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第20話 異世界少女とアキハバラ

 目の前に立ちはだかる、工具の壁。

 パッケージに入ったはんだゴテやラジオペンチに、むき出しのままになったスパナやドライバーとかの工具が、天井から床の辺りまで壁のようにつり下げられていた。

 ちょっと横を向けばショーケースの中で色とりどりのLED電球がきらめいていて、手前にある狭そうな入口をお客さんたちが次々とくぐっていく。

 まだ昼前だってのに、ずいぶんな繁盛っぷりだ。


「はー……秋葉原にもこういうところがあったんですねぇ」

「わけのわからないものばかりだが、これは圧倒されるな……」


 俺の右隣で、キュロットとパーカー姿の有楽と白いワンピースを着たルティが揃ってその壁を見つめていた。


「サスケ、サスケ。これってりっこーせーですか?」

「違う違う。これはLEDって言って、電気を使って光らせるものなんだ」

「ふーん、でんきがひつよーなんてふべんですねー」


 で、左隣にいたピピナが興味深そうにショーケースを眺めている……んだけど、


「ん~っ、ピピナちゃんはこっちもかわいいなぁ!」

「わわっ!? ちょっと、かなっ、やめるですよー!」


 まず始めに、今日のピピナはおでかけにもかかわらず姿を隠していない。それでもって、今は駆け寄ってきた有楽に後ろから抱きつかれてあたふたしている。

 それが何を意味してるかというと、


「あーあー、しっかり捕まっちゃって」

「人化したリリナもかわいらしいからな。カナがああしたくなる気持ちもわかる」


 ルティが言うとおり、今のピピナは人間サイズへと変化していた。とはいっても、ルティより一回りぐらい小さい背格好だから中学年か高学年の小学生ぐらいにしか見えない。有楽が用意した、水色のフリフリな服を着てるんだからなおさらだ。


「で、サスケよ。父御が仰っていたのはここで間違いないのだな」

「ここで合ってるよ。ほら、上に書かれてるだろ」

「おおっ、確かに」


 ビルの3階あたりに掲げられている「東京ラジオマーケット」の赤い文字を指さすと、カタカナが読めるようになっていたルティもすぐに理解したのか、大きくうなずいた。


「ここに、我らの〈らじお〉の鍵となるものがあると……ふむ。この威容(いよう)からして、さながら〈らじお〉の城といったところか」

「城っつーよりも、街をこの建物の中にギュッと詰め込んだような感じらしい。通路も狭いから、広がって歩かないようにって父さんが言ってた」

「そんなに狭いのか。他に、何か注意すべき事は?」

「細かくてキラキラしたのがたくさん売られてるけど、なくしやすいからあまり手を触れないほうがいいってさ」

「ふむ、確かに商品をなくしては店の者が困るな。我も触れないように気をつけよう」


 父さんからの伝言に、ルティが神妙な顔でうなずく。


「おーい、お前らもそろそろ行くぞー」

「はーいっ」

「はいですよー」

「……有楽、さすがにそれはやめとけ」

「えー」


 元気に返事をするのはいいけど、さすがにおぶさるように有楽がピピナへ抱きつくってのはマズいと思うんだ。


「というわけで、中では横に並ばないようにして、通りすがりの店のモノを触るのは禁止。4階に着くまで、ちゃーんと静かにしてるように」

「わかりました。ねっ、ピピナちゃん」

「はいですっ!」


 抱きついていた手をほどいて、有楽がピピナといっしょにうなずき合う。まあ、ちゃんと応えてくれるんなら心配はしなくてもいいか。今はどっちかというと、


「アヴィエラさんもいいですか?」

「はー……」

「アヴィエラさーん?」

「はっ!? ご、ごめんっ!」


 心ここにあらず状態なアヴィエラさんのほうを心配した方がよさそうだ。

 さっきからあたりの人混みをキョロキョロ見回したり、後ろの高架で総武線が走るたびにビクッと上を見上げてるのを繰り返してる。いつもはキリッとした青い瞳が震えてるあたり、さすがに来日即秋葉原っていうのは刺激が強すぎたか。


