第28話 みんなで作る、異世界ラジオ
『若葉、若葉。5番線に停車中の電車は急行・有喜行きです。次は、新星ヶ谷へ停まります。途中の――』
そこそこ混んだ電車から押し出されるように下りると、ホームの向かいに停まっていた電車からも人が下りていてなかなかの混雑になっていた。
「やっぱり、この時間だとまだ楽ですねぇ」
いっしょに電車を下りた有楽が、隣でほっとしたように息をつく。
「仕事のときは、何時ぐらいの電車で帰ってくるんだ?」
「短いナレーションなら8時頃で、アニメの録りだと10時前に終わる感じです。それ以降は『ろーどーきじゅんほー』で禁止されてるからって帰されて」
「あー、そのくらいの時間だとラッシュもキツいわな」
「遅くて11時ぐらいに家へつくから、そのままお布団にダイビングしちゃったりして。でも、寝ぼけた妹たちがごろごろ擦り寄ってくるから回復はばっちりです!」
「お前にとっちゃ最高の癒やしってか」
「だって、『おねえちゃ~ん……?』ってぽやぽや言いながら3人ともぎゅーって来るんですよっ。ぎゅーって!」
「わかった、わかったから階段でハァハァはやめいっ」
階段を下りながら力説せんでもええってのに。妹さんたちのくだりになってから有楽のポニーテールがぴょこぴょこ跳ねてるのは、力説の結果だと思っておこう。
「で、次の仕事は?」
「んーと、期末試験が終わるまでは特には。夏休みに入ってからだと、秋の新番組のレギュラー録りとかちょこちょこありますけど……あっ、作品名はまだ言いませんよ」
「わかってるって。解禁したら、うちの番組で思う存分聞いてやるから」
「あははっ、ありがとうございます。思う存分、たっぷり宣伝しちゃいます!」
右手でぎゅっとにぎりこぶしを作って、有楽が力強く応える。まだまだ駆け出しって言っても立派に声優さんをしてるんだし、これくらいはしてやってもいいだろう。高校放送部の番組協定には、アルバイトとかお仕事の話はしちゃいけないなんて書かれてなかったから大丈夫なはずだ。
コンコースから改札へと向かって、ICカード入りの財布を自動改札機のセンサーへタッチ。通過してから有楽を待っていると、有楽も慣れた手つきでパスケースをタッチして改札を通過していた。
「んじゃ、またあとでな」
俺の家があるのは駅の東口方面で、有楽の家があるのは西口方面。だから、一旦ここでお別れ――
「えっ、このまま行っちゃいますよ」
のはずが、あっさりと拒否された。
「今日はお母さんが家にいるから、夕ごはんは食べてくるって言ってあります」
「用意周到だなおい」
「ついでにお泊まりセットもこのカバンの中に」
「本当に用意がいいな!」
「だって明日は土曜日じゃないですか。もうせんぱいのお母さんにもオッケーをもらってますよ」
「聞いてねー、全然そんなの聞いてねー……」
当然とばかりに言ってるけど、どうして俺を飛び越えて母さんと話してるかな!
「とゆーことで、今晩もよろしくお願いしますね。松浜せんぱいっ」
「へいへい」
もうこうなったらどう言っても無駄だってのは、この2ヶ月ぐらいで十分というほどよくわかってる。仕方ないとため息をつきながら東口へ歩き始めると、有楽は満足そうにむふーと笑って隣を歩き出した。
高架づくりのコンコースを出れば、3つの駅前ビルがあるロータリー広場へ。もう6時過ぎだっていうのにまだ辺りは明るくて、夏が近づいて来てるんだなって感じる。晴れているわりに少し湿った風が、暑くまとわりつくものへ変わると思うと……うん、しんどい。
人通りが多い駅前広場を抜けると、いつも見慣れた商店街が見えてくる。駅前に大きめなビルがあってもシャッターが降りっぱなしな店が少ないのはやっぱりうれしいもので、その中に俺の家――喫茶「はまかぜ」があるのも誇らしい。
「ただいまー」
「ただいまですっ」
カランカランとベルが鳴るドアを開けて、いつものように帰宅のあいさつ。って、有楽まで言う必要はないってのに。
「おかえりー」
「おかえりなさいませ。サスケ殿、カナ様」
と、帰ってきた迎えのあいさつもふたり分。カウンターにいる緑色のエプロンをつけた母さんと、客席のテーブルを台ふきんで拭いている青いエプロン姿のリリナさんからだった。
「リリナさん、もう来てたんですね」
「向こうでの仕事が早めに終わったので、昼過ぎには」
「来て早々、エプロンをつけて接客しだすんだもの。ほんと、働き者よね」
「チホ様に教えていただいた〈ぱんけぇき〉の恩義は、一宿一飯で返せるものではありませんから」
「別に気にしなくてもいいのに」
意気込むリリナさんに、苦笑して手をひらひら振る母さん。見た目は異国人なリリナとのやりとりは、先月からの毎週末には「はまかぜ」の常連さんの間ですっかりおなじみになっていた。
「おばさま、今日もよろしくおねがいします」
「この間はソファーで寝かせちゃってごめんね。今日は、ちゃんと神奈ちゃんのお布団も用意しておいたから」
「ほんとですか? ありがとうございますっ!」
「男の先輩の家なのに、よくそういうことを平気で言えるよな……」
「だって佐助のお客様じゃないでしょ。私のお客様だもーん」
だもーんじゃねえだろ、だもーんじゃ……とか、口に出したら後で『吊られる』からやめておこう、うん。
「みんないるから、ふたりとも着替えてらっしゃい。夕ごはんも作ってあるわよ」
「私も、一品作らせていただきました」
「リリナちゃんのごはんっ!?」
「とは言っても、簡単なものではありますが……」
「いやいや、リリナさんの料理もおいしいから大歓迎ですよ」
「こっちの食材でも作れるし、うちのメニューに加えちゃおうかなって考えてるの」
「チ、チホさま、それはさすがに……」
