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第33話 異世界少女とラジオ局と

 限界っていうのは、越えるためにあるってよく言われる。

 でも、越えたところでなにがあるというのか。越えたところでなにが変わるというのか。目に見えてわかるものもあれば、わからないものもある。それを、人はどうして求めるのか。

 少なくとも、俺はもう越えたくない。


「…………」

「おーい、松浜ー」

「ダメだね。松浜くん、生ける屍になっちゃってるよ」

「放課後になったんだから、とっとと起きなって」


 頭の上から戸田と相模(さがみ)さんの声が降ってくるけど、ぴくりとも動きたくない。

 期末テスト全4日間、プラス、期末の勉強をしていた12日間。最後の世界史を終えて、俺は燃え尽きた。すっかり燃え尽きたんだ……


「すっかりやられているご様子で」

「ああ、中瀬さん。松浜のやつ、ピクリとも動かないよ」

「まあ、生かさず殺さずをずっと続けてきましたからね」

「生かさず殺さずって、中瀬さん、松浜くんと勉強してたの?」

「はい。放送部のよしみとして、1年の有楽さんといっしょに」

「そういうことか」

「一対一で教えてあげるほど、私は甘くありませんよ。かわいい女の子っていう供物がなければ動くわけがありません」

「う、有楽さんを供物って言っちゃっていいのかなー……?」

「本人もそう自称しているのだから問題ないでしょう」


 俺が全気力を使い果たして動けない隙に、中瀬まで混じって好き勝手なことを言ってやがる。確かに、確かに有楽は『教えてもらうためなら供物でもなんでもなりますっ!』とか目を輝かせて言ってたけどさ。


「そうそう。松浜くん、部活休みは今日まで延長だそうなので、それを伝えに来ました。『ボクらは疲れたから帰って寝る。君たちも帰って英気を養いたまえ』とのことで」

「おー……わかった」


 なんとか絞り出した声も、ヘロヘロにも程がある情けないもの。前にラジオのミッションで声優体験をしたあとよりも弱々しくて、この声が電波に乗ったりしたら……恐ろしい。実に恐ろしい。


「というわけで、あとは神奈っちに伝えて私も帰ります。明日は生放送の打ち合わせがありますから、答案返却後にいつも通り放送室ですよ」

「わーってるよー……」

「はあ。……この姿をるぅさんたちが見たらどう思うのやら」

「ルティたちは関係ないだろっ」


 さすがに聞き捨てならなくて顔を上げたら、戸田と相模さんの驚いた顔の間で無表情な中瀬が勝ち誇ったように腕を組んでいた。く、くそっ、ルティをダシに使うとか卑怯だぞ……


「それでは、私はこのへんで。あでゅー」

「おう、気をつけてとっとと帰れ帰れ」


 追い払うように手をひらひらさせながら言うと、中瀬は目立たないぐらい小さく手を振ってから教室から出て行った。


「なんというか……あの『氷の女帝』とすっかり仲良くなってるよね」

「誰が女帝だ誰が。あいつはただの暴君でしかねーよ」

「う、上に立ってるのは否定しないんだねー」


 クラスでは『くーるびゅーてぃー』で通っている中瀬だけど、素はあんな感じのフリーダムなヤツなんだよ。ちょっとでも暴けたのなら御の字ってもんだ。


「戸田と相模さんは、テスト明け早々で部活?」

「ああ、県大会も近いし。最近走ってなかったから、いい気晴らしになるよ」

「うちも、吹奏楽部の地区大会がもうすぐなんだー。放送部はいつも通りなのかな」

「どうだろう。新番組のアシスタントもあるし――」

「えっ、新番組って松浜が?」

「俺と有楽と、あとふたりの子が週替わりでアシスタントをやって、メインが別にふたりいる番組をな」

「そうなんだ。いつから始まるの?」

「来週日曜の深夜0時から」

「ああ、エロいのか」

「え、えっちぃのなんだ」

「ちげーよ! ふつー……う、うん、普通の番組だよ!」

「言葉に詰まったな」

「詰まったね」


 この幼なじみコンビめ、言葉に詰まったのは普通なようでいて普通じゃない番組だからだってんだよ。

 いつも俺の後ろに座っている戸田は陸上部の有力選手で、その隣に座る相模さんは吹奏楽部で副部長を務めている。

 ふたりがそれぞれ腕組みをして、うんうんとうなずいている姿はお似合いという他ない。大柄な戸田と小柄な相模さんの幼なじみカップルは、クラス内で温かく見守るために冷やかし禁止令が出ているぐらいだ。


「ちょっと変わった番組なんだよ。みんなでラジオドラマをやりながら、トークをしていくって具合にな」

「ラジオでドラマって、姿は見えないよね?」

「まさか、声だけでやるつもり?」

「そのまさかだよ。俺と有楽の番組でもやってるけど、ふたりとも部活だから聴けないか」


 ふたりのあっけらかんとした疑問に、つい脱力しながら答える。

 ラジオに触れてない人の反応ってのは、だいたいこんなもん……って、わかってもちょいとガックリ来るな。


「まあ、もし機会があったら聴いてみてくれよ」

「わかった。でも、相模は……」

「0時からだと、わたしはもう寝てるかな」

「って、どうして戸田は相模さんが寝てる時間を知ってるんだよ」

「お向かいさんだからな。だいたい、11時には部屋の電気が消えてるんだ」

「しょうがないでしょ。10時半にはもう眠くなっちゃうんだもん」

「この純粋培養幼なじみズめ」


 微笑み合ってるふたりを見て、なんとなく出てきた言葉をそのまま口にした。幼なじみで家が隣で部屋が向かい合ってるとか、どこのマンガの幼なじみなんだよ。

 中瀬の言う『ばくはつしろ』状態って、こういうことなんだろう。きっと。


「さて、俺も腹が減ったしそろそろ帰りますかね。ふたりとも部活なら、そろそろ学食も混むんじゃないか?」

「いや、今日は相模が弁当を作ってきてるし」

「えっ? わたし、今日はテストだから作ってないよ?」

「あっ」

「い、言ったよ? わたし、ちゃんとテストの前に言ったよね?」

「しまった、そうだった……」


 しまった、と表情を強張らせる戸田。テスト期間中なんだから、それくらいは気付こうや。


「さ、相模、急いで行くぞ! 松浜、じゃあね!」

「ゆ、遊馬くん、待ってっ、待ってよー!」


 通学バッグを引っつかんで教室を出て行く戸田を、相模さんが同じようにカバンを引っつかんで追い掛けていく。昼の学食戦争は厳しいから、幸運を祈っておこう。

 しかし……弁当を作ってもらって、その上「遊馬くん」ねえ。


「がんばれよー」


 ふたりの姿が見えなくなった入口へ向かって、何故か俺はそう言いたくなってしまったのだった。


 桜木兄妹はお休み宣言で、中瀬も帰宅。たぶん有楽にも話が伝わってるだろうけど、一応メールでも入れとくか。

 2日間で終わる中間テストと違って、期末テストはぶっ続けの4日間。休みたくなる桜木兄妹の気持ちもよくわかるし、俺だって帰って泥のように眠りたい。

 学校から家まで、歩きと電車で40分。テストが終わった後ほど、帰りが待ち遠しくて道中が長く感じられる帰り道はない。


「ぐぁ~……」


 自作のチャーハンで満たされた腹を抱えながら、全体重を自分のベッドに預ける。

 ひとりのテスト勉強がはかどらなくて、部屋を掃除したついでにシーツやタオルケットを洗ったおかげか、まだ匂う洗剤由来の花の香りが気持ちいい。ついでに制服からTシャツとハーフパンツに着替えたから、解放感も抜群だ。

 そのまま、いつもの手癖でベッドサイドのCDコンポへ手を伸ばして、


『ひとりでも美味い。ふたりでも美味い。みんなで食べれば、もっと美味い! 北若葉駅前徒歩1分、大徳飯店では夏の大皿料理テイクアウトキャンペーンを実施中です! 対象の品を一品お持ち帰りごとに――』


 電源ボタンを押せば、スピーカーから流れてきたのは若葉市内にある店のCM。ここ数日はラジオも聴かずに勉強してたから、なんだか久しぶりな感じだ。

 とはいっても、集中して聴けるほど体力も気力もほとんど余裕がない。夜にはまた聴く番組があるし、ちょいと仮眠しとくか……


『ラジオ局の前で出会ったのは、異世界からやってきた女の子』

「……ん?」


 今の声、赤坂先輩の声だよな?