「そろそろ中に入りますけど、大丈夫ですか?」

「も、もちろん。こっちの世界の店も調べてみないとな!」

「意気込むのはいいですけど、通りすがりの店のモノはあんまり触っちゃダメですからね」

「えっ、ダメなの!?」


 やっぱり聞こえてなかったらしい。


「ここで売ってるのは細かいのが多いからって、父さんがそう言ってました」

「んー、フミカズさんの忠告なら仕方ないか。よしっ、大きいのだけにしとこう!」

「大きいのならいいですけど、魔術は禁止ですからね」

「へへっ、もちろんわかってるよ」


 残念そうな声色から一転した意気込みに、ようやくひと安心。まあ、アヴィエラさんも一回言っておけば問題無いだろう。

 白いブラウスにジーンズのシンプルな服装は、アヴィエラさんの褐色の肌と活発さを際立たせていてよく似合っていた。


「よしっ、それでは行くとしようか。サスケ、案内を頼んだぞ」

「おうよっ」


 これからへの期待に目を輝かせているルティに、俺もうなずいて返す。


 よく晴れた日曜日の東京・秋葉原。

 アヴィエラさんのおかげで向こうのラジオ局の放送エリアが広がったこともあって、俺たちは地下鉄直通30分で行ける『電気の街』で次へのステップに挑むことにした。

 送信に関する問題はひとまずクリアとなると、次に必要なのは受信機。普通に考えれば家電量販店でポケットラジオを大量に買うんだろうけど……実際には、そう簡単に済ませられるものじゃなかった。


 *  *  *


「へえ。なかなか面白そうなことをやってるじゃないか」

「実際面白いよ。何もないところで一からラジオ局を作れるんだからさ」

(わたくし)も、レンディアールの地で初めて〈らじお〉の音が聴こえたときには感激いたしました」

「俺の送信キットが役に立てたのならうれしいよ。そっか、電波って言葉すらないところでラジオ作りかぁ……いいねえ」


 時間は、アヴィエラさんがラジオ局に加わった5日後――金曜の夜にさかのぼる。

 土曜日のラジオを朝から聴くために先乗りしていたルティとピピナは、赤坂先輩が局でのバイト中ってこともあって俺の家へ。夕飯を済ませると、オフだった父さんへ俺といっしょにこれまでの報告をしていた。


「父さん、案外素直に信じるんだな」

「信じるもなにも、ピピナちゃんのその姿を見たら信じるしかないだろ」

「えっへん」


 話に出たピピナはといえば、手のひらサイズでテーブルへぺたんと座って胸を張っていた。母さんがリリナさんの羽を見たときといい、かわいらしい妖精さんの姿は口で言う以上に説得力があるらしい。


「そりゃあ、海外ファンタジーの世界なら電気も機材もないってわけだ。今はどうかわからないけど、俺がアニラジを担当してた頃には電気とか使ってるような作品はなかったもんな」

「カナも言っていましたが、こちらでは我らが住むような世界を舞台にした物語が好まれているのですね」

「大人気だとも。昔はうちの局でもそういうラジオドラマがたくさんあったし、今もインターネットでアニラジ専門のラジオ局を作って、そこでたくさん放送してるぐらいなんだから」

「ふしぎなはなしですねー。ピピナたちのふつーが、こっちだとふつーじゃないなんて」

「うむ。我らのほうこそ、こちらでの出来事が物語みたいだと感じるというのに」


 ご当地の人たちにとってはそうなんだろうな。このあいだも言ってたけど、俺たちにとってはこっちの生活が当たり前だって思うように。


「世界が違いすぎてそう思うしかないんだろうね。佐助も、そう思ったんじゃないか?」

「俺なんて、ピピナに魂だけ連れて行かれたんだよ。驚きの連続だったって」

「魂だけ? あははっ、そいつはファンタジーな体験をしたもんだ!」

「あのなぁ……ピピナ、父さんにもやってやってくれ」

「やるですか?」

「い、いや、遠慮しとく! さすがに魂は勘弁してほしい!」

「そーですか。ちょっとざんねんです」


 父さんはカラカラ笑ったけど、実際やられた方からしたら笑い事じゃねえっての。ヒモなしバンジーとか支えのないジェットコースターとかそんな感じだったんだから……まあ、慣れたら意外と楽しかったんだけど。


「で、佐助はそっちの世界で役に立ってるかい?」

「役に立っているどころか、サスケを始めとした皆々様の協力がなければここまで来ることは出来ませんでした。まことに、感謝しております」

「〈らじお〉のことについてはとってもまじめですからねー。ピピナもねーさまも、ミアさまもみーんなサスケたちのことをたよりにしてるですよ」

「ほうほう」


 って、なんでそこで意味ありげに俺を見るかな。くちびるの端がニヤってしてるあたりが白々しいったらありゃしない。


「俺も、レンディアールのみんなには本当に世話になってるよ。ラジオに興味を持ってくれたルティとピピナだけじゃなくて、ふたりのお姉さんのフィルミアさんとリリナさんもいっしょに取り組んでくれてるし、このあいだだってアヴィエラさんっていう他の国の人も新しく加わった。少しずつだけど、有楽と赤坂先輩といっしょにみんなで作っていけてると思う」

