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第34話 はじまりの日

「ふぅ……」


 額に湧き出る汗を、右腕でぬぐう。


「今日もあっついなぁ」


 まだ朝だってのに気温が高くて、太陽は高くなくても陽射しと湿気がかなりキツい。これからもっと酷くなるってのは考えたくもないけど、ここ数年の夏を考えるときっとそうなるんだろう。

 そんなことを考えながら、ホウキでタイル敷きの歩道を掃いていく。人通りもほとんどないから、撒き散らされることもなくゴミが集まっていった。

 聴こえてくるのは、しゃり、しゃりと、ホウキの穂とタイルが擦れる音だけ。


「ちりとりを持って来たぞ」


 それを覆うように聞こえてきたのは、少しだけ幼い女の子の聴き慣れた声。

 振り向けば、Tシャツとハーフパンツ姿の銀髪の女の子――ルティがちりとりを手にして立っていた。


「おう、ありがとうな」

「店の中は姉様とチホ嬢が掃除をしているから、やることがなくて出てきてしまった」

「別にゆっくりしててもいいのに」

「なんとも手持ち無沙汰でな」


 ちょっと困ったように笑い合って、ルティからちりとりを受け取る。そのままホウキとちりとりでゴミをすくい取って、ゴミ袋に入れれば掃除完了だ。


「これでおしまいっと」

「ご苦労であったな、サスケ」

「いつものことだから慣れてるよ」


 そう言いながら、今立っている商店街を見渡す。

 まだ朝6時過ぎっていうこともあって、店を開けているのはウチぐらいのもの。いつもだったらシャッターを開けている魚屋さんも、日曜で市場が休みだからかまだ店を開ける気配はない。


「いつもはにぎやかなのに、こんなに静かな時もあるのだな」

「深夜と早朝は、だいたいいつもこんな感じだな」

「ヴィエルの市場通りと似たようなものか」

「そういうこと。ルティは、朝の商店街って初めてだったっけか」

「う、うむ。いつもはまだ眠っているものだから……すまぬ」

「謝らなくていいって。やっぱり、今日は早く起きちまったのか」

「そういうサスケこそ、ずいぶん早く起きたのではないか?」

「俺は、土日はいつも通りに起きてるからなぁ」

「むぅ、ごまかしおった」

「ごめんごめん」


 むくれるルティへ、両手を合わせて謝る。かわいらしいけど、こういう日まで怒らせるわけにはいけない。


「ホントのことを言うと、3時ぐらいに起きてそのまま眠れなかった」

「我は4時過ぎか。ピピナの寝顔を見ていたから、退屈はしなかったが」

「ピピナは大物だなぁ……」

「だからこそ、頼りがいがあるとも言える」

「小さなお姉さんだしな」

「我にとっては、妹でもあり姉でもありといったところだ」

「ルティさまっ、さすけっ」


 おっ、噂をすれば。

 ドアベルの音といっしょに元気な声がしたかと思うと、中から飛び出してきたピピナがブレーキをかけるようにして俺たちの前で立ち止まった。


「あさごはんのよーいができたから、よびにきたです」

「ありがとな。掃除も終わったから、すぐに行くよ」

「はいですっ。きょうは、るいこおねーさんとちほおねーさんのてづくりおむすびですよっ!」

「なるほど、オムスビか」

「そっか。今日は『オムスビ』にふさわしい日だもんな」

「やっぱりわかったですか」

「そりゃあ、な」

「我らにとって、これ以上ないほどに記念すべき食べ物だからな」

「えへへっ、そーですよねっ」


 ルティと視線を合わせてから笑いかけると、ピピナがうれしそうに両手をあげた。

 そりゃあ、わからないわけがない。

 初めて出会った日に、みんなでいっしょに食べたのが赤坂先輩手作りのおむすび。

 そして、今日は7月10日。『異世界ラジオのつくりかた』第1回放送の日。

 はじまりの日には、もってこいな食べ物だ。


 急遽呼び込まれて、響子さんの番組に出てから3日。金曜日の部活と土曜日の生放送を経て、いよいよ俺たちはこの日を迎えることができた。

 赤坂先輩の発案で始まったルティとピピナのラジオ番組『異世界ラジオのつくりかた』が放送される日。正確には明日の午前0時からの放送だけど、24時からと思えば別に問題はない。

 ルティがいて、ピピナがいて、フィルミアさんもリリナさんも、そして赤坂先輩もいる。


 *   *   *


「ありがとうございましたっ! またのお越しをお待ちしてますっ!」


 そして、アヴィエラさんも元気な声で喫茶『はまかぜ』での会計を済ませたお客様を見送っていた。


「姉ちゃん、元気がいいね!」

「あははっ、どうも。アタシはこれが取り柄なもんで」

「いいねえいいねえ。なあチホちゃん、いい子を連れてきたね!」

「佐助のお友達ですよ。ヴィラちゃんが、どうしてもお手伝いをしたいって」

「なんだ、さす坊のコレか!」

「じいちゃんたち、なに言ってんだよ!」


 からかってくる近所の御隠居たちへ文句を言ったら、ガハハと笑ってごまかされた。でもよかった、異世界から来たアヴィエラさんやルティなら小指の意味を知らないだろうし――


