第38話 異世界ラジオ、練習中!
ヴィエル市役所の奥には、たった一枚だけ「中」へと出られるドアがある。
警備隊の人にカウンターへ入れてもらって、たくさんある職員さんたちの席を抜けてようやくたどり着けるそこは、ルティを始めとしたレンディアール王家の人たちやピピナたち妖精さんたちぐらいしかくぐれない。
唯一の例外となる「王家から招かれた人」は、その栄誉自体授けられる人がそんなにいないらしい。……とはいっても、俺たちみたいなのもいたりするわけで、どこから線引きしてるのかはよくわからない。
そんな中で、今日はひとりの女の子が「中」――ヴィエル市役所の中庭、そして王家の人たちが住んでいる時計塔へと招かれていた。
「……はー」
彼女が真っ赤なショートヘアを揺らしながら見上げているのは、青空を背にした10階建てプラスアルファ相当の時計塔。
紫色の瞳と小さな口をぽかんと開いてそれをしばらく見ていると、突然隣にいるルティへと視線を向けて、
「あ、あのっ、わたし、本当にここへ入ってもいいんですかっ?」
「うむ、もちろんだ」
「わぁ」
力強い返事に、女の子――流味亭のユウラさんがぱあっと笑顔を咲かせた。
「エルティシア様に誘われてどこへ行くんだろうと思ってたら、あこがれてたこの場所に来られて……あのっ、ありがとうございますっ!」
「あこがれの場所、とな?」
「はいっ。ここって中央都市のお城を小さくしたような造りですし、招かれた人しか来られない場所だから街の女の子たちの間であこがれの場所なんです。ただのいち住人なわたしが入れたなんて、まるで夢みたいですよ!」
「そ、そうなのか……それは知らなかった」
ユウラさんの勢いに、ルティとぽかんとしながら戸惑う。まあ、そのあこがれの場所の主のようなもんだから、なかなかピンとは来ないんだろう。
「でも残念ですね。レナトが来られなかったのは」
「お義父さんと隣町へ仕入れに出かける約束をしてましたから。その分楽しんでおいでって、レナトさんが送り出してくれました」
「なるほど」
うんうん、相変わらずなかよしさん夫婦でいいことだ。
ユウラさんは俺と同じ年代で、ルティよりほんのちょっとだけ背が大きいこともあって、既婚者というよりはルティの友達のようにも見える。ユウラさんのことだから、そんなことを言ったら顔を真っ赤にしておそれおおいとか言い出しそうだけど。
「それでは、参ろうか」
「はいっ!」
ルティの力強い呼びかけにユウラさんは大きくうなずいて、ふたりでいっしょに時計塔の扉のほうへと歩き出した。
さて、俺もそろそろ行きますかね。
流味亭の個室で、ユウラさんをラジオ局へ招くことを決めてすぐのこと。ルティは早速ユウラさんを呼ぶと、ラジオのことを手伝ってくれないかと切り出した。
最初はおそれおおいってあわてていたユウラさんではあったけど、ルティから『まずはどんな風に〈らじお〉がつくられてるかを見てみないか』っていうお誘いに心が動いたようで、そこは見学してみたいってことできっかけ作りに成功。
そして、今日――こっちでは『一の日』と呼ばれる月曜日が定休日なこともあって、朝からルティに連れられてユウラさんを招きに出かけていたところだ。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい、ルティ」
「おかえりですよ、ルティさまっ!」
ルティが大きな扉を両手で開けてあいさつすると、オレンジ色を基調にしたドレスを身にまとったサジェーナ様と、いつものメイド服姿で人間サイズなピピナが玄関のホールで出迎えてくれた。
「こんにちは、ピピナちゃん。そして、お久しぶりですっ。ジェナ様」
「こんにちはですよー!」
「久しぶり。ちょうど1年ぶりぐらいかしらね」
「はいっ。じゃあ、おかえりなさいって言ったほうがいいのかな」
「ただいま。今年はラフィアスが収穫祭の準備で来られなかったけど、わたしだけでもって送り出してくれたの」
「ふふっ。相変わらずおふたりとも仲がいいんですね」
「そういうユウラちゃんこそ、ようやくレナトくんと結婚したんでしょ。今度お店へ行くから、その時にお祝いの品を持っていくわね」
「け、結構ですよ! 去年の収穫祭のあとだから、ずいぶん経っちゃってますし」
さっき時計塔を見たときは興奮だったユウラさんが、サジェーナ様とは普通に……どころか、親しげに話している。昨日サジェーナ様と街を歩いていたときもいろんな人が気軽に話しかけていたけど、それ以上に近しそうな雰囲気だ。
「あの、ふたりとも顔なじみなんですか?」
「そうよ。ユウラちゃんは元々レクトのところで働いてたから、小さい頃からよく知ってるの」
「わたしとレナトさんとも、里帰りしたときにはよく遊んでくれたんですよ。というか、この街で25歳ぐらいのほとんどの人が子供の頃にジェナ様と遊んだことがあると思います」
「なんと、母様はこちらでそのようなことをなさっていたのですか」
「里帰りする度に、子供たちが遊んでーってねだるんだもの。断るわけにもいかないから、ついついね」
平然と、だけどうれしそうにそう言ってのけるサジェーナ様。王妃様な以前にこの街出身でもあるわけだし、この気さくな性格なら『近所のお姉さん』って感じで子供たちに慕われてる姿が簡単に想像できる。
「今日は〈らじお〉のことでここへ来たんでしょう? ごめんなさい、ルティがわがままを言ったみたいで」
「いえ。前にエルティシア様から〈らじお〉の試し聴きでお話をうかがってからずっと興味がありましたから、こうしてお誘いいただけてとってもうれしいです」
「そう言ってもらえるのならいいんだけど……」
「あとは、あこがれの時計塔へ来られるっていうのにも惹かれちゃったりして」
「なるほど。わたしも嫁ぐ前はそうだったし、よくわかるわ」
「ですよねっ」
「じゃあ、今日はゆっくり楽しんでいってね。ルティ、ピピナちゃん、わたしもあとで〈らじお〉の様子を見に行くから、しっかり説明してあげるのよ」
「もちろんですっ!」
「私も心得ております。それでは、ユウラ嬢、サスケ、そろそろ上へとまいろうか」
「はいっ」
「おうよ」
サジェーナ様にうながされた俺たちは、連れ立って玄関ホールの奥にある階段へと向かうとそのまま上の階へとのぼり始めた。
この時計塔は基本的に硬いレンガ造りではあるけれども、赤くふかふかに敷かれたじゅうたんのおかげで内装が落ち着いていて、階段から落ちたりしてもケガがしにくいことに一役買っている。
それをルティとフィルミアさん、ピピナとリリナさんで全部管理して洗ったりしてるってんだから、その苦労は計り知れない。
「エルティシア様、こちらの時計塔はどんな構造になっているんですか?」
「1階が来客の応接用で、2階が我ら王室用の食堂や会議室。3階と4階が王室用の寝室で、5階から8階までが客間となる。そのうちサスケが5階を使い、カナとルイコ嬢が6階を使っているというのが現状だ」
「はー。サスケさんたちもこちらへ泊まっているっていうのは本当だったんですね」
「まあ、いろいろありまして」