「ふーむ、なんとも希望に満ちあふれた言葉だね」


 そう言いながら、テーブルのコップに手を伸ばした父さんが麦茶を一気に飲み干す。そして、コップを置くと俺をじろりと見て、


「でも、それだけじゃないんだろう?」

「あー……わかった?」

「わかるさ。『話がある』って真面目に言われたら、そりゃあな」


 さすがは父さん。夜更かしをしたら朝にはバレる観察眼は今も健在か。


「実は、ちょっと行き詰まってることがあってさ」

「ほほう、言ってみな」

「ラジオの『受信機』のほうをどうしようかって思って」

「受信機か。ポケットラジオをたくさん買って持ち込む……っていうのは、ダメなんだろうな」

「うん」


 俺が思いついていたことを、父さんも思い至っていたらしい。


「ポケットラジオって、どうしても電池が必要だろ。もしヴィエルで売ったとしても電池は切れる日が来るし、こっちから仕入れるにしても行き来するピピナとリリナさんに負担がかかると思うんだ」

「それは、第一の理由だな」

「第一?」

「ああ、ヴィエルって街に住んでる人たちが電池を使い終わったあとに、取り扱いをどうするかというのもあるだろう。まさか、どこかに投棄するとは言わないよな?」

「あっ」


 しまった。仕入れることばかり考えて、肝心のリサイクルを考えてはいなかった。


「そこまでは考えていなかったか」

「お話の途中で申しわけありません。フミカズ殿、〈デンチ〉はこちらで処分することはできないのでしょうか」

「まず無理だと思う。電池はただ使うだけなら問題ないけど、使い終わってから放置したり、ずっとポケットラジオとかに入れっぱなしにしておくと破れて、人体に有害な液体が漏れ出てきてしまうんだ」

「有害な液体ですか!?」

「うん。下手に触れると、最悪の場合は皮膚が腐食したり失明する恐れがあるくらいに危険な液体がね。もしそれを土に埋めて処分したとしてもキリがなくなるだろうし、なにより土壌が汚染される可能性がある」

「そんな恐ろしいものを、この世界では扱っているのですか……」

「こっちの世界では製法や処分方法が確立しているから、取り扱えさえ気をつければ問題ない。でも、レンディアールの人たちにとって電池はまったくもって未知の物だよね。エルティシアさんやフィルミアさんたちが先頭に立って教えることはできても、小さな子供たちや他の国から来た人たちにまでそれを周知徹底するのは難しいと思うよ」

「たしかに、きらきらしてるでんちをこどもがみたら、ほーせきかなにかとおもってあそんじゃいそうですねー……」

「うむ……」


 送信キットとポケットラジオで電池のことを知っているピピナとルティが、顔を見合わせてうなずきあう。こっちの世界でも問題になっていることなんだから、電池を知らないレンディアールの人たちに対してならなおさらだ。


「父さん、送信キットの電池も充電式のに切り替えた方がいいかな」

「一回充電すれば数十時間使えるのは変わらないから、そのほうがいい」

「わかった。ルティ、明日か明後日にでも繰り返し使える電池を買いに行こう」

「そのような〈デンチ〉もあるのか。とはいえ、扱うことについての危険性については変わらないのであろう」

「ああ。それに……もし一般向けにも扱うとしたら、俺たちは地獄を見ることになる」

「地獄? なぜそんな怖い言葉が出てくるのだ?」

「エルティシアさん。繰り返して使う電池っていうのは、電気を電池に貯める必要があるんだ」

「〈すまーとふぉん〉のようにですか」

「知ってるなら話が早い。その機械で電気を貯められる電池は最大12本までで、必要な時間は8時間ぐらい。ラジオに電池を2本使うとして、もしレンディアールに住んでる人たち全員の電池に電気を貯め直すとなると、いったいどのくらい時間がかかるかな?」

「それは……確かに地獄ですね」

「だろ」

「ね」


 ルティに続いて、俺と父さんもうなずく。ヴィエルだけでも2000世帯ぐらいあるってのに、その人たちの電池を全部充電するとか……想像しただけで、気が遠くなってくる。


「ふたりの説明で〈デンチ〉では難しいというのがよくわかりました。ですが、そうなるとラジオはどうすればいいのでしょうか」

「俺としては、手回しラジオを考えてるんだけど――」

「だめ」

「ダメっ!?」


 これでどうかって相談しようと思ったら、一刀両断されちまったよ!