「けっ」


 とか思っていると、奥の席に座ってタブレットPCをいじっていた黒髪メガネの文学『風』少女、中瀬が舌打ちをしてきた。


「な、なんだよ。文句なら御隠居たちに言えよ」

「尊ぶべき方々に言えるわけがないでしょう。松浜くんが一身に受けるべき案件です」

「お客様、テーブルのものをお下げしますね?」

「ごめんなさいもういいません」


 あんまりな言い方にイジワルをしたくなって、オレンジジュレのカップとクアッドベリーケーキが乗った皿を取り上げたらあっさり退きやがった。まったくコイツってヤツは……


「なんて、誰が言いますか」

「あっ、こらっ」


 皿をテーブルに戻したとたん、ひったくった中瀬は植え込みの方を向いてもっきゅもっきゅとケーキをほおばりだした。


「言ってるじゃねえか!」

「否定したのでノーカンです」

「何やってるんだい。サスケもミハルも」

「松浜くんが悪いんです。オトメゴコロを弄んで」

「弄んでねーよ」

「何がなんだかわからないけど、あんまり店の中で騒ぐもんじゃないよ?」

「そうだぞ、さす坊」

「姉ちゃんの言うとおり!」

「店員さんが静かにしないでどうするんですか」

「お前も言われてるんだよ!」


 褐色の肌に映えるベージュのエプロンを着けたアヴィエラさんを皮切りに、御隠居たちや中瀬にどんどんたしなめられていく。って、中瀬は人ごとにしてるんじゃねえよ。


 今日はルティとフィルミアさん、ピピナとリリナさんに加えて中瀬とアヴィエラさんもウチへ泊まりに来ていた。アヴィエラさんにとっては初めての松浜家のはずが、あれよあれよという間にわが家へ馴染んで開店からランチタイム中の今もウェイトレスとして働いている。

 本人いわく「やっぱ店先って落ち着くねえ」ってことで、その言葉通りに活き活きとしていて時々やってくる近所の御隠居や文学少女モドキ――中瀬からは非常に好評だった。


「お疲れ様、ヴィラちゃん。アイスミルクティーをいれたから、飲んでいってね」

「あはっ、チホさんの『みるくてぃー』大好きなんですよ! しかも冷えてるのかぁ」


 御隠居たちが騒々しく帰ってしばらくして、時計が午後2時を指したこともあってか母さんからのランチタイム終了宣言が出た。


「サスケももういいわよ。そろそろ泉ちゃんがバイトに来る頃だし」

「はいよ。母さん、ついでにルティたちの分も作っていいかな」

「そう言われると思って、もう作ってあるわよ」

「おおぅ」


 俺の申し出を予想していたらしく、母さんはアイスミルクティー入りのグラスが6つ載ったトレイをカウンターの上へと置いた。さっきからカランカラン音がすると思ったら、ずっとアイスティーをいれてくれてたのか。


「ありがとう、母さん」

「アイスティーは母さんに任せときなさい。それよりほら、氷が溶けちゃうからもう持っていかないと」

「ああ、わかった」


 せっかくの好意を無駄にするわけにはいかないし、さっさと持っていくに限る。カウンターに入った俺は慎重にトレイを持ち上げて、揺らさないように気をつけて玄関を上がった。階段がちょっと急だから、もっと慎重に行かないと……


「アヴィエラさんも行くんですか」

「もう上がりだしねー。後ろにミハルもいるよ」

「アヴィエラお姉さんが日本にいれば、そばに私の姿ありです」

「わけわかんねぇよ」


 階段を上がる足音が複数だから声をかけてみたら、中瀬までついてきていたとは。まあ、ジュレもケーキも食べ終わったみたいだったし別にいいか。


「入るぞー」


 そのまま階段を上がりきって引き戸を開けると、ダイニングのイスに座ったフィルミアさんとピピナに赤坂先輩、そしてルティとリリナさんがテーブル上の木の台や電子部品といった無電源ラジオのキットと静かに格闘していた。


「って、置く場所がないな……母さんがアイスミルクティーをいれてくれたから、リビングのテーブルに置いとくぞー」

「ああ、わかった。水濡れを考えるとそのほうがいいだろう」


 はんだゴテを握っていたルティが、一瞬顔を上げて返事してからまたはんだ付けに戻った。最初はそのミスマッチな姿に驚いたものだけど、日本でもヴィエルでも作業姿を見るようになってずいぶん慣れたもんだ。


「ふぅ……エルティシア様、少々休息をいただいてもよろしいでしょうか」

「もちろん。チホ嬢がいれてくれたお茶も飲んでくるといい」

「ありがとうございます」


 ルティへ小さく会釈したリリナさんが、はんだゴテをコテ台に置くと立ち上がって俺たちがいるリビングへとやってきた。


「お疲れ様です、リリナさん」

「いえ、それほどでも……ああ、ありがとうございます」


 向かいのソファに座ったリリナさんへアイスミルクティー入りのグラスを差し出すと、ちょっと微笑んでから受け取ってくれた。

 はんだゴテを扱っていることもあってか、今日のリリナさんは三つ編みを前じゃなく後ろに垂らして、黒い長袖のシャツにジーンズっていう珍しく落ち着いた格好。いつものメガネ――『視石』も健在で、少し大人っぽい装いだ。


