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第36話 異世界からのおくりもの

「へえ、ここが〈らじおきょく〉なんだね」

「前に来たときはなかったけど……それだけ時が流れたってことなんでしょうね」


 夕暮れで染まったラジオ局の前に立つ、水色の髪の女の子と長い銀髪の女性。

 ふたりはガラス越しに見えるわかばシティFMのスタジオを眺めながら、ぽつりと言葉をこぼした。


「それはそうよ。ここができたのは12年前だから」

「12年……それじゃあ、ボクたちが知らないはずだ」

「わたしたちが来たの、その倍以上も前だもの」


 ふたりのかたわらに立つ母さんも加わって、3人で懐かしそうに笑いながら言葉を交わす。


「……やっぱりあれだ。チホさんってサスケによく似てるよな」

「どういう意味ですか」

「メガネをかけた姿がさ。王妃様とミイナ様がエルティシア様とピピナちゃんに似てるからかもしれないけど」

「ああ、そういう意味でなら……まあ」


 もし『性格的に似ている』とかアヴィエラさんから言われたら、そこのベンチに頭を打ち付けるところでしたよ。

 確かに、王妃様――サジェーナさんとミイナさんの姿はルティとピピナにそっくりだ。もちろんフィルミアさんとリリナさんとも似ているんだけど、凛とした雰囲気やいつも楽しそうに笑みを浮かべているところはルティとピピナに色濃く受け継がれている。

 それでもって、その娘さんふたりはというと、


「…………」

「がたがたがたがたぶるぶるぶるぶる」


 ルティは緊張で顔を強張らせて、お子様サイズなピピナはなぜかその後ろに隠れてがたがたと震えていた。


「なにもそこまで緊張しなくても」

「し、仕方ないではないか。我が初めて〈らじお〉に出た場へと連れてこられたのだぞ……」

「かーさま、ちょっとまえのこととかけはいでわかるですよ。きっとこのあいだのばんぐみのことだって」

「おいおい、そんなわけ――」

「ミイナ、ふたりは本当にここで仕事をしてたの?」

「間違いないよ。右側の席にルティとサスケくんがいて、左側の席の奥にピピナが座った気配がある」

「へえ、そんな感じで座ってしゃべってたのね」

「えー……」


 冗談だろ、と続けようとしたところでのミイナさんの発言に、思わず情けない声が出てくる。そういや、リリナさんも初めてこっちに来たとき俺の気配を察知してたし、ミイナさんもそうやってうちの店へ来たんだっけか……恐るべし、妖精さん一族。


「いつもどおりでいればいいんですよ~」

「左様です。ピピナ、もっと胸を張っていいのだぞ」

「しかし」

「でもー」


 フィルミアさんとリリナさんが、それぞれ自分の妹たちをなだめる。このあたりはやっぱりふたりのお姉さんだからなんだろうけど、ルティとピピナが緊張する気持ちもわからなくはない。自分が仕事していた場所を見られるなんて、授業参観にも等しいだろうし。


 昨日の放送から明けて、今は月曜日の夕方。突然やってきたサジェーナ様とミイナ様を連れて、俺たちはみんなでわかばシティFMの前へと来ていた。

 サジェーナ様は青いワンピースに白いカーディガンを羽織って、ミイナさんは黒地に青や赤でペイントされた半袖のTシャツの上にオーバーオール姿。耳も精霊さんの力で丸く見せかけて羽も隠してるから、ふたりとも外国人にしか見えないんだけど……ミイナさんだけは、どう見ても俺たちと同年代かちょっと下ぐらい。もっと言ってしまえば、リリナさんよりも子供っぽく見える。


「シローやチホから話に聞いていたけど、〈らじお〉ってこういうところから伝えてるんだね」

「そっか……ルティたちは、こういう場所をヴィエルに作ろうとしてるの」


 その上、サジェーナ様も興味津々って感じでスタジオを眺めている。まさか、レンディアールの王妃様と精霊さんがラジオ局の見学に来るだなんてなぁ……

 あまりにも突然な出来事に、俺は昨日の真夜中にあったことをふと思い出していた。


 *    *    *


「それでは、あたしたちの娘、息子やその仲間たちのラジオ番組の始まりと」

「わたしたちとチホとの再会を祝して」

「かんぱーいっ」

「「「かんぱーい!!」」」


 リビング脇のダイニングで、麦茶が入ったコップで乾杯する3人の女性。

 ひとりは、我が母親で薄橙色のパジャマ姿な松浜智穂。

 もうひとりは、肩まである銀髪と赤い瞳が特徴的なドレス姿の女の人。

 さらにもうひとりは、長い水色の髪の先を緑色のリボンで結んで透明な羽をはためかせている妖精さん。


「はー……」

「な……なんか、とってもなじんでますよね……?」


 そんな3人が無邪気にはしゃぐ姿を、俺と有楽は麦茶のコップを手にしたまま呆然と見守っていた。


「お母様が、なぜチホさんと……?」

「さ、サスケよ。そなたは母様とチホ嬢が顔見知りだと知っていたのか?」

「知らないって。俺もたった今知ったんだから」


 レンディアールの王女様姉妹もうろたえ気味で、隣のルティに至っては俺の手をくいくいと引っ張ってまでこそこそたずねてくる始末。


「でも、とってもなかよしさんですよね。ねーさまはしってたですか?」

「私も聞いたことはないな……サジェーナ様は、25年ぶりの再会と仰っていたが」

「25年となると、こっちじゃピピナちゃんとリリナちゃんぐらいしか生まれてないよなぁ」


 精霊さんの娘さんたちなピピナとリリナさんも、ただただ困惑するばかり。アヴィエラさんが言うとおり、俺らが生まれるよりずっと前の出来事なんだろうけど……


「なんとかわいらしくてきれいな方々……撮影です、撮影しましょう」

「はっ! あ、あたしも。あたしも撮影しますっ!」

「おいコラ」


 魅入られたように、テーブルの上へコップを置いた中瀬が代わりにスマートフォンを手にしてふらふらとダイニングへ向かう。それを追うように、有楽もパジャマのポケットから小さなデジカメを取り出してダイニングへ向かった。