「確かここの防災袋に……ああ、あったあった」


 父さんはソファから立つと、部屋の片隅にあった防災袋の中から黒いプラスチック製の機械を取り出して戻ってきた。


「エルティシアさんは初めて見るかな。これが、佐助の言う手回しラジオだよ」


 そして、機械に収納してあったレバーを起こすとぐいんぐいんと回し始めた。


「こうやってレバーを回して、電池を充電してからラジオを聴くんだ。1時間聴くのに1分ぐらい、5時間なら5分ぐらいって感じに回していく必要があるわけだけど……あくまでも、手回しのは災害時の非常用だと考えたほうがいい。何度も使って充電を繰り返すほど、こっちの電池も寿命が短くなっていくから」

「結局、こちらも〈デンチ〉なのですね」

「そういうこと。あと、いいのを買おうとすれば、これと同じ1台1万円ぐらいと考えた方がいいかな。それを電池寿命の2年ごとに買い替えれば、こっちも馬鹿にならない経費ってわけさ」

「で、でも、最近のは3000円ぐらいのとかも――」

「佐助」


 反論しようとした俺に、父さんが貼り付けたような笑顔を向ける。


「このあいだな、父さんは通信販売で3000円ぐらいの手回しラジオを3台買ったんだ」

「そういや買ってたな」

「1台は、レバーがもげた」

「げっ」

「もう1台は、15分ぐらい回し続けて聴けたのが3分だ」

「…………」

「最後の1台は使えているけど……ここまで言えば、わかるだろ?」

「安物買いの銭失いってヤツか……」


 いくらラジオ好きだからって、自分から人柱にならなくても。


「とまあ、不良品が出たときの対策も必要になってくるから個人的にはおすすめしない」

「よーくわかりました」

「フミカズ殿も、身銭を切って実感しているのですね……」

「でも、そーなったらあとはどーしたらいーです? でんちのいらないらじおでもあるんですか?」

「あのなあピピナ、電池がないのにラジオが聴けるわけが――」

「ああ、聴けるのもあるよ」

「そう、聴けるんだから……はいっ!?」


 あの、父さん、今なんて言った?


「あれっ、佐助、技術の時間とかに習わなかったか?」

「知らないよ! 父さんが中学生とか高校生の頃の話じゃないのか!」

「そっかそっか。くっくっくっ……ああ、ちょっと待ってなさい」


 父さんは企んでそうな笑みを浮かべると、足取りも軽くリビングから出て行った……って、このあいだも見たよな、コレ。


「サスケ」

「ん?」

「ありがとう。いろいろなことを考えていてくれたのだな」


 見れば、隣りに座ってるルティがうれしそうに微笑んでいた。


「いいんだよ。せっかくみんなががんばったんだから、次の段階に進むためにはどうするかって思っただけだ」


 なんだか照れくさくなって視線をそらしたけど、にっこり笑ってるピピナと視線があったからまたさらにそらす。こうストレートに言われると、さすがに……さ。


「あったあった。って、なにそっぽを向いてるんだ?」

「な、なんでもないよっ!」


 父さんに気付かれないようにと頬を張ってから向き直ってはみたけど、ルティもピピナもくすくすと笑っていた。お前らのせいだってのにっ!


「そうか。まあ、本題といこう」


 でも、俺の願いが通じたらしく、父さんはいそいそとテーブルの上へ持って来たふたつの機械をセッティングし始めた。

 一台は、木の板へ打ち付けた鉄板にスイッチや端子にケーブルをくっつけた、ぐるぐる巻かれた針金やアンテナがむき出しの変な機械。もう一台は……メガホン? その根元にくっついてるのって、イヤホンだよな?


「父さん、この黒いメガホンみたいのは?」

「スピーカー」

「えっ」


 いやいやいや、スピーカーって無理があるだろ! ただ無理矢理くっつけただけにしか見えないって!


「あれれ?」

「どうした、ピピナ」

「なんか、そらをとぶこえがこっちにとびこんできたですよ?」

「なんだって?」


 声が上がったほうを見ると、窓の外へ体を向けたピピナが透明の羽をぴくぴく震わせていた。空を飛ぶ声ってことは、外の電波がこっちへ引っ張られてきたってことか?


