第35話 0:00 [新]異世界ラジオのつくりかた
草むらを駆け抜けるような擦れた音が、あたりに響く。
『はぁっ、はぁっ……』
『はっ、はっ、る、ルティさまっ、だ、だいじょうぶですかっ!?』
『んっ、はぁっ、だ、大丈夫だっ』
その合間から聴こえてくるのは、ふたりの女の子の声。
かわいらしくも切羽詰まった声に応えるように、まだ少し幼さの残る声が言い切ってみせる。
『おそらく、このあたりまで来れば……ふうっ……』
『ず、ずいぶんおくのほーまできちゃったみたいですね……』
『そうだな……奴らも、惑わされてくれればいいのだが』
『そいつは甘いなぁ、お姫さぁん?』
『っ!?』
まとわりつくような女の声が響いた途端、ガサガサと葉が擦れるような音に続いて大勢の足音が覆い尽くした。
『貴様、なぜここに!?』
『簡単なことだよ。お忍びか何か知らないが、王族しかない銀髪が歩いていりゃあ月明かりで目立つったらありゃしない』
『くっ……』
『街にも王都にも、あたしの手下はどこにでもいる。ヒヨッ子魔術師しか連れてないアンタはもう、籠の中の鳥みたいなものさ』
焦るルティを嘲笑うかのように、高飛車な女の声が足音とともに迫ってくる。
『こ、こんなことをしてただじゃすまないですよっ!』
『あはははははっ、そりゃあただじゃ済まないだろうよ。アンタはここで捨てられて、お姫さんは王族との交渉ごとに使わせてもらうんだから。まあ、安心しな。ここでおとなしくしてりゃ、手荒なことはしないさ』
『済まぬ、ピピナ。我がわがままなど言わなければ』
『へーきです。ピピナだってまじゅつしのはしくれ、これくらいのことは――』
『おっと。そこのチビ魔術師ちゃん、アタシらが調べてないとでも思ったのかい? 〈どの魔法も三流な姫様付きの魔法使い〉って評判なんだろ』
『そ、そんなことないです! ピピナは、ピピナはルティさまをまもるまじゅつしですよっ!』
『ピピナ、よせっ!』
ピピナが杖を構えたのか、ルティが制止する間もなくちゃきっとした金属音が鳴る。
『たしかにこーげきまほーはすっごくへたですけど、ルティさまをまもるまほーだけは……このまほーだけは』
『へえ、〈守る〉ねえ。どんなお遊戯を見せてくれるのか、お手並み拝見といこうじゃないか』
『ルティさま、ピピナにつかまってくださいっ!』
『う、うむっ』
『〈でっかいおそらへとんでけ、でっかいおそらへとんでけ、でっかいおそらへとんでけ……〉』
懇願するような叫びから一転して、なにかを唱えるようなピピナの声がエコーのように響く。
『はははっ、何にも起こらないじゃないか。そんな無駄なことをするんなら、アタシのほうから――』
『〈でっかいおそらへ、とんでけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!〉』
見下した女の声をよそに、ピピナの絶叫があたりを覆い尽くす。それと同時に、金属音のような高い音が重なって何かが弾けるような音とともに暴風が吹き抜けていった。
しばらくして残ったのは、風が草の間を吹き抜ける音と、
『なっ……き、消えた!? おいっ、どこへ行った!』
女盗賊の、焦りを含んだ声。
『せっかく大物を捕まえたって思ったのに……くそっ、逃がしやしないよ! お前ら、草の根分けても探し出しな!』
悔しそうな絶叫がスピーカーから伝わってきて、
「……すげえな」
「同一人物の声とは思えないね」
「さすがです、カナ様」
「あはははは……どーも、どーも」
思わず出てきた言葉に、その声の張本人な有楽が振り返ってあたふたと俺たちへひらひらと手を振った。
目の前にいる元気な高校生の女の子と荒々しい女盗賊の声がいっしょだっていうんだから、声優っていう職業の凄さを改めて実感させられる。
24時をまわって、いよいよ始まった『異世界ラジオのつくりかた』。
基本的に前半がラジオドラマ、後半がトークパートなこの番組は、時報が鳴った直後からルティとヒピナの逃走シーンで幕を開ける。実際にヴィエル近郊であったことを、ルティとピピナへの取材をもとにして赤坂先輩が脚本へと落とし込んだっていうこともあってか、ふたりの演技も真に迫っていた。
『……さまっ、ルティさまっ』
『ん……』
『ルティさまっ、ルティさまっ、おきてくださいっ!』
『うーん……ん? ピピナ?』
『ルティさまぁっ!』
『すまぬ、気を失っていたようだ。ピピナ、ここはどこなのだ?』
『よくわからないです。とうみたいなところですけど、したのほうははいいろばっかりでなんだかおかしーです』
『確かに、我らは見知らぬところであるな……はっ、追っ手は!?』
『だいじょーぶです、ここにはだれもいません』
焦るルティを安心させるかのような、ピピナの優しい声。その後ろで静かに風が吹く音と、さらに遠くから車が行き交ったり、電車が通るような環境音が聴こえてくる。
『誰もいないとは言うが、そもそもここはどこなのだ?』
『えーっとですね……』
『どうした』
『それが、その、んーと……どーも、まほーをしっぱいしちゃったみたいです』
『し、失敗だとっ!?』
『ごめんなさいっ! ただにげようってかんがえてたら、ぜんぜんしらないところへきちゃいましたっ!』
『確かに、あの灰色のものや塔のような建物など見たこともないが……まあ、仕方あるまい。ピピナ、急いでレンディアールへと戻ろう』
『えっと……さっきのまほー、まりょくがまんたんじゃないとつかえないですよ』
『なっ!? い、いや、仕方あるまい。我と逃げようとして使ったのだからな』
『ごっ、ごめんなさいですー!』
『なに、気にすることはない。それよりも、今はこの場から脱出せねば……こんなに高いところで閉じ込められてしまってはどうにもならぬし、あの扉からどこかへ出られまいか』
『あのっ、ピピナがさきにいってよーすをみましょーか?』
『いや、我も行こう。こうなれば、一蓮托生だ』
『ルティさま……はいですっ!』
元気なピピナの声と堂々としたルティの声は、ラジオを通しても変わらない。隣に座っているルティも、その膝に座っている妖精さんモードのピピナも、いつも以上に目を輝かせながらコンポのほうをじっと見つめていた。
このお話でのピピナは、妖精じゃなくルティお付きの魔術師役。第1話でルティといっしょにスムーズに出演させるための役柄チェンジをすんなりと受け入れて、こうしていきいきと演じている。本人いわく『さいしょからみんなといっしょにいたみたいでうれしーです!』だそうな。
『ルティさま、だいじょーぶですか?』
