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第25話 異世界少女(?)と授業のお時間

 大きな部屋の真ん中にある、大きく四角い机。

 それぞれ4人ずつは座れそうな机に向かっているのは、俺と中瀬と有楽の3人だけ。

 いつもなら奇行をしたり騒がしかったりするふたりだけど、さすがに高校のテスト勉強っていうこともあってか静かに教科書とにらめっこしてノートへと書き込んでいる。

 白地に「絶品」って筆書きされたTシャツ姿の中瀬は、俺の真向かいで世界史の教科書と格闘中。赤地に黒の模様が入ったパーカーを羽織った有楽は、数学Ⅰの教科書とにらめっこしながら中瀬のほうを見たりして、


「あのー……みはるんせんぱい。ちょっと教えてください」

「なんでしょうか」

「えっと、整式のほうがちょっと」

「乗法ですか? それとも、減法でしょうか?」

「あ、あははははは……加法も含めて全部です」

「……神奈っち、数Ⅰの最初も最初じゃないですか」

「す、数学は苦手なんですよー! 中学の頃からずーっと!」


 時々、こんな風に中瀬へヘルプコールを仕掛けていた。


「その前に聞きたいのですが、何故神奈っちは松浜くんに聞かないのでしょう」

「せんぱい、数学はさっぱりだから聞くなって」

「松浜くん?」

「俺だけは絶対やめとけー」


 そんな俺が目を通しているのは、現代文の教科書。このあいだまで授業でやっていた『世界が忘れた落とし物』っていう短編小説を改めて読み解いてるわけだけど『〈スパナのような骨〉を隆春がどのような思いで振りかざしたか』とか言われても、なにが満点の正解になるのかとかさっぱりわからない。そのあたりの描写が、原作でもバッサリ切られてるしさ。


「数Ⅱはいったいどうするんです?」

「桜木姉弟直伝の一夜漬けで」

「あたしも数学はそうしようと思ったんですけど、やっぱり不安で」

「神奈っちはよくわかってます。松浜くんはそのまま赤点になってしまえ」

「残念ながら、俺や先輩のヤマはよく当たるもんでな」

「ロクデナシな先輩後輩ですねっ」

「はっはっはっはっ」


 1年1学期の中間テストで40点を取って、焦って期末で数Ⅰ重視にしたら他の教科まで巻き添えのボロボロだったからそうしたってまでですよ。ええ。


「まったく、進学はどうするつもりなんだか」

「俺は日文学科志望だから、数学とかほとんど関係ないし」

「で、本命でポカをかますパターンと」

「予言すなっ!」


 相変わらずの無表情で言うもんだから、思わず身を乗り出してツッコミを入れちまった……学年順位ひとケタの常連に言われたら、シャレにならねえよ。


 イロウナ商業会館での騒動から、一夜明けた午前中。

 朝飯を食べ終わった俺たちは、空き部屋を借りて高校の中間テストに向けた勉強をしていた。

 ここにはもちろんテレビがないし、携帯ゲームも持って来てない上にスマホは通信不可。その上フィルミアさんが音楽学校へ行ってルティがリリナさんから講義を受けているから、何の誘惑もなくひたすらに勉強に打ち込むことが出来た。

 とはいっても、朝8時から2時間ほとんどぶっ続けで勉強していればさすがに飽きもしてくるわけで。


「松浜せんぱい、午後の用意はできてます?」

「ああ。中瀬のほうは大丈夫か?」

「当たり前じゃないですか。国境地帯へ行くということで、装備はしっかり整えてきました」


 だらだらとした雰囲気になっていくうちに、外出する午後のことへと話が移っていた。


「装備?」

「はい。とりあえずは、こんなものを」


 中瀬は身をかがめると、机の下からテーブルの上へカバンを置いてそのままチャックを開けた。続いて中から取り出したのは、大きめなマイクつきのICレコーダーともこもこした風除け――ウインドスクリーンに、縮めてあるモップのハンドル?


