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第22話 異世界少女たちと音芝居

『ね、ねえ……なんなの、その、棺みたいな箱は……』

『棺? バカにしないで。これは、お兄ちゃんが遺した希望の箱だよ』

『希望の箱?』

『なんだ。お兄ちゃん、お姉ちゃんには教えてなかったんだ……いっしょにお仕事をしていたのに』


 頭上のスピーカーから、女の子の声が降り注いでくる。

 片や、大人びた女の子の震えるような声。

 片や、可愛らしい声色なのにわざとらしく嘲るような幼い声。


『これは、もう一度生まれるための箱。お兄ちゃんが、この部屋へ大事に隠していた日記にあった……お兄ちゃんを、もう一度生まれさせるための箱』

『っ! まさか、エリシアちゃん!?』

『あははっ、気付くのが遅いよぉ。今度は、あたしがお兄ちゃんをひとりじめしちゃうんだから』

『ダメ! それだけは……命の輪を乱す行為だけは、絶対ダメっ!』

『そんなの、あたしには関係ない』


 震える声は、すがりつくような絶叫へ。

 可愛らしい声は、突き放すようなつぶやきへ。


『もう、二度と奪わせないんだから……あたしの、大好きなお兄ちゃんを』

『ダメっ! 開けちゃ、それを開けちゃダメぇ!』


「ふむ、神奈くんの突き放し具合も堂に入ってきたね」

「七海せんぱいがほんとにすがりついてきそうでしたから、ここは突き放さなくちゃって思って」

「いい心持ちだ。ここは振り払うような意気でなくては」

「はー……」

「本当に、おふたりが演じてるんですね~……」


 その声の主である桜木七海先輩と有楽のやりとりを、リリナさんとフィルミアさんがお揃いの紺のスーツ姿で目を丸くしながら眺めていた。


「何度聴いても演技とは思えぬ気迫を、ナナミ嬢とカナは持ち合わせていると思います」

「ピピナもまいしゅーきーてますけど、ふたりのやりとりからはみみがはなせないですよー」


 その隣で、いつもの紅いブレザー姿のルティと緑のドレス姿のピピナが揃ってうんうんとうなずく。


「空也先輩、録音レベルはこのくらいでいいですかね?」

「うーん……前半のモノローグが小さいから、もうちょっと音量を近づけたいところだね。音割れしないようにリミッターかけながら調整かな」

「わかりました」


 で、俺は桜木空也先輩と肩を並べてPCのモニターとにらめっこ。目の前の液晶モニターには音の波形が目に見えるように映し出されていて、編集用のソフトを使いながら音量を調整していた。


 みんなで秋葉原と銀座へ行ってから、4日後の木曜日。

 前日にラジオドラマ「dal segnoダル・セーニョ」第4話の収録を終えた俺たち放送部員は、若葉南高の放送室奥にある調整室で録音状態の確認をしていた。

 今回はほとんど二人芝居状態ということで、七海先輩と有楽は椅子にも座らず壁の上にあるスピーカーを見上げて仁王立ち。俺と空也先輩は、感情の起伏が激しい回だったこともあって編集ソフトで録音レベル――音量が大きすぎていないかを慎重に確認。で、ヴィエルでの公務や学習が少なめだったルティたちが見学しにうちの高校へ来ていた。

 大学のゼミで来られない先輩の代わりにルティとピピナが道案内をして来たあたり、ふたりとも相当若葉市の地理になじんできたのかもしれない。


「ルティ君だけではなく、お姉さんやお友達にも聴き入っていただけたようでよかったです」

「普段こういう劇を見たり聴いたりはしないんですけど、真剣な演技というのは惹きつけられるものなのですね~」

「私は物語を読む際に場面を想像しながら読むのですが、こうまで生々しいやりとりを想像したことは……おふたりは、どのように想像しながら演じてらっしゃるのですか?」

「ボクは、19歳で新婚早々夫を事故で亡くした女の子を想像して『この子ならどうするか』ってのを考えます。置かれた状況をひとつひとつ自分で考えて消化して、自分のものにしていって」

「あたしは、大好きなお兄ちゃんをとられた上に死なれちゃって、感情が壊れかかった10歳の女の子の気持ちを考えてるかな。そういう立場になったことはないけど、もしそうなったらっていうのを夜中のベランダで座りながらずっと考えるんだ」

「おや、奇遇だね。ボクは夜明け前に公園のまわりを走りながら考えてた」

「そこまでなりきろうとするのですか」

「この物語の中にいるのはボクたちじゃなく『リューナ』と『エリシア』だから。かけらでもボクたちらしさを出したら、物語は壊れちゃうよ」

「なるほど~」


 少しおどけながら、でも真剣な目つきで話す七海先輩に、リリナさんとフィルミアさんがうんうんとうなずく。このあいだのルティといい、どうも「dal segno」はレンディアールの王家姉妹を惹きつけるものがあるらしい。