「友人でもあり、〈らじお〉のことを教えてくれているのだからこれくらいはな。そして、その〈らじお〉のことをつかさどっているのが9階と10階になる」
説明しながら階段をのぼっていくうちに、話題に出てきた9階へとさしかかる。元々は客間になっていたこともあって5階から8階のつくりと見た目は同じように見えるけど、その扉にはこれまでになかった銅製の小さなプレートがひとつひとつ埋め込まれていた。
「えっと、こっちが『練習室』で、そっちは『会議室』ですか」
「うむ、〈らじお〉に必要な鍛錬や打ち合わせなどをこちらの部屋で行っているのだ」
「ら、〈らじお〉って鍛錬が必要なんです!?」
「鍛錬っていっても発声――声を出す練習とか、あとは声だけでお芝居をするときの練習ですよ。そう仰々しいものじゃないんで、安心してください」
「そういうことでしたか。わたし、てっきり〈らじお〉がああいう使い方だから特殊な訓練でも必要なのかなーって」
「特殊ですけど、まあそう難しいものでもないんで。ただ、日常的にやることだから鍛錬といえば鍛錬かもしれません」
「なるほど。お料理を作るときに、何度も何度も身につくまで作っていくのに似ていますね」
「まさにそんな感じです」
俺の説明で合点がいったみたいで、ユウラさんはぽんっと手を合わせてから何度もこくこくとうなずいていた。さすがはユウラさん、料理人なだけあってしっくり来る例えだ。
「じゃあ、まずは練習室から行きましょうか。今は有楽がリリナさんとフィルミアさんを見ているはずです」
「はいっ」
返事を受けてドアをノックすると、中から有楽の『どうぞー』っていう元気な返事が聞こえてきた。そのままドアを開けると、12畳ぐらいある部屋の窓際に置かれた机へと向かい合うようにしてリリナさんとフィルミアさん、そして有楽が座っていた。
「ユウラ様、ようこそお越しくださいました」
「いらっしゃいませ~」
「いらっしゃい、ユウラちゃん!」
「こんにちは。今日はよろしくおねがいしますっ!」
連れてくるのがわかっていたこともあってか、3人ともこっちを向いてユウラさんのことを歓迎してくれた。
「せんぱい、座る場所はどうしましょうか」
「今回は見学だし、ユウラさんははす向かいの席のほうがいいかな。ピピナがその隣に座って、ルティと俺が有楽のほうに座るって感じで」
「わかりました。じゃあルティちゃん、あたしの隣においでー」
「うむ」
俺が座るよりも先に誘うあたり、有楽のルティ好きはホントに徹底してるな……ルティも慣れたもんで、素直に有楽の隣の席へ座ってるし。
「よろしくね、ピピナちゃん」
「こっちこそよろしくです。ユウラおねーさんっ」
そのはす向かいに座ったユウラさんとピピナは、お互いあいさつしながら笑顔で席についた。ふたりとも顔なじみらしいし、ちょうどいい組み合わせだろう。
「有楽、いつもみたいに暴走してないだろうな」
「してませんってば。ちゃんとフィルミアさんとリリナちゃんの発声練習を見てました」
「本当か?」
「本当ですよ、サスケ殿。私とフィルミア様の詰まりやすい発音などを、どう口を開けば滑らかに言えるかなどを教えて下さいました」
「とってもわかりやすく教えてくれましたよね~」
「おおぅ……そっか、からかって悪かったな」
「わかればいーんです」
有楽がえっへんとばかりに胸を張ったことで、黒地のシャツに赤く染め抜かれたロゴがたゆんと揺れる。うん、あくまでも揺れたのはロゴだ。ロゴ。
「ここで、その声の『練習』が関わってくるんですね」
「練習しておくと、ラジオから聴こえてくる声が鮮明になってわかりやすいんです。やっておいて損はありません」
つぶらな瞳をちょっと見開いて、感心したようにたずねてくるユウラさんへ軽い口調で答える。
もちろん、俺たちの世界のラジオだと日常レベルで練習が必須だ。でも、こっちでやるにはいきなり敷居を高くするより先に親しんでもらう必要がある。そこで赤坂先輩や有楽と話し合って、まずは軽い気持ちで練習してもらえるようにライトなところから始めることにした。
「んーと……ユウラちゃん、『赤巻紙、青巻紙、黄巻紙』って一気に言ってみて」
「えっと、あかまきがみあおまきがみきみゃきぎゃみっ……ううっ、かんだ……」
「お、抑えろっ……鎮まれ、あたしのハートっ……!」
かんだ舌を出して照れているユウラさんを目の当たりにして、有楽が窓の方を向きながらなにやらブツブツと言い始めた。自分から振っておいてここでハァハァモード発動とか、いったい何してるんだか。
「あの、これが練習になるんですか?」
「結構なるんですよ。こういう風に舌を多く使う言葉を声に出すことで、舌の回りをよくするんです」
「確かに、べろがたくさん回った感じはしますけど」
「じゃあ、今度はさっきの言葉を噛まなそうな速さで言ってみてください」
「わかりましたっ。『あかまきがみあおまきがみきまきがみ』……言えたっ!」
「おー、いい感じですいい感じです。早く言うよりも、今みたいはっきりしっかり言ったほうがしっかり舌がまわるってわけです」
「なるほどー。ちゃんと言えると、とっても気持ちいいですね!」
「ですですっ。ほかにも、『となりのきゃくはよくかきくーきゃくだ』とか、『かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ、あわせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ』とか、たくさんれんしゅーのことばがあるですよ」
「えっと、かえるぴょこぴょきょみゅぴょきょぴょきょ……ううっ、難しいよぅ」
「……! ……ッ!!」
「か、カナ、大丈夫か?」
「きっと、いつものことでしょう」
「そのままにしておいたほうがいいでしょうね~」
ユウラさんとピピナの早口言葉が有楽にはかなりのツボらしく、レンガ製の壁に向かって拳をゴン、ゴンと叩きつけていた。リリナさんとフィルミアさんからも暖かい目で見られてるあたり、すっかり慣れられてるんだなー……
「他にはどんな練習があるんですか?」
「あとは、『腹式呼吸』ですかね。ふだん呼吸するときって肺を使って呼吸するんですけど、お腹を使って呼吸するように意識することで張りのある声を出すことができるんです」
「それってお店の呼び込みとかにも使えそうですよね。わたしにも教えてください!」
「じゃあ、まずはお腹に両手をあててみてください」
「こうですか?」
俺を見上げながら、ユウラさんが白いエプロンドレスの上からお腹に両手をあてる。その格好で『次は?』と言わんばかりな期待に満ちた目で見られると、その、ちょっとばかり照れるというか。
「そ、そうです。それで、お腹に息を入れるように意識してしばらく深呼吸してみましょう」
「わかりましたっ。すー……はー……」
「~~~~~~~~っ!!!!」
ユウラさんが目を閉じてかわいらしく深呼吸を始めたところで、有楽の動揺がピークに達したらしく両腕を突き上げるようにしてガッツポーズをとりだした。もしかして俺、有楽にエサを与えるようなことをしてるのか?
