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第19話 異世界少女のさそいかた

 目の前に広がる、白く大きな布の数々。

 体育の授業で使うような高い鉄棒にかけられたそれはシワもシミもなくぴんと広げられていて、学校の体育館より一回り大きい建物の中で迷路の壁みたいに広がっていた。


「わぁ……どこまでも白いんですね」

「ここがうちの商業会館名物『絹の小道』だよ。イロウナから持って来た生地はこうして竿にかけてから整えられて、買いに来る人を待ってるんだ」

「なるほど。ちょっと触ってもいいですか?」

「ああ、ちょっと待ちな。竿の端っこに緑の札がかかってるのがあるだろ? こいつは触ってもいいけど、かかってないのは触っちゃだめだからな」

「わかりました。では、早速こちらを」


 赤坂先輩は笑顔でアヴィエラさんに会釈すると、首からさげているICレコーダーのマイクへ絹の生地を近づけてそっとさわり始めた。


「さらさらした手触りですね。光沢もありますし、とても心地いいです」

「へへっ、そうだろ。この生地はウチの国が誇る魔織士(ましょくし)が作りあげたものだからな」

「ましょくし、ですか」

「ああ、こっちにはいないんだっけ。イロウナが認めてる職業魔術士のひとつで、糸を一本一本魔術で織り上げてきめ細かい布に仕立てていくんだ。ウチの主力商品のひとつにもなってる」

「魔術を使って織り上げていくんですか! なんだか、幻想的な姿が思い浮かんできます」

「あー、そう言ってくれるのはうれしいんだけど……アンタ、さっき何してたの?」

「ああ、さっきのは絹を触っている音を記録してたんです。聴いている人も、手触りが想像出来るようにと」

「ふーん、不思議なことしてるんだね。で、アタシはこんな感じで案内してりゃいいのかい?」

「はいっ、親切な説明でとても助かります」

「……王家のヒミツを聞いといて頼まれたのがコレって、なんかおかしくないですか?」


 とても楽しそうな赤坂先輩とは対照的に、アヴィアラさんがちょっと離れていた俺達へと困ったような目を向ける。ええ、そうでしょうとも。さっきフィルミアさんに詰め寄られた時には怯えていたぐらいでしたからね。


「いいえ~。わたしたちからのお願いは『他言無用』だけですし、むしろこっちからお願いしているのですから、何もおかしくはないですよ~」

「そうですとも。アヴィエラ嬢の好意に感謝しております」

「や、なんつーか、拒んだらアタシの命がないってぐらいに思ってたんだけど……って、ご、ごめんなさいっ! ついいつもの口調が!」

「そのようなこと、(わたくし)たちレンディアール王家はしませんよ。それに、いつも慣れた言葉で話していただいて構いません」

「……なんか調子狂うなー。アタシの本陣だってのに」


 平然と言葉を返すレンディアールの王女姉妹と、言葉通り困惑したように指でほっぺたをかくアヴィエラさん。他の国の人からしたら、このフレンドリーな対応はありえないってことなのかな。


 市場通りの青果店でリメイラさんの暴露話を聞いてしまったイロウナ商業会館の会長・アヴィエラさんは、フィルミアさんにとっ捕まったあと『このことは他言無用で~!』とお願いされて、それを受け入れたついでにイロウナ商業会館を見せてほしいというお願いも聞き入れていた。

 その結果として、今は赤坂先輩の取材に案内人として同行中。短い言葉でわかりやすく説明はしているんだけど、ICレコーダーを使った先輩の行動に時々不思議な視線を向けてなかなか集中できずにいるみたいだ。


「アヴィエラさん、今おしゃべりしたのを聴いてみます?」

「えっ、ここで聴けるの?」

「はいっ。少し音は小さいですけど、こんな風に」


 先輩は一旦ICレコーダーの停止ボタンを押すと、スピーカー部分をアヴィエラさんの耳元に近づけてから再生ボタンを押した。


『わぁ……どこまでも白いんですね』

『ここがうちの商業会館名物〈絹の小道〉だよ。イロウナから持って来た生地はこうして竿にかけてから整えられて、買いに来る人を待ってるんだ』

「うわっ、これがアタシの声!?」

「そうですよ。やっぱり、びっくりしました?」

「いやいやだって、自分の声なんてしゃべってる時ぐらいのしか聞こえないし! ルイコのはそのままだけど、自分のって全然違うんだねえ。そっかそっか、そういう風に記録していくのか!」

「ふふふっ、アヴィエラ嬢も驚いたか」

「この国にいる者であれば、誰でも驚くでしょうね」

「ねーさまもおどろいてましたからねー」

「そういうピピナだって驚いてたじゃねえか」


 初めて自分の声を聴くっていう経験をしたアヴィエラさんを、微笑ましく見守っている俺たち見学組。『絹の小道』を見ている間は、通路の幅の関係もあってピピナとリリナさんもこっち側へと移動していた。


「それにしても、イロウナの絹というのはかくも美しきものなのだな」

「本当にな。男の俺でも、この生地は見事だって思うよ」


 目の前にある大きな絹の生地を触ってみれば、指の先に滑るような感触が伝わってくる。劣化を防ぐためか窓は全部木戸で閉じられているけど、壁や天井のガラス皿に入れられた陸光星の光を受けて、思わず見とれそうになるくらい多くの生地が淡い光沢を放っていた。