「さすけ、ルティさま。このへんてこなきかいへ、おとがとびこんできてるです」

「へえ、ピピナちゃんは電波が見えたり聴こえてきたりするのか」

「みえはしないですけど、しゅーちゅーするときこえてくるですよ。ちょっとよわめなのが、この〈あんてな〉のさきにきてるですよね?」

「ご名答。で、こうすればさらに聴こえが良くなる」


 満足そうにうなずいて、アンテナを伸ばした父さんがその先に銅線の端っこを結びつけて、反対側をカーテンレールへと結びつける。


「あっ、つよくなってきたです!」

「よし、じゃあ行ってみるか」


 そして、スピーカーもどきにくっつけられたイヤホンのコードを機械にあるヘッドホン端子へと差し込んで、つまみを回すと、


『――どっとじぇいぴーえぬ。おおのゆか、あっとまーくえふえむはちはちはち、どっとじぇいぴーえぬあてまで。ここ最近、たくさんのメールが来てうれしい悲鳴を上げてます! 今回が初の生放送ですけど、また月イチかそのくらいには……って、ダメ? あっ、OK! OKが出ましたっ!』

「はー。確かに聴こえてるけど、雑音が多い普通のラジオだよな?」

「ふっふっふっ。佐助、この機械をよく見てみなさい」

「はあ」


 言われて機械を見てみても、ただスイッチがあって回路があって配線があるだけで……って、あれっ?


「父さん、電池は?」

「ない」

「は?」

「だから、なくても聴けるの」

「はあっ!?」


 電池がなくてもラジオが聴けるって、そんな馬鹿な!


「人呼んで『無電源ラジオ』。まずは、このカーテンレールがアンテナになって電波を受ける。その電波がコイルをぐるぐる回って選局用のつまみのほうへ行ったら、この回路で音を取り出してイヤホンジャックへ届けるって寸法だ」

「……わけわかんねえ」

「まあ、簡単に言えば電池がなくてもラジオの電波が拾えるってこと。ただ」


 選局用らしいツマミを父さんがひねると、スピーカーもどきから聴こえていた音はすぐに静かになった。いつもならポケットラジオで聴こえるような、ザーッていうノイズすら聴こえないぐらいに。


「出力が強い近場の局しか聴けないって欠点もある」

「そっか。今のはわかばシティFMだから聴けたのか」

「あの、フミカズ殿。(わたくし)も回してみていいでしょうか」

「ああ、いいよ」


 父さんから許可をもらったルティも、同じようにつまみをぐいぐいと回す。でも、ポケットラジオやコンポで聴くときとは違って、聴こえてくるのは家から数百メートルのところにあるわかばシティFMだけだった。


「サスケから頂いた〈ぽけっとらじお〉とは、また違った聴こえようですね」

「電気を一切使ってないからね。見た目どおりの簡単な作りだけど、このグルグル巻いてあるコイルの幅を縮めたり広げたり、時には付けなおして調整しないといけないとんでもないじゃじゃ馬さ」


 とんでもないとか言いながらも、父さんの目はらんらんと輝いていた。気持ちはわかる。気持はよくわかるんだけど、もうちょっと俺らにもわかりやすくしてくれないかな!


「じゃじゃ馬とは、また面白い呼び名ですね」

「エルティシアさんたちが作ってるラジオ局は、半径5キロ圏内ならノイズもなく聴こえるって言ってたっけ。うまく調整すれば行けるかもしれないけど……まあ、そこは実際にやってみてどうかだな。それぐらい調整がシビアだから、じゃじゃ馬って呼ばれてるんだよ」

「なるほど。では、この〈らじお〉はいくらぐらいするのでしょうか」

「うーん、材料費だけなら3000円もかからないかな」

「材料費?」


 父さんからの答えに、首をかしげるルティ。


「これは、この形で売っているのではないのですか?」

「ああ、そういや言ってなかったか」


 そして、自分の手のひらをこぶしでぽんと叩く父さん。


「これも、自分で作るんだ」

「「「えっ」」」


 続く答えに、俺たちは三者三様の声を上げた。

 俺は、自分で作らなくちゃいけないのかって声。

 ピピナは、たぶん純粋な驚きの声。

 それでもって、ルティは――


「まさか、聴く機械も自分で作れるのですか!」

「そうだとも!」


 言葉どおりの、あふれるような感激の声。

 それは、世界を越えたラジオ好き同士が心を通わせあった瞬間でもあった。


 *   *   *


 それからはもうトントン拍子で、秋葉原にある『東京ラジオマーケット』に行けば材料が揃うと聞いたルティが日曜のおでかけを即決。土曜日にはフィルミアさんとリリナさんに連れられて来たアヴィエラさんも興味を示したことで、このメンバーで秋葉原に来ているわけだ。