「ICレコーダーとウインドスクリーンはわかるけど、モップのハンドルとかどうするんだよ」

「それはもちろん、このように使うのです」


 自信ありげに言った中瀬が、ICレコーダーのストラップをモップのハンドルの先へとフックのように引っかける。その部分を養生テープでグルグル巻き付けて、毛でもこもこしたウインドスクリーンをマイクに取り付けてからハンドルを伸ばすと――


「てれれてっててーん。マイクブームー」

「自分でSEを付けんな」


 どこぞの青い猫型ロボットが道具を取り出したみたいに、自信ありげなポーズをとりながら即席の竿――正式名称『マイクブーム』を掲げてみせた。


「これって、よくテレビの収録とかで見かけるやつですよね? いったい何に使うんです?」

「もちろん、効果音の収録に決まっています」

「中瀬、お前ついに収録まで手を出すのか」

「だって異世界ですよ? 『dal segno』にぴったりなんですよ? 異世界の町とか自然の効果音なんて、録りたくて録れるものではないじゃないですかっ」

「そりゃあ、確かにそうかもしれないけど……つーか、このレコーダーいったいいくらするんだよ。立派な画面とかボリュームとかたくさんあるし」

「4万円ですね」

「よ、よんまっ……!?」


 こ、こいつ、高校2年生にして個人で4万円のレコーダー持ちだと……!?


「思えば、今日という日のためにこの子と出会ったのかもしれません。バイト代を持って秋葉原を歩いていたらこの子が目に止まって、この2つのマイクの輝きがまるで『買って? ねえ、ボクを買って?』と言っているかのようで……ついついお小遣いまで使って買ってしまったのですが、今日、いよいよ、この日が、この子のデビュー戦となるのですっ!」

「わかったから! わかったからその大事な子を俺に突き付けるな!」


 ぶつかるから! ぶらーんぶらーんしてぶつかるから! 無表情で力説も怖いから!


「クリアな環境音をXYマイクで取り込み、そのマイクもオプションで取り替え放題。バッテリー満充電からの録音時間は20時間以上で音質も44.1キロヘルツ16ビットから96キロヘルツ24ビットまでと至れりつくせりとくれば、効果音どころかライブのハイクオリティな収録まで可能なわけで……ああっ、レンディアールの皆さんが演奏する楽器や歌の収録なんていいですね。絶対素晴らしいですねっ!」


 すっかりスイッチが入ったみたいで、いつもは抑揚の無い中瀬の声にどんどん興奮が混じっていく。つーか、目がぐるぐるしてるぞコイツ!


「あの、どうされたのですか? 少々騒がしいようで――」

「りぃさん、ひとこと」

「ひっ!?」

「こらっ、リリナさんにぶつかるだろうがっ!」


 ドアを開けて部屋をのぞき込んできたリリナさんへ、中瀬がマイクブームに釣られたICレコーダーをずいっと突き付けた。ほら、リリナさんびびってるからやめなさい!