「いいじゃないのいいじゃないの。あたしがパンケーキをリリナちゃんに教えてあげたんだから、ギブ・アンド・テイク! 異国の料理も、ウチの店はいつだってオッケーよ」
「母さん、はしゃぎすぎ」
「ちぇー、佐助がいじわるするー」
ほかにお客さんがいるからか、バレない言い回しで言ってくれてるのはいい。でも、さすがに子供っぽくはしゃぐのはやめてくれ。
「んじゃ、着替えてくるわ」
「はいはーい。のぞくなよ、男の子!」
「誰がのぞくか! って有楽、両腕を組んでガードすんなっ!」
「えへへー」
まったく、揃いも揃って俺をからかいやがって……
わざと盛大にため息をついてから、カウンターの奥にある玄関へ。小さな下駄箱には女の子の靴が3組入っていて、有楽のローファーも加えればこれで4組か。今のところ唯一の男な俺は、土間に靴を揃えて階段を上がっていった。
見慣れたはずの階段に、見慣れたはずの廊下。
なのに、廊下とリビングを隔てる引き戸の向こうはこの間までと違って、
「ただいま」
「おかえり、サスケ。おお、カナもいっしょなのだな」
「おかえりですよっ、さすけ、かなっ!」
リビングのソファに座るルティとピピナが、俺たちのことを出迎えてくれた。
「サスケさん、カナさん、おかえりなさいませ~」
「ただいまだよー。って、フィルミアさんは洗い物中?」
「そうですよ~」
有楽につられて見ると、奥のキッチンで青いワンピースに白いエプロンをつけたフィルミアさんが、皿洗いの手を止めて半身でこっちに振り向いていた。
「すいません。朝そのままにしちゃって」
「いいんですよ~。マツハマさんの家でお世話になるのですから、このくらいはしませんと~」
「我も、洗濯物を取り込んでおいたぞ」
「ピピナも、ルティさまをてつだったです」
「異国の王女様と妖精さんだってのに、申しわけない……」
「気にするな。我らとしても望むところであるし、ルイコ嬢の家でもいつもしていた」
「ですですっ」
さすがに申しわけなくて頭を下げた俺へ、フィルミアさんはまったく気にした様子を見せなかった。ルティもルティでこともなげに言ってるし、その隣にいるピピナもルティに寄り添いながらこくこくとうなずいている。
確かに、週末はうちに泊まってはいるけどさ。そこまでしなくたっていいのに……
「それよりサスケ、もうフミカズ殿が実況してる『ぷろやきゅー』の試合が始まっているぞ」
「ああ、わりぃわりぃ。着替えたらすぐに戻るから、ちょっと待っててな」
「うむっ」
「はやくくるですよー」
黒地に赤いロゴが入ったシャツに白いショートパンツっていうお揃いの姿で、ルティとピピナがいい返事をかえしてきた。いつもと違ってラフっぽい服なのは、いっしょに買いに行った有楽の趣味なんだろう。
「んじゃ、着替えてくるか」
「あたしもー」
リビングを出て、階段から3階へ。父さんと母さんの部屋がまずあって、次に俺の部屋。そして、いちばん奥に元・物置で現・異世界から来た女の子たちの部屋があった。
奥の部屋へ向かった有楽に続いて、自分の部屋のドアノブに手を掛け……たところで、有楽がこっちをじーっと見ていることに気付く。
「……のぞかないでくださいよ?」
「だーれがのぞくかっ!」
小悪魔っぽい表情まで浮かべやがって、コイツめは本当にからかい好きだな!
てへっと笑いながら部屋へ入っていく有楽を見送って、今度は本気で盛大にため息をつきながら自分の部屋へと戻った。
赤坂先輩のご両親が日本へ一時帰国したことで、母さんがうちにルティたちを受け入れてから3週間。最初のうちは女の子が家に4人も増えて慌てっぱなしだったのが、別にレンディアールではいつものことだと思うようにしたらようやく慣れてきた……はずだった。
でも、元々の部屋が広いのと母さんがクローゼットをうまくやりくりしたことで、4人でも余裕がある空間が出来た。その結果、有楽や先輩たちがこうして泊まるようになったってわけだ。
先輩の家からうちにお引っ越ししただけって言えば聞こえはいいけど、まさかさ、長年住んでる家に女の子の園ができるなんて思うわけないじゃん。それに……
「サスケ、そっちの皿はもう洗ったのか?」
「ああ、もうすすぎも終わってる」
「では、我が拭いておこう」
夕飯を食べ終わって、1階――閉店したあとの喫茶「はまかぜ」のキッチンで洗い物をしていると、部屋に戻ったはずのルティが俺の手伝いをしようと隣に立っていた。
ごていねいにフィルミアさんとお揃いの白いエプロンまで身につけて、自信満々で頭半分ぐらい背の高い俺を見上げている。
「みんな部屋に行ったんだから、別にしなくたっていいのに」
「そういうわけにもいくまい」
「ほんと律儀だよな、ルティは」
「サスケこそ、我を隣に置いてくれているではないか」
ルティはそう言ってにぱって笑うと、カゴから水で濡れた皿を取り上げてふきんでていねいに拭き始めた。
こんな感じで、うちへ拠点を移してからはルティといっしょにいる時間が増えている。
本人はよかれと思ってやってるんだし、赤坂先輩の家でもやってたなら当然のことだと思ってるんだろうけど、
「ほいよ」
「うむ」
すすいだ木製のサラダボウルを、待ち受けるルティへパス。それをルティがていねいに拭いてから、乾燥用のかごへと置いていく。もうひとつすすいだ皿を渡せば、同じようにしっかり拭いてから乾燥かごの皿ゾーンへと置いていく。
「ん」
「いただこう。……ん? どうした?」
「い、いや、なんでもない」
「そうか。じっと見てくるから何かと思ったぞ」
「っ!?」
しかたないとばかりに、ルティが俺を見上げて苦笑する。
やばい。
ルティ、めっちゃかわいい。
もしもルティみたいなかわいい妹がいたら、こんな風に心がざわざわってしても当然で……うん、きっとそうだ。ルティは俺にとって妹のようなものだし、ずっとかわいいから俺がドキドキして当然だよな!