「ルティさまっ、きらきらしたのがいっぱいですねっ!」

「うむ。サスケの言うとおり、下手に触るとなくなってしまいそう……ああっ、言ったそばから」

「あははー……なんだかきれいで、つい」

「わからなくもないが、あちこちへ動かさぬようにな」

「はいですっ」


 抵抗・コンデンサ専門店って看板が掲げられた店の前では、人間サイズになってもやっぱりフリーダムなピピナがルティに怒られていた。ルティより少し背が小さめってこともあって、同年代の外国人の女の子が並んでいるように見えなくもない。

「今日はいっしょに街を歩こう」っていうルティの提案でこのサイズになったピピナも、時々距離感に戸惑いながらも楽しめているみたいだ。


「あー、やっぱりピピナちゃんは大きくなってもかわいいですね~……」

「なあ、サスケ。カナはいつもこんな感じなのかい?」

「ええ。だから、基本的に放っておいてあげてください」

「失礼なっ。あたしだって、ちゃんとしてる時はしてますよ」

「ごめんごめん」


 スマホでふたりを撮っていた有楽を見て、昨日その洗礼を受けていたアヴィエラさんがこそっとたずねてくる。反論してきた有楽であるけれども、ゆるみっぱなしの表情に説得力なんてものはかけらもない。


「しかしまー、ニホンの店にはずいぶん狭いのもあるんだね。昨日行った〈こんびに〉とか〈すーぱー〉とは大違いじゃないか」

「ここは昔からこんな感じらしいです。ヴィエルの横道にある商店街が何層にも積まれてるって言えばわかりやすいですかね」

「いろいろなモノを売るためにこうしてるってことか」

「なんだか目移りしちゃうよね。あっ、ほらほらヴィラ(ねえ)、なんか変わった板があるよ」

「おおっ、なんだこれ」


 有楽とアヴィエラさんが立ち止まって覗き込んだのは、大小様々な基板ばかりが整然と並べられたお店。見ただけじゃ何に使うのかはさっぱりわからないけど、こういうのが必要な人もきっといるんだろう。


「フィンダリゼの連中がここを見たら、きっと買い漁りに来るんだろうな」

「フィンダリゼは『機械と劇術の国』って呼ばれてるんだっけ」

「ああ。アタシも何度か行ってるけど、こういう形の板が何倍もの大きさでゴロゴロしてた。ルイコの家に『タタミ』ってあったろ。あれくらいの大きさのが何枚分かとかさ」

「ずいぶんでかいんですね」

「確か『絵を描くための布を自動的に折る機械』を研究してるとか言ってたっけ」

「それって、ヴィラ姉がイロウナでもやってることだよね?」

「そう。だから『アタシらみたいに布を作って売るのか』って聞いたんだよ。そしたら『舞台や行事の背景のためだけに作ってるから売らん』って」

「あははっ、さすが『劇術の国』」

「本当、面白い連中だよ。接し甲斐も話し甲斐もあって」


 白い歯を見せて、心底面白そうに笑うアヴィエラさん。軽快な話し方についついひきこまれて、昨日初めて会ったばかりの有楽も興味深そうに会話へ加わっていた。

 しかし、有楽の『ヴィラ姉』がよくて『姐さん』がNGってのは……ちょっとばかり、悔しい。


 その悔しさを心の片隅に投げ捨てて、俺たちはエスカレーターを使ってさらに上の階へ。最上階になる4階も、やっぱりいろんな店が所狭しとひしめきあっていた。


「サスケ、あの〈ホダカ〉という看板がそうなのではないか?」

「ああ、あの店だな」


 エスカレーターがら下りて道なりに進んでいくと、奥まったところに「ホダカ無線」と書かれた看板が天井からさげられていて、その下ではやっぱりわけのわからなさそうなパーツがガラスケースの中や上にたくさん並べられていた。