「な、なんなのですか? このごつごつとした機械は」

「あー、中瀬ご自慢のICレコーダーらしいです」

「あいしぃれこぉだぁ……ルイコ様が持ってらっしゃるのに比べて、かなり大きいようですが」

「その分高性能なのが、この『ろくじぇい』くんのお利口なところです」

「『くん』付けかよ」


 そのうち、ほおずりとかなでなでとかしたりせんだろうな。話しかけたりとかやめてくれよ。


「ところで、リリナさんはどうしてここへ? もしかして、うるさかったですか?」

「それがないとは言いませんが、エルティシア様への講義が終わったので様子を見に来たのです。勉強をなさると仰っていたのに、まさかおしゃべりに興じているとは」

「いやー、2時間もぶっ続けでやってるとさすがに飽きてきちゃって。ルティちゃんは休憩中?」

「エルティシア様ならば、先ほどピピナとともに買い物へ出られました。ふたりで、昼食用のサンドイッチ作りに挑戦してみるとのことでしたので」

「サンドイッチ……るぅさんとぴぃちゃんの手作り……」

「おーい、よだれ、よだれ」

「はっ」


 俺が指摘したとたんに、後ろを向いた中瀬がごしごしとハンカチで口の周りをぬぐう。向き直ってまた無表情になった顔がちょっと赤いのは、ご愛嬌ってことにしておこう。


「じゃあ、あたしも手伝ったほうがいいのかな」

「そのあたりは大丈夫かと。先日、ピピナにある程度のことは教えておきましたから」

「そっか。最近のリリナちゃん、ピピナちゃんとすっかりなかよしさんだね」

「皆様のおかげです。近頃は、いっしょにベッドで眠ってくれるようになりました」

「そこにあたしが入る余地はあるかな?」

「私も」

「ねーよ。姉妹の時間を邪魔すんな」


 気持ちはわからなくないけど、さすがに仲直りしたての姉妹の間に入るのはどうかと思うぞ。


「では、りぃさんも昼頃までは予定がないというわけですか」

「そうですね」

「では、少々お願いをしたいのですが」

「はい。私にできることであれば、なんなりと」


 無表情のまま目を輝かせている中瀬を見てると、また何を言い出すんだって不安が――


「せっかくこの場にいらっしゃったので、りぃさんに授業をしてもらえないかと」

「授業、ですか?」

「はい。この世界のことを、私に教えてほしいのです」


 芽生えたところで聞こえてきたのは、意外にも普通のことだった。


「えっ……ああっ。確かに、みはるん様にはまだ説明しておりませんでしたね」

「ただ『レンディアール』という異世界があると聞いて街を歩いたっきり、まだ何も知りません。私もラジオ作りのお手伝いをするからには、基本は押さえておきたいです」

「それいいですねっ。松浜せんぱい、いい機会だからあたしたちも詳しく教えてもらいましょうよ!」

「そりゃあ、俺も願ったり叶ったりだけど……リリナさん、大丈夫ですか?」

「ええ。そういうことであれば、喜んで授業をさせていただきます」


 俺たちのお願いに、執事服でメガネ姿のリリナさんがにっこりと応えてくれる。背中の透明の羽もぱたぱたしているあたり、うれしい申し出だったらしい。

 昨日、商業会館から帰ってからずっとルティといっしょにアヴィエラさんに付き添ってくれていたし……本当、頭が上がらないや。


「ありがとうございます、リリナ先生」

「リリナせんせー」

「りぃさん先生ですか。確かに、そのようなたたずまいにも見えますね」

「せ、先生だなんて。私、複数の人たちへ教えるのは初めてなのですが」

「大丈夫だよ。ルティちゃんにやってるみたいに教えてくれれば」

「そうそう、いつも通りで」

「では、そのようにいたします」


 ちょっと顔を赤くしながら、それでいてまんざらでもなさそうに机の近くにある黒板の前へと立つリリナさん。木箱から白いチョークを取り出すと、縦に長い楕円をささっと描いていった。

 続いて、その内側へもうひとつ小さい円を描いてから、さらに小さい円を描き込んでいって、


「まずは、レンディアールのことから参りましょう。我が国はこの大陸の中央にあり、まわりを『円環山脈』(えんかんさんみゃく)と呼ばれる山々に囲まれています」


 説明しながら、いちばん小さい円とその外にある円の間を白く塗りつぶしていった。なんだか、まるで目を縦にしたみたいに見えるな。


「この街――ヴィエルは北側の山脈の近くにあって、首都である中央都市は文字通りこの大陸の中心部に存在します。その中央都市におわせられるのが、レンディアールの国王であるラフィアス・オルト=ディ・レンディアール様と、王妃であるサジェーナ・フェリア=ディ・レンディアール様。おふたりは、フィルミア様とエルティシア様を含めた7人の王子、王女のご両親でもあらせられます」

「松浜くんと神奈っちは、国王様と王妃様に会ったことがあるんですか?」

「会ったことはないぞ。でも、サジェーナ様はこの街の出身で、ラフィアス様もここに一時期住んでたんだってさ」

「今のるぅさんとみぃさんみたいにですか」

「仰るとおり。この時計塔はヴィエルだけではなく各都市に作られ、少年期から青年期に至るまでの志学期を過ごす王族の住まいとなっているのです。現在も、フィルミア様とエルティシア様の5人の御兄姉が各地でラフィアス様の補佐をなさったり、志学期を過ごされたりという生活を送っておられます」