『ああ、大丈夫だ。ピピナこそ大丈夫か?』
『はいですっ。ごつごつしてないから、とってもあるきやすいです』
はげましあうふたりの声の後ろで、こつん、こつんと階段の音が響いている。この効果音を厳選して編集もした中瀬は、左はす向かいのソファで無表情に、それでいながら満足そうにうなずいている。
『なんだ? この透明な板は』
『わわっ、なんかあいたですよ!?』
『外へ出よ、ということか……行こう、ピピナ』
『はいですっ』
ガコンという音と共に自動ドアが開く音がしたとたん、外からの街の音が一気に加わる。このドアの音も街の音も、全部中瀬が録音したっていうんだからたいしたもんだ。
『これは、街なのか……?』
『なんだかひとがいっぱいいますね。あのたてものはおみせでしょーか?』
『だろうな。食べ物を売っていたり、衣服を売っているところもある』
『たべもの……おなか、すきましたねー』
『空いたな。街へ寄ることができればどうにかなると思ったが、よもや追われてしまうとは』
『ごめんなさいです。ピピナがみじゅくなばっかりに……』
『ピピナが謝ることはなかろう。我がわがままを言い、忍んで遊びに行こうとしたのがそもそものきっかけではないか』
『でも』
『後悔はそこまで。それよりも、ここは何という街なのだろうか』
『ピピナもわからないです。とにかくとおくへっておもって、ひっしにとなえたですから』
『ならば、街の者に尋ねるまでだ。なあ、そこ往く者よ。この街は何というのだ?』
『えっ!? す、すいませんっ。なんて言ってるか、よくわからないです……』
『む? そ、そなたはなんと言ってるのだ?』
『あのっ、あのっ、あいきゃんおんりーすぴーく、じゃぱにーずらんげーじなんですっ! ごめんなさいーっ!』
『ああっ、ど、どうして逃げるのだっ!?』
ルティの呼びかけに答えることなく、おどおどした女の子の声は足音といっしょに遠ざかっていった。これまた有楽の演技で、今回はさっきの女盗賊と本人役との計3役。
少数精鋭とはいえ、こうして全く違う役柄をひとりで演じてくれるのはありがたいし、とても頼りになる。
『むぅ……言葉もわからぬというのはさすがに不便だな』
『それならだいじょーぶです! ちょっぴりことばをきけば、ほんやくのまほーでルティさまもピピナもわかるよーになるですよ』
『そのような魔法があるのか』
『はいですっ。このまほーで、ことりさんとかうしさんとかのどーぶつさんともはなせるよーになったです』
『そうか。ならば頼りにしているぞ、ピピナ』
『はいですっ! とにかく、ひとがあつまってはなしてるところでもさがしてみましょー』
『人が集まっている場所か。となると、先ほどの少女が来たほうへと向かうのはどうだろうか』
『ですねっ。ちょーど、あっちのほーからひとびとのはなしごえがきこえてきて……あれっ?』
『どうした?』
『ルティさま、へんなんです。ここからこえがきこえてきたんですけど、だれもいませんっ』
『聞き間違えではないのか』
『ちがいますっ! ほらっ、あっちからですっ、あっちっ!』
ピピナの呼びかけと入れ替わりに、スピーカーから流れてきたかのように加工された声がかすかに聴こえてくる。
『誰もいないのに、この声はいったい……?』
『なんだか、とってもやさしいこえですよね』
『うむ。ピピナ、敵意は感じぬか?』
『はいっ、ぜんぜんだいじょーぶです』
『ならば、行ってみるとしよう』
足音とともに、街の喧騒の中からスピーカー越しの声が浮かび上がっていく。
それは俺たちにとってなじみ深くて、いつもと変わらない声。
『〈本日も始まりました、【赤坂瑠依子 若葉の街で会いましょう】。パーソナリティの私、赤坂瑠依子が若葉市内を歩き回って、様々な人たちとふれあっていく番組です。今回は若葉市南部の八塚町とわたしが通っていた母校、若葉南高校を中心に――〉』
『ルティさま、このこえみたいですよ』
『だが、声の主がどこにもいないというのはどういうことだ? この国の魔術だとでも言うのだろうか……むっ?』
『どーしたです?』
『ピピナ、建物の中を見てみろ。中にいる者がしゃべっている』
『しゃべってるみたいですね……って、もしかして、このこえが?』
『どうもそうらしい。彼の者がしゃべっている口の動きと声が合っているようだ』
『そういうことでしたかっ。ルティさま、このこえならちょーどいいかもしれません』
『よし。おあつらえ向きに椅子もあることだし、ここで魔術を使うとしよう。それに……腹も減って、そろそろつらい』
『す、すわりましょうっ! たおれたらたいへんですっ!』
『〈わたしが若葉南高校を卒業してから、もう3年ぐらいになりますか。元々放送部出身なので近頃もよく来ていますけど、来る度にまわりの景色が少しずつ、少しずつ変わっているように感じられます〉』
ルティとピピナの掛け合いが終わってからしばらくして、街の喧騒をかき消すように先輩の声だけが鮮明になっていった。
『〈今日最初にお送りするのは、そんな中で今でも南高生が立ち寄っていく駄菓子屋兼たい焼き屋さんのあかね堂から。女将の森ノ宮あかねさんと昔ながらのたい焼きを食べながら、変わりゆく八塚町のことをうかがってきました〉』
いつもの先輩と変わらない優しい声で、ドラマ内の番組が進行していく。何週間か前に実際に行ったときのものをベースにしているだけあって手慣れていて、まるでこれから実際に『若葉の街で会いましょう』が始まるかのような雰囲気だ。
でも、始まるのは先輩の番組じゃなくて、俺たちのやりとり。ここまで差し掛かったってことは、もう間もなく――
『いいなぁ、たい焼き。松浜せんぱい、今度食べに連れて行ってくださいよ』
『有楽なぁ……お前、せっかく赤坂先輩が番組を見せてくれてるんだからしっかり見てろって』
『あははっ。あたしたちの番組が終わったら、なんだか気が抜けちゃって』
『初回からそれでどうするんだよ。今度連れていってやるから、今はガマンしとけ』
『はーいっ。あっ、せんぱい、外で聴いてる女の子たちがいますよ!』
トークをしている先輩の声のボリュームが下がると、有楽と俺の声が被さるようにして流れてきた。
いつも録音で生放送のチェックをするときと変わらない俺の声なのに、演技っていうこともあってかいつもと声のトーンが全然違う。それどころか、芝居がかってて気恥ずかしくなってきた。
頭を抱えたくなるけど、今はそんな場合じゃない。なんとかこらえて、ソファに身を預ける。