「いやぁ……青春だねぇ」
「か、母さんっ!?」
からかうような声に顔を上げると、ほうきの柄の先に両手を重ねて、さらにそこへあごをのせた母さんがニタニタと笑っているのが見えた。店内の照明を半分落としてあるから、薄暗くて怖ぇよ!
「セーシュン? セーシュンとは、なんなのですか?」
「ルティちゃんや佐助の年代にはよくある光景よ」
「ふむ。サスケと我はセーシュンの年代なのか」
だ、だから、きょとんとした顔で俺を見上げないでくれっての! 面と向かって言えないけど!
「そうそう。セーシュン、セーシュン」
「かーあーさーんー!」
「わー、佐助が怒ったー」
さすがにガマンできなくて怒っても、母さんはどこ吹く風とばかりにわざとらしくケタケタ笑うだけ。ダメだ、この母さんは何とかしないと。
「まあ、おふざけはここまでにして。ふたりとも、食器洗いが終わったら上がっていいわよ」
「終わったからそうさせてもらうよっ」
「サスケ、まだ菜箸やおたまが残ってるぞ」
「うっ」
この場から逃げようとしたところで、俺のエプロンのすそをくいっと引っ張るルティに引き留められた。ちょっと怒ったルティもかわいらし……いやいやいやそうじゃない! そっちじゃないんだ!
「わ、わかった。ちゃんと洗っていくよ」
「うむ、そうでなくては」
「ふふっ。なんだか懐かしいわねー……」
母さんは何事かをぽつりとつぶやくと、ふっと微笑んでからホールの掃除へと戻っていった。よかった、ようやく解放されるのか……
「サスケは、小さな頃からこうしてチホ嬢の手伝いをしているのだな」
「基本的に、平日は母さんがひとりでやってるから。そんなに大きくない喫茶店だけど、それでも洗い物はいろいろ出るし」
「やはり、洗い場に食器がたまるのは気持ちのいいものではないと」
「そういうこと。ルティも、フィルミアさんやリリナを手伝ってるとそう思うか?」
「洗い場に限らず、やはり生活の場はきれいにした方がいい。しっかり片付ければ、その分気持ちに余裕が生まれるというものだ」
俺がすすいで渡した菜箸をふきんで拭いながら、ルティが横目で見上げて言葉通りの余裕そうな笑みを向けてくる。
「あー、それはわかる。先にやっておけばあとは楽だってなるし。でも、ついつい後回しにしちゃうんだよな」
「サスケはピピナにそっくりなのだな。やるべきことを後回しにしては、よくリリナに怒られて」
「掃除をサボったりとかか」
「ああ。最近のピピナは、楽しく真面目にしているが」
「みたいだな。この間のメイド服やお茶にはビックリしたよ」
「茶をいれるときの手つきには、我も驚いた。リリナとは違う我流で、ピピナ独特の味わいを作り出していて……あれは、ピピナだからこそのものであろう」
「本当になぁ。俺も、ピピナを見習ってもっとラジオをがんばらないと」
「我とてそれは同じだ。サスケ、ともに〈らじお〉をがんばろうではないか」
「おうよっ」
かわいらしい緑の瞳に力をこめるルティに、俺も笑いながらつられて返事をした。
出会った時から魅力に満ちていたこの瞳を見ていると、そう言いたくなる引力がある。妹うんぬんは別にして、やっぱり俺はこの自信に満ちた瞳が――
「あら、来たみたいね」
と、ルティの瞳に惹き込まれそうになったところで上への階段横にある裏口からチャイムが鳴って母さんがカウンターに入ってくる。
「はーいっ」
「こんばんは、おばさま」
「瑠依子ちゃん、いらっしゃい。だいたい言ってた時間通りね」
そのままドアを開けると、赤坂先輩が姿を見せた。
「こんばんは、赤坂先輩」
「ルイコ嬢、お待ちしておりました」
「松浜くん、ルティさん、こんばんは」
入ってきた赤坂先輩はグレーのスーツ姿で、いつもは下ろしているウェーブ気味な長い髪を大きく編んで体の前に垂らしている。
いつものふんわりとした雰囲気にプラスされている大人っぽさに、先輩の新しい一面を垣間見た気がした。
「ごめんなさい、思ったよりもお仕事が長引いちゃって」
「構いませぬ。もしや、明日のルイコ嬢の〈ばんぐみ〉づくりででしょうか?」
「それもありますけど、詳しいお話は松浜くんとルティさんのお手伝いが終わってからにしましょう」
ちょっと疲れを滲ませながら、先輩が両手をぽんっと合わせて微笑む。大学生をしながらラジオ局のアルバイトっていうのは、結構大変なんだろう。
「瑠依子ちゃん、夕ごはんは?」
「局の方で、ちょっとだけ頂いてきました」
「だったら、まだあるから用意するわ。リリナちゃんが作ってくれた夏野菜のグラタンみたいなの、とっても美味しいんだから。サスケ、ルティちゃん、あとは任せてもいいわよね?」
「りょーかい」
「我らも、洗い終わり次第上へ参ります」
「おっけー。じゃあ瑠依子ちゃん、先に着替えちゃいなさい」
「えっ、着替えって……?」
「今日のお昼時に、瑠菜がごはんついでにって持ってきたのよ。ついでに泊まってきちゃいなさいって言っといてって」
「お母さんがですかっ!?」
そんなやりとりをしながら、赤坂先輩は母さんといっしょに階段を上がっていった。
「瑠菜おば……いやいやいや、瑠菜お姉さん、また来てたのか」
「うむ。夕方前にヒサナガ殿と来店して、我とピピナの接客を所望されていた」
