティーもクッキーもどっちも美味いから、スイスイと行けるよ。ミントティーもリリナさんに教えてもらったのか?」

「ミントティーは、ちほおねーさんがおしえてくれたです」

「母さんが?」

「ジェナさまにきーたら、ちほおねーさんのほーがよくしってるからって。おしえてもらいにいったら、やさしくおしえてくれたですよ」

「そっか、母さんにも感謝しなくちゃな。ピピナも、美味しいものを作ってくれてありがとう。甘いクッキーとすっきりなミントティーで気分が切り替えられそうだ」

「どーいたしまして。さすけとルティさまがよろこんでくれて、ピピナもうれしーです」


 俺のお礼に、にぱっと笑ってみせるピピナ。メイドさん姿もすっかり板について、守護妖精との二足のわらじもずいぶんなじんできた。


「でも、ジェナさまとばんぐみのれんしゅーですかー……たしかに、いっぱいなやみそーですよね」

「そうなんだよなぁ」


 かじっていたクッキーを飲み込んでから、ひとつため息をつく。


「練習とは言っても王妃様なんだし、できるだけ本番を想定したほうがいいと思うんだ。今日のフィルミアさんとリリナさんの番組だとまだ勝手がわかってなかった風だけど、さっきの口ぶりとか俺とルティが相手だと、逆に飲み込まれかねないってのがな」

「母様の話しぶりは、我ではとうていかなわぬ。サスケの言うとおり、いつの間にか母様が〈ばんぐみ〉を進行していることも考えられるだろう」

「そうならないために、さすけがいっぱいかんがえてたわけですか……おつかれさまです」

「そこまで大げさじゃないよ。でも、やっぱりラジオを楽しんでもらう以上は俺もがんばらないと」

「サスケだけではない。無論、我もふたりとの会話に食らいついていかねば」

「ピピナがいっしょにいるのはむずかしそーですねー」


 ちょっと残念そうに言いながら、ピピナもクッキーをかじる。両手でクッキーを持つ姿はかわいらしくて、


「ピピナはピピナで、サジェーナ様の次にいっしょにやろうぜ。俺も、ピピナとはじっくり話してみたい」

「そうだな。ピピナのことをヴィエルの人々に知ってもらいたいし、我ももっとピピナのことを知りたい。特に、ここ最近リリナと仲良くなってからのピピナをな」

「ほんとーですか!?」


 フォローしたくて誘った俺に続いて、ルティもピピナのことを誘ってくれた。


「『異世界ラジオのつくりかた』じゃ、どっちかっていうとラジオ作りのことばっかり話してるだろ。普段のピピナのこととか話すには、いい機会じゃないか」

「じゃあ、いっぱいたのしみにしてるですっ。そのぶん、ピピナはルティさまとさすけのおしごとをいっぱいてつだうですよっ!」

「我も、助けになれることがあれば手伝いたい。サスケ、我にもなにかできることはあるだろうか」

「できること、か……」


 ふたりから申し出てもらったのはいいけど、最初から最後までどう組み立てればいいのか迷っているからどこから相談すればいいのかわからないんだよなぁ……


「さすけは、どんなれんしゅーをしたいんです?」

「そりゃまぁ、ユウラさんの時みたいにその人となりを知る番組の練習だな。ヴィエルの人たちは結婚するまでのサジェーナ様のことを知ってても、王妃様になってからのサジェーナ様のことはあまり知らないだろうし、そもそも俺もあまりよく知らないし」

「確かに。我が母様と父様のなれそめをここで初めて知ったように、中央都市での母様を知らぬ者がほとんどだろう」

「だから、ルティとサジェーナ様の親子トークぐらいしか思いつかなかったんだよ」

「我と母様についての話か……そればかりを話すのも恥ずかしいし、聴いている者も退屈しかねないであろうな」


 当事者として話しているのを想像したのか、ルティが頬を染めながら恥ずかしそうにうつむく。……って、なんだ。ここにその娘さんがいるんじゃないか。


「なあ、サジェーナ様って普段は城でどんなことをしてるんだ?」

「む? ……おおっ、そこからたどろうというの!?」

「おうよ。よかったら教えてくれないか?」

「是非もない」


 ベッドの上に放りっぱなしだったノートを引っつかんで、膝の上へと広げる。転がっていたシャーペンも手にして、スタンバイ完了だ。


「まず、朝は4時頃に起きて庭園の作物を観察し、6時頃から作り始めた朝食を家族や妖精のみんな、そして側近たちとともに皆で7時頃に食べる。8時頃になったら近場の農場で農作業を始め、12時頃には街中の飲食店で父様とともに昼食をとってそのまま街の巡察か再びふたりで農作業。夕方からは姉様方と夕食を作って6時頃に食し、7時頃からは我らの習い事を見てくださって9時には眠りにつくといったところだな」

「……あの、王妃様なんだよな?」

「うむ、レンディアールの王妃だ」


 えっへんと聞こえてきそうなぐらい、自信たっぷりにルティがそう言い張る。

 王妃様……王妃様、ねえ。

 地球にある王制国家の王妃様だともっとこう、華麗というかゴージャスなイメージがあるんだけど、サジェーナ様に関する話を聞いているととにかく庶民的というか、なんというか。つーか、街中で王様とデートしてる王妃様とかどんだけラブラブなんだよ。


「そっか……王妃様かぁ……」

「さ、サスケ、母様がなんだというのだ?」

「きっと、さすけたちのしってるおーひさまとはちがうんですよ。かなもおなじよーなはんのーをしてたです」

「あいつの場合はアニメとかマンガの王妃様をイメージしてたんだろ」

「せーかいです! よくわかったですねー」

「そりゃあ、有楽だし」


 あいつの好きなものにはそういう異世界が付きものだろうし、簡単にそっちのほうを想像するのが思い浮かぶ。むしろ、違っていたとしたらそっちのほうがビビる。


「カナが親しむ物語のような国家は、我らの祖先が『失われし大陸』に住まっていた遥か昔にあったという言い伝えは残っている。しかし、精霊大陸に居を移してからはイロウナとフィンダリゼとともに、住まう人たちと寄り添えるようにと必要以上のものを飾ることはしていないらしい」