「これだけ大きい生地を魔術で織るなんてなぁ……まるでおとぎ話みたいだ」

「何を言う。我らからすれば、日本での出来事のほうがおとぎ話のようなものなのだぞ」

「ですね~。〈らじお〉や〈でんきがっき〉とか、夢物語に出てきてもおかしくないものですし~」

「ピピナたちのなかまがいないのもしんじられないです」

「そ、そうなのか?」

「サスケ殿がそう思われるように、私たちも日本に多くの不思議を感じているということですよ」

「なるほど」


 ちょいと感じたことを言ってみたら、みんなから総ツッコミを食らった。言われてみれば、俺たちからしたら不思議なことがこっちじゃ当然なわけで、その逆があってもおかしくないってことなんだろう。


「では、そろそろ先ほどの続きに行きましょうか」

「ああ、いいよ。こうなったら、アタシがこの会館の魅力をたっぷり教えてやる!」


 そんな中でも、先輩は俺みたいに圧倒されることなく取材を続けていく。アヴィエラさんもそんな先輩が気に入ったみたいで、さっきよりも先輩との距離を縮めていた。


「アヴィエラ様」

「ああ、じい。どうしたの?」


 と、先輩がICレコーダーを操作しようとしたところで小柄なじいさんがのそりと部屋へ入ってきた。


「いえ、客人はどうなさったのかと思いまして」

「なに、心配? ちゃんとやってるから安心してってば」

「老骨としてはいささか不安で」


 ちょっとふてくされた声を気にした様子もなく、じいさんは主であるはずのアヴィエラさんへ思いっきり毒を吐いていた。


「心配しなくて平気だってのに。みんな、今ここに来たのがうちのお目付役のイグレールだよ。アタシの次のお偉いさんってとこ」

「イグレール殿、お久しぶりです」

「イグレールさん、お元気そうでなによりです~」

「おお、レンディアールの。エルティシア様もフィルミア様も実に久しいですな」


 じいさん――イグレールさんと面識があったのか、ルティとフィルミアさんは深々とあいさつしてイグレールさんもそれに応じてみせる。


「で、そちらの見かけないお人らは?」

「こっちはアカサカ・ルイコで、そっちにいるのはマツハマ・サスケ。ふたりとも、エルティシア様とフィルミア様の友達さ」

「初めまして、赤坂瑠依子と申します」

「どうも。松浜佐助っていいます」

「友達……? ああ、こちらの王家は平民もそのように差配するのでしたな」


 レンディアールのお姫様姉妹とは対照的に、俺たちへ一瞬怪しそうな視線を向けてきたイグレールさん。この人が見せてくる反応のほうが、普通っちゃ普通かもしれない。


「失礼じゃないか、じい。国が変われば立場も変わるんだから、そういう目で見ちゃダメだ」

「ふむ、これは失礼を。(わし)の名は『イグレール・モンティーヴァ』と申す。くれぐれも『商鬼様』へ無礼のないように」

「あ、はい、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 口元は笑ってるんだけど、目つきは鋭いまま自己紹介してくるし、どことなく投げやりな言い方だし……まあ、そういう風に見てくる人もいるんだって思うようにしておこう。


「案内はちゃんとしてるから。じいはさっさと朝の業務に戻ってよ」

「むう……仕方ありませんな。くれぐれも姫様方へ失礼のないように」

「はいはいっ!」


 アヴィエラさんは強引にイグレールさんの背中に手をやると、部屋から押し出して両開きの木戸を思いっきり閉じた。


「はぁ……ごめんな。うちの国だと身分差があるせいで、ああいう態度をとるのが多いんだ」

「いえ、アヴィエラさんのさっきの言葉だけでもありがたいです」

「わたしも、アヴィエラさんに普通に接してもらえるだけで十分です」

「そう言ってもらえると助かる。アタシも、ちゃんとここのみんなにサスケとルイコのことを説明していくからさ」


 心底困ったようなアヴィエラさんの表情が、俺と先輩の返事で一気に引き締まる。この頼もしさ、俺も見習わないと。


「んじゃ、仕切り直して行こう! ウチのもう一つの主力商品で『魔石』ってのがあるから、そいつを紹介させてもらえないかな」

「はいっ、是非ともお願いしますっ」


 アヴィエラさんの勢いにつられたように、先輩も笑顔で続く。イグレールさんのせいでちょっぴり残ってた不快感も、今のですっきり吹き飛んでいった。


「今度は妖精ちゃんたちたちもおいでよ。とびっきりのを紹介してあげるから」

「わーいっ、ありがとですよー!」

「イロウナの魔石は気になっていたので、是非とも」

「姫様たちもサスケもじっくり見ていきな。なんか気に入ったのがあったら、お手頃にしとく」

「あははっ、商魂たくましいですね。佳き心意気です」

「だろっ」


 そう思えるぐらいに、アヴィエラさんの笑顔はとてもさわやかで。


「ルイコにはこれがいいかなー。ほら、これを持ってみて」

「黒くて少し角張った石ですけど……きゃっ、なっ、なんですかこれっ!?」

「こいつは『記石(きせき)』。忘れないようにと思い描いた言葉が、目の前へ文字として浮かんでくるんだ。演説とかでも使えるように裏側からは透けて見えるようにしてるんだけど……って、読めないなこれ。ニホンの言葉なの?」