「……なんとなくですが、カナ様のお気持ちがわかってきたような気がします」
「こういうのを、庇護欲をそそるというのでしょうね~」
「えっ」
「ね、姉様?」
とか思ってたら、なぜかリリナさんとフィルミアさんまで顔を赤くしてうっとりしてるんですけど!? ピピナもルティも、それを目の当たりにしてあっけにとられてるし!
ま、まあ、今はともかくはす向かいのユウラさんに集中しよう。エプロンドレスの上からもわかるほっそりしたお腹が、深呼吸でふくらんだりへこんだりして十分にお腹へと力が伝わっているのが見て取れるし、そろそろいい頃合いのはずだ。
「じゃあ、ユウラさん。あとはお腹を意識しながら普通に呼吸をして、息をしっかり吸えたと思ったところでお腹から声を出すように好きなことを言ってみてください」
俺の指示に、言葉を発することなく小さくうなずいて応えるユウラさん。そのまま、呼吸を乱すことなく呼吸を続けて――
「レナトさん、だーーーーーーいすきっ!」
「おわっ!?」
今だといった感じで目を開くと、満面な笑顔を浮かべながら元気いっぱいにそう言い放った。でも、これって『好きなこと』は『好きなこと』だけど、どっちかっていうと『好きな人のこと』を言ってますよね!?
「わー……ピピナ、こくはくってはじめてきーたです……」
「わ、私もだ……」
「とっても情熱的でした~……」
「こ、これ、レナトさんに聴かせてあげたい……」
「……すげえなぁ」
あまりにもどストレートな告白に、俺だけじゃなくてピピナもリリナさんもフィルミアさんも、そしてさっきまで悶えていた有楽も顔を真っ赤にしてユウラさんのことを見ていた。
「うむ、佳き想いの言葉であった」
その中でひとり、これまたどストレートにルティが感想を言ってるんだけど、素か! 全く照れることなく素か!
「好きなことで真っ先に思い浮かんだのがレナトさんだったから、思いっきり言っちゃいました。こんな感じでいいんですか?」
「あ、えっと、その……はい」
うれしそうにたずねてくるユウラさんの言葉には、一点の照れも恥じらいもなかった。もしかしてレンディアールってそういう文化なのかって一瞬思ったりもしたんだけど、ピピナもリリナさんもフィルミアさんも顔を真っ赤にしているあたり、きっとユウラさんとレナトがアツアツなだけなんだろうなー……
「よかったぁ。それにしても、自分で言っててびっくりしちゃいましたよ。思いっきり息を吸わなくても、こんなに力強い声が出せちゃうなんて」
「実際にお腹まで息が届くわけじゃないですけど、息を吸うときの力はお腹まで伝わるからそのぶん声にも力がこもるんです。慣れていくと、普段から声に力が入っていったりして」
「なら、お店の呼び込みとか、入店したお客さんに厨房からあいさつするときとかにも使えるかもしれません。これって、フィルミア様とエルティシア様も練習してるんですよね?」
「はい~。わたしも〈らじお〉でしゃべるようになってからこの練習を始めましたけど~、歌うときの声がさらに響くようになりました~」
「我も、姉様やピピナとリリナとともに練習している。カナとサスケの教えは楽しいし、とても参考になるぞ」
「あははは……あたしは、先生やせんぱいたちに教えてもらったことをそのまま伝えてるだけだし」
「俺も父さんや先輩からの教えが身についてるからなぁ。それが伝えられるのは、俺としても楽しいよ」
「サスケさんもカナちゃんも、そういうお仕事をしてるんでしたっけ。あの、もしよかったらふたりの〈らじお〉を見せてもらえませんか?」
「俺たちのラジオですか」
言われてみれば、こっちで試験放送を始めてから俺と有楽がラジオでしゃべったことはまだ一度もない。赤坂先輩がトークや番組の組み立てを教えているから、そのぶん俺らは声とかアナウンスのトレーニングに時間を割いていたし、いつも通り毎週土曜日には地元で生放送をやってることもあってそこまで気が回らなかった。
でも、改めて言われると確かにやっても面白いかもしれない。せっかくみんなもいるんだし、まだお昼までは十分すぎるぐらい時間があるんだから、
「有楽、行けるか?」
「はいっ。いつでもオッケーです!」
相方にたずねてみれば、すぐさま響くように返事が返ってきた。
「じゃあ、ラジオの練習もやってみましょう。もしよかったら、ユウラさんも参加してみませんか?」
「えっ。あ、あたしもですか?」
「もちろんっ! ユウラちゃんは今日のゲスト――えっと、お客様ってことでね」
「昨日のエルティシア様とアヴィエラさんみたいにですか! だったら、わたしも出てみたいです!」
「じゃあ決まりですね。とりあえず30分枠でやるとして……えっと、ルティとピピナはどうする?」
「我も加わりたいところではあるが、まずはユウラ嬢に〈らじお〉づくりがどういうものかを体験してもらうほうがよかろう」
「ですねー。さすけとかなとは、またあとでルティさまといっしょにやるですよ」
「そっか。じゃあ、フィルミアさんとリリナさんもあとで練習します?」
「そうですね~。ルイコさんとは練習しましたが、サスケさんとカナさんとの〈らじお〉も楽しそうですから、ぜひとも~」
「私も〈らじお〉でおふたりとじっくり話してみたいと思っておりましたので、喜んで」
あっけらかんとユウラさんに出番をゆずったルティとピピナに続いて、フィルミアさんとリリナさんも練習の申し出を受けてくれた。よしっ、実際の放送風景は午後に見てもらうことにして、午前中はラジオの実技練習で決まりだな。
「じゃあ、まずは打ち合わせをしてからユウラさん、ルティとピピナ、フィルミアさんとリリナさんって順番で30分ずつ番組を作ってみましょう」
「あの、せんぱい。今日はちょっと趣向を変えてみません?」
「趣向?」