『〈我に、らじおのことを教えてはくれまいか?〉』

「っ!?」


 な、なんで? なんでもうルティの声がラジオから流れてくるんだよ!?

 疲れを忘れて飛び起きた俺は、映像が見えるわけでもないのに思わずコンポを凝視した。


『わかばシティFMを舞台に、日本の高校生と異世界の女の子たちがラジオ番組づくりを学んでいくラジオドラマ。新番組〈異世界ラジオのつくりかた〉は、7月10日深夜24時からオンエアです!』

『みんなでいっしょに、らじおのことをまなぶですよっ!』

「…………」

『いつも心におひさまを。東若葉さんさんストリートが、午後2時をお知らせします』


 一瞬静まった部屋に、ぴっ、ぴっ、ぴっと信号音が響いて、


「なんだ、これ……」


 ぽーんと一段高い音と同時に、情けない声が絞り出された。

 スピーカーを通じてラジオから聴こえてきたのは、よく見知ったみんなの声。でも、俺はそんな内容を聴いたことがない。

 いや、正確に言えばルティとピピナの台詞はこの間ラジオドラマとトークパートで録ったものだ。聴いたことがないのは、赤坂先輩のナレーションで……ってことは。


「先輩のしわざか!」


 最近どんどんアグレッシブさに磨きがかかっている、一点の曇りもない赤坂先輩の笑顔が頭の中に思い浮かぶ。いや、前から若葉市を駆けめぐるほどアグレッシブだったけど、ここ最近は若葉市って枠すら越えてやしませんかね!

 そんなことを考えているうちに、コンポの横に置いてあったスマートフォンが短い間隔で震え始めた。震えっぱなしなのは電話だから、こっちはメールのはずで……って、その張本人からのメールだし。

 人差し指でロック画面をスライドさせて、そのままメーラーを起動する。一番上にある新着メールを選択すると、宛先のところに俺だけじゃなく有楽と中瀬が含まれたものが表示された。


『せっかくなので、番組のCMを作っちゃいました。

 今、テスト放送が終わったところです。

 今日から日曜まで夜の6時、9時、12時の時報前の3回、合計12回流れるから聴いてみてくださいね。v(^-^)v


 追伸 タイムテーブルもちょっぴり新しくなりました。

    局長からOKをもらったので、印刷用の画像データを縮小して送ります』


 控えめに見えて自己主張の強い顔文字まで使ったノリノリなメールに、思わず左手で頭を抱える。CMもタダじゃないのに、本当にやりたい放題じゃないか。

 仕方ないなと笑いながら、メールタイトルの右横にあるクリップ型のボタンに指を伸ばす。これをタップすれば、番組表の画像が表示される……はず、なんだけれども。


「うーん……」


 その伸ばしていた指を、タッチパネルの手前で止める。

 このまま表示したところで、5インチ未満の画面じゃタイムテーブルなんて小さく縮小されて全貌が見えやしない。ましてや、拡大してもそのまわりが切り取られるんだから面白味もない。


『印刷用の画像データを縮小して送ります』


 伸ばしていた人差し指を画面から遠ざけると、先輩が送ってきたそんな文面が目に入る。

 先輩の手元にデータがあるってことは、縮小してないのもあるはずなわけで。


「せっかくだし、行ってみるか」


 その現物を確かめたくなった俺は、勢いを付けながらベッドを下りてまた着替え始めた。


 わかばシティFMは、6階建てのビルのうち3フロアを使って運営されている。1階がスタジオで2階がオフィス、3階がレコード室と会議室で、局に入るにはセキュリティの関係上、外の階段を使って2階から入る構造になっていた。

 階段の床は滑りにくいように加工されてるからあんまり危険はないけど、それでも昇るときはやっぱり慎重になる。

 階段を上がって、ドアの横にあるインターホンに手を伸ばして……おっと、カメラの前に立たないと。

 インターホン内蔵のカメラに目線の高さを合わせて、ボタンを押す。ここで誰が来たかをオフィスでチェックしてるから、局へ来た時には必ずこうしてカメラの前に立つことになるわけだ。


『松浜くんね。ちょっと待ってて』


 軽やかなチャイムが鳴ってから間もなく、女の人の声がスピーカーから聴こえてくる。この声は……


「いらっしゃい。テスト期間は終わったの?」

「ええ、一応」


 がちゃりと中から鍵が開けて出てきたのは、縁のないメガネをかけたショートカットの女の人……大門真知さんだった。


「あの、赤坂先輩来てます?」

「もしかして、さっきの聴いて来たの? 残念。瑠依子ならお休みよ。きっと大学じゃないかな」

「えっ? でも、メールが」

「メールだったら、大学からでも送れるでしょ。松浜くんたちのテストが終わってからって昨日言ってたから、きっとタイミングを見計らってたんじゃない?」

「あー、そういうことですか」


 確かに、さっきのメールがテスト前に来てたら落ち着かなくて勉強に身に入らないかもしれない。その気遣いはありがたいんだけど、さすがにいきなりは心臓に悪いですって……


「昨日、ずーっとノートPCに向かって作業してたのよ。いつもCMとかの編集をしてもらってるけど、自分の手で新しい番組を手がけられるのがうれしかったみたいね」

「なるほど……あっ、そうだ。その節はありがとうございました」

「その節って、新番組のこと? それはあたしじゃなくて、社長に言ってもらわないと」

「大門さんだって、先輩の相談に乗ってたらしいじゃないですか」

「それはまあ、かわいい後輩の頼みだからねぇ」


 大門さんは人差し指で小さく頬をかきながら、照れたように笑ってみせた。

 わかばシティFMで技術と制作を担当している大門さんは紅葉ヶ丘のOGで、パーソナリティ担当の妹・朱里さんといっしょに実家の学習塾で事務員をしながらわかばシティFMを盛り立てている。

 赤坂先輩みたいに機材操作の経験がないパーソナリティの生放送や収録でディレクターやミキサーを担当したり、夕方や夜のノンストップ音楽番組で選曲をしたり、さっき流れていたようなCMを作ったりと、この局に欠かせない大切な存在だ。


「よかったら、入ってく? 新しいタイムテーブルもできてるし、お友達も来てるわよ」

「お友達?」


 そう言われたのは別にいいんだけど、誰のことなんだかピンと来ない。先輩は大学らしいし、中瀬は先に帰った上に家が少し遠い。有楽は別学年な上に、部活が休みだってメールに返事がないってことは用事があるんだろうし……誰だ?


「今は下のロビーで聴いてるから、行ってみなさいな」

「はあ」


 今ひとつふに落ちないまま、大門さんが開け放ったドアの中へと入っていく。短い廊下の右側にパーティションを隔ててオフィスが、左側の奥に階段があって、そこからスタジオとレコード室へ行けるようになっている。

 誰かがいるのはロビーらしいから、階段を降りるとして……誰が来てるんだろう。


『――続いてのメールは毎度おなじみ、東院堂書店で働いてる〈書店員X〉さんからいただきました』


 下へ降りていくにつれて、今放送している番組の音がだんだん聴こえてくる。


『〈響子姉さん、スマラジわ!〉……えー、こんにちはっ! 何度も言ってるけど、そのあいさつは流行らせないよ!』

「久々に聴くけど、相変わらずだなぁ」


 歯に衣着せぬ響子さん節に、つい立ち止まって笑いを漏らす。

 月曜から金曜の午後1時から4時まではワイド番組「午後はイチバン! スマイルラジオ」の生放送。木曜日は、フリーアナウンサーの名取響子さんが担当の日だ。

 元々は北海道のFM局で局アナをしていて、あっけらかんとしたトークで人気を博していたのが旦那さんの転勤についてきたとかで、今は首都圏でフリーのアナウンサーになっている。


『〈【わたしのサウンドトラック】と今日のテーマ【今、旬な一品】を絡めまして。当店では、紺野葉子さんの小説【ボクらの夜空】の売り上げがじわじわと伸びています。定時制高校を舞台にしたラブコメ小説で――〉って、これって完全に宣伝トークじゃないの! わかりましたよ。面白そうだし宣伝に乗ってやりますよ!』


 メールへツッコミを入れながらも読み進めるていくのは、今は目の前のことでいっぱいいっぱいなアナウンサー志望としては見習っておきたいスキルだ。

 そんなことを思いながら階段を下りていくと、スタジオと廊下を隔てるガラスが見えてきた。あとは下りきって、角を曲がればロビーへ――


「って、ルティ!?」

「しーっ」

「しーっ、ですよー」

「ピ! ……ぴ、ピピナもかっ」


 曲がった瞬間に見えたルティとピピナの姿に、声を上げそうになったところでそろってくちびるの前で人差し指を立てられた。あわてて両手で口をふさいでから声のトーンを落としたけれども、こんな週半ばの真っ昼間からふたりがいるなんて……


「ふたりとも、どうしてここにいるんだよっ」

「楽しみで仕方なくてな。つい、先に来てしまった」

「ついって」


 跳ね上がった心臓を落ち着かせるようにゆっくりとたずねたら、ルティはいたずらっ子のようにちろりと舌を出してみせた。

 壁際に並べられたパイプいすに座っているルティは、白いノースリーブのブラウスとブラウンのキュロットっていうすっかり夏向けな服装。襟元の赤いリボンがアクセントになっていて、膝の上に置いている黒いキャスケット帽も銀色の長い髪によく似合いそうだ。

 その右隣に座るピピナも、いつも左側でまとめてしばっている髪を下ろして、濃い緑地に明るい緑の花柄をあしらったワンピースを着ているせいか、いつもの幼さがほんのちょっと抜けていた。

 小さく舌を出すルティと、えへへーと笑うピピナの仕草はとにかく『かわいい』の一言につきる。落ち着かせたはずの心臓がまた高鳴って、目が離せないくらいに。


「ったく、母さんも来てるなら教えてくれたっていいのに」

「チホ嬢も知らぬぞ」

「えっ?」

「こっちへとんできて、そのまままっすぐここへきたですよ」

「だから、今日会った友人はサスケが最初だ」

「そこまで楽しみだったのか」

「仕方なかろう。我にとって、初めて『らじお』での声が多くの人へと届く機会なのだから」

「それはそうか」


 ちょっぴり恥ずかしそうに、それでいて、期待を隠すことなく素直に笑うルティ。10日ぶりに見たその笑顔はいつも以上に子供っぽくて、こっちまでつられて笑顔になる。


「でも、よく局の中に入れたな」

「いつものように〈すたじお〉の前で聴いていたら、昼食を買いに出てきたマチ嬢に誘われたのだ」

「ルティさまがえんりょしてたですけど『もうわかばしてぃーえふえむのいちいんなんだから』ってさそわれたですよ」

「そういうことか」

「まあ、まとわりつくような暑さを避けられて渡りに船ではあったがな」

「こっちの夏はそういう感じだからな。ピピナは大丈夫だったのか?」

「ひんやりできるちからをつかおーかなーっておもったですけど、つかれてヴィエルへもどれなくなったらほんまつてんとーですから」

「な、なるほど」


 何気なくピピナに聞いてみたら、とんでもない力をなんでもないように言い放った。まあ、世界を移動できる力に比べれば確かに些細なことなのかもしれないけどさ。


「マチ嬢には感謝せねばな。こうして落ち着いて聴けるのはありがたいし、間近で様々なしゃべりを見て聴くことで勉強にもなる」

「あははっ。ルティも、だんだんラジオのパーソナリティらしくなってきたな」

「当然だ。我とピピナは『いせかいらじおのつくりかた』の〈ぱーそなりてぃー〉なのだし、レンディアールで〈らじお〉を始める以上は、我らこそが先駆者にならなくては」

「ピピナも、ルティさまといっしょにらじおばんぐみのれんしゅーをしてたですよ」

「練習?」

「うむ。昼や夕方にいっしょに出かけて、その時感じたことを時計塔の〈すたじお〉でいっしょにしゃべりあっているのだ」

「こっちではピピナもぱーそりなてぃーですから、たくさんれんしゅーとおべんきょーをしないと」

「ピピナもやる気十分ってわけか」

「とーぜんですっ」


 えっへん、と聞こえてきそうなぐらいにめいっぱい胸を張るピピナ。さすが、ルティのパートナーを自称しているだけある。


「どう? 驚いた?」

「大門さん」


 と、俺の後ろから大門さんがのそっと姿を現して声をかけてきた。


「驚いたなんてもんじゃないですよ。そりゃ、友達と言われて納得ですけど」

「でしょ。エルティシアさんもピピナさんもうちのパーソナリティなんだしね」

「ありがとうございます、マチ嬢」

「ありがとーですよっ、まちおねーさん」

「いいのいいの。それと、差し入れ」


 何気なく受け流した大門さんは、これまた何気なく近所にあるコンビニのビニール袋を差し出してきた。


「すいません、ありがとうございます」

「買い置きのを持ってきただけよ。3本とも、同じお水にしておいたから」

「何から何まで……マチ嬢には頭が上がりません」

「水ぐらいで大げさよ。パーソナリティにのどの渇きは大敵なんだから、しっかりケアしてね」

「きもにめーじとくです」

わたくしも」

「うーん……いい子たちねー」


 腕を組みながら、実感を込めてしみじみと言う大門さん。赤坂先輩といい有楽といい母さんといい、ふたりには年上をくすぐる何かがあるのかもな。


「んしょっと。はい、こっちはルティのな」

「ありがとう」

「んでもって、よいしょっ……と。これはピピナの分」

「ありがとーですよっ」

「って、松浜くん、何してるのよ」


 袋からペットボトルを取り出してからふたを緩めて渡していると、大門さんがなぜか呆れるようにして尋ねてきた。


「いや、ふたりとも開けるのが苦手なんで、いつもこうして開けてあげてるんですよ」

「役柄だけじゃなくて、日常でもお姫様っぽいのね」


 いやいや、生粋のお姫様と妖精さんなんですよ……なんて言えるわけもなく、ごまかすように俺もペットボトルのふたを開けて水をあおるように飲む。うん、いい冷え具合で気持ちがいい。

 ルティたちは、あくまでも『ヨーロッパのほうから来た』っていう『設定』になっている。桜木先輩たちと面通ししたときに使ったから今更変えられないというのもあるし、実際に外国というか異世界から来ていることもあって、違和感はほとんどないはずだ。


「ああ、そうそう。待望のこっちも持って来たわよ」


 気を取り直したように大門さんが言うと、脇に挟んでいたクリアファイルから緑色で染められたような1枚の紙を取り出して俺へと差し出してきた。


挿絵(By みてみん)


「これが新しいタイムテーブルですか」

「そう。明日から新しい編成だし、気分一新……って、ほとんどの番組が半年以上の契約だから動きはあんまりないんだけどねー」

「確かに、真新しいのは右下ぐらいですね」


 いつものように月曜日から日曜日まで並べられたタイムテーブルには、朝の5時から深夜の5時までの全部の番組が時系列順に載っている。年度初めの4月が基点になっていることが多いからか、ほとんどの番組は動きがなくて日曜日の深い時間帯にある1枠だけにふたつの新番組のマークがついていた。

 そのうちひとつの番組のタイトルは『異世界ラジオのつくりかた』。

 ルティとピピナ、そして俺たち番組名がいよいよ公式の配布物に載ったんだ。


「〈いせかいらじおのつくりかた〉って、ちゃんとのってるですね!」

「うむ、確かに我らの〈ばんぐみ〉だ」


 身を乗り出すように、ピピナとルティもタイムテーブルをのぞき込む。その目はきらきらしていて、まるでおもちゃを見つけた子供みたいで……きっと、ふたりから見たら俺もそういう目をしているんだろう。

 CMが流れて正式な放送時間が告知されて、対外的に公式に配布される印刷物にも載った。あとは、完パケした番組をわかばシティFMの電波に乗せるだけ。


 みんなで作ったパイロット版が局で検討されて、正式に放送が決まったのは7月2日の土曜日のこと。いつもの生放送を終えた先輩が大喜びでうちの店にやってきて、店の閉店作業をしていたルティたちにもその喜びが広がっていった。

 その日は有楽と中瀬も息抜き名目で呼び出して、軽いお祝いをして解散。テストも明けた今日からあと3日を数えれば、24時になったのと同時に全13回の第1回目が正式に放送される。


「いよいよだな」

「うむ、いよいよだ」

「わくわくしてきたですねっ!」

「みんな、初々しい反応ねー。なんだかお姉さんも懐かしくなってきたわ」

「懐かしくなってきたって、赤坂先輩のひとつ上なだけじゃないですか」

「あのね、歳のことを言ってるんじゃないの。朱里と『じょじょらじ』を担当することになったときは、あたしだってワクワクして夜も眠れなかったんだから」

「マチ嬢が、アカリ嬢と『じょじょらじ』を?」

「ええ、もう5年ぐらい前だけどね」


 むくれ顔を俺へ向けていた大門さんが、一転してルティへ笑みを浮かべて向き直る。


「今でこそ雪花ちゃんと愛花ちゃんのふたりがにぎやかにやってるけど、あたしたちも結構好きにやらせてもらってたの。先代の先輩から最終回に指名されてびっくりして、とってもうれしくて。はじめての生放送の前の日なんて、目が冴えて全然眠れなかったわ」

「そのような経験を……申しわけありません。てっきり私はマチ嬢のことを〈すたっふ〉なのかと思っておりました」

「今はただのスタッフだから、エルティシアさんが大正解。その時に番組を作る楽しみを覚えちゃって、パーソナリティは朱里に任せてあたしは作る側にまわることにしたんだ」


 ぱたぱたと手を振って、謝ろうとしたルティを押しとどめるように言葉を重ねる大門さん。その声には悔いとか諦めとかはまったくなくて、ただ純粋にスタッフを楽しんでいるっていう自信が感じられた。


「しゃべるのももちろん楽しいけど、誰かがしゃべったものを放送するように仕上げていくっていうのも結構楽しいものなのよ」

「なるほど。みはるんも言っておりましたが、やはり『作る』というのは楽しいものなのですか」

「楽しいなんて枠じゃ収まらないわよ。『自分が作ったものがいろんなところで放送される』って責任を背負い込んで、その上でみんなといっしょに番組を作っていくっていうのはやる気にも自信にもなるの。今じゃ『あたしがここにいなくてどーする!』って思うぐらいにね」

「それほどまでに、マチ嬢は〈らじお〉のことが好きなのですね」

「うんっ。後輩たちの成長もそばで見られてとっても大好きで、とっても幸せ。まあ、最近は父さんや母さんにちくちく言われちゃったりするけど」

「ご両親に、ですか?」

「『機械に向かってるだけじゃ、いい縁とは巡り会えないぞ』って。あたしの人生なんだからほっといてくれてもいいのにねぇ」

「あ、あはははは」

「?」

「そういうことですかー」


 呆れるように笑う大門さんにつられて、俺まで渇いた笑いが出てくる。ルティはわかっていないように小首を傾げて、その横でピピナはうんうんとうなずいて……って、ピピナのほうがわかってるんかいっ。


「まあ、それはともかくとして……エルティシアさんもピピナさんも、ラジオが好きっていうパワーをどんどん番組でぶつけていってくれたらうれしいな」

「無論です。故郷で〈らじお〉を広めるためでもありますが、なにより我らが〈らじお〉そのものが大好きだという想いを多くの人々へと届けたいと思います」

「ピピナは、みんなに〈らじお〉はたのしいってことをつたえていきたいですっ!」

「うんうんっ、その意気その意気。その年齢でこんなにラジオに興味を持ってくれて、おねーさんはうれしいわー」

「大門さんもパイロット版っていうか、第1回を聴いたんですよね。どうでした?」

「うーん」


 俺がたずねたとたん、大門さんは困った表情を浮かべてから人さし指をびんと立てて、


「それを放送前に言うのは、さすがに野暮ってものじゃないかしら?」

「あー……それは確かに」


 たしなめるような言葉に、俺も一転して退かざるを得なかった。


「だな。マチ嬢の言うとおり、我も〈ほうそう〉が終わってから伺いたいです」

「ええ。テストが終わってちょっとは余裕もあるでしょうし、月曜はここにいるから。その時は、中瀬さんと神奈ちゃんも連れて来なさいな」

「そういたします。なあ、サスケ、ピピナ」

「ああ、そうしよう」

「おねーさんがどうきいたか、たのしみにしてるですっ」

「第三者の目で、しっかり言うからねー」


 んふふーと笑いながら、覚悟しなさいよとばかりに座っているルティとピピナへ顔を近づける大門さん。どうしても作っている側はバイアスがかかるから、関わっていない立場から率直な意見を言ってもらえるのはありがたい。


『――というわけで、今日の【わたしのサウンドトラック】は小説【ボクらの夜空】をイメージしたサウンドトラックということで、書店員Xさんからリクエストをいただきました。映画【星めぐりの子供たち】サウンドラックより、BGMの【煌めく星たち】【地上から見た銀河】【月光浴】【双星】、そして主題歌【星めぐりの先に】。5曲続けて、クロスフェードでお聴きください』


 話が途切れたところで、天井のスピーカーから流れる響子さんのトークが耳に入ってきた。へえ、『わたしのサウンドトラック』ってこういう企画なんだ。


「響子さんの今のコーナーって、この春からの新コーナーでしたっけ」

「そうよ。元々はリネージュ若葉のCDショップから持ち込まれたリクエスト企画を、響子さんがブラッシュアップしてくれてね」

「あの、これは〈りくえすと〉とは違うのですか?」

「リクエストはリクエストなんだけど、その週に決めたテーマをもとにしてリスナーさんが自分なりのサウンドトラックを作れるコーナーなの」

「あー……サウンドトラックってのは、映画とかドラマとかアニメのBGMを集めたCDのことな。その音楽を使って、自分で勝手に組み合わせてラジオで流してもらえるってことだ」

「ほほう、自分なりに流したい音楽を組み立てられるというのか」

「おかげで、このコーナー目当てにメールも結構来るようになってね。14時台と16時台の2回やってても、週に30通ぐらいメールが来るから競争率が高いこと高いこと」

「そんなにおおいんですかっ」

「ええ。こっちとしても人気があるのはいいことだし、15分ぐらいの休憩時間が作れるからちょうどいいのよ」

「そういう意図もあるんですね」


 確かに、ぶっ続けで曲を流せばそれだけパーソナリティが休めることになる。4時間もやれば途中で一旦休息が欲しいのも当然で、番組の目玉も作ることができればやらない手はないってことなんだろう。

 話しているうちにも、スピーカーからは響子さんのトークに代わってハープとシンセの幻想的な音色が降り注いできた。タイトルからして星をイメージした曲なんだろうけど、ハープのぽろん、ぽろんとつまびくような音色は、まるで星が瞬くような情景が思い浮かんできそうだ。


「あらっ」


 そのきれいな音楽に、低い振動音が突然割り込んでくる。スマホのバイブレーション音みたいだけど、俺のじゃなくて……ああ、大門さんのか。


「はい、もしもし。って、響子さん?」


 ジーンズのポケットからスマートフォンを取り出した大門さんが、通話を始めたとたんにガラス越しのスタジオのほうへと向く。つられて俺も向くと、休憩中なはずの響子さんが機材席からひらひらと俺たちに向かって手を振っていた。


「ええ、確かに今度の新番組の子たちですけど。はい、はい……えっ? これからですか? はあ、ですけど……まあ……」


 何気なく話していたはずの大門さんの声のトーンが、疑わしそうなものへと変わる。


「響子さんなら時々やってますし安心ですけど、このふたりは……まあ、ちょっと聞いてみますね」


 続いて呆れたように、そして仕方がないなとばかりに笑うと、スマートフォンから耳を離して俺たちへと向き直った。


「えーっと……ねえ、3人にちょっと聞きたいことがあってね」

「なんですか?」

「その、突然かもしれないんだけど……んっ」


 言いづらそうにしている大門さんが、意を決したようにぐいっとスマートフォンを握る。


「これから、みんなで生放送に出る気はない?」

「えっ、マジですか!」

「これから?」

「ですか?」


 飛びついた俺に対して、ルティとピピナは揃って左側へと首をかしげてみせた。


「この番組って、ここのスタジオでもリネージュ若葉――えっと、ショッピングセンターにあるサテライトスタジオでも通りがかった人にお願いしてゲストになってもらったりするのよ」

「〈ぱーそなりてぃ〉ではなく、一般の者がですか」

「ええ。昔からの目玉コーナーなんだけど……ほら、最近って暑いから、昼間に表のベンチで座る人って少ないでしょ。それで最近できなかったところに、みんなが来たから……響子さんが、ね?」


 またまた困ったように笑う大門さんがスタジオのほうを手で指し示すと、さっきは手をひらひらと振っていたはずの響子さんが、にまーっと笑っておいでおいでとばかりに手招きをしていた。


「なるほど」

「そ、それは、これから我らが〈なまほうそう〉をする、という……?」

「そういうことになるわね」

「る、ルティさま……?」


 呆然としたルティのつぶやきに、心配そうにピピナが顔をのぞき込む。でも、ルティはぶるぶる首を横に振ると立ったままの俺をキッと見上げた。


「サスケ、そなたは出る気か?」

「あ、ああ。せっかくのお誘いだし、俺は出たいと思ってるけど……ルティは、どうだ?」


 ここ最近は見せなかったルティの弱気を感じ取った俺が、一拍おいてたずね返すと、


「ならば、我も出よう」

「ルティさまっ!?」

「ピピナ、そなたもついてきてくれるか?」

「もちろんですっ! もちろんですけど……」

「いいの? いきなり生放送っていうのは、あたしもおすすめできないわよ?」

「やります。我とて、いつかは故郷にて〈なまほうそう〉を(にな)う身。せっかくの好機を、みすみす逃がすわけにはいきません」

「それならいいんだけど……なんだか、覚悟を決めた勇ましいお姫様って感じね」

「そういうものだと思っていただければ」


 弱気を振り払うように立ち上がって、ルティがきっぱりと言ってみせる。どうやら、心配は無用だったらしい。


「じゃあ、スタジオに行きましょうか。あたしも、付き添いとしていっしょに座っていいかしら」

「ええ、とても心強いです」

「ありがとう。まあ、それは口実ってことで」

「どーゆーことです?」

「みんなのマイクさばきを聴いてみたいだけ」

「そういうことでしたか」


 いたずらっぽく笑う大門さんに、俺たちもつられて笑う。うん、いい感じにルティの緊張もほぐれそうだ。

 大門さんが開けて入っていったドアに、続いて俺たちも入っていく。すると、待ってましたとばかりに響子さんが機材席から立ち上がって俺たちを出迎えた。


「いらっしゃーい。久しぶり、佐助くん」

「お久しぶりです、響子さん」


 去年の夏休み以来の再会に、おじぎをしてあいさつする。パーソナリティの先輩である響子さんの前に立つと、身が引き締まる思いだ。


「すいません、最近すっかりごぶさたで」

「いいのいいの。学生の本分は通学なんだし、高校生パーソナリティとして活躍してるみたいじゃない」

「そ、そんな。活躍だなんて」

「謙遜しなくてもいいの。それで、あなたたちが今度の新番組を担当する子たちですね」

「は、はいっ。初めまして、(わたくし)はサスケの友人で、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと申します」

「ピピナは、ピピナ・リーナですっ! ルティさまのおさななじみで、さすけのおともだちですっ!」

「あらあら、ごていねいにどうも。わたしがこの番組のパーソナリティをやってます、名取響子です」


 ぺこりと揃っておじぎをするルティとピピナに、微笑ましそうに表情をゆるめた響子さんがていねいにおじぎをし返す。先の方を大きな青いリボンで結っていることもあってか、腰まである長い黒髪がばらけることはなかった。


「ふたりとも赤坂先輩の番組を聴いてからラジオが大好きになって、時々こっちに来てラジオのことを学んでいるんです」

「〈わかばしてぃえふえむ〉の〈ばんぐみ〉は時折聴いておりますが、キョウコ嬢の軽快なしゃべりは本日初めて耳にいたしました。話の切り返しや受け答えなど、とても勉強になります」

「ピピナは、はじめてこっちにきたときにきーてたですよ。〈めーる〉のめのまえにそのひとがいるみたいにしゃべってるの、ピピナはとってもだいすきですっ!」

「ありがとうございます。さっきからずっとじーっと見ていたと思ったら、聴いていただいていたんですか」

「はいっ。今は見て聴いてしゃべって、すべてが勉強の日々です」

「なるほど……じゃあ、いつもの口調のほうがいいのかな?」

「是非とも!」


 ていねいに応対していた響子さんの口調がくだけたものになると、ルティも待ち望んでいたかのように反応した。俺も、どっちかというと耳なじみのあるこっちの口調のほうがいいな。


「じゃあ、打ち合わせもするから席についてもらいましょうか。パーソナリティのエルティシアさんとピピナさんが右側の2席で、佐助くんは左側の手前の席ね」

「わかりました」

「で、あたしが松浜くんの隣っと」

「あらあら、そんなにうずうずしちゃって。真知やんも、この子たちに興味あるんだね」

「そりゃあもう」


 愛称で呼ばれた大門さんは、当然だとばかりに大きくうなずくと俺が座った隣の席へと座った。向かいにはルティが座って、左右のはす向かいにピピナと響子さん。いつもは俺が座ってる席にルティが座っているってのは、なんだか不思議な感じだ。


「改めて、呼び込みゲストに来てくれてありがとう。いつもだったら通りがかった人の近況とか宣伝を聞くんだけど、今回はみんなの新番組の宣伝タイムってことでいいかな?」

「いいかなって、むしろこっちがそう言わないといけないほうじゃないですか」

「ほら、急な新番組だったからCMも今日からでしょ。ちょっとでも宣伝が多いほうがいいかなーって思って」

「そこまで把握してたんですか……」

「とてもありがたいことです。私としても、聴いていただける方はひとりでも多いほうがいいので」

「ですですっ。どんなひとでも、ピピナたちのばんぐみにきょーみをもってくれたらうれしーですよっ」

「じゃあ、決まりだね。45分から番組再開だから、あとの15分はみんなへのインタビューみたいな感じで行くよ」

「わかりました。ルティ、この画面の数字をよく見ておけよ」

「わかっておる。この数字が〈ぜろ〉になる前に話を終わらせなければならないのだろう?」


 道路側に面した机の端に置いてある液晶モニターを指さすと、ルティはわかっているとばかりにちょっぴりむくれてみせた。

 モニターの右上にはデカデカと「00:10:14」と時間がカウントダウンされていて、その左側には少し小さなサイズの『わたしのサウンドトラック』っていうコーナー名と、下にはさらに小さいフォントでコーナー名と放送時間がずらずらと並べられていた。


「じどーほーそーしすてむって、こんなふうにうごくんですねー」

「数字がゼロになったら自動的に次へすすむから、気をつけて見ておくようにな」

「もちろんですよっ」


 初めて自動放送システムを目にしたピピナも、両手をぐっとにぎって気合を込めてみせた。


 わかばシティを始めとしたコミュニティFM局の多くは、自動放送システムで番組の進行を管理している。これは事前に流すCMや曲の順番を決めておいて放送時間が目に見えるようにする他に、人員が少なかったり当直だけになる時間帯でも事前に番組をやりくりできるっていう利点を持っている。

 番組やコーナーが始まるのと同時に残り時間のカウントが始まるから、生放送の場合はトークの時間配分がしやすいし、放送用の素材をこのシステムに登録しておけばその番組やコーナーがちゃんと放送されるかどうかが、


14:44:50 ステーションブレイク

14:45:00 フリートークC

14:59:00 CM-リネージュ若葉・タイプA

14:59:20 CM-マイルストーンレコード

14:59:40 時報CM-麦塚信用金庫

15:00:03 若葉市役所からのお知らせ

15:05:00 メールテーマトークB

15:15:00 M8「この空の下」♪MAICO

15:19:02 ジングル-スマラジ木曜

15:19:10 CM-リネージュ若葉・タイプD


 こんな風に、わかりやすく視覚化されるってわけだ。

 ヴィエルでやるラジオには必要のないシステムではあるけれども、こっちでパーソナリティをやる以上は必要だから、ふたりともしっかり覚えてくれていたんだろう。


 それからしばらくは、響子さん主導でルティとピピナのプロフィールや新番組に関する取材タイム。これまで何度も練習した『外面としてはウソなんだけど中身はホント』的なプロフィールも板についたようで、ふたりともすらすら言えるようになっていた。

 外国からやってきた古い家柄のお嬢様と、そのお付きとして小さな頃からいっしょに暮らしているメイドさん。ちょっとしたことで俺たちと出会ってラジオに興味を持ってから、週末になると遠くの街からそれぞれの姉や友人といっしょに来るようになった……という、ひとつつつかれてもなんとか言い訳ができそうなハリボテ的なプロフィール。

 時々響子さんにつつかれることはあっても、俺がフォローしたりルティとピピナがうまくごまかしたりして、響子さんがなるほどなるほどとメモにとっていく。これをもとにトークが進んでいけば、あとは安心だろう。

 半ば雑談混じりの取材が終わった頃にはコーナーのカウントダウンが残り2分を切って、流れていた最後のボーカル曲も大サビを越えて終わりを迎えようとしていた。


「じゃあ、そろそろコーナー明けだから。締めとステーションブレイクが終わったら、すぐにゲストの自子紹介に行くよ」

「わかりました」

「心得ました」

「わくわくですよー」

「がんばってね、3人とも」

「はいっ」

「がんばります」

「がんばるですよっ」


 俺はつとめて冷静に。ルティはちょっと緊張の面持ちで。ピピナは言葉通り待ちきれないといった感じでその時を今か今かと待っている。響子さんからの手慣れた振りも、大門さんからの励ましもとてもありがたい。


「ただいまお聴き頂いた曲は、映画『星めぐりの子供たち』サウンドラックより、BGMの『煌めく星たち』『地上から見た銀河』『月光浴』『双星』、そして主題歌『星めぐりの先に』でした」


 曲の余韻が終わって少しおいてから、響子さんがカフを上げて曲紹介を切り出した。カウントも、残り15秒を切って――


「いやー、すっかり書店員Xさんに染められちゃったね。こっちの映画は星が題材だっとた思うんですけど、『ボクらの夜空』も星がテーマなのかなぁ……気になる。って、いかんいかん! わたしまで染められてどーするんだ! えー、以上! 『わたしのサウンドトラック』のコーナーでしたっ!」

『Eighty-eight point eight mega hertz radio station. Here is Wakaba City FM♪』


 カウントがゼロになる直前にコーナーを切り上げて、流れるようにステーションブレイクへと導いていった。それから一拍おいて、ドラムスととぼけた音色のトロンボーンがメインのBGMが流れ始める。さらに数秒の時間をおいてから、改めて響子さんが口を開いた。


「さてさて、14時台後半のフリートークコーナーなわけですが、今日は久しぶりの『引っ張り込みゲスト』に来て頂きました! それでは3人とも、自己紹介をよろしくっ!」

「平日リスナーの皆さん初めまして。土曜の昼3時半から『若葉南高校プレゼンツ ボクらはラジオで好き放題!』を担当しています、若葉南高校2年の松浜佐助です」

「皆さん初めまして。(わたくし)は日曜の24時から『異世界ラジオのつくりかた』を担当することになりました、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと申します」

「はじめましてですっ! おなじく、にちよー24じから『いせかいらじおのつくりかた』をたんとーすることになった、ピピナ・リーナですっ!」

「というわけで、わかばシティFMで数少ない7月新番組を担当してくれるふたりが遊びに来てくれました! ……で、なんで佐助くんがいっしょに来てるのかな?」

「いや、俺もふたりのラジオでアシスタントをすることになったんですよ」

「あー、そういうことか。じゃあ、担当してくれる3人が来てくれたということにしておきましょう」

「ぜひぜひしてやってください」


 早速、響子さんが事前の取材をもとにして俺のことをいじってきた。聞いているときは何気なく相づちを打っていただけなのに、のっけからこうしてぶっ込んでくるんだもんなぁ。


「今エルティシアさんから紹介があったとおり、今週日曜の24時から新番組『異世界ラジオのつくりかた』が始まります。まだわたしはどんな番組かをよくは知らないんで、よかったらエルティシアさんから紹介してもらえるかな?」

「は、はいっ」


 響子さんからの振りに、ルティが声を上ずらせる。いくら事前打ち合わせをしているといっても、さすがに初めての生放送で緊張しているのかもしれない。


「んんっ……い、『異世界ラジオのつくりかた』は、私とピピナが〈ぱーそなりてぃ〉になって、〈らじおどらま〉と〈とーく〉を通じてばんぐみづくりのことを学んでいく〈ばんぐみ〉です。サスケとカナ……えっと、マツハマ・サスケさんとウラク・カナさんが〈あしすたんと〉で活躍しているので、ぜひとも私たちの〈ばんぐみ〉を聴いて下さい」

「声優の有楽さんも出演するんだ」

「はい。サスケと共に私の友人で、同じく友人のルイコ嬢……おほんっ、アカサカ・ルイコさんも〈らじおどらま〉に出演されています」

「ルイちゃんも出てるんだね。『ボクらはラジオで好き放題!』オールスターズって感じじゃないの」

「元々、私たちも『すきほーだい』のリスナーなもので。友人たちと〈らじお〉ができることに、喜びつつも安堵しております」

「お友達だったら確かに心強いですね。ピピナさんは、やっぱりエルティシアさんのお友達で?」

「はいですっ。いっしょににほんへきて、いっしょにらじおのおべんきょーをしてるですよ」

「ふたりとも、外国から来てるんでしたね。日本語がとても上手だけど、結構勉強してきたとか?」

「ええ、よき師にめぐり会えまして」

「ですですっ」

「なるほど。とてもいい先生と出会えたんですね」


 隣り合って座っているピピナにルティが笑いかけて、それを受けたピピナが響子さんへと笑いかける。なるほど、初めてこっちに来た日にピピナが響子さんの番組を聴いてたってことは、響子さんがふたりにとっての日本語の先生になるってわけか。

 そんなことをみじんも知らない響子さんがその先生をほめているのにちょっと笑いそうになったけど、いかんいかん、生放送中にさすがにそれは御法度だ。


「そんな気心の知れたみなさんがラジオドラマをやるっていうことですけど、このラジオドラマっていうのはどんな内容で?」

「私たちが外国出身という身を活かし、私が異世界に住まう王女を、そしてピピナがその側で仕える魔術師を演じて、とある理由で異世界からニホンに来て〈らじお〉のことを学ぶという内容です」

「あー、さっきのコーナーの書店員Xさんが時々メールでくれますね。最近は異世界へ行ったり活躍している物語が増えてるって」

「でも、ピピナたちはそのぎゃくでいせかいからこっちにきてるです。るいこおねーさんがきゃくほんをかんがえてくれて、らじおのことをなんにもしらないピピナとルティさまのことを、さすけとかなとるいこおねーさんがみちびいてくれるですよ」

「もしかして、その舞台がこのわかばシティFMになっているとか」

「その通りです。実際、ルイコさんの『わかばのまちであいましょう』など、いくつかの〈ばんぐみ〉が作中に出てきます」

「それはうらやましいですねー……わたしの番組も出してほしかったなー」

「そ、それについては、きっかけの番組が俺たちと赤坂先輩の番組だったってことで」

「あははっ、冗談よ。冗談」


 軽快なトークで、響子さんが俺たちを自分のペースに巻き込んでいく。

 さすがは、ベテランのラジオパーソナリティ。メールを送ってきたリスナーも、目の前に来た経験の浅いゲストも勢いにのせてくれる。こうして間近で学べることはとても貴重だし、どんどん学んでいかないと。


「じゃあ、ピピナさんとエルティシアさんは幼なじみで」

「そーです。ちいさなころからあそんでくれて、いまもらじおのことでいっしょにおべんきょーしてるですよ」

「こちらで何もわからない私を助けてくれて、とても感謝しております」

「息も合ってるし親しいし、これは面白いコンビが誕生したわね!」


「わざわざ都内で収録してるんだ。じゃあ、終わったあとなんてへとへとじゃない?」

「この間の1回目と2回目の収録なんか、へとへとどころか栄養補給って言って近所のピザ食べ放題に駆け込んでましたよ」

「あれはおいしかったですねー」

「夜の収録なので、どうしてもお腹がすいてしまって……」

「わかる。わかるけど、マイクにお腹の音がのったらもう致命的よー」


「あの、〈とーく〉の秘訣というのを教えてはいけないでしょうか」

「いきなり核心を突いた質問だなぁ……そりゃまあ、トークはキャッチボールみたいなものだから、自分だけがしゃべらないようにすることかな。しゃべったら反応を待って、しゃべったら反応を待ってって感じで」

「なるほど」

「べんきょーになるですねー」

「って、メモまでとるほど!?」


「そういえば、佐助くんって今日は半ドンだったんでしょ? 期末テスト、どうだったの?」

「へっ?」

「それは気になりますね」

「とってもきになるです」

「わ、わかりませんよ! まだ終わったばかりだし! つーか、ルティもピピナもなんでじっとこっちを見るのさ!」


 そんな感じで、番組のことやルティとピピナのこと、俺たちとの出会いのことや何故か俺の期末テストのことまでいじられたりしてトークは進んでいった。最初は緊張気味だったルティも言葉によどみがなくなってきたし、ピピナも響子さんとのトークを楽しんでいる。

 でも、それももうすぐ終わりの時間を迎える。自動放送システムが、残り3分のカウントダウンを示しているからだ。


「さて、そろそろ締めの時間なわけですけど、最後に3人からお知らせはありますか?」

「はいっ。じゃあ、俺からはふたつほど」


 締めの段階に入ったところで、俺は響子さんからの振りをすぐに受けた。まずはアシスタントの俺がやって、締めをルティとヒピナにやってもらうほうがいいだろう。


「毎週土曜日の午後2時からの4時までは、30分刻みで若葉北高校、紅葉ヶ丘大学附属高校、若葉総合高校、そして俺たちがいる若葉南高校の4校がそれぞれ番組を放送しています。音楽あり、ガールズトークあり、学校情報あり、ラジオドラマありの4番組なんで、もしよかったら聴いてみてください。ああ、今年中学3年生な受験生は参考になるかもしれませんよ! 多分!」

「なるのかなぁ?」

「なりますって! 多分!」


 自分でも効果が怪しいと思ってるから、『多分』を2回重ねとく。


「それと、『好き放題』と『異世界ラジオのつくりかた』のディレクターをやってる赤坂瑠依子先輩の番組『赤坂瑠依子 若葉の街で会いましょう』は、土曜夕方5時からの放送です。この番組でもリスナーさんからの飛び入りジングルを募集してるんで、我こそはと思ったら土曜の夕方にわかばシティFMの前まで来てみてください」

「エルティシアさんとピピナさんが佐助くんたちと出会うきっかけになった番組だもんね。毎週若葉市のいろんなところを取材して新しい発見を伝えてくれる番組だから、ぜひぜひ聴いてみてください。それじゃあ、続いてエルティシアさんのほうから」

「はいっ」


 響子さんから振られるのと同時に、ルティがぴんと背筋を伸ばす。視線をテーブルの上へ落としているのは、放送直前に書いた走り書きの原稿の読もうとしているからだろう。


(わたくし)たちの〈ばんぐみ〉『異世界ラジオのつくりかた』は、先ほども申し上げたとおり日曜深夜24時からの放送です。異世界からやってきた私とピピナが目の当たりにした〈らじお〉という未知の存在を、この世界に住むサスケとカナとルイコさんがいちから優しく教えてくれる番組なので、〈らじお〉に興味を抱いている方はぜひとも聴いてみてください」

「ラジオでラジオのことを学ぶ番組って、ネットラジオではあっても地上波ではなかなかないからねー……最近流行りなライトな要素も加わって楽しそうなので、ぜひとも聴いてみてください」


 淀みなく、それでいて自然に原稿を読み終わったルティに御満悦そうな響子さん。そんな俺も、最初の不安がどこかへ吹っ飛んでいくぐらいの安定感をおぼえていた。


「最後に、ピピナさんからはなにかありますか?」

「んーと、ピピナはルティさまとおなじとゆーか……あっ」


 問いかけに首をかしげていたピピナが、なにかを思いついたかのようにぽんと手を叩いた。


「えっと、らじおはとってもたのしーですから、たくさんたくさんきくといーですよっ。いっぱいらじおをたのしんで、みんなでもっともっとらじおをたのしくしちゃいましょー!」

「おおー、これは素晴らしい締めですね!」


 ピピナの元気いっぱいな呼びかけに、音が割れないようにと小さく拍手をする響子さん。なるほど、これは確かにピピナらしいいいお知らせだ。


「その素晴らしい締めをいただいたところで、そろそろ2時台の締めのお時間です。本日の呼び込みゲストは、新番組『異世界ラジオのつくりかた』からパーソナリティのエルティシアさんとピピナさん、そしてアシスタントの松浜佐助くんでした。3人とも、今日は本当にありがとうございました!」

「ありがとうござまいしたっ」

「ありがとうございました」

「ありがとーございましたっ!」

「CMと時報のあとは、若葉市からのお知らせを挟んでテーマメール『今、旬な一品』をお届けします。メールアドレスは、smaradi@fm888.jpn。すまらじ、あっとまーくえふえむはちはちはち、どっとじぇいぴーえぬまでどしどし送ってください」


 番組用のメールアドレスを読み上げて、響子さんがマイクのカフを下げる。そのままミキサーの音量も下げていくと、帰って早々に聴いた中華料理屋のCMが天井のスピーカーから流れてきた。


「みんな、おつかれさまでしたっ!」

「おつかれさまでしたー」


 元気いっぱいな響子さんのあいさつに、思わず両手を机につけて頭を下げながら応える。たった15分ではあるけれども、目の前でベテランの番組回しが見られたのは本当に参考になった。


「おつかれさまですよー!」

「……………」

「ルティさま?」


 元気いっぱいなピピナにの横で、ルティはうつむいたかと思うとそのままずるずると机の上へ突っ伏していった。


「る、ルティさまぁっ!?」

「お、おい、ルティ。大丈夫か?」

「……んでしまった」


 机の上に散乱した銀髪の隙間から、くぐもったような声が聞こえてくる。絶望というか、なんというか……


「はじめのほう、思いっきり言いよどんでしまった……」


 後悔をこめて言いながら、首だけをぐるりと起こしてから両手を顔にあてた。


「お疲れさん。でも、初めての生放送にしては上出来だったと思うぞ」

「そうそう。エルティシアさん、初めての生放送にしては80点をあげてもいいぐらいよ」

「えっ。エルティシアさんって、初めての生放送なの?」

「はい。ルティもピピナも、初めての生放送なんです」

「ピピナさんも! へー……」

「はじめてだったけど、とってもたのしかったです!」


 ルティをなだめる俺と大門さんの言葉に、響子さんが驚きの声を上げる。

 そりゃまあ、特にピピナのことは驚くだろうなー……初めてなのに、ラストであんなアドリブをかましたんだから。まあ、ピピナのことだから意識してやったんじゃなくて面白そうだからやったんだろうけど。

 それに、さっきも言ったとおりルティも初めてにしては上出来だと思う。俺が桜木姉弟の番組で初めて生放送に出たときなんてボロボロもいいところだったし、最後のほうは堂々と言えていたんだから十二分に合格点をあげてもいいぐらいだ。


「ルティさまも、たのしかったですよねっ」

「それは、確かに楽しかったが……」

「だったら、いまはたのしいことをおもいかえしましょー。はんせーは、あとからでもできるですっ」

「うむ……それは、そうかもしれないな」


 ゆさゆさとルティの体をゆするピピナが、なんだか大人に見える。って、実年齢は俺や有楽の倍以上だってんだから、俺らから比べればずっと大人でいいのか。


「楽しかったなら、はなまる合格点をあげてもいいぐらいかな」

「生放送にはこれから慣れていけばいいんだし。まずは楽しくやれたってことが大事だぞ」

「楽しかったというのは確かだ。この気持ちを、忘れてはいけないということなのだな」

「そういうこと」


 ようやく体を起こしたルティに、もう一度大門さんと俺で言葉をかける。まずは、自分が出た番組を楽しむこと。これは桜庭姉弟や赤坂先輩、山木さんや響子さんから教えられてきた、ラジオに対するいちばん大事な気持ちだ。


「キョウコ嬢、ありがとうございました。緊張をほぐすようにゆったりしゃべっていただいたことで、平静を取り戻すことができたように思います」

「わたしのおかげじゃないよ。エルティシアさんにトークを聞く余裕があったから、途中から落ち着けたんじゃないかな」

「それでもです。目を配りながらの対話といい、ひとりひとりへ会話を振る技法といい、私が目指すべき姿勢を多く学ぶことができました」

「あ、あははは……なんだかくすぐったいわね」

「それだけ、響子さんから学ぶことが多いんですよ。ねえ、松浜くん」

「はいっ」

「よ、よしてよ! あたしよりも山木さんとか平塚さんとか、ここにはいっぱいお手本になる人がいるんだからさっ!」


 ルティに続く大門さんと俺からの攻勢に、目に見えて響子さんがうろたえる。でも、実際に学ぶことが多いからこその同意なんだから仕方ない。


「きょーこおねーさん、きょーこおねーさん」

「な、なにかな? ピピナちゃん」


 そんな響子さんは、奥の席で手を挙げているピピナに助けを求めるようにして話に応じた。


「きょーこおねーさんのこと、きょーこせんせーってよんでもいーですか?」

「えっ」

「きょーこおねーさんは、ルティさまとピピナにとってらじおのせんせーのひとりですから。だから、きょーこせんせーですっ!」

「ええっ!? ちょ、ちょっとピピナさん、先生はだめっ。先生はだめだってっ!」

「なるほど、響子先生か」

「響子先生のラジオ教室……あら、パーソナリティ育成としてもいいかもしれないわね」

「ちょっと真知やん! なにを不穏なことを考えてるのかな!?」

「いいじゃないてすかー。エルティシアさんとピピナさんに続いて次世代育成! って感じで」

「それはいいかもしれないけど! しれないけど! 先生はダメっ!」

「えー」


 年上なはずの響子さんが、年下の大門さんに翻弄されている。そうか、響子さんはこういう扱いが苦手なのか……なるほど、木曜が休みのときのメールのネタになりそうだ。って、いかんいかん。今はそんなことを考えてる場合じゃない。


「ほらっ。もうすぐ3時5分なんだから、この話はおしまいっ!」


 自動放送で『市役所のお知らせ』が始まってしばらく経ってるから、次のコーナーまで余裕がない。確かに、そろそろ退散しなくしちゃいけない時間だ。


「申しわけありません、キョウコ嬢。ピピナが突拍子もないことを」

「それは別にいいんだけど、不意打ちは苦手なんだよ……」

「わかりました。ですが、私もキョウコ嬢のことは先生のひとりだと思っておりますので」

「ひとりって、他にも先生がいるの?」

「はいっ」


 響子さんからの問いに、ルティがきっぱりと答える。


「ルイコ嬢とヒロツグ殿にマチ嬢。そして、サスケとカナも我にとって〈らじお〉の先生です」


 続いて出てきたその名前は、とても聞き慣れたもので。

 そして、その中に俺がいることがうれしくて。


「なるほどね」


 にまっと笑って視線を俺へと向けた響子さんに、


「佐助くん、ずいぶん勉強熱心な子を連れてきたね」

「ええ。俺や有楽にも負けないぐらい、すごく熱心です」


 自信を持って、そう言うことができた。


「それじゃあ、木曜になったらここへおいで。もちろん番組は見に来ていいし、終わったら1時間ぐらいはフリーだから、ラジオのことでわからないことがあったら教えてあげるよ」

「まことですかっ!」

「ほんとーですかっ!」

「こんなに熱心だったら、あたしも本望だよ。このあとも番組は続くから、またロビーで見ていていいしね」

「はいっ、ぜひとも聴かせていただきます」

「きょーこせんせーのおしゃべり、ちゃんときくですよっ!」


 ルティもピピナも、うれしい気持ちを隠そうとはしない。だったら、俺も感謝の気持ちを隠したままにするわけにはいかない。


「あの、響子さん。本当にありがとうございます」

「佐助くんもいつでもおいでよ。もちろん、神奈ちゃんもね」

「はいっ」


 ベテランパーソナリティからのありがたい申し出に、一度だけじゃなく二度も頭を下げる。

 これもきっと、ルティとピピナの熱意のおかげ。

 ふたりがいたからこそ、大門さんと響子さんっていうふたりの心強い先生を得ることができた。


 まだまだ、異世界でのラジオ作りは課題が山積みだけど。

 日本でしっかり得たことをレンディアールで活かしていこうって、そう力強く思えた。

Q.一般人の飛び入りゲストがあるラジオなんてないでしょー。

A.それをやる局もあるものだから、コミュニティFM局は面白いのです。


 昼間の番組を聴いていると、突然一般人や子供がゲストに出てきたりするフリーダムな局もあるのです。他にもスタジオにいるパーソナリティさんが外で見ている人をいじったり、その様子を実況したりというパーソナリティさんもいらっしゃいます。

 このあたりは局のスタイルによっても変わってくるとは思いますが、特に本局とは別にサテライトスタジオを持ってたり、観覧型スタジオを設けている局では多いような気がします。かくいう自分も、番組観覧に行ったときにパーソナリティさんからあいさつされたということが。さすがに、その時は「え、自分!?」とびっくりしました。


 さて、いよいよルティたちの番組が始まるまでのカウントダウンが始まりました。

 そして、佐助くんたちが夏休みを迎えることで異世界サイドのラジオ作りも再開します。これからもどんどんお話は進んでいくので、楽しんで頂ければ幸いです。

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