「リリナちゃん、『視石』の調子は大丈夫?」

「はい、順調です。前ならばこういった作業をするときは目を凝らす必要があったのですが、今は少々顔を近づけるぐらいで済むようになりました」

「それはよかった。調整の必要があったらいつでも受けるからね」

「ありがとうございます。そういえば、近頃買い物へ出ていると視石のことをたずねられるようになったので、商業会館のことを紹介しておきました」

「お客さんから聞いたよ。宣伝ありがとうね、リリナちゃん」

「世話になったのですから、当然のことです」


 にかっと笑うアヴィエラさんへ、リリナさんが微笑んで応える。それだけ、お互いのことをすっかり信頼しあってるんだろう。


「……ああ、やはり美味しいです」

「りぃさんって、いつもかき混ぜないで飲みますよね」

「こう、牛乳の層とお茶の層が舌の上で混じり合うのが好きなもので」

「へえ、アタシも今度そうしてみようかなぁ」


 中瀬の問いに答えてから、ストローでアイスミルクティーを飲むリリナさん。グラスの中は茶色と白のマーブル模様がふわふわと漂っていて、口にするたびに表情をゆるめていた。


「無電源ラジオ作り、順調みたいですね」

「はい。フィルミア様とルイコ様がピピナとともに組み立てて下さるので、はんだゴテで結線するのが楽になりました」

「ひとりで全部の工程をやるより、そうやって分担したほうが効率がいいのかもしれませんね」

「これも、マモル殿の助言のおかげです」

「本当、馬場のじいさんには頭が上がりませんね」


 みんなはここ最近、時間があると松浜家でもヴィエルの時計塔でも無電源ラジオを作るようになった。……まあ、秋頃までに2000台作るとなれば当然そうなる。

 ドライバーとはんだゴテがあればできる作業だし、電気がないヴィエルでも先端を焼いた鉄の箸があればはんだを溶かせる。で、日本にいることが多い土曜日になると馬場のじいさんがウチへキットを納品しに来るから、そのたびにみんながアドバイスをもらってるわけだ。


「そうですね~。マモルさんは厳しいですけど、的確な助言で助かっていますよ~」

「安全と効率を考えてのことでしょうし、あのくらい厳しくて当然かと」

「優しさの裏返しといったところですか」

「ですです。まもるおじーさんはちっともこわくないです」


 作業の手を休めてやってきたフィルミアさんと赤坂先輩の言葉にうなずいてると、ピピナもうれしそうに言いながらはす向かいのソファにいるリリナさんの隣へと座った。


「ルティも、ひと段落ついたら休憩にしといたほうがいいぞ」

「ああ、もうちょっとだ。んしょ……っと」


 ダイニングではちょうどルティがチューニング用のダイヤル部分とメッキ線のはんだ付けをしていて、はんだの部分から白く細い煙が立ち上っていた。

 その煙を飛ばすように息を吹きかけてはんだゴテをコテ台に置くと、テーブルの真ん中に置いてあった簡易スピーカーのケーブルを無電源ラジオのイヤホンジャックに差し込んで、伸ばしたロッドアンテナを窓の方へぐいっと曲げた。


『――さあサイドバックの三島がオーバーラップ! オーバーラップした三島にセンタリングが来る! 頭を合わせ――あぁぁボールはバーの上! 惜しくも先制はなりませんでした!』


 慎重にダイヤルを回していくにつれて、メガホンとイヤホンで作られた簡易スピーカーから聴こえてきたのは勢いのある男性――山木さんの声。リベルテ若葉の実況中継が流れてるってことは、無事にわかばシティFMにチューニングできたみたいだ。


「よしっ、もう一台できたっ!」

「すっかり手慣れた感じだな」

「最初は『ハンダゴテ』の熱さに驚いたものだが、慣れれば頼もしいことこの上ない」


 誇らしそうに言って、はんだゴテの電源ケーブルとタップを結ぶスイッチを切ったルティがリビングへとやってくる。空いている俺の隣に座ると、手を伸ばしてアイスミルクティーのグラスを手にして待ってましたとばかりにストローへ口をつけた。


「うむ。やはり、チホ嬢のいれてくれた『みるくてぃー』も実に美味い」

「そいつはよかった。さすがに、途中で止めるわけにはいかないか」

「あと少しというところであったからな。やはり、完成間際のものは早く仕上げておきたい」

「ルティさんもリリナさんも手際がいいから、フィルミアさんとピピナさんとでどんどん組み立てちゃった」

「最近は、向こうで1日30台作っても時間に余裕があるぐらいなんですよ~」

「そんなに多く作れるんですか」

「まもるおじーさんがつくりやすくかこーしてくれるのもおっきいとおもうですよ。みぎもひだりもわからなかったピピナたちでも、とってもつくりやすいですっ」


 無電源ラジオ作りを手がけることが多いルティとフィルミアさん、ピピナとリリナさんに赤坂先輩が口々に言って、明るい表情を見せる。つい1ヶ月前はこの量をどうしようどうしようって右往左往していたのに、こう笑い合えるってことはそんなに心配しなくてもよさそうだ。