「今日は姉妹スペシャルってことでルティちゃんとフィルミアさん、ピピナちゃんとリリナちゃんがゲストっていうのもいいんじゃないかなーって。ほら、フィルミアさんとリリナちゃんはよく組んでるし、まだ姉妹同士のってやったことがないじゃないですか」
「ほほう……よし、乗った! みんなもそれでいいかな?」
「もちろんだとも! 姉様、ともにしゃべる初めての〈らじお〉、ぜひともやりましょう!」
「ええ、いっしょにお呼ばれされちゃいましょう~」
「私も異論はありません。ピピナ、よいだろうか?」
「ピピナも、ねーさまとらじおでしゃべってみたかったからだいかんげーです!」
有楽の提案のおかげで、さっきまでもにぎやかだったみんなの会話によりいっそう楽しさが増していった。そっか、今までずっと主従関係という名の友達コンビでばっかり見ていたから、姉妹ラジオっていうのは盲点だった。さすがはお姉さんな有楽の視点っていったところか。
「それじゃあ、まずはユウラさんから。この間もウチで見たとは思うけど、よかったらみんなもどんな風にラジオの打ち合わせをするのかを見ていてくれないか」
「ああ。我としても参考になるし、ユウラ嬢とどんな会話を広げるのか楽しみだ」
「王族と侍従の方々に見ていただけるなんて、わたしもうれしいです。あのっ、またまたよろしくお願いしますっ!」
緊張するよりうれしさのほうが勝っているのか、ユウラさんはわくわくしながらはす向かいの席でぺこりと頭を下げた。接客でならしたコミュニケーションスキルは伊達じゃないみたいだし、これは面白そうな番組が作れそうだ。
とはいえ、打ち合わせでやることといっても、この間響子さんの番組へ飛び入りで参加したときみたいにどんなことを話すかの流れを作るぐらい。ワイド番組とかだったら細かく曲への振りとかをキューシートへ書き込んでいく必要があるけれども、トーク番組で30分1本勝負だからそこまで作り込んでいくことはない。
「流味亭のスープってユウラちゃん担当のとレナトさん担当のがあるけど、あれって開店前とかお休みの日にふたりで考えて作ったりしてるの?」
「うんっ。2階のお部屋にかまどがふたつあるから、いっしょに考えながら別々のを作ってみたりしてるの。途中味見をして、どんな食材や香辛料を入れようかってふたりで話し合ったりもするよ」
「なるほどねー。そこは夫婦っていうよりふたりの料理人っていったところかぁ」
「こういう飲食店をやってると、困ったお客さんっていたりしません?」
「うーん……そんなにはいませんね。ヴィエルの警備隊さんたちが屋台街の常連さんだから、治安もとってもよくて。だから、この間お礼を兼ねてわたしとレナトさんで差し入れのスープをたくさん作って差し入れに行ったんですよ」
「そりゃあ常連にもなりますわ。ふたりのスープ、めっちゃ美味しいですし」
「あの、カナちゃんとサスケさんって〈らじお〉以外でもいっしょなんですか?」
「年齢も違うんで学校じゃ別の学年ですね。だいたいは授業が終わったあととか、土曜日――えっと、『六の日』ぐらいで」
「最近はお仕事も時々あるから、そんなでもないですよね」
「ふんふん……そっかそっかぁ」
あとはこんな感じに雑談をして、緊張をほぐしながらお互いのことを知っていく。ユウラさんとは初対面ではないけど、ぶっつけ本番でトークをやるのはさすがに無謀だからこんな風に日々のことを取材したりしてネタを収集していくわけだ。
そして、ほどほどのところで打ち合わせを切り上げて収録へと移る。今回はせっかくだから、ICレコーダーはバックアップに回してこっちをメインで使って収録してみよう。
「それって、昨日アヴィエラ様が持っていた魔石ですよね?」
「はい。〈録声石〉って言って、これで音を保存するんです」
俺がジーンズのポケットから取り出したのは、アヴィエラさん謹製の赤い魔石。〈録声石〉って名付けられたその魔石は名前通り録音に特化していて、30分の間魔石の中へとまわりの音を吸い込む能力が込められていた。
それをテーブルの真ん中に置いて、念のためICレコーダーの録音を入れてから置けば準備完了っと。
「じゃあ、収録用に席を替えましょうか。って、有楽が空いてるフィルミアさんの席の隣へ行けばそれでいいのか」
「あたしとせんぱいも向かい合いますし、ユウラちゃんもはす向かいにいるからばっちりですね。フィルミアさん、隣、失礼しますね」
「いえいえ、大歓迎ですよ~」
有楽は立ち上がると、いそいそと向かい側にいるフィルミアさんの隣のイスに座った。
「でしたら、座るところをこの後の順番のように変えてしまいましょう。私とエルティシア様の席を入れ替えて、元々カナ様が座っていたところへとピピナが座ればちょうど良さそうですし」
「それがいいかもしれぬな。では、早速替わるとしよう」
「はいですっ!」
そんなリリナさんの呼びかけがきっかけで、俺がいる側の席には俺とリリナさんとピピナ、向かいの席には有楽とフィルミアさんとルティ、そしてはす向かいの席にはユウラさんがひとりとあっという間に様変わりしていった。
このあと収録する姉妹がそれぞれ座って、ゲスト用のはす向かいの席にはひとりでもふたりでも座れるから確かにちょうどよさそうだ。
「んじゃ、そろそろ始めましょう。俺が魔石をぽんぽんって軽く叩いたら魔石がゆっくりと点滅しますから、それが始まりの合図です。それからしばらくは俺と有楽の会話が続くんで、有楽がユウラさんのことを紹介したら会話に入ってきてください」
「わかりましたっ」
さっき以上に意気込んで、ユウラさんが大きくうなずく。練習とはいっても実際に収録するんだから、きっとその時が来るのが楽しみなんだろう。
俺はテーブルの真ん中にある魔石に手を伸ばすと、ぽん、ぽんと指先で軽く2回触れた。すると、さっきまでは深紅に染まって鈍い光を放っていた魔石がぽうっと光を発し始めた。それがまた深紅に戻って、また光を放って……っていうのを数秒おきに繰り返せば、録音が始まったってことになる。