『リスナーさんはいつでも大歓迎なのが、わかばシティFMだからな。俺も元々リスナーだったのが、今じゃ学生パーソナリティだし』
『せんぱいも、るいこせんぱいの番組を見学したことがあるんですか?』
『あるも何も、南高の放送部に入ったら必ずここに連れてこられるし、南高の番組を担当することになったら手伝いもするんだ』
『じゃあ、あたしはダブルでってことですね!』
『そういうこと。我らが先輩の番組なんだから、しっかり勉強して手伝うんだぞ』
『あいあいさー! って、なんだかるいこ先輩がスタジオから手を振ってますよ?』
『おっ、早速手伝いかな』
『手伝い、ですか?』
『これもまた南高放送部伝統のな。まあ、行ってみればわかるさ』
相変わらず芝居がかった感じで有楽へ声をかける俺。俺と有楽から当時のことを取材した赤坂先輩が書き起こした脚本を演じているわけだけど、普通に演じてしゃべっているはずなのに、どうもキザに聴こえる。これがアレか、演じるのと聴くのと大違いってやつか。
重々しい鉄扉を開け閉めする音がしたのと同時に、赤坂先輩とおばさん――森ノ宮さんの声にスピーカーから聴こえてくるかのような加工がかかったものが流れてくる。
『赤坂先輩、呼びました?』
俺の呼びかけに続いて流れてきたのは、やっぱり聞き慣れた声。
『ねえ、松浜くん、神奈ちゃん。外見て、外』
ようやく加工もなにもかかっていない赤坂先輩の声が、30時間ぶりにわかばシティFMの電波にのって聴こえてきた。
『外って、ああ、さっきからいる女の子たちですか』
『外国人の子なんですかねー。髪も目も鮮やかでかわいいですっ』
『あの子たちの声で、ジングルを録ってみたいんだけど……どうかな?』
『いいですね。前に先輩と練習した通り、いざとなったら英語で行きましょう』
『あたしも行きますっ! ふふっ、あの子たちの声ってどんな声なのかなぁ』
『ありがとう。じゃあ、収録よろしくねっ!』
『『はいっ!』』
有楽と俺とで合わせて返事をして、また鉄扉の効果音で一区切り。間を長く取りすぎなくて、かといって短すぎないのが絶妙な加減になっている。
『……で、ジングル録りってどうやるんです?』
『ここにあるICレコーダーで録って、あとは加工するだけだ。俺がまず録って、そのあとに教えるから有楽が加工してくれ』
『わかりましたっ』
威勢のいい有楽の返事から間もなく、少し軽めなタイプの鉄扉を開け閉めする音に続いてルティとピピナが外で話していたときと同じような街の喧騒が流れてくる。外へ出た場面をイメージしているんだろうけれども、こうして自然と切り替わるってことは中瀬が凝りに凝ってくれたおかげなんだろう。
『えっと、えくすきゅーず、みー?』
『うん?』
そして、いよいよ俺たちのシーン。
赤坂先輩がアレンジしてくれた、俺と有楽がルティとピピナに初めて出会うシーンへと差し掛かった。
『あー。きゃん、ゆー、すぴーく、じゃぱにーず、おあ、あざー、らんげーじ?』
『あのー……おにーさんはなにをいってるですか?』
『えっ?』
『日本語、しゃべれるんですか?』
『そなたらが話している言葉なら、我もしゃべることができるぞ。それより何用だ。我は今、この可憐な声に聴き入っていたのだが』
『そ、それは失礼しました』
その時はいなかったピピナのことを自然に加えて、シーンが進んでいく。
あの時、もしピピナがいっしょにいたらどうなっていたんだろう。そんな想像を、物語の中ではあるけれども赤坂先輩が現実にしてくれた。ピピナもうれしかったみたいで、先輩の肩の上へとぱたぱた飛んでいって、座ったところですりすりとほおずりをし始めた。
それを見てふと隣へと顔を向けると、すぐに気付いたらしいルティがにっこりと笑ってうなずいてくれた。俺も笑ってうなずくと、一度ほんの少しだけ顔をコンポのほうへと向けてみせた。きっと、続きを聴こうっていうことなんだろう。
望むところだと、俺もコンポのほうに顔を向ける。いつもだったらテーブルを囲むように向かい合っているソファが、今日だけはコンポに近い一台の背もたれを倒して乗っかれるようになっていて、リリナさんが女の子座り、その隣で有楽があぐらをかいてコンポへと向いて聴き入っていた。
『あたしたちは、このスピーカーから聴こえてる番組のお手伝いをしてるんです。それで、あなたたちの声を録音……えっと、保存できないかなーって思って』
『ピピナたちのこえをほぞんして、いったいどーするってゆーんですか? とゆーか、どーやってほぞんするんです?』
『えっと、このボイスレコーダーって機械で保存すると、このスピーカーってところから流せるようになるんですよ』
続いて、かち、かちとボタンのクリック音。その途端、左はす向かいに座るひとりの女の子が抱きしめていた若草色のクッションへと顔を埋めた。
『〈【赤坂瑠依子 若葉の街で会いましょう】。埼玉県立若葉南高校放送部の中瀬海晴です。わたしたちも先輩に負けないよう、トークにドラマにといっぱいラジオ番組を作っていきます〉』
「~~~~~っ!!」
おお、珍しい。珍しく中瀬が悶えているけど、いつもの中瀬らしさがちゃんと出ていていいんじゃないか。
微笑ましく眺めているとふと目が合って、俺をキッとにらみ付けてきた。でも、隣に座るアヴィエラさんが優しく肩をなでたらすぐに表情が穏やかになって、また視線をコンポのほうへと戻した。
あのまま見てたら、きっとあのクッションが飛んで来たんだろうな……
『わわっ、ほんとにきこえてきました!』
『こういう風に、しゃべったことが保存できるんです。もしよかったら、記念にやってみませんか?』
『ふむ……なるほど、よかろう』
『いーんですか?』
『ああ、ピピナはどうする?』
『ルティさまがやるなら、ピピナもやってみるですよっ』
『では、決まりだな』
『か、かわいいっ!』
『有楽、ステイ。ステイだぞー』
脚本そのままでもいつも通りな有楽に、つい笑いそうになる。それだけ本人の存在感が大きいんだろうけど、さっきの女盗賊や気弱な女子校生よりもずっとインパクトがデカいとは。
『それで、ピピナたちはなんていえばいーんですか?』
『さっきも流れてた〈赤坂瑠依子の【若葉の街で会いましょう】〉って番組の題名を言ってから、あなたたちの名前となにかひとことを言ってください。そうだな……有楽、お手本を見せてくれないか?』
『あいあいさっ!』
威勢のいい返事の直後に、また録音ボタンが押されるようなクリック音。あの時も、こんな感じで録音を始めたんだっけ。