「そうですね。この番組をどう組み立てようかを書いたメモが、わたしたちの国の言葉で浮かんでます」

「そっか。他国の人でも使えるなら、それを売りにしていくのもアリかな」


「ピピナちゃんにはこいつかな。ちょっと大きいけど、抱えられるかい?」

「だいじょーぶですよ。ピピナのだいすきな、きれーなみどりいろのいしです」

「んじゃ、それを持って『来い』って念じてみな」

「はーいっ。んーと……『こーいっ!』」

「ぴぃっ!」

「わきゃっ!? な、なんかひよこさんがでてきましたよっ!?」

「おー、ピピナちゃんだとそいつが出てくるのか。この『呼石(こせき)』を使うと、1日に10分間だけ背中に乗せてくれる動物が呼べるんだ。ほら、ちょっと乗ってみ」

「んしょっと。わわっ、ぽてぽてってあるいてますっ! あははっ、こっちにいくですよー!」


「リリナちゃんに合いそうなのはコレっと。はいっ、これを目の前にかざしてみて」

「はあ、何やらガラスのように透明な石で……と、あの、板のように変化しましたが、これをどうすればいいのでしょうか?」

「そのままのぞき込んでみて。この『視石(しせき)』は、持った人の眼に応じた形へ変化して見やすくしてくれるんだ」

「なるほど、確かに平時よりもはっきりと見えます」

「ちょっと目つきがキツかったから、もしかしたらってね」

「確かに目をこらすことは多いですが、まさか気付かれるとは」


「はー……まるで水を得た魚だな」

「うむ、これがアヴィエラ嬢の本領なのだろう」

「思わずうっとりしちゃいますね~」


『魔石』が展示されているフロアへ案内された俺は、ルティとフィルミアさんといっしょにちょっと離れたところでいきいきとしたアヴィエラさんの姿を目の当たりにしていた。

 セールストークも決して押しつけがましいものじゃなく『これなんてどう?』って感じだし、案内された魔石もそれぞれみんなに合ったものみたいで先輩たちを夢中にさせている。これが『商鬼』の実力ってやつなのか。


「でも、リリナちゃんの目が悪いなんて初めて知りました~……」

「リリナの性格からして、我らには言えなかったのでしょう。その観察眼も、また『商鬼』たる所以かと」

「エルティシア様とフィルミア様も、よかったら案内しようか?」

「今はルイコさんたちの番ですし、わたしたちはまた後日うかがいますよ~。それよりも――」


 フィルミアさんはそこまで言うと、お財布代わりの袋を取り出してから声を掛けてきたアヴィエラさんへと歩み寄って、


「今みんなに紹介していただいた魔石ですけど、おいくらですか~?」

「即決っ!?」


 躊躇することなく、一気に袋の紐を緩めてみせた。


「あの、フィルミア様。私は別になくても平気なのですが」

「だめですよ~。ちゃんと見やすい方がいいはずですし、ニホンにあった〈メガネ〉みたいにしてみれば、きっと可愛いはずですから~」

「か、可愛い……? 私が……?」

「〈メガネ〉? なにさ、それ」

「ああ、ちょっと待ってください。メガネ、メガネと……ああ、これですね」


 スポーツバッグからメガネケースを取り出した俺は、しまってあったメガネを掛けてアヴィエラさんのほうを向いてみた。視力自体はそんなに悪くないんだけど、ラジオ関係でPCを使うことが多くなるからと父さんに買ってもらったブルーライトカットのメガネだ。


「こうやってかけて、両側にあるガラスのレンズ――板で目を見やすくするんです」

「ちょっと見せて」

「うわっ!?」


 ち、近いっ! ずいっと顔を近づけてくるから、アヴィエラさんの息がめっちゃかかってくるし!


「これって鉄……? ガラスの板は、細い鉄で囲んで固定してるのか」

「あ、あのー、アヴィエラさん?」

「ちょっと待てって。耳と鼻のは樹脂かなにかかな。鉄の枠にひっつけて滑りにくくしてるみたいだけど……」

「ほう。フィルミア様が仰っていたことが、なんとなくわかったような気がします」


 あのー、リリナさん? 感心してないで、助けてほしいぐらいなんですけど?


「ここは蝶番(ちょうつがい)で開閉可能で……ふむふむ、ありがと。だいたいこんな感じってのはつかめたよ」

「は、はあ」


 やべ。超至近距離でにかっと笑ったの、すごく可愛いし。思わず見ていてドキッとするくらいにまぶしい笑顔だ。


「フィルミア様、こういう感じのを作ればいいんだよね」

「はい~。ですが、可能でしょうか~?」

「可能も可能っ! リリナちゃんの顔をちょいと採寸させてもらって、今からならお昼過ぎに渡せるんじゃないかな。お代は……視石が1個につき銀貨5枚だから、2個で計10枚。記石が銀貨4枚で呼石が3枚ってのを合わせると、全部で銀貨17枚だね。視石用の鉄枠は、おまけってことにしとこう」