 そう言いながら、ヴィエルと中央都市のあたりにつけていた点々をバラバラに5つ増やしていった。ヴィエルの近くにもひとつあるってことは、そのあたりにルティのお姉さんかお兄さんがいるってことなのか。


「次に国土ですが、レンディアールはこの円環山脈を除いて概ね平地で構成されており、そのほとんどを農地が占めております。昨日一昨日とみはるん様がサラダなどでお気に入りだった野菜や果物などは、全てこのレンディアールで作られて流通しているものなのですよ」

「あの大きなブドウとかみかんの味がするリンゴに、プリンみたいに甘いカボチャもですか?」

「もちろんです。既存の農作物の品種改良はもとより、それらを掛け合わせた新しい農作物の研究も日々行われて各地で量産されております。もちろん、国内だけで全てを消費することはできないので――」


 そこまで言ったところで、黒板に向き直ると、


「北側に接する魔術国家・イロウナと」


 中央都市を表す点から北側、そして南側へと矢印を描いて、


「南側に接する創造国家・フィンダリゼへと輸出し、交易を行っております」


 見事なカタカナで「イロウナ」「フィンダリゼ」って書き込んでいった。


「……あの、文字はこれで合っておりますよね?」

「ばっちりだよ! るいこせんぱいに教えてもらってたのだよね」

「ええ、エルティシア様とともに。私のはまだ未熟ではありますが」

「大丈夫ですって。とっても見やすいですよ」

「フォント……無理ならば、版画にしたいくらいですね」

「お世辞でも、そう言っていただけるとうれしいです」


 にこりと笑ってみせるリリナさんだけど、最後に中瀬が言ったのはお世辞でもなんでもないと思う。こいつの場合、ほとんどはストレートな物言いだし。


「では、話を戻しましょう。レンディアールから輸出した農作物が両国へと渡るように、イロウナからは魔術で作られた産品が、そしてフィンダリゼからは機械などの様々な品が渡って参ります。しかし、円環山脈が東西の海岸へと迫ってきている関係上、イロウナとフィンダリゼの交易は海上でしか行うことはできません」


 そう言い切って、東西の両岸へ小さく×印をつけていく。


「それを補うために設置されているのが『商業会館』で、レンディアールの各国にある商業会館を通じてイロウナとフィンダリゼが交易できるように差配されております」

「ヴィラ姉が住んでるところだっけ」

「その通り。イロウナの国境と接しているこのヴィエルでは、イロウナ国内で商会を統べている一族のアヴィエラ様が会館の長を務められているのです」

「アヴィエラさんって、そんな偉いひとだったのですかっ」

「は、はい」


 目を輝かせて驚く中瀬に、一瞬リリナさんの言葉が詰まる。

 確かに、偉い人ではある。偉い人ではあるんだけど……いろいろ複雑なんだよ、今のアヴィエラさんは。

 昨日それを目の当たりにした俺もだし、昨日事情を聞いていたリリナさんも多分複雑なんじゃないかな。


「おほん。また、レンディアールからもそれぞれの国に商業会館が設置され、レンディアールで広まっている新しい作物や料理などを各国のご家庭でも味わっていただけるよう、料理の教室などを開いております」

「じゃあ、レンディアールとイロウナとフィンダリゼってずっとなかよしなんだね」

「そう言っても過言ではないでしょう。各国が成立していく300年ほど前から現在に至るまで、この友誼はずっと続いております」

「300年……その前は、別の国家があったのですか?」

「明確に『国』と呼べるものは存在しておりません。元々、この大陸は『精霊』とその娘――私たちのような『妖精』だけが住んでいたところへ人々が流れてきて、集落から国へと発展していったので」