『〈赤坂瑠依子の【若葉の街で会いましょう】〉。若葉南高放送部の有楽神奈、ただいま〈声のお仕事〉っていう夢を叶えてる真っ最中です! ……って、だいたいこんな感じかな』
『なるほど。そなたのように、堂々と言えばいいのだな』
『伝えたいことをバシッと言っちゃってください』
『うむ、心得た』
『それじゃあ、行きますよ』
『ああ、よろしく頼む』
『では……さん、に、いち』
ときどき、ルティの番組作りの練習に付き合ってるとこうしてキューを出すことがある。
そんな中でも、初めてルティと出会ったときに出したキューのことは忘れられないでいた。
『赤坂瑠依子の〈若葉の街で会いましょう〉』
この凛としたルティの声と、
『通りすがりの身ではあるが、我、エルティシアが可憐な声に祝福を捧げよう』
堂々と夕陽を背にした姿が記憶に焼き付く、全てのきっかけだったから。
『ピピナは、ピピナ・リーナですっ。ピピナも、おねーさんのこえがだいすきですよっ!』
加えて、ピピナの名乗り。
あの時はいなかったはずなのに、最初からいっしょにいたんじゃないかって思えるぐらいに、元気いっぱいで自然な台詞だった。
『どうした? 終わったぞ?』
『あ……す、すいません。ありがとうございました。大丈夫です』
『そうか。それで、我らの声はどうすれば聴こえるのだ?』
『ピピナもきになるですよ。ねー、おしえてくださいですよー』
『こ、これから音楽をつけて、番組の最後のほうで流れますから……あと20分ぐらい、待っててもらえますか?』
『なるほど。あと20分で、我らの声がこの箱から聴こえてくるのだな』
『ここだけじゃないですよ。ふたりの音は、街中で聴こえちゃうんですから!』
『まちじゅーですかっ!』
『なんと、我らの声はそんなに多くの者にまで届くのか!』
『そうなんですよ。俺はその準備をしてくるんで、ちょっと待っててくださいね』
『あっ、待ってはくれまいか』
ひとつ、ふたつ響いただけで足音が止まって、ぐいっと何かを引っ張るような音から一瞬の間が生まれる。そっか……俺の服の裾が引っ張られたところを、中瀬はこういう風に表現してくれたんだ。
『そなたらの名前を、教えて欲しい』
『いいですよ。俺は、松浜佐助って言います』
『あたしは、有楽神奈。カナって呼んでねっ』
『マツハマ・サスケと、ウラク・カナか。我の名は、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ』
『ピピナは、ピピナ・リーナですよっ』
『我らに声をかけてくれたことに、礼を言いたい。ありがとう』
『こっちこそ、ご協力いただきありがとうございました』
『ふふふっ。ふたりの声が、ラジオで流れるのが楽しみですねっ!』
『我もだ』
張りのある、ルティの返事。
『しかし』
それが、二言目で緩んだように力が抜けて、
『その前に……』
かすれるような声と同時に、どさりと何かが倒れたかのような効果音が被さる。
『え、エルティシアさんっ!?』
『す、すまない……なにか、なにか食べるものはないだろうか……』
『る、ルティさまっ!? ルティさまーっ!?』
そして、エコーで加工されたピピナの絶叫が終わると無音になって、
『連続ラジオドラマ〈異世界ラジオのつくりかた〉第1回っ!』
『らじおのことをしりましょー!』
ルティのタイトルコールとピピナのサブタイトルコールから、著作権フリー音源を使ったインストのテーマ曲へと流れるように続いていった。
「これが、我らの〈ばんぐみ〉なのだな……」
「ほんとーに、ピピナたちのおはなしが〈らじお〉からきこえてるです……これ、たくさんのひとがきーてるんですよねっ」
「ああ、俺たちの声が日本のいろんなところで聴こえてるはずだ」
隣に座るルティと、その膝の上へ戻って座っているピピナが呆然と感想を口にした。これまで赤坂先輩の番組でジングルを収録したり、響子さんの番組に生出演したことがあるふたりだけど、今ラジオから流れているのは純粋に俺たちの手で作った番組。それが俺たちだけじゃなく若葉市の、そしてインターネットを通じて日本のどこかで聴いてくれている人たちがいるかもしれないっていうんだから、感慨深いものがあるんだろう。
俺が初めてわかばシティFMでラジオに出たあと、オンエアしたものを録音で聴いたときもこんな感じだったのを思い出す。
「やっぱり、とっても不思議ですね~。こうしてルティとピピナちゃんが目の前にいるのに、ふたりの声が〈すぴーかー〉から聴こえてくるんですから~」
「フィルミア様もそう思われますか。ここに、来週からは私とフィルミア様の声が加わるかと思うと……緊張と楽しみで、鼓動が高鳴りますね」
「あたしも来週が楽しみだなぁ。大暴れなリリナちゃんも、それをかわいい迫力で止めるフィルミアさんも」
来週からの出演になるフィルミアさんとリリナさんには、有楽が期待を寄せている。特にリリナさんは有楽に個人レッスンをしてもらっていたり、有楽所有のドラマCDやアニメで勉強していたりとこの番組に対してとても熱心な姿勢を見せていた。
……実は有楽がマニア仲間を増やしたいだけじゃないかって疑ったのは、あとで反省しておこう。
「ありがとう、海晴ちゃん。とても自然に仕上がってるよ」
「ホントだね。いいじゃないか、ミハル」
「いえ、まだまだです。でも……褒めてくださって、ありがとうございます」
それでもって、中瀬は赤坂先輩とアヴィエラさんのお姉さんコンビから声をかけられていた。実際に仕上がりが自然に聴こえてるし、俺たちの演技を活かした効果音をつけてくれている。これでからかったりしたら、バチが当たるぐらいだ。
少しの間、みんなで雑談しているうちにテーマ曲が終わってBパートへと入っていく。自然と話し声は止んで、聴こえてくるのはルティとピピナがもぐもぐと何かを食べている音。現実での『はまかぜ』から、物語では赤坂先輩の家でふたりが空腹を満たすシーンへと舞台を移していた。
このあたりも当時の出来事を参考にしながら、ピピナが加わったことでアレンジもほどこされている。
『〈赤坂瑠依子の【若葉の街で会いましょう】。通りすがりの身ではあるが、我、エルティシアが可憐な声に祝福を捧げよう〉』
『〈ピピナは、ピピナ・リーナですっ。ピピナも、おねーさんのこえがだいすきですよっ!〉』
『っ!?』
『ほんとーでした! ピピナとルティさまのこえがきこえてきたですよっ!』
『〈本日最後を彩るジングルは、とても可愛らしい外国人の女の子・エルティシアさんとピピナさんから頂きました。今もスタジオの前で聴いてくれているエルティシアさん、ピピナさん、わたしの声を祝福してくださって、本当にありがとうございます。この祝福、大事にしますね〉』