そのことを確認してから視線を有楽へと移すと、それを待っていたとばかりにひとつうなずいてから口を開いた。
「みなさん初めまして。レンディアールへとふらふら遊びにやってきたわたしは、有楽神奈っていいます。ヴィエルってにぎやかで楽しいですね、せんぱい!」
「本当にな。活気もあって音楽もあふれてるし、なんといってもメシが美味い! そんな感じでヴィエル生活を堪能している俺は、松浜佐助っていいます。今日この時間は『ニッポン』っていう国から流れ流れてヴィエルへたどり着いた俺たちが、ラジオを使ってヴィエルの人たちとおしゃべりしていく番組をお送りします」
いつも番組でやってる自己紹介からのオープニングとはちょっと違う、トーク調のオープニング。
この世界で初めて俺と有楽の掛け合いを聴いてもらうんだから、それをアピールするにはとインパクトがありそうなのをって提案してみたら、有楽もうまくそれに乗っかってくれた。よしっ、これならいいテンポで行けそうだ。
「それでは、本日開店!」
「異国の地でも、あたしたちはいつも通りしゃべりますっ!」
「松浜佐助と」
「有楽神奈の」
「「『ボクらはラジオで好き放題 レンディアール出張版』っ!!」」
ここまで言ったところで、いつもだったらもうひとつ掛け合いをしてからうちの高校へのCMへと進む。でも、ここにはうちの高校なんてないし、CMや音楽をかけるために使うデジタルオーディオプレーヤーは10階のスタジオにしかない。
それでも、上がりきったテンションを一旦リセットするためにワンクッション置いたほうがいいからと有楽と考えたのは、ここにいるみんなへと感謝をこめた『ラジオの定番』。
「この番組は、レンディアール王家とその周辺の方々と」
「いろんなスープで今日もあなたをお出迎え。スープ専門店『流味亭』の協力でお送りします!」
いつもなら番組終わりにしか読まない『提供クレジット』ならぬ『協力クレジット』を前に持って来て、民放局のラジオみたいな演出をしながらワンクッションをおいてみた。
コミュニティFMの中にはCMを含めてやらないことも多いけど、ここでは新しくラジオを作る上にろんな人たちから協力を得てるんだから、その人たちの感謝を込めてこうしたクレジットを入れていいんじゃないかってことで組み込むことにしたわけだ。
ふたりで息を合わせて言い切ってから、ひと呼吸。良い感じでワンクッションおけたところで、本編へと入るためにもう一度口を開く。
「というわけで、『ボクらはラジオで好き放題! レンディアール出張版』、担当の松浜佐助です」
「同じく、担当の有楽神奈です。せんぱいせんぱいっ、異国のスタジオでラジオのお手伝いですよっ!」
「住んでる街でいつもやってるラジオとは全然違う雰囲気だから、すっげーワクワクしてます。ちなみに今、俺と有楽がいるのは時計塔の9階にあるラジオ用の練習室でして」
「窓際だから、ヴィエルの市場通りとかが見渡せるんですよね。今日はちょっぴり暑いけど、雲一つなくて気持ちいい青空が広がってます」
「洗濯物を洗ったり干したりするのにいい一日だよな。農作業をしてる皆さんは、作物への水やりを欠かさないようにしましょう。あと、お昼ごはんものんびりと飲食店街へ……と言いたいところですが、今日は『一の日』。お休みの飲食店さんも多いので『行きつけのところへ行こうかなー』と思った方々は気をつけてくださいね」
「といったところで、今日のお客様はその飲食店街にあるお店から来て頂いてます。弱冠12歳で幼なじみとスープ専門店を立ち上げ、4年経った今では大人気! 去年の冬にその幼なじみと結婚した『流味亭』のユウラ・ルーディスさんですっ!」
「こんにちはーっ! 飲食店街ではいつもみなさんにお世話になってます、『流味亭』のユウラ・ルーディスです!」
有楽のフリから入ってきたユウラさんは、しゃべりはじめたのと同時に両手を挙げてはじけるほどに元気いっぱいっていった感じ。いきなりのラジオだっていうのに、物怖じせずにここまで行けるなんてなかなかの逸材だ。
「こんにちはっ、ユウラちゃん!」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ」
「あたしたちも、ヴィエルに来たらよく食べに行ってるんですよね」
「俺と有楽は仲間たちと時計塔に泊めてもらってるんですけど、わりと流味亭へ食べに行ったり、バケツで買って帰って夕飯に出すなんてことも多いんですよ」
「ふたりとも、よくエルティシア様とピピナちゃんといっしょに来てますよね。ごひいきにしていただいて、いつもありがとうございます」
「こちらこそ、いつも美味しいスープをありがとうございます。まずはここで、ユウラさんのことを軽く紹介してみましょうか。有楽、よろしく」
「はいっ、任されましたっ! ユウラ・ルーディスさんは、ただいま16歳。小さい頃から市場通りの果実店で看板娘として働いていて、10歳になるとお店の息子さん、レナト・エンメルーザさんが始めた料理のお手伝いをするようになります。その腕前が買われて、12歳になるとレナトさんが市場通りで始めたお店『流味亭』の店員として誘われ、給仕さんとしても料理人としても大活躍。そして去年の冬、めでたく10年来の恋を実らせたあつあつの奥さんなんですっ!」
「あつあつだなんて、そんなぁ……」
照れているのか、頬に両手をあてなからゆらゆらと身体を揺らすユウラさん。いつもお店に屋台に市場にと、ところ構わずラブラブっぷりを振りまいているふたりのどこがアツアツじゃないのか……なんてツッコミは、この少ない時間じゃ入れても野暮ってもの。よし、ソフトな感じでトークに盛り込んでみよう。