「おまけだなんて、そんなわけには~」

「いいんだ。さっきは悪い気分にさせちゃったんだし、そのくらいはさせて」

「……では、よろしくお願いします~」

「あいよっ。銀貨17枚、確かにお預かりだ」


 仕方ないとばかりに苦笑いしたフィルミアさんが銀貨を渡すと、アヴィエラさんは軽い口調で笑って受け取ってみせた。その直前の申し訳なさそうな口調からすると、やっぱりイグレールさんの言葉が引っかかってるのかな。


「んで、出来上がったらどうする? 取りに来る? それとも、市役所まで届けに行こうか? できたら、リリナちゃん本人に出来映えも確認したいところなんだけど」

「そうですね~」

「あの、姉様」


 と、フィルミアさんが考え始めたところで隣りにいたルティが割り込んできた。


「もしアヴィエラ嬢に差し支えがなければ、是非ともわが家へ招待したいと思うのですが」

「招待?」

「はいっ」


 そして、首を傾げるアヴィエラさんへ大きくうなずくと、


「本日の礼として、アヴィエラ嬢を当家へ招待させていただきたく」

「……アタシを?」

「その通りです」


 当然だとばかりに、満面の笑みを向けてみせた。


 *  *  *


「おお」


 背よりも高い大鏡の前に立つ、メイド服姿の妖精・リリナさん。

 そんな彼女は、メガネ――イロウナ産の『視石』っていう魔石を使った目の矯正具のつるに手を添えたまま、自分の姿に見入っていた。


「わー。ねーさま、すっごくおにあいですよー!」

「本当ですね。表情がやわらかくなったように見えます」

「ルイコ様のおっしゃる通りかもしれません。目をこらすことなく物が見られるので、とても落ち着いた気持ちです」


 ピピナと赤坂先輩が言うとおり、リリナさんのメガネ姿はとてもお似合いで、出会った頃にまとっていた厳しい雰囲気がウソみたいに和らいでいた。ビシッとしたたたずまいもとても決まっていて、今頃オーディション中のハァハァ声優が見れば一発で飛びついてきそうなぐらいだ。


「ありがとうございました、アヴィエラ様」

「い、いや、そんなこと。あはは、気に入ってくれたならいいんだ、それでいい」


 とてもうれしそうなリリナさんに対して、制作者兼販売者のアヴィエラさんはすっかり挙動不審中。まあ、それもしょうがないよな。


「とてもよき仕事だと思います」

「ありがとうございました~。こんなに楽しそうなリリナちゃんを見られる日が来るなんて~」

「ああああ、頭は下げないでっ! むしろアタシのほうが礼を言わなくちゃっ!」


 レンディアール家のお姫様がふたりもいて、ヴィエルの象徴でもある時計塔へと招待されたんだから。


「アヴィエラさん、とりあえず落ち着きましょう」

「むむむむむ無理だよっ! だって、ここって王族が住んでるところなんでしょ!?」

「とは言っても、住んでるのはルティとフィルミアさんと、リリナさんとピピナぐらいですよ」

「十分過ぎだ! よくサスケは落ち着いてられるなっ!」

「俺はまあ、出会いからしていろいろあったんで」


 応接間のソファですっかりくつろいでいた俺は、お先にフィルミアさんがいれてくれた紅茶でのどを潤した。俺の場合はルティもフィルミアさんもお姫様だなんて知らなかったし、もう今更ってもんだ。


「アヴィエラ嬢、本日は我らの願いを聞いて下さって誠にありがとうございました」

「ふぇっ!? ああっ、いやいやっ、アタシこそお招き頂きありっ、ありがとうございましたっ!」

「そして、我らが友であるルイコ嬢とサスケを守って下さって、誠にありがとうございました」

「ま、守るって、べつにそんなのじゃないからっ! 知り合いのことを悪く見られてたら嫌だってだけで!」

「それだけでも、十分礼を言うべきことかと」

「ルティの言うとおりですね~。アヴィエラさん、わたしからもお礼を申し上げます~」

「はいっ!?」

「ピピナも、ありがとーですっ!」

「友として、私からも御礼を申し上げます」

「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってってばっ!」


 ルティに続いて、フィルミアさんとリーナ姉妹が一礼したことでアヴィエラさんの戸惑いがますます深まっていった。俺らは慣れてるけど、イロウナの人からしてみれば王族とその関係者から礼を言われるってのはとんでもないことなんだろう。


「ねえ、これアタシを驚かせてんの!? それとも何!? 要求でもするつもり!?」

「要求……まあ、それに近いものはあるかもしれませんが」

「ほら来たっ! やっぱり来たー!」


 アヴィエラさんが後ずさってソファの背から落ちそうになったけど、なんとか持ち直して座り直してみせた。


「まずひとつは〈らじお〉のことについてです」

「〈らじお〉……って、さっきルイコが何かしてたアレ?」

「はい。そして、先日貴女(あなた)様がサスケとルイコに初めて会った際、音楽を聴いたという箱のことです」

「ああ、あの箱のことね。んで、アタシと〈らじお〉になんの関係があるのさ?」

「ぜひとも、アヴィエラ嬢に協力頂きたいと思っておりまして」

「アタシが?」

「はい。まずは、実際に体験して頂いたほうがいいと思うので……リリナ、ピピナ、ともについて来てくれないか?」

「かしこまりました」

「はーいですよーっ!」

「ありがとう。サスケ、こちらのほうは頼めるだろうか」

「おうよ」


 ルティはアヴィエラさんに一礼すると、棚の引き出しからミニFM送信キットとポケットラジオを取り出して応接間から出て行った。俺もスポーツバッグからポケットラジオとかを出して、電源を入れれば準備OKだ。