「そのペースなら、9月までに間に合うかな」

「うむ。こちらでもヴィエルでも時間をかけて作れるし、時折アヴィエラ嬢も遊びに来たと称して手伝いに来てくれるから、十分間に合うだろう」

「ありゃ、手伝いってバレてた?」

「バレてたって、気付かないって思ってたんですか」

「だって、マモルさんに教えられて作ってみたら簡単で面白いんだもんさ。エルティシア様たちだけじゃ大変だろうし、知ってるアタシが手伝えば力になれるだろ」

「あー……すいません。日本の俺たちがあんまり力になれなくて」

「なに言ってるんだい。アンタたち学生組は勉強もあって〈らじお〉の〈ばんぐみ〉も作って大忙しなんだろ」

「全部が全部、サスケさんたちにおんぶにだっこというわけにはいきませんよ~」


 謝る俺に、アヴィエラさんが呆れながらたしなめてくる。続くフィルミアさんの声は優しかったけど、やっぱり心苦しいのは変わらないわけで。


「夏休みになったら、俺らも参加するんで。有楽は、仕事があるときは無理かもしれませんけど」

「カナ様はカナ様で、仕事を持っておられますからね。今日も、その仕事の顔合わせだそうで」

「きのーとまっていかなかったの、ちょっといがいでした」

「そのあたりは、有楽もプライベートと仕事をきっちり分けてるみたいですね」


 ルティが来てる日はいっしょに泊まることが多い有楽は、昨日先輩の生放送が終わってから家へと帰っていった。いつもだったら食べていく夕飯も食べないで、まっすぐに。


「でも、夜になったら来るそうですよ。お泊まりセットを持って」

「我もカナから聞いておる。やはり、いっしょに聴きたいのだとな」

「かな、すっごいたのしみにしてましたよねー」

「じゃあ、今日は全員泊まりってことか。中瀬も泊まっていくんだろ?」

「…………」


 確認しようとアヴィエラさんの隣にいる中瀬に話しかけたけど、中瀬はアイスミルクティーのグラスを持ったままぼーっとしていた。


「中瀬?」

「……はっ。な、何を言ったんですか。また松浜くんは私に突っかかってくるんですかっ」

(ちげ)えよ! 今日も泊まっていくのかって聞いただけだっ」

「当たり前に決まっています。でも勘違いしないでください。私はるぅさんたちの部屋に泊まるのであって、決して松浜くんの家に泊まるわけではありません」

「支離滅裂だぞ。いつもの中瀬らしくもない」


 いつもだったら理路整然としているはずの中瀬がわけのわからないことを言い出したことに、つい心配してしまった。


「なんというか、いまだに不思議で」

「何がだよ」

「私が編集したラジオ番組が、実際に電波に乗って放送されるということがです」

「そっか、中瀬は演出担当だったもんな」

「はい。なぐさめているつもりでいつもその役職を横取りしてる方がいらっしゃるもので」

「……俺のせいじゃないってことはわかっててくれよ」


 相変わらずそこは根に持っているらしい。


「まあ、本音はひとまず置いておいて――」

「冗談じゃないんかい」

「日本に住んでいる私たちはともかく、違う世界から来たるぅさんたちと作った番組が流れるというのが……なんといいましょうか」


 そこまで言ったところで、ストローをひとかきまぜした中瀬の視線が隣のルティへと向く。


「夢のように、思えてしまったんです」

「夢?」

「はい。るぅさんとぴぃちゃん、みぃさんやりぃさんといっしょにラジオ番組を作ったということが、まるで夢のようで。でも、確かにみんなはここにいるわけで」


 中瀬の言葉には、心当たりがある。

 いつかルティたちが俺たちの前に現れなくなって、二度と会えないんじゃないかっていう不安。俺と赤坂先輩の心を突き動かしたその不安に、よく似ていたから。

 でも、中瀬は普段めったに緩めることのないくちびるの端を緩めると、


「みんなといっしょにいたら、夢が現実になったみたいでとっても不思議なんです」


 今まで聞いたことがないくらい弾んだ声で、少し、本当に少し微笑んでみせた。


「夢が現実に、か。まさにその通りだ」

「そうですね~。ルティにとっての夢がみんなの夢になって、こうして形になったのですから~」

「アタシも、みんなとはちょっと違うかもしれないけど夢を現実にしてるのかも。みんなとの出会いがきっかけで、新しい魔石の構想も思い浮かんできたしね」

「ピピナも、ねーさまといっしょにみんなのおてつだいをするってゆめがげんじつになっちゃいましたっ!」

「エルティシア様の夢を中心として、この〈らじお〉づくりから私たちの夢が様々な形で現実へと向かっているのかもしれません」

「はいっ、私もそう思います」


 中瀬の笑顔をきっかけに、異世界から来たみんなの間にも笑顔が広がっていく。それがうれしいのか、いつもは無表情な中瀬が目を細めて小さくうなずいてみせた。

 さすがの俺も、それを茶化す気にはなれない。俺にとっても中瀬が言っていたことは夢で、こうしてみんなで形にしていっているんだから。