「でも、実際ふたりの仲の良さは街でも評判ですよね。やっぱりいつもそんな感じなんですか?」
「いつもってわけじゃないですよ。ふたりでスープのことを考えたり作ったりするときはちょっぴり意見がぶつかって言い合ったりもしますし、口げんかだってすることもあります」
「口げんか!」
「あのアツアツ夫婦が!」
「さすがにお店を開いてるときはしないですけど……でも、『これでいいやー』ってその時点でやめちゃうよりも、そうやって意見をぶつけ合うほうが美味しいスープができるんじゃないかなって思って」
「そっかそっか。それでレナトさんと遠慮なく言い合って、ああやって美味しいスープができるんだねー」
「議論もスープも恋愛も、アツアツが一番ってやつですか」
「せんぱい、なんだかちょっとおじさんみたいです」
「おじさんじゃねぇよ! これでもあとちょっとで17歳だっての!」
時々録ったのを聴いてる昼ワイドのパーソナリティさんの影響は受けてるかもしれないけど、これだってトークをふくらますテクニックのひとつなんだって教わったんだよ!
「あはははっ。でも、サスケさんの言うとおりだと思いますよ。わたしとレナトさんが冷めてたら、美味しいスープなんて絶対に作れませんから」
「おお……アツい。実にアツい夫婦の絆ですよ、お聴きのみなさん」
「せんぱいのウィットに富んだ寒いギャグすら吹き飛ばすアツさですね」
「寒いって言うな!」
「くくっ……」
ああもうっ、見学中のリリナさんがなぜか笑いだしちゃったじゃないか。でもまあ、ウケてるってことなんだろうし、よそ行きじゃなくていつもの有楽らしさも感じられるからよしとするけどさ。
「ところで、スープ専門店ってヴィエルでも『流味亭』だけですよね。レナトさんとユウラちゃんは、どうしてスープだけのお店を出そうって思ったんですか?」
「お店を閉める時間になると、いつもレナトさんが『おつかれさま』って言って手作りのスープを出してくれたんです。それがとても美味しくて『こういうお店があったらうれしいなー』って話をしていたら、本当にお店を作りたいってふたりで思うようになって」
「じゃあ、まさに小さい頃からの夢ってわけですか」
「はいっ。その頃からふたりでいっしょにお義母さん――えっと、リメイラさんからスープ作りのことを教えてもらって、ふたりでいっしょに作るようになって。そうしたら、12歳になってお義父さんのレクトさんが、お店の支店扱いであのお店を借りてくれたんです。『ふたりで挑戦してみるのもいいだろう』って言って」
「12歳の頃からっていうのがすごいよねー。お店を経営するのって大変じゃなかった?」
「そのあたりは、お義母さんが全部見てくれてるんです。ふたりは料理のことに集中しなさいって言ってくれて」
「それじゃあ、じっくりとスープ作りに専念できるってわけですね」
ユウラさんのお義母さんなリメイラさんとは、せんぱいがリリナさんとピピナを連れて街歩きのラジオ番組を作って以来よく市場でしゃべったりしている。豪快な肝っ玉母さんっていうイメージばかり持っていたけど、そっか、お母さんとしてふたりのことを見守っていたりもするのか。
「でも、最初の頃は物珍しさに来ていたお客様もだんだん減っていっちゃって……その時にふたりでとことん話し合ったら口げんかに発展して、スープの大鍋といっしょにレナトさんをお店から叩き出したこともありました」
「ユウラちゃんが!?」
「はー……なんか、ずいぶんなことがあったんですか?」
「それが……作ったスープは美味しいんだからってレナトさんをなぐさめてたら『ユウラには僕の気持ちなんてわからないんだよ』ってすねられちゃって、そのままカーッとなっちゃって……」
「お店の外へ、レナトさんをドカーンと?」
「ええ」
「で、そのままドアをバシーンですか」
「えっと……そうです」
「それは……そうなるよねぇ」
いつも明るく元気いっぱいなユウラさんが怒った姿なんて、全くイメージできない。でも、そんなことを言われたら誰だって怒るだろうし、叩き出したくもなるわな。
「そうしたら、レナトさんもヤケになって外でスープを振る舞い始めちゃったんです。誰も評価してくれないスープだけど、捨てるぐらいなら飲んでもらってマズいって断言されたほうがいいって」
「実にヤケですね……」
「ほんと、ヤケとしか言えませんよ。あとで皿洗いをするからってお隣さんからお椀を借りてまで、道行く人たちにタダで振る舞って。そうしたら、お隣さんを含めて飲んでくれた人たちが『おいしい』って言ってくれたそうなんです。レナトさんがドンドンドンッてドアを叩くから反省したのかなーって思って開けたら、うれしそうな顔でからっぽの鍋を掲げて『もっと作るから、ユウラも手伝って』って言われて……もう、怒るよりも笑っちゃいましたよ」
その時のことを振り返ったのか、ふと懐かしそうな表情を浮かべたユウラさんがくすりと笑う。聞いている内容はまさに『子供のケンカ』って感じではあるけど、ユウラさんとレナトにとってはかけがえのない思い出なんだろう。
「レナトさんが店の外でもスープを売るようになったのは、それがきっかけなんです。お隣さんが『せっかくのいい香りなのに、お店で閉じ込めておくのはもったいない』って助言をしてくれて」
「だから、屋台とお店を両方やってるんですね」
「はいっ。実際に外でもスープを作るようになったらお客様もたくさん来てくれて、お店もにぎやかになっていきました。今でも、お隣さんにはわたしたちが初めてつくったスープを最初に飲んでもらってるんですよ」
「人と人のつながりが、そうやってお店とふたりを育ててくれたってわけですか」
「ほんと、その通りだと思います。あのままだったら、わたしたちはきっと今頃お店を畳んでいたんじゃないかなって」
「そっかぁ……全部が全部、うまくいってたわけじゃないんだね」