「じゃあ、元々この大陸には人間がいなかったってことか」

「そういうことになります。せっかくなので、この大陸に人々が住まうようになった経緯もお話ししておきましょう」


 ふむと息をついたリリナさんは、まだ何も黒板に描かれていない左側へ移動すると大きな四角形をチョークで描いていった。


「事は500年前。この大陸で国を立ち上げることになる3つの民族が、今は『消え去りし楽園』と呼ばれる遠い大陸に住んでいた頃までさかのぼります」


 そして、四角の上に「きえさりしらくえん」と書き加えていく。


「『消え去りし楽園』は、多様な民族であふれていたと伝えられています。都市も集落も雑多な民族により成立して栄華を誇っていたのですが、その雑多な民族も世代を経るにつれて情勢が変化していきました。サスケ殿、どういうことかわかりますか?」

「えーっと……いっしょに生活していくうちにその都市とか集落ごとで結束していったとか、そんな感じですか?」

「惜しいですね。正解は『血が混じって受け継がれて、新しい民族へと変化していく』ということです」

「あー……その新しくできた民族同士で、ぶつかり合いが起きたと」

「御名答。『消え去りし楽園』の中では、様々な勢力が誕生する度に争いが起きていきました」


 言いながら四角の真ん中あたりに描き込まれたのは、3つの小さな丸。その左にひときわ大きな丸を描くと、そこから右側へ矢印を伸ばして、


「その中に、大地の実りを育てたり、魔術を込めた石で人が持つ力を助けたり、風変わりな物を作って人々への利を生み出す民族がいました。集落も近い彼らは互いを補い合い、結託して自らの生活を守ろうとしましたが、それ以上に早い速度で侵略を図る勢力によって『消え去りし楽園』の端へと追いやられてしまいます」


 3つの小さな丸の上にバツを書いてから、改めて3つの小さな丸を四角形の右端へと描いていった。


「このままでは3つの勢力とも滅亡してしまうと考えた彼らは、幾晩も話し合って大陸から脱出することを決めました。作った船を魔石で走らせ、大地の実りを糧にしてどこかの島へ流れ着いたら、時を見計らって再び大陸へ戻ろうという望みを抱いて」


 そこからぐいっと描き込まれた矢印が、レンディアールのある大陸へと向かう。


「彼らは、長い時を何百にも連なる船の上で過ごしました。その果てに流れ着いたのがこの大陸で、私たちの母でもある精霊たちは初めて『人間』という存在と出会ったのです」

「あの……そこで、何か争いが起きたりはしなかったのでしょうか」

「幸いなことに、何も。私たちの一族は戦いを好みませんし、流れ着いた方々も『戦う』ことよりも『守る』ことを選び、その末に大陸を追われてしまった方々でしたから。それぞれの民族の代表は、再起を期す時までこの地にいさせてほしいと精霊に申し出たのですが……島の(おさ)とも言える精霊の3姉妹は、揃って首を横に振りました」

「まさか、それって拒絶とかじゃ」

「いいえ」


 俺の問いに、リリナさんがちょっとだけ困ったみたいに微笑む。


「『だったら、みんなここに住んじゃいなよ』と」

「は?」


 え、ちょ……あのっ、あまりにもフランクすぎやしません!?


「人間という存在もそうですが、人々が手にしていた食糧や道具に魔法などに興味を抱いたのでしょう。代表のひとりからオムスビをもらって食べた『豊穣の精霊』――私の母はそう言って、流れ着いた人たちにまた作ってほしいと願ったそうです」

「つまり、おにぎりひとつでこのレンディアールが成立したってことですか?」

「そう言われるのも……まあ……やむを、得ませんね……」


 あー、さらに困ってるし。図星だったか……


「で、ですがっ、代表者へこの大地へ住まうように話したのは母だけではありません。海を渡ってきた船のつくりに興味を抱いた『創造の精霊』様と、その船を動かすために使ったという魔石を気に入った『大気の精霊』様もまた、それぞれの民族にどのようなものかを教えてほしいと願ったそうです」

「ずいぶんフレンドリーな精霊さんたちなんだねー」

「先ほども申しましたとおり、精霊や妖精たちが『傷つけ合う』ことを知らなかったのが大きいかと思います。また、流れてこられた人たちから害意が感じられなかったというのもあるのでしょうね」