「なにさ、それ」

「このあいだのとはちょっと違いますけど、音楽を聴いたりするのに必要な箱ですよ」

「そのわりには、あの時使えなくなったみたいにザーッて音しか聴こえないけど」

「まあ、このまま持って待っててください」

「むぅ」


 言葉を濁してポケットラジオを渡したらちょいとふてくされられたけど、実際待ってもらわなくちゃしょうがない。そのまま数分待っていると、ポケットラジオのスピーカーから聴こえていたノイズが前触れもなく途切れて、がさごそと何かが擦れているような音に続いて、


『あー、あー、聴こえるだろうか? 我は〈ヴィエル市時計塔放送局〉の局長、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールだ』

『私は〈ヴィエル市時計塔放送局〉の助手、リリナ・リーナと申します』

『ふむ。空でピピナが手を振っているということは、ちゃんと聴こえているのだな』

「しゃ、しゃべった!? エルティシア様と、それにリリナちゃん!?」


 突然聴こえてきた声に、アヴィエラさんがふたりの姿を探すようにきょろきょろと辺りを見回し始めた。でも残念、ここにはふたりともいないんだな。


『ばっちりきこえてますよー。とゆーことで、おなじく〈ヴィエルしとけーとーほーそーきょく〉のじょしゅ、ピピナ・リーナですっ』

『今回は我ら3人で〈らじお〉を使ってアヴィエラ嬢へ話してみたいと思う。リリナ、ピピナ、よろしく頼んだぞ』

『お任せ下さい。〈らじお〉の魅力を知った者として伝えていければと』

『まずはアヴィエラ嬢、後ろを振り返ってみてください』

「えっ、う、後ろ?」


 黒髪をひるがえしてアヴィエラさんが振り向くと、窓の向こうにある中庭の端っこ――市役所へ繋がる扉のそばに3人がいて、メガネをかけたリリナさんが微笑みながら手をひらひらと振っていた。


「うそっ、そんなところにいて声が聴こえるのっ!?」

『驚かれているようですね。このように、遠くに離れたところへ言葉や音を届けるのが〈らじお〉なのです』

「へえ……あの時は音楽だったけど、こういう風に言葉も届けられるんだ」

『私たちは、サスケ殿とルイコ様、そして今はニホンにいらっしゃるウラク・カナ様の協力を得て、このヴィエル、そしてレンディアールへと〈らじお〉を広めるために活動を始めました』

『で、アヴィエラおねーさんにもこーゆーふーにしゃべってもらいたいなーって、ルティさまとミアさまがかんがえてるみたいですよー』

「アタシが? こんな風に?」

「はい~」


 話の流れで振り向いたアヴィエラさんに、同じく名前が出てきたフィルミアさんがのんびりと返事する。


「いや、いやいやいや、アタシがそんなことして何になるってのさ!?」

「正直に言ってしまいますと~、アヴィエラさんのしゃべりに惚れてしまいまして~」

「は?」

「先ほど、ルイコさんに生地の説明をしたり、ピピナちゃんとリリナちゃんに魔石の説明をしているときにとてもわかりやすくて~、是非ともわたしたちの〈らじお〉でしゃべってはいただけないかと~」

「そう言われても……第一、どんなことをしゃべればいいのさ」

「な~んでもいいんですよ~。商業会館の宣伝もいいですし~、今日はこんなことがあった~、明日はこんなことをするのでお店に来て下さい~という感じで~」

「そんなことでいいの?」

『はい。それは、アヴィエラ嬢の御随意に』

「ひゃっ!? な、なんで? なんでアタシの言葉が伝わってるの!?」


 またまた突然聴こえてきた声に、何度目かわからないほどびびってるアヴィエラさん。さすがにこれ以上驚かせておくのもなんだから、ここらで種明かしをしておこう。


「実は『声が聴こえる』機械があるように、『声を伝える』機械もあるんです」


 俺はそう言いながら、ポケットラジオといっしょに取り出した機械――もうひとつのミニFM送信キットを手にとってみせた。ルティへ渡したのと同じ機種を自分で組み立ててみたんだけど、俺の技術不足もあってマイク入力に特化したシンプルなものになっている。


「な、なんかゴテゴテしたのが入ってるな」

「俺たちの国では、こういうものを使ったりしてラジオを放送――声をいろんなところへ送っています。自分の国や他の国で起きた出来事を伝えたり、いろんな曲を流したり、聴いている人から手紙を募ってバカ話をしたり、悩み相談を受けたりして。それを多くの人たちが同時に聴いて楽しめるのが、今アヴィエラさんが手にしている『ポケットラジオ』って機械なんです」