「むしろ、失敗があったからこそ今のわたしとレナトさんがいるんだと思います。お互いのいいところも悪いところもその時に全部さらけだして、そこからもっともっと好きになれて。その時初めて、レナトさんのそばでずっといっしょにいたいって思えたのかもしれません」
「災い転じて福となす、ってやつですね。どうしてふたりがこんなにアツいのか、その理由が垣間見えた気がします」
「な、なんだかちょっとのぞき見しちゃった気分……?」
「お前はどうしてそこでハァハァするかな!」
「だって、同じ年の生まれでこんなコイバナは普通ありませんよ! 16歳カップルとか、ハァハァせずにどうすればいいんですか!」
「ちったぁ抑えろ! すいませんねぇ、ウチの暴走娘が」
「ふふっ。カナちゃんはいつもこんな感じなんですねー」
「コイツはいつもこんな感じなんです」
「こんな感じにならずにいられるもんですかーっ!」
キシャーッと叫びながら、両手を挙げた有楽が俺を威嚇してくる。目がうつろじゃないあたり、きっと本気じゃなくて盛り上げるためにわざとハァハァしてるんだろう……と思いたい。というか、思わせてくれ。本当に頼むから。
と、有楽から目を逸らしたところで向かいの席で窓際にいるルティが視線に入った。
「…………」
その表情は、いつもの自信や覇気が全部抜け落ちたかのようにぽかーんとしていて……ただただユウラさんに見入っているというか、ぼーっとしているのか?
「って、せんぱい。ほどほどにしますからこっち向いてくださいよー」
「お、おう。まったく、ホントにほどほどにしてくれよな」
しまった、今は収録中なんだった。まだ試作中の魔石だから途中でやり直せないし、今は収録のことに集中しないと。
「それじゃあ、この際だから流味亭のことをもっともっと聞いていきましょう。ユウラちゃん、この季節の流味亭のオススメってどんなのがあるの?」
「よくぞ聞いてくれましたっ! この夏はお店と屋台でそれぞれ期間限定のスープがあって、わたしが担当している店内だと『甘茶と牛乳の冷製スープのテミロン仕立て』が始まってます!」
「テミロンって聞いたことがないなぁ。せんぱいは昨日飲んできたんでしたっけ」
「ああ、飲んできた飲んできた。優しい甘さとゼリーみたいでちょっと甘酸っぱいテミロンがよく合ってて、とっても美味しかったぞ」
「昨日はみなさんおかわりもしていただけましたよね。のどにやさしいから、声のお仕事をしているカナちゃんにもぴったりだと思いますよ」
「のどにやさしくて美味しいのかぁ。もしかして、これもレナトさんといっしょに相談しながら作ったの?」
「もちろんですっ。元々は、お義父さんが仕入れてきたテミロンがなかなか売れなくて――」
ユウラさんからの『のどにやさしい』っていうワードに有楽が食いついたことで、どんどん話が弾んでいく。元々おしゃべりが好きそうなユウラさんではあったけど、ここまでスムーズに行くなんてなぁ……
出会った時はとても取っつきにくそうだったリリナさんも、今じゃすっかり音楽番組のナビゲーター候補だし、こっちでもパーソナリティの才能を持っている人っていうのは結構いるのかもしれない。
そんな感じでユウラさんとのトークはどんどん進んでいって、流味亭にある隠しメニューのことやこれから作っていきたいメニューのこと、そしてこれから流味亭をどんなお店にしていきたいかっていう話題にまで発展してあっという間に時間が過ぎていった。
「さてさて、話題もまだまだ尽きないところではありますけど、そろそろおしまいのお時間がやってきました」
「ええっ、もうおしまいなんですか?」
「そうなんですよー。ほら、音を保存するための魔石がぴこぴこ点滅してますよね。終わる3分前になると、こうして合図が出るようになってるんです」
「はー、とっても便利な魔石なんですねぇ」
「それじゃあユウラちゃん、最後にひとことお願いできるかな?」
「ちょっと名残惜しいけど……わかりましたっ」
まだまだしゃべり足りないっていう感じではあったけど、有楽に言葉を振られてからのユウラさんは背筋をしゃんと伸ばしてから改めて魔石へと向き直った。
「流味亭は小さなお店ですけど、これからもレナトさんといっしょにたくさんがんばって、美味しいスープをヴィエルのみなさんにお届けできるようにがんばっていきます。もし近くまで来たときには、ぜひぜひわたしたちのお店に寄ってくださいね。春と秋と冬はぽかぽかのスープでお出迎えして、夏にはひんやりとしたスープも用意して待ってますよ!」
「というわけで、今回のお客様は『流味亭』のユウラ・ルーディスさんでした! いやー、初回からいきなり濃い話がたっぷりでしたよ」
「ユウラちゃんとレナトさんが流味亭をどんなに大切にしてるのかっていうのがわかるお話でしたね。せんぱい、ユウラちゃんにはまた来てもらいましょうよ」
「えっ。あ、あの、いいんですか?」
「もちろんもちろん。俺も有楽と同じで大歓迎ですよ」
「えへへっ、ありがとうございます!」
満面の笑顔を浮かべたユウラさんの頬には、ちょっと興奮気味なせいもあってか朱がさしていた。30分近くしゃべり通していたんだから、そうなるのも当然だろう。
「それじゃあ『ボクらはラジオで好き放題! レンディアール出張版』第1回はこのへんで。お相手は俺、松浜佐助と」
「有楽神奈と」
「今日はお招きいただきありがとうございました。ユウラ・ルーディスでしたっ!」
「それではみなさん、また第2回でお会いしましょう」
そこまで言ってから、ユウラさんと有楽と顔を見合わせた俺は、
「「「ばいばーいっ!」」」
続いて声を合わせて、番組を締めくくった……っと、まだ最後にひとつあるんだったな。
「この番組は、レンディアール王家とその周辺の方々と」
「いろんなスープで今日もあなたをお出迎え。スープ専門店『流味亭』の協力でお送りしましたっ」