 慣れた口ぶりで、リリナさんがイロウナの北端から各国へと矢印を書き込んでいく。


「結果として、人々と精霊は友誼を結び、この大陸で共に過ごしていくようになりました。豊穣の精霊は自然豊かな中央部へと実りを育てる民族を導き、創造の精霊様は物作りが得意な民族を森林などの資源が豊かな南方へ。大気の精霊様は季節の移り変わりで大気中の魔力が磨かれる北方へと魔術を持つ民族を導いて、その3つの集落がレンディアール、フィンダリゼ、イロウナという国として発展し、今へと至っております」

「なんというか……平和に国が出来ていったんですねえ」

「ええ、実に平和な成り立ちかと」


 あまりもの平和さで漏れ出てきた俺の言葉に、リリナさんは微笑みながら大きくうなずいた。まあ『消え去りし楽園』から追い出された苦難があったぶん、そうやって平和なうちに友達になれたのかもしれないけどさ。


「りぃさん先生、そのあと『消え去りし楽園』はどうなったのでしょうか」

「私も詳しくはわからないのですが、国として成立してから外交のためにと三国で探したものの、かつての大陸は影も形も見当たらなかったという記録が残っているようです」

「文字通り『消え去りし楽園』ってことか」

「方角も距離も、何もかもが人々の間から失われていったのですから仕方のないことなのかもしれません。現在では、歴史書でのみ語り継がれている存在となっております」


 タイミングを見計らったように、リリナさんが布巾で『消え去りし楽園』側の大陸を拭って消していく。残るチョークの白い痕はまるで霧のようで、消えた大陸を表しているようにも見えた。


「なるほど。では、それからはずっと平和なんですね」

「はい。互いの国を尊重するという約定は今でも3精霊の名のもとで生きておりますし、外からの侵攻も今日まで一切ありません」

「そうじゃなきゃ、王様とか王女様たちが農作業を楽しめるくらいにのんびりした雰囲気にはなりませんよね」

「他の国でも、イロウナの王族は魔術の研鑽のために街から街へとさすらったり、フィンダリゼの王族は国民の方々とともに機械工作のお披露目大会を開いたりしているそうですよ」

「どこも平和すぎませんかね!」


 要は、魔術修行とDIY大会ってことだろ? 平和にも程があるだろうが!


「どの国も王族と国民の距離が近いからこそ、平和を保てているのかもしれませんね」

「ですが、全部が全部平和というわけではありません。それぞれの国になじめなかったはぐれ者が徒党を組んで、円環山脈へと潜み、街やその周辺を襲うという事柄が以前より発生しているのです」

「このあいだルティが襲われた件ですか」

「ええ。あの時はイロウナから流れてきた者がレンディアールの賊と合流し、国境沿いで潜んで追いはぎを行うつもりだったそうです。よもやレンディアールの王族が来るとは思わず、焦ってエルティシア様を捕まえようとしたようで……まこと、忌々しい」

「あ、あのー、リリナさーん」


 その時のことを思い出したのか、リリナさんの声のトーンがどんどん下がって最後には呪いをかけるようにかすれていった。よっぽど、賊を根に持ってるんだろう。


「リリナちゃん、その賊の人たちって今はどうしてるの?」

「今なお中央都市で勾留されております。数ヶ月もすれば、裁判の後に本国への強制送還や農作業が待っていることでしょう。まあ、レンディアールの者が罪を起こした場合でも重罪でない限りは再び生活ができるようには差配されますが――」


 そこまで言ったところで、リリナさんはくちびるの端をニヤリと歪ませると、


「2度目は、ありません」

「怖っ!?」


 全然目が笑ってない笑顔で、そうきっぱりと言ってみせた。


「リリナちゃん、ダメっ! その顔はダメだって!」

「おお……なんと素晴らしき戦姫のオーラ」


 さすがの有楽もビビッてるってのに、中瀬はなんでうっとりとしてるんですかね! トンチンカンなことを言ってるけど、全然そんなのじゃないから!