「だが、これはまだ夢の半ばだ。〈ばんぐみ〉は今日から始まるのだし、ヴィエルでの開局もまだまだ先。これからもたくさん夢を見て、たくさん現実にしていこうではないか」

「もちろんです。どちらのラジオも、みんなで育てていきましょう」


 いつもの無表情に戻った中瀬が、ルティの呼びかけにぐっと拳を握ってみせる。中瀬は中瀬で、異世界のみんなとの関係を糧にしているらしい。

 ネガティブな感情に陥りそうだった自分とは違う向き合い方に、俺はらしくもなく中瀬のことを見直し――


「それと、仕方がないので松浜くんも私の野望に付き合っていただくことにしましょう」

「なんでお前の野望になってるんだよ! しかも仕方がないってなんだよ!」


 いやいや、前言撤回だ! コイツのことなんか、誰が見直してやるもんか!

 無表情なドヤ顔での宣戦布告を目の前にして、俺はそう堅く誓った。


 それからはずっと、みんなで無電源ラジオづくり。はんだ付けは後回しにしてひたすらに組み立てることで、かなりの台数を稼ぐことができた。

 中瀬はアヴィエラさんとリリナさんから手取り足取り教えてもらったら驚異的なスピードで組み立てをマスターしていくし、赤坂先輩も慣れた手つきで木の台へ次々と部品を固定していって、まだ不慣れな俺にも時々アドバイスをくれたりした。

 その結果、夕飯前ではんだ付けをすればいい段階まで来たのが67台。先にルティとリリナさんが完成させたのも12台あったから、かなりはかどったと思う。


 *   *   *


「へえ。それじゃあ、結構作ることができたんですか」

「まあな。でも、ピピナがあんなにも器用だとは思わなかったよ」

「お姉ちゃんなリリナちゃんがいい手本になってるのかもしれませんね」

「それはあるかもなぁ……ああ、これ母さんが作ったから食っていいってさ」

「いいんですか? じゃあ、いっただっきまーす」


 ポテトチップスがたんまりとのった皿をすすめると、テーブルの向かいに座っている有楽が目を輝かせて手を伸ばした。口の中へ放り込んだ途端に『んー』と声を上げて顔をほころばせまくってるあたり、相当お気に召したらしい。


「先輩のおかーさんが作るポテチはやっぱり美味しいですねー」

「お気に召したようでなにより。でもよかったのか? みんなを追い掛けなくて」

「どのみち間に合いませんでしたよ。それに、家でお風呂に入ってきたから二度風呂になっちゃいますし」

「今日はこの夏いちばんの暑さとか言ってたからなぁ」


 珍しく髪を下ろしたままな有楽の物言いに、朝一番から暑さを実感していた俺も同意してうなずいた。

 リビングにもキッチンにも人の姿はなくて、いるのはダイニングで向かい合って座っている俺と有楽だけ。母さんを始めとした女性陣は店の閉店作業が終わってから近所のスーパー銭湯へ出かけて、俺は仕事を終えてやってきた有楽へ今日のことを報告してい。


「先輩こそ、みんなと行かなくてよかったんですか?」

「俺だけだったら、家の風呂で十分だよ」

「なるほどー。てっきり、みんなのキャッキャウフフな声を聞かないようにガマンしたのかなーって思いましたよ」

「お前とは違ぇよ!」

「失敬な! あたしは率先してキャッキャウフフな声を出すほうです!」

「胸を張って言うことか!?」


 髪を下ろしたことでおしとやかそうにも見えたのは、全くの気のせいだったらしい。


「声っていえば、そっちの仕事はどうだったんだ? ずいぶん来るのが遅かったじゃないか」

「顔合わせが終わってから、他の事務所の人たちと食事会に行ってたんです。せっかくの機会だから、いろいろお話を聞かなくちゃって思って」

「へえ。有楽と同い年の声優さんとかいたりするのか?」

「同い年じゃないですけど、ひとつ上の人はいました」

「俺や中瀬と同い年か」

「はい。もうキャラ名義のCDとかも出してる人で、今回も結構重要な役どころなんです。食事会でもすっごいオーラを出してましたね」

「そんなに凄い声優さんなんだ」

「キャリアも実績もあたしよりもずっと先輩ですし、目指すべきひとのひとりなのは確かです」

「そっか。しっかり学んでこいよ」

「もちろん、たくさん勉強してきます!」


 いつになく、きっぱりと断言する有楽。声優モード特有の真剣な目つきを見ると、それだけ大きい存在ってことなんだろう。


「そうそう。アニメのほうですけど、基本的に水曜日の夕方に収録みたいです。時々金曜日に入るかもって言ってましたけど、その時は事前に連絡もくれるって」

「基本水曜日なら、スケジュール的には影響もなさそうか」

「はいっ。月2回の月曜日が『異世界ラジオのつくりかた』の収録で、水曜日がアニメの収録。木曜日が『dal segno』の収録で土曜日が『ボクらはラジオで好き放題!』の生放送に、第1日曜日が『急いでやってます!』のアシスタントで……えへへっ、ちょっとずつお仕事が増えてきましたねっ!」