協力クレジットで始まった番組は、協力クレジットで締め。有楽が言い終わったところで、魔石へと手を伸ばして人さし指をあてた俺はくるりと円を描くようにして魔石をなぞっていった。
「わっ、魔石の光が消えましたね」
「魔石の表面をこうしてなぞると、声の保存が終わるんです。アヴィエラさん、とても便利なものを作ってくれましたよ」
「なるほどー。アヴィエラ様ってやっぱりすごいんですね」
「本当に助かります。ところでユウラさん、しゃべってみてどうでした?」
「しゃべってみて、ですか……」
俺の問いかけに、ユウラさんはしばらく視線を宙にさまよわせると、
「なんだか、終わった感じがしないんです。まだまだたくさんしゃべれそうで、物足りないぐらいかなって」
「おお……そう来ましたか」
心底そう思っているかのように、残念そうにしながらも声を弾ませた。
「〈らじお〉を作るところも初めて見られましたし、サスケさんとカナちゃんとのおしゃべりに混ぜてもらえてとっても楽しくって……あの、エルティシア様」
「な、なんであろう?」
「一度お断りしてしまった〈らじお〉作りへのお誘い、受けてさせてはいただけないでしょうか。今更と思われるかもしれないですし、お気を悪くされているかもしれませんが――」
「そんなことはないっ!」
申しわけなさそうに言うユウラさんへ、ルティが被せ気味に否定しながら首を横に振る。
「はたで聞いていて、思わず圧倒されてしまった。見込み以上のものを見せてくれたユウラ嬢を、及びもつかない我などが門前払いするわけにはいかぬ」
「それじゃあ!」
「こちらからもう一度お願いしたいぐらいだ。よろしく頼む……ではないな。よろしくお願いします、ユウラ嬢」
そして、席から立ち上がるとユウラさんへ向き直って深々とおじぎをしてみせた。
「えっ? あのっ、え、エルティシア様、なぜわたしに頭を下げるんですかっ!?」
「我より技量が上な方へと願いを乞うのですから、当然のことかと」
「でも、エルティシア様はわたしたちの王女様で……ああもうっ、どうすればいいんです!?」
目を白黒させながら、慌てふためくユウラさん。アヴィエラさんや桜木先輩たちに頭を下げてるところを見た俺からしたらまたかって感じではあるけど、自分が住んでいる国のお姫様から頭を下げられるなんて……そりゃあ、普通の人からしたら恐縮して当然だ。
「ルティにとってはいつものことなので、あきらめていただければと~」
「そんなっ!?」
「むしろ、私もエルティシア様と同じような気持ちです」
「ピピナもですねー。ユウラおねーさん、とってもおしゃべりがじょーずですから」
「リリナさんとピピナちゃんもっ!?」
フィルミアさんとリーナ姉妹にまで言われたら、そりゃもうどこにも助け船なんてないわけで。
「わ、わかりました。わかりましたから、その頭を下げるのと敬語だけはかんべんしてくださいっ!」
「むぅ……ダメでしょうか?」
「わたしたち平民にとっては、おそれおおいにもほどがあるんですっ!」
「それはそうだよねー」
「まあ、なあ」
ゲームの中とかじゃ、よく王族の人たちが身分の低い人たちと友達になってタメ口を許したりとかするのがあったりもする、でも、実際にこうして直面したらビビリもするわなぁ。
「ならば、よろしく頼むぞ。ユウラ嬢」
「そうそう、その調子です。今後ともよろしくお願いしますねっ、エルティシア様!」
ユウラさんはすっと席を立つと、ゆったりとした仕草でルティへと頭を下げた。
国の王族のことを尊敬しているユウラさんたち平民からしたら、このほうがしっくりと来るんだろう。まあ、俺たちも平民といえば平民なんだろうけど……出会いが出会いだったわけだし、今更態度を改めてもなぁと思ったりもするわけで。
「それじゃあ、次はルティとフィルミアさんの番だな。フィルミアさんは、時間に気をつけてしゃべってくださいね」
「大丈夫ですよ~、リリナちゃんとたくさん練習しましたから~」
「それなら安心です。ルティにはどんどん話を振っていくから、しっかり覚悟しておけよ」
「もちろん、受けて立つぞ」
ふふんと不敵な笑みを浮かべながら、ルティが胸を張ってみせる。
いつも通りの自信にあふれた表情ではあるけれども、どうしてもほんの少しだけ見せていた呆然とした表情が俺の中で引っかかっていた。
さっき敬意を見せたように、ユウラさんのしゃべりに圧倒されていただけなのかもしれない。だけど、それだけだったら見せないはずの表情をルティは見せていたから。
「本当に、大丈夫なんだな?」
「当然だ。さあ、ユウラ嬢のときのように打ち合わせをしようではないか」
目をキラキラと輝かせるルティの表情に、その影はまったくない。
俺が気にしすぎているだけなら、それはそれでいいんだけど。
「んじゃ、さっそく始めるとするか」
「うむっ!」
まあ、本人が大丈夫って言うのなら大丈夫なんだろう。
ふと芽生えた心配をしまい込んで、俺は改めて目の前にいるルティとフィルミアさん、そして有楽のほうへと向き直った。
楽しいトーク番組というのは、聴いているこちらまでワクワクしてくるものです。作者の地元である埼玉の県域FM局はAMラジオ局並にトーク番組が多くてよく選局しては聴いていたりしますし、つい先日はコミュニティFM局めぐりで訪問した群馬県太田市ではランキングの合間に軽妙なトークを聴かせてくれたり、埼玉県朝霞市のコミュニティFMでもサブカルをテーマにしつつ様々な話題にまでトークを広げたりと、様々なところでいろんなトークが広げられていたりします。
というわけで、今回はトーク番組の練習回。新しく加わったユウラにはじめてのラジオ番組作りを体験してもらいました。さらは、今回からはいよいよ異世界製の録音機器(?)始動。これからますます異世界でのラジオ作りが進んでいくのでしょうか?