「こいつもそいつも小さいなりして、どえらいことができるんだね。ちょっとさわってみていいかい?」

「ええ、いいですよ」


 俺がうなずいてみせると、アヴィエラさんはおそるおそるといった感じで送信キットへ手を伸ばして、プラスチックのケースを細い指先でそっとなでつけた。


「こいつ自体ははただの樹脂なのか。魔力の波動が出てるのは……んと、こっちじゃなくて、この棒?」


 探るようになでていた手が、送信キットの本体からケーブルを経てロッドアンテナへと移っていく。スタンドで直立しているステンレス製のアンテナを根元からてっぺんまで指でなぞったところで、その手がぴたりと止まった。


「ああ、ここだここだ。すごいね、機械で魔力を発生させてるんだ」

「えっ? ま、魔力ですか?」

「は? 知らないでアタシにこいつをさわらせてくれたの?」

「や、俺たちの世界に魔術とかそういうのはないんですよ。人が作った電気ってものの助けを借りて、音を伝えているわけで」

「ちょい待ち。『俺たちの世界』って……アンタ、こっちの世界の人間じゃないってこと?」

「あっ」


 やばい。つい口走っちまったけど、これってアヴィエラさんに話してもよかったのか?


「や、なんつーか……はい」

「どうやって。どうやってこっちへ来たのさ。それで、どうしてこんなヘンテコなのを普通っぽいアンタが持ってるんだ?」

「あー……まあ、それは、その」

「その点につきしましては、(わたくし)のほうから説明させていただきます」

「うわっ!?」


 俺が言いよどんでいると、外にいたはずのルティとリーナ姉妹の姿が応接間のドアの前へふわりと現れた。って、わざわざ空間転移を使ってこっちへ来たのか。


「先日のことになりますが、私はピピナとともに散策していたところを賊に襲われました。逃げている最中にピピナが空間転移術を使ってたどり着いた先が、サスケとルイコ嬢、そしてカナが住まう〈ニホン〉という国がある世界で、その際に彼らとこの〈らじお〉に出会ったのです」

「あー、このあいだ警備隊の人らが慌ただしかったのはそういうことだったのね」

「恥ずかしながら。その行き着いた先で出会った皆は〈らじお〉を使い、言葉を操って様々なことを伝えていました。

 ルイコ嬢は街をゆく人々と会話をかわして温もりを伝え、カナは七色の声で物語を紡ぎ、そしてサスケは巧みな言葉で話の舵取りをしていて。球技会の模様を言葉のみで伝えたり、言葉のみの劇を作りあげる方々とも出会い〈らじお〉を知っていくうちに、こちらの世界でも〈らじお〉を作ることはできないかと思い、彼らの協力を仰いだというのが事の始まりとなります」

「なるほどねえ」


 言葉では納得しているようなアヴィエラさんだけど、怪しげな視線は俺とルティへ向けたままだった。


「しかし、恐ろしいもんだ。サスケやルイコみたいに、こういうのを操れるのが〈ニホン〉じゃうじゃうじゃいるってか」

「そういうわけでもないですよ。俺の場合はラジオでしゃべる仕事をしてる親父にあこがれたのがきっかけで、今は俺もしゃべるのが大好きってところで」

「わたしは自分が住んでいる街が大好きで、住んでいる人たちにもっと街の魅力を伝えることはできないかと思って始めました」

「カナの場合は、物語や演じることが大好きだからといったところですね。そうやって『言葉』で伝えることが大好きな人たちが集まるのが〈らじお〉という場なのです」

「へえ……『言葉で伝える』か」

「はい。正直なところを言ってしまうと、最初はイロウナ商業会館の長であるアヴィエラ嬢を通じてイロウナでも〈らじお〉を伝えていただきたいと考えていたのですが……貴女様(あなたさま)とルイコ嬢たちとの会話を聞いているうちに、是非とも私たちの〈らじお〉で、アヴィエラ嬢がこの街で感じた様々なことを伝えていただきたいと思うようになっていって」

「だから、アタシに声をかけたってこと」

「そういうことになります」

「……ふうん」


 さっきよりもいくらか柔らかくなった視線を天井に向けて、アヴィエラさんがソファへ背を預ける。俺たちと会ってラジオに興味を持ったときは速攻即決って感じだったけど、ルティが話し終わった今、その時の気楽そうな雰囲気はかけらもなかった。


「ひとつだけ、いい?」

「なんでしょうか」

「さっきイロウナにコレを伝えたいって言ってたけど……それはナシにしてくれないかな」

「……理由を、お聞かせ願えればと」

「〈らじお〉が『言葉を伝える』ための機械ってんなら、それはそれでいいと思う。でも、これを今のイロウナに持ち込むのはかなり気が引けるんだ」


 改めてアヴィエラさんが俺たちへ向けた目つきは、初めて見たとても真剣なもので。


「さっきの話を蒸し返すようだけど、今の国の商業を牛耳ってるのはじいみたいな頭のお堅いヤツらばっかりだ。母さん――先代もそうだったから、それは仕方ないのかもしれない。でも、音楽だけならともかく、言葉も扱うっていうこの〈らじお〉を、あんな誇りが高いだけの場に持ち込みたくはない」


 口にしていく言葉にも、そして声にもどんどん力がこもっていく。俺だってイグレールさんの言葉には確かにムカついたし、誇りが高いだけってところで吐き捨てたように言ってるぐらいだから、アヴィエラさんの怒りは相当なものなんだろう。