「さすけ、このぎざぎざはなんですかー?」

「うおっ!? こ、こら、潜り込んでくるなっての」


 チラチラとそのやりとりを見ていたら、調整卓の下を潜り込んできたらしいピピナの姿が膝下から現れた。そのままんしょんしょと俺の膝の上に座って、抗議を気にすることなく液晶を指さしてきたあたりはやっぱりフリーダムだ。


「これは、人が出した声を見えるように記録したもの……って言えばいいんですかね?」

「いい答えだ。ピピナさん、僕が『はい』って言ったら、このマイクに向かって何かしゃべってみてくれるかい?」

「はいですっ」


 俺が手放したマウスをにぎって、空也先輩が手早く編集ソフトで新規ファイルを作っていく。


「はいっ」


 そして、赤い丸マーク――録音のボタンをクリックして、


「ピピナですよー。ピピナ・リーナですよー!」


 ピピナがしゃべりやすいように、わかりやすくマイクに手を差し出してみせた。ピピナも楽しそうにマイクへ向かってしゃべってるあたり、狙いは上手くいったらしい。


「じゃあ、おしまい。そうすると……ほら、こんな感じにギザギザが出てくるんだ」

「わー」


 黒く四角い停止ボタンを押してしばらくすると、編集ソフトの画面にずらずらと黒い波形が描かれていく。


「これが、ピピナさんの声の記録。再生するから、聴きながらこのギザギザをよく見てみてね」

『ピピナですよー。ピピナ・リーナですよー!』

「わわっ、ほんとにギザギザにあわせてきこえてくるですよ!?」

「ほほう、そのように見えるのですか」

「このあいだ歌ってくれたルティさんの歌も……ほらっ、このとおり」

(わたくし)の歌を、まだ保存して下さっているのですか! ……なるほど、声の強弱に合わせて、ノコギリのような線が大小に波打っていますね」


 先輩が『ルティくんのうた.wav』というファイルを開いてみれば、長めの波形がウインドウの中にずらずらと描かれていった。その直前に『ピピナくん、しゃべる.wav』というファイルを手早く保存していたのは、気付かなかったことにしておこう。


「ルティくんのギザギザもピピナくんのギザギザも、この画面の中に収まってるよね。松浜くんは、ギザギザがこの画面からはみ出さないように調整しながら見張ったり、音と音を繋げたりする仕事をしているんだよ」

「はみ出さないようにと仰いますが、この線がはみ出してしまったらいったいどうなるのですか?」

「うーん……そうだねえ」


 あ、今先輩が笑った。くちびるの端でニヤッと笑ったぞ。


「このあたりがわかりやすいんじゃないかな」

『桜木七海、15歳。ボクの世界は、ボクが作る……そして、この学校をボクの世界にしてみせる!』

「なっ、何をしてるんだ空也!? それはボクが入部したときの!」

「クリッピングしたらどうなるかってのを、ルティちゃんに聴かせてあげてただけだよ」


 スピーカーから格好付けたような声が流れてきたかと思ったら、いつも大胆不敵な七海先輩が血相を変えて空也先輩へ詰め寄った。って、まさか、これって七海先輩の!?


『この学校をボクの世界にしてみせる!』

「ほら、最後らへんでプチプチッて聴こえてくるのが、音が大きすぎると出てくる致命的な雑音なんだ」

「なるほど」


 うん、確かにクリッピングノイズが聴こえてますね。叫んでるところでプチプチって言ってる。


『この学校をボクの世界にしてみせる!』

『この学校をボクの世界にしてみせる!』

『この学校をボクの世界にしてみせる!』

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 何度も再生させてプチプチって言わせてるけど、悶えてる七海先輩の頭からも聴こえてるような気がするのは気のせいだろう。うん、きっとそうだ。


『この学校をボクの世界にしてみせる!』

「それじゃあ松浜くん、あとは頼むねー」

「待てぇぇぇぇぇぇぇぇ! ぎゃんっ!?」


 空也先輩は七海先輩の懐をくぐり抜けると、猛スピードで調整室、そして放送室から出て行った。それを追って七海先輩も調整室を出て行って……あ、扉にぶつかった。


「な、何だったのだ? 今のは」

「時々じゃれ合うんだよ。桜木姉弟は」

「せんぱいたち、お互いをからかい合うのも好きですからねー。そっかぁ……七海せんぱいって中二病だったんだ」

「中二病っていうより決意表明だろ。空也先輩ってば、ご丁寧に隠しフォルダまで作って保存してまあ」

「あの、カナ様、サスケ殿。『チューニビョー』とはいったいなんなのでしょうか?」

「えっ」


 首をかしげるリリナさんに、思わず言葉が詰まる。よく有楽が使ったりクラスのゲーマー連中が口にはしてるけど、こう実際説明するとなると難しいな。


「『中二病』っていうのは、中学校の2年生にあたる14歳ぐらいになると物事を背伸びして見たくなって、それを表に出した時のことを示す……って、事務所のせんぱいが言ってたよーな」