「あいつらったら、まったく……」

「でも、ふたりとも本当にきれいよね」

「まあ、それは確かに」


 赤坂先輩が言うとおり、ふたりともきれいだしかわいらしいのも確かだ。

 ルティとフィルミアさんゆずりの銀髪を肩まで伸ばしている王妃様は、白地にオレンジ色の生地をポイントとしてあしらったドレス姿。背も俺より少し小さいくらいで、すらっとした姿からは気品を感じる。

 もう一方の精霊さんはピピナとリリナさんの真ん中ぐらいの背格好で、腰まで届く水色の髪を引き立たせるような青いドレスを身にまとっている。背中の羽もふたりのお母さんらしく、ひとまわり大きめに見えた。

 それだけに、手にしている麦茶のコップがどうにもミスマッチで。


「久しぶりだね、こっちの〈ムギチャ〉を飲むのも」

「わたしも。向こうでも研究してるけど、なかなかこの深みが出せなくて」

「ジェナも相変わらずね。やっぱり研究三昧?」

「研究だけじゃないわよ。ちゃんと料理とかもしてるし」

「農作業もだよ」


 交わす会話も、現実離れした容姿からは想像もつかないぐらい俗っぽいものだった。


「すいません、こちらに目線をいただけますか?」

「あれっ、もしかして〈かめら〉かな?」

「カメラと電話が合体したようなものです」

「〈デンワ〉と合体……こっちの世界の人たちは、相変わらず変わったものをつくるわね」

「はーいっ、わらってくださーい」

「いぇい」

「ぶいっ」

「ぴーすっ」


 その上ポーズまで手慣れてるし! この人たち、やっぱりこっちに来たことがあるよ!


「ありがとうございます、ありがとうございます」

「あの、よかったら撮ったのを見てみますか?」

「あら、そんなこともできるの?」

「はい、こんな感じに」

「どれどれ……わっ、ボクたちがいるよ!」

「本当、チホもミイナもわたしも描かれてる」


 中瀬が差し出したスマートフォンを、王妃様と精霊さんが揃ってのぞき込む。そのキラキラした目は、やっぱりレンディアール家とリーナ一族なんだなと思える輝きを放っていた。


「ねえねえ海晴ちゃん。今度ケーキをサービスしちゃうから、あとで3人分の写真を印刷してくれない?」

「それはとても魅力的な提案ですが、今回は3人の再会のお祝いということで私から贈らせてください」

「あらまー、うれしいこと言ってくれるわね。こうなったら1週間分サービスしちゃいましょう」

「っ!?」


 珍しく真面目に応対していた中瀬が、母さんからの甘言でこれまた珍しく驚きの表情を浮かべた。でも、今の中瀬の提案はそれに値するぐらいのファインプレーだったと思う。


「〈シャシン〉かあ。チホのお父さんに撮ってもらったの、今でも大事にしてるわよ」

「ボクも。ジェナといっしょに、部屋に飾ってるんだ」

「ありがとう。ジェナ、ミイナ」

「あの、母さん。母さんって、もしかしてレンディアールの王妃様と精霊さんと――」

「昔なじみ、ってとこかな?」


 うわ、この人即答したよ!


「わたしは、レンディアール王妃のサジェーナ・フェリア=ディ・レンディアールです。いつも、娘のフィルミアとエルティシアがお世話になっています」

「ボクは、ミイナ・リーナ。リリナとピピナのお母さんだよ」


 きれいな仕草で、ルティとフィルミアさんのお母さん――サジェーナ様がおじぎをする。その隣に立つピピナとリリナのお母さん――ミイナさんは、なぜかえらそうにえっへんと聞こえそうなぐらい大きめな胸を張ってみせた。


「あの、どうしてお母様とミイナ様はこちらへいらっしゃったのですか~?」

「どうしてもなにも、久しぶりにヴィエルへ里帰りしてみれば時計塔がもぬけの殻なんだもの。ミイナにお願いして探ってもらったら、ここにたどり着いたのよ」

「ピピナとリリナがずいぶん行き来してたからかな。その気配のおかげで、ずいぶん楽に来ることができたよ」


 気配って……と一瞬呆れそうにはなったけど、そういえばリリナさんもピピナの気配を追ってこっちに来たんだっけ。だったら、母親のミイナさんもできておかしくはないか。


「ルティとミアからの手紙でニホンへ行ってたのは知ってたけど、まさかここだったなんてね……ほんと、久しぶりに来たわ」

「それでは、母様もニホンへ来たことが?」

「ええ。ミイナといっしょに、しばらくの間この家へ泊めてもらってたの」

「こ、ここでですか!?」

「そうよ。25年ぐらい前、あたしが高校生のときにジェナとミイナがここに泊まったのよね」

「ヴィエルのリンゴ園が嵐に遭ったとき、ジェナが必死になって覆いをかけようとしたら風に煽られて落ちそうになってね。それで必死になって力を使ったら、逆にこっちの街へ落ちちゃって」

「あのときはほんとに驚いたわー。予備校の講習で夜遅く帰ってたときに、いきなり空き地に何かが落ちてきたんだもの。近寄ってみたら、銀髪の女の子と背中に羽を生やした妖精さんでしょ? すぐにお父さん――ああ、佐助のおじいちゃんね。おじいちゃんを呼んで、いっしょにうちへ連れて帰ったの」

「あの時シローおじさまに作っていただいた〈ぐらたん〉の味、今でもよく覚えてるわ」

「久しぶりにシローと会えると思ったんだけどなー。ちょっと残念」


 懐かしそうに言うサジェーナ様と、言葉以上に寂しそうな笑みを浮かべるミイナさん。そのふたりから揃って詩郎じいちゃんの名前が出てきたってことは……本当に、この家に来たことがあるんだ。