「またあの人は……」
瑠菜お姉さんは母さんの幼なじみで、海外へ行く前もこの間帰ってきてからも旦那さん、兼赤坂先輩のお父さんな久永さんとよくうちの店へ顔を出している。
いわゆる家族ぐるみでのつきあいってやつだけど、いいかげん俺のことをガキんちょの頃と同じように見るのはやめてほしいんだよなぁ……あの目を見ると、小学生の時に間違って「瑠菜おばさん」って口走ったときに『吊られ』そうになったトラウマが蘇るんだ。
「さて、最後の仕上げと参ろう。我らも居間へと戻らねば」
「だな」
まだ瑠菜さんの本性を知らないルティの呼びかけに、俺は軽く応えてから小物洗いを再開した。
* * *
さて、大々的にラジオを放送するには欠かせないものが結構ある。
まず1つ目は、ラジオ局。これは基本中の基本。
2つ目は、スタッフさん。プロデューサーさんやディレクターさんに、音響さんに構成作家さんといったいろんな人がいるけど、わかばシティFMのようなコミュニティFMの場合はそれを全部ひとりかふたりぐらいでまかなうことが多い。
3つ目に、パーソナリティ。音楽とか放送学習用の専門局じゃない限り、必ずといっていいほどマイクの前に座ってしゃべる人がいる。
4つ目は、音楽。もちろん番組中に音楽がかからない番組もあったりするけど、それでも番組のオープニングやエンディングにはかかったりするし、なんといっても番組を彩る重要な要素のひとつだ。
そして、5つ目は――
「また、ずいぶん増えましたね」
「えっと……これ、全部あたしたちの番組へのメールですか?」
「ラジオドラマへの感想メールを抜いてあるから、松浜くんと神奈ちゃんのコーナーのだけだよ。全部含めたら38通で、コーナー用は26通だったかな」
「にじゅう、ろくつう……」
赤坂先輩から告げられた数をつぶやき返したかと思うと、有楽は先輩が手にしている紙束に向けていた視線を、ギギギと音がしそうなぐらいぎこちなく先輩へと向けた。
レモン色で無地なパジャマを着ているのが赤坂先輩で、薄いピンク地に赤い猫柄のパジャマを着ているのが有楽。ふたりのパジャマ姿を見るのは、初めてルティがこの街へ来た日以来だ。
「せんぱい、OBさんやOGさんの総動員でもしたんです?」
「してないっ、してないよっ!?」
「じゃあ、せんぱいががんばってこれだけのネタを書いたとか?」
「そんなこともしてないってばっ! 身内からのメールは七海ちゃんと空也くんの一通ずつぐらいで、あとは純粋に番組を聴いた人たちからのメールだよ。はいっ、松浜くんから読んで、神奈ちゃんに渡してあげてね」
そう言って、俺と有楽のはす向かいに座る先輩が呆れながら紙束――リスナーさんからのメールを俺へと手渡した。
他の民放の局とかからしたらあまりにも少ない、薄いメールの数なんだうろけど、番組を始めた頃は桜木姉弟とOBの先輩たちといった身内からしかメールが来なかったことを思うと、とても厚くて、とても重い。
今いるのが自宅のダイニングでも、スタジオにいるときと変わらないくらいのプレッシャー……いや、それ以上にすら感じられる。
「おっ、そっちの事務所でやってる番組のリスナーさんみたいだぞ」
「す、すいません、そのメール見せてくださいっ。『P.S.このあいだの〈急いでやってます!〉聴きました。面白かったので、生放送も聴きます』……わぁっ、本当にリスナーさんからだぁっ!」
「このあいだ、事務所のラジオで宣伝したのが効いたのかもな」
「そうかもしれません。えへへっ、宣伝してよかったぁ!」
ラジオにとって欠かせない、最後にして最大のもの。それは、リスナーさんからのメールやハガキにFAX。いわゆる『反応』だ。
こういった反応がないとコーナーやリクエストは成り立たないし、なんといっても人気が無いって判断されて打ち切りを迫られることだってある。俺たちがやっているような高校生の番組で身内からメールが送られてくるのも、これまで綿々と続いてきた番組を守るためっていう側面もあった。
コミュニティFMのような小さな局で、しかも学生用の枠が用意されているのにそれはないって思われるかもしれない。でも、俺たちの番組だけじゃなく他の番組でも少なかったりしたら、枠自体の存続が危ぶまれることだってあるかもしれないわけで……
「うわー。これ、絶対に紅葉ヶ丘からのだ」
「またですかっ」
「絶対そうだって。ほら」
見覚えのある文面に思わず声を上げた俺は、手にしていたメールから一通を有楽へと差し出した。
「『ふたりとも、10歳ぐらい若返った気持ちで番組を進行して下さい』……って、このあいだは11歳でしたよね!?」
「その前は12歳だから、1歳ずつ上げればネタ被りにならないとか思ってるんだろ」
「るいこせんぱいがメアドとか消してますけど、バレバレですよねー……あとで明日のあっちの番組に、ネタメールを送っちゃおうかな」
「大いに結構。自由にやっちまってかまわんぞ」
ぼそっとした有楽のつぶやきが楽しそうだったんで、ついつい煽ってみる。個人情報の保護用に先輩がメールアドレスとかを消してきても、文体が似通ってればバレバレだ。