「14歳……我の〈らじお〉作りもそう言えるのだろうか」

「違う違う。どっちかというと『大人びた』ってのがぴったりだろ」

「ルティちゃん、最初に会ったときはもうちょっと年上に見えてましたからね」

「どっちかとゆーと、ちょっとまえまでのねーさまのほーがあいたたたた!?」

「ピピナ、何を言うのかな?」

「なななななんでもないですぅ!!」


 ピピナが何かを口走りそうになったところで、リリナさんが空いた席から身を乗りだしてピピナの左耳をぎゅうぎゅうと引っ張る。羽を隠すときに耳も丸くして人間っぽく見せてるはずが、伸びたせいでいつもの妖精さんっぽく見えていた。

 でもリリナさん。その前から耳をぴくぴくさせてたあたり、もしかしてちょっとは心当たりがあるんじゃ……


「ほらほら、リリナちゃんも抑えて~」

「うー、ちょっとしたじょーだんだったのにー」

「今のはピピナの失言だな。リリナ、それくらいにしておいてくれないだろうか」

「はっ」


 苦笑しながらのルティのお願いで、リリナさんがピピナの耳から手を離す。うーうー言いながら耳をさすっているけど、確かに今のはピピナの失言だろう。


「話を戻すが、声が大きすぎると雑音が混じるというのはよくわかった。やはり、我らも〈らじお〉を始めるにあたっては気をつけたほうがいいのだろうか」

「そうだな。このあいだ教えたけど、送信キットにボリュームがあるだろ」

「うむ。ぐるぐる回って、途中で止まるものだな」

「ああ。それを右に回すとしゃべったり音楽を流すときの音が大きくなるわけだけど、許容量を超えたらさっきの七海先輩の声みたいに雑音が乗るから気をつけたほうがいい」

「んーと、あっちで注意したほうがよさそうなのは……飲食店街と市場あたりかな」

「カナが言うとおり、あのあたりでは喧噪が多いからな。留意しておこう」


 ひとつうなずいたルティが、手にした小さなノートにボールペンでメモをとっていく。先輩と有楽に買ってもらったのをしっかり活用しているみたいで、ノートはもう半分以上使われていた。


「おはようございます」


 と、調整室のドアを開けて少し背が高めな女の子が入ってきた。


「おはよう、中瀬」

「おはよーございます、みはるんせんぱいっ」

「おはよう、みはるん」

「おや、るぅさんもいらっしゃったのですか」


 いつもの無表情でぺこりとおじぎをしたのは、うちの部の機材と音声担当の中瀬海晴。ルティのあいさつに、このあいだ自分の中で定着させたらしい「るぅさん」っていう呼び名で応えてみせた。


「それと、そちらの皆様方は」

「うむ。我の姉様と友人たちで、皆もまた〈らじお〉に興味を抱いているのだ」

「はじめまして~。ルティの姉で、フィルミア・リオラ=ディ・レンディアールと申します~」

「私は、エルティシア様とフィルミア様の友人でリリナ・リーナと申します」

「ピピナは、リリナねーさまのいもーとでルティさまとミアさまのともだちですっ」

「初めまして。るぅさんとなかよくしてます、中瀬海晴です」

「ルティからお話は聞いています~。みはるんさん、でいいんですよね~?」

「あの、初対面で言いづらいのですが……本当に『みはるん』様と呼んでよろしいのでしょうか」

「もちろん、どんとこいです。様付けも大歓迎ですとも」


 ちょっと戸惑ってるリリナさんへ、中瀬がふんすと鼻を鳴らして言い切ってみせる。


「私からは『みぃさん』と『りぃさん』と『ぴぃちゃん』と呼ばせてもらいますので』

「みぃさん、ですか~?」

「り、りぃさん……?」

「ピピナはぴぃちゃんですかっ。はじめてよばれたですっ!」


 中瀬のマイペースな呼び方に、反応は三者三様。真面目なリリナさんが一番戸惑ってるな。


「ところで松浜くん」

「あんだよ」

「ぴぃちゃんをさらう気なら、警察でも呼びましょうか」

「さらわねぇよ! ピピナが自分から座ってきただけだ!」


 ジト目でにらんできたかと思ったら、誘拐犯呼ばわりかよ! 確かに今のピピナは子供サイズだけどさ!


「ですです。ピピナはさすけのおひざにすわっただけですよー」

「おかしい……こんなことは許されない……」

「本人がいる前で言う台詞じゃねえだろソレ」

「とまあ、準備運動はここまでにしておきまして」

「準備運動に人を巻き込むな!」


 本当にマイペースだなコイツは。


「先ほど桜木先輩たちとすれ違いまして『ちょっと拳と拳の話し合いをしてくるから、今日は任せた』とのことでした」

「あの二人はもう……わかったわかった。とりあえず録音のチェックは済ませといたから、BGMと効果音のほうはよろしく頼むわ」

「任せて下さい」


 短い返事の中で、無表情な中瀬の目が一瞬鋭くなる。学校指定のバッグの中からタブレットPCを取り出すと、デスクトップPCの横に立てかけておもむろにテキストエディタを立ち上げた。


