第27.5話 ふたりの少女と『音』という名のたからもの
今回は、第26話と第27話の間のお話。
スポンジの重みと革の柔らかさが、両耳を優しく包む。
外からの声はほとんどさえぎられて、まるで小さな物音のように。プラスチックの耳当てから離した手でノートPCのソフトを操作すれば、耳元から流れ始めた音の向こうへと消えていきました。
今、私がいるのは部屋の中。
でも、耳元のヘッドホンから聴こえてくる音はそよ風に揺れた木々の音。
時々甲高い鳥の鳴き声も混じって、ひとたび目を閉じれば森の光景が鮮やかに浮かんできます。
機械的な音がなにひとつない、自然の効果音。これだけでも十分の仕上がりなのに、まだまだ続きがあるのです。
しばらくたって、さくっ、さくっと草を踏みしめるような音が近づいてくる。
軽やかな足音はゆっくりと、確実に大きくなっていって……唐突に、途切れる。
『神奈っち、おっけーですよ』
『あの、こんな感じでいいんですか?』
それから5分ぐらいして被さってきたのは、私と神奈っちの声。
低くて起伏がない私の声と違って、神奈っちの声はころころとかわいらしい。姿形は見えなくても、すぐ目の前にいるような息づかいを感じるくらいに。
『おっけーです。超おっけーです。第7話にぴったりな音が録れました』
『せんぱいの中で、7話の森の中ってこんなイメージだったんですね』
『クローンとなったウィルを見てショックを受けて、リューナが家を飛び出す……空也先輩は〈外〉としか書いていませんけど、こういう場所かなと』
『なるほどなるほど。あたしも台本を持ってくればよかったなぁ』
『帰ったら、データーをお渡ししましょう。思う存分に練習してください』
『本当ですか? えへへっ。ありがとうございます、みはるんせんぱいっ!』
ああ……そのかわいらしい声が、私を楽しそうに呼んでくれるなんて。
『ありがとうございます、みはるんせんぱいっ!』
ちょっと戻して、もう一回。
『ありがとうございます、みはるんせんぱいっ!』
またちょっと戻して、もう一回。
『ありがとうございます、みはるんせんぱいっ!』
またまたちょっと戻して、さらにもう一回。
たまたま録れたとってもナイスなテイクに、タッチパッドを操る私の指が自然と動きます。
ノートPCの液晶に映る音声ソフトの波形は無機的なのに、再生してみればこんなにも表情豊か。デジタル技術は冷たいとよく言われますが、ひとたび使いこなせば暖かみを宿せるというのに……避けてしまうなんて、もったいない。
ICレコーダー、通称『れこたろーくん』が作り出した音声ファイルだって、無機的なファイル名を「【効果音】森の中(神奈っちごほうびボイス付き).wav」にすれば、ほら、すぐに神奈っちとの愛の記憶が呼び出せる素敵なファイルになるじゃないですか。
「完璧です。実に完璧です」
「なにが完璧なんですか~?」
耳をおおっていたヘッドホンを外しながらつぶやくと、はす向かいからのんびりとした、それでいてほわほわとした声がかけられました。
「みぃさんではないですか」
顔を上げてみれば、みぃさん――本名・フィルミアさんが私のはす向かいに座っていつものほんにゃりとした笑顔を向けてくれています。
肩を出した青と白のドレスの上に、よりいっそう際立つ白い絹のエプロン姿。レンガで作られたかまどを背にして座る姿は、一国のお姫様とは思えないほどに家庭的で実にグッドです。ついつい、ポケットからスマートフォンを取り出してカメラで撮りたくなるぐらいに。
「どうしたのですか、こんな時間に」
「明日の朝ごはんの下ごしらえをしようと思ったんですけど、みはるんさんが楽しそうだったのでながめていました~」
「……私などを見ていても、面白くはないですよ?」
「そんなことはないですよ~」
つい照れくさくなって、にこにこと笑うみぃさんから視線をそらす。すっかり闇が下りた窓には私の無愛想な顔が映って……みんなみたいな華なんて、私にはないのに。
「みはるんさんこそ、ここでなにをしていらっしゃったんですか~?」
「私は、神奈っちやりぃさんたちが部屋でアナウンスの練習をし始めたので……邪魔にならないように、こちらで作業をと」