「わかりました。あっちの2年生女子コンビに、このフレッシュな1年女子が若さで目に物を見せてやりますよっ」
「女教師を演じた時点で、フレッシュも若さももう過去のものじゃね?」
「過去じゃないですー! 未来を先取りしただけですー!」
ちょいとからかってやると、ムキになった有楽が身を乗り出してきた。いつものこととはいえ、これはこれで面白くてなかなかからかいがいがある。
「へー。さすけとかなって、〈すたじお〉のがらすのむこーでこんなかんじにはなしてたんですねー」
「そうだぞー。1枚1枚メールを見て、どのネタがいいのかとか選んだりしてるんだ」
妖精さんモードでテーブルにちょこんと座っているピピナが、テーブルに置かれたメールを興味ありげにのぞき込んだ。
赤いパジャマ姿で手のひらサイズ+透明の羽ってのが、ファンタジーと現実のミスマッチっぽくて見ていて面白い。
「あたしたちの番組の場合は、『お題』のネタを5つ決めておくんだ。それをるいこせんぱいにカードにしてもらって、生放送の本番で松浜せんぱいが引くってわけ」
「そーなんですかー。ほーそーちゅーとちがってピピナもきこえなかったですけど、こんなふうにおしゃべりしてたんですねー」
「雑談しているように見えたが、そういう仕事も兼ねていたのだな」
リリナに応じるように話へ加わってきたルティも、ピピナと同じ赤いパジャマ姿。お風呂に入るまで着ていた黒地に赤い模様のTシャツと同じ、有楽といっしょに買ってきたものらしい。
「雑談しながら打ち合わせをしてるようなもんだな。『こんなネタがありますよー』って確認して、どんな感じで進めるかをシミュレーション……えっと、想定する感じでな」
「なるほど。だから〈ばんぐみ〉が始まるよりも前に〈すたじお〉へ入っておくのか」
「そういうこと。んで、明日はそれが出来ないからここであらかじめやってるってわけ」
ふむ、と納得がいったようにうなずくルティへ、さらに説明を重ねていく。
明日の土曜日は、いつも通りに14時から16時まで「Wakaba High-School Zone」って銘打たれた、若葉市内の高校が集まる番組ゾーンがわかばシティFMで放送されることになっている。
14時からは、校内の吹奏楽部や軽音楽部の演奏をとりあげる若葉北高校の「若葉の北の音楽館」。14時半からは、一昨年まで女子校だった紅葉ヶ丘大学附属高校のガールズトーク番組「じょじょ☆らじ」、15時からは部活や授業で活躍している生徒をどんどんゲストに招く、学科の利点を活かした若葉総合高校のトーク番組「ど真ん中で総合的ラジオ」。そして、15時半からは若葉南高校の「ボクらはラジオで好き放題!」っていう順番だ。
「他の学校も、明日は〈なまほうそう〉をするのであったな」
「ああ。紅葉ヶ丘と総合高も生放送だから、スタジオで打ち合わせる時間がなくてさ」
「5分前、しかも放送中にスタジオ入りとか、大丈夫なんですかねー……」
「とりあえず、最後の打ち合わせはロビーでやって、総合高のエンディング前にみんなでスタジオに入って、番組が終了したら向こうの生徒さんがスタジオを出る……って感じかな?」
「ルイコ様、その場合〈ばんぐみ〉が始まってすぐに流れる音楽などは大丈夫なのでしょうか」
「音楽は、時間になったら自動的に流れるようになっているから大丈夫です。音量の調整とかもそれまでの番組でしているから大きな問題はないんですけど、それまでに準備がちゃんとできるかどうか、ですね」
赤坂先輩が、向かいに座る青いパジャマ姿のリリナさんに苦笑しながら答えた。
基本的に南高は試験前以外が生放送で、あとの学校は多くの回が録音番組。それでも、他校の放送部の規定や部員たちの気まぐれでこうして生放送が行われることもある。
「は~、〈なまほうそう〉が重なると大変なんですね~」
「そこはなんというか、小さな放送局の宿命といいますか……」
「大きな放送局みたいにスタジオがたくさんあるならともかく、わかばシティFMはひとつしかないのが痛いところだよね……」
有楽の隣で困ったように頬に手をあてるフィルミアさんへ、俺と赤坂先輩が続いてその理由を話す。実際に、小さな局はこれがネックになることもあるんだ。
大手の民放ラジオ局なんかは、局の中に2つ3つとスタジオがあったりして、生放送が続いてもそのスタジオを交互にやりくりして、放送前の打ち合わせも余裕を持ってできる。
でも、コミュニティFMは多くの場合建物の一室にだけスタジオを構えているものだから、生放送が続くと先輩が言うような「放送終了・開始直前に次の番組のパーソナリティが入ってくる」なんて対応をしないといけないこともある。
「だから、〈わかばしてぃえふえむ〉のあさのばんぐみとおひるのばんぐみのおわりで、つぎのばんぐみのひとがはいっておしゃべりしてたんですねー」
「ピピナさん、よく知ってますね」
「きょうも、こっちへきてからとんできたこえをちょこちょこきーてたです」
「だから、ときどきピピナはぼーっとしていたのか」
「えへへー」
ちょっと呆れたようなリリナさんの言葉に、ピピナが頭をかいて照れたように笑ってみせた。
