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第18話 異世界少女たちと日本人御一行の街歩き

「おはようございます。『赤坂瑠依子 若葉の街で会いましょう』パーソナリティの赤坂瑠依子です」


 白いスーツ姿の赤坂先輩が、ICレコーダーを手にしてにこやかにしゃべり始める。

 ウェーブがかかった髪は大きなリボンでまとめて、スーツと同じ白くタイトなスカートとブラウンのヒールで決めたその姿は、いつものふわりとした印象とはちょっと違って、


「普段は日本という国にある若葉市で収録しているんですけど、今日はそこを大きく飛び出して『レンディアール』という国にある北の都市、ヴィエルへと訪れています。今回は『赤坂瑠依子 レンディアールで会いましょう』と題して、レンディアールに住むみなさんへ向けて特別編をお送りしたいと思います」


 ヴィエルの市役所――レンガ造りのがっしりとした建物を背にして、堂々としたレポーターっぷりを見せていた。


「そして、まだまだこの街に不慣れなわたしに、今日は案内役の女の子がふたり同行してくれることになりました。では、自己紹介をお願いします」

「はいですっ!」


 赤坂先輩の右てのひらにちょこんと座って、元気に両手を突き上げたピピナがICレコーダーのマイクへと身を乗り出す。


「ピピナ・リーナです。いつもはルティさまのしゅごよーせーなんですけど、きょうはるいこおねーさんのあんないやくをがんばるですよー。そしてっ」

「リリナ・リーナと申します。普段はフィルミア様の侍女をしておりますが、ルイコ様への恩義を果たすべく妹と共に案内させて頂くことになりました。本日は、よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いします。ピピナさん、リリナさん」


 続いてマイクを振られたリリナさんは、黒い執事服姿に見合ったていねいなあいさつをしてみせた。清楚なメイド服姿もいいけど、背筋をぴんと伸ばしたこっちも格好よくて実にいい。


「ふたりともはりきっているな」

「朝からやる気だったからなー」

「リリナちゃんもピピナちゃんも、声だけなのにどの服にしようかって悩んでたぐらいですからね~」


 俺はというと、ルティとフィルミアさんといっしょに少し離れたところでその光景を見ていた。マイクに話し声がのらない、ギリギリの声と距離といったところだ。


「で、本当に今回は出なくていいのか? ルティも、それにフィルミアさんも」

「ああ。我はもう〈ばんぐみ〉に出たからな」

「わたしもですよ~。だから、次はピピナちゃんとリリナちゃんの番です~」

「ふたりともいいなら、まあ問題ないんですけど」


 ルティもフィルミアさんも、ピピナとリリナさんのことを考えてこっち側――見学側へと来ていた。俺もどちらかというとまだヴィエルには不慣れだし、誰かがこうしてそばにいてくれるのはありがたいっちゃありがたいんだけどさ。


「それでは、ヴィエルの朝市をのんびりとお散歩していきましょう」

「はいっ、参りましょう」

「れっつごーですよ!」

「んじゃ、俺たちも行きますか」

「うむっ」

「行きましょう~」


 元気いっぱいに歩き出した3人が向かう先は、ヴィエルの北通りにある市場通り。しばらくその後ろ姿を眺めてから、俺たちも先輩に続いて歩き出す。


 昨日の晩、ルティの発案でレンディアールへ行くことを決めた俺達は、朝も早くから先輩のマンションへ集まって、こうしてヴィエルの街へと降り立っていた。

 今の時間は、日本と同じ朝の7時過ぎ。イロウナ商業会館の開館は朝の10時だからあまりにも早すぎるとは思うんだけど……この時間にヴィエルにいるのには、ちょっとした理由があった。