「食堂でなくても、応接室を使っていいんですよ~」
「せっかくりぃさんがお掃除したばかりなのに、すぐに使っては悪いではないですか。それに、こちらもなかなか趣きのあるいいお部屋ですから」
「でしたら、いいのですが~」
そらしていた視線を、またみぃさんへ。
きょとんとしていたみぃさんの後ろにあるのは、レンガ製のかまどがふたつと手押しポンプで汲み上げる石造りの水場。電気製品なんて一切ないキッチンと10人は座れる木製のテーブルは、淡いオレンジ色をした陸光星の光とよくなじんで、暖かさすら感じるほどで。
そんな光景の中で、みぃさんはいつもそこにいるかのようになじんだ仕草で、私へ微笑みかけてくれます。
「それで、なにが完璧だったんですか~?」
「昼間に、物見やぐらの近くにあった森で録った効果音がとてもいい出来だったのです。私が思い描いていた以上に綺麗で、鮮やかで」
「〈こうかおん〉ですか~。みはるんさんの得意分野でしたね~」
「はいっ」
ぽんっと合わせる両手がかわいらしくて、ちょっと強めにうなずく私。このあいだの学校でのことを、みぃさんは覚えてくれていたようです。
「もしよかったら、私も聴かせてはいただけないでしょうか~?」
「みぃさんがですか?」
「はい~。みはるんさんがどんな音を保存してきたのか、わたしも聴いてみたいです~」
小首をかしげたみぃさんの短い銀髪が、しゃらんと揺れます。そんな、わくわくした顔を見せられては……
「もちろん、よろこんで」
ふたつ返事に決まっているじゃないですか。
「ありがとうございます~!」
「それでは、このヘッドホンを。と、その前に……目をつむっていただけますか?」
「ええ、いいですよ~」
何の疑いもなく、目を閉じるみぃさん。つぶらな緑の瞳がまぶたにさえぎられても、また別のかわいらしさが生まれて、
「では、行きます」
「わっ」
ヘッドホンをかぶせてあがった小さい声までもがかわいらしいんだから、まったくもってたまりません。
そのままノートPCを操作して、音声編集ソフトの再生ボタンをクリックします。そうすればさっきまで私が聴いていた効果音が再生されて、きっとまぶたには森の光景が広がって……
「はぁ~」
あの、ちょっと待ってください。
「ああ……本当に、森の中ですねぇ~」
まるでお風呂につかっているように、うっとりとするなんて。
昨日いっしょに入っていたときのような表情を、この音声ファイルで浮かべてくれるとは……私まで、うれしくなってくるじゃないですか。
ダメです、もう我慢なりません。
「んしょっと」
パジャマのポケットの中からスマートフォンを取り出して、手早くカメラアプリを起動。ああっ、いいです。液晶の中に収まってるみぃさんwithヘッドホンとか、もう撮るしかないですよ。
本能が求めるがままの勢いで、シャッターアイコンを高速でタップしていきます。パシやパシャというシャッター音はうるさいのですが、密封型な上にそこそこの音量があるWAVファイルなので届くことはないでしょう。私だって、みぃさんが食堂へ来たことに気付かなかったのですから。
きっと、みぃさんの今の意識は森の中。森へ行けばこのような姿は見られるのでしょうけれども、食堂でこんなに美しい表情を撮ることができるとは……ナイスです。ナイスですよ、私。
「なるほど~」
おっと。
ひとつ、くすりと楽しそうに笑ったところでみぃさんがヘッドホンを外そうと手を両耳に伸ばしました。いけません。ばれないようにスマートフォンをしまわないと。
「確かに、森の音に満ちています~」
「日本にも森はあるのですが、私たちが住む街からは遠かったので絶好の場所でした」
ヘッドホンを外すのを手伝いながら、みぃさんの感想に応えます。本場に住むみぃさんの言葉なら、十分な太鼓判と言えるでしょう。
「でも、この音をどうするつもりなんですか~?」
「『dal segno』の効果音に使います。もうすぐ収録する場面でこういう森の中の音が欲しかったのですが、既存のものではどうしてもしっくりくるものがなくて……でも、この音なら大丈夫です。きっと、いいシーンになるはずです」
「それならばよかったです~。『だる・せーにょ』はわたしも大好きなので、どんな場面になるか楽しみですよ~」