「ピピナさんの言うとおり、番組と番組をうまくバトンタッチするために事前にスタジオへ入るというのもあります。ただ、『くらしサロン』と『スマイルラジオ』はそれとちょっと違って、わかばシティFMのスタジオと、ショッピングモールにあるサテライトスタジオ――えっと、出張用のスタジオを結ぶっていう意味合いもあるんですよ」
「このあいだ、ルイコ嬢が仕事で向かった大きな商店のある建物ですね」
「ええ。金曜日とか祝祭日の『スマイルラジオ』はそこのスタジオからの放送なので、他の曜日と同じようにわかばシティFMのスタジオからショッピングモールへと番組をバトンタッチをするんです」
「ふむ。放送する場所を変えた〈なまほうそう〉もあるのですか」
「例えて言うなら、今は時計塔にスタジオがありますよね。あの他に、もう一つのスタジオを市場通りや飲食店街に作るような感じです」
「もう一つの、〈すたじお〉を……なるほどっ」
赤坂先輩の例え話を聞いて、それを理解したらしいルティが目を輝かせて身を乗りだした。
「ルイコ嬢、そういった放送は我々にも出来るのでしょうか」
「今アヴィエラさんが作っている魔石を使えば、確かにできるかもしれません。でも、まずは放送に慣れてからのほうがいいと思いますよ」
「何故でしょうか?」
「これは、わたしも経験したことなんですけど……」
そこまで言った先輩が、顔をちょっと紅くして言葉を詰まらせた。
「『ボクらはラジオで好き放題!』を担当していたときは、松浜くんと神奈ちゃんがやってるように外から中が見えないようになっていたんです。でも、今の枠になってから外の人とも交流したくて中を見えるようにしたら、失敗したところも見えるようになっちゃって」
「失敗、ですか」
「たとえば、言葉に詰まったりとか」
「あっ」
心当たりがあるのか、ルティが小さく声を上げる。
「原稿を読んでいて、噛んじゃったりとか」
「ああ……」
「外に気を取られて、進行を間違っちゃったりとか」
「なる、ほど……」
「そういうのが、全部外から見えちゃうんです」
「……確かに、それはとても危険ですね」
先輩が失敗例を挙げていくたびに、ルティの目の輝きはくもっていって……今は、すっかり意気消沈していた。
「もちろん、将来的にはそういうスタジオがあってもいいと思います。その前に、まずは放送をすることから慣れていきましょう」
「わかりました。恥ずかしいことにもかかわらず、失敗談を詳らかにしていただき申しわけありません」
「いえいえ。こういったことは、やっぱり経験した側でないと伝えられませんから」
「俺も、興奮しすぎて音割れを起こしたり、メールの差出人の敬称を付け忘れたりしましたね」
「あたしは、松浜せんぱいが話題を区切ろうとしたのに深追いしすぎたり、それがもとで放送時間をオーバーさせそうに……」
「えっと、松浜くんと神奈ちゃんまでのらなくていいんだよ?」
「いや、俺もそういう失敗は言っておいたほうがいいかなーと」
「あたしもです。ルティちゃんたちの参考になるなら、いくらだって話しますよ」
俺と有楽にだって、失敗はたくさんある。第1回の生放送なんて、なかなか息が合わなくて話題が切れたらお互い黙ったり、ペースに巻き込もうとして進行がグダグダになったり、有楽が言ったとおりに放送時間ギリギリまで赤坂先輩からの締め指示に気付かなかったり。
それでも、失敗をなかったことにせずに有楽や先輩と反省会を重ねたことで、今もいっしょにラジオを続けられている。さっきみたいにほどよくリラックスして放送前の打ち合わせができるようになったのだって、ルティが来てみんなでよく話すようになってからだ。
「サスケ殿もカナ様も、そしてルイコ様も、初めからあのようにしゃべることができたわけではないのですね」
「本格的にしゃべる練習をして、俺はまだ1年とちょっとですからね。スタジオに入って、初めてマイクの前に座ったときなんてワクワクよりもドキドキのほうが強かったですよ」
「わかります~。このあいだリリナちゃんと試験放送をしたときに、やっぱりしゃべるととってもドキドキしましたから~」
「私も、ちゃんと声が届いているのかと心配でたまりませんでした」
ヴィエルで初めての試験放送を経験したフィルミアさんとフィルミアさんが、当時の気持ちを話してくれた。そうは言っても、結構堂々としたしゃべりだったと思うんだけどな。
「あたしも、誰かとラジオでしゃべる練習なんてしてなかったから最初は緊張したなぁ」
「話芸が得意なカナでも、そうなるのか」
「声優のスキルとラジオのスキルは全く別だもん。並んで画面と台本を見ながら『演じる』のと、相手と向かい合って『話す』のとじゃ全然勝手が違うよ」
「『えんじる』と『はなす』のちがいですかー……だいほんがあるのとないのとのちがいみたいなものです?」
「大まかに言うとね。演じるときは台本通りに話さないといけないけど、ラジオはちょっとした台本があっても、最終的には自分で会話を組み立てていかないといけないし」
声優としていくつかの仕事をこなしてきている有楽の経験談っていうのも、赤坂先輩とはまた違って興味深いものがある。何回かやっているうちに、すぐ自分のペースへ持っていき始めた恐れ知らずとは思えないぐらいに。