 *  *  *


 真っ白に輝く光が、足下から俺達をぱあっと包んでゆく。

 今の今まで俺達がいたマンションの屋上庭園は光にさえぎられて、ふわりと浮かぶように足下のコンクリートの感触も消えていった。

 しばらくその浮遊感に身を任せていると、光がはじけるように飛び散っていって、ヴィエル市役所にある中庭の光景が姿をあらわした。


「いよっと」

「きゃっ」

「大丈夫ですか?」


 地面から少し浮いていた俺はしっかりと地面の草を踏みしめて、ちょっとよろめいた先輩も隣りのリリナさんがしっかり支えて降り立つことが出来た。


「はいっ。リリナさん、ありがとうございました」

「いえ、このくらいのことであればお安い御用です。わかったかピピナ、あまり上空で転移するのではなく、こうして地面近くへ転移するんだぞ」

「えー。でも、おとといきたときにかなが『いやっほぉぉぉぉぉぉぉぉう!』とかいってよろこんでましたよ?」

「あの方は……特別だと思ったほうがいい」

「そういうことです。つーわけでピピナ、それは有楽専用にしとけ」

「そーなんですかー」


 目の前に飛んで来て神妙な顔でうなずくピピナの頭を、指でこしょこしょ撫でてやる。怒ってないってことをわかってくれたのか、えへへーとうれしそうに笑って、いつものようにほおずりしてきた。

 ついでに親指を立ててさわやかに笑ってる有楽の姿も浮かんだけど……忘れよう。うん、あいつはきっと遠い空の下でがんばってるはずだ。


「しかし、本当にここへ直接来られるとはなぁ」

「もしかしたらと思ったんですけど~、ちゃんと使えてよかったです~」

「姉様の考えが当たりましたね」


 みんなで見上げた先にあるのは、高くそびえる時計塔。そのてっぺん近くにある時計盤は日本とほとんど変わらない7時ちょっと過ぎを指していた。


「こうして往復で使えるのであれば、今後はここをニホンへの筋道としましょう」

「ですね~。ニホンの皆さんの負担も減るでしょうし、なによりピピナちゃんとリリナちゃんの負担も減りますから~」

「私たちへの御配慮、痛み入ります」

「ありがとーですよっ、ミアさま、ルティさまっ」


 ルティとフィルミアさんが言うとおり、今まではイロウナとレンディアールの国境にある物見櫓へと転移してから徒歩で30分ぐらいかけてヴィエルへと行っていた。それが、フィルミアさんの『高い建物だったらここでも行けるのでは』という発案で時計塔から日本へ行ってみたら大当たり。そして、俺と有楽先輩もこうして先輩がマンションの屋上庭園から直接ヴィエル市役所の中庭へと連れてこられたってわけだ。


「ルイコ様、御用意のほうはいかがでしょうか」

「御用意といっても、そうたいそうな物でもないんですけど」


 リリナさんに促された先輩は、スーツのポケットからICレコーダーを出すと首にストラップを掛けながら録音ボタンを押した。


「あとは、このまま街を歩くだけですから。それよりも、本当にいいんですか?」

「はいっ。ささやかではありますが、私とピピナからの一宿の御礼として受け取っていただければ幸いです」

「ピピナも、ねーさまといっしょにあんないするですよー!」


 ちょっと申し訳なさそうな赤坂先輩に対して、リリナさんは胸元に手をあててにこやかに、続いてピピナがリリナさんの肩にちょこんと座って元気いっぱいに言ってみせる。


「あのー、そんなに身構えなくてもいいんですよ?」

「ルイコ様にとっては、レンディアールで初めて録るであろう〈らじお〉になるのですから。ヴィエルの街を案内する大役を仰せつかった以上、私はそれを全うするだけです」

「ねーさまねーさま、ちょっとはりきりすぎです」

「む、そうか?」

「確かにな。我が国で録る初めての〈らじおばんぐみ〉とはいえ、リリナも〈らじお〉に出るのだから、ピピナぐらい気楽になってもいいと思うぞ」

「え、エルティシア様、緊張をほぐそうとしてるのか緊張させてるのかどっちなんですかっ」

「ふふっ、どっちであろうな」


 うろたえるリリナさんへ、くすりと意味ありげに笑うルティ。ついこの間までは教育係とお嬢様といった感じだったのが、ピピナとだけじゃなくルティとも良い感じに関係が変わったらしい。