『なんと……我とピピナの声が聴こえただけではなく、ルイコ嬢から礼を言われたぞ!』
『よかったですね。赤坂せんぱ……えっと、赤坂さんも喜んでましたよ』
『エルティシアさんの声もピピナさんの声も、とてもあたたかかったですからねー』
『ほんとーですかっ? ピピナとルティさまのこえ、あったかいですかっ!?』
ふたりが食べている最中に差し込まれるスタジオ前の回想シーンなんかも、ちゃんとルティだけじゃなくピピナにも台詞が割り当てられていた。俺たちがやっているラジオのことをたずねたりするときもピピナから問いかけてきたりするし、ふたりで補い合っていく形になっている。
ラジオのことを、そして日本のことを何も知らないルティとピピナに、俺と有楽が教えていって赤坂先輩が補足していくって段取りだ。
『楽しきものですね、〈らじお〉というのは』
『ええ。ルティさんとピピナさんは、あまりラジオを聴かれないんですか?』
『いえ。私の国には、〈らじお〉というものがないのです』
『えっ? ら……ラジオが、ないんですか?』
『そーです。きっと、ピピナたちがいたせかいとこのせかいだといろんなことがちがうんだとおもうですよ』
『いやいや、ちょっと待って。だったら、ルティちゃんとピピナちゃんはどこから来たっていうの?』
『ルイコ嬢たちは〈レンディアール〉という国の名をご存じでしょうか』
『レンディアール……? 聞いたこともないな』
『やっぱりです』
さすがに当時話したことをそのまま覚えているわけじゃないし、物語を進める都合もあるからいろんな話を削ったり付け加えたりしている。声優やアナウンサー志望っていう現実での有楽と俺の目標を後回しにしてもらって、空いた分をルティとピピナへのラジオの説明やこうしたファンタジー的な会話へとまわされていた。
『我とピピナは、街へと遊びに行こうとしたところで賊に追われてしまってな。すんでのところで、ピピナが操る魔術によってレンディアールからこのニホンへと逃れてきたのだ』
『魔術って、ファンタジーじゃあるまいし』
『〈ふぁんたじー〉……いま、げんそーってばかにしたみたいにいいましたねっ!? じゃあ、ピピナがそのまじゅつをさるすけにみせてあげるですよっ! おいでっ、ぴりぃ!』
『ぴぃぃぃぃぃっ!!』
ぼわんって爆発したような効果音とともに聴こえてきたのは、ピピナがアヴィエラさんから購入した魔石――『呼石』で呼び出すことができるヒヨコ・ピリィの鳴き声とばさばさとした羽ばたき。さすがにリアルタイムで収録したわけじゃないけど、
『ぴっ! ぴっ! ぴぃっ!!』
『いてっ! いてっ! 痛いって! な、なんでヒヨコが突然出てくるんだよっ!』
『ふーんだっ、さすけがまほーのことをばかにしたからいけないんですっ』
中瀬のおかげで、俺の悲鳴とタイミングよく合わせて実際につっつかれているような感じに編集されていた。
もちろん、ピピナがピリィにお願いして鳴いてもらったものだから実際につっつかれたわけじゃない。それどころか、俺が向こうに行くと本人――いや、本鳥から膝の上へ飛び乗ってくるんだから仲がいいほうだとは思う。
『信じてはもらえぬかもしれないが、我とピピナはこういった出自だ』
『ぴっ!』
『ヒヨコを出すって、手品師じゃねえんだぞっ! もっと見栄えのいいマシな魔法があるだろうがっ!』
『そ、それは……ピピナ、まだ修行中だからこれくらいしか……』
『だから、こんな初歩的な――』
『ぴーっ!! ぴぴぴぴっ!!』
『いてっ! いたっ! やめっ! やめれっ!』
『はー……じゃあ、ふたりは外国じゃなくて、異世界から来たってことなんだね』
『そういうことになる。その、唐突でいささか信じがたいとは思うが……』
『でも、こうして実際にヒヨコさんを呼んでもらったわけですし』
『そうそう。こうして不思議な魔法を見たら信じるしかないよっ』
『実際痛いしな!』
『ぴりぃ、そろそろやめるですよっ。さすけもこーさんしたんですから』
『ぴっ!』
『こ、降参してねえけどありがてえ……』
情けない声を上げて、ラジオドラマの中の俺がピリィとピピナに降参してみせる。
この第1話での俺とピピナとの関係は、最初の頃みたいなちょっとぎくしゃくした感じ設定してもらった。先輩としては最初からみんななかよくって考えていたみたいだけど、はじめのうちは仲が悪めなほうが物語がスイングすると思ったからだ。
演じていてこんな頃があったよなぁと思い返していたことが、こうしてリアルタイムで聴いているとまた蘇ってくる。あのケンカ友達みたいな関係も、今の信頼関係へと繋がっているはずだから。
『それで、ルティちゃんとピピナちゃんはこのままレンディアールへ帰っちゃうの?』
『そうしたいのは山々なのだが、なにぶんピピナの魔力が……』
『こっちへとんでくるのにひっしで、ほとんどすっからかんなんですよ……こうしてにほんごをはなしたり、ぴりぃをよんだりするのはちょっぴりだけでいーからつかえるんですけど』
『じゃあ、しばらく日本にとどまるということですよね。もしよかったら、しばらくこの部屋へ泊まっていきませんか?』
『いいのですか?』
『今は、わたしがひとりで住んでいますから。さすがに、野宿というわけにもいかないでしょうし』
『むむぅ……確かに、ルイコ嬢の仰るとおりですね』
『ルティさま、ピピナもいーとおもうですよ。るいこおねーさん、とってもやさしいひとですから!』
『ピピナもそう言うのであれば……ルイコ嬢。しばらくの間、よろしくお願いいたします』
『よろしくおねがいしますですっ!』
『ええ、喜んでっ』
『それと、恥を忍んでもうひとつお願いがあるのですが……その、我に〈らじお〉のことを教えてはいただけないでしょうか』
『ラジオのことを、ですか?』
そして、物語は第1話のラストへと差し掛かっていく。ラジオに興味を抱いたルティが、行動に移す場面だ。
『我らの世界には魔術がありながらも、こうして声のみで交流を図るという手段はありません。とても複雑な技術かとは思われますが、是非とも学び、できることならばレンディアールへと持ち帰りたいのです』
『でも、機械とか電気とかないんだろ。それじゃあ、ラジオをやるにも一苦労なんじゃないか?』
『それは、我の一族だけが持つ力で切り拓いていこう』
『力……って、どうしてカバンから石なんて取り出してるんだ?』
『しばし、待つがよい』