「そういう大国に追われて成立したのが、この大陸にある3つの国だもんな。言われてみりゃあそうなるか」

「うむ」


 ルティの説明にリリナさんに教えてもらった国の成り立ちが合わさって、レンディアールに対するイメージがのんびりしたもので固まっていく。日本にいるときとは比べものにならない空気は、きっとその歴史が作り出したものなんだろう。


「でも、王様と王妃様が夫婦で農作業ってのはさすがにレンディアールぐらいなんじゃね?」

「それはもちろん」


 他の国じゃありえなさそうなことだとたずねたら、ルティが即答して大きくうなずいた。農耕国家なレンディアールで、しかも今も仲がいい王様夫妻だからこそできるわけで――


「イロウナの国王夫妻は、魔術を鍛えるために2年に1度は揃って修行着をまとって流浪の旅へ出るという。フィンダリゼは国王夫妻が発明したものを駆使し、王家の者が総出で演劇を行うらしい」

「そっちはそっちですげえなオイ」


 この大陸にある国、どれも全然違う方向性でぶっ飛んでやがる。イロウナのことは前にリリナさんから聞いてはいたけど、フィンダリゼはフィンダリゼでとんでもない規模のことをしてるんだな。


「そういう話が伝わってるってことは、イロウナともフィンダリゼとも結構仲がいいのか」

「各国の大祭が終わる11月になると、それぞれの国が持ち回りで他の2ヶ国の王族を迎え入れて宴を催すほどにな。我はまだ行ったことがないが、今年の春は父様と母様、そしてステラ姉様がフィンダリゼへと訪問した」

「『ステラ』ねえさま?」

「ルティさまのひとつうえのおねーさまで、ミアさまのひとつしたのいもーとさまです。おりょーりがとってもだいすきで、そのままフィンダリゼのおりょーりをまなぶためにりゅーがくしちゃったですよ」

「料理留学って、そりゃまたルティや他のお兄さんやお姉さんとはまた違った方向性だな」

「元々、食べることと身体を動かすことが大好きな姉様だ。あちらで見知らぬ料理を多々味わい、学びたくなったからそのまま残ると手紙に書いてあった」

「それはまた豪快さんで」


 今まで会ったことがあるルティのお姉さんは、ほわほわとしたフィルミアさんだけ。聞いただけだと、ずいぶんサジェーナ様の影響を受けてそうなのは気のせいじゃないはずだ。


「それからも、度々手紙を寄越してくださっている。返事にサスケたちのことを記したらぜひとも会いたいと、近々里帰りがてらヴィエルまで足を伸ばしてくださるそうだ」

「ってことは、俺らもステラさんに会えるのか?」

「もちろん。その時には、ステラ姉様にも皆とつくった〈らじお〉を楽しんでもらえたらうれしい」

「だな。そのためにも、まずはサジェーナ様にも楽しんでもらわないと」

「うむ」


 フィルミアさん以外のお姉さんたちは、きっと中央都市にいた頃の気弱だったルティしか知らない。元気いっぱいで街中を歩き回っている今のルティを見たら、きっとビックリするだろうし、それまでにあったことを聞かれるだろう。

 その時には、ルティのそばにいてできる限りフォローしたい。ラジオのことで手紙をもらったなら、リリナさんに教えてもらってでも返事を……って、手紙?


「手紙、か」

「どうしたのだ?」

「いや、手紙って手があるって思ってさ」

「ニホンの〈らじお〉と同じように使おうというのか」

「ああ、サジェーナ様に聞いてみたいことがある人たちにはもってこいだって思ってさ。もっとラジオが聴ける体勢が整ってからって考えてたけど、これもいい機会かなって」


 少し冷めたミントティーを口にして、一旦思考をリセットする。

 日本の多くのラジオ番組は、リスナーさんからの投稿で成り立っている。それは同時に人気のバロメーターにもなっていて、どれだけ番組に興味を持ってもらえているかの指標にもなったりするわけだ。


「でもさすけ、こっちにはめーるがないですよ?」

「今はメールばかりだけど、昔はハガキやファックスでも投稿を募集していたんだよ。今でも、昔ながらの番組とかじゃハガキしか受け付けてないってところもあるし」

「〈ふぁっくす〉とやらはよくわからぬのだが、〈はがき〉というのはあれか。時々『はまかぜ』に届く長方形の紙に書かれた……」

「それそれ。もしかして、こっちじゃハガキってなかったりするのか?」

「無い。そもそも、こちらの手紙のやりとりからしてむき出しのまま送ること自体がありえないぐらいだ」

「そうなのか」


 手紙といったら封書もあればハガキもあるのが日本でも、他の国……というか、異世界に来れば流儀も変わる。でも、ラジオといえばリスナーさんからの投稿もつきものなんだし、


「そこんところ、もうちょっと詳しく頼む」

「うむ、よかろう」


 この世界をよく知るルティから、郵便事情を聞いてみよう。


「まず、手紙は市役所や警備隊の詰め所、そして馬車駅で銅貨5枚で貸し出される木筒に入れて送るのが基本となる。それを近くの馬車駅へ持っていき、朝から夕方まで2時間に1便ある荷馬車へと渡せば、街中で完結する手紙の場合は当日中に相手の居所へと届く」

「へえ、結構スピーディーじゃないか」

「しかし、これは市役所以外あまり使われていないのが実情でな」

「あまり使われていない?」

「ヴィエルぐらいの大きさの街であれば、手紙を書いて届けるよりも直接相手の家へ訪れたほうがずっと早い。だから、市役所が住民へと送る手紙以外にはあまり使われていないのだ」