「サスケさん、サスケさん」


 と、微笑ましくみんなを見ていたはずのフィルミアさんが、いつの間にかそばへと来て俺を見上げていた。


「今日は、よろしくお願いしますね~」

「いえ、こちらこそ。というか、王族の人たちと向こうの商業機関の幹部の会談に、一般市民な俺が同席して本当にいいんですかね」

「いいというより、いっしょにいていただけると助かります~。どうしてもわたしとルティだけでは〈らじお〉のことをせつめいしきれませんから~」

「それにサスケ、誰が一般市民だと言うのだ。そなたはルイコ嬢やカナとともにレンディアールでの〈らじお〉の開拓者となるのだぞ」

「か、開拓者ってなぁ」


 リリナさんに続いて、俺にまでルティのからかいの手が伸びてきた。実際に王女様ふたりが携わることなんだから一大事業ではあるんだろうけど、俺まで肩を並べていいものなんだろうか。


「ピピナとリリナも、よろしく頼む」

「もっちろんです!」

「心得ております。初のレンディアールでの〈らじおばんぐみ〉、ピピナとルイコ様とともに作りあげてみせましょう」

「ありがとう。ルイコ嬢も、番組作りに会談と負担をかけてしまうことになりますが、よろしくお願いいたします」

「わたしから提案したことなんですから、気にしないでください。それに、見たことのない世界で番組が作れるんです。わたしのほうこそお礼を言わないと」


 深々と頭を下げるルティに、赤坂先輩が両手のこぶしをきゅっと握りながらはりきってみせる。先輩も、気合十分みたいだ。


 昨日、イロウナ商業会館の会長さんであるアヴィエラさんに会うと決めたあと、赤坂先輩から「レンディアールでラジオを収録してはどうか」って提案があった。

 音楽を流したりするのもいいけど、レンディアールで作った番組を聴いてもらってもいいんじゃないかという提案に俺達が賛成して、いつも先輩が作ってる街歩き番組でってことで話がまとまったところで、リリナさんが「一宿の恩義」として案内役を買って出たというわけだ。

 まあ『さすけのおみせでらじおをきーてるとき、ずーっとめがきらきらしてたんですよー』という某妖精さんからの証言があったあたり、ラジオに惹かれ始めたってのもあるんだろう。俺としても、こうしてレンディアールに住んでる人が次々とラジオに出てくれるのは願ったり叶ったりだし、楽しんでもらえるのなら是非やってもらいたいところだった。


 *  *  *


 そんなこんなで、商業会館が開くまで収録をすることになった俺たちは先輩たちのあとをついてヴィエルの北通りへ。店や市場が建ち並んで活気があるのは知っていたけど、朝は野菜や果物の仕入れや川魚の競りがあったり、綿や陶器とかかが入った木箱を開店準備中の店へ運ぶ台車が行き交ったりと、昼間の通りとはまったく違う活気を見せていた。


「すいません、こちらはどういった品なのでしょうか」

「ん? ああ、こいつはミラップの砂糖漬けだよ。北レンディアールの人らと、あとイロウナの人たちに結構人気でさ」

「確かに、イロウナの民族衣装を着て買っていく方がよくこちらにいらっしゃってますね」

「あのー、こっちのししょくっていっこずつたべていーんですか?」

「いいよ、みんな食べな食べな」

「ありがとうございます。では、ひとつ」


 その一角にある果物屋さんらしきお店の店先で、さっそくレポートを始める先輩たち。お店特製の商品を手にして、まずは試食といったところらしい。


「見た目としては、くし切りにしたミラップの実に砂糖がまぶされている感じですね。ミラップ本来の酸っぱさだけじゃなく砂糖の甘い香りも加わって、とてもいい香りがします」