会話が途切れてからひと息おいて、呪文を唱えるようにして大陸公用語をつぶやくルティの声が聴こえてくる。赤坂先輩が練り込んだ、この物語ならではのルティの役割がこの呪文に込められていた。
精霊たちへの、感謝と願い。日々の食事前に口にしているその言葉をなぜ呪文代わりにしたかというと、
『サスケ、先ほどの〈らじお〉を聴く機械を使えるようにしてはくれまいか。砂嵐のような音の場でな』
『あ、ああ』
『……うむ、ここだ』
小さくつぶやいてから改めて呪文を唱えると、俺たちの声に被さっていたホワイトノイズがすうっとかき消えていく。そして、
『サスケ、聴こえるか?』
『〈サスケ、聴こえるか?〉』
『なっ、ど、どうしてルティの声がラジオから!?』
ラジオから流れたように加工されたルティの声に、物語の俺は大きく驚いてみせた。
『我が一族の魔術は、対外的に力を発するものではない。こうして自然にあるものを介して、新たな存在へと変化させるための術なのだ』
『つまり、それってラジオも作れるってことですか?』
『そういうことになります。今のは、さきほどルイコ嬢が教えてくれた仕組みを我なりに解釈し、この石へと流し込んで〈声を送り出す力〉を与えてみました』
戸惑う赤坂先輩へ、ルティがきっぱりと答えてみせる。
今回の物語を作るのにあたって、どうしても避けて通りたかったのはマニアックな話題だ。あくまでもラジオの中から『番組作り』に重きを置きたかったこともあって、無電源ラジオとかミニFMの送信キットとかの『出したらキリのない話題』は封印することにした。
その代わりにと白羽の矢が立ったのが、アヴィエラさんが持つ魔石作りの魔術。今アヴィエラさんが作っている送信用の石をヒントにした赤坂先輩が、許可をもらった上で作中のルティが持つ魔術に設定したらしい。
『そんなことができるんだ……』
『とーぜんですっ! だって、ルティさまはレンディアールのおひめさまなんですからっ!』
『へっ!?』
『こ、こらっ、ピピナ!』
『る、ルティちゃんが異世界のお姫様っ!?』
『ど、どうしましょう。こんな小さな部屋に泊まってもらったら失礼にあたるんじゃ……』
『そんなことはありませんっ! こらっ、みだりに我らの正体を明かすなって言ったであろう!』
『ご、ごめんなさいですっ! ルティさまのとおといちからをみてたら、ついっ!』
ルティに叱られたピピナが、あわてて謝ってみせる。ルティの正体がわかったのを出会って数時間後に変えたのは、12話分しかないラジオドラマの時間がそもそもの原因。
本当ならじっくりと行きたいけどそうも行かないし、来週の第2回にはリリナさんの乱入シーンだってある。今のうちに話を進めておかないと、スムーズに進まなくなっちまうしな。
『てことは……俺たち、異世界のお姫様にラジオを教えるのか!?』
『そういうことになるですねー』
『えっ、ええっ!?』
『そ、そのことは、ひとまず置いてはくれまいか……今の我はいち生徒なのだから、ふたりにはよろしく頼みたい。ルイコ嬢も、ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします』
『ピピナからもおねがいするです。みんなとはなしたことがいろんなひとにきこえるの、とってもおもしろいからおしえてほしーですよっ』
『ど、どうします?』
『あたしは、どっちかっていうと面白いんじゃないかなーって』
『そうだね。わたしたちのラジオが違う世界に広がるのは面白そうだし、なによりリスナーさんからのお願いだもん。わかりました。ラジオをルティさんのピピナさんの世界へ伝えるお手伝い、ぜひさせてください』
『ありがとうございます、ルイコ嬢!』
『ありがとーです、るいこおねーさんっ!』
『先輩がそう決めたなら、俺も手伝います』
『あたしもっ! 異世界のお姫様と魔法使いさんとラジオができるチャンスですから!』
『それじゃあ、明日からすこしずつラジオのことを学んでいきましょう。ルティさん、ピピナさん、これからもよろしくお願いします』
『我らこそ、よろしくお願いいたします!』
『おねがいするですよっ!』
赤坂先輩が優しく答えると、ルティもピピナも元気いっぱいにお礼を言った。
これが、第1話の結末。ラジオのことをいくらか教えてもらって、それに興味を持ったルティとピピナが学ぼうとするっていう、みんなとの出会いをぎゅっと詰め込んだお話としてまとめられた。
でも、ドラマ自体はもう少し続く。
『こうして、ニホンという異世界へ飛ばされたお姫様のエルティシアと魔術師のピピナは、異世界で出会った仲間たちといっしょに〈らじお〉という不思議な文化を学ぶことになりました。この先どんな風に〈らじお〉を学んでいくのか……それは、次回のお楽しみに』
ピピナの返事から数秒おいて、落ち着いた女性の声でナレーションが入る。
聴き慣れた赤坂先輩やフィルミアさんのようなのんびりした声でもなく、リリナさんの凛とした声でもない。かといって、ルティとピピナやのようなかわいらしい声でもないし、有楽の変幻自在な声とも違う。
『連続〈らじおどらま〉、〈異世界ラジオのつくりかた〉第1回。ただいまの出演は――』
『エルティシア役、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアール』
『ピピナやく、ピピナ・リーナ』
『赤坂瑠依子役、赤坂瑠依子』
『有楽神奈、女盗賊、通りすがりの女子高生役、有楽神奈』
『松浜佐助役、松浜佐助』
『中瀬海晴役……中瀬海晴』
エンディング用のインスト曲が流れ始めてしばらくすると、落ち着いたナレーションに導かれてキャストの自己紹介へ。自分の名前を役柄として言ってから名乗るってのはさすがに違和感があるけど、その中でもひとりで声色の違う3役を演じた有楽はさすがと言う他にない。
『制作・脚本、赤坂瑠依子。演出・編集、中瀬海晴。制作協力、〈くいっくれすぽんす〉。そして〈なれーしょん〉はアタシ、アヴィエラ・ミルヴェーダがお送りしました』
最後を締めくくるのは、この作品でナレーションを担当することになったアヴィエラさん。いつもの快活なトーンとは正反対な落ち着いた声は、この作品の締めくくりにとってもふさわしくて、
「うわっ、ホントにアタシの声が流れたよ……」
「実にお見事です、アヴィエラお姉さん」
その本人はというと、口に手をかざしながら顔を真っ赤にしてさっき褒めていた中瀬から褒め返されていた。
「ありがとうございました、アヴィエラさん。締めくくりにとてもいいナレーションでした」