「だったら、どうして母さんはルティたちがレンディアールの関係者だって知っても何も言わなかったんだよ」

「昔のジェナは王妃様じゃなくて姓も違うし、ミイナから妖精さんはたくさんいるって聞いてたし……それに、楽しんでる息子たちの間に割り込んむのも無粋じゃない」

「その割には、ずいぶんルティたちと遊んでるよな」

「佐助が学校に行ってる時は、あたしの管轄でしょ?」

「さすがはチホ」

「うん、あの頃と全然変わってない」


 堂々と言い放つ母さんを見て、サジェーナ様もミイナさんもこくこくとうなずく。うわー、ホントにふたりとも母さんのことをよくわかってるよ。


「だから、チホ様は私とピピナの正体を知って驚かなかったのですね」

「そういうこと。あたしだって、ついさっきまでふたりがミイナの娘さんだなんて知らなかったけどね」

「あの、かーさまとジェナさまはきょうきたんですか?」

「こっちに来たのが夕方前ぐらいだったわね」

「ピピナとリリナの気配を追ったら、懐かしいお店が見えてびっくりしたよ。しかも、中に入ったらあの時よりちょっと大人になったチホがいてさ」

「何気なく入ってくるんだもの。ドアベルが鳴って顔を上げたら懐かしいふたりがいて、夢じゃないかって思ったぐらい。それでみんなのことを話したら、あたしの部屋で待って放送が終わってからびっくりさせようって話になったってわけ」

「か、母様……まことにお好きですね……」

「ふたりとも、ほんとあいかわらずです……」


 呆れたような、ルティとピピナの言葉。短い言葉なのに、それだけでサジェーナ様とミイナさんの性格がうかがい知れる。


「サスケくん、カナさん、ルイコさん」

「は、はいっ」


 と、サジェーナ様は俺たちの名前を呼ぶと、無邪気な笑顔から一転して優しい微笑みを向けた。


「わたしの娘たちを助けて、そして支えてくれて本当にありがとうございます。ルティとピピナちゃんがいなくなったときには心配したけど、帰ってきたルティからの楽しそうな手紙を読んで安心しました」

「ボクも。みんな、うちのポンコツ娘とカタブツ娘の面倒を見てくれてありがとう。ふたりとも、みんなに迷惑かけてなかった?」

「いえ、決してそんなことは」


 あるにはあったけど、今はあれもいい思い出だと思う。それを口にするのは、現在のふたりに失礼ってものだ。


「母上、今のピピナはぽんこつなどではありません。私の頼れる妹です」

「ねーさまもかたぶつじゃないですよ。とってもやさしくてたのしいねーさまです!」

「えっ……」

「あの、ふたりってケンカばかりしてたわよね……?」

「この街でもヴィエルでも、様々なことがありまして。なあ、ピピナ」

「はいですっ!」


 とてとてと歩み寄ってきたピピナの肩を、抱くようにして引き寄せるリリナさん。そのふたりの姿は、どこからどう見ても仲良しな姉妹でしかない。


「はー……お母さん、びっくりだよ。相変わらず仲が悪いんだろうなって思ってたのに」

「長い間会わなければ、それだけ変わることもありましょう」

「それに、さすけとかなと、るいこおねーさんとみはるんと、アヴィエラおねーさんとまもるおじーさんと、それと、えっと、えっと……たくさんのひとが、いっぱい、いーっぱいたすけてくれたですよっ!」

「あれだけルティとミアのことしか見えてなかったキミたちが、そんなことを言うなんてねー。どんなことがあったか、後でゆっくり話してくれる?」

「はい、喜んで」

「かーさまにも、みんなのことをしってほしいですっ」


 興味深そうに尋ねてきたミイナさんに、リリナさんもピピナも揃って笑顔で応えた。きっと、素直で明るいふたりのやりとりを目の当たりにしたらびっくりするはずだ。


「あのふたりが仲睦まじくしてるなんて、わたしも初めて見たわ……」

「みんな、いろいろあったということですよ~」

「そういうミアも、雰囲気が変わったわね」

「そうでしょうか~?」

「ええ。前はただふわふわしていたのが、落ち着きが出てきたんじゃないかしら。それに、ルティ」

「は、はいっ」

「さっきの〈らじお〉、聴いたわよ。あんなにたくさんしゃべるルティなんて初めてで、とってもびっくりしちゃった。ルティからもミアからも手紙である程度のことは聞いてたけど、あんなに堂々と演じて話しているなんて」

「あっ……ありがとう、ございます」


 サジェーナ様からの感想に、顔を真っ赤にして頭を下げるルティ。前はもっとおとなしかったらしいし、何ヶ月かぶりに会って今みたいに堂々とした姿を見たのなら、サジェーナ様が驚くのもよくわかる。それに、お母さんから直接言われて照れるのも。


「みんなのおかげです。(わたくし)のわがままに、みんなが付き合ってくれたから」

「もう。ルティちゃんったら、全然わがままなんかじゃないよっ」

「神奈ちゃんの言うとおりです。わたしも佐助くんも神奈ちゃんも、ルティさんの目指すことに魅力を感じていっしょに歩いてきたんですから。ね、佐助くん」

「ええ。初めてルティと会ったのはラジオ局の前で、その時からラジオに対して興味津々でした。楽しそうにラジオに接するルティを見てたら、俺たちまで楽しくなってきちゃって」

「あの、王妃様。『ラジオ』がどういうものかっていうのはご存じですか?」

「もちろん。店のお手伝いをしていたときに、シローにお願いしてチホとミイナといっしょに聴かせてもらってたもの」


 ここでも、サジェーナ様の口からじいちゃんの名前が出てくる。ルティもサジェーナ様も、親子揃ってラジオに興味を持ってたのか。


「じゃあ、ルティちゃんがヴィエルにもラジオ局を作ろうとしているのも」

「手紙で知ってたけど、ここまで本格的にやってるなんて思いもしなくて……ルティは、さっきみたいな〈ばんぐみ〉を作ろうとしているの?」

「は、はい。しかし、このような番組だけではありません。市内の皆にとって娯楽になるような〈ばんぐみ〉の他、音楽や街中の情報や、逆に街や警備隊からの告知などが伝えていければと」

「それって、本格的な〈らじおきょく〉じゃない!」

「ニホンの皆が協力してくれたおかげで、ここまで構想することができました。今回のお世話になった〈らじおきょく〉の方や、チホ嬢の旦那様であるフミカズ殿からも助力をいただいて」