「あー……距離的なことを考えると、確かにそっちのほうが手っ取り早いか」

「街の外へ送る手紙のほうが、使っている者としてはずっと多いと言えよう。それとサスケ、ニホンで使われる〈めーる〉というのは無料であったな」

「厳密には違うけど、まあ実際に手紙を送るほどには金がかからないな」

「しかし、こちらでは先ほども言ったとおり銅貨5枚で木筒を借りる必要がある。そうなると〈らじお〉のお便りを募るにしてはいささか高額ではなかろうか」

「そいつは……結構キツいな」


 銅貨5枚といえば、日本で言う500円ぐらいの価値。木で作られた筒が必要なんだからそれくらいかかるのはわかるっちゃわかるんだけど、ラジオの娯楽番組へ送ってもらえるかって考えると無理に近い。

 こういったところにルティの気が回るのも、庶民的なお姫様だからといったところか。俺の気が付かないところを気付かせてくれて、本当に助かる。


「我もそのあたりはどうにかせねばとは考えていたのだが、〈ばんぐみ〉作りに気が急いてしまっていた。サスケ、申しわけない」

「いやいやいや、謝ることはないって。それにしても、銅貨5枚かぁ……結構ハードルが高いな」

「木筒を保守するための金額や中の手紙に対する保証も含まれているから、そのあたりは仕方あるまい。いっそ〈はがき〉のような仕組みを作ってしまうというのも有りかもしれぬが、今からでは間に合わぬだろう」

「だよなぁ……これ、後回しにするんじゃなくて最初に考えときゃよかった」


 目の前にいきなりそびえ立った難題に、出てくるのはため息ばかり。ラジオにお便りは欠かせないってのに、それが見込めないんじゃただ俺たちがしゃべるだけになっちまう。

 聴いてくれる人たちも参加してこそのラジオだってのに、見通しが甘すぎたか……


「あの、さすけ、ルティさま」

「ん? どしたよ」


 背もたれへ寄りかかってクッキーをほおばっていた俺と腕組みをするルティへ向けて、右はす向かいの席に座るピピナが手を挙げてアピールしてきた。ついでに羽をはためかせながら一生懸命背伸びをしているあたり、ささくれ立ってたココロがそのかわいらしさで癒やされそうになる。つーか、見ているだけでかなり癒やされる。


「あの、ただのかみじゃだめですかね?」

「ただの紙?」

「はいですっ。はじめてさすけとかなをヴィエルへつれてきたとき、ピピナはねーさまにおきてがみをのこしたですよね。あれってただのかみにかいただけなんですけど、それをまちのひとたちにかいてもらって、それをあつめてルティさまとさすけがよんだらどーかなーっておもったですよ」

「その案は、確かによいとは思う。しかし、書かれた紙をどう集めるという問題もあろう。我らが一件一件家を回って集めるぐらいしか手段がないと思うのだが」

「あー……たしかにそーです……」


 難色を示すルティに、ピピナのとがった耳と蝶みたいな透明の羽がへにょんと垂れさがる。でも、ピピナの提案は悪くないと思う。あとは、その『集める』っていう問題さえクリアできればいいんだし、


「ちょっと待った」


 その課題は、日本でよく見かける方式……というか、うちの店でもやってる方式でフォローできるかもしれない。


「ルティ、ピピナ。うちの店のレジの隣に箱が置いてあるよな」

「確かにあるな」

「あるですね。かいてあることはよくわからないですけど」

「あれって、うちの店に対する感想や意見を専用の紙に書いて入れてもらう箱なんだよ。その箱みたいに街の目立つところへラジオ専用の投書箱を置いてもらって、そこへおたよりを入れてもらうのはどうかな」

「なるほど。我々が集めに行くのではなく、そこへ集めようというわけか!」

「いーですね! なんだか、にほんにあったゆーびんぽすとみたいです!」

「あー、そっちか!」


 身近なもので例えてみたけれども、箱に入れてもらった手紙を集めていくんだからどっちかって言うと郵便ポストに近い。それを思い浮かべるとは、ピピナもなかなか日本のことをわかってきてるな。


「そっちか! って、にほんにすんでるさすけがおもいうかばないでどーするんですかっ。でもでも、さすけのてーあんはとってもいいとおもうです!」

「うむ、我もその案に乗った!」

「うわっ!?」

「サスケ。こうなったら、練習だけではなく収録も兼ねてみよう!」


 興奮しているのか、ルティは席を立つと俺のほうへと身を乗り出した。いきなり迫ってきた瞳はキラキラと輝いていて、期待がめいっぱいこもっていた。


「収録って、ルティはいいのか?」

「〈なまほうそう〉はまだ無理だが、事前に〈しゅうろく〉するのであれば挑戦してみたい。なにより、街の皆から声を集めるのであろう? 練習だけで終わらせてしまうのは、実にもったいないとは思わないか」

「それもそうだな。じゃあ、今回は実践練習ってことで」

「よしっ、ならば決まりだ!」

「ですですっ!」


 俺の答えで満足したらしく、身を乗り出していたルティは腰に手をあてて仁王立ちになるとピピナと大きくうなずきあった。

 心配していたルティがやる気なら、きっと大丈夫だろう。そう思ったら、俺のやる気も一気に湧き上がった。


「じゃあ、進めるにあたっていろいろと決めていこうぜ」


 ミントティーを飲み干した俺は、空いたカップをソーサーごと脇へ寄せて空いたスペースへとノートを置いた。そのまま新しいページをめくって、いちばん上の段にシャーペンでひらがなとカタカナだけの簡単な文を書いていく。