「仕事が増えるのはいいけど、体だけは気をつけろよ? 元々弱かったんだろ?」

「わかってますって。マネージャーさんも社長から言われてるみたいで、『異世界ラジオのつくりかた』も近所での収録だからOKを出したって言われました」

「おお……そうだったんだ」

「るいこせんぱいの企画書のおかげですね。本当、助かりましたよ」


 心底ほっとしたように言いながら、有楽がまたポテチを口に放り込んだ。

 企画書の段階で予定してあるスタジオの場所やら作品の内容やらがしっかりと書かれていたことが功を奏していたんだろう。こうして有楽を正式にキャスティングできたのも、赤坂先輩の企画書様々なのかもしれない。


「あと2時間半もしたら、放送開始なんですよね」

「正確には、あと2時間22分だな」


 壁掛け時計を見上げて口にした有楽に、俺はスマートフォンのスリープを解除して補足した。

 時刻は、午後9時38分。『異世界ラジオのつくりかた』第1回の放送まで、もう2時間半を切っていた。


「もうすぐかぁ……」

「有楽は、こういうのに慣れてるのか?」

「そんなことないです」


 俺の問いかけに、有楽が呆れたように息をついてふるりと首を横に振った。


「収録したドラマを初回放送で聴くのは初めてですし、ひとりでいろんな役をやってるからどんな風になってるのかなってドキドキなんです。やっぱり、生放送とは違いますよ」

「そう言われると、俺の演技も初めて自分で聴くことになるんだよな……しまった、俺まで緊張してきたじゃんか」

「ふっふっふっ。ひとりだけ部外者なんかにはさせませんからねっ」

「わかってるよ」


 ちくしょう、ただたずねただけのはずが自分でドツボにはまっちまった!


「父さんも仙台からネットのサイマル放送で聴くって言ってたし、母さんも起きたら真っ先に聴くって言ってるし」

「うちも、真奈が聴くって言ってました」

「紗奈ちゃんと菜奈ちゃんが無理なのはわかるけど、真奈ちゃんは起きてて大丈夫なのか?」

「夜も遅いんだからダメって言いましたよ。でも『姉さんはお泊まりなんだからわからないでしょ』って言ってて」

「そう言われたら、もう言いようがないよなぁ」

「それと、桜木ブラザーズも聴くって言ってたんですよね?」

「ああ。『月曜日、会って話すのが楽しみだ』だとよ」


 期末テストが終わったから、残りの1週間はテストの返却や大掃除と終業式といった行事を残すだけ。午後の早い時間から部活もあるし、金曜日の段階で不敵な笑みを浮かべた七海先輩といつも以上にニコニコしていた空也先輩から出頭命令を受けている。きっと、今日の放送を手ぐすね引いて待っているんだろう。


「七海せんぱいも空也せんぱいも、楽しんでくれるといいですねっ」

「っ……」


 俺の不安とは正反対で、あまりにも純粋な有楽の希望に面食らう。


「ああ、そうだな」


 一瞬言葉に詰まって、それでも出てきたのは同意の言葉。

 せっかく演じたんだから、七海先輩と空也先輩にも楽しんでほしい。それは確かに有楽の言うとおりで、父さんと母さんにも、そして聴いてくれる人たちみんなにも楽しんでもらいたい。

 いつもラジオをやってるときにはそう思っているのに、畑違いだと思い込んで弱気に食われそうになってたら意味がない。


「ただいま帰ったぞっ」

「ただいまですよー!」


 自分に呆れていると、リビングの入口から聞き慣れたふたつの声が響く。振り返ると、昼間着ていたものとは違うお揃いのTシャツとハーフパンツ姿のルティとピピナが入ってくるところだった。


「おかえり、ルティちゃん、ピピナちゃん」

「わわっ、やっぱりかながいたですよっ!」

「下にカナの靴があったからな。お仕事、ご苦労であった」

「ルティちゃんとピピナちゃんこそ、ラジオ作りお疲れ様っ。ああ、ピピナちゃんからいい香りがする……」

「かなからもいいにおいがするですねー」


 鼻をすんすんさせたと思ったら、うっとりとした表情の有楽は腕を広げてピピナのことを迎え入れようとした。ピピナはいつもみたいに嫌がるだろうなと思ったら、そのままぽすんと有楽の腕の中に収まって、そのままぎゅーっと抱きしめ合った。


「珍しいな、ピピナが自分から抱きつきに行くなんて」

「きょうのかなは、ちょっとおつかれぎみみたいです。ピピナでちょっとでもいやせるのなら、おやすいごよーですよ」

「さすがはピピナちゃんっ。ああっ、かわいいしやさしいし、あったかくていいにおいだよー……」

「かなのいえのしゃんぷーも、さすけのおうちやせんとーとちがったいーにおいがするです」


 抱き上げて膝の上へと座らせた有楽の長い髪をひとすくいすると、ピピナもすんすんと匂いをかいでにぱっと笑った。なるほど、膝の上なんて間近でああいう表情を見せられたら、そりゃあ有楽もメロメロになるのも当たり前だ。