 ついさっきまでおどおどしていたルティの声に、だんだん力がこもっていく。父さんの名前を出すと、コンポのかたわらにあった完成品の無電源ラジオへと手を伸ばして、


「フミカズ殿には、こちらの世界では必須とされる〈でんき〉を使わずとも〈らじお〉の音を受け取ることができるこの機械のことを教えていただき、その師である方からは作り方を教えていただいたのです」


 手にした無電源ラジオをそっとサジェーナ様に差し出し、受け取ったのを見たところで誇らしく、そしてうれしそうな笑顔を浮かべてみせた。

 サジェーナ様もその笑顔に気付いたのか、にっこりと笑うと無電源ラジオのダイヤルに手を添えた。


「そこまでしていただいたの。チホ、あなたの旦那様にも感謝しなくちゃね」

「文和さん、こういうのが好きだから。役に立てたのならなによりよ」

「さすがに〈らじお〉を〈ほうそう〉するためには少量の〈でんき〉が必要ではありますが、その方法もフミカズ殿やサスケのおかげで知ることができました。既に街中では試験的に運用を始めていますので、あとはこの〈むでんげんらじお〉を完成させ、街の皆へと広めるのみです」

「……やっぱり、血は争えないか」

「母様?」


 どこか懐かしそうに、そして少し戸惑ったような笑顔を浮かべたサジェーナ様に、ルティがちょこんと首をかしげてみせた。


「さっきも言ったように、わたしも昔ここで〈らじお〉を聴いたことがあるの。サスケくんのおじいさまであるシローおじさまと店番をしているときに〈じゃず〉や〈くらしっく〉の〈ばんぐみ〉をよく聴いてね。そのとき、ミイナといっしょに『これを持って帰りたい』ってお願いして」

「ジェナとミイナ、ふたり揃ってお父さんに迫っておねだりしてたわよねー」

「おねだりまではしてないってば。ボクはレンディアールでも聴きたいなって思っただけで」

「ミイナが勝手に〈こんぽ〉を持ち出そうとして、おじさまから説教されて」

「それは言わなくてもいいでしょっ!」


 とがった耳をぴんと立てたミイナさんが、母さんとサジェーナ様に食い下がる。若い頃の母さんたちとも、きっとこんな風にやりとりしていたんだろう。


「結局おじさまからは『〈でんき〉がなければ無理だ』って諭されて、その時はあきらめたんだけど……娘も興味を持って、その上レンディアールへ持って帰ってくるなんて。ルティのほうが、わたしよりずっと上手(うわて)だったみたいね」

「い、いえ、そのようなことは。私はただ、自分が住む街でもこのようなものがあったら楽しいと思っただけで」

「それで十分よ。ルティがなにかに興味をもって、それを極めたいということが大事だもの。これからルティがどんな〈らじお〉を作っていくのか、とっても楽しみ」

「ボクも。あの弱気なルティがここまで自信満々になれたんだから、それだけ面白いものを期待してるよ」

「か、母様もミイナ様も敷居を高くしないでくださいっ!」

「ただ素直に楽しみにしてるだけよ? ねっ、ミイナ」

「そうそう」


 お母さんふたりからの期待のまなざしを受けて、ルティの顔はすっかり真っ赤になっていた。このあたりは、まだまだ照れがあるらしい。


「ねえ、ジェナ、ミイナ。こっちにはいつ頃までいられるの?」

「うちの子たちの様子を見たら帰ろうって思ったけど、どうして?」

「明日もいられるなら、ルティちゃんたちの番組が放送されてる局に連れて行ってあげようかなーって」

「えっ」

「本当っ!?」


 おいおい、なんか母さんがまた企み始めたぞ。サジェーナ様は目を輝かせている一方で、当のルティは目を丸くしてるし。


「だって、うちから局まで歩いてたった3分だもの。ミイナも、このあいだピピナちゃんがしゃべってた場所を見られるわよ」

「それは魅力的な提案だね。ピピナがお仕事した場所かぁ……どんな場所なんだろう」

「か、かーさま!?」


 その上、ミイナさんはにんまりと笑ってピピナを見下ろしてるし。ああもうっ、ピピナが驚いてルティの後ろに隠れちゃったじゃないですか。


「泊まるならここのソファーベッドが使えるし、なんだったら飲み明かしたっていいかも。ねえ、ジェナとミイナはいける口?」

「当然!」

「大地からの恵みなら、どんなお酒でもいけるよ」

「あ、あのー……」

「えーっと……」

「よーしっ、飲みましょう! とっておきのお酒、今日は解禁しちゃうわよー!」

「再会のお酒ねっ!」

「ニホンのお酒かぁ。どんな味なんだろう」


 おそるおそるといった感じのルティとピピナの声は、大盛り上がりなお母さんズに届くことはなかった。

 まあ、仕方ないよな。四半世紀ぶりぐらいの再会となったら……


 *    *    *


 そんな昨日の騒ぎがもとで、今日の母親参観……もとい、母親による職場見学が決まったってわけだ。もっとも、ルティとピピナが揃ってこのスタジオでしゃべったのはこの間の生放送ぐらいで、あとは都内のスタジオだけ。

 それでも、やっぱりふたりにとって思い出の地であることに違いはないわけで。


「んしょっと。ルティさま、こっちにすわるですよ」

「ああ。姉様もリリナも、向かいの席へ」

「はい~」

「ここが〈らじおきょく〉の席なのですね……外からとはまた違う、独特の雰囲気を感じます」


 わかばシティFMのスタジオの中へと入った頃にはいつもの調子を取り戻していて、向かいに座るフィルミアさんとリリナさんも興味深そうにきょろきょろとあたりを見回していた。そりゃそうだ。ふたりとも、ここのスタジオへ入ったのは今回が初めてなんだから。