「るいこおねーさん、あーんですよ」

「ありがとうごさいます、ピピナさん。それでは、んくっ、んくっ……なるほど。このあいだ初めてミラップを食べたんですけど、その時に感じた酸味が砂糖のおかげでなめらかになっててますね。食感も柔らかいですし、柑橘系の味わいとよく合ってて美味しいです」

「……リリナ嬢ちゃん、この姉ちゃんはなにをしてるんだい?」


 美味しそうに食レポをしている先輩を見ねかてか、店のおばちゃんがちょっとばかり怪しそうにリリナさんへ話しかける。よく考えてみれば、こういうのはレンディアールの人たちが経験したこともないだろうし、そう思われても当然か。


「こちらのお店にある商品がどういったものかを説明し、その声を記録しているのです」

「説明? 記録?」

「まあ、宣伝用途といったところでしょうか。あとで、この言葉を多くの人に広めるという実験をしているのです」

「なんだかよくわからないが、宣伝してくれるんならそれでいいよ。嬢ちゃん、美味しかったかい?」

「はいっ、とっても。あの、こちらの商品はどのようにして作られるんですか?」

「簡単なもんさ。小さな樽に砂糖と切ったミラップを交互に敷き詰めていって、上まで行ったらフタをしてあとは3日ばかり待つだけ。そうすりゃ、美味いミラップの砂糖漬けと、香りが移ったシロップの出来上がりだよ」

「シロップですか。焼き菓子にかけたりすると、香ばしさも加わって美味しそうですね」

「よくわかってるじゃないか。お茶や冷えた水に入れても、ミラップの香りが楽しめて付け合わせには抜群なのさ」

「わたしもよくお菓子作りをしますから。砂糖漬けとシロップは、それぞれおいくらなんですか?」

「砂糖漬けは100グラムで銅貨2枚。シロップは、うちの商品を買ってくれたひとにおまけでつけてるんだ」


 先輩の言葉に乗っかって、おばちゃんの口調もだんだんなめらかになっていく。こうして間近で先輩の収録を見るのは久しぶりだけど、世界が変わっても物怖じせずどんどんしゃべっていけるのは、先輩の才能だと思う。


「ルイコ嬢の番組は、こうして作られているのか」

「ああ。いろんな人に街のことを知ってほしいから、そこに住んでる人とたくさん話していくんだってさ」

「なるほど~。確かに、街のことを知るにはその街に住む人たちに聞くのがいちばんでしょうからね~」


 俺とルティとフィルミアさんはというと、果物屋さんの片隅にある飲食スペースに座ってその様子を見学させてもらっていた。


「我も、街の皆と目を合わせて話せるようにならなければ」

「ルティもレポーターをやるつもりか」

「我がやらなくてどうする。街の皆の声を率先して聞いていかねば〈らじお〉は作れまい」

「そっか。んじゃ、物静かなお姫様からは脱却だな」

「うむ。……って、な、なぜそれをっ!?」

「このあいだアヴィアラさんが言ってた。謁見したとき、そんな感じだったって」

「む、むぅ……」


 説明して恥ずかしそうにうつむいたところを見ると、やっぱり当たっていたのか。でも、その頃のルティと今のルティじゃずいぶん違うはずだ。


「それくらいの意気があれば、きっと大丈夫だろ。俺たちにもこうして話せてるんだし」

「ですね~。わたしたちだけではなく、昨日のようにミナミちゃんとも視線を合わせて話せていましたし~」

「当然です。我とて、幼き頃のままではいられません」

「その意気ですよ、その意気~」

「んじゃルティ、また日本へ来たときにでも練習な」

「よかろうっ」


 さっきまでの恥ずかしさはどこへやら、ルティが胸を張って俺の振りを受けてみせた。うん、そうこなくっちゃ。


「姫様、兄ちゃん、待たせたな」

「おおっ、来た来た」


 微笑ましくルティを見ていたところへ、タンクトップを着たおじさんが木製のトレイを手にこっちへとやってきた。居座るだけじゃ悪いからって頼んだものを持って来てくれたみたいだ。