『どこへハコをおいてもらうか』


 一見簡単なようでいて、実はとっても難しいこと。

 置いてもらうにしても許可が必要だし、そのためには直接出向かないといけない。

 でも、乗り気だったルティとピピナはすぐにその議題に乗っかってくれて、いろいろと提案してくれたり、じっくり議論をすることができた。


 *   *   *


「おはようございます、アヴィエラさん」

「おおっ、サスケじゃん。エルティシア様とピピナちゃんも、おはよーさん」

「おはようございます」

「おはよーですっ」


 明けて、翌朝。

 朝飯を食べ終わってからルティとで始業前のイロウナ商業会館へ行くと、扉の前でぐーっと伸びをしているアヴィエラさんの姿があった。

 つい一昨日までは白い長袖のドレスを着ていたのが、今はノースリーブのワンピース。肩口からすらりと伸びる浅黒い手は、ドレスの白や肩口まで伸びる黒髪といっしょにとても映えていた。


「どうしたのさ、こんな早い時間に来たりして。みんなしてアタシに用事かい?」

「はい。アヴィエラさんにというか、ラジオの受信機を置いてくれている人たちにお願いしたいことがあって、一軒一軒まわってるんです」

「お願いしたいこと……まあ、サスケが抱えてる箱に関係あるんだろうね」

「ええ、ラジオといっしょに、これも置いてもらえないかなって思いまして」

「これをねぇ」


 俺が抱えていた四角いもの――てっぺんの真ん中に長細い穴が開いていて、紙や封筒が入れられるぐらいの木箱をひょいと持ち上げてみせると、アヴィエラさんは興味ありげにしげしげとのぞき込んでくる。


「我々が計画している〈ばんぐみ〉で様々な人々からの手紙を募ろうと考えておりまして、それとともに手紙を集めるための『おたより箱』を置いていただけないかと。まだ、これはリリナが作ってくれた見本ではありますが」

「ああ、ニホンでやってる〈めーる〉みたいなものか。別にかまわないけど、詳しい話を聞かせてくれるかい?」

「もちろんです。始業前なら、まだ時間もあるし大丈夫かなって思ったんで」

「じゃあ決まり。ちょうど、サスケやエルティシア様たちに聞いてもらいたいこともあったしさ」

「俺たちに聞いてもらいたいこと?」

「まあ、それは入ってからのお楽しみ。さあ、みんな入った入った」


 アヴィエラさんにうながされて商業会館へ入ると、前に来たときとは違う会館の中の雰囲気にいきなり面食らった。

 言葉にするのは難しいんだけど、前は重苦しくておごそかな雰囲気だったのが、少しやわらいだというか、なんというか……


「アヴィエラおねーさん。もしかして、てんじょーのりっこーせーのかずをふやしましたか?」

「おっ、ピピナちゃんがいいところに気付いたね」


 言われて天井を見上げてみると、オレンジ色の陸光星が入ったランタンが前よりも多く吊り下げられていた。なるほど、だから前よりもずっと雰囲気が明るくなっていたんだ。


「うちの子たちがさ、もっとお客さんが来るにはどうしたらいいかってのをいろいろ提案してくれたんだ。じいさんたちともちゃんと話し合って、今はそれを少しずつ実現させてる最中ってとこ」

「なるほど。確かにこの明るさであれば商品も見やすいですし、魔石も煌びやかに輝いて彩られますね」


 ルティが言うとおり、がっしりとした木枠とガラスで作られたショーケースの中にある魔石は多くなった陸光星の光にを照らされて、元々宝石だったその輝きをよりいっそう際立たせていた。前よりもずっと見やすいし、これなら魔石の輝きにつられて見たくなる人も増えそうだ。


「まだまだ伝統に口うるさいじいさんもいるけど、実際に見てもらったほうが手っ取り早いと思ってやってるんだ。ああ、もちろん元に戻せるようにしてるから問答無用ってわけじゃないよ」

「そこまでされては、さすがに黙ってはいられませぬ」


 久しぶりに聞くしわがれた声に、反射するようにして俺の背筋が伸びる。


「始業前に御客人がいるというのも、私としては黙っていられないのですが」


 アヴィエラさんの後ろから声をかけてきたのは、イグレールのじいさん。魔石を使って俺たちとアヴィエラさんの会話を盗聴して、それをあげつらって失脚を狙おうとしたあのいけすかないじいさんだ。


「ああ、みんなアタシに用事があって来たんだよ。まだ始業まで時間があるんだから、それぐらいは勘弁してくれよ」

「商鬼様がそこまで仰るのであれば。皆様、おはようございます」

「おはようございます、イグレール殿」

「ど、どうも。おはようございます」

「おはよーです」


 威厳のあるあいさつを、優雅に返すルティ。それに対して、俺とピピナは明らかに強張った顔で返事をしていた。アヴィエラさんを裏切ろうとした場面を直に見たんだし、そう簡単に気軽なあいさつなんてできるわけがないって……


「して、その用事とはなんなのですかな? 見たところ、そこの少年が持つ箱にでも関係していそうですが」

「ああ。サスケたちは今〈らじお〉に関わってるって知ってるだろ。それをもっと広げるために、色々工夫してる最中なんだってさ」

「ほほう」


 アヴィエラさんの説明で、イグレールのじいさんのしわの奥にある目がギラリと光る。って、どうしてアヴィエラさんってばじいさんにペラペラしゃべってるのさ! イロウナの人たちには、ラジオのことを教えたくなかったんじゃないのか!?


「その箱には魔術も何もかけられてはいないようですな。はて、いったいどんな用途をお持ちで……」

「これっててっぺんに長細い穴があるだろ。そこへ〈ばんぐみ〉への手紙を入れてもらって、それを〈らじお〉で読むために使うんだってさ」

「どうしてそのようなことを。手紙など〈らじお〉に必要あるのですか」

「〈らじお〉の〈ばんぐみ〉を担当している人たちがその手紙を読んで、〈ばんぐみ〉を盛り上げたり話題を広げたりするんだよ。たとえば、昨日のフィルミア様とリリナちゃんの〈ばんぐみ〉へ感想を送ったりとか……で、いいんだっけ?」

「は、はあ。それで合ってます。けど――」

「ほほう……それは興味深い」


 へっ?