「ルイコと妖精ちゃんたちとしていたような会話が広まるなら、アタシもうれしい。でも、今のイロウナでそんなことをするのは絶対無理だから……話をしてくれたのはうれしいけど、イロウナの代表として受けることはできないよ」


 諦めたように言い放って、またソファに背をあずけるアヴィエラさん。


「……ふむ」


 でも、扉の前に立つルティは落ち込むことはなく、


「ならば、アヴィエラ嬢個人としてならばいかがでしょうか」

「アタシ個人?」

「はいっ」


 アヴィエラさんの隣りへ座って、力強く提案してみせた。


「イロウナがどうとかそういうのは関係なく、アヴィエラ嬢がこの街に住まい、感じたことを聴いてみたいのです」

「……でも、それじゃあ姫様たちになんの得も」

「得ならば、十二分にあります」

「そうですよ~。アヴィエラさんといろんなことをお話ししたり、いろんな人に聴いていただけたりするじゃないですか~」

「もっとも、多くの者に聴いてもらうための環境はこれから整えることにはなりますが……」

「変なの」


 恥ずかしそうなルティの言葉につられて、アヴィエラさんがくすりと笑う。


「こんななーんの実績もない小娘を捕まえても仕方ないってのに」

「何を仰いますか。イロウナの『商鬼』と呼ばれるお方が」

「あー。言っておくけどね、『商鬼』は商業会館の会長が代々引き継いでる称号ってだけだから」

「は、はいっ!?」


 えっ、ちょ、『商鬼』ってのはただの看板ってこと!?


「じいたちみたいな昔からのお堅い連中が、会長へ箔を付けるために『商鬼』、『商鬼』って喧伝してるだけなんだよ。確かにアタシは会長だけど、まだ就任してから2年ちょっとなただのヒヨッ子さ」

「しかし、そう仰るわりにはかなり手慣れているようにも思いますが」

「頭がお堅い連中のぞんざいな対応でお客さんの気分を悪くさせるぐらいなら、アタシが表に立ってお客さんに対応したほうがずっとマシさ。それに、アタシもお客さんたちとしゃべるのは大好きなんだ」

「商業会館でのお姿からして、よくわかります。しかし……『商鬼』がそのようなものだということを明かしてもよかったのですか?」

「いいのいいの。姫様たちだってアタシに〈らじお〉なんて面白そうなことに誘ってくれたんだし、サスケとルイコが別の世界に来たこともごまかさずに明かしてくれたじゃないか。それに比べりゃ、これくらいの秘密はどうってことないよ」


 心底そう思っているみたいに、腕を組んだアヴィエラさんがきっぱりと言ってみせる。自信満々なその姿からして『姉御』と呼びたくなったのは、俺の中だけの秘密だ。


「んで、もしかしてだけど、こういう風におしゃべりするのがフィルミア様の望むところだったりする?」

「そういうことです~。サスケさんたちの国の〈らじお〉では、そういう風におしゃべりしてる方も多くて~」

「へえ。じゃあ、サスケやルイコもこんな感じでしゃべってるわけか」

「そういうことになります」

「そっか」


 自信満々なアヴィエラさんの表情ににまっとした笑顔が加わって、ゆっくりと、そして大きくうなずく。


「いいね、こういうの」

「では」

「みんなと話してたら、アタシもやってみたくなっちまった。イロウナ商業会館の会長としてじゃなく、アヴィエラ・ミルヴェーダ個人として〈らじお〉をやらせてくれないかな」

「もちろんです! ありがとうございますっ!」


 ルティはアヴィエラさんの手を取ると、目を輝かせながらぶんぶんと両手を振って何度も礼を言った。俺と出会った頃は有楽や先輩に促されてようやく話していたのに、それから一週間ぐらいでこれだけ話してみせたんだからずいぶん立派になったもんだ。


「フィルミア様と妖精ちゃんたちも、これからよろしくな」

「はいっ、よろしくおねがいします~」

「よろしくですよー!」

「アヴィエラ様が加われば、ますます楽しくなりそうです」

「ありがと。サスケとルイコも、アタシに〈らじお〉がどんなのかを教えてくれよ」

「いいですよ。アヴィエラさんに知ってもらえるようにって、いろんな番組を持って来てますから」

「わたしもいろんな音楽を持って来ましたから、ぜひ」

「あははっ、そいつはうれしいね!」


 俺たちの申し出を、豪快な笑いで迎えてくれるアヴィエラさん。

 こうして、ルティの主導でみんなのラジオ局に心強い仲間が加わった。



「ところでさ、サスケ」

「なんです?」

「確かにコレから伝えようって魔力は感じられるんだけど、ずいぶん弱っちくないかい?」

「あー、日本だとどこまで出していいって法律で決まってて、制限されてるんですよ」

「へえ」


 と、一段落ついたところで送信キットを興味津々とばかりにさわり始めたアヴィエラさん。ルティとフィルミアさん、それにピピナもリリナさんもそうだったから、こっちの人にとっちゃ初めは不思議な箱ってことなんだろう。