「あとのみんなは?」

「姉様方は〈こんびに〉で買い物をしてから帰ってくるそうだ。我とピピナは、カナが来ているかと思って先に帰らせてもらった」

「なるほどな」

「それで、どうであった? 今日から始まる仕事は、今までにないものだったのであろう?」


 ルティはそうたずねながら、俺の隣のイスを引いてゆったりとした所作で座った。


「3話までの脚本を読んでみたら、全部役どころが違うんだ。どういう役かはまだナイショだけど、子供の男の子から大人の女性までってところかな」

「ひとつの役ではないと聞いていたが、そこまで違うのか」

「うんっ。『異世界ラジオのつくりかた』の別役とか『dal segno』のエリシアとも全然違うから、すっごく演じ甲斐があるよ」

「かなのいろんなこえが、にほんのひとたちにきいてもらえるんですねっ」

「そうなんだよねー。役名はないけど、12話ずーっと出られて……えへへっ、なんだか不思議だなぁ」

「不思議、とな?」

「うんっ」


 実感のこもった言葉にルティが聞き返すと、有楽は小さくうなずいてにっこりと笑った。


「こういうアニメに出られるのは、もっともっと先だろうなって思ってたんだ。でも、ルティちゃんたちと出会ってから世界がいっぱい広がって、異世界に行ったり、アニメに出られたり、みんなでラジオ局や番組を作ったりして……高校生になる前は夢にも思ってなかったから、不思議だなーって」

「言われてみれば、確かに不思議だ。皆と出会わぬまま過ごしていたらどうなったのか、今となっては想像もつかぬ」

「さっき、みはるんも『ふしぎだー』っていってましたよね。このよって、ふしぎだらけなのかもしれないです」

「この世にはたくさん不思議があって、想像もつかない未来が待ってる……そんなところか」

「せんぱい、ずいぶん悟った言い方してません?」

「仕方ないだろうが。こうも不思議な世界と日本を行き来してたら、そう思って当然だっての」

「あー、それはそうかも。夢のようなことが現実になって、それが当たり前になって」

「その原動力が、きっとルティなんだよ」


 納得するような有楽の物言いにうなずきながら、改めてルティのことを見やる。


「わ、我がか?」

「さっきも中瀬に『たくさん夢を現実にしていこう』って言ってたろ。ルティのその意志が、俺たちを引っ張る原動力になっているんじゃないかって」

「むぅ……」


 きょとんとしていたルティだけど、俺の説明を聞いていくうちになぜかほっぺたをふくらませていった。


「我としては、逆だと思っているのだぞ?」

「逆?」

「ああ」


 むくれたまま、ルティが大きくうなずく。そして、緑色の瞳で俺と有楽を順繰りに見つめていった。そして、ようやく表情を緩めると、


「サスケとカナ、そしてルイコ嬢が我を〈らじお〉の世界へと誘ってくれたからこそ、我はこうして夢を目指していられる。我が抱いた夢を姉様方と結びつけてくれたのも、ニホンとヴィエルで〈らじお〉に通じる人たちと出会えたのも、そなたらがいたからだ」


 まっすぐな声で、きっぱりと断言してみせた。

 中瀬の時と同じ、力のこもった言葉。それが、今は俺たちに向けられている。


「だから、我が皆を引っ張っているのではない。ふたりとルイコ嬢が我へと差し伸べてくれた手をきっかけにして、みんなでともに手を繋いで歩いているようなものではないか?」

「そーですよっ」


 さらに、ぽんっと妖精さんモードに戻ったピピナが有楽の膝から飛び立つと、テーブルの上へとちょこんと座って俺たちのほうへと振り向いた。


「ピピナがあんなにつれなくしてもさすけはてをつないでくれて、かなとるいこおねーさんも、ねーさまやミアさまとてをつなぐてだすけをしてくれました。ルティさまだけじゃなくてみんながいたから、きょうをむかえられたんだとおもうです」

「うむ、ピピナの言うとおり。出会った頃のサスケとの仲の悪さからは考えられぬ言葉だな」

「あ、あれはですねっ、ルティさまにぶれーものがちかづいたとおもって……その、ごめんなさいです」

「俺こそピピナを『これ』扱いしたんだから、あれは怒られて当然だよ」


 からかうようなルティの口調に、あわてたピピナが俺へ頭を下げてくる。でも、その原因は俺にもあったのは確かだから、すぐに俺もピピナへ頭を下げ返した。


「あんなに仲が悪かったふたりが、今じゃいっしょにお昼のラジオにゲストで出るくらい仲がいいなんて……うやらましい。じぇらじぇらじぇらじぇら」

「仕方ないだろうが。いきなり呼び込まれたんだし、お前からはメールの返信もなかったんだから」

「テスト疲れでダウンしちゃったんですよぅ。目が覚めたら夜8時で、せんぱいからのメールで絶叫して真奈に怒られちゃって」

「よくできた妹さんだ」

「ほんと、そーおもうです」

「ちょっとはあたしをなぐさめてくださいっ!」


 ぷんすかと怒っている有楽とは対照的な、姉想いな妹さんの姿が目に浮かぶ。時々姉妹揃ってうちの家に来ているからそのしっかり者具合はよくわかっているし、心配だからと俺やレンディアール側で唯一スマートフォンを持っているリリナさんへメールアドレスの交換まで持ちかけてきたんだから、相当なものだ。