「む? ……あ、いや、なんでもありませぬ。で、その箱をどうなさるのですかな?」

「これをウチに置いてほしいんだって。最近、飲み食いに来たお客さんが〈らじお〉を聴いていったりもするだろ? 帳場の〈らじお〉の横にでも置いておけば、料理を待ってる間に何か書いて入れてくれるんじゃないかな」

「ふむ。まあ、別によろしいのではないかと」


 いやいやいやいや、どうなってるんだ!?

 あんだけお堅かったイグレールのじいさんが、どうしてこんなに物わかりがよくなってるんだよ! 隣のピピナも、口をあんぐり開けて固まっちまってるし!


「じゃあ、決まりな。話はみんなから聞いとくから、あとでじいにもどうすりゃいいのか教えてあげるよ」

「そ、そのようなものは別に……まあ、あとは商鬼様にお任せすることにしましょう。私は帳場で音楽でも聴いております」

「おう、いってらっしゃーい」


 ニヤニヤと笑ってるアヴィエラさんから逃げるようにして、顔を真っ赤にしたイグレールのじいさんは入口近くにある帳場――カウンターの中へと逃げたと思ったら、ラジオのダイヤルを手慣れた感じで回していってクラシック音楽が流れる試験放送へと見事にチューニングしてみせた。


「えっと……いったいどうなってるんです? イグレールさん、なにかあったんですか?」

「あったもなにも、じいも最近〈らじお〉を聴くようになったんだよ」

「……マジですか。もしかして、俺たちに聞いてほしかったのって」

「そのとーりっ」


 ゆかいで仕方ないとばかりに、歯を見せてくっくっくっと笑うアヴィエラさん。まさか、あの超ガンコ者なイグレールさんがラジオを聴いてくれてるなんて。


「おしゃべりの時間以外は、ずっとルイコたちが持って来た〈くらしっく〉とか音楽学校の生徒さんの演奏を流してるだろ。どうも最近昼休みからの帰りが遅いと思ったら、うちの子たちが〈らじお〉が流れてる食堂に入り浸ってるって教えてくれてさ。で、サスケが作ってくれた〈じゅしんき〉を持って帰って使ってみたらごらんの有様ってわけ」

「はー……なんというか、意外っすね」

「あれだけけんあくだったのに、かわればかわるものですねー」

「元々、じいは音楽が好きなんだよ。おとといアタシが出たルイコとの〈ばんぐみ〉も聴いてくれてたみたいで叱られたあとにほめてもくれたし」

「うおっほん!」


 こそこそと話している俺たちへ、帳場に座ったじいさんが大きくせき払いをしてみせた。やばいやばい。そんなに離れてないんだから全部筒抜けじゃねえか。

 それでも、やっぱり聴いてくれるのはとてもうれしいわけで。


「あの、イグレールさん」

「……なんですかな?」

「まだまだ始まってもいないですけど、いいラジオを作れるようにみんなでがんばって行きますんで、よろしくお願いします」

(わたくし)も、よろしくお願いいたします」

「よろしくですよっ」


 お礼を言って頭を下げた俺に続いて、ルティとピピナもぺこりと頭を下げた。


「……お手並み拝見と参りましょう」

「はいっ!」


 短い返事だけど、そう言ってくれるだけで十分。

 開局に向けて、そして開局してからも楽しんでもらえる番組作りをしていこう。


 それからしばらくの間、アヴィエラさんに箱のことを説明してから今度は北の市場通りへ。ここでもいろんなお店に無電源ラジオの受信機を置いてもらっていて、店先でそのままかけてくれているところが多い。

 これからは『おたより箱』もいっしょに置いてもらえないかってお願いしたら、ほとんどの店が許可してくれた。無理だったお店は、狭すぎたりひとりで切り盛りしてるお店だったから無理強いしないであっさり引いて、他のお店と同じように『これからもよろしくお願いします』って3人であいさつをしてまわった。

 続いて東通りの飲食店街にも行こうとしたけど、まだお昼前で準備中のお店がほとんどだから邪魔しちゃ悪いってことで後回し。そのまま南通り――昨日の朝ルティと歩いた道をまたたどって、住居地区のほうへと向かった。


「ルティさまとサスケは、きのうここをあるいたんですよね?」

「うむ。いい夜明けを見ることが出来た」

「ピピナには空からヴィエルの夕暮れを見せてもらって、ルティからは夜明けを見せてもらって。ほんと、ふたりには楽しませてもらってるよ」


 昨日とは違ってすっかり陽が昇っている大通りで、ルティとピピナといっしょに雑談しながらのんびりと歩いていく。

 まだ昼前で学校の時間だからか、子供たちの姿はほとんど見かけない。その代わりに、北の市場通りから野菜や果物を手押し車で持って来た移動販売に主婦らしい人たちが群がって井戸端会議よろしくにぎやかなおしゃべりを繰り広げていた。


「我らの住まう街だからな。サスケたちに楽しんでもらえれば、我としてもうれしい」

「ですね。ピピナもルティさまもにほんでたのしませてもらってるぶん、さすけにもここでたくさんたのしんでほしーですっ」


 ルティも、俺とルティの間で歩いているピピナもうれしいみたいで、ふたりして笑顔を俺に向けてくれていた。

 ちなみに、今日のピピナは真新しい黒い執事服姿。リリナさんお手製の執事服は凛々しさとかわいらしさを兼ね備えていて、いつも頭の左サイドでまとめている髪を下ろしていることもあってかちょっとばかり大人びて見える。