「あとは、ひとりでしゃべる時とふたりでしゃべる時とか、30分しゃべるのと1時間しゃべるのとでも、かなり勝手が違ったりしますね」
「ありますねー。相方がいないのに話題を振りそうになったりとか、時計を見て『まだこれしか経ってないの!?』って思ったりとか」
「このあいだ、事務所のラジオでアシスタントをやってたときのか」
「ええ。社長に、思いっきり苦笑いされちゃいましたよ……明後日のもあたしが担当でしたから、カットされてることを願ってます」
「そして、ネットラジオ用のディレクターズカット版で流されると」
「それだけはっ! それだけは勘弁をーっ!」
ちょいとばかりつついてやったら、有楽が本気で頭を抱えてイヤイヤと首を振った。いつものポニーテールじゃなくてストレートにしているもんだから、ホラー映画の幽霊みたいに長い髪が振り乱されて隣にいるフィルミアさんにまでぶつかりそうで……本当に、申しわけない。
「まあ、ラジオをやっていく以上はこういう風にしてミスや時間とも戦っていく必要があるってわけだ。平気そうに見えて、これでも生放送じゃ結構緊張してるんだぞ」
「このあいだサスケとカナといっしょに〈ばんぐみ〉を作ったときには、我はほとんど緊張しなかったのだが……経験者が言うのであれば、きっと我もそうなるのであろうな」
「うーん」
諭すように言ってはみたものの、相変わらずルティはピンと来ないらしい。
確かに、ルティに出てもらった『ボクらはラジオで好き放題!』の番外編は生放送じゃなくて収録だったし、先輩のラジオで声を収録したのだってまだルティがラジオのことを知らない頃のことだった。
このまま生放送に出したらどうなるかわからないし……うーん、ここはちょっとスパルタだけど、
「先輩、一回ルティを生放送に放り込んでみたほうがいいですかね?」
「えっ」
実際に、ルティに生放送を体験してもらった方がよさそうだ。
「そうだね。テストを兼ねて、今度向こうでちょっとやってもらおうかな」
「る、ルイコ嬢?」
「わたしも、ルティのためにはそうしたほうがいいと思います~」
「姉様もっ!?」
「私も、試すのにやぶさかではありません」
「リリナまでっ!?」
現役の生放送パーソナリティと生放送経験者が言うんだから、きっと3人ともそう思っているんだろう。
「生放送は、慣れるまでが大変ですから」
「ですね~。〈なまほうそう〉はとっても緊張しましたから~」
「一度、エルティシア様の〈なまほうそう〉への耐性を確認したほうがよろしいかと」
赤坂先輩に続いて、フィルミアさんとリリナさんがうんうんとうなずく。
「な、なぜだ? なぜみんなして、我を〈なまほうそう〉で試そうとするのだ?」
「なぜって、そりゃあルティが『きょうのヴィエル』のパーソナリティだからさ」
「エルティシア様、あの番組は〈ろくおん〉ではなく〈なまほうそう〉なのですよね」
「それは、リリナの言うとおりだが」
「でしたら、絶対に〈なまほうそう〉には慣れておくべきです。生放送というのは、言葉だけが直接伝わるものですから」
ここ最近見せていた穏やかな表情じゃなく、真剣な表情のリリナさんがルティをじっと見つめる。
「わたしも、サスケさんに賛成です。やっぱり、こういうことは慣れが必要かと」
「さっきわたしが話した、言葉に詰まったり原稿読みで噛んだりとか、進行で間違えちゃったりとか……あれ、全部生放送で見えなくても、聴かれることには変わりがないんです」
「えっ」
真剣モードなフィルミアさんと、生放送のことをよく知る赤坂先輩の実感がこもった言葉に、ようやくルティの顔色が変わった。
「あたしと松浜先輩の打ち合わせも、生放送をするために欠かせない準備だからねー」
「たった30分の番組かもしれないけど、聴いてくれてる人の30分をもらっているわけだからな。そのあたりは、ちゃんとしておかないと」
そして、俺と有楽も先輩たちに続く。まだコンビを組んでから2ヶ月ちょいとはいえ、生放送を経験してきた者としてそういう経験は話しておきたい。
これまでパーソナリティを経験してきた放送部の先輩たちからの教えでもあるし、きっとルティたちのラジオでも参考になると思うから。
「我は楽しく話せればそれでよいと思っていたが、それだけではダメということか……」
「そうじゃなくて、楽しく話すのにもそれなりの準備が必要だってこと」
「心の準備とか、聴いてもらう人たちに楽しんでもらうための準備とかね。グダグダになった放送を耳にした人たちが『なんだこれ』ってなって、もう聴いてくれなくなったらイヤだもん」
「聴いてくれなくなる……それは、確かに我も嫌だ」
一瞬ルティの表情が沈んだけど、有楽の言葉でまた瞳に力が戻っていった。
「ルティさま、ルティさま」
「ピピナ?」
と、机の上をとてとてと歩いていったピピナがルティを見上げてにぱっと笑ってみせた。
「だいじょーぶです。ピピナもいっしょですから、ふたりでいっしょにまなんでがんばりましょー!」
そして、かわいらしく両手を突き上げる。
いつもの手のひらサイズでも、力強くにぎられた両手のこぶしはとっても力強くて。
「そうか……そうだな。ピピナがともにいてくれるのであれば、きっと百人力だ!」