「朝採れのクレティアだ。採ってきたばかりだから瑞々しいぞ」

「ありがとうございます、レクト殿」

「ありがとうございます~」

「ありがとう……って、これがクレティア?」


 レクトって呼ばれたおじさんが、俺たちの目の前にお皿と布巾を置いていった……のはいいんだけど、なに、この真っ黒なトマトみたいな物体。

 このあいだの朝に聞こえてきたときにはさわやかそうな名前だったのに、それ以前に食えるの?


「あの、これってどうやって食べるんです?」

「決まってるだろ。丸かじりさ」

「ま、丸かじりっすか」

「ほら、こういう風にな」

「うぉぅ」


 レクトさんがクレティアにかじりつくと、実の色に負けないくらい黒い液体が白いタンクトップみたいな服へと降りかかって染まっていった。


「ぷはっ、やっぱり朝採りがいちばんだわ。ほれ、兄ちゃんも食ってみ」

「は、はあ」


 返事したのはいいんだけど、今日はイロウナのお偉いさんに会うからって制服のブレザーを着ているわけで……でも、好意を無駄にするわけにもいかないから、


「あぐっ」


 両手で包み込むようにしてかじってみると、ちょっとだけ汁はこぼれたけど、それ以上に甘くてちょっと酸っぱい味が口の中に広がって……って、濃っ! うまっ!


「これ、めっちゃ濃くてでかいぶどうですね!」

「そうだよ。〈グラップ〉のデカい版がクレティアってわけさ」


 へえ、こっちじゃぶどうのことを『グラップ』って呼んでるのか。果実の中身まで黒いのは見た目からしてちょっとキツいけど、味はド真ん中の大当たり。日本に持って帰って母さんに食べさせたいところだけど……うーん、さすがに難しいか?


「うむ、今日も佳き味です」

「味わいが深くなってますね~。父様も、きっと喜ばれると思いますよ~」

「へへっ、そいつはどうも。姫様方からも太鼓判をもらえたなら、ますますがんばらにゃいけませんな」


 ルティとフィルミアさんは、ついてきた布巾でこぼれないようくるみながらクレティアにかじりついていた。そんなふたりに褒められたのがうれしいのか、指で鼻をかくレクトさん。やっぱり、国のお姫様から褒められるってのは気持ちがいいんだろう。


「フィルミアさんのお父様に……って、献上品にでもするんですか?」

「半分あたり。あとは、元祖様に確認してもらうって意味もある」

「元祖様?」

「クレティアを開発したのは、ラフィアス・オルト=ディ・レンディアール様。つまり、エルティシア様とフィルミア様の父親で、レンディアールを治める王様ってわけさ」

「えっ、これを王様が!?」

「とはいっても~、父様が王太子だったときの話ですから、かなり前のことですけどね~」

「初めてこれをウチへ持って来たときゃ、なんだこれって思ったもんさ。毒々しいぐらいだから無理だろって言ったのにここで自ら食ってみせて、ほれって食わされたら、まあ美味いこと美味いこと」

「は、はあ……豪快っすね」


 王女様ふたりの前だからオブラートに包んではみたけど、ワイルドにも程があるだろ。この国のエラい人。


「そうやって新しい作物を開発し続けているのが王族の人たちで、その技術を受けて新たな作物を農園に植え、広めてるのが俺たちみたいな街の店ってことさ」

「レクト殿のような、街にある店の方々には感謝してもしきれません」

「なんのなんの、食に楽しさを彩ってくれる王族の皆様にこそ感謝ってもんよ。っと、いけねえ。母ちゃんがこっちにらんでらぁ」


 怯えたように身を縮ませたレクトさんの視線の先には、さっきまでにこやかに先輩たちと話していたはずのおばさんがこっちにジト目を向けていた。


「んじゃ、ぼちぼち食堂街に持っていきますか。姫様方、兄ちゃん、ゆっくり食べていきな」

「はいっ」

「いってらっしゃいませ~」

「ありがとうございました」


 俺たちが口々にあいさつすると、レクトさんはタンクトップから出ている筋肉質な腕を掲げてみせながら裏口から出ていった。なかなか気さくで面白いおじさん……ではあるんだけど、