「なんなのだ? この文字の羅列は」

「本日使う曲や音を、リストアップしたものです」


 ルティの質問に言葉だけで答えて、調整室の端っこにあるロッカーへ向かう中瀬。そこには、上から下までギッシリとCDのケースが詰め込まれていた。


「これとこれと……これと、あとこれと」


 そのケースをひょいっと右手で取り出して、調整卓に置いてからちらっとタブレットPCの画面に目をやる。そして、またロッカーへ向かっての繰り返し。


「みはるんせんぱい、これってリッピングしちゃっていいんですか?」

「お願いします」


 その合間に有楽が俺の隣の席に座って、積まれていくCDをデスクトップPCのDVDドライブへと突っ込んでいく。最終的には全部で10枚ぐらいのCDが卓に積まれて、有楽の手でテキストファイル上の曲がPCに取り込まれていった。


「〈しーでぃー〉というのは、音楽用の機械で使うものではないのですか?」

「んーと……あっ、ほら、フィルミアさんが持ってる瑠依子せんぱいの音楽プレイヤーがあるでしょ? あれと同じように、このパソコンでいつでも聴いたり使ったりするようにできるんだ」

「使う……この〈ぴーしー〉を使って、音を加えていくとでも?」

「そういうことになります」


 リリナさんの疑問に、ロッカーに向かっていた中瀬がくるりと振り返る。


「そして、その音選びを任されているのが私なのです」

「は~、そういうお仕事もあるんですね~」

「本当なら、音に関わる全てを私が担当してもよかったのですが……先代の部長から『ひとりで抱え込みすぎだから松浜と分けろ』と言われ、仕方なく」

「呼び捨てのところを強調すんなコラ」


 途中で声のトーンが下がった辺りでもしかしたらと思ったら、やっぱり言いやがったよコイツ。


「松浜せんぱいへの当たりがキツめなのって、もしかして」

「不手際を攻めればイチコロですが、そんなそぶりも見せないのでちくちくと」

「聞こえてっから。そこ、めっちゃ聞こえてっから」

「……なんだか、ちょっとまえのピピナをみてるみたいですー」

「……奇遇だな。私もだ」


 ああほらっ、なんか妖精さんシスターズにも誤爆してるし! 余計なことを言うなっての!


「サスケがピピナとリリナの言動にあまり腹を立てなかったのは、こういうことだったのだな」

「そういうことになる……のか?」


 実際、中瀬がチクチク言ってくるのに比べればピピナもリリナさんもかわいいもんだったからなー。短剣を突き付けられたり空を飛ばされた時は、さすがに死ぬかと思ったけど。


「みはるんせんぱい、リッピングできましたよー」

「ありがとう、神奈っち。ささ、ぴぃさんもここへ」

「いーですか? じゃあ、みはるんにすわるですよー」


 有楽と入れ替わりに座った中瀬が制服のスカートに包まれた膝をぽんぽんと叩くと、ピピナは俺の膝の上から降りて中瀬の膝の上に座った。無表情なはずの中瀬がちょっとうれしそうなのが、ちょいと悔しい。


「私の仕事は音選びと言いましたが、既にどの曲にするのかは決めてあります。昨日の録音を聴いてからスマートフォンに取り込んであるCDをたくさん聴いて、物語の雰囲気に合う音楽や効果音を選んだのがここにあるメモです」


 話しながら、デスクトップのPCを操作して音楽を取り込んだフォルダへと移動していく。そこにはぽつりと1曲だけが表示されていて、手元へ置き直したタブレットPCのテキストファイルと同じ曲名が出ていた。


「第4話の終盤で使うのが、この曲です。松浜くん、まずふたりが言い合う終盤を再生してみてください」

「あいよ」


 スライドさせるようにマウスを渡された俺は、開きっぱなしだった編集ソフトを操作してさっき聴いていたシーンを再生させた。


『ね、ねえ……なんなの、その、棺みたいな箱は……』

『棺? バカにしないで。これは、お兄ちゃんが遺した希望の箱だよ』

『希望の箱?』

『なんだ。お兄ちゃん、お姉ちゃんには教えてなかったんだ……いっしょにお仕事をしていたのに』

「ここは緊迫感があるシーンですが、このままではただの言い合いで終わってしまいます」

「言われてみれば、確かにぷつっと切れたように終わってしまいましたね~」

「まずは、ここに音楽をのせてみましょう。松浜くん、さっきの音楽ファイルをお願いします」

「了解」


 中瀬に言われて、さっきの音楽ファイルを編集ソフトへ読み込ませる。すると、一つだけあった波形の下にもう一つの波形が横棒状のバーになって現れた。


「で、『ね、ねえ』の少し前で下の波形が始まるように調整してください」

「ん、こんな感じか?」


 そのままもう一つの横棒をドラッグして、さっきのシーンの3秒前ぐらいのところへ波形の始まりを合わせていく。


「ええ、ばっちりでしょう」

「じゃあ、再生してみっか」

「お願いします」


 許可をもらったところで、再生ボタンをクリック。すると、強く叩かれたバスドラムの音と同時に、低い弦楽器の合奏が頭上のスピーカーから重々しく降り注いできた。


『ね、ねえ……なんなの、その、棺みたいな箱は……』

『棺? バカにしないで。これは、お兄ちゃんが遺した希望の箱だよ』

「わ~……緊迫感が増しましたね~」

「ええ。言葉だけでも重々しかったのに、この重々しさは……」


 続く言葉を耳にしたフィルミアさんとリリナさんが、ため息のように言葉をもらす。セリフ自体はさっきとまったく変わらないのに、音楽ひとつでさらに雰囲気が変わるんだからすごいもんだ。