 その後も、リリナさんはレンディアールやヴィエルについての授業を続けてくれた。レンディアールにある街の特徴や、フィルミアさんが通っている音楽学校のこと。残る5人のお兄さんやお姉さんのことに、この街の年中行事のこととかを目いっぱい。

 日頃ルティに教えているってこともあってかリリナさんの授業はとてもわかりやすくて、新しくレンディアール用にと書き込んだノートのページがどんどん進んでいった。


 ――知らない世界のことを一から学んでいくのって、こんなにも楽しいんだな。


 いつもだったら、目を輝かせて聞いている中瀬と有楽に冷ややかなツッコミを入れるところなのが、俺もいっしょになって熱中しているぐらいで。


「皆、昼食の用意ができたぞ」

「おひるごはんですよー」


 ルティとピピナが俺たちを呼びに来た頃には、もう時計はとっくにてっぺんを回っていた。


「申しわけありません、エルティシア様。用意を全てお任せしてしまって」

「構わぬ、ピピナも手伝ってくれたからな。……ん? この黒板の文字はリリナのか?」

「はい、レンディアールのことを教えてほしいとのことでしたので、授業のような形で教示させていただきました」


 色々と書き込まれた黒板を見てのルティの言葉に、リリナさんが照れ笑いを浮かべる。執事服姿でのこういう表情も、とてもかわいらしい。


「皆、リリナの授業はどうだった?」

「レンディアールができるまでとか、いろいろ楽しく教えてくれたよ」

「とてもわかりやすかったです。これからはりぃさん先生と呼ばせてください」

「だっ、だからっ、私は先生ではありませんからっ」

「いや、とてもいい先生っぷりだったと思いますよ」

「だろう?」


 恥ずかしがるリリナさんをフォローすると、ルティは誇らしそうに両手を腰へとあててみせた。


「リリナのわかりやすい授業のおかげで、我も様々な物事へ興味を抱いたのだ。無論、ミア姉様もな」

「なるほどな。リリナ先生様々ってわけか」

「だから、サスケ殿っ!」

「ねーさま、てれてれですねー」

「ピピナっ!!」

「ほらほら、リリナさんが真っ赤になってるからあんまりつっつくなって」

「はーいですっ」


 板についてきたメイド服姿で、ピピナがしゅたっと右手を挙げる。

 かわいらしくて明るい、リリナさんの妹。ってことは、母親は同じ豊穣の精霊さんなわけで。


「お前って、お母さん似だったりするのか?」

「どーゆーことです?」

「さっき、リリナさんの授業でレンディアールの成り立ちを聞いたんだよ。豊穣の精霊さんがおにぎりを気に入ったのがきっかけだって」

「なっ!? ち、ちがいますよー! ピピナは、かーさまほどくいしんぼーじゃないですっ!」

「そっちかよ!」


 おおぅ、ほっぺたをふくらませてぷんすか怒ってるよ。


「くにができたきっかけはほんとーですけど、ピピナはそこまでくいしんぼーじゃないですっ! ぜーんぜんちがうですっ!」

「ごめんごめん。ほら、赤坂先輩の家でもよく食べてたからさ」

「オムスビは、レンディアールとピピナたちよーせーとのこころのかけはしですからねー。それをぬきにしても、るいこおねーさんがにぎったオムスビはとってもおいしーですよ」

「じゃあ、先輩のおにぎりは日本とレンディアールの架け橋ってわけだ」

「そーいっていーかもしれません。でも、ピピナがかーさまよりくいしんぼーじゃないのはたしかですからっ」

「はいはい」


 どうしてもそこは強調したいのか。でも、俺から見てとんでもなく食いしん坊なピピナがそう言うってことは、豊穣の精霊さんっていったいどれだけ食べるんだろう……リリナさんも、華奢に見えて結構食べるほうだし。