「皆の間でも縁が広がっていることから、我だけが引っ張っているわけではないとわかると思う。しかし、そもそものきっかけであるサスケとカナが自らのことを棚に上げるなど思いもしなかったぞ」

「いやー、俺らにとってはルティとピピナとの出会いがきっかけだったからなぁ」

「そうそう。あとは、るいこせんぱいのお願いもきっかけで」

「ならば、ルイコ嬢の導きがあり、我らが手を取り合ったからこそ今があると言えよう」


 俺たちの答えに、むくれていたルティの顔に笑みが戻っていく。それからすぐに、下にある店舗スペースのほうからにぎやかな声が聞こえてくると、


「今日という日を、皆で迎えられてまことによかった」


 いつか目の前で見た、曇り一つない微笑みを浮かべてゆっくりと廊下のほうを見やった。


「ただいまっ。神奈ちゃんもいらっしゃい!」

「ただいま帰りました~」

「ただいま戻りました。カナ様、こんばんは」

「ただいまー。いやぁ、いい風呂だった!」

「ただいまです。おお、神奈っちの私服ロングヘアとは珍しい」


 たくさん階段を上がってくる音がしてからリビングに入ってきたのは、ラジオを通じて出会った日本と異世界の仲間たち。赤坂先輩もフィルミアさんも、リリナさんもアヴィエラさんも笑顔で、中瀬も表情が少し緩んでいるってことは楽しんで来たんだろう。


「おかえり、みんな」

「おかえりっ」

「おかえりなさいですっ」

「おかえりなさい。それと、こんばんはっ!」


 笑顔のみんなを、ルティにつられて笑顔になっていた俺たちが迎える。

 始まりのきっかけをくれた赤坂先輩に、拒絶から和解できたリリナさん。ルティのお姉さんなフィルミアさんに、俺たちから誘ったアヴィエラさんと望んで飛び込んできた中瀬。みんな、俺たちの縁でお互いにめぐり会えた人たちだ。


「みんなして、何か話してたのかい?」

「はい。今日という日をみんなで迎えられてよかったなと話しておりました」

「本当ですね。神奈ちゃんも来て、これでみんな勢揃いです」

「カナ様といえば、そろそろ『急いでやってます!』が放送される時間ですね。そろそろ〈らじお〉をつけましょうか」

「あっ、そうだったそうだった。今日から全国放送だからちゃんと聴かないとっ!」

「ラジオとアニメの新番組に全国ネット化とは、神奈っちの活躍の場がさらに広がりますね」

「カナさんのいろんな声が、ニホンのいろんなところで聴けるんですね~」


 帰ってきたみんながリビングのソファに座ると、有楽も立ち上がってコンポ前のベストポジションに陣取った。横を向いていてダイニングから表情は見えないけど、コンポの電源スイッチを押したリリナさんが微笑んでるあたりからしていい表情をしているんだろう。

 ルティだけじゃなくて、みんながいるからこうして笑っていられる。みんなが出会えたこその光景が、今ここにある。


「ルティの言うとおりだな」

「で、あろう?」

「ですですっ」


 ようやく実感して笑いかけると、ルティとピピナもにっこり笑って返してくれた。

 その笑顔を形作っているひとりに俺がいたとしたらうれしいし、そうありたい。


「それじゃあ、俺たちもリビングに行くか」

「ああ、そうしよう。ピピナ、腕へ乗るといい」

「ありがとーですよっ!」


 俺たちも立ち上がって、みんなの輪に加わる。

『ボクらはラジオで好き放題!』の時みたいに放送開始まで果てしなく長く感じるんじゃないかと思っていたのに、朝から今までみんなといっしょに話したり作業したことでむしろ時間はあっという間に過ぎていった。

 有楽が出ている『急いでやってます!』もみんなで感想を言い合いながら聴いて、続く映画のトーク番組も異世界組がいろんな想像を繰り広げて、興味深く聴くことができた。

 そこに緊張とかはまったくなくて、俺たちらしいといえば俺たちらしい雰囲気なのかもしれない。


 そして、放送開始まで残り少し。


『ラジオ局の前で出会ったのは、異世界からやってきた女の子』

『〈我に、らじおのことを教えてはくれまいか?〉』


 流れてきたのは、赤坂先輩が作ってくれた番組のCM。

 聴き慣れたルティと先輩の声に、もうすぐ始まるんだって実感が高まって、


『わかばシティFMを舞台に、日本の高校生と異世界の女の子たちがラジオ番組づくりを学んでいくラジオドラマ。新番組〈異世界ラジオのつくりかた〉は、7月10日深夜24時からオンエアです!』

『みんなでいっしょに、らじおのことをまなぶですよっ!』


 ピピナの元気な声が流れた頃には、みんなが黙ってラジオからの音に聴き入っていた。

 日付が変わるまで、あと15秒。


『若葉駅前徒歩1分。若葉市の音楽生活を支えるバーンズレコードが、午前0時をお知らせします』


 最後のCMが流れて。

 ぴ、ぴ、ぴ、と電子音が流れて。

 時間と日付が変わったことを知らせる、甲高い音が流れて。


 いよいよ、俺たちの新しい番組が始まる。


 いよいよ次回、『異世界ラジオのつくりかた』の放送です。

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