「よしっ、早速行くとしよう」

「待て待て、ひとりで先走るなって」


 意気込むルティに声をかけて、俺もいっしょに歩みを早める。早く欲しいのはわかるけど、ひとりで行ってもわけがわからないだろうに。


「あの、すいません」

「ん?」


 店頭にいる白髪のじいさんに声をかけると、じろりと鋭い目が向けられた。


「何か用かい?」

「あ、えっと、こちらに『無電源ラジオ』のキットがあると聞いて伺ったのですが」

「……どっちだい」

「え?」

「だから、どっちだと聞いてるんだ。AMと、FMと」

「えーと……FMのです」

「ふん」


 言いよどんだのが気に入らないのか、じいさんはひとつ鼻息を鳴らして店の奥へと引っ込んでいった。


「……機嫌が悪いのかな」

「そうだろうか? 我には職人がまとう風格に感じたが」

「だね。アタシのところにも今みたいな人はよくいるよ」

「えー……」


 俺のつぶやきに、ルティとアヴィエラさんが同じくらいのボリュームでささやいてくる。俺には怒ってるようにしか見えなかったけど、そういうものなのか?


「ん」


 しばらくすると、じいさん店員はパーツが入ってるらしいビニール袋を持って店頭へと戻ってきた。表には『FM無電源ラジオキット』って書かれたシールが貼り付けられているから、これで間違いなさそうだ。


「これか」

「はい、父さんが持ってたのと同じっぽいんで」

「買って家へ帰って、開けてから違ったって言っても返品は受けんよ」

「えーっと……パーツの不具合の場合は?」

「ここで確認して、不具合持ちだったら受ける。送料か交通費はウチの負担だ」


 おっ、そこはちゃんと受けてくれるのか。


「わかりました。じゃあルティ、今回はひとつでいいのか?」

「うむ。まずはひとつ作って『あちら』で試してからにしたい」

「なんだ、お前さんが作るんじゃないのか」

「ええ。この子が作りたいって言ってて、俺はその付き添いです」

「初めてお目にかかります。エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと申します」

「ん? おお……これはどうも、ごていねいに」


 ルティがきびきびとあいさつすると、じいさん店員は面食らったのか、それともつられたのか同じように頭を下げていた。


「貴方様のところで販売されている〈きっと〉を使い、この少年の父御が〈らじお〉を鳴らしているのに感激してこちらへと参りました」

「ふむ……失礼ですが、こちらのキットを作るときにはんだごてや工具を使う必要があるのですが、その経験はありますかな?」

「いえ。しかし、少年の父御より作り方を含めた手ほどきを受けることになっております」

「経験者がつくのであれば、まあ。あとは、このラジオを鳴らすのには相当な慣れが必要というのは」

「伺っております。無論、それも覚悟の上で」

「ふむ」


 迷いのない、しっかりとしたルティの返事にじいさんの表情もやわらかくなる。


「わかりました。では、2,500円となります」

「ありがとうございます」


 ルティは水色のポシェットから財布を取り出すと、慣れた手付きで1000円札2枚と500円玉をじいさん店員へと渡した。


「まいどあり」

「あの、職人様」

「むっ?」


 って、アヴィエラさん? なんで背筋を伸ばして、ていねいに声をかけてるんです?


「その〈きっと〉の在庫はまだあるのでしょうか」

「あと7つほどですな」

「では、私もひとつ購入させていただきます」

「アヴィエラ嬢も購入されるのですか」

「私もエルティシア様に倣ってみたく。〈デンキ〉を使わず〈らじお〉を聴いてみるというのも、また一興かと」


 胸元に手をあてて微笑む姿に、いつものワイルドさはみじんも感じられない。もしかして、これもアヴィエラさんの商人モードなのか? それともただの猫かぶりモードか?


「じゃあ、あたしも買おうかな」

「お前も?」

「手作りラジオって面白そうじゃないですか。作ること自体はカンタンだって、せんぱいのおとーさんも言ってましたし」

「さすけ、さすけ」

「ん?」

「ピピナにもつくれるですか?」


 とてとてと近寄ってきたピピナが、小首をかしげながら俺を見上げてきた。って、いつもの妖精さんモードとまったく違う可愛らしさがあるんですけど。


「そ、そうだなぁ……ちゃんと集中できるのなら作れるんじゃないか?」

「じゃあ、ピピナもやるですっ!」


 おいおい、女性陣みんな購入決定じゃねえか! そうなると、俺だけが取り残されるわけだけど……まあ、作り方も簡単だって言うし、2,500円なら貯金でどうにかなるか。

 それに、ルティたちといっしょにラジオ作りっていうのも面白そうだしな。


「じゃあ、俺も買うか」

「では、全部で5つだから12,500円だな。御主人、こちらの1万円であと4つをお願いいたします」

「は、はあ」


 突然のなりゆきに、頑固そうなじいさんもさすがに戸惑っていた。俺みたいのならともかく、可愛らしい女の子たちが続々と電子部品を買うっていうんだからそうなるのも仕方ないだろう。