「でも、これだけではまだ足りないんです。松浜くん、マウス」

「俺はオペの助手か」


 軽く言い返して、仕返しのようにマウスをスライドして渡す……あ、手の甲ではたき返しやがった。わざわざ持ち直しましてまでやるかね、それ。


「次に、また音を加えていきましょう」


 何事もなかったように、今度は『効果音』って書かれたフォルダへ。さらに細かく分かれたフォルダの中から『木材』を選んで……『ふすま』? 再生ボタンを押したら『すーっ……ぱたんっ』て音がしたからそうなんだろうけど、ふすま?


「これはそのものズバリ、ふすまを開けた音なんですけど……るぅさんたちは、ふすまって知ってますか?」

「うむ、サスケの家へ遊びに行ったときに見たことがあるぞ」

「かなのいえにもあったですよ。しゅーっ、すたんってあれですよねー」

「…………」

「だから何故俺をにらむ!」

「うらやましい……いや、うらめしい……」

「せ、せんぱいっ、目を見開かないで下さい! こわいですっ!」


 あーあー、チッて舌打ちまで聞こえてきたよ。仕方ないじゃんか。父さんも母さんもレンディアール御一行が大好きでごはんとかごちそうするんだから。


「まあ、あとで報復はするとして」

「するのかよ」

「ううっ、ちょっと泊まってもらっただけなのにー……」

「このふすまの音は、目的の音で使うのにはちょっと軽すぎるので加工します」


 俺と有楽の文句をスルーして、中瀬が作業を進めていく。メニューの中にはある『特殊効果』から『音程』を選ぶと、頂点に印があるダイヤルを模したウインドウが現れた。


「これは、音を高くしたり低くしたりするボリュームです。左に回せば低くなり、右に回せば高くなるので、今回は左側へぐっと回してみましょう」


 そう言いながら、マウスでドラッグしてダイヤルの印が左側へ行くように大きく回して『OK』ボタンを押す。


「これで再生してみると」

「おおっ」


 続いて再生ボタンを押すと「すーっ……ぱたんっ」と軽かった音が「ずずずずずずっ……バタンッ」っていう重々しい音へと変わっていた。


「確かに重くなりましたけど~、この音はいったいどう使うんですか~?」

「これは、いちばん最後にくっつけます」

「はいはい、俺の作業ですねー」

「ついでにリバーブもかけてください」


 またまたスライドされてきたマウスを受け取って、加工した音を編集ソフトのウインドウにドラッグ&ドロップする。音楽も声の部分も終わったところへと波形の始まりを配置して、『特殊効果』から『リバーブ』――残響を選択して……


「今回は『コンクリートルーム』でお願いします。終わったら、ちょっと前から再生で」

「ああ、ここは石室のシーンだもんな。了解」


 中瀬の指示で『コンクリートルーム』を選択すると、加工した音の波形が赤く変化した。あとは、再生ボタンをぽちっとな。


『あははっ、気付くのが遅いよぉ。今度は、あたしがお兄ちゃんをひとりじめしちゃうんだから』

『ダメ! それだけは……命の輪を乱す行為だけは、絶対ダメっ!』

『そんなの、あたしには関係ないよ』


 スピーカーから流れ始めたのは、終盤のさらに大詰めの部分。七海先輩の切羽詰まった声と突き放すような有楽の声に重々しい音楽が合わさって、録音のチェックをしていた時よりも緊迫感がはるかに増していた。


『もう、二度と奪わせないんだから……あたしの、大好きなお兄ちゃんを』

『ダメっ! 開けちゃ、それを開けちゃダメぇ!』


 さっきまでは、言い終わったところで再生が止まった場面。叫びが途切れるのと同時に音楽も終わって、それでも再生が続いて、


「おお……」

「棺が、開いたのですね……」


 棺の蓋を引きずるようにして開けた音が、重々しくスピーカーから響いた。


「と、こういう風に第4話が終わるわけです」

「なるほどっ!」

「でも、見れば見るほど複雑なんですね~……わたしたちにも、こういった音声劇を作ることはできるのでしょうか~」

「おや、みぃさんたちもラジオドラマを作るんですか」

「はい~。今、私たちが住んでいる国の街で〈こみゅにてぃえふえむ〉を作っている最中なんです~」

「その演目のひとつとして、皆で〈らじおどらま〉を作ろうと計画しているのだ」

「なるほどなるほど。それで、るぅさんのお姉さんやお友達がここへ来たんですね」


 納得したとばかりに、中瀬がこくこくとうなずく。

「dal segno」をきっかけにして、有楽が持っていたラジオドラマの録音やドラマCDを聴いたルティたちは「ラジオドラマもやってみたい」と希望してきた。俺も有楽も、それに赤坂先輩も乗り気で、今日はこうしてラジオドラマ作りの現場にルティたちを呼んだわけだ。