「そのいきですよっ!」
ルティに、また力強い笑顔を取り戻してくれた。
出会った頃はルティに甘えてばっかりだったのに、こんな風に元気付けることができるなんて『守護妖精』の自称は伊達じゃなさそうだ。
「サスケ、カナ、ルイコ嬢。〈らじお〉の本放送が始まるまでに、我に〈らじお〉の極意とやらを教えてはくれないだろうか」
「極意なんてないって。さっきはプレッシャーをかけるようなことを言っちゃったけど、聴いてくれてる人のことを意識すればそれでいいんだよ」
「それでもだ。ぜひとも、我と〈らじお〉でいろんなことを話してほしい。もちろん、姉様とリリナにも」
見上げるようにして俺をまっすぐに見据えてから、ルティがぐるりとテーブルに座る面々を見渡す。弾む言葉にも、俺はつられるように惹かれて、
「ルティとしゃべるラジオか」
「うむ。このあいだ、サスケとカナとともにしゃべった〈ばんぐみ〉はとってもたのしかったからな。今度は、みんなと〈らじお〉で話してみたい!」
「いいな、それ」
「わたしもいいと思います。面白そうですし、なによりルティさんが始めるラジオですから、ヴィエルのみなさんにも興味を持っていただけるかもしれません」
赤坂先輩の言うとおり、確かにレンディアールの王女が実際にラジオに出ることでいろんな反応があると思う。このあいだのフィルミアさんのラジオでも反響が大きかったんだから、ルティだってきっと興味を持ってもらえるはずだ。
「やるやるっ! あたしも、ルティちゃんともっとラジオでおしゃべりしたい!」
「私も、エルティシア様と〈らじお〉という場でお話ししてみたいです」
「いつもはふたりっきりですけど~、〈らじお〉でいろんな人に聴いていただくというのも面白そうですね~」
「ピピナ、ルティさまのたのしいところをたくさんのひとにつたえちゃうですよ!」
有楽もリリナさんも、フィルミアさんもピピナもすっかりやる気らしい。有楽はもちろんのこと、リリナさんとフィルミアさんもラジオでしゃべる楽しさを知っているし、ラジオをよく聴いてるピピナも絶対に心強いはずだ。
「では、ヴィエルに戻ったら早速その用意をせねば――」
「あの、ルティさん。私からも提案があってですね」
言いかけたルティを制した先輩が、さっきのメールの束を取り出したクリアファイルを持ち上げて胸の前で抱き寄せた。
「タイムテーブルをよく見ていたルティさんならご存じかと思うんですけど、日曜の夜24時から放送されている『若葉市民番組ゾーン』ってありますよね」
「確かに、そのような〈ばんぐみ〉がありましたね」
勢いを削がれたのにもかかわらず、きょとんとしたルティはすぐさま手元に置いていたメモ帳からシワだらけのタイムテーブルを取り出して広げてみせた。
続いて、タイムテーブルの右下……メンテナンス直前の時間帯を指さしたところに『若葉市民番組ゾーン』とだけ書かれた時間帯があった。
「この〈ばんぐみ〉が、どうかしたのでしょうか?」
「実は、その番組を9月の末まで担当するはずだった若葉市のアイドルグループ……えっと、歌ったり踊ったりする人たちの全国デビューが決まって、今月で一旦番組が終わることになっちゃって」
「えっ、『KUWAII-3』が全国に行っちゃうんですか!?」
「お前、よくご当地アイドルとか知ってるな」
「松浜せんぱいがモグリなだけですよっ。それで、空いた枠はどうなっちゃうんです?」
「そのことなんだけど、今週の初めから局で枠を買ってくれるアテはないかって話が出てて……」
ためらいがちに言うと、先輩はそのクリアファイルをそっとテーブルの上に置いて、
「9月末までの空いた枠で、みんなといっしょにラジオができないかなーって思ってね」
俺たちが見えるように、すうっと真ん中へと滑らせた。
「ここに来るまで、ずっとこの企画書を書いていたの」
そのいちばん上に書かれていたのは、番組のタイトルらしい言葉だけ。
シンプルな明朝体のフォントで、飾りっ気がまったくない言葉だったけど、
「『異世界ラジオのつくりかた』……?」
つい口にしたそのタイトルは、妙に心へ響くものだった。
生放送というのは、一発勝負だからこその面白さがあると思います。
逐一変わっていくニュースなどの状況を伝えたり、その日その日の話題が綴られたメールがあったりして。特に長年続けられているパーソナリティさんの熟練した手腕には、聴いていて唸らされるものです。地元埼玉にも、20年以上毎週金曜日の朝9時から夕方6時までの9時間生放送をしている大ベテランのDJさんがいらっしゃいますが、そのパワフルさ具合にはよく舌を巻いています。ヒットチャートでアニソンが入ったときの対応力も面白かったり。
というわけで、今回から第4章「異世界ラジオのまなびかた、ふたたび」の開幕です。
ラジオがどういうものかを学んで、異世界での基礎を作って、少しずつ広めて、今度はもう一度学ぶ番。いよいよ実地での体験となります。でも、それはレンディアールだけではないようで……? どういう展開になっていくのかは、今後のお楽しみにということでよろしくお願いいたします。「放送枠が個人でも買えるの?」とかも、また次回に。