「はー」


 レクトさんがルティたちに見せていた態度にも、俺はただただ感心していた。


「この街の人たちって、ホントに王族の人たちと親しいんだな」

「遥か昔から、我が一族は民とともに(くわ)を手にして実りを作り出してきたのだ。正式な礼にのっとるのは、ともに作りあげた国の式典ぐらいと言えよう」

「お父様とお母様も、今頃中央都市の農場で茶飲み話でもしながら田植えの準備をしていると思いますよ~」

「た、田植えって」


 お母様ってことは、王妃様ってことだよな。さっきの王様といい、時々マンガで読んだりするファンタジー世界じゃそういう人たちが田植えをすることはないから、まったく想像がつかない。


「ルティも、農作業に従事してるんだっけ」

「うむ、このヴィエルでは小麦作りに携わっている」

「わたしもルティも農業に関係無い『志学期』を選んでますけど~、お家の生業(なりわい)ということもあって学ぶようにしているんです~」

「ということは、ピピナとリリナさんも?」

「ふたりは『豊穣の精霊』の一族なので、わたしたちが農耕のことを教えてもらっている立場ですね~」

「兄様や姉様に、父様も母様。遡れば御先祖様方も、皆精霊の教えを受けて育ってきたのだ」

「教え……って、ふたりが持ってる力でぱーっと完璧に育てたりはしないんだ」

「それだけは、レンディアール王家と精霊の間でしてはいけないと禁じられている。あくまでも精霊はこの地を加護し教えを伝える者であって、人々が育てた作物に自らが持つ力で介入してはならない、とな」

「ズルはだめってことか」


 考えてみれば、精霊が全部やっても人間のためにはならないもんな。ルティたちの御先祖も精霊さんも、よく考えたもんだ。


「フィルミア様、エルティシア様、佳きトマトが買えましたっ!」


 その精霊さんの娘なリリナさんが、両手で麻袋を持って俺たちのところへ駆け寄ってきた。


「とってもまっかで、おいしそーなとまとですよー!」


 その肩にいるピピナも、満足そうに両手でトマトを抱えている。豊穣の申し子なふたりがそう言うなら、きっとお墨付きなんだろう。


「お待たせしました」

「ごめんねえ、ルイコちゃんと話し込んじゃって。ウチの人、変な話してなかった?」

「いえ、全然。むしろ、よきクレティアを選んでいただき感謝しているぐらいです」

「そりゃよかった。ルイコちゃんと妖精さんたちのも持ち帰りのに入れておいたから、食べたら感想を聞かせておくれよ」

「はいっ、是非」


 先輩はおばさんとすっかり意気投合したみたいで、豪快なおばさんの笑いにもにこやかに応えていた。若葉市の商店街に行くといつもこんな感じだけど、こっちでもどんどん仲良くなっていくのかな。


「では、そろそろ行きましょうか~?」

「お待ち下さい。しゃべったあとなので、のどを潤してから次へ向かったほうがいいかと」

「それは気付きませんでした~。リメイラさん、シロップ水を6人前いただきたいのですが~」

「10の、20の、30……はいっ、ちょうど鉄片30個だね。今用意するから、ルイコちゃんも妖精さんたちも座って待ってな」

「はいっ」

「お待ちしております」

「ありがとですよー」


 お財布らしい袋からフィルミアさんが出した鉄片を受け取ると、おばさん――リメイラさんは、エプロンのポケットにさっとしまって店先へと戻っていった。このあいだ食堂街で歓迎会があったときにも支払っていたあたり、王族だからタダとかそんなことはないらしい。