「うむ。だが、こういった機材が必要だというのをすっかり忘れていたな……」

「るぅさんは、PCとかは持っていないんですか?」

「持ってない。というより、我が国はあまり〈デンキ〉を使っていない国でな。そういったものに縁遠いのだ」

「なんて珍しい……生まれた時からPCがおもちゃだった私には考えられません」

「お、おもちゃ? みはるん様は、生まれた時からその機械を操っていたというのですか?」

「さすがに、ゲームとかをしていたのは2歳ぐらいの時からですけど。私にとってはかけがえのない相棒です」


 中瀬はそう言うと、調整卓の上に置かれたタブレットPCを優しくなでてあげた。カバーもつけていつも大事そうに持っているあたり、本当に大事なんだろう。よく中瀬とやりあってる俺でも、このPCには手を出さないようにしている。


「話を戻しますが、PCが無い場合でも音楽であれば問題はないと思います。『ミキサー』という、別々になっている音をひとつ混ぜるための機械を使えば、先に劇の部分だけを録音してあとから音楽や効果音を付け足すこともできますし――」

「あー、中瀬よ」

「なんですか。人がせっかく説明をしているのに」

「実はな、そのミキサーも使えないんだ」

「はい?」

「というか、ミキサーとかレコーダーとか自体がルティたちの国には存在しない」

「…………」

「本当なんだって!」


 膝に座るピピナを抱きかかえながら、中瀬は『お前はなにを言ってるんだ』と言わんばかりに無表情な瞳を向けてきた。


「サスケの言うとおりだ。我らの国にあるのは、サスケの父御から紹介して頂いたこの機械のみだ」

「なんですか? このへんてこな機械は」

「『ミニFM局送信キット』。側面のマイクや入力端子で音を入れて、接続したアンテナで電波を飛ばすって寸法だ」

「こんなおもちゃみたいなもので……」


 ルティがポーチから取り出した送信キットを、不審そうにぺたぺたと触る中瀬。アヴィエラさんにICへ魔法をかけてもらってはいるけど、見た目は変わらずおもちゃなんだからそう言われても仕方ない。

 ちなみに、父さん曰く『もし日本で使えば速攻で違法無線局扱いされるレベル』にグレードアップされているらしい。アヴィエラさん、恐るべし。


「そんな中で、ラジオドラマをやろうと考えたのですか」

「やはり、無謀なのだろうか」

「そう言いたいところではありますが、まあ、やりたくなる気持ちもよくわかるのでそこまでは言いません。るぅさんたちの環境でやるには、このあいだ話したように実際に演じながら後ろで音を出す方法しかないでしょうね」

「音楽はそれでいいとしよう。だが、物語に色を添える〈コウカオン〉はどうすれば……」

「うーん、そんなに難しく考えなくていいかもよ?」

「……どういうことだ?」


 有楽の明るい声に、腕組みをしたルティがきょとんと顔を向ける。


「私がいる声優事務所で、半年に一回『朗読劇』っていうのをやってるんだけどね。初めはドラマが無理でも、朗読で物語を伝えることはできるんじゃないかなーって」

「朗読……我が国の娯楽のひとつでもあるな。それを〈らじお〉でやるというのか」

「うんっ。日本のラジオでもよくやってるし、そっちの国にも物語の本はたくさんあったから、まずは朗読で演技とかに慣れてからラジオドラマをやってもいいんじゃないかな」

「おおっ、さすがは現役声優。いい目の付けどころだ」

「えへへー」


 いいアイデアを出した有楽をほめてやると、少しばかり照れたように笑ってみせた。有楽の言うとおり、朗読なら声出しや演技の練習にもなるし十分役に立つんじゃないかな。


「神奈っち、るぅさんたちの国へ行ったことがあるんですか?」

「えっ? あ、は、はいっ。ほらっ、入学前の春休みにちょこーっと行ったんですよ!」


 やばっ、そこをツッコんでくるか!


「ふーん……そういえば、るぅさんたちってみんな日本語が上手ですよね」

「う、うむっ。いい先生に出会えたおかげで、このとおり流暢(りゅうちょう)にしゃべるようになったのだ」

「なるほど、いい先生に出会えたんですね」


 一瞬言葉が詰まったのには肝が冷えたけど、あんまり気にしたそぶりも見せずにスルーしてくれた。言えるわけがないよなぁ、膝の上にいる妖精さんがくちづけで日本語が伝えただなんて。


「神奈っちがいうとおり、朗読劇というのは効果音が必要がないので有効だと思います。音楽を流せる環境はあるんですよね?」

「はい~。〈すぴーかー〉もあるので、そのあたりは大丈夫です~」


 中瀬からの問いかけに、フィルミアさんがスーツのポケットから名刺サイズ大の音楽プレーヤーを取り出してみせた。ヴィエルに置いてきた電池式のスピーカーをくっつければ、結構いい音が鳴る赤坂先輩おすすめのシロモノだ。