「リリナは初めてここに座ったの?」

「はい。私の出番は来週ですし、普段〈ばんぐみ〉を作っているのはこちらとは違う場所なので」

「そういえば、ちょっと遠いところにあるんだっけ。でも、こうやって座ってる姿はとってもお似合いだよ。ピピナも、堂々としていていいね」

「ありがとうございます、母様」

「ここでみんなといっしょにしゃべると、とってもたのしくなるですよ」


 テーブルのかたわらに立つミイナさんの褒め言葉に、リリナさんもピピナも笑顔を浮かべる。

 俺たちが学校へ行っている間に親子揃っていろいろ話したみたいで、家へ帰ってきたときには3人揃って和やかな雰囲気で出迎えてくれた。


「ルティも耳当てをかけた姿が堂に入ってるわよ。ミアのほうは、まだちょっと慣れてない感じ?」

「来週用のお話をこの間保存したのですが、やはりドキドキしましたね~。リリナちゃんと試験的にやっている〈ほうそう〉とは、やっぱりまったく別物です~」

「私は、姉様の落ち着いたしゃべりも大好きですよ」

「来週かぁ……今度はラフィも連れてこようかしら。ルティとミアのおしゃべり、きっと聴きたがるでしょうし」


 なんとも不穏なことを考えているらしいレンディアールの王妃様。まさか、王様まで連れてくるつもりじゃないだろうな。


「ジェナさん。わたしが録音したものを持っていますから、今度そちらへ行ったときにお持ちしますよ」

「本当ですか? ありがとうございます」

「いえ。そのお気持ち、わたしもよくわかります」


 とか思っていたら、機材席に座る赤坂先輩がうまくフォローを入れてくれた。うちのキャパ的にもレンディアール国内の情勢的にも、これ以上王族が入り浸りってのは実にまずいだろうから、今の先輩からの申し出はほんとにありがたかった。

 ただでさえ、狭いスタジオからあふれてるぐらいに来てるんだもんなぁ……母さんが夕飯の準備と帰ってくる父さんの出迎えで家へ戻ってるとはいえ、それでもいっぱいいっぱいだ。


「松浜くんと有楽さんのお友達は、実ににぎやかな方が多いですね」

「あ、えっと、すいません。土井社長、騒がしかったですか?」


 みんなから一歩引いて有楽と眺めていると、いつの間にか小柄な男の人――わかばシティFMの社長・土井正晃さんが隣にいて声をかけられた。俺よりも頭ひとつ背が低いこともあって、いつもそばに来ても気付かなかったりする。


「ああ、いえ、そういうことではありません。昨日の放送のように楽しげな会話がラジオで交わされるのですから、こちらとしては大歓迎ですよ。それに、この時間は『Evening Playlist』の時間ですからご安心を。次の収録も6時からですし、それまではみなさんで楽しんでください」

「ありがとうございます」

「って、社長さんはこれからどこかへ出かけるんですか?」


 有楽の言葉につられて土井社長の手元を見ると、グレーのスーツを身にまとった社長は少し大きめのカバンを抱えていた。


「ええ、今日は東町商店街のほうへ。新しいライブハウスができたので、あいさつへ行ってきます」

「なるほど。営業の仕事、いつもお疲れ様です」

「なんのなんの」

「あのー……社長さん。そのカバンからのぞいてるサイリウムとかペンライトみたいなものっていったい」

「えっ」


 よく目を凝らすと、確かにカバンのポケットに差し込むような形でサイリウムとかペンライトらしい持ち手が数十本顔をのぞかせている。と、いうことは……


「今日の出演者の方がアイドルさんなのですよ。応援ついでに、視察をと思いまして」

「……いつもお疲れ様です」


 返答に困って絞り出したのか、有楽の返答は俺と同じようでいてずーっと重く聞こえた。


「それでは、行ってきますね」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 俺はそのまま何気なく、有楽はなんとか笑顔を作りながら手を振って社長を送り出した。社長も手を振って出ていったけど、その笑顔が楽しみでたまらないって感じに見えたのは気のせいなんかじゃないと思う。


「社長さん、ドルオタか何かなんでしょうか」

「あの人は筋金入りらしいぞー。アーティストゾーンの出演者とかも、地元のアイドルやアーティストを実際に見に行ってオファーをかけたり、逆に売り込みが来たら直接見に行ってるらしいし」

「はー……ずいぶんな年齢なのに、すごいバイタリティですね」

「本当にな」


 呆れというよりも感心したような有楽の言葉に、俺もうなずいて同意する。60代半ばで髪の毛も全部白髪だけど、週の半分は街中をかけずり回って営業を仕掛けたりリサーチを欠かさないっていうんだから、ただただ頭が下がる。

 突然見学に来た俺たちをスタジオの中へ案内してくれて、そしてなにより俺たちの新番組にゴーサインを出してくれたのも土井社長だし。


「なあ、ミハル。あの機械ってどんな役割をしてるんだ?」

「あれは『ミキサー』と言って、マイクから取り込んだ音と別個に流す効果音やBGM……えっと、しゃべってる後ろで流れてくる音楽のことですが、その音の量を調整するための機械です。そもそも『ミキサー』という言葉は『混ぜる』という意味で――」


 俺たちとルティたちの真ん中あたりでスタジオを眺めていたアヴィエラさんはというと、隣にいる中瀬にいろんな機材についてどういうものかをたずねていた。きっと、向こうに帰ってから作るものに採り入れようとしているんだろう。


「すっかりにぎやかになりましたね」

「本当に。俺と有楽と赤坂先輩だけでもにぎやかだったのに、もっともっとにぎやかになったもんだ」


 感慨深げな有楽のつぶやきに、俺の言葉もつられて弾む。

 ふたりで向かい合って、赤坂先輩にディレクションしてもらっていた3人のラジオ番組。それが、ルティとの出会いを通じてたくさんの人たちとふれあって、いっしょにラジオ作りを楽しんでいる。

 小さなラジオ番組を担当して、終わって、卒業して大学に進んで、アナウンサーを目指して……なんとなく考えていた未来予想図は、今じゃ霧の向こう側へ。もちろんアナウンサーが夢なのは今も変わらないけど、今はそれをひっくるめて『ラジオに関わりたい』っていう思いが未来への希望のど真ん中に築かれていた。


「でも、まだまだこれからですよね」

「ああ。ヴィエルでのラジオ局作りが待ってるし『異世界ラジオのつくりかた』だって始まったばかりなんだから、まだまだ気は抜けないぞ」

「もちろんです。あたしも、夏休みは仕事とラジオで全力投球ですよっ!」


 握り拳を作って、有楽が元気いっぱいで応えてくれる。

 ルティとの出会いからいちばん変わったのは、なんといっても有楽だろう。初めの頃は声の仕事でレギュラーをって望んでいただけなのが、今じゃ自分から積極的にいろんなことを学んで、ラジオだけじゃなくていろんな仕事へと繋げていた。

 俺についてきていた後輩が、いつの間にか俺の隣にいて追い抜いていこうとしている……そんな危機感が芽生えるぐらいに、有楽の存在感は力強いものだった。

 まあ、口が裂けてもそんな本音が言えるわけがないんだけどな!