「フィルミア様、エルティシア様、ご覧下さい。実に見事なトマトです」

「おお……深く紅い色をしているな」

「とってもきれーですよー」


 ピピナがテーブルに置かれたトマトは、確かに赤というよりも日本じゃ見たことのない紅さをしていた。その上、緑色のヘタもピンッと張ってるんだから間違いなく美味しいだろう。


「さすがは、レクトさんとリメイラさんのお店ですね~。お野菜も果物も瑞々しくて、うっとりしちゃうくらいです~」

「出来の良さであればこちらが確実だと思い、ルイコ様を案内させていただきました。人柄については、これまであまり話さなかったのでわからずにいたのですが……」

「リリナちゃん、わたしたち以外には警戒心剥き出しでしたから~」

「恥ずかしながら。しかし、ルイコ様とともに話しているうちに優しき人柄に触れることができました。ルイコ様、ありがとうございます」

「そ、そんな。わたしは普通に話していただけですからね!」

「その普通が、ずっとまわりに気を張っていた私にはできないことだったのです。これにつきましては、サスケ殿にも感謝しなくてはなりませんね」

「リリナさんがちゃんと話を聞いてたからですって。な、ピピナ」

「ですです。ねーさま、きょうはちゃんとおちついてたですよー」

「そうであれば、私もうれしい」


 確かに出会った頃は話を聞いてくれないリリナさんだったけれども、俺たちひとりひとりと話し合ったあとは、落ち着いて話を聞いてくれるようになっていた。まだちょっとばかり思い込みが激しいところはあるものの、今はとっても頼りになる妖精のお姉さんだ。


「で、リリナ。ルイコ嬢とともに〈らじお〉の会話に臨んでみてどうだった?」

「半ば先ほどの繰り返しにもなりますが、ルイコ嬢から話を振っていただけたこともあってとても話しやすかったです。また、話しているうちにリメイラ様が野菜にどれだけの情熱を注いでいるのかなどもひしひしと伝わって参りました」

「リメイラ嬢との野菜談義も、ずいぶん弾んでいたようだな」

「はい。朝一番に新鮮なものを届けたいという想いや、店先に並べるだけでなく契約している店舗でも最良のものをという想いが強く伝わってきました。これだけ手塩に掛けているのであれば、野菜たちもきっと本望でしょう」

「あらまあ。妖精さんに褒められたとあっちゃあ、これからも気が抜けないねえ」


 ちょうどリリナさんが最高評価を下したところで、木のコップが載ったトレイを手にしたリメイラさんが俺たちのところへ戻ってきた。


「何を仰いますか。気を抜くつもりもないでしょうに」

「あははっ、そりゃそうだ。姫様たちのお父さんたちともいい野菜を作るって約束したんだから、ウチだけじゃなくヴィエルの農家はみーんな気を抜いたりはしないよ。はい、ご注文のシロップ水。おまけも入れといたから、じっくり味わっとくれ」


 そう言いながら俺たちの前へ置かれたコップには、シロップ水の上にミラップの砂糖漬けをスライスしたものが浮かべられていた。木のコップで底が暗く見えるだけに、オレンジ色のミラップがあると華やかに見える。


「リメイラさん、ありがとうございます~」

「どういたしまして」


 みんなで軽く一礼してから、コップを口へ運ぶ。シロップをたっぷり入れてくれたのか、しっかりとした甘さとミラップ――みかんにとても近い香りが、口の中へ広がっていく。そこへミラップのスライスを噛めば、香りだけじゃなく味わいまでミラップになっていった。