「かなり重要なところなので、私もななみん先輩と神奈っちの演技がとても楽しみです」
いくらいい効果音が録れたとしても、この音に乗っかる演技がなければ始まりません。でも、ななみん先輩が演じるリューナと、神奈っちが演じるエリシアであればきっと大丈夫なはずです。
ファンタジーの世界から来た本場の人たちを、こうしてとりこにするぐらいなんですから。
「みぃさんも、今度学校へ収録を見に来ませんか?」
「そのお誘いはうれしいんですけど~……わたしは最後まで〈らじお〉を通して聴いてみたいです~」
「なるほど、それは一理あるかもしれません」
『dal segno』はあくまでもラジオドラマ。目の前で演技を見るのも迫力はありますが、やはりラジオを通して聴くのが本分とも言えるでしょう。
「でも、リリナちゃんは演じ方の参考にと行きたがっていましたから~。そのときは、よろしくお願いしますね~」
「はいっ、お願いされましたっ」
異世界の王女様からのお願いとなれば、聞かないわけにはいかないでしょう。
「明日の録音も、この音が録れたなら絶対に大丈夫です」
「ふふっ、自信たっぷりですね~」
「当然です。私たちには、この『れこたろーくん』がいますから」
短く答えながら、れこたろーくんを胸元へ引き寄せます。
性能はもちろんのこと、こうしてみぃさんも、私自身も魅了するほどに綺麗な音を取り込んでくれたのですから……きっと、大丈夫なはず。
「『れこたろーくん』というのは、この〈あいしぃれこぉだぁ〉のお名前ですか~?」
「はいっ。愛着があるものには名前をつけると長く寄り添うことができると、小さい頃におばあちゃんから教わったことがあるので」
「まあ」
短く驚いて手を口にあてると、またみぃさんがふふっと笑いました。
「わたしも、同じようなことをお母様から言われたことがありまして~……日本で買った〈りこーだー〉と〈ふるーと〉にも名前をつけてるんですよ~」
「本当ですかっ」
「〈りこーだー〉は『くろくん』で、〈ふるーと〉は『ぎんくん』って呼んでるんです」
「それは実にいい名前です」
リコーダーはプラスチックなら黒いのが多くて、フルートなら銀色なのがほとんど。実にシンプルで、愛着が湧きそうな名前ではありませんか。
「小さい頃、お母様から木笛を授けていただいたときに『あなたの音を彩る友なのですから、名前をつけてあげなさい』と~」
「おお……なんと素晴らしい言葉」
「みはるんさんのおばあさまも、きっと身近にあるものを大切にされていた方なんでしょうね~」
「ええ。みぃさんのお母さんも……ということは、この国の王妃様がそのようなことを?」
「小さい頃の教えではありますが~」
私の問いに、ふふっとみぃさんが笑います。
「兄様方や姉様方は忘れていらっしゃるかもしれませんけど……ただ一人、志学期に音楽を選んだわたしへ授けていただいた木笛のことを思うと、どうしてもつけずにはいられなくて~」
さっきの楽しそうなものとは違う、赤らんだ照れ笑い。
ライトノベルやアニメなどで見るお姫様というのは、高貴で近寄りがたい雰囲気をまとっているものです。るぅさんには時折そう感じることがあるのですが……みぃさんには、それが一切ありません。
まるで、私たちと同じ普通の女の子みたいで。
「明日、『れこたろーくん』に『くろくん』たちの音色を保存していただくのが、とっても楽しみです~」
「あの、みぃさん」
表情を見せるのが下手で、全くしたことがないというのに。
「今回は私たちだけでしたけど……今度は、みぃさんとりぃさんもいっしょに森へおでかけをしませんか」
人付き合いなんて無縁だった私は、るぅさんの照れ笑いを見ていたらお誘いをしたくなってしまいました。
「それで、さっきのような音を背景にして『ぎんくん』と『くろくん』の音色を録るんです」
「森の音を背景に、ぎんくんとくろくんの音を……」
私の申し出にぴんとは来なかったのか、しばらく頬に人差し指をあてるみぃさんでしたが、
「それは、とってもいいかもしれませんね~!」
「でしょう?」
身を乗り出して今日いちばんの笑顔を見せてくれたあたり、ジャストフィットな提案だったようです。