「あんまりこっちって来る機会がないし、午前中ってのは初めてだ。ルティとピピナは、こっちにはよく来るのか?」

「我も、ここへ来るのは農作業の手伝いや散歩のときぐらいか。中央都市から来たときにも通ったことはあったが、馬車の中で見えなかったしあまり深い印象はなかったな」

「ピピナもですねー。でもでも、さいきんはおさんぽしてるとこどもたちにあそぼーっておよばれしたりするから、いっしょにあそんだりもしてるです」

「へえ、ピピナって子供たちと遊んだりするんだ」

「ピピナはおねーさんですから、そのくらいのおねがいはきーちゃいますよ」

「警備隊の皆からも、時々ピピナのことを聞く。子供同士でケンカが起きたときには仲裁したり、転んでケガをしたときは力を使って癒やしているそうだ」


 俺が意外そうに言うと、きっぱり言い切ったピピナに続いてルティも言葉を添えてみせた。前はルティにべったりだったのが、昨日はお留守番をしてくれたり、子供たちと遊んだりしてるとなると自分だけの時間をとるようになったらしい。


「これからいくのは、そのけーびたいさんのところですよね」

「ああ。あそこにもラジオを置いてもらってるし、おたより箱も置いてもらえたらいいな」

「南通りはこの1カ所のみだから、是非とも置いてもらいたいものだ。……む?」

「どうした?」

「いや、あちらのほうに人だかりが」


 ルティが向いているほうを見てみると、南通りの門があるほうに少しばかりの人だかりができていた。


「なにかおみせができたですかね?」

「いや、そういう話は聞いたことがないが……そもそも、あの辺りにあるのは警備隊の詰め所ではないか」


 近づきながら目をこらしてみると、何故か道の上へ置かれているイスへと主婦の人たちやおじいさん、おばあさんたちが座って詰め所があるほうへと向いて談笑していた。

 初めて見たときはそんなにいないと思ったけど……これ、40人から50人ぐらいはいるよな?


「おおっ、これはエルティシア様ではありませんか」

「おはようございます、エルティシア様。ピピナ様もお元気なようで」

「おはよう、皆。このようなところへ座って、いったいどうしたのだ?」

「いやいや、あれの音を聴いてるんですよ。あれを」


 おじいさんたちが指さしたほうを見てみると、詰め所のカウンターに無電源ラジオのスピーカーが置かれていた。今はまだ音楽の時間っていうこともあって、のんびりとしたギターの音色があたりに流れている。


「そうそう。〈らじお〉ですよ、〈らじお〉。あの音楽が聴きたくて、みんなここで集まって聴いてるんです」

「あれは面白いですねぇ。あんな筒みたいなものから音がたくさん出てくるなんて」

「音だけじゃないよ。王家の皆様や妖精様の声だって聴こえてくるじゃないか」

「おおっ、そうだったそうだった。エルティシア様の声も聴こえてまいりましたな!」

「あ、えっと……聴いてくれて、ありがとう……?」


 突然畳みかけられたからか、うろたえまくって頬を引きつらせるルティ。まさか、この人たちがみんなしてラジオを聴きに来てるっていうのか……?


「なんでも、この〈らじお〉というのを作り出したのはエルティシア様だとか」

「えっ」

「そうそう。警備隊の人たちから聞きましたよ」

「ウチの息子なんて『たいくつな警備が楽しみになった』とか言ってたぐらいだ。その通り、こりゃあいい暇つぶしになる」

「ありがとうございます、エルティシア様!」

「あのっ、そのっ」

「エルティシア様、これを家で聴く方法ってないんですか?」

「……っ!?」


 俺らとそう年が離れてなさそうな女の子からその質問が飛んだ瞬間、あたりが静まりかえったかと思ったところで大きなどよめきが起きた。


「そうだ、これを家で聴けたら確かに面白いよな!」

「ひとり暮らしにはありがたいねぇ。楽しみが増えるよ」

「警備隊が楽しめるなら、家事に追われてるあたしたちも楽しめそうだね」

「エルティシア様、よかったら売ってください。ちょっとばかり高くても、その、物書きしてる時のお供に聴きたいですから」

「あ、あぅ……」


 やばい、一気に声が押し寄せてきてルティがパニックになりかけてる。でも、このまま逃げるわけにもいかないし……なんとか、フォローしていかないと。


「えっと、すいません。今はまだ無理ですけど、近々皆さんもこの機械が買えるように検討中です!」

「本当か! というか、アンタは誰なんだい!?」


 うわっ、いきなりツッコミを食らっちまった!


「俺は、松浜佐助です。ルティとピピナの友達で、いっしょにラジオ作りをしてます」

「おお、アンタがサスケか!」

「へえ。時々聴こえてくる声とは同じ思えないぐらいボーッとした面構えじゃないか」

「ぐっ」


 よ、容赦ねえ。ここの人たち、ホント容赦ねえ……


「ふ、普段は声だけで仕事をしてるんで、こんな面構えですいません」

「謝るこたぁねえよ」

「それよりも、近々買えるってどういうことなんだい? 本当に手元で聴けるんだろうね?」

「ええ。ただ、この機械は手作りでちょっと時間がかかるんです」

「手作り!」

「じゃあ、この〈らじお〉は王女様の手作りってことかい」

「えっと、ルティとフィルミアさんと、ピピナとリリナさんも作ってたりしますね。あと、イロウナ商業会館のアヴィエラさんも手伝ってくれてます」

「おいおい、フィルミア様が作ってるってよ!」

「王女様だけじゃなく妖精様もだなんて!」

「アヴィエラお姉様も……きっと、よき魔術がこめられているんでしょうね」


 4人の名前を出した瞬間、ざわめきがよりいっそう大きくなった。そりゃまあ、自分の国の王女様たちやこの世界の象徴になってる妖精さんたちが作ってるとか言ったらざわめきもするか。