「おー……こりゃ美味いですね」

「あんがとさん。ルイコちゃんも言ってたけど、あんたたちの国にゃミラップはないんだって?」

「はい。味はみかんっていう果物に近くて、食感はりんごっていう果物に近いものなら」

「みかんにりんご……ああ、ミハランとアラップのことかい」

「あるんですか!?」

「あるもなにも、それを掛け合わせてミラップを作ったのが姫様たちのお母さん、サジェーナだよ」

「へえ……って、お后様を呼び捨てにしていいんですか?」

「いいんだいいんだ。なんてったって、サジェーナはヴィエルの出身なんだから」

「はー」


 ミラップのことといいルティたちのお母さんのことといい、衝撃的なことが続きすぎてマヌケな声しか出せなかった。ということは、ここでルティのお父さんとお母さんがロマンチックな出会いを――


「今でも語り草さね。小さい頃からミハランとグラップのどっちが美味しいかでケンカして、大人になってからクレティアを作り出して得意げなラフィアス様の口へ、怒ったサジェーナができたてのミラップをまるごと突っ込んでアゴを外したってんだから。その贖罪で看病してたら、いつの間にか恋仲になってたってわけさ」


 って、全然ロマンチックじゃねえし!?


「り、リメイラ嬢……それは、まことか……?」

「まこともまこと。あたしもレクトも、市場の御隠居たちだって現場にいたんだから間違いないよ」

「そ、そんな~……父様と母様は、農作物とともに恋を育んできたって言ってたのに~……」


 しかも、お姫様ふたりにクリティカルヒットしてるし!


「る、るいこおねーさん、いまのはろくおんしてないですよね? ねっ?」

「えっと……す、すいません、録音中ですねー」

「消しましょう! 今すぐ消しましょう!」

「落ち着いて! 先輩もピピナもリリナさんも落ち着いて!」


 この状況で落ち着いてるのが俺だけってなんなんだよ! つーか、リメイラさんってばえらい爆弾持って来たなオイ!


「あのー」


 その混乱の最中、店先から聞こえてきたのはここにいる誰のでもない声。


「はい!?」

「や、やあ」

「あ」


 思わず声を荒げながら入口のほうを見ると、そこには片手に買い物袋を持った白いドレス姿のアヴィエラさんがいて、


「いらっしゃい、アヴィエラちゃん。またミラップかい?」

「えっと、そ、そうなんですけど……また出直します」

「あ、アヴィエラ嬢、待ってくれ!」

「忘れる。うん、忘れるから、じゃあっ!」

「アヴィエラさん~」

「ひぃっ!?」


 腰が引いて逃げようとしたところへ、のんびりさを投げ捨てたらしいフィルミアさんが恐るべきスピードでガシッと捕まえ、


「ちょ~っと、お話をしませんか~?」

「……はい」


 そのまま、俺たちがいる飲食スペースへと連行されてきた。

 とんでもねえ。とんでもねえ巻き込み事故だ……

 巻き込まれ事故というと、某赤坂のラジオ局で各番組の珍プレーを紹介しているときに、


・「某タレントがニュース明けにくしゃみ一閃」という珍プレーを紹介

・その後パーソナリティとゲストが「放送中にくしゃみをしたくなったらどうすればいいのか」という話題に

・そこで現在は退社した某局アナが「これは?」と言いながら「カフ」という機械でラジオ全体の音声を切る

・数秒後パーソナリティとゲストが大慌てになり、局アナは「やってみたかった」と言い放つ


 なんて放送事故寸前の巻き込み事故があったのを思い出します。

※無音状態が一定時間続くと放送事故として扱われ、最悪の場合テレビの「しばらくおまちください」に代わるクラシック音楽が流れてくる。


 もし万が一ラジオをやることがあっても「さわっちゃダメ」と言われたスイッチにはさわらないようにしましょう。

 絶対に。


【おわび】

 体調の悪化で、更新間隔が空いてしまい申しわけありません。まだ怪我が治らず集中力が持続しないので、しばらくは月曜日投稿とさせて頂きます。

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