「その音を、レンディアールのラジオでも流してみるのもよいのではないかと」
「なら、ぎんくんとくろくんといっしょにたくさん練習しなくてはいけませんね~」
余計かもしれないさらなる提案を、こともなげに受けるみぃさん。るいこ先輩のラジオでアカペラを歌い上げたぐらいなのですから、これしきのことではうろたえないのかもしれません。
それならば、私も全力でれこたろーくんを駆使するまでです。
「れこたろーくんといい、学校で操っていた〈ぱそこん〉といい、みはるんさんは音を操るのが大好きなんですね~」
「操る……といいますか、私は音自体が好きなんです」
「音自体、ですか~」
「はい」
短く返答しながら、胸元へ引き寄せていたれこたろーくんをテーブルへと置きます。
「私が初めて自分だけの部屋をもらった日は雨で、寝るときに電気を消したらしとしとと雨音が聞こえてきたんです。急かすわけでもなく、だからといってゆっくりすぎもしないその音を聴いていたら、そのまま気持ちよく眠ってしまいました」
今でも、その時のことはよく覚えています。
マンションから若葉市にある一戸建てへ引っ越して、私の部屋がもらえた初めての日のこと。とってもおめでたい日が雨で憂鬱だったのに、眠る間際の雨音はとっても優しくて。
「それから、私は音に耳を傾けるようになったんです。雨音だけじゃなくて、ごはんを作るときの包丁やお鍋の音とかに」
「わかります~。包丁のとんとんって音とか、お鍋が煮えてるときのぐつぐつって音は心がやすらぎますよね~」
「そうっ、そうなんですっ」
わかってます。みぃさん、音の良さのことをちゃんとわかっています!
「だから、私はいろんな人が作った音を集めたり、自分でも身近にある音を集めるようになりました。寝る前や起きるときに音が流れるようにして、いい目覚めを迎えられるようにと……今は、さすがにそこまではしなくなりましたが」
「でも、音はこうしてたくさん集めてるんですね~」
「はい。私にとって、音というものはとても大切なものなのです」
小さい頃、おばあちゃんに買ってもらったテープ式のレコーダーを肌身離さずいたことで、引いていったまわりの知り合いはたくさんいる。それでも、私にとっては大切なものでした。
壊れて使えなくなってしまった今でも、お守りとしてかばんの中にしまっているぐらいに。
「わたしは、小さい頃はひとりで眠れなくて、よくお母様やリリナちゃんのベッドにもぐっていて……そんな時に、お母様もリリナちゃんも歌をうたってくれたり、木笛を吹いてくれたりしたんです」
私の告白を継いで、過去のことを話してくれるみぃさん。
その声はどこか懐かしそうで、思い出すかのように瞳も閉じて。のんびりとした口調も、どことなくすらすらと聞こえます。
「その歌声や音色はわたしの宝物で、どうしても忘れられなくて……わたしも、人にやすらぎを分けられる人になりたいって、そう思ったんです~」
「だから、この街にある音楽学校に入学したんですね」
「はい~」
まぶたを開いたみぃさんが、緑色の瞳をこちらへ向けて笑みを浮かべます。
まだ見ぬ王妃様に、みぃさんのそばで付き従っているりぃさん。小さい頃をいっしょに過ごしたふたりからの影響であれば、それは揺るぎのない思い出なのでしょう。
きっと、私の小さな頃の思い出と同じように。
「まだまだ未熟者ではありますが~、いつかレンディアールだけではなく、イロウナやフィンダリゼでもわたしたちの音楽を広めたいなあなんて~……ああっ、これは秘密ですよ~? ここだけの、みはるんさんとだけの秘密にしてください~」
「ええ、いいですよ」
勢い余って言ってしまったのか、あわてるみぃさんに即答しました。だったら、私だけが秘密を聞くのは不公平でしょう。
「私も、同じく秘密にしてほしいことがあります」
「なんでしょうか~?」
不思議そうにきょとんとするみぃさんを見て、私の頬がぴくりと動きます。
珍しいことに、どうやら頬が緩んでいるようで……こんなの、アヴィエラお姉さんやななみん先輩と出会った時ぐらいなのに。
「私がこのICレコーダーに『れこたろーくん』という名前をつけたことを秘密にしていただけないかと」