「いじってみてもいいかな」

「別にいいですけど、どうするんですか?」

「ふふっ、まあ見ててよ。エルティシア様が持ってるそれも、ちょっと貸してもらえるかい?」

「はあ、私もかまいませんが」


 ルティから送信キットを受け取ったアヴィエラさんは、不敵な笑みを浮かべながらふたつの送信キットを胸元へと引き寄せた。そして、そっと目を閉じると、


「魔が持つ力にて、我が命ず」

「うわっ!?」

「ひ、ひかったですっ!」


 ピピナが言うとおり、アヴィエラさんが言葉を口にしたとたんに送信キットとアンテナをぼうっとした光が包み込む。その上、流れるような黒髪が風を受けたみたいにゆらり、ゆらりと揺れ始めて……


「封じられし力を、今ここで解き放て。其方(そなた)らが持ちし真の力で、作りし(あるじ)の助けとなれ!」


 だんだん大きくなっていく光を受けた姿は、まるでおとぎ話に出てくる魔法使いみたいに幻想的だった。


「こんなもんかな……うんっ、このくらい魔力が出りゃあ十分だろ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。ここの真ん中にある石に、ちょいちょいっと力をこめてみた」

「はあっ!?」


 そう言いながら指をさしたのは、送信キットのド真ん中にあるICチップ……って、確かに石だけど! 石って呼ばれてるものだけど!


「ヴィエルの門にでも行ってみればわかるよ。エルティシア様も、いっしょに来るかい?」

「は、はい」

「じゃあ決まり。残った子も、それを持って市役所の外で待ってな」

「えっ!?」

「ちょ、ちょっ!?」


 アヴィエラさんはにやりと笑うと、両腕で両隣にいる俺とルティを思いっきり抱きかかえて、


「魔が持つ力を従えし、我が命ず……此の街の北門へと転移せよ!」

「「うわあっ!?」」


 呪文を唱えたのと同時に、ピピナの空間転移と同じように浮き上がる感触とまばゆい光が俺たちを包み込んだ。


「よーし、もう目を開けていいよ」


 言われて目を開けてみると、そこには確かに大きく開かれた門があった。


「あ、アヴィエラさん!? それに、エルティシア様とサスケさんも……」

「やほっ、ラドリルくん。ちょっとばかり試しごとをねー」

「またですか」


 門の外から駆け込んできた警備隊のひとが、呆れた感じで俺たちを見てから外へと戻っていった。アヴィエラさん、いつもこんな感じでなにかやってたりするのか。


「じゃあサスケ、さっそく〈らじお〉を使えるようにしてよ」

「使えるようにっていっても簡単ですよ。こういう風に、右側のダイヤルを親指でくるくる上へ回していくだけで」


 言いながらダイヤルを廻すと、かちりという感触といっしょに受信中のランプが赤く灯った。周波数はルティが持ってる送信キットとずらしておいた77.7MHzを指していて、ここじゃノイズぐらいしか聴こえてこないはずなんだけど……


『ど、どうしましょうか』

『とりあえず、話しかけてみましょう。松浜くん、聴こえる?』

「……うそ」


 どう考えても不可能なくらい、リリナさんと先輩のクリアな声がスピーカーから流れてきた。


「よーしっ、こっちは大丈夫だね。エルティシア様も、それに話しかけてみな」

「は、はあ。……皆、我の声は聴こえるだろうか?」

『ルティさまっ!?』

『そんな、こんなにはっきり聴こえてくるものなんですか~!?』

「聴こえてるっ!?」


 いやいやいやちょっと待て! 説明書にあった有効範囲なんて余裕でぶっちぎってる距離だぞこれ!


「あの、アヴィエラさん、これっていったい」

「面白そうなことに誘ってくれたみんなへの、アタシからの礼代わりだ。これくらい力が強けりゃ、街のみんなに〈らじお〉が伝わるかもしれないだろ」

「アヴィエラ嬢……重ね重ね、ありがとうございます」

「あははっ。まあ、イロウナの魔術士としてやってみたかったってのもあるんだけどさ」


 ちょっとばかり照れくさそうに、それでいて誇らしそうにアヴィエラさんが笑う。

 時々あたふたしたりもするけれど、俺たちを守ってくれたり、こうして手助けしてくれたりして、


「あの」

「ん?」


 俺と同じくらいの背格好から向けてくれる視線は、優しいのにとても力強くて。


姉御(アネゴ)って呼んでもいいですか?」

「はあっ!? な、なんだよその呼び方っ!」


 思いっきり嫌がられたけど、そう言いたくなるくらい頼れるお姉さんだった。


 作中にあるとおり、市販されている「ミニFM送信キット」=FMトランスミッターは電波法の関係上、一定以上の出力が出来ないように制限されています。気付かれないと思っていたとしても、それを測る人が日夜がんばっていたりするのでその範囲内で出力し放送しましょう。


 ……まあ、近年では「ね●らじ」とか「ツイ●ャス」「ニコ●コ生放送」でラジオをやったりするほうがお手軽かつ多くの人たちに聴いてもらえるとかもしれませんね。あと、本作の舞台の片方は日本じゃないってことで、ミニFM送信キットをこういう風にしてみた次第です。日本でマネしちゃダメ、ゼッタイ。


 ということで、このお話で第2章「異世界ラジオのはじめかた」はおしまいとなります。次回、5/23に閑話となる第19.5話を投稿してから5/30より第3章「異世界ラジオのひろめかた」の始まりとなる第20話を投稿する予定ですので、皆様よろしくお願いいたします。

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