第31話 おわるラジオとはじまるラジオ
始まりがあれば、終わりもある。
それはラジオでも同じことで、いつも聴いていた番組の冒頭で『番組の最後に、大切なお知らせ発表があります』なんて言われた日には、いつもは楽しんでいるフリートークやコーナーも耳に入ってこなくなる。
だからこそ、肩すかしを食らうとホッとするものだけど、
『この番組、7月からお引っ越しすることになりました!』
「なんだ、時間帯移動かよ……」
『今は日曜日の24時から放送している〈本多のどかのレディオ・ファーム〉ですけど、来月7月11日からは毎週月曜日、深夜25時からの放送になります』
「リアルタイムで聴けない時間だなオイ!」
ラジカセから聴こえてくる非情なお知らせに、ツッコまざるをえないことだってある。
こんなところをルティたちに見られるわけにはいけないけど、今は0時半前。いつも10時頃には寝ているみたいだから、小さい声ならひとりごとでも問題ない。つーか、これがツッコまずにいられるかって。
『なんとか2度目の改編期を乗り越えられましたし、また公開録音とかやりたいですねー。秋からのライブツアーのお話もどんどん始めていきますから、どんどん質問のメールとか送ってきちゃってください。はー、言えた。ようやく言えた!』
「うーん……こりゃあ録音して聴くしかないかなぁ」
今ならなんとか寝る前に聴けているけど、平日の深夜となるとさすがにそうもいかない。朝6時半には起きないといけないのに、寝るのが1時半じゃ5時間も寝られないし……仕方ない。デジタルオーディオプレーヤーで録音して、通学中に聴くか。
『というわけで、この番組では来週からもお手紙とメールを募集しています。お手紙は、いつものように郵便番号160の9002、東都放送〈本多のどかのレディオ・ファーム〉宛てに。メールはnodoka@jatr.jpnまで、どしどし送ってきてくださいねー!』
それに、改編を越えたパーソナリティの弾む声を聴くのも悪い気分じゃない。むしろこっちまでうれしくなってくるし、ホッとしたのも確かだ。
とはいえ、いろんな番組で一喜一憂するがこの改編直前の時期。春とか夏ほどじゃないにせよ、少なくない番組に影響が出るからまだまだ気が抜けない。
『それでは今日はこの辺で。お相手は私、本多のどかでした。牧場からギターの音が聴こえたら、私に会いに来て下さいね!』
いつもよりかなり弾んだ声で、番組が終わりを迎える。リアルタイムで聴けなくなっても、それでもまだまだ聴けるんだからホッとしたと言うほかにない。
「ふぁ~……」
って、安心したら眠気がどっと来やがった。昨日は店で懇親会をやって、今日は紅葉ヶ丘と総合高、それにフィルミアさんとリリナさんも巻き込んでリベルテ若葉の応援と山木さんのアナウンス講座と盛りだくさんだったし、さすがにそろそろ寝るとするか。
枕元に置いてある年代物のラジカセに手を伸ばして、電源を切る。にぎやかなトークで満ちていた部屋に沈黙が戻って、あとは隣のライトを消せば寝るだけ……なんだけど。
「……のど、渇いたな」
部屋の電灯じゃなく手元のライトを浴びていたせいか、少し暑くてのども軽く渇いていた。このまま寝れば朝にはカサカサで、部活に影響が出たらさすがに困る。
下に行くのは面倒だけど、のどのケアのために何か飲んでおくかな。
「んしょっと」
気だるい体に気合を入れて起き上がって、のろのろとドアのノブに手を掛ける。もう電気も消えてるだろうから、手探りで点けないと――
「……ん?」
って、廊下の電灯が点いてる?
10時頃に上がったときには消したはずなんだけど……誰か、起きてるのか?
ひとつ首を傾げてから、伸ばしていた手を引っこめてそっと廊下を歩いて行く。誰かが起きていても他のみんなは寝ているわけで、ドスドスと音を立てるわけにもいかない。ゆっくりと、足音を立てないように2階へと下りていくと、
「やっぱり」
リビングの電灯が、廊下側へと漏れているのが見えた。
有楽と赤坂先輩は夕方には自分の家へ帰ってるし、母さんもいつも通り早めに寝てるはず。父さんはプロ野球の実況で福岡出張中となると、ルティとフィルミアさん、ピピナとリリナさんのうち、誰かになるんだろうけど……まあ、入ってみるしかないか。
そっと引き戸を開けて、リビングの中を見てみると、
『……ですけど、必ず……』
「…………」
「…………」
リビングのソファーに並んで座っているルティとピピナが、壁際のコンポへ真剣なまなざしを向けていた。
「……何してるんだ?」
「っ!? な、なんだ、サスケか」
「びっくりさせないでですよ……」
「それはこっちのセリフだっての」
ふたりだったら、陸光星を使ってると電灯を点けたり消したりとか慣れてないだろうから責めはしない。身をすくませたふたりにおどけて言って、なんでもないようにリビングへと入っていく。
「で、なにしてたんだ?」
「うむ。その、この時間帯の〈らじお〉を聴きたくなってな」
「はやめにねてたルティさまを、ピピナがおこしたですよ」
「昼間あんなに遊んだのに、大丈夫なのか?」
ソファのほうに歩み寄ると、ルティとピピナが俺を見上げてそう説明した。ふたりとも白地にピンクの猫柄っていうお揃いのパジャマ姿で、ルティは長い髪をヘアゴムで縛って、ピピナは昼間しまっていた透明の羽を出してくつろいでいた。
ふたりともスタジアムグルメを堪能していたし、リベルテ若葉の応援にアナウンス講座と楽しみまくっていた。その分疲れているはずなのに、ふたりとも眠そうな様子はない。
「我は2時間ほど寝ておいたからな。そういうサスケこそ、大丈夫なのか?」
「俺はのどが渇いたら来たんだよ。ルティとピピナも、麦茶飲むか?」
「それはありがたい」
「あのっ、ピピナのもおねがいするです」
「あいよ」
軽く返事をしてから、ダイニングを抜けてキッチンへ向かう。冷蔵庫を開ければ、夕飯の後に作っておいた麦茶がガラスボトルの中で透き通った麦茶色にできあがっていた。
戸棚からコップを3つ出して、お盆へ置く。あとはガラスボトルから麦茶を注げば出来上がりなわけだけど、
『……を入れて残り2回、最後まで……』
かすかにコンポから聴こえてくる悲しげな声が、どうにも気になる。
「はい、お待たせ」
「ありがとう」
「ありがとーですよ」
戻ったリビングでお盆をテーブルに置いて、ルティとピピナの前にコップを置いていく。ふたりの向かいに座って俺の分をぐいっと一気にあおると、ひんやりとした感触が口から体の中へと広がって、渇いたのどをすうっと潤していった。
「何を聴いてたんだ?」
「その……〈わかばしてぃえふえむ〉の〈しみんばんぐみぞーん〉なるものを、な」
「ふたりで、いっしょにきーていたんですけど」
何気なく聞いてみたはずなのに、どうにもルティとピピナの歯切れが悪い。表情も、言葉が進むにつれてだんだんかげっていった。
他の学校のみんなと会ったり、昼間に遊びに行ったときにはあんなに楽しそうだったのに。
『再来週でこの番組は、いったん幕を引きます。またいつかわかばシティFMに戻ってきて……この声を届けられるように、がんばっていきますから、全国武者修行に出るわたしたちを応援してもらえたらとってもうれしいです』
「あー……」
コンポのスピーカーからは涙声というか、振り切るように明るく振る舞った声が流れていた、
液晶の周波数はわかばシティFMのもので、時間は日曜の24時半過ぎ。となると、この間有楽が言ってたKUWAII-3の番組になるわけだけど……そっか、このゾーンの番組が終わるから、ルティたちの番組の企画を持って行ったんだっけ。
「我らが〈ばんぐみ〉を担当するかもしれない時間に、どのような〈ばんぐみ〉があるのかと思い聴いてみたのだが……突然終わりと言われ、面食らってしまった」
「なるほど、な」
「さすけ、ばんぐみがおわったら、このひとたちはどーなっちゃうですか?」
「今までは若葉市だけでアイドル活動をしてたのが、日本全国で活動するようになるんだ。広い世界へ飛び出すための旅立ちなんだから、そんな悲しそうな顔をするなよ」
「それなら、いーんですけど」
身を乗り出してたずねてくるピピナに、俺は努めて冷静に、そして優しく言ってみせた。
もちろん、メジャーデビューしたからと言ってこのあとの活動が保障されたわけじゃないってのはよくわかってる。それでも、本人たちが望んでやろうとしてることなんだから、今はこう話すべきだと思う。
そのあとは、みんな黙ってスピーカーから流れてくるトークに聴き入った。
これからの展望を明るく語ったり、番組のこれまでを振り返ったり。みんな19歳で、高校を卒業したからこそ若葉市から飛び出して挑戦したくなったことや、全国をまわることで若葉市の自分たちをアピールしたいっていう想いを語っていく3人の声は真剣で、そして熱くて。
それでも、高校2年からずっと続けてきたっていうこの番組から離れることはとても名残惜しそうだった。
『えー……番組はまだ2回ありますから、湿っぽいのは今日だけにしましょう!』
『そうだね。あの、リスナーさん。ボクたちにメールをどしどし送ってください。そして、最後はお祭り騒ぎで送り出してくれたらうれしいです!』
『みんなのメールがあたしたちの力だったからね。最後まで、みんなといっしょに騒いで行こう!』
『というわけで、この時間のお相手はKUWAII-3のわたし、堤あつみと』
『内丸ゆきと』
『八橋のどかでした』
『また来週、そして再来週! またこの時間でお会いしましょう!』
『それではみなさん』
『『『おやすみなさーい!』』』
振り切るように、明るく振る舞う声。
でも、エンディングのBGMで流れてくるバラードソングとさっきまで語られていた思い出が相まって、どこか悲しげな余韻が残っていた。
麦茶をひとくち飲んで、ことりとコップをテーブルへ置くルティ。
悲しげな表情で、透明な羽を時折ぱたり、ぱたりとはためかせるピピナ。
それを見ていた俺も、ふたりも、言葉が出ずにただただその歌に聴き入っていた。
でも、不意にそれがフェードアウトすると、しばらくの沈黙のあとに、
『ただいまをもちまして、本日の放送は全て終了しました。どちら様も、火の元の安全をお確かめの上ごゆっくりお休みください』
日曜日の深夜25時になると流れる、わかばシティFMのクロージング――放送終了アナウンスが始まった。
『このあとはしばらくお休みをいただきまして、午前5時の〈MORNING FOREST〉から放送を再開いたします。JCZZ3WB-FM。こちらは、わかばシティFMです。周波数、88.8メガヘルツ。出力、20ワットでお送りいたしました』
抑揚の少ない、局長の渋いアナウンス。何度か聴いたことはあったけど、番組終了のおしらせのあとにBGMもないこのアナウンスは重々しかった。
アナウンスが終わって、スピーカーから流れてくるのは小さな、本当に小さなホワイトノイズだけ。そのままみんな黙り込んでいると、電波が停まったのかノイズの音量が大きくなった。
「そうか……〈ばんぐみ〉が終わる、ということもあるのだったな」
しばらくして、リモコンでコンポの電源を切ったルティがゆっくりとつぶやく。
「改めて考えると、ふたりにちゃんと話したことはなかったな」
「ピピナ、こんなのだってはじめてしったですよ……」
「ごめん。ルティ、ピピナ」
番組の『おわり』。
ラジオをやる上で大切なことなはずなのに、これまでさらりとしか話していなかった。
「なんでさすけがあやまるですか」
「始めることばっかり気にして、終わるってことをちゃんと話していなかったからさ」
「よい。我も、初めて目の当たりにして驚いただけだ」
浮かない表情のまま、それでも笑ってみせようとするルティ。ピピナは悲しい表情のまま、俺を見上げている。
このまま『おやすみ』って部屋に戻るわけにも行かないよな……
「せっかくの機会だから、『終わり』と『始まり』のことをちゃんと話しておくか」
「えっ、でも、あしたはがっこーじゃないんですか?」
「深夜番組を聴いてりゃ、このくらいなんともねえよ」
眠気を振り切るように、おどけて言ってみせる、さっきの麦茶もよく冷えてたし、しばらくは行けるだろう。
「すまぬ、サスケ」
「いいっていいって。話してなかった俺の落ち度だ」
頭を下げるルティにも、ごまかすことなく応える。教えるとしたら、今この時しかない。
「じゃあ、まずは……ふたりは、どんな時に番組が終わると思う?」
「〈すぽんさー〉からの資金が尽きたときか?」
「あとは〈くわいーすりー〉みたいによてーがはいっちゃったときですかね」
「直接的な原因としては、ピピナのが大きいな。ルティが言ったのも、時々局側が負担するけどあるといえばある」
パーソナリティ都合での終了は時々でしかないけど、引き留めてもダメだったらそこでおしまい。スポンサーが降りた場合は、スポンサーなしで放送を継続して次のスポンサーを探したりする。
それでも見つけられなかったときは、それこそおしまいの時だ。
「サスケの口振りでは、他にもありそうだが」
「まあな。んーと……おっ、あった」
コンポが乗った棚に並べられている雑誌から2冊を手にして、目当てのページを開いた俺はテーブルの上へと並べてふたりへと差し出した。
「この本は?」
「日本全国にあるAM・FMラジオ局のうち、コミュニティ局以外の番組表が全部載っかってる雑誌だ」
「そんなほんがあるんですかっ」
机の上へ両手を置いたピピナが、しゅぽんと音を立てて妖精さんモードになるとガラスケーブルにちょこんと腰掛けた。ここ最近はほとんど人間モードだったから、久々の姿だ。
「昔から、聴きたい局から遠く離れてる人が活用してたんだ。今もいろんなパーソナリティーに取材したり、新番組の特集をしてるんだけど……まあ、まずは見てくれ」
「見出しの文字が、両方とも同じように見えるが」
「これは、両方とも父さんが働いてる『東都放送』の番組表。今ルティが『見出しが同じ』って言ってたけど、見てみて他にも同じところはないか?」
「同じところ……真ん中から上と下の方、そして右側の一部が同じだな」
ルティが、格子状になっている番組表を次々と指さしていく。その言葉どおり、真ん中から上――月曜日から金曜日の朝夕は「しゃべる気MANMAN」「野橋健一の夕焼けラリアット」っていう番組が掲載されていて、下にある深夜帯も右の2列を除いて同じ顔ぶれの番組が載っかっていた。
「でも、このまんなかよりちょっとしたとか、みぎがわのところはふたつのほんでちがうですよね。いったいどーゆーことなんです?」
「ルティたちから見て、左側の本は去年の秋に出た番組表。で、右側の本は今年の春に出た番組表。つまり、左側の本にあって右側の本にない番組は、今年の春までに終わったってことだ」
「なっ、こんなに多くの〈ばんぐみ〉が終わってしまうのか!?」
「んーと……だいたい、こんな感じか」
驚くルティを尻目に、コンポの脇にある筆入れから蛍光ペンを抜き取って左側のほうで該当する番組にカラーリングをしていく。大きく分けてピンクと、緑と、青と……まあ、こんなところか。
「まず、このでかいところ。ここは、父さんが実況しているプロ野球の季節かそうじゃないかの違いだな」
そう言いながら、火曜日から日曜日までの夕方6時から9時――ピンクのラインを入れた大きなゾーンを順繰りに指さす。秋側は父さんがやってた『フミスポ!』を始めとしたバラエティ番組で、春側は看板番組の『東都放送ライオネスアワー』だ。
「プロ野球は基本的に3月下旬から10月上旬まで開催だから、その間に放送される。それ以外は、別の番組を放送するってわけ」
「ということは、〈ぷろやきゅう〉が始まったからこれらの〈ばんぐみ〉が終わってしまったのか」
「ご名答。これは『最初から終わる時期が決まっている』番組に分類される」
「そんなおわりかたもあるんですねー」
「ああ。だから、最後はあっけらかんと終わったりすることもある。中には、秋になったらまた番組が復活とかな」
「なるほど……では、こちらの色がつけられた〈ばんぐみ〉はどうなのだろうか」
ひとつ深くうなずいたルティが、今度は緑のラインを入れた番組を指さす。『雪がみえるらじお』に『レディオ・リフレイン ~海越学園寮放送部~』……ああ、土曜深夜のアニラジゾーンか。
「ここは、『宣伝期間を全うして終了した番組』だな」
「せんでんきかん、ですか?」
「ピピナは、よく有楽とアニメを見てるだろ。そのアニメの宣伝を兼ねて、有楽みたいな声優さんが作品のこととかを話す番組をやるわけだ」
「〈あにめ〉と〈らじお〉を結びつけるわけか」
「そういうこと。裏話を話したり、他の声優さんをゲストに呼んでしゃべったりな。でも、一本のアニメが放送されるのはだいたい3ヶ月から半年だから、アニメの終わりといっしょか、終わってからしばらくしたらラジオのほうも終わることが多い」
「それは、なんだかさみしくないですか?」
「まあ、さみしいっちゃさみしいけど……」
俺だって、いくつも番組の終わりを聴いてきたからピピナのつぶやきは痛いほどよくわかる。
それでも、だ。
「世知辛いことを言うと……続けるにしても『予算』とか、な」
「あ」
「あー……」
決定的なことを言ったらルティは固まって、ピピナは納得って感じで微妙な表情を見せた。
「物事には、お金というものがつきまとうんだよ……」
「ピピナとルティさまがやるかもしれない〈ばんぐみ〉も、たしかにそーでしたね……」
「こちらでの我らの〈ばんぐみ〉も、12回で終わるのだったな……」
ファンタジーな世界のお姫様に、現実的なことを突き付けるのは自分でもどうかと思う。それでもラジオのこと、しかも終わりのことに触れるとなるとどうしても避けるわけにはいかなかった。
「ラジオでも人気が出て、単体で行けるか宣伝効果が続くと見込まれたら続くこともあるけど……こういった番組の多くは、最初から放送期間を決めてることがほとんどだな」
「限りある期間の中で、できることをやっていく……それも、悪くはないか」
「ピピナもルティさまも、そーしていきましょー」
気を取り直したように、ルティとピピナが少し明るい表情を見せた。でも、本番はここからなんだよ。
「で、この青のライン。これは今回のKUWAII-3と同じ『出演者側の都合による放送終了』になる」
「ひとつの〈ばんぐみ〉にしか引かれてないが」
ルティが言うとおり、青いラインは『春山千砂の金曜談話室』にしかひかれていない。金曜昼12時からの、30分間の放送だ。
「この番組のパーソナリティは春山千砂さんって人なんだけど、春山さんは40年間ずっとこの番組を担当していて、3月の40周年を区切りにして引退したんだ」
「40年も!?」
「そんなにながいあいだ、ぱーそなりてぃーをしてたんですか!」
「去年の秋の引退宣言は、さすがにえらいニュースになってたな。とってもゆったりとした優しい語り口で、届いた手紙を一枚一枚ていねいに読んでてさー……ラジオの大先輩として、今も尊敬してるよ」
俺がラジオに興味を持つようになってから、父さんはよく春山さんの番組をすすめてくれた。最初はお年寄りの番組なんかってなめてかかってたんだけど、ひとつの話題を軸にしていろんな話にふくらませていく巧みな技術には驚かされた。
「チサ嬢とは、どのような方であったのだ?」
「例えば、春になって桜――んーと、日本で親しまれている花が咲いたって手紙が届いたら、桜餅っていう食べ物やサクラソウっていう植物の話題をきっかけにして、手紙を出した人が住んでる地方のお花見事情や昔した夜桜見物の想い出話とかに広げていく。1通の手紙だけで、10分ぐらいはひとりでゆったりとしゃべる人でさ」
「ひとつのわだいを、じゅっぷんもですかっ!」
「その上、声だけのはずなのに頭の中でイメージがふくらむんだよ。それが今年の春までずーっと親しまれてたから、今でも春からの番組表にないのが信じられないぐらいだ」
言いながら、もうその番組名がない春側の番組表へと視線を移す。月曜から木曜までやっていた昼のワイド番組が金曜日にも広がったことで、もうその番組枠自体が跡形もなく消え去っているのがとてもさみしい。
ずーっと伝統だったから、後任を置くのも惜しいってはわからなくもないけど……やっぱり、さ。
「さすけがゆーんだから、とってもすごいひとだったんですね」
「むぅ……我も、その〈ばんぐみ〉を聴いてみたかった」
「たぶん、父さんが録音を残してるんじゃないかな。この番組のファンだったし」
「まことかっ!」
「みんな火曜までいるんだし、明日福岡から帰ってきたら聞いてみるよ」
大ベテランの番組は、きっとこれからラジオを始めるルティたちの参考になるだろう。特に、ゆったりとしたしゃべりのフィルミアさんと、落ち着いたしゃべりのリリナさんには。
「他にも、KUWAII-3みたいに続けられなくなって『自己都合』で終わる番組もある。でも、これまで言ってきたものよりもずっと大きい理由がふたつあって……」
「その割には、他には線が引かれていないように見えるが」
引けない。
引けるわけがない。
「表向きには、理由がわからない番組もあるんだ。もちろん、決まった期限を放送しきったのもあるけど」
ひとつひとつ、言葉を選びながら両方の本を閉じていく。ここから先は、触れられるものがない。
「ひとつは、人気がなかったりなくなった場合」
これは、わかりやすいようでいてわからないこと。
「もうひとつは、放送局側で終わらせようと判断した場合」
そして、推測するしかないこと。
あとで関係者の口から語られることはあっても、終わってすぐにわかるもんじゃない。
「この場合は、季節の区切りになったら終わることが多い」
「い、いや、ちょっと待ってくれ。人気がないとかなくなったとか、いったいどうやって判断するのだ?」
「メールやはがき……お便りが少なくなった場合。つまり、聴いてる人からの反響がなくなったら、だな」
「つまり、きーていないってはんだんされたらってことですか」
「そういうことになる。だったら、その番組を終わらせて新しい人気の出そうな番組に差し替えようってわけだ」
「だが、それはあまりにも酷ではないか? ほら、聴いている者もなにか事情があって便りを出せないなどのことが――」
「東都放送の場合、聴ける範囲の人口は数百万人だ。それでいて、来るお便りが毎回10通とかだったらどう判断されると思う?」
「ぐっ……」
反論を潰すのは心苦しいし、極端な例ではあると思う。それでも、わかりやすく教えるにはこう説明するしかなかった。
「聴く人がいないってことは、スポンサーにとっても宣伝にならない。もっと厳しいと、期限よりも前に番組が打ち切られるなんてこともある」
「……なんとも、世知辛いものだな」
「ラジオ局も商売だからなぁ。まあ、わかばシティFMの場合は制作費さえ先に払えば、よほどのことがない限りその分の枠は保障されるし、ヴィエルのほうも今は考えても仕方がないな」
「それは……そう、だな。始まる前から人気のことを気にしても仕方あるまい」
「そーなると、さすけがいってたもーひとつの『ほーそーきょくのはんだん』っていうのもおなじかんじなんですかねー」
「……うーん」
同じといえば同じだし、近いといえば近い……というのは、そう言えると思う。
「でも、決定的に違うことがあるんだよ」
「違うこと……それは、なんなのだ?」
「人気があっても、放送局が『終わらせよう』って判断したら終わらせることができるんだ」
「なっ!?」
「そ、そんなのだめです! おーぼーですよっ!」
目を見開くルティと、両手と羽をぱたぱたさせるピピナ。やっぱり、ふたりとも拒絶するよな。
「俺が生まれるずっと前、日本のあるラジオ局で起きたことでな。それまで中高生向けの番組とかお茶の間向けの番組を放送していたはずが、社長が交代したとたんに自分好みの番組で固めようとして、それまで放送されていた番組をどんどん終わらせていった」
いろんなラジオ番組の歴史を調べてるとき、たった2ヶ月で終了して、それからしばらく経って別の地方の局で再開した番組があった。どういうことなんだろうって調べたら、とんでもない内幕があって……
「外国の音楽を紹介する番組も、KUWAII-3のようなアイドルがやってる番組も全部打ち切り。社長の好みに合わない音楽は流すことさえ禁止されて、あとは社長好みに染められて独裁の完成ってわけさ」
「そんな……そんな馬鹿らしい話が、あってたまるか!」
「やっぱりそう思うか」
「あったりまえです! ばんぐみはみんなのものなんですよ!」
「ピピナの言うとおり。でも、反対したところで末路は放送現場からの追放だ」
「まさしく蛮行ではないか」
「本当に……で、結局は社員が大量にいなくなって、商業的にも倒産寸前まで行くほどの大失敗。会長になってやりたい放題だった元社長は追い出されて、ようやくめでたしめでたし……なんてはずもなく、立ち直るまでに長ーい長ーい時間がかかりましたとさ」
「それはそうだろう」
「やりすぎですよ。あまりにもおーぼーです」
当然だ、とばかりにふたりが腕を組んでぷんすかと怒っている。よかった、そう思ってくれるのなら俺としても安心だ。
「って、さすけ。どーしてほっとしたよーなかおをしてるです?」
「実際、ほっとしてるからだよ」
「うん? 今の話題のどこに、ほっとするところがあったのだ?」
「そういう風に、ふたりが怒ってるところが」
くすりとひとつ笑ってから、改めてふたりを見やる。
「今のはかなり極端な例だったけど、ラジオを始めるってことは終わりも始まりもルティの振る舞い次第ってことさ」
「?」
「今は、ルティが『始めたい』と思ったからラジオを作っている。でも、それは逆に言えば『終わらせたい』と思ったらいつでも終わらせることができるってことなんだ。ルティひとりの意志でな」
「むぅ」
って、あれ? どうしてむくれるんだ?
「我が、そのようなことをするわけがなかろう」
「うん。始まったばかりだから、それはわかって――」
「わかっておらぬっ!」
むくれたまま、テーブルに手をついたルティは向かいの俺のほうへと身を乗り出してきた。
「そんなこと、我ひとりで決められるわけがななかろう! いくら我が創始者のひとりでレンディアールの王女でも、人の運命ひとつ左右するなど思い上がりも甚だしいわ。せっかく誰かが始めた〈ばんぐみ〉を我の意志だけで軽々しく扱うなんて……怖くて、できぬ」
勢いがしぼむように声が弱々しくなって、ルティの体がまたぽすんとソファに沈む。
「……ごめん、極端に言い過ぎた」
「いや、『終わり』を話すには避けて通れなかったと、それくらいは我にもわかる。わかるのだが……やはり、我ひとりでは無理だ」
ふるふるとかぶりを振ってから、テーブルから視線を上げる。
その緑色の瞳は、どこかすがるようで。
「もしそういう判断を迫られたとしたら、我はサスケにもピピナにも、今〈らじお〉に関わっている皆にも相談して、その上で決めたい。わがままかもしれないが……我ひとりだけで、決めたくはない」
そゆらぎに反映するかのように、俺たちへの願いを口にする。
ここ最近は順風満帆でで自信満々な姿ばかりを見ていたから、すっかり忘れていた。
どこか恐がりで、臆病で。それでいて心優しいルティの姿を。
「ルティの言うとおりかもな」
「……サスケ?」
「別に、ヴィエルでも日本と同じようにやらないといけないってわけじゃないし。元々番組はみんなで決めているんだし、終わらせるかどうかってのもみんなで話し合ったっていいんだよな」
「そーですね。〈らじおきょく〉もおわらせるときは、みんなできめれば――」
「って、待った待った待った!」
「はい?」
なんか今、しれっと言ってたよな!?
「頼むから、『もしも』だとしてもラジオ局を終わらせることは今から考えるなって!」
「……あっ! ご、ごめんなさいですっ!!」
「しゃれにならないんだよ、それ……」
あわてたピピナの弁解の影で、小さく愚痴を吐く。
ついこの間、いつもの通り普通に放送していたはずなのに、突然電波が停まったと思ったらSNSにひとことだけ『終了しました』ってお知らせが投稿されて『廃局』になったコミュニティFM局があった。
さっき衝撃を受けていたふたりにこれ以上言えないし、今は言うつもりもないけど……あれは、数ヶ月経った今も反応するほど衝撃的だった。
「ま、まあ、そういうわけだから。番組が終わる始まるに関わらず、ラジオのことで話したいことがあったらいろいろ話していこうぜ」
「ですですっ」
「ありがとう、ふたりとも」
普段の凛々しさを見せて、ルティが小さく頭を下げる。別にいいのに、こういうところは律儀なんだよな。
「いいっていいって。そもそも、始める前から終わることを考えてそうするんだって話なんだよな」
「いや。〈らじお〉を始める以上、いつそういう場面に出くわすかもわかるまい。そのために、こうして心構えができてむしろよかった」
「ピピナも、おわるなんてしらなかったからわかってよかったです」
「6月末、9月末、12月末に3月末はそういう時期だし、嫌でも耳にするからなぁ……」
「耳にする、といえばひとつ気になったのだが」
「ん? どうした?」
軽く身を乗り出したルティに合わせて、俺もちょいと前のめりになる。
「先ほど、くわいーすりーの〈ばんぐみ〉が終わってから、何やらしゃべって静かになったようだが、あれはなんだったのだ?」
「なんかしゃべってた……ああ、クロージングのことな」
「くろーじんぐ……これも『おしまい』ってことですか?」
「そうそう。でも、これは一旦お休みするだけだ。さっきのアナウンスどおり、5時になればまた放送が始まるんだから、そんな心配そうな顔をすんな」
「えへへっ、それならあんしんしましたっ」
俺の答えで一瞬表情を曇らせたピピナが、今度は補足でほっとしたように顔をほころばせる。さっきまでの流れだから仕方ないとはいえ、ルティとピピナの表情が曇ると……さすがに、心が痛い。
「では、その〈おやすみ〉は何のために行うのだ?」
「まずひとつは、メンテナンス……設備の点検のため。ほら、ここを見てみろ」
もう一度、今度は春側の番組表を開いて関東地方にある東都放送、関東放送、レディオジャパンの番組表をぱらり、ぱらりと時間をおいてめくっていく。
「日本のラジオ局の多くは、こうやって月曜日の朝5時から次の月曜日の朝1時とか2時ぐらいまでずーっと放送するんだ。その分放送用の機械に負担がかかるから、故障しないように点検する時間が必要でいったん放送を休止させるってわけさ」
「そんなに長く稼働させれば、確かに機械へかかる負担は大きかろう」
「壊れたりしたら、それこそ大騒動だ。あとは、深夜の放送をやらないで毎日5時か6時ぐらいまで放送を休止させるって方針の局もある」
今度はちょっと進んで、別の放送局の番組表が載ってるページを開く。さっきの放送局は24時間分の番組表だったのが、こっちは月曜日から日曜日の全日で、午前6時から午前1時までの19時間分だけになっている。
「へー。それぞれのらじおきょくでいろいろちがうんですね」
「『深夜放送をやらないといけない』なんて決まりも別にないし。それで、休止をする前には『今日の放送を終わりますよ』って意味合いでクロージングを流すわけだ」
「そのための〈おやすみ〉宣言なのだな」
「ああ。このクロージングってのも、局それぞれで違って面白くてな。んーと、この時間だったら……あの局がいいかな」
いろいろ話してたら2時前になってて、ちょうど頃合いの時間。後ろを振り向いた俺は、コンポの電源を入れてからAM波にして『関東放送』の周波数に切り替えた。
『メイプルマートが、2時をお知らせします』
途中から始まったCMがすぐ終わって、ぴ、ぴ、ぴ、ぽーんと時報が鳴る。そのあと、一瞬の静けさがあってからアナログシンセとドラムが鳴って軽快な曲が始まった。
アップテンポの曲は夜の2時な上に放送終了にもかかわらず底抜けに明るくて、時々入る優しい鐘の音のようなシンセの音色が心地よかった。
「……歌?」
「そう、歌だ」
イントロが終わって流れ始めたのは、女の人の歌声。とても張りのある元気な歌声で、シンデレラや桃太郎のような童話の主人公や、徳川家康のような歴史上の人物が様々な音を『聴く』歌詞を歌い上げていく。
親父が言うには、25年前から変わらない伝統のある局の歌――『ステーションソング』。オケといい歌声といい時代を感じるのに、軽やかな歌声といろんな人を繋げて『聴いて』ゆく歌詞は、ついつい耳を傾けたくなるんだ。
『間もなく、皆様とのひとときのお別れでございます。今夜も、遅くまでRKS関東放送をお聴きくださりありがとうございました』
1コーラス目が終わったところで、今度は女性アナウンサーがゆっくりとクロージングのあいさつを読みあげていく。
『お聴きのRKS関東放送は、このあとしばらくお休みをいただきまして、朝の放送はいつものように午前5時から開始いたします。それでは、どちら様もごゆっくりお休みなさいませ』
わかばシティFMのものに近い原稿でも、声色はまったく違う。優しく明るいアナウンスは曲調にとてもフィットしていて、聴いているだけでこっちも楽しくなる。
2コーラス目に入ると、今度は『金の斧と銀の斧』のきこりに『鶴の恩返し』の鶴、そして石川啄木が聴いた『音』を歌っていった。
「おとぎ話に出てくる『音』か」
「あっ、たしかにそーですね」
日本語を勉強するために絵本を読んでいたからか、ルティとピピナがその歌詞に反応した。なじみ深い物語のおかげでわかりやすいのも、この曲の特徴かもしれない。
『明日が聴こえる ラジオはアール・ケー・エス♪』
曲は明るいまま終わりを迎えて、歯切れのいいアウトロへ。そのまましばらく無音かと思ったら、今度は同じアナウンサーの声で落ち着いた声が聴こえてきた。
『お聴きの放送局は、周波数999キロヘルツ。出力、100キロワットでお送りしました。アール・ケー・エス、関東放送ラジオです。ジェイ・エー・アール・エックス』
そして、今度こそ音が途絶える。これで、関東放送の今日の放送は終了ってわけだ。
「なんとゆかいな歌だ」
「『おやすみなさい』のはずなのに、なんかたのしくてわくわくしちゃうです」
「俺も、前に聴いてた番組があったときはこれも含めて録音してた。ついつい聴きたくなるんだよ、このクロージングって」
「我も同感だ。明日も様々な音の物語が紡がれてゆくからこその、『聴く』という主題の歌なのだな」
「おおっ、なかなかいいこと言うじゃん」
「そ、そうか?」
『音の物語』ってのは、なんともルティらしい呼び方だ。ルティもピピナもお話の世界から飛び出してきたようなものだから、その張本人の言葉には説得力があった。
「さすけ、さすけ。あの、もしかしたらなんですけど」
と、ガラスのテーブルでちょこんと女の子座りをしているピピナが両腕をぶんぶんと振ってみせた。
「いまのが『おやすみなさい』のあいさつっていうことは、あさはやくにきこえてくるのは『おはよーございます』のあいさつってことですか?」
「なんだ、ピピナは聴いたことがあるのか」
「こっちであさはやくにおきると、ときどききこえくるですよ」
「そのとおり。放送休止から明けて朝に流れてくるのは『オープニング』って言って、ここから次の1週間が始まるんだ」
「《らじお》も、終わりと始まりのあいさつが大事ということなのだな」
うんうんと、納得したようにルティがうなずく。そのまま顔を上げて見開かれた目には、強い意志がこもっていて――
「よしっ、我らもその『おーぷにんぐ』と『くろーじんぐ』とやらを作ってみようではないか!」
好奇心たっぷりに、楽しげな提案を出してきた。
「そうするか。オープニングは朝の鐘の前に入れて、クロージングは21時の放送終了のときに流せばいいし」
「うむっ。我としても、聴いてくれた皆にはおはようとおやすみのあいさつをしてみたい。我だけではなく、皆が日替わりでやるというのもよさそうだ」
「いーですねいーですね! ピピナもやってみたいです!」
「おうっ、どんどんやっていこうぜ」
ふたりの楽しそうな申し出に、こっちまで楽しくなってついつい提案したくなる。これくらいだったら簡単に付け加えられるし、なによりふたりが言うように街のみんなへの『おはよう』と『おやすみ』のあいさつっていうのがとてもいいと思う。
現実的にひとりひとりへあいさつすることが無理でも、ラジオならきっと聴いてくれた人たちに届くはずだから。
「こうなれば、〈おーぷにんぐ〉も聴いてみたいものだが……さすがに、サスケはそろそろ寝たほうがいいだろう」
「あー。まあ、いいんじゃね? 話してたら眠気なんてすっ飛んじまったし」
「む、そ、そうなのか?」
「おう。真面目に話してたら、すぽーんってな」
ラジオのことをふたりと話していたらだんだん昂ぶってきたし、深夜のせいかテンションがおかしなことになっている。このまま寝たって、すんなり寝付けるわけがない。
「こうなったら、とことん付き合うよ」
「でもさすけ、あしたはがっこーがあるんですよ?」
「いーのいーの。オープニングが終わって1時間ぐらい寝れば――」
「よくありません」
ぱたぱたとふたりに手を振ってると、真横から抑揚のない声が割り込んでくる。
「エルティシア様もサスケ殿もピピナも、いったいなにをしていらっしゃるのですか」
「り、リリナ、さん?」
何かを押し殺したかのような声色にゆっくりと顔を上げると、リリナさんがパジャマ姿で……ひぃっ!?
「せっかく人が上で眠っていれば、下から騒がしい声がして……今、何時だと思っているのですか……?」
な、なんかえらい不機嫌なんですけどっ!? 三つ編みを解いてるからか、青く長い髪がふわふわでかわいいのに、くちびるは引きつってるわ目はつり上がってるわでなんというか、その、鬼の形相?
「えーっと……2時過ぎ、であるな」
「エルティシア様。私は、何時には眠るようにといつも言っていますか?」
「……11時には」
「もう3時間以上過ぎていますよね? しかも、サスケ殿までいるという……いいでしょう。こうなったら、久しぶりに一からレンディアールの王族としての心得を説いて差し上げます」
「そ、そんなっ!? これには事情が! 事情があったのだ!」
「その事情とはなんなのですか。私によくわかるように、しっかりと話してください」
ルティを見下ろすようににらんだまま、リリナさんが相変わらず抑揚の少ない声でルティに迫る。まるで、俺たちと初めて出会った頃を思い出させるな。
「リリナねーさま、ねおきのきげんがすっごくわるいんですよ。あんみんぼーがいなんて、もってのほかです」
「あー、そういう……」
耳元に飛んで来たピピナのささやきで、思いっきり納得した。なるほど、下ではしゃでて安眠を邪魔されたらそらそうなるわな。
ルティからの矛先がそれたら、あとでちゃんと謝っておこう。
「我らが〈ばんぐみ〉をやるかもしれない時間が気になって、その時間の〈らじお〉を聴いていたら〈ばんぐみ〉があと2回で終わってしまうと知って……この部屋へ来たサスケに、終わりのことを教えてもらっていたのだ」
「……終わる?」
ルティの答えに、鬼の形相だったリリナさんがきょとんとつぶやいた。
「終わるとは、なにが終わるのですか?」
「その、〈らじお〉の〈ばんぐみ〉が、あと2回でだな」
「…………」
寝起きだからか、それともルティの言っていたことを理解するためか、しばらく固まっていたリリナさんがゆっくりと両手を頬に添えると、
「〈ばんぐみ〉とは、終わるものなのですかっ!?」
「このあいだ赤坂先輩が言いましたよね!?」
「仰ってはいましたが、てっきり毎回のような終わりのことかと」
「ああもう振り出しからじゃんかぁぁぁぁ!」
最初から説明するハメになったことを理解して、俺はリリナさんとはまた違う意味で頭を抱えて絶望していた。
その後は、リリナさんにも番組の終わりと始まりのことを説明して気付けば夜明け。
オープニングを生で聴いてフラフラになったところで、一旦ヴィエルに連れて行って寝かせてくれたからなんとか助かったけど……大事なことはちゃんと説明しておかないといけないな。
「サスケさん~、〈ばんぐみ〉が終わることがあるって本当ですか~!?」
「フィルミアさんもですかっ!」
学校から帰って駆け寄ってきたフィルミアさんに、そう思い知らされた一夜だった。
※本作はフィクションですが、今回の話ではある実話をもとにした話題に触れています。
その昔、今や大御所になった人気声優さんがまだ新人の頃のお話。
某関東地方のラジオ局で番組を持つようになって、でも放送は深夜だったから夏休みになってようやく聴けた、なんてことがありました。ところが、ワクワクしながら聴いたその放送分で何故か先週分の放送がお休みになったなんて話題が。『局の方針としてムード歌謡や演歌以外は流してはいけなくなって、それに抵触する番組は全て放送できなかった』『8月6日に放送終了するけど、どこかの局で必ず復活します』というトークを聴いたときには、最初理解出来なくて一夜明けてから驚愕したものです。
結局、番組は本当に改編期でも何でもない8月6日で終了。とんでもない騒動に巻き込まれてしまったその番組は、2ヶ月後に某関西地方の局へと移動して23年半、1200回以上にわたる長寿番組として金字塔を打ち立てたのでした。今でも、あの騒動はなんだったんだろうなぁと思います。どんな概要だったのかを知りたい方は「社会の木鐸宣言」あたりをググッてみるといいかもしれません。
また、関東放送のクロージングについては過去に某局で放送されていた「きいたら ききたい」というステーションソングの名曲を参考にさせていただきました。別の曲に変わってからもう16年ほど経ちますが、実際におとぎ話の主人公や偉人に触れた歌詞で今なお印象に残っています。CDが欲しいのに、発売されていないというのが実に惜しい……
ラジオのクロージングはテレビのように各局凝ったものが多いので各局聴き比べてみるのも面白いと思います。さすがに1時2時と深い時間なので、なかなか聴きづらいかもしれませんが。
と、今回はラジオの『終わり』の話を取り上げさせていただきました。好きな番組を聴いているときの改編期というのはとても緊張するもので、3ヶ月ごとに一喜一憂しているような気がします。本作は明るい話なので『触れない』という選択ができたのかもしれません。それでも、やはり作中の時期やラジオを扱う以上は取り上げたほうがいいと思い書いた次第です。
次回以降はいつものテイストに戻るかと思いますので、また今後ともよろしくお願いいたします。