「ぴぃちゃん、ぴいちゃん」

「どーしたですか?」


 声がしたほうを向くと、中瀬と有楽が黒板の近くで手招きをしていた。


「ピピナちゃん、リリナちゃんの隣に立ってくれるかな」

「べつにいーですけど……って、その〈すまほ〉と〈でじかめ〉はなんなんですかっ!?」

「昨日ピピナちゃんを撮れなかったから、今日こそリリナさんといっしょに撮りたいなーって」

「執事服のりぃさんにメイド服のぴぃさん……完璧です、完璧すぎますっ」

「ふ、ふたりとも、めがこわいですよっ」


 ピピナの言うとおり、貼り付けたような笑顔で迫ってくるあたり結構怖い。こいつら、かわいいものを見ると本当に見境がないのな。


「おいおい、あんまりピピナをいじるなよ」

「御心配には及びません、サスケ殿」


 俺が釘を刺そうとしたところで、リリナさんがピピナの隣に立ってその肩をぽんと叩く。


「私は、望むところですから」

「ねーさまっ!?」

「リリナさんっ!?」


 って、リリナさんまで有楽や中瀬と同じ笑顔になってるし!


「さあ、姉妹でともに撮っていただこうではないか」

「わ、わかったです! わかったですから、せまってくるのはやーですよー!」

「はーい笑ってー!」

「視線はこっちです」

「ほら、あのレンズに笑顔を向けるのだ」

「どーしてこーなるですかー!」


 迫ってくる有楽と中瀬だけじゃなく、いつもと違うリリナさんの振る舞いですっかり怯えているピピナ。今ここに割り込んだりしたら、何をされるかわかったもんじゃないな……


「もしかして、昨日の撮影会ではまっちまったのか?」

「どうもそうらしい」


 カシャカシャとシャッター音が響く中、ドアの前にいたルティへ話しかけると俺へ苦笑を浮かべてみせた。


「なんか、うちのバカふたりのせいですいません」

「よい。今までが堅すぎたのだし、姉様も今のリリナがちょうどよいと仰っていたぞ」


 そうは言うけど、あのクールなリリナさんもよかったんだよなぁ……本当、どうしてこうなった。アレか。有楽が導火線で中瀬が着火しちまったか。


「結果的に、リリナはよい仕事をしてくれた。昨晩のことは知られなかったしな」

「それは、まあな」


 昼間は俺たちがアヴィエラさんと話している間の目くらましをしてくれたし、夜もルティとアヴィエラさんの護衛を務めてくれた。その上で楽しんでくれてるのなら、まあいい……のかな?


「そうそう。先ほど、商業会館へ行って来た」

「おお、どうだったよ」

「アヴィエラ嬢は元気に接客をしていたが、イグレール殿の姿は見なかったな」

「さすがに、昨日の今日じゃすぐ事は運ばないか」


 時計塔に泊まったアヴィエラさんは、みんなが起きる前に商業会館へと帰っていった。『いっちょ、がんばってくる』って書き置きを残したあたりは気合十分みたいだから、心配はしなくていいのかな。


「じっくりと話すから、しばらくはこちらへは来られないらしい。サスケへの伝言だ」

「そっか。んじゃ、俺たちは俺たちができることを進めて待つとしますか」

「うむ、そうしよう」


 アヴィエラさんにやることがあるなら、俺たちにもやることがある。午後からは国境近くで受信実験があるし、無電源ラジオの量産計画とか番組のことも考えなくちゃいけない。課題は山積みだ。

 でも、それに向きあう前に……


「はーいリリナちゃん、ピピナちゃんの後ろにまわって抱きつくみたいにしてー」

「このようにですか?」

「いいですねいいですね。ふたりの蒼い髪のコントラストがとてもマッチしています。ナイスですよー」

「ね、ねーさまがだきついてくるですっ! こんなのどーしたらいーんですかー!」

「考えるな、感じろ」

「わけわかんないですよーっ!」


 しばらくはカオスな撮影会が続きそうだし、この部屋で昼飯としますかね。


「サンドイッチ、ここへ持ってくるか」

「そうだな、我も手伝おう」


 俺たちは顔を見合わせながら、言葉をかわして勉強部屋をあとにした。




「さ、さすけっ、ルティさまっ、どこにいっちゃうですかー!?」




 すまん。俺にそこへ入り込む勇気はない。


 ちょっと小休憩な第25話なのでした。

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