 ……俺たち日本組も作ってるとか、そういうのは黙っておこう。あと、中瀬っぽい発言をした金髪ロングヘアのお姉さんのことは見なかったことにしておきたい。


「みなさんに行き渡るぐらいの数ができあがったら、ちゃんとしたお知らせができると思います。だから、もう少しだけ待ってはもらえませんか」

「じゃあ、もうしばらくはこんな感じか」

「でも、やっぱりお高いんですよね?」

「その時はまあ、またここでこうするしかないだろ」


 ここにいる人たちはみんなラジオに興味を持ってくれているみたいで、たくさんの人たちの間で話がどんどん連鎖していく。

 流味亭や商業会館でも聴いてくれている人たちの姿を目の当たりにしたけど、こんなにも聴いてくれてる人たちがいるなんて……うれしいのと同時に、なんだかこっちまで興奮してくる。


「安心してほしい。皆へと行き渡る〈らじお〉は銅貨30枚程度で売り出す予定だ」


 そんな最中、突然ルティの凛とした声があたりに響き渡った。


「しかし、この〈らじお〉はまだ試験中で、皆にもしっかり聴こえるように調整をしている段階にある。大変申しわけないが、収穫祭の前には皆のもとへと届けられるようにがんばるので、もうしばらく待ってはもらえないだろうか」


 弾かれたように見てみると、街の人たちへと向けている表情は俺たちへと時々見せてくれる不敵な笑み。それと対照的に、ぐっと握りしめられた右手は不安をこらえるかのようにふるふると震えていて、表情もほんの少しばかりこわばっている。


「銅貨30枚だったら、まあ買えなくはないか」

「本6冊分……ううっ、そのくらいはがまんしなくちゃいけませんね」

「そのくらいだったら待ちますとも!」

「姫様たちの手作りなら、そのくらいかかってもしょうがないわよねぇ」

「エルティシア様、御無理はなさらないでくださいね」

「みんな……」


 あたたかい言葉をもらえたこともあってか、ルティの不敵な笑みからこわばりが消えていく。そして、震えていた手をもう一回握りしめると胸元へと持っていって、


「ありがとう! 近々、聴いてくれている皆にもラジオへ参加してもらえるような催しを行うつもりだ。その時にはまた〈ばんぐみ〉などで知らせるから、楽しみに待っていてほしい」

「本当ですか!」

「では、またこちらへ集まらねばなりませんね!」

「ああ。皆が楽しめるよう、我らも努力していこう!」


 堂々と、力強くそう言い切ってみせた。


「それでは、これから警備隊長のラガルス殿と打ち合わせをしてくる。このあとは我の友であるアカサカ・ルイコ嬢とウラク・カナ嬢がヴィエルを楽しんでゆく〈ばんぐみ〉が始まるから、ぜひとも楽しんでいってくれ」

「カナ嬢ちゃんか。あの子は楽しんでくれてるからいいねぇ」

「いってらっしゃいませ。今日も一日楽しませてもらいますね!」

「うむっ。では、サスケ、ピピナ、行こうか」

「お、おう」

「はいですっ!」


 不敵な笑みを浮かべたまま、ルティはイスの海をかき分けるようにして警備隊の詰め所の中へと入っていった。俺とピピナも追い掛けるようにして詰め所へと入ってドアを閉めると、立ち尽くすようなルティの後ろ姿があって、


「ルティ!?」

「ルティさまっ!?」


 すぐさまひざからガクンと崩れ落ちて、両手を木の板へとついてへたり込んだ。ああっ、やっぱり強がっていたのか!


「エルティシア様、大丈夫ですか!?」

「ラガルス殿……だ、大丈夫だ。緊張がほどけて、少し力が抜けただけで。サスケとピピナも、心配をかけてすまない」


 階段をドスドスと下りてきたラガルスさんに微笑みかけると、続いて見上げるようにして俺たちにも笑顔を向けてくれた。


「いきなり堂々と言うから、ビックリしたよ……」

「私もです。何かざわめいたかと思ったらエルティシア様の演説が聞こえてきて、いったいどうしたものかと」

「まことに済まぬ。サスケが説明してくれたのだから、我も皆へ伝えられることは伝えたいと思ったのだが……やはり、そう上手くはいかぬか」

「だいじょーぶですよ。いまのルティさまのすがたをみてるのはここにいるひとたちだけですし、りんとしたおこえとことばはピピナもとってもよかったとおもいます」

「ああ。ピピナの言うとおり、堂々とした立派な説明だったよ」

「そう言ってくれると、我も言った甲斐があったというものだ」


 ようやく落ち着いたのか、床へぺたりと座り込んでいたルティが重い腰を上げてゆっくりと立ち上がる。

 俺たちが入ってきた詰め所の1階は小さなオフィスみたいになっていて、対外業務用のカウンターの他に2席ずつ向かい合わされた4席の机と、打ち合わせ用なのか、それとも何かがあった時の取り調べ用なのかついたての向こうにイスが4つほど並べられた大きな机があった。


「突然の来訪も詫びなければならぬな。ラガルス殿、済まなかった」

「それは別に構いません。私たちに何か用事があってのことでしょうから」

「うむ。実は、〈らじお〉の一環として皆からの手紙を集めようと思って、〈じゅしんき〉を置いてくれている場所へと専用の箱を置いてくれるように歩いて回っていたのだ」

「なるほど。して、その箱というのは」

「サスケが持っているのが、その『おたより箱』だ」

「ほほう」


 ルティに言われて箱を軽く持ち上げてみせると、ラガルスさんもアヴィエラさんや市場通りの人たちのように軽くのぞき込んできた。


「この長細い穴に街の人が書いてくれたおたよりを入れてもらって、ラジオの番組が始まる前に俺たちが中身を回収に行くってわけです」

「それはまた変わった使い方だな。中身の管理などはどうするんだ?」

「えっと、後ろにこうしてフタがあるんで、ここは俺たちが持ってる鍵がないと開かないようにしようかと」

「サスケたちが住まう街では、このようにして送る手紙を管理しているらしい」

「確かに、これならば箱ごと持ち去ったり持ち主が開けようとしない限りは安全ですな」

「〈じゅしんき〉を置いてくれたところは皆で把握しているし、信頼できる者ばかりだからそんなに心配することはあるまい。できれば、南門の詰め所にも置いてほしいと思っていたのだが……」