「でしたら、私のくろくんとぎんくんのお名前のことも~……」
「みぃさんもですかっ!」
「だって、ルティやニホンのみなさんに知られたらはずかしいじゃないですか~!」
「私も、みぃさん以外に知られたら穴を掘って埋まりますっ」
「そうですよね、そうですよね~!」
「では、ここは私とみぃさんの秘密ということで」
「はい~、わたしとみはるんさんの秘密ということで~」
話しているうちに、私たちはいつの間にかテーブルの上で手を取り合っていました。
こんなことは、初めて。
いつもふざけてみせて、一歩引いていた私がこんなことをするなんて。
「みぃさん、こういうときにする約束の歌って知ってます?」
「約束の歌、ですか?」
「日本に古くから伝わる歌で、こうするんです」
私はにぎったみぃさんの手をほどいて、右手の小指同士をからませていきました。
みぃさんは白くて細い指で、私は肌色でほんの少しだけ長い指。それをきゅっとからませると、指のお腹からみぃさんの体温が伝わってきます。
「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます。ゆーびきーったっ」
節を付けながら、リズムごとに上下へ揺らしていた指を最後に外します。
小さな頃から、お母さんやおばあちゃんとことあるごとにしてきた約束。それを、こうして時間を飛び越えて、全く違う世界で教えることができるなんて……まるで、夢みたいじゃないですか。
「か、かわいらしい歌ですけど~、〈はりせんぼん〉ってなんですか~?」
「文字通り、とがった針を一千本です」
「そ、そんな契約を~!?」
おやおや。ただの脅し文句なのですが、本気にとられてしまいました。
「みぃさん、これはただの例えです。それだけの覚悟をもって約束しているというだけで」
「そういうことでしたか~……では、今度はわたしもやってみましょうか~」
「はいっ」
今度は、みぃさんが差し出した小指を私が小指をからめ取ります。
やっぱり、みぃさんの指はあったかくて、ほんわりとして。
「「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーますっ」」
さっきはひとつだった歌声が、ふたつに重なるだけでもっともっとあたたかくなるなんて……そんなこと、思いもしなくて。
「「ゆーびきーったっ♪」」
ついつい、本当についつい、私は声をはずませていました。
「ふふっ」
それがなんだかおかしくて、思わず笑ってしまいます。
「あははっ」
続いて、みぃさんからも笑い声。
それはまるで、子供のころに戻ったようで。
「これからもよろしくお願いします、みぃさん」
「わたしこそ、よろしくお願いします~」
今まで数えられるぐらいしか言わなかった言葉が、自然と出てきます。
「音仲間として、みはるんさんにはいろいろ教わらなければ~」
「私も、みぃさんにこの世界の楽器のことなどを教えていただきたいです」
「でしたら、今度こちらへ来たときは体験入学でもしてみますか~?」
「体験入学なんてできるんですかっ」
「はい~。そこで、わたしがいろんな楽器を弾いたり吹いたりして、みはるんさんが録音して~」
「それは願ったり叶ったりです!」
まだ会ったばかりの私とも、こうしてのんびりとみぃさんのペースで話してくれる。
それはとても心地がよくて、私もそのペースにいつの間にか乗っていました。
松浜くんと神奈っちがうらやましくて、いっしょについてきた異世界で。
わたしは、17歳になってから初めてのお友達と出会うことができたのかもしれません。
音というのは不思議なものでして、過去に聴いたのと似た音をきっかけにして映像の記憶まで呼び起こされるなんてことがあります。それは音楽に限らず、日常の物音でも。自分なんかは、母が昔ミシンを使った仕事をしていたので、今でもミシンの音を聴くと小さい頃の記憶が呼び起こされます。
今回は、そんな「音」が大好きなふたりの少女のお話でした。
来週からは第4章を開始する予定ではありますが、明日よりちょっと環境が変わるのでもう一編番外編を投稿する可能性を予告しておきます。