「では、音を流しながら朗読というのは問題ないかと。それに、効果音も派手なモノでなければそんなに心配することはないと思いますよ」

「そうなのか」

「ええ。神奈っち、下にある箱からお椀をふたつと木の板を出して下さい」

「あ、はいっ」


 中瀬の後ろに立っていた有楽が、調整卓の下へと屈んでダンボール箱からプラスチック製のお椀と木製のまな板を取り出した。となると、『アレ』をやるのか。


「ぴいちゃん、このまな板を膝の上に置いてください」

「こーですか?」

「ええ、いい感じです。それでは、りぃさんはこのお椀を両手にひとつずつ持ってください」

「は、はあ」


 膝の上にまな板を置いたピピナが首をかしげて、続いてお椀を手にしたリリナさんが首をかしげる。お椀の飲み口のほうを向けたリリナさんの姿は、ちょいとばかりお茶目だ。


「では、そのお椀を伏せるようにして、それでいながらタイミングをずらしてひとつずつまな板へ軽く打ち付けてみてください」

「わかりました」


 ひとつうなずいてから、リリナさんが言われたとおりにお椀をまな板へと打ち付ける。すると、かぽっ、かぽっと空気を含んだ木の音が調整室の中へと響いた。


「さて、るぅさんとみぃさん。この音は何の音に聴こえますか?」

「もしかしたらですが~……馬のひづめの音、でしょうか~?」

「おおっ、なるほど!」

「ご名答です。では松浜くん、次にビーズうちわをお願いします」

「へいへい」


 言われたとおりに調整卓の下へ手を伸ばして、手前側にあったうちわをダンボール箱から取り出す。うちわとは言ってもただのうちわじゃなく、先っぽにビーズをつけた糸が本体の上と真ん中のほうにいくつもセロテープで貼り付けられていた。