 そこまで言ったところで、腕を組んだルティがふむぅとため息をつく。


「まさか、かような人混みができていたとは」

「〈じゅしんき〉を置くようになってから、茶飲み話に来ていた御老人たちが聴くようになったのです。それが口コミで広がって、今ではこのような有様というわけですよ」

「みんなして聴きに来てるってわけですか……」


 カウンターを挟んで、外に見える多くの人たちはラジオがあるこっちのほうを向いて楽しそうにおしゃべりをしたり、じっくりと聴き入ったりしている。

 昔、テレビの放送が始まった頃はこんな感じで街中に集まったりして見入ってたっていう写真を日本史の教科書で見たことがあるけど、それに近いものがあったりするのかな。

 そう考えただけで、なんだか興奮して身体の奥底からぶるりと震える。


「その箱を置くこと自体はやぶさかではないのですが、できれば他の詰め所にも〈じゅしんき〉とともに分散して置いていただければありがたいかと」

「わかった、それは早急に検討しよう。ここだけに集中してしまうと、さすがに問題も多かろう」

「そうしていただければ幸いです。外周などの地区でも聴けるところができれば、ここまで足を運んでいる御老人たちもそちらで聴くことができるでしょう」

「わざわざ来てまで聴いてる人たちもいるんですか」

「六の曜日や零の曜日になると、音楽会館へと足を運ぶ方が多いんだ。身近なところで音楽が聴けるというのは魅力的なんだろう」


 そっか。元々音楽が盛んな場所だから、音楽が聴けるラジオは魅力的なアイテムになるのか。


「うーむ……できれば早く皆へと届けたいところではあるが、そこばかりへ注力できないというのはなかなかもどかしいものだ」

「そのあたりができるのって、どうしても俺たちだけだから仕方ないよ。さっきも宣言したことだし、ペース通り焦らず行こうぜ」

「そうだな。焦って事を仕損じては意味がないし、我らとて始めるまでの準備を万全にせねば。ラガルス殿、もし〈らじお〉を聴いていたときに気になったことがあれば、近々持ってくるこの箱へと手紙を入れてはもらえないだろうか。できることならば、とりまとめて皆との打ち合わせのときに議題へと挙げていきたい」

「是非もないことです。姫様方の助けになるのであれば、このラガルスめが書いていきましょう」


 ガタイのいいラガルスさんが、身をかがめてルティへと一礼する。ラガルスさんならさっきみたいに指摘するべきところは指摘してくれるし、きっといい御意見番になってくれるはずだ。


「ありがとう、ラガルス殿。ふふっ、これは母様との〈ばんぐみ〉づくりで緊張している暇などなさそうだ」

「そんな暇があったらみんなでこの箱を作って、どんどん持っていこうぜ」

「あとは、おてがみをあつめてばんぐみづくりもひつよーですねっ!」

「うむ。この勢いで番組づくりをしていって、母様にも楽しんでいただこう」


 またまた瞳に力をみなぎらせて、ルティがそう力強く宣言する。

 聴いてくれている人たちの声を耳にしたり、実際に聴いているところを目の当たりにしたことで作っている実感が湧いてきたんだろう。俺たちがたどってきた道を、この世界で初めてルティが歩き始めているのかもしれない。


「先ほど皆がくれた言葉も、我の勇気を満たしてくれる。サスケ、ピピナ。東通りは昼時を過ぎてからにして、まずは時計塔でおたより箱を量産していこう。午後からは警備隊の詰め所もまわって、〈ばんぐみ〉作りを進めて……これは、もっともっと忙しくなるな!」

「おいおい、あんまり一気に抱え込もうとするなよー」

「そ、そのようなことはないぞっ!?」

「まったくもー、ルティさまにはやっぱりピピナがいないといけませんねっ」

「ピピナも! もうっ、ちゃんと皆に頼れるところは頼んでいくからなっ!?」


 このままだともっと突っ走りかねないルティを、ピピナとふたりがかりのブレーキで押しとどめる。本人としては不本意かもしれないけど、突っ走りすぎて道に迷わないようにしていかないと。


「じゃあ、午後は俺たちとリリナさんで箱作りをしていこうぜ。夕方からはラジオドラマの練習もあるし、街回りはまた明日にしよう」

「ですです。あしたはねーさまにもまちまわりをてつだってもらって、てわけしていけばすぐおわりますよっ」

「そうだな。皆でやっていけば、できることはたくさん広がっていくだろうしな」


 その上で、こうやってルティのやる気にエンジンを活かしていきたい。

 俺も、ルティに置いて行かれないように。

 そして、時にはルティを引っ張っていけるように。

 一昔前、人気があるラジオ番組は翌朝の学校の教室や部活で話題になったものです。

 今でこそ首都圏AM・FM局では某浜松町の局と某麹町の局、そして某大宮の局ぐらいしか採用されなくなってしまいましたが、かつて首都圏各局の夜ワイド番組にはさらにいろんなアーティストやアイドルの番組が編成される「ミニ番組」(別名・内包番組)が含まれていました。


 それをきっかけにしてそれまで知らなかったアーティストに触れたり、逆に夜ワイド番組本編を聴いたり、それが口コミで広がっていって集団で今は無くなってしまった渋谷スペイン坂にあったスタジオの公開収録に行ったとかわいわいと話している姿が教室で時々見られました。口コミの威力というのは、結構あなどれないものです。


 自分の場合は、(時の流れで次第に採用されるようになっていった)下ネタ炸裂番組を聴いていたりしたのでなかなかそういうのはありませんでしたけどね!

 横目で女子のそんな話題を耳にしていたという、昔の思い出でございます。

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