「いや、それは別にいいんだけどさぁ……やっぱり、こういうのって照れるね!」
ていねいな赤坂先輩のお礼に、アヴィエラさんが顔を真っ赤にしたままあははーと照れ笑いを浮かべる。
元々『異世界ラジオのつくりかた』に出演することになっていたアヴィエラさんの出番は、異世界編となるラスト2話だけ。どうにかしてアヴィエラさんにお手伝いしてもらおうと考えた先輩が思いついたのが、このナレーションだった。
「そのわりには、こういうのに手慣れてた感じですよね」
「イロウナにいたとき、よく学校の子供たちに読み聞かせとかしてたもんだからさ。でもさ、やっぱり〈なれーしょん〉とは全然違うって!」
「私が〈あいしーれこーだー〉を向けたときに、表情が引き締まったのがとても印象的でした」
「こういうのって緊張するじゃんか……でもまあ、こうしてみんなといっしょに〈らじおどらま〉へ出られたのはうれしいよ。ありがとな、ルイコ」
「いえ、わたしこそ」
ちょっと拗ねてみせながら、アヴィエラさんも仕方ないなとばかりに笑ってお礼を言ってみせた。それに応える赤坂先輩もうれしそうなのは、やっぱり会心の出来だったからだろう。
ラジオドラマも無事終わって、スピーカーからはエンディング用の軽快なインスト曲が流れている。あとはCMが流れて、次の番組へ……なんてことはなくて、
『というわけでお送りしてきました、わかばシティFMが舞台の番組づくりラジオドラマ〈異世界ラジオのつくりかた〉。後半のトークパートはあたし、クイックレスポンスの新人声優・有楽神奈と』
『某ラジオ局アナウンサーのボンクラ息子でアナウンサー志望・松浜佐助の週替わりアシスタントふたり。そして』
『我、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと』
『ピピナ・リーナのめいんぱーそなりてぃーふたり、ごーけーよにんでおおくりするですよっ!』
まだ30分のうち15分しか経過していない番組は、後半のトークパートへと移っていく。さすがに30分まるまる連続ラジオドラマっていうのはみんなの体力的にもキツいし、ラジオドラマを扱う番組だとこのフォーマットが基本っていうこともあって採用されていた。
『あたしはこのわかばシティFMでクイックレスポンスのラジオに出てたり、同じ学校の松浜先輩と〈ボクらはラジオで好き放題!〉に出てるから聴いたことがある人もいるかもしれませんね。でも、エルティシアさん――えっと、こっちでもルティちゃんでいいよね?』
『うむ、もちろんだ』
『ありがとっ。ルティちゃんとピピナちゃんは、初めてのラジオドラマで初めてのラジオパーソナリティ! 外国の小さな町からやってきたふたりが、自分の町でもコミュニティFMを開局するためにリアルと物語でラジオ番組づくりを学んでいきます!』
『じゃあ、さっそくふたりのことを紹介していこうか。ルティとピピナはわかばシティFMのリスナーで、ラジオドラマに出演している赤坂瑠依子さんの〈若葉の街で会いましょう〉がきっかけになってこの番組のメインパーソナリティになりました』
『元々は海外に住んでいて、こっちに遊びに来たときにコミュニティFMのことを知ってただいま絶賛お勉強中なんです。時々、るいこせんぱいの番組のお手伝いとかしてるんだよね』
『ああ。ルイコ嬢の〈ばんぐみ〉の時には、ピピナとともに外で〈じんぐる〉の〈ろくおん〉を手伝ったりしている。〈りすなぁ〉諸氏の中には、もしかしたら我の姿を見たことがある方もおられるかもしぬな』
『ピピナも、ルティさまといっしょにおてつだいとおべんきょーをしてるですよ。このあいだも、さすけとかなとおなじじかんたいのこーこーせーさんたちのばんぐみをみておべんきょーしてました』
『ふたりとも身長が150センチと140センチもないから、みんなにずいぶん可愛がられてたよな』
『ら、〈らじお〉なのだから姿は見えぬであろう。我の堂々とした声から、その姿を想像してはくれまいか』
『堂々としてるよねー。そしてかわいい』
『なっ』
『かわいくてどーどーとしてるです』
『かわいくて堂々としてるし、凛々しいよな』
『さ、サスケは余計なものを付け加えるでないっ!』
有楽とピピナと俺のかわいい攻撃に慌てたルティの声と、ちょっと顔を赤くしている隣のルティの姿が妙にシンクロしている。膝の上ではピピナが「かわいいですー」とか追い打ちをかけてるし、実際にかわいいんだから仕方ない。
番組はこうして4人のクロストークで進んで、ルティとピピナを紹介しながらラジオドラマに出てきたラジオ用語の解説や雑談へと展開していく。ラジオドラマの時はみんなずいぶん緊張した雰囲気で聴いていたのが、トークパートになるとみんなでくつろぎながら聴いていた。
そんなトークのコーナーも終わりを迎えて、中瀬が選曲したバラード調のインスト曲が流れてくる。いよいよ、番組のエンディングだ。
『〈いせかいらじおのつくりかた〉、そろそろ〈えんでぃんぐ〉のじかんです』
『この〈ばんぐみ〉では、〈らじおばんぐみ〉づくりについての質問や感想、そして〈らじお〉に関する〈りすなぁ〉諸氏からの思い出などを募集している。〈めぇるあどれす〉は、isekai@fm888.jpn。〈あいえすいーけーえーあい、あっとまーく、えふえむはちはちはち、どっとじぇいぴーえぬ〉だ』
『というわけで、第1回もそろそろ終わりなわけだけど、ふたりとも初めてのパーソナリティはどうだった?』
『どっちかとゆーと、さすけとかなのほうがめいんだったよーなきがします』
『初めてなんだから仕方ないよ。まだあと12回あるし、慣れていけばメインになれるって』
『そんな俺たちアシスタントは、週替わりで担当することになっています。来週の担当はこちらの有楽神奈と、ルティたちと同じ街から来た凛々しい女の子。今明かせるのはここまでですけど、ラジオドラマにも出てくるのでぜひぜひお楽しみに!』
『というわけで、この時間は我ことエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと』
『ピピナ・リーナと』
『アシスタントの松浜佐助、そして』
『同じくアシスタントの有楽神奈。こちらの4人でお送りしましたっ』
『次回もわかばシティFMで、皆といっしょにラジオを学ぶのを待っておるぞ!』
『それではみなさん』
『『『『また、来週!』』』』
俺たち4人の声が重なって、しばらくインスト曲だけが流れていく。そのインスト曲も、10秒ぐらいするとフェードアウトしていって――