「さ、サスケ、カナ、ちょっと」


 と、マイクの前に座っていたルティが震えるような声で俺と有楽の名前を呼びかけてきた。


「どうした?」


 ドアを開けて外から見ていた俺たちが入ると、スタジオの中はやっぱりギュウギュウになりそうなぐらいに狭かった。そんな俺たちを見上げるルティの瞳は、なんだか戸惑っているようで不安に満ちていて、


「すまない。どうにかして、母様を説得してくれないだろうか」

「説得? サジェーナ様に何か言われたのか?」

「言われたといえば、確かにそうなるのだが……」


 説得とかいう穏やかじゃないワードに、俺は顔を跳ね上げるようにしてサジェーナ様のほうを向いた。


「べ、別に、変なことは言ってないわよ?」

「そうそう。ねっ、落ち着いて、サスケ」


 その勢いに驚いたのか、サジェーナ様とミイナさんがあわてて両手で抑えるようなジェスチャーをして俺を落ち着かせようとした。


「本当ですか?」

「その、ルティとピピナちゃんに『〈らじお〉の始めかたを教えてもらえない?』ってたずねただけよ?」

「ラジオの始め方、ですか」

「昨日の〈ばんぐみ〉が楽しかったし、ここに座るみんなも楽しそうだからって、ジェナが言い出したんだ。向こうでもしばらくヴィエルに滞在してるし、いい機会だって思ったんだけど」

「そこで、俺が呼ばれたと」

「そういうこと」


 なるほど。王妃様と精霊様にいきなりお願いされて、テンパっちゃったか。

 納得しながらルティのほうを向き直ると、顔を真っ赤にしたルティがふるふると首を横に振っていた。その上、横……俺から見て隣にいるピピナもぶんぶん首を横に振っているあたり、主従揃ってこの任だけは拒否したいらしい。


「それだったら、俺と有楽が教えますよ。これから夏休みで、ある程度時間もできますし」

「あら、そうなの」

「ありがとう、サスケっ!」

「でもな、ルティ」


 俺の答えに笑顔を浮かべたルティではあるけれども、まだまだ続く言葉がある。


「俺は、ルティとピピナも教えられるようになったほうがいいと思うぞ」

「な、なんだとっ!?」

「うらぎったですねー!?」

「いやいや、ちゃんと人の話を聞けって」


 そもそも、裏切ったとか人聞きが悪いっての。


「これからラジオのことを広めていくにしても、俺たちがヴィエルへ行けないことだってあるんだし、その度に俺たちが行くのを待ってたら滞るだろ。そうならないためにも、ルティが教えられるようになったほうがいいって俺は思うんだ」

「た、確かにそうかもしれないが……しかし、我が教える立場になるなど、力不足にも程があるのではないか?」


 ありゃま、ルティの弱気が久しぶりに顔を出しちまったか。でも、ルティに素質があると思う俺は首を横に振ってから言葉を続けた。


「無電源ラジオの試験をしにいろんなお店へまわったとき、ゆっくりとていねいに使い方を教えてたろ。あんな感じで教えていけばいいんだって」

「あたしも、そのほうがいいって思うな」

「かなもむちゃをいいますねー……」

「無茶じゃないよ。教えるってことは自分の中でも反復することになるんだし、きっとピピナちゃんとルティちゃんにも実になると思うよ」

「……そういうものなのか?」

「そういうものなのですっ」


 まだ不安げなルティの問いかけに、有楽は自信をもってうなずいてみせた。きっと、事務所でいい先輩にめぐり会えたんだろう。その言葉には、いつになく強い説得力が込められていた。


「最初から、ひとりでやれなんて言わないよ。今回は俺と有楽の様子を見てもらえればいいし、教えるようになってからもできる限りサポートする。要点とかも、ノートにまとめておくからさ」

「わたしも大学が夏休みですから、こっちでも向こうでもいつでもお手伝いしますよ」

「でしたら、私も。カナ様とルイコ様からたくさん教わりましたので、わずかばかりながらもエルティシア様のお手伝いができるかと」

「どちらかというと、わたしはお母様とミイナ様といっしょに講義を受けるほうでしょうか~」

「講義ってほど堅苦しいものじゃありませんって。みんなでいっしょに、わいわい学んでいけばいいんです」


 おずおずと手を挙げたフィルミアさんを安心させるように、ちゃんと方針を説明する。

 俺が教えられることといえば、発声練習やしゃべり方に収録時と生放送時のマナー。それと、機械の扱い方と時間を守るコツあたり。あとは、有楽と先輩とで話し合ってどんなカリキュラムにするかを決めて行けばいいだろう。

 日本だったらもっと学ぶことがあるけれども、ヴィエルでのラジオに日本のマナーを全部当てはめたって仕方がない。


「どうかな、ルティ」

「……できれば、私も最初は講義に加えてもらえないだろうか。今一度、〈らじお〉についてしっかり学びたい」

「ピピナもおねがいするですっ。リリナねーさまのように、ルティさまをささえられるようになりたいですから」

「ああ、もちろん。逆に、レンディアールだったらこうしたほうがいいってことがあれば教えてくれないかな」

「我らの考えが参考になるのであれば、それは喜ばしいな。我としても願ったり叶ったりだ」

「そーですねっ。きづいたことがあったら、さすけたちにどんどんはなすですよっ」

「ありがとう。ルティ、ピピナ」


 ようやくふたりに笑顔が戻ったことにホッとして、俺の頬がゆるむ。やっぱりルティもピピナも笑顔のほうがよく似合うし、俺たち日本サイドの考えがが及ばないところを教えてくれると本当に助かる。