「振ればいいんだよな」

「ええ、いつも先輩たちにやらされるように」

「わかった」


 ひとつうなずいてから、持ち手をつかんでうちわを斜めにする。続いて左右にゆっくり揺さぶると、さらさらさらって音がうちわの上で鳴り始めた。


「では、今度はぴぃちゃんとりぃさんでお願いします」

「うーん……かぜのおととは、ちょっとちがいますよねー?」

「私には、雨音に聴こえます。店のひさしへ、雨粒が当たるような」

「りぃさん、正解です」

「ああっ、あめですか! いわれてみればそーきこえるですよっ!」

「では松浜くん、そのうちわをみぃさんに渡してあげてください。こっちも実際にやってもらえば早くわかるでしょう」

「あいよ。フィルミアさん、俺と同じように斜めに持ってみてください」

「こうですか~?」


 うちわを手にしたフィルミアさんは、俺と同じように斜めに持ちながら小首をかしげてみせた。


「そうです。あとは、ゆっくりとゆさゆさって左右に振れば音が鳴りますから」

「はいっ、やってみましょう~」


 そのままビーズうちわを左右に振ると、俺がやった時と同じようにさらさらさらって音がうちわから鳴り始める。


「わー……ほんとにあめのおとですねー」

「これならば、たとえ雨が降っていなくとも雨降りの場面が演じられますね」

「まだまだ序の口です。みぃさん、もうちょっと強く、ビーズがすこし跳ねるぐらいに振って下さい」

「やってみます~」


 さっきよりも、ちょっとだけ強いペースでビーズうちわを左右に振っていく。すると、さらさらさらと鳴っていた音がぱたぱたぱたっと跳ねるような音へ変わった。


「おお~、雨が強くなってきましたね~」

「雨の強弱まで表現できるのかっ!」

「こうやって代わりになる音を使いながら、物語に彩りを添えていくんです。昔の人の知恵ですね」

「なるほど。ぱそこんなどを使わずとも、そういう形で音を出せばいいのか……」

「ちなみに、そのうちわは松浜くんが作ったものです」

「なんと!」

「入部したら、最初に効果音の実習ってことで作らされるんだよ。そういや、このあいだ有楽が作ったのもあるじゃんか」

「えっ、出しちゃうんですか?」

「おう、いい機会だから使ってみようぜ」


 また調整卓の下へ手を伸ばして、ダンボールの中へ手を突っ込む。えっと、布の袋、布の袋……っと、あったあった。

 取り出した布の袋は両手のひらで包み込めばちょうどいいサイズと重さで、中に詰まっているもののおかげか少しひんやりとした手触りをしていた。


「ほら、ルティ。これを両手で持って、ギュッ、ギュッとにぎってみな」

「にぎればいいのだな」


 手渡したのと同時に、ルティが早速布の袋をにぎってみせた。袋はやわらかく形を変えて、それといっしょに詰まったようなくぐもった音がギュッ、ギュッと鳴りだした。


「おおっ」

「ゆきですっ! これ、ゆきのうえをあるくおとですよねっ!」

「うむ、これは雪の音だろう。そうだな? カナ」

「ふたりともよくわかったねー! あたし、先輩から言われるまでわからなかったんだけどなぁ」

「レンディアールではよく降るからな。城の中庭で踏みしめるときのこの音が、我は大好きなのだ」


 あっ。


「しかしカナよ、この音はどうやって出すのだ? にぎっていると、妙にぎしぎしと詰まるような手触りがするのだが」

「片栗粉ってわかるかな。じゃがいもに含まれてるでんぷんを乾燥させた粉が、この中に入ってるんだ」

「ジャガイモ……おお、ポロッテのことか。ポロッテの粉であれば、我が国でも調味料として広まっているぞ。そうか、そういう使い方もあるのか」

「あのー、ルティさーん?」

「うん?」


 やばい、やばいやばい! 話の流れとはいえ、さっきからクリティカルなことをちょいちょいこぼしてるぞ!


「れんでぃあーる……って、みぃさんの名字ですよね? それに、城?」

「えっ? ……あぁぁぁぁぁぁっ!?」

「いやいやいやいやっ、その、なんつーか、ヨーロッパの片隅にレンディアールって街があって、小さい城もそこにあるんだよ!」

「そっ、そうです~! わたしたちの国は、ちょっと古風でして~!」

「……では、このPCで〈れんでぃあーる〉という街のことを調べましょうか」

「わわわわっ、だめですっ、だめですー!」


 あわてたピピナがじたばたして、中瀬の膝の上からずり落ちる。その隙に中瀬がタブレットPCを手にして、じとっとした目で俺たちを見回した。


「みなさん、すっごく怪しいです」


 ですよねー。

 あわててつくろったところで、ただ怪しさが増しただけだろうし。


「……どうする? ルティ、有楽」

「ううっ……完全に我の失態だ。もうどうにでもなれ」

「こうなったら、もう話すしかないんじゃないですかねー」


 がっくりと落ち込むルティと、困ったように笑う有楽。気持ちはわかるけど、なぁ。


「フィルミアさんは、どうします?」

「みはるんさんも楽しそうな方ですから、別にいいですよ~。リリナちゃんとピピナちゃんはどうかな~?」

「んー、みはるんはわるいひとじゃないから、ピピナもいいですよー」

「私も、みはるん様であれば構いません。ただ……」

「ただ?」

「みはるん様。これから目にすることを、口外しないでいただけないでしょうか」

「ふむ……いいでしょう」


 リリナさんのお願いに、中瀬は少し考えてからうなずいてみせた。


「ありがとうございます」

「あの、リリナさん。もしかして」

「私たちの本来の姿を見せれば、一番誤解がないかと。では、ピピナ」

「はいですっ」


 ふたりは中瀬の前に立つと、すこしだけ目を合わせてからぴんと背筋を伸ばして目を閉じた。

 そして、次の瞬間。


「っ!?」


 ぱんっと、リリナさんとピピナの背中から透きとおった羽が現れた。

 妖精の力のせいか、羽が服を突き破ることはなくそのまま浮いて出ている。リリナさんのこの姿は見慣れているけど、小学生サイズなピピナが羽を出しているのは俺も初めて見た。


「ようせい……さん……?」

「その通り。私はレンディアール王国でフィルミア様の侍女を務めております、妖精のリリナ・リーナです」

「おなじくっ、ルティさまのしゅごよーせーのピピナ・リーナですっ!」

「そして~、わたしがレンディアール王国の第3王女のフィルミア・リオラ=ディ・レンディアールで~」

「んんっ……我が、第5王女のエルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ」


 リリナさんとピピナの側に、フィルミアさんとルティが寄り添う。さっきまで落ち込みは振り払ったのか、みんなと同様にルティも堂々と言ってみせた。


「…………」


 当の中瀬はというと、その姿を表情も変えずに見つめたまま。

 ただただじーっと見つめて、何も言わずにいた――


「松浜くん、神奈っち」

「な、なんだ?」

「なんでしょうかっ」


 と思ったら、首がぐるりと俺たちのほうへ向いた。


「ふたりとも、こんなファンタジーなひとたちと出会ってたんですか?」

「まあ……いろいろあってな」

「瑠依子せんぱいのお手伝いをしてたら、偶然」

「……うらやましい」


 俺たちの返事に続いて、聴こえるか聴こえないかギリギリなレベルで中瀬がつぶやく。


「ひとつだけ、言わせてもらいますね」

「お、おう」


 そして、いつもの無表情のままで、


「ばくはつしてしまえ」

「ええっ!?」

「なんで罵られるんだよ!」


 思いっきり、面と向かって罵倒された。


 高校時代は演劇部だったので、実際にこういう効果音用の器具を作らされたりしていました。両手で抱えるぐらいのかごに大量の小豆を入れて、左右に揺らして「波の音」というのがいちばんのお気に入りです。


 最近では著作権フリーの効果音CDやデータ集DVDなどで簡単に効果音が手に入りますが、某公共放送で放送されているラジオドラマシリーズなど、専門の技師がついている場合はイチから物語に合った効果音を作り出したりもするようです。まさに音の魔術師。

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