『わかばシティFMのノンストップ音楽番組〈Midnight Playlist〉は、リスナーの皆様からのプレイリストをお待ちしております。月曜日から金曜日の深夜3時間と土曜と日曜の早朝2時間に加えて、7月からは日曜深夜の30分枠も新設し――』
「……終わったな」
「ああ、終わったな」
続くCMが流れている最中に聞こえてきたルティのつぶやきに、俺もぽつりと応えた。
長いようでいて、短かった30分。あっという間に過ぎていったこの時間はまるで夢みたいなものだったけど、
「ルティさまっ、ピピナもよくしゃべれましたか?」
「ああ、もちろんだ。我らによくついてきてくれた」
「それならよかったです!」
「来週も、またその次もよろしく頼むぞ」
ルティもピピナも、ふたりして隣で笑いあっていて、
「来週は私の番ですね。カナ様、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。とはいっても、もう収録は終わっちゃったけどね」
「ですが、こうして聴くのは初めてになるのですから。また、ともに聴いて下さいますか?」
「もちろんっ!」
向かいでは今週相方を務めてくれた有楽と、来週分で有楽の相方を務めるリリナさんも楽しそうに話していたり、
「来週の〈どらま〉には、わたしも登場するんですよね~……ちょっぴり緊張してきました~」
「気持ちはわかります。初めての出演って、どうしてもドキドキしちゃって」
「慣れてるルイコさんでもですか~?」
「ええ。やはり、初めてのことに挑戦するときには緊張してしまいます」
フィルミアさんは右はす向かいのソファでいっしょに座っている赤坂先輩から経験談を話してもらっていたり、
「アヴィエラお姉さん、お疲れ様でした」
「ミハルこそ、音の作業も声の出演もお疲れ様。ずいぶん堂に入ったものじゃないか」
「いえ、アヴィエラお姉さんにはかないません。来るアヴィエラお姉さんの出演に向けて、よりっそう精進していかなくては」
「じゃあ、アタシも語りと演技を精進していかなくちゃな」
すっかり仲良しコンビな中瀬とアヴィエラさんも、左はす向かいで意気込み合っていた。
みんなの楽しそうな声が、今までの時間は現実のものだったって教えてくれて……
「サスケ」
「うん?」
「夢が、またひとつ形になった」
「ああ」
頬が緩んで、さらには笑いたくなって仕方がない。
楽しくて、うれしくて、これから先に待っているものがぐっと広がっていって。
ここにいるみんなとどんなラジオを作っていこうかっていう希望が、今にもあふれ出しそうで。
「あと12回、もっともっとがんばって作っていかねば」
「うん。それに、ヴィエルでのラジオ局作りだって待ってるんだよな」
「形にするべき夢がたくさん待っているところで、こうして実際に〈ばんぐみ〉が流れたのは実に励みになった。どういう反応が返ってくるかは期待もあり、不安もあるが……今は、素直に楽しんでおこう」
「そうだな」
全部が全部、いい反応じゃないかもしれない。もちろんそういった声は参考にする必要があるし、受け入れなくちゃいけないと思う。それでも、今だけはこうしてひとつの番組が完成したことを喜んでいたかった。
「よしっ。それじゃあ、お祝いに乾杯でもするか。麦茶でだけど」
「もう深夜であるからな。ならば、我も手伝おう」
「ピピナもてつだうですよっ!」
俺とルティが立ち上がろうとすると、ルティの膝から飛び降りたピピナも人間サイズになってしゅたっと床に降り立った。
「ありがとな、ピピナ。みんな、第1回オンエアのお祝いに乾杯しようと思うんだけど、麦茶でいいかな?」
「「「「「「はーいっ!」」」」」」
俺の問いかけに、みんなが元気に応えてくれた。2リットルの容器2つ分に作ってあるから、量も十分に――
「佐助、あたしたちの分もある?」
「母さん?」
って、寝てるはずの母さんがなぜか入口にいるし。
「大丈夫なのか? まだ寝なくて」
「寝るわけがないでしょ。かわいい息子とその友達の新番組なのに、そうやすやすと寝てられるもんですか」
「母さん……ありがとう」
「いいのいいの。それより、あたしたちの分はあるのかしら」
「ああ、ある……って、『あたしたち?』」
と、母さんの言葉に一瞬引っかかりを覚える。俺は一人っ子で、父さんも今はプロ野球中継の仕事で仙台にいる。泊まってるみんなはこのリビングに全員集まってるし、これ以上誰かがいるってことはないはずなんだけど――
「『お母さん』はね、母さんだけじゃないってことよ」
「は?」
にやりと母さんが笑ったところで、その後ろからふたつの人影がリビングへと入ってきた。
「やっほ」
「か、母様!?」
「ど、どうしてここに~!?」
ひとりは、肩まである銀髪に引き締まった顔立ちがルティとそっくりな女性。
「なんだか楽しいことをやってるじゃないのー」
「か、かーさま!?」
「なっ、なぜこちらへいらっしゃったのですか!?」
もうひとりは、長い水色の髪の先を大きな緑色のリボンで結んで、髪と背中の隙間から透明の羽をはためかせているちょっと背の小さい女の子。
そのふたりをルティとピピナが『母様』って呼ぶってことは――
「も、もしかして、レンディアールの王妃様と」
「精霊様ですかっ!?」
「ありゃ、もう当てられちゃったか」
「そりゃそうでしょー。ヴィエルに住んでて、リリナもいるんじゃあねー」
俺と有楽の問いかけに、あっけらかんと答えるふたりの『お母さん』。
ヴィエルどころか、レンディアールを支えるふたりだっていうのに……どうしてこんなところにいて、母さんと笑い合ってるんだ……?
自分の声がスピーカーを通じて聴こえてくるというのは、ラジオに関わる人にとっては嬉しいことではないかと思います。自分も中学校の放送部ではありますが録音したものを聴くのはワクワクして(その後頭を抱えて悶えたりして)いたものですし、形になったものを聴くというのはやはり感慨もひとしおなのではないかと。
本作の佐助やルティも、日本でのラジオ番組というひとつの到達点にはたどり着きました。でも、まだ到達点にすぎないわけで、これからも彼らの物語は続いていきます。折しも、作中はもうすぐ夏休み。最後に顔を出した「お母さんズ」を交えて今後どういった物語になっていくか、楽しみにしていだければ幸いです。
……なのですが、来週は1回番外編を挟ませていただきたく思います。
新生活と遅い季節の変わり目で少々体調を崩しており、どうしても体勢を整えたいものでして。ご了承いただきますよう、よろしくお願いいたします。