「おいおい、自分で払うってのに」

「なら、我が立て替えておこう。帰ってから払ってくれればそれでいい」

「……なあ、坊主」


 と、じいさんがカウンターから少し身を乗り出して俺を手招きしてきた。


「なんなんだい、お前さんたちは」

「んーと、日本と外国のラジオ好きの集まりってとこですかね」


 一応、間違いでも嘘でもない。


「そういえば、父さん――松浜文和から『元気か』って伝えるようにと」

「お前さん、あの坊主の息子か!」


 父さんからの伝言を口にしたとたんに、じいさんが豪快に声を上げる。って、父さんも坊主扱いかよ!


「カエルの子はカエルとは、よく言ったもんだ」

「父さんのこと、知ってるんですか?」

「知ってるもなにも、大学生の頃からあやつはここに入り浸っていたんだぞ。アナウンサーなんぞになりおってからは時々しか顔を出さんが、あのラジオ好きにこんなデカい坊主が出来ていたとはな」


 さっきまで面倒くさそうに対応していたのがウソみたいに、かっかっかと笑っているじいさん。父さんの名前を出したら一気に軟化したあたり、相当親しいらしい。


「それで、このキットをお前さんたちが作るというのは正気なのか」

「正気って、もちろんですよ。FMラジオの送信キットを作ったから、次は受信機だって思って」

「市販のに行かず、キットから作ると来たか。いや、すまんすまん。年若いのが女の子連れで来たから、ついつい冷やかしかと思ってしまってな」

「ああ、そういうことでしたか」


 言われてみると、確かに男ひとりと女の子が4人。しかもほとんどが未成年とくれば冷やかしだって敬遠されてもおかしくないか。


「いやはや。坊主め、面白そうな小坊主たちをよこしおった。お嬢さん、さっき渡したセットを貸してくれるかね。大きな袋にまとめて入れておこう」

「よろしいのですか?」

「いいともよ。で、そこの小坊主に持たせるといい」

「小坊主って呼ばないで下さいよ!」

「坊主の息子なんだから、小坊主でよかろう」

「俺には、松浜佐助って名前があるんですけど」

「ワシは馬場(ばば)まもるだ。よろしくな、小坊主」

「だから佐助ですって!」


 俺の文句にじいさん――馬場さんが笑って、つられてみんなも楽しそうに笑いだす。そう呼ばれるのは別に構わないんだけど、


「いいじゃないですか、小坊主せんぱい」

「そうだぞ、サスケ小坊主」

「有楽もアヴィエラさんも乗らないっ!」


 ほらっ、ノリのいいふたりが乗ってきたじゃないか!


「わははっ、ゆかいゆかい」

「ゆかいじゃないですよ、まったく」


 肩を揺らして笑うと、馬場さんはルティから渡されたキットの袋を手にして店の奥へと戻っていった。


「なんとも面白い方ではないか」

「ですねー、ゆかいなおじーちゃんです」

「うむ。そして、我との問答では頼もしくも感じた」

「まあ、確かにそうだな」


 最初は少し怖かったけど、話してみたら面白しくて頼もしそうなじいさんなのはふたりの言うとおり。見た目だけで判断するより、話して判断しろって父さんは言ってたっけ。

 小さくて存在感のあるじいさんの背中を見ながら、俺はそんな教えを思い出していた。

 手回しラジオがピンキリというのは本当です。(安いのを買ったら中のアンテナバーが外れていた人)

 災害時にはとても役立つものではあるので、ライトつきでちゃんとしたのがあると安心するかと。あとは、ポケットラジオ用の電池をストックしておくとか。


 さて、第3章「異世界ラジオのひろめかた」の開始です。

「送信」の次は「受信」。また日本とレンディアールを舞台にして、みんなが〈らじお〉の広め方を考えていくお話となります。日本でも若葉市だけではなく、いろんなところへ行くことに。今回は秋葉原の一角に建っているある建物を舞台にしてみました。モデルにしたお店自体はありませんが、実際にこういうキットは存在していたりします。


 無電源ラジオは「ゲルマラジオ」と呼ばれるAM用途のだと参考サイトなども多く、簡単に作ることができるのではんだ付けの練習がてら作ってみるのも面白いかもしれません。

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