「母様。今回は我の未熟ゆえ、期待に添えず申しわけありません。これから出会うであろう〈らじお〉に興味を抱く人々へ教えられるよう、(わたくし)は改めて勉強いたします」

「わたしも、お母様といっしょにがんばって復習しますよ~」

「わかったわ。みなさん、親子共々よろしくお願いいたします」

「あっ。こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 きれいな仕草でおじぎしたサジェーナ様へ、俺も慌てておじぎを返す。元々は一般の出ということもあってか親しみやすい方ではあるけど、時々出てくる礼儀正しさを見るとやっぱりルティとフィルミアさんのお母さんであって王妃様なんだなって感じた。


「まさか、ボクもピピナといっしょにお勉強することになるとはねぇ」

「いいじゃないの。久しぶりの親子のふれあいってことで」

「かーさまといっしょなんて、とってもひさしぶりです」

「ボクだって、こんなに素直なピピナを見るのは久しぶりだよ。まだこーんなに小さいとき以来かな」

「そ、そーでしたかねー?」


 親指と人さし指の合間を広げたミイナさんは、10センチにも満たないくらいの大きさを示しながらルティににこやかそうな笑顔を向けた。それに対して顔をそらしたあたり、そうだったって自覚があるんだろうな……


「まあ、あの時はあの時。親子揃っていっしょに学ぶっていうのも面白いんじゃないかな」

「とーぜんです! さすけたちならわかりやすくおしえてくれるですし、ねーさまだってていねいにおしえてくれるですからっ!」

「そうだね。ふふっ、リリナの先生っぷりを見るのも楽しみだな」

「私も、母様に楽しんで知っていただけるよう努力いたします」

「うんっ、楽しみにしてる」


 なんだかんだ言いながらも、こっちの精霊さん&妖精さん親子のほうもいっしょに学んで教えていくってことでまとまったらしい。よしっ、夏休みに入る前にしっかりカリキュラムを組んでおこう。


「なあ、サスケ。それって、アタシもいっしょに学んでいい……のか?」

「もちろんですよ。遠慮しないでください」

「でも、さ。その……」

「どうしたの?」

「っ!?」


 サジェーナ様が微笑みを向けた瞬間、アヴィエラさんの背筋がぴんと伸びてすぐさまとんでもないスピードでひざまずいてみせた。なるほど、イロウナから来たアヴィエラさんにとってはサジェーナ様とミイナさんは友好国の王妃様と精霊様なんだから、遠慮したっておかしくないか。


「アヴィエラさん、いちいち拝謁の姿勢をとらなくても」

「し、しかし、ですね」

「こちらでは、わたしはただのお母さんなんですから。ほらっ、アヴィエラさんと同じ、普通、普通っ」

「確かにこっちではそうかもしれませんけど、向こうじゃ王妃様じゃないですかっ」


 目を白黒させるアヴィエラさんへ、サジェーナ様は全力で普通アピールをしているけど……さすがに、それは無理があると思いますよ。ええ。


「よいではないですか。アヴィエラ嬢も、(わたくし)たちとともに学びましょう」

「そーですよっ。おねーさんも、イロウナへつたえるんですよね?」

「将来的にはそのつもりだよ。でも、さ」

「だったら、ピピナたちといっしょにべんきょーしましょー!」

「ううっ……」


 おおっ、ピピナの純粋なお願いがアヴィエラさんにクリティカルヒットしてる。ピピナの紅い瞳ってきれいだから、見つめられるとぐっと惹き込まれるんだよなぁ……たまに駄菓子とかおねだりされると、ついつい買っちまうぐらいに。


「なら、アタシも教えてもらえるかな……サジェーナ様とミイナ様がよければ」

「わたしは当然いいですよ」

「ボクも。どうせだったら、マリルをびっくりさせちゃえばいいんだ」

「そ、そんな、精霊様におそれおおいことを!」

「えー、あの子もきっとびっくりすると思うんだけどなー」


 慌てたアヴィエラさんの答えに、ミイナさんはつまらなそうに口をとがらせた。話しっぷりからするとイロウナの精霊さんなんだろうけど、けしかけちゃダメですって。


「で、中瀬はどうする?」

「私は、ラジオよりも音のことを極めます。みぃさんたちがラジオのことを学んだら、次に音のことを教えられるように」

「そっか。なら、よろしくな。中瀬先生」

「同級生に先生とか言われたくないのですがっ」


 ちょっと冗談めかして言ったら、中瀬はショックを受けたように俺から距離を取った。ホント、こいつはいつもこういう反応だな!


「それじゃあ、これでぜーんぶ決まりってことで。ジェナ、そろそろいいんじゃないかな」

「そうね。あの、ニホンの皆さん、アヴィエラさん」


 ミイナさんが見上げてうながすと、サジェーナ様が小さくうなずいて俺らのほうへと視線を移した。


「教えていただくお礼……というわけではないけど、こちらを」


 そう言いながらカーディガンのポケットから取り出したのは、500円玉ぐらいの大きさで作られた5つの銀色の飾り。まるで、学校指定の校章みたいな……って、なんだか見覚えがあるような?


「王妃様、これは?」

「レンディアール王家と友誼を結んだ人へ渡すものよ。我が国へ〈らじお〉を伝えてもらっているんだから、渡さないと失礼にあたるって思って」

「あの、もしかしてこれってルティがいつも着ている礼服についてる……」

「サスケくん、正解! よくルティのことを見てるわね」

「い、いえ、決してそんなわけじゃ!」


 気品のある笑顔から一転して、ふふんと意味ありげに笑ってみせるサジェーナ様。それにしても、この笑い方ってホントにうちの母さんの仲間って感じがするな!


「まあ、今はそういうことにしておきましょうか。でも、ルティやわたしたちがつけているのは金製で、こっちは銀製。金製のものは〈皇章(こうしょう)〉って言って、王家の者っていう証し。そしてこの銀製のものは〈友章(ゆうしょう)〉って言って、王家の者と友誼を結んだ者っていう証しなの」

「そういう意味があるんですか」


 ひとつひとつ、サジェーナ様が手ずから俺と有楽、先輩と中瀬へと友章を渡していく。そして、最後にアヴィエラさんのもとへ。


「アヴィエラさんも、ルティたちを見守ってくださってありがとうございます」

「い、いえ、そもそもアタシは首を突っ込んだだけで……」

「それでも、ですよ。これからも、みんなのことをよろしくお願いします」

「……はいっ」


 にこやかに笑ったサジェーナ様は、アヴィエラさんの右手をとるとそっと友章を置いて包み込むようににぎらせた。最初は戸惑っていたアヴィエラさんも、しばらく言いよどんでから受け入れたのか、小さな声で返事をしてから愛おしそうにその手を抱き寄せた。


「これがあれば、レンディアールのどの街にも入れるし中央都市の城にも入れるの。わたしとミイナが帰ってからなにかあっても、これがあれば心配無用よ」

「通行証も兼ねてるんですね」

「そういうこと。もちろん、カナさんもルイコさんもミハルさんも大歓迎だからねっ!」


 有楽の答えが気に入ったのか、サジェーナ様はうれしそうに片目をつむってみせた。そんなに大事なものを俺たちに渡してくれたってことは……責任重大だな。


「それじゃあ、次はボクの番かな」


 タイミングを見計らっていたのか、サジェーナ様の隣にいたミイナさんは一歩前へと歩み出ると大窓やドアのほうをキョロキョロと見やった。大窓はカーテンが引かれているし、ドアも閉まっているけど……って、どうして目をつむってるんだ?

 ミイナさんはそのまま深く深呼吸をすると、なにごとかをつぶやきながら両手を俺たちのほうへとかざしてみせた。続いて見開いた目は紅く輝いていて、俺たちの視線を釘付けにしていく。

 日本語でも精霊大陸の公用語でもない、まったく耳にしたことのない言葉。でも、それはまるで歌うようで――


「みんな、もういいよ」


 俺たちの目の前に、ガラスのような透明な板が浮かんでいたことすら気付けないくらいとても心地よかった。


「この板は……?」


 手に取ってみると手のひらよりも一回り小さいサイズで、長方形や正方形というよりもひし形のように形取られている。それに……これ、全然重さを感じないぞ?


「ボクが持っている力を、こうして宝石みたいに形作ってみたんだ。ピピナとリリナのおかげで、こっちへ来られる道筋もできたから――」


 そこまで言って、ミイナさんはいたずらっぽく笑ってみせると、


「ニホンとレンディアールと行き来できる宝石をって思ってね」

「えっ!?」

「そ、それって、リリナちゃんやピピナちゃんの力を使わなくてもってことですか?」

「もちろん。ふたりに聞いてみたらずっとそうしているみたいだけど、サスケたちが行きたいときに行けないんじゃ不便でしょ」

「なるほど」

「でも、いつでも使えるってわけじゃないよ。往復で使ったら、太陽の光を1週間分は浴びせないと使えないんだ」

「使用制限があるんですね」

「みんなが持ち運びできるような大きさだと、どうしても限界がね」

「いえ、とっても助かります」

「ありがとう、ミイナさん!」


 申しわけなさそうなミイナさんへ、俺と有楽とでつとめて明るくお礼を言う。いつもピピナとリリナさんに頼ってばかりだったからこういうアイテムがあると本当に助かるし、お礼こそ言っても謝られることなんてひとつもない。


「ささやかだけど、これがボクとジェナからのみんなへのお礼。娘たちを助けてくれてありがとうって気持ちと、これからも娘たちをよろしくってところ」

「それと、〈らじお〉のことについてもでしょ。ルティたちだけじゃなくて、わたしとミイナもすっかりニホンの人たちのお世話になってるわね」

「そこはなんといいますか……俺と母さんの、親子二代にわたる縁ってことで」

「あらあら、きれいにまとめられちゃった」


 どう言葉を返せばいいのか困ってひねり出した言葉に、サジェーナ様は一瞬面食らったような表情を見せてからくつくつと笑い出した。でも実際、母さんとサジェーナ様とミイナさん、俺とルティとピピナって形で親子二代にわたって交流してるんだから、縁深いことには間違いないだろう。


「よーしっ。ルティたちとレンディアールへ〈らじお〉を広めるお手伝い、わたしもがんばるわよっ!」

「ボクとジェナの娘たちががんばって作ろうとしてるんだもんね。いっしょにがんばるよ!」

「ありがとうございます。母様、ミイナ様!」

「かーさまとジェナさまもいれば、もっともーっとひろがっていくですねっ!」


 親子揃っての元気いっぱいなやりとりを見ているだけで、こっちまで元気が湧いてくる。それはまわりのみんなも同じみたいで、揃ってあたたかい笑顔を4人へ向けていた。

 ただひとり、デジカメを連写している中瀬だけを除いて。


 こうして、俺たちのラジオ作りにレンディアールの王妃様と精霊さんが加わった。

 これからよりいっそうにぎやかになっていきそうだし、開局したときにはどうなっているのかなんて予想すらつかない。それでも、やっぱり楽しいことには変わりないだろうし、そうでありたいって俺は思う。


 ただひとつだけ、文句があるとすると。



「さーてっ、今日も呑むわよー!」

「チホ。今日はレンディアール製の紅茶酒とか持って来てみたんだけど、どうかな」

「なにそれ、すっごく美味しそうじゃないの! ヴィラちゃんヴィラちゃん、新作のお酒だってー」

「わ、わかりましたから! もう逃げませんからっ、みなさんといっしょに呑みますからぁっ!」



 ことあるごとに、店を閉めた後のカウンターが居酒屋モードになるのだけは勘弁してくれないかなー……

 パワフルお母さんズ、襲来。

 智穂さんとジェナさんとミイナさんの過去話は、またいつか。本筋では、25年経ってからの青春アゲイン編となります。

 というわけで、今話をもって第4章は終了。まるまる1章を日本編に費やしたので、第5章ではまるまるレンディアール編……になるかどうかは、また次回のお楽しみにということで。


 次週は1週お休みを頂いて、第5章は10/31から開始の予定。

 佐助やルティたちの次のステップを楽しみにしていただければ幸いです。

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