第30話 異世界だけじゃない、ラジオのつくりかた
『女子の』
『女子によるっ』
『女子のための』
『元・女子校ラジオッ』
『『略して〈じょじょらじ!〉』』
息の合った掛け合いが、頭上のスピーカーから流れてくる。
『みなさんじょじょらじわーっ! 〈女子の女子による女子のための元・女子校ラジオ。略して「じょじょらじ!」〉 12代目パーソナリティの千波雪花です!』
『みなさん、じょじょらじわー。〈女子の女子による女子のための元・女子校ラジオ。略して〈じょじょらじ!」〉 12代目パーソナリティの若宮愛花です』
『今回も、全然略してませんっ!』
『略してないねー』
『この全然タイトルを略していないラジオは、去年まで女子校だった紅葉ヶ丘大学附属高校の放送部が、しぶとく女子校ならではの話題を扱っていくとーってもレアなラジオです!』
『今年は千波雪花とわたし、若宮愛花の従姉妹な2年生コンビがお送りしています。ねえねえ雪花ちゃん、生放送だよ? 生放送』
『生放送だねっ、愛花ちゃん! 初めての生放送に、うちはとっても緊張しています!』
『どっちかっていうと、興奮じゃないかなー』
スピーカーから視線を下げてみれば、ガラスの向こう側にあるスタジオの中ではストレートな黒髪で落ち着いている女の子と、身振り手振りを交えてアグレッシブに短い髪を振り乱す、大きなオレンジ色のリボンをつけた女の子が4人掛けのテーブルで向かい合って、対照的なやりとりを繰り広げていた。
「セッカ嬢もアイカ嬢も、実に気合が入っているな」
「おねーさんたちのほーそーがみられるなんて、かんげきですよー!」
「お前ら、『じょじょらじ』のふたりのファンだもんなぁ」
右隣にいるルティと、木製の踏み台に昇ってスタジオをのぞきこむ人間サイズのピピナが声を弾ませる。こっちへ来て俺と有楽の番組を聴くようになってから、近い時間帯なこの番組もお気に入りになっているらしい。
「ぐぬぬ……」
「なんで歯ぎしりしてるんだよお前は」
んでもって、ピピナの左隣にいる有楽は比喩じゃなく、本当に歯ぎしりをしながらガラスに手をついてスタジオの中に見入っていた。
「だって、あたし以上に元気でアグレッシブなんですよ! こう、実際に目の当たりにすると……じぇらじぇらじぇらじぇらじぇらじぇらじぇら」
「戦車のキャタピラーじゃないんだからやめい」
パーソナリティの個性はひとそれぞれなんだから、有楽ならトークのテンションはそのままでちょうどいいんじゃないかな。むしろもうちょい落としてもいいぐらいだ。
『初めてわかばシティFMのスタジオに来たけど、狭いです! とーっても狭いです!』
『わたしたちがもうひと組いたら、イスも全部ふさがっちゃいますねー』
『それでいて、うちの左側には外が見える大窓っ! ……のはずなんですけど、高校生ラジオゾーンじゃ開けちゃいけないそうなんです。外の人たちと、いっしょにわーってやりたいのにー!』
『お昼に学食スタジオで生放送してるから、静かなのはちょっと落ち着かないね』
『その分は、うちがもっとパワフルに突っ走ってこの生放送を乗り切りたいと思いますっ! 愛花ちゃん、今日のラインナップは?』
『今日のコーナーは、〈伝統の談話室という名のフリートーク〉〈帰り道の隠れ家おやつ〉〈男子が来たんですけど相談室〉の3つです。相談室は、女子校のみなさんならではの妄想回答をたくさんいただきましたー』
『妄想、想像大歓迎! 女子640人に対して、今年初めて入ってきた男子は80人。さあ、男の子たちはこの女子校生の質問と回答の中で生き残れるのでしょうか!』
『このラジオを聴いている男子のみなさーん。あくまでも女の子たちの妄想ですから、真に受けないで下さいねー』
『というわけで、今日も元気にかわいらしく行っちゃいましょう! 紅葉ヶ丘大学附属高校プレゼンツ!』
『女子の』
『女子による!』
『女子のための』
『元・女子校ラジオッ!』
『『略して〈じょじょらじ!〉 スタートです!』』
ハイテンションに突き抜けた千波さんと、スローペースでソフトな若宮さんのタイトルコールが、頭上からエコー付きで響いてくる。同時に、ガラスの向こうからも千波さんの声だけが響いてくる……って、とんでもなくでかい声じゃねえか。大門さん、音声のリミッター調整が大変だろうなぁ。
『昨年創立60周年を迎えた紅葉ヶ丘女子大学附属高校は、昨年から新たに男子生徒の募集を始め〈紅葉ヶ丘大学附属高校〉へと生まれ変わりました。真新しい校舎で――』
「うー……」
エレガントなBGMで高校のCMが始まるのと同時に、スタジオの中の動きが慌ただしくなる。相変わらずライバル視でもしてるのか、いつの間にか有楽は歯ぎしりからうなり声に切り替えてガラスの向こうを見つめていた。
「っ!」
かと思ったら、ガラスの向こうにいる千波さんが両手を猫のように丸めて『がおー!』と吠えるような仕草をしてみせる。なんてわかりやすいからかい方だ。
「きしゃぁぁぁぁぁぁっ!」
対する有楽も、両腕を広げると手をわしづかみにするように見せて威嚇しだした。って、千波さんが指をさして笑ってるじゃねーか。若宮さんが頭をぺちんと叩いて止まったけどさ。
「ついにやってくれましたよあの人! こうなったら、先輩だろーがなんだろーが龍虎相討って全面戦争ですよ!」
「なにが龍虎だ。猫同士のじゃれ合いが関の山だろ」
「まさに猫のじゃれ合いだな」
「ねこのじゃれあいです」
「そんなぁ!?」
すぐに手を猫のように丸めるあたり、有楽もかわいらしい威嚇をしてるってちょっとは自覚しなさい。
朝の年長会議と喫茶店の手伝いを終えた俺たちは、いつものようにわかばシティFMへ来ていた。その上で、今回は許可をもらって番組の見学中。ルティとピピナを連れて、局内のロビーで「Wakaba High-School Zone」の生放送の様子を見ている最中だ。
もちろん有楽もいっしょで、似ているようでいて有楽よりさらに元気な千波さんを意識しまくっている。あー、今度はシャドーボクシングかい。CM明け前だってのに、千波さんも反応してぺちぺち若宮さんに叩かれているし。
まあ、こういう風に他の番組を見学して刺激を得るっていうのは十分にアリだろう。同じ番組ゾーンで、しかも同年代なんだから。
『ラジオネーム、〈わんだーぼいす〉さんからの回答です』
『女子更衣室のいくつかが男子更衣室に変わったんですけど、間違えて女子更衣室に入られないようにするにはどうすればいいんですかぁ? ……〈いっそ、全部の表札を女子更衣室に変える〉!』
「よしっ、読まれたっ!」
「お前かよ!」
千波さんが読み上げた瞬間、有楽はそれはもうキレイなガッツポーズをとっていた。
昨日出そうかとは言ってたけど、本当に出してたんかい! しかもきわどいネタだな!
『いやー、これって男子は入れないっしょ』
『むしろ、わたしたちのほうが間違えて入っちゃうよね』
『さすがに、男子の着替えをのぞくなんて趣味はうちらにはないし』
『そーかなー』
『えっ』
『わたしは、男の子の胸板とか興味あるけどなー。筋肉的な意味で』
『愛花ちゃん、そっちのフェチ!?』
うふふと聞こえてくるような、若宮さんの満面の笑み。なんというか、ウチの中瀬と気が合いそうな……
『さ、さてさて、うちの従姉の意外な趣味がわかったところで……ささっ、判定をお願いしますっ!』
『判定はー……〈もっとがんばりましょう〉で』
「のぉぉぉぉぉぉっ!」
最低評価を喰らった有楽が、その場で崩れ落ちた。もし有楽が投稿したネタだって知ったら、ファンの人がどう思うんだろうねとか余計な考えが頭に浮かぶ。
『どうせだったら〈更衣室〉で統一しちゃいましょうよー』
『愛花ちゃん、受け入れる気まんまんだね……うちはイヤだよ。のぞくのものぞかれるのも』
『いっそ男女の更衣室を作って、女子更衣室からはマジックミラーで見られるようにするとかー』
『やめよう! それは学校にすっごく負担がかかるし特殊な性癖だから!』
いろんな意味で有楽より上手な若宮さんだった。紅葉ヶ丘はいつもこんなノリだけど、よく先生とかから指導が来ないな……いや、むしろ放置されてるのか?
「ふむ。カナはこういうことに興味があるようだが、サスケも興味があるのか?」
「あたしもないよっ!? ネタだよっ!?」
「ないない」
両手を床についたまま、見上げて釈明する有楽に続いて右手をひらひら振って否定する。
さすがに『健全』な男子高校生としては、ルティとピピナの前で本当のことを言えるわけがない。ふたりには、絶対嫌われたくないし。
「ん? 何してんの?」
と、階段から足音が近づいてきたかと思ったらちょっと高めな男子の声が聞こえてきた。
「……土下座?」
「違う違う」
いっしょに下りてきた短い黒髪でメガネをかけた女の子に、さっきのように右手を振って否定してみせる。言われてみれば、確かに有楽が土下座しているようにも見えるか。
「有楽が紅葉ヶ丘のコーナーに投稿したら、最低評価を喰らって絶望してるだけだ」
「あー、あっちのか。そりゃあご愁傷様」
「千波さんと若宮さん、なかなか厳しいものね」
事情を察した男の子と女の子が、微妙な笑みを浮かべて有楽を見やる。さすがに恥ずかしくなったのか、すぐさま立ち上がってみせるとスパッツの下であらわになっている膝をぱんぱんと払ってみせた。
「サスケ、こちらのふたりは?」
「ああ、ルティは初めてだったな。このふたりは、若葉総合高校の放送部でラジオを担当している東桜と北条さんだ」
「初めまして。若葉総合高2年の東桜正樹です」
「私も若葉総合高2年で、東桜の相方をしている北条夏希です。ルティさん、でいいんでしょうか」
「おおっ、こちらのふたりが! 私の名は、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアール。ナツキ嬢のおっしゃるとおり、ルティと呼んでもらえれば幸いです」
軽く会釈をした東桜と北条さんに続いて、ルティも名乗ってから会釈をして応じる。胸元に手を当てて、いつものように堂々とした所作だ。
「ピピナは、ピピナ・リーナっていいます。まさきおにーさんとなつきおねーさんのらじお、いつもきーてるですよ!」
「えっ、リスナーさん!?」
「はいですっ。せんしゅーのえんげきぶとおねーさんたちのおしゃべり、とってもたのしかったです!」
「わぁ……ありがとうございます、ピピナさんっ!」
「まさか、ここでリスナーさんと出会えるなんて……」
「我も、ピピナとともに拝聴しております。『数を音で学ぶ』という回では、ナツキ嬢の機転とマサキ殿のひらめきに感銘を受けました」
「いえ、あれは偶然の産物ですから」
「何拍子とか当てずっぽうだったもんね。でも、聴いてくれてありがとうございます」
目を輝かせるルティとピピナに見つめられて、東桜と北条さんが照れたように笑みを浮かべる。なんだか、初めてルティと出会った頃を思い出すな。
「ふたりとも、こっちでラジオのことを学んでるんだ。今日は高校ゾーンの生放送が多いから、見学に来てたってわけ」
「ということは、僕たちの番組も?」
「もし可能であれば、こちらから見ていてもよろしいでしょうか」
「もちろん大歓迎です。いいよね、東桜」
「北条がいいなら、僕ももちろんいいですよ」
「ありがとうございます、ナツキ嬢、マサキ殿!」
「ありがとーですよ!」
ふたりの快諾を受けたルティとピピナは、揃ってぺこりと頭を下げた。
空也先輩と対面してからのルティは、初対面や目上だと思った人とはこうしてていねいな物腰で応じるようになった。俺たちに対しては前とまったく変わらない覇気のある態度で接しているけど、俺としてはそのほうが親しみがあってうれしい。
つーか、今更ていねいに接されても……逆に、さみしくなるんだろうな。
「それにしても、銀髪の子って結構世の中にいるものなんだね」
「えっ?」
「さっきまでいた喫茶店にもいてさ。今日は銀髪の当たり日なのかな?」
「喫茶店って、もしかしてここの近くのか?」
「うん。さっきまで北条といっしょに打ち合わせをしてたら、銀髪と変わった色の髪の女の子がいたんだよ。ピピナさんみたいな髪の色の子が」
「東桜ったら、じーっと見てるんだもの……恥ずかしいったらありゃしない」
「あー」
多分というか、もしかしなくてもそうなんだろう。
「うちの店をご利用いただき、ありがとうございます」
「へ?」
「おそらく、おふたりが目の当たりにしたのは私の姉かと」
「それと、ピピナのねーさまでしょうねー」
店員モードでおじぎをしてみせると東桜が間抜けな声を上げて、ルティとピピナが補足するように説明してみせた。銀髪と青髪の店員さんがいる喫茶店なんて、有楽が言うところのメイド喫茶でのコスプレでもないかぎりどこにもないだろう。
「言われてみれば……確かに、ふたりともよく似てるわね」
「毎週末にサスケの家へ泊まりに行っていて、その一環で姉様と我らの友人がともに手伝っているのです」
「なっ、松浜の家に!?」
「ルティさまとミアさまと、ねーさまとピピナがとまってるです」
「あとは、あたしとるいこせんぱい――赤坂せんぱいもですね」
「……なにそれ、松浜くんの家ってどうなってるの?」
「どう説明すればいいんでしょうかねー」
ショックで固まってる東桜と、ジト目で俺を見ている北条さん。みんなといるから考えなくなってたけど、そうだよな。女の子が6人も泊まるとか普通ありえないよな。
「我らの国で〈らじお〉を立ち上げるために、経験者としてサスケとカナやルイコ嬢に教えていただいておりまして」
「さすけのおかーさんが、そのためにピピナたちをとめてくれてるですよ」
「なるほど、でいいのかしら?」
「そこらへんで納得しておいてください」
「うらやましい、なんてうらやましい……」
「東桜はだまってなさいっ」
北条さんはぶつぶつ言ってる東桜を疑ってるような、呆れたような視線で両断してからこっちへと向き直った。
「そういえば、有楽さんとは初対面だったかしら。初めまして、有楽さん」
「はじめまして。北条さんと東桜さんの番組は、録音してよく聴いてます」
「直前の番組だから、リアルタイムじゃ無理だもんね。私も、ふたりの番組はよく聴かせてもらってるわ」
「ありがとうございます。おふたりの番組に比べて、ちょっと騒がしいかもしれませんけど」
「ちょっとどころじゃないかも」
「ですよねー」
くすりと笑う北条さんに、有楽は気を悪くすることもなくあっけらかんと笑ってみせる。実際、俺たちの番組は前半バカ騒ぎで後半ダークっていうとんでもない番組だし仕方ない。
「サスケは、マサキ殿とナツキ嬢と知り合いなのだな」
「ああ。ふたりとも、去年から続いてパーソナリティをやってるんだよ」
「私たちの代には2年の先輩がいなくて、入部早々引きずり込まれたんです。それで、去年桜木さんたちと赤坂さんのお手伝いをしていた松浜くんと面識があって」
「あの暴走姉弟の関係者とは思えないほど、腰が低かったよね」
「その節はすいません。本当にすいません」
『初生放送の歓迎だー!』とか言いながら、お祝いの飾り付けをしたり机の下に潜もうとするんだもんなぁ、あの姉弟は。で、結局バレて俺まで放送前の片付けに駆り出されたわけだ。
そのときの東桜と北条さんの呆れ顔が、今でも忘れられない。あと、「てへっ♪」ってかわいらしい仕草でイラッとさせてくれた桜木姉弟のことも。
「僕も、松浜と有楽さんの生放送を見ていこうかな」
「いいわね。入れ替わりで、ここで聴かせてもらうのも」
「よかったら、ぜひ」
「今日も元気いっぱいでがんばります!」
『というわけで、今日の愛花ちゃん特別賞は紅葉ヶ丘3年のラジオネーム〈大豆相場を見る女〉さんの〈更衣室の窓と電気を全部ふさぐ〉に決定しましたぁーっ!』
『ぱちぱちぱちー』
「この、千波さんの元気さに負けないぐらいにっ!」
「有楽さんは、有楽さんらしく行けばいいんじゃないかな」
「僕もそう思う」
『闇に紛れれば見えないし恥ずかしくないっていうのが決め手になったね! 以上、〈男子が来たんですけど相談室〉でしたー!』
「これ以上のテンションでやられたら、俺の身が持たん!」
「えー」
散々に言われた有楽が口をとがらせるけど、本格的に俺がついていけなくなるから勘弁してほしい。
「東桜くん、北条さん、そろそろ時間だよ」
「えっ、もうそんな時間ですか!」
聞こえてきた声の方を向くと、ゾーンでうち以外の番組を担当しているディレクターのお姉さん――大門真知さんがスタジオのドアから顔を出して呼びかけていた。
「すいません、すぐに入ります! さあ東桜、キリキリ行くよっ!」
「うんっ。頼むよ、北条」
「それは私のセリフ。ルティさん、ピピナさん。私たちの生放送、楽しんでいってくださいね」
「はいっ!」
「もちろんですよっ!」
ふたりの即答がうれしかったのか、北条さんはにこりと微笑んでから東桜に続いて颯爽とスタジオへ入っていった。
CM中のスタジオでは、モニターヘッドホンを外した千波さんと若宮さんが席から立って、東桜と北条さんを奥の席へと案内していた。たぶん、俺と有楽が入るときもこんな感じでやればいいんだろう。
「セッカ嬢とアイカ嬢に、マサキ殿とナツキ嬢。そして〈わかばきたこうこう〉のメイ嬢がいて、サスケとカナがいる……この時間は、実ににぎやかなのだな」
「ここが開局してから、高校ゾーンはずっと伝統になってる時間帯だからな。それぞれの放送部が切磋琢磨しあって、みんなで番組を作り続けてるわけさ」
「大きなラジオ局と違ってリスナーさんたちは少ないかもしれないけど、これまでのせんぱいたちも思い出したようにメールを送ってくるから楽しみなんだ」
「るいこおねーさんも、このばんぐみのしゅっしんでしたよね。こーゆーでんとーって、ぴぴなはとってもいいとおもうです」
「我もそう思う。〈らじお〉を長く続けて、我らも聴いてくれる皆がいつも聴きたいと思ってくれる〈ばんぐみ〉を作っていきたいものだ」
実際に番組作りの場を目の当たりにして、そしていつも聴いている番組のパーソナリティから話を聞けたからか、ピピナもルティもテンションが高い。せっかく他校の生放送があるんだからとここに連れてきたわけだけど、この表情が見られただけでも本当によかった。
紅葉ヶ丘のCMが終わると、そのままほのぼのしたBGMが流れてエンディングへ。再来週から始まるっていう期末テストとか夏期講習のインフォメーションとか……うん、実にラジオらしいな。俺らの放送部、代々そんなことをやったことがないけど!
『それではこの時間のお相手は、紅葉ヶ丘大学附属高校2年の若宮愛花と』
『同じく紅葉ヶ丘大学附属高校2年、千波雪花がお送りしましたっ! みなさん! また生放送に戻ってきますから、その時までラジオの前で待ってて下さいねー!』
『おすすめは正座ですよー。びりびりしびれながら、じーっと待っててくださいねー』
『時報をまたいで15時からは、若葉総合高校の〈ど真ん中で総合的ラジオ〉です。東桜くん、夏希ちゃん、この後はよろしくっ! ではではみなさんっ、また来週ー!』
『またらいしゅー』
最後まで対照的なテンションで突き進んで、BGMの音量が一旦大きくなってからフェードアウトしていく。
『今夜の〈Wakaba live box〉は、文鳳大学駅前のライブハウス・EASY TO GOでのミニライブアンソロジーをお届け。総勢10組の演奏から選りすぐりの1曲ずつを――』
「おつかれさまでしたーっ! がんばってねー!」
「おつかれさまでしたー」
そして、CMが始まってから間もなく千波さんと若宮さんがロビーへと飛び出してきた。スタジオ内は東桜と北条さんがわちゃわちゃ準備をしていて……本当に間に合うのか?
「ふかーっ!」
「おおっ、来たね!? うにゃおーんっ!」
俺のそんな心配をよそに、有楽と千波さんが威嚇合戦を始めた。ふたりともルティより少し背が高いぐらいで、俺や若宮さんよりは低め。小柄なふたりがやってると、まさに猫のケンカだ。
「まったく、雪花ちゃんたら有楽さんのことが気に入っちゃったみたいですいません」
「いえいえ。うちの有楽こそ、一方的に突っかかっちゃってるみたいですいません」
ていねいな物腰の若宮さんのおじぎに、俺も自然とおじぎを返す。ルティやフィルミアさんとはまた違った和風美人って感じで、このあたりじゃ紅葉ヶ丘だけが採用しているセーラー服の白地がよく映えている。
「アイカ嬢、見事な放送でした」
「せっかおねーさんとあいかおねーさんのばんぐみ、なまほーそーでもとってもおもしろかったですよ!」
「ありがとうございます、ルティさん、ピピナさん」
「にゃあにゃあ」
「みゃおみゃお」
「わわっ!?」
「きゃっ」
穏やかな笑みで、若宮さんがルティとピピナの感想を受け止める。それを見ていたのか、さっきまでじゃれ合っていた有楽と千波さんがルティと若宮さんへ寄りかかるように負ぶさってきた。
「ごろにゃあ」
「な、なぜ頬ずりをするっ!?」
「うみゃ~ん」
「あらあら、雪花ちゃんったらー」
「有楽、なんだかんだ言って千波さんと気が合うんだろ」
「気のせいですにゃあ」
「気のせいなのかみゃ?」
「そうですにゃあ」
嘘つけ。息も合ってるし、ふたりとも小柄だからよく似合ってるじゃねーか。
「みんな、放送中なんだからあまり騒いじゃだめだよ?」
階段のほうから声がしたかと思ったら、薄水色のスーツにタイトスカート姿の赤坂先輩が2階から下りてきていた。
「はーいっ」
「そう言いながら、ルティさんに抱きついてるのはどうしてかな。神奈ちゃん?」
「あ、あはは、なんというか、成り行きで……ごめんなさい」
にっこり笑ってみせた赤坂先輩からは『いい加減にしましょうね?』的なオーラが立ち上がって、それに感付いた有楽はごまかすように笑いながらルティから離れた。俺たちの放送が始まる前のちょいピリモードが、もう始まってるのか。
「瑠依子さん、こんにちはっ」
「お久しぶりです、赤坂さん」
「こんにちは、千波さん、若宮さん。今日も元気な放送でしたよ」
そのオーラに気付いたらしい千波さんが若宮さんの背から離れると、小さな体をぴょこんと折り曲げて先輩へおじぎしてみせた。続いて、頭半分ぐらい背の高い若宮さんもさっきみたいなていねいな所作であいさつしてみせる。
「ありがとうございます! 瑠依子さんも、次の番組の打ち合わせですか?」
「だいたいの打ち合わせは昨日のうちにやったから、総合高の放送を見に来たの。みんなも、ここで見るつもりなんでしょう?」
「俺たちはそのつもりでしたけど」
「んじゃ、うちらもそうしよっか」
「そうだねー。この後は特に予定もないし、他の学校のも見たいし」
「とゆーわけで、このあとの南高のも聴かせてもらうよっ!」
「もちろん大歓迎ですよ」
「千波さんにはぜーったい負けませんからねっ」
えっへんとばかりに両手を腰にあてて宣言した千波さんに、俺と有楽は揃って受けて立って見せた。ふたりの番組で楽しませてもらったんだから、今度は俺たちがふたりを含めたリスナーさんを楽しませる番だ。
でも、その前に。
『若葉商業高校から総合高になって今年で7年になるわけですけど、その7年間に部としての放送部をフィーチャーしたことがなかったんですね』
『うちの学校は部活も生徒も多いからね』
『あと、選べるコースも多い』
「それには、まず総合高の番組を聴いてからですね」
「そだねー」
大事なライバルで仲間のラジオも、ちゃんと聴いてからだよな。
スタジオの中へと視線を向けてみると、さっきまでの紅葉ヶ丘の番組とは打って変わって落ち着いた感じで、東桜と北条さんがテーブルを挟んで向かい合っていた。
『これまで先輩たちがやった生放送も活躍してた人を招いてばっかりだったんで、実は今回が放送第1回目以来、実に7年ぶりのゲスト無し回になるみたいです』
『まあ、僕たちが無理矢理ねじ込んだわけだけど』
『放送部が私たちふたりと1年のふたりだけになったので、今回はせっかくの生放送だからじっくりと放送部を紹介しようかと』
『別名、部員獲得大作戦ってやつ?』
『私たちの番組を、どれだけのうちの1年生が聴いてるかは疑問だけどね』
『それは言わないお約束でしょ』
ふたりして自虐的に笑いながら、軽快にトークを進めていく。しかし、部員が東桜と北条さんに1年生2人の計4人か……
「総合高、生徒は多くても部員が少ないのは厳しいね」
「厳しいですね。俺らのところは技術班を含めて8人ですけど、紅葉ヶ丘はどうなんです?」
「わたしたちのところは、24人ほどですねー」
「多っ!?」
「うちらは報道班もあるから。コンテスト志望の子たちもいるし」
「コンテストかー」
うちの放送部でこの番組に参加していると、コンテストにはあまり縁がなかったりする。毎週ここで生放送をするのはもちろん、その準備やラジオドラマ作りで追われているとそれでいっぱいいっぱいになってコンテストまで手が回らないからだ。
3年生になって番組を卒業したはずなのに、ラジオドラマにかかりきりな桜木姉弟はまったく出るつもりがないみたいだけどな。
「〈こんてすと〉というのは〈らじお〉についての競技会ということですか?」
「そうですよー。アナウンスに朗読、ラジオドラマやドキュメントの制作で、全国の学校が競い合うんです」
「番組を作り発表して、それを世に問うと」
「そんな感じそんな感じ。高校ゾーンは、それを毎週やってるって感じかな」
「そうですね。あたしもせんぱいとトークしたり、ラジオドラマをやってるから毎週コンテストって感じかも」
「全国という点も、インターネットを通じて放送されていますからねー。大きな違いというと、コンテストは審査員さんに聴いてもらって、こちらはリスナーさんに聴いてもらうというところでしょうか」
「なるほど」
千波さんと有楽、そして若宮さんの解説にルティが何度も深くうなずく。きっと、これも番組作りに活かそうとしているんだろう。
それにしても、この高校ゾーンが毎週コンテストか……そんなの、有楽と若宮さんの言葉がなかったら考えもつかなかった。俺にとっては、単純に有楽や先輩たちと楽しく番組を作っていく場だから。
『お昼休みになると、まず廊下の大混雑を逆走します』
『購買部と学食と、真反対なところに放送室があるからね』
『で、放送室についたらまずはポストをチェック。昼の放送で流してほしい曲のリクエストが来ているから、そこからライブラリーにある曲を北条が選曲して』
『そうしたら、東桜が機材の電源を入れる。教室を出てから、ここまで5分ですよ! 5分!』
『先生がロスタイムって言って授業を延ばしたら、ちょっと困るよね』
『あと、4時間目が体育のときもでしょ。校庭から放送部へ行くから、あらかじめコンビニでおにぎりとか買っておいて放送部に放り込んで』
『準備をしながら食べるんだけど、これまた水分を買ってくるのを忘れるんだ!』
『そうそう。口の中がぱっさぱさで、サンドイッチなんか食べたら目も当てられない!』
『もう、あれだね。放送室に冷蔵庫でも入れてくださいってことだよ』
『あの、これを聴いてる先生方。私たちのために小さいのでもいいから冷蔵庫を1つ分けてはもらえませんか?』
『分けてもらえなかったら噛み噛みですよ。わりと切実に』
とても慣れた掛け合いで、東桜と北条さんがトークを進めていく。去年1年通して、この番組を担当していたからこその呼吸なんだろう。
ルティとピピナはこの雰囲気も好きなようで、さっきの紅葉ヶ丘の時みたいにじっとスタジオを見ながらふたりのトークに耳を傾けていた。千波さんと若宮さんも時々感心したように声を上げているあたり、総合高の番組が結構気になっているらしい。
「スタジオの入れ替わりの手順だけど、曲がかかって東桜くんと北条さんが立ったらすぐスタジオに入って奥のイスに座ってね」
「さっき紅葉ヶ丘のふたりがやってたんで、その通りにやってみます」
「るいこせんぱい、オープニングトークは前TMのあとですか?」
「うん。いつもはトークから前TMだけど、15秒ぐらいでも息を整える時間が欲しいから」
「わかりました」
「間違えてトークから入らないようにします」
俺と有楽は、その後ろにある小さな机と椅子で赤坂先輩と最後の打ち合わせ。いつもとちょっとだけ段取りが違うから、そのあたりはしっかり頭に叩き込んでおきたい。
『それじゃあ、せっかくだからいつもの曲をトーク被せなしで行ってみようか』
『そうだね。私たちが、放送部のOB・OGたちと作り上げたいつものテーマ曲です』
『東桜正樹、北条夏希、烏丸由佳、川田万里で』
『『〈ラジオデイズは止まらない〉!』』
息の合った曲紹介が終わると、ドラムとギターがゆったりとしたリズムを奏で始める。いつもはスタジオの中で聴いていたのを外で聴いていると、なんだか不思議な気分だ。
「南高校さん、そろそろ入って下さい」
「はいっ」
スタジオのドアを開けた大門さんに、赤坂先輩が応じて立ち上がる。
「よしっ。有楽、行くぞ」
「行きましょう」
続いて、台本を手にした俺と有楽も席を立つ。スタジオの中へ入ってしばらくすれば、あとは俺たちの時間だ。
「サスケ、カナ。我はここで聴いているからな」
「ふたりとも、がんばってくるですよっ」
「おうっ」
「楽しみにしててねっ」
「行ってらっしゃーい!」
「ルティさんたちと、聴いてますからねー」
「ありがとうございます」
「行ってきますっ!」
ルティとピピナの励ましに短く応じると、千波さんと若宮さんも元気に俺たちを送り出してくれた。こうして、誰かに見られながら放送するっていうのはやっぱりいいな。赤坂先輩が、いつもスタジオのカーテンを開けて番組に臨んでいる理由がよくわかる。
スタジオの中へ入ると、モニターヘッドホンを外した東桜と北条さんが立ち上がって俺たちが座れるようにと退いていてくれた。俺は東桜がいた奥の席へ、有楽が北条さんがいた奥の席へ座ると、立ってたふたりがそれぞれロビー側の席へと座り直した。
「なんか、ずいぶん紅葉ヶ丘のふたりと盛り上がってたね」
「うちの有楽と向こうの千波さんが意気投合したみたいで」
「してませんってばっ」
「私もちらっと見たけど、ずいぶん親しそうだったじゃない」
「親しくないですって!」
事実なはずなのに、有楽は頑なに認めようとしない。それにしても、ふたりしてこっちを見る余裕があったなんて……さすがは、パーソナリティの先輩だ。
交わした言葉はそれだけで、東桜と北条さんがモニターヘッドホンをつけ直したことで4人とも口をつぐむ。この曲のワンコーラスが終われば東桜と北条さんは番組のエンディングトークを始めて、最後にフェードアウトするまで俺と有楽がしゃべるわけにはいかない。今から、黙っておくのが得策だろう。
「『ど真ん中で総合的なラジオ』第7シーズン第11回、そろそろお別れのお時間です」
「今回は第7シーズン初の生放送でしたけど、みなさんいかがでしたか?」
番組のテーマソングがフェードアウトしてエンディングのインスト曲が流れ始めると、ふたりが口を開いて軽快なトークを再開した。
「前の生放送って、1月以来よね?」
「そうだね、受験期で事務室からのインフォメーションとかやった時以来で」
「事務長がもうヘトヘトで」
「なかかなハイだったねぇ。そっか、もうあれから半年か」
「行事があるとなかなか生放送ができないのがネックね。なにより部員が少ないし」
「次は、やれるとしたら8月ぐらいかな」
「陸上部の取材の合間を縫ってやりましょうか」
「そうしよっか」
「というわけで、このラジオでは若葉総合高校で活躍している生徒、先生を招いて、様々なお話を繰り広げています」
「若葉総合高の学校の授業の様子や、どんな部活なのかを知りたい中学生やOBのみなさん、そして他校や地元・若葉市のみなさんからのメールをお待ちしています」
「来週のゲストは、音楽コースの先生で吹奏楽部顧問の津幡智紀先生です。7月に控えたサマーコンサートや8月からの吹奏楽コンクールの展望を、最新の練習音源を流しながら伺っていきますのでお楽しみに!」
こうして軽快な掛け合いを間近で聴いていると、日曜の昼にタレントと局アナがやってるようなAMラジオのトーク番組を思い出す。やりたい放題な俺らや紅葉ヶ丘と比べて落ち着いた雰囲気だし、しゃべりのスピードも遅すぎず早すぎずで聴いてて心地いい。
前に『生まれた時からお隣さん』って東桜が笑ってたから、きっとその影響もあるんだろう。
「といったところで、そろそろお別れの時間です。この時間は若葉総合高校の2年、東桜正樹と」
「同じく若葉総合高校2年、北条夏希がお送りしました」
「この後は若葉南高校の『ボクらはラジオで好き放題!』のお時間です。せっかくの3番組連続生放送なんで、引き続き聴いてみてくださいね」
「南高の松浜くんと有楽さんのトークに、シリアスファンタジーのラジオドラマ『dal segno』をお聞き逃しなく」
「それではみなさんっ」
「「また、来週!」」
ふたりで息を合わせて、最後のひとこと。でも、仕事はまだ終わりじゃない。
「この番組は、若葉総合高校放送部と若葉市学校放送部協会、わかばシティFMの協力でお送りしました」
少し間を開けてから提供クレジットを言い終わると、大門さんが調整卓のスライダーでBGMの音量を大きくしながらマイクの音量を切った。それから10秒ぐらいしてBGMの音量をフェードアウトさせていって、テーブルにあるデジタル時計が『15:28:58』を示したのと同時に全ての音が消えた。
『わかばシティFMの日曜15時は私、今昔亭鬼若の日曜ひとり寄席。次回の演目は〈芝浜〉で、メールテーマは〈夢だと思ったら夢じゃなかったこと〉です。リスナーさんの――』
そして『15:29:00』になったのと同時にCMが始まる。ここから俺たちの番組が始まるまでは、あと1分しかない。
「んじゃ、バトンタッチだね」
「ああ」
エンディングトークの前にまとめていた台本を手に、モニターヘッドホンを外した東桜が立ち上がる。
「松浜くん、有楽さん、後はよろしく」
「はいっ」
「バトンは受け取りましたっ!」
立ち上がりながら軽くかざした北条さんの右手を、有楽が左手で優しくタッチする。間近でトークの先輩なふたりを見られたからか、気合十分らしく目を輝かせている。
「よしっと。じゃあるいちゃん、がんばってね」
「もちろんです」
同じように、大門さんも赤坂先輩と軽く手を合わせて総合高校組といっしょにスタジオから出て行く。スーツ姿のふたりがやると、大人っぽくて様になるな。
「松浜くん、神奈ちゃん、準備はいいかな?」
「準備完了です」
「あたしも、いつでもオッケーです!」
番組開始まで、残り45秒。いつもよりだいぶ余裕がなくても、2番組続けていいものを見せてもらったんだからやるしかない。
俺がモニターヘッドホンをつけると、有楽もヘッドホンをつけて両手でにぎりこぶしを作って気合を入れていた。
『若葉市のアニメ情報発信基地、鷲宮えいとと』
『ちちぶあやの〈あにまにれでぃお〉!』
『今週は春から話題のアニメ〈ななぶんのいちのまほうつかい〉の大特集! 前半30分まるまる語り尽くしちゃいます!』
俺らの番組が始まる直前のCMは、いつも〈あにまにれでぃお〉。鷲宮さんとちちぶさんの軽いやりとりで身が引き締まるのは、もう条件反射のようなもんだ。
『日曜21時は〈あにまにれでぃお〉。あやちゃん、君の好きなヒロインは?』
『巫女・退魔・ぽんこつフルコースの成瀬亜矢!』
放送時間を伝えてからひとこと加えるのが、ふたりのスタイル。最初の頃は噴き出しそうになったりもしたけど、もうすっかり心の準備もできている。
『若葉南高校プレゼンツ〈ボクらはラジオで好き放題!〉今日のスターティングラインナップは』
『松浜佐助!』
『有楽神奈!』
『以上のメンバーでお送りします!』
ミディアムテンポで壮大な曲をバックに、初代の先輩が作って代々改造されているタイトルコールが流れていく。そして、だんだん上がっていくテンポが上がりきったところで先輩からのキューが振られて――
「みなさんこんにちは。若葉南高校2年で某局アナのボンクラ息子・松浜佐助と」
「同じく若葉南高校の1年・新人声優で見習いパーソナリティの有楽神奈です!」
俺と有楽の、真剣勝負の時間が始まる。
「えー、先週のミッションで失敗した有楽さんが見習いに降格してしまいまして」
「見習いでーす! 買ってくるのはお茶ですか? パンですか? それとも両方ですか?」
「見習いってパシリじゃねえよ!」
おお、初っぱなからずいぶん飛ばしてくるな。だったら、俺もアクセル全開と行こうか。
「今週は俺あてのミッションを引いても、全部有楽が喰らうってことになります」
「ううっ、お手柔らかにお願いします」
「有楽ファンのリスナーさんにはお得な回かもしれませんね。ここで一通、ラジオネーム『世界大仏展覧会』さんからのメールです。『松浜さん、有楽さん、こんにちは』こんにちはー」
「こんにちはっ」
「えーと、本文はミッション行きなんで諸々飛ばすとして」
「飛ばしちゃうんですか!」
「『追伸。このあいだの〈急いでやってます!〉聴きました。面白かったので、生放送も聴きます』だってさ。これは責任重大だぞー」
「どんなミッションが来ようとやってみせますともっ!」
テーブルから身を乗り出して、有楽が俺に力説してみせる。元気いっぱいで大きな声も、千波さんの時に入力のリミッターを上げてるだろうから大丈夫か。
「そんなことを言いながら、先週の『赤ちゃんのように甘えまくる』というミッションには失敗した有楽さんでしたとさ」
「アレは松浜せんぱいに甘えるってのがいけないんですよ! せめてダンディなおじさまか、るいこせんぱいみたいなお姉さんにしてください」
「俺だってやりたかなかったよ! まあ、そんなこんなで今日は6月の18日。梅雨も半ばでじめーっとしたところを、前半だけでも吹き飛ばしてやりましょうか」
「あたしたちのパワーで、ラジオの前だけはカラッと元気に!」
「そして後半でさらジメッと重々しく」
「『dal segno』第8回、エリシアの手によってクローンとして再生した亡き夫・ウィルに、失ったものを突き付けられた妻・リューナは何を思うのか。今回も乞うご期待です!」
「それでは今日も張り切って行ってみましょう!」
そこまで言ったところで、いつものように視線を合わせる。
「若葉南高校プレゼンツ、松浜佐助と」
「有楽神奈のっ」
「「〈ボクらはラジオで好き放題〉!」」
「せんぱい、お手柔らかにお願いします!」
「そいつぁミッションのメール次第だな!」
両手を合わせて頭を下げる姿は本気っぽくて、俺はついつい悪者っぽく返答してみせた。その直後にうんうんと笑顔でうなずいてたあたり、有楽もこの返しを望んでいたっぽい。
このあとはうちの高校のCMが入って、そのままいつものミッションへ。それが終わればラジオドラマって段取りはいつも通りだから……よしっ、前半の13分間はこのまま有楽と突っ走って行こう。
俺は満足そうに親指を立てた有楽へ、親指を立て返してうなずいてみせた。
* * *
「はーいっ。ホットBLTチーズサンド、お待たせしましたっ!」
「わーっ! すっごいボリュームだよ、愛花ちゃん!」
「これが、本当に650円なんですかー?」
「さっき学生証を見せてもらいましたよね。学生さんにはそのサイズなんです」
山盛りのBLTサンドをテーブルへ置いて、母さんが誇らしげに言う。少し厚めの食パンを6枚使った大ボリュームのサンドイッチだ。
「うーん、うちと愛花ちゃんじゃ食べきれないかも」
「だったら、私たちのポテトグラタンとシェアする?」
「いいの?」
「こっちもかなりの量だから」
困ったような笑みを浮かべながら、北条さんがフライパンサイズの耐熱皿を木製の鍋敷きごと差し出す。こっちも普通なら3~4人前はあるサイズだから、確かにふたりじゃキツいかもしれない。
「いいよね、東桜」
「もちろん。僕と北条だけじゃ食べきれないもん」
「では、少しずつ分けていきましょうかー」
「賛成っ!」
紅葉ヶ丘のふたりと総合高のふたりが、同じテーブルで向かい合ってはしゃぎあっている。置いておいた取り皿やスプーンにフォークをみんなで活用しているあたり、すっかり馴染んでいるようにも見えた。
「母さん、謀ったな?」
「ふふーん、なんのことやら」
カウンターの中へ戻ってきた母さんにジト目で言ってみせると、ごまかすように返しながらもニンマリと笑って表情で肯定していた。
俺たちの生放送が終わって、外の日も沈みかけてる午後6時半。
生放送を通じて意気投合したらしい千波さんと若宮さん、そして東桜と北条さんの4人は、わかばシティFMの近所にある喫茶「はまかぜ」――すなわち、うちの店でミニ懇親会を開いていた。
「お待たせしました。ツナサラダです」
「こっちはどれっしんぐですから、しっかりかけてたべてくださいです」
「えっ、これも?」
「はい。店長から、こちらの席へと」
「ふぁ~……ありがとーございます! おねーさん!」
「いいんですって。サービスですよ」
それでもって、ルティとピピナはエプロン姿のウエイトレスとしててきぱきお仕事中。リリナさんとフィルミアさんが上で有楽といっしょに夕飯を作っているからと、代わりにウェイトレスを買って出たわけだけど、リリナさんとお揃いのデザインで緑色のエプロンはピピナによく似合っていた。
「せっかく佐助の仲間が来たんだから、これくらいはサービスさせてよ」
「サービスって、奮発しすぎにも程があるだろ」
「気にしない気にしない。これも将来への投資になるし」
「投資?」
「こうしてサービスしたら、生放送のときにうちへ寄るようになる。うちに寄るようになるってことは、お客さんが増える。そして寄るようになった子たちが、後輩さんにうちのことを教えてまたお客さんが増える」
「長期的すぎねえか、ソレ」
「おかーさんは、そういう光景をこれからも見ていたいのです」
さっきと同じ、ニンマリとした表情のまま楽しげに言う母さん。でも、続いてテーブルに向けた生放送組への視線はとても優しげに見えた。
「あんたも、こっちへ引っ込んでないで行ってきなさい」
「いいのか?」
「この時間なら、あたしひとりで十分よ」
「そっか。ありがと、母さん」
小さくうなずいた母さんは、果物かごからオレンジを6つほど取り出すと包丁でささっと皮をむき始めた。だったら、ありがたくあっちへ行くとするか。
「ルティ、ピピナ、上がっていいぞ」
「もういーんですか?」
「あとは母さんがひとりで大丈夫だって。みんなで話してきなさいってさ」
「そうか。では、我もお言葉に甘えるとしよう」
「はいですっ」
空いた席のテーブル拭きをしていたピピナとルティに声をかけると、ふたりともうなずいて布巾をカウンターへと戻していった。
「すいません。端っこ、座っても大丈夫ですか?」
「おおっ、生放送の先輩が来たねっ!」
「わたしたちと同い年だけどねー」
「大丈夫よ。東桜、ちょっとそっち寄って」
「おっけー」
「ありがとうございます」
みんなして奥へと身を寄せて、ふたり分座れるスペースを作ってくれた。あとはカウンターのイスをふたつ出せば、有楽が来ても大丈夫なはずだ。
ルティは北条さんの隣に座って、ピピナは向かい側の千波さんの隣へ。カウンターのイスに座った俺は、そのまま続けて口を開いた。
「って、先輩はむしろ東桜と北条さんのほうなんじゃ」
「私たちの生放送はときどきだもの。いつも完パケでカットしてるし、毎週生放送のそっちのほうが本職でしょ」
「そうそう、今日は有楽さんとのいい掛け合いを見せてもらったよ」
「ん? 呼びました?」
東桜が話題に出したところで、有楽が2階へ通じる階段からひょっこりと顔を出した。
「よ、呼んだってゆーか話題に出てたけど、有楽ちゃんってばそこでなにしてるのかな?」
「ああ、2階で夕ごはん作りのお手伝いをしてました」
「夕ごはん……ですと……?」
いや千波さん、なんでそこで俺をガン見……いや、わかるけど。目を見開いて口を半開きとか怖いですから!
「昼間にも申し上げたとおり、私とピピナはこちらで〈らじお〉の勉強のために下宿しているのです。カナは、泊まりで教えてくれていて」
「それで、時々夕ごはん作りのお手伝いをしてるってわけですよ」
「なるほどねー……松浜くん、よりどりみどりだな?」
「何がですか」
「んっふっふっふっ」
ぽすんとイスに座った有楽が嘘偽りなく言ったのに、千波さんは相変わらず誤解しているらしい。俺なんかにそんなことが出来る資格なんて全然ないし、俺にとっては妹やお姉さんも同然なわけで。
「これで、あとは北高も来れば高校ゾーンの子が揃ったんだけどね」
「仕方ないよ、夏希ちゃん。あそこは代々録音にこだわってるところだからー」
「それはそうだけど、こう揃うとやっぱりね。でも、紅葉ヶ丘も生なんて珍しいじゃない」
「ラジオを始めたからには、生放送もやってみたいと思ったのですよ」
「僕らもそうだね。南高が生放送やってるの聴いてたら、北条とやろうかって話になって」
もっきゅもっきゅと咀嚼していたBLTを飲み込むと、東桜がオレンジジュースを飲みながらあっけらかんと話した。って、俺たちの?
「あたしとせんぱいの生放送で、ですか?」
「うちらのところもだよ。もうさー、生放送でああいうの聴かせられたらワクワクするじゃん。トークにドラマにいろんな要素を詰め込んで、それでもってタイトル通り好き放題しててさ」
「わたしたちも、好き放題やりたくなったんだよねー」
「それで、今日は本当にやりたい放題やってたってわけですね」
「そーそー」
「ぐぬぬ……あれはあたしもじぇらじぇらしたほどですよ」
「ふっふっふー。現役声優の有楽ちゃんにそう言ってもらえて光栄だよっ」
満足そうにうなずいてから、ポテトグラタンを頬張る千波さん。なにかというと突っかかってくる有楽に対して、千波さんは満更でもないらしい。結構、いいコンビになるんじゃないかね。
「私たちは部員が少ないから、こういう閑散期じゃないと生放送ができないからやっちゃおうってところかしら」
「部活の取材とかあると、どうしても土曜日が潰れたりするからね」
「南高だと報道部があるけど、そっちにはあったりしないのか?」
「あるにはあるけど、うちの報道部はなぜか放送部と距離を置いてるみたいでさ」
「取材がバッティングして追い払われるわ、情報共有も出来ないわ……もう、踏んだり蹴ったりよ」
「うわぁ」
俺らのところだとお互い情報を提供しあってるから報道専門の部員がいなくてもなんとかなってるのが、それすらもなく部員も少ないとなると……やっぱり、毎週生っていうのは厳しいか。
「だから、いつもは収録なぶんたまーに生放送がやりたくなるんだ」
「一発勝負の生放送って、プレッシャーといっしょに高揚感があっていいわよね」
「あ、わかるわかる。うちも、今日もどれだけやれるのかなってワクワクしたもん」
「収録は収録で気兼ねなく話せて、生放送はその場で臨機応変だからねー。松浜くんも有楽さんも、いつもお疲れ様です」
「ありがとうございます。最近は収録することもありますけど、それでも録って出しで生感は出そうかと」
「一発勝負が、うちら南高放送部の信条ですもんね」
俺がみんなのラジオをよく聴いているように、みんなも俺と有楽のラジオを聴いてくれているらしい。こうして話題に上るのはうれしいもんだな。
「で、その南高のふたりといっしょにいるルティさんとピピナちゃんは、私たちの番組を聴いてどうだったかな?」
「わ、私ですか」
ずっと俺たちの話を聴いていたルティが、突然北条さんに話を振られてうろたえていた。それでも小さく咳払いをすると、みんなを見やって改めて口を開いた。
「〈そうごうこう〉のお二人からは学び舎への愛情を感じて、〈もみじがおか〉のお二人からは〈みなみこう〉のサスケとルイコともまた違った、にぎやかな中にも互いへの信頼を感じました」
「おー、これはまたストレートな感想が」
「ピピナは、みーんなたのしいっておもったですよ。でも、そのおもしろさがどれもちがったおもしろさといーますか……うーん、どーいったらいーんです?」
「そのままでいいんだよ。それぞれの面白さがあるっていうのは、あたしもその通りだって思うから」
「なんだかんだで、みんな違う番組のカラーになるんだよね」
「本当、なーんの打ち合わせもしてないのにな」
ルティとピピナの感想をきっかけに、みんなの間で笑いが起こる。もちろんお互いネタが被らないっていうのはあるかもしれないけど、いつの間にか各校独自の、そしてわかばシティFM内でも独自な番組作りになっているのが本当に不思議だ。
「私は総合高校のことが好きでこのラジオをやってるから、そう思ってくれてうれしいな」
「うちもっ。愛花ちゃんとの絆を感じてくれてめっちゃうれしいよ!」
「小さい頃からパソコンを使って『ラジオごっこ』をしてたのが、そのまま高校でも続いてるんだもんねー。こうしてリスナーさんに会えるなんて、ほんとに不思議だよー」
「私こそ、楽しき〈ばんぐみ〉をいつもありがとうございます」
「これからも、おにーさんやおねーさんのばんぐみをきーてゆくですよっ!」
深々と頭を下げるルティと、両手をあげて喜びをあらわすピピナ。対照的なようでいて、どっちも感謝を伝えてるのは同じで、俺たちのラジオ以外にもこうして興味を抱いてくれているのがうれしかった。
「ふふふっ、よきかなよきかな」
「あ、母さん」
話に集中して気付かないうちに、母さんがトレイを手にして俺たちの席へとやってきていた。
「はいっ、ルティちゃんとピピナちゃんと、佐助と神奈ちゃんのジュースね」
「ありがとうございます、チホ嬢」
「ちほおねーさん、ありがとーですよっ」
「わーいっ、いただきますっ!」
さっき仕込んでいたオレンジジュースのコップが、ことり、ことりと俺たちの前へと置かれていく。紅葉ヶ丘と総合高校のみんなの前にも置かれている、母さん自慢の品のひとつだ。
「おおっ、やってるねー若人たちっ」
「おばさま、ただいま戻りました」
さらには、カランカランとドアベルを鳴らして大門さんと赤坂先輩が入ってきた。
「いらっしゃいませー。あらあら、席はどうしようかしら」
「いいんですよ、智穂さん。あたしらは後ろの席で」
「わたしたちは、みんなのお話を聴いてるだけで十分ですから」
「うーん、そこの衝立を動かして8人席でも作ろうか……」
「今はホコリが立つかもしれないから、あとでな。母さん」
「ちぇー。じゃあ瑠依子ちゃん、真知ちゃん、申しわけないんだけど、そこの席でお願いね」
「はいっ」
「ああ。母さん、俺も手伝うよ」
「私も手伝います」
カウンターへ戻る母さんに声をかけて立ち上がると、ルティも立ち上がってカウンターのほうへとやってきた。
「何よ、別にあたしだけでもいいのに」
「ふたり分だといろいろ手間だろ。俺がサラダを用意しとくよ」
「私は水を。こちらのトレイでいいのですよね」
「もうっ、ふたりとも生真面目なんだから」
呆れたように笑いながらも、母さんは追い返すことはしなかった。今日は土曜日で来店数も多かっただろうし、友達が来ていてもこれくらいは手伝っておきたい。
「有楽、先輩たちにいろいろと聞いとけよー」
「らじゃったです! ピピナちゃん、さあ、膝の上にかもん!」
「やーです! ピピナはこのまませっかおねーさんのとなりにいるですよ!」
「ひゃいっ!?」
「ふっふっふっ。これも先輩の貫禄ってやつなのかねぇ、愛花ちゃん」
「雪花ちゃんが人畜無害だってわかってるんじゃないかなー。ねえ、ピピナちゃん」
「そーです。じつにそーです」
「うぼぁー!!」
まったく、有楽もピピナもなにをしてるんだか。まあ、みんなが楽しんでるならそれでいいんだけどさ。
冷蔵庫から作り置きのサラダが入った透明のボウルを取り出して、ラップを外す。昼に仕込んだものが残ると、夕方の5時以降はサービスとして出すことになっているサラダだ。ちょうど2人分だから、これを取り分けて入れればいいだろう。
「サスケ、氷をとってはくれまいか」
「あいよ」
ボウルをまな板の上に置いてから製氷室を開けた俺は、ルティが持つトレイに置かれたふたつのコップへと氷スコップで氷を入れていった。
「ありがとう」
「おう」
そのままトレイをカウンターに置いて、シンクから水をくんでいく。からからとぶつかる氷の音が、みんなのおしゃべりに混じってとても心地いい。
「なあ、サスケ」
「んー?」
サラダを取り分け終わって一段高いカウンターへ置くと、続いてコップをカウンターへ置いたルティが隣で俺のことを見上げていた。
「〈らじお〉というのは、多くの人が関わっているのだな」
「そうだぞ。今日の2時間だけでも、これだけの人がいるんだ」
実感を込めたような、ルティのゆっくりとした言葉。顔を上げてカウンター越しにみんなことを見ながら、俺も実感を込めてそう言ってみせた。
「まるで、〈せんきゃくばんらい〉といったところか」
「お前、よくその言葉を知ってるな」
「買い物で財布を借りたとき、チホ嬢が財布につけていた木札のことを尋ねてな。そういうものだと教えてくれたのだ」
「なるほどね」
喫茶店が好きな母さんのモットーだもんなぁ。千客万来は。
「我も、このようににぎやかな〈らじお〉を作りたいな」
「作れるって。俺らやフィルミアさんもいるし、ピピナとリリナさんもいるんだから」
「もちろん、それはわかっている。皆だけではなく、ヴィエルに住む皆とも作っていきたいということだ」
「そういうことか」
みんなの気力にあてられたのか、ルティもやる気に満ちた表情を俺に向ける。
幸いなことに、ヴィエルにはアヴィエラさんやレナトにユウラさん、セドレアさんやラガルスさんといった具合にノリのいい人たちがたくさんいる。なんだったら、興味を持った人には声をかけてみればいい。
「ルティなら、きっとできるさ」
「ああ。皆とともに、我らで作っていこう」
「おうよ」
楽しそうに、輝く笑顔を見せるルティへ俺も応えてみせる。
大切な妹分なんだから、ここでちゃんと応えないと。
「では、水とサラダを持っていくぞ」
「よろしくな」
水で濡れた手をエプロンでぬぐったルティは、サラダの皿とコップが2つずつ置かれたトレイを手にして先輩たちの席へと歩いていった。
その先にいるのは、番組を支える先輩たちと番組の主役なラジオの仲間たち。ルティを支えるピピナもいるし、2階へ目を向ければフィルミアさんやリリナさんがいて、遠い世界にはアヴィエラさんたちだって待っている。
ルティが自ら望んで手をつないで、いっしょに歩いてる人たちがたくさんいるんだから、きっと大丈夫だ。
「へえ、15歳でラジオをねえ。るいちゃん、面白い子を見つけてきたじゃない」
「でしょ? ルティさんと、後ろにいるピピナさんをメインにして番組を作ろうと思ってるの」
「ああ、だから企画書を出してたわけね。ルティさん、もしも番組が決まったらよろしくね」
「はいっ、よろしくおねがいいたします!」
元気いっぱいなルティなら、きっと。
「うらっ」
「いてっ! な、なにするんだよ母さんっ」
軽い衝撃が頭に入って、思わずつんのめる。慌てて顔を上げて振り返ると、母さんがチョップの体勢のままでぶすーっと俺をにらんでいた。
「佐助はあっちに戻ってらっしゃい」
「え? で、でも、まだ途中で……」
「いいからっ」
か、母さん?
「あんたがいるのは、やっぱここじゃない。あっち。どぅーゆー、あんだーすたん?」
「あ、あんだすたん……か?」
「だったら行った行った。ほらっ、エプロンも脱げ脱げ」
「うわぁっ!?」
母さんは素早く俺の後ろへと回り込むと、エプロンの紐をしゅるりと解いてあっという間に脱がせていった。な、なんつー技だよ、コレ!
「ほら、さっさと行っといで」
「あ、ああ」
仕方ないなとばかりに呆れ笑いを浮かべて、母さんが俺の背中を押し出す。
頭の痛みはまだ残っているけど……今の『仕方ないなぁ』って感じの笑みを目の当たりにしたら、不思議と怒りは霧のように消えていった。
大手民放も小さなコミュニティラジオでも、パーソナリティがいないと始まらない。今回は佐助と有楽の日本でのもう一つの仲間たちを描いてみました。高校生のこういうやりとりが大好きなのです。
なお、今回で30話に到達いたしました。これもひとえに、読んで頂ける皆様のおかげです。これからも佐助たち、そしてルティたちとともに異世界でラジオを作っていく物語を書き続けて参りますので、今後ともよろしくお